●リプレイ本文
●作戦前
日が落ちる。両側を岸に挟まれた水平線に太陽が落ちようとしている。太陽は川面を黄金色、燃えるような赤色、そして今はせつないような群青色に染め上げた。しかし今、これらの色彩の移り変わりに注意を払う者はいない。
近隣の人々や報道関係者、それに警察関係者は川をせき止めている施設、河口堰に注目していた。人々の緊張した視線の注がれる先には二羽の巨大なペンギンと自動車で築かれた山があった。
ペンギンは交互に山に近寄ると、愛情深そうな視線を山の中へ注いだ後、人間と比較して極めてよく曲がる首を用いて、くちばしを中へ突っ込み、吐瀉した。
自動車の山から何度目かの悲鳴がある。
ペンギンは悲鳴など気にせず愛情深い視線を注ぎ、名残惜しそうにしてから、川へ飛び込んだ。
今の吐瀉物はただの未消化物ではなく、多くの生物が乳幼児に与える離乳食のようなものだった。
自動車の山にはこのペンギン、巨大で河口堰を占拠したペンギンのひながいた。もちろんこれらのペンギンはキメラなので生殖能力を持たない。だからいるのはひなと勘違いされたものだ。
自動車を積み上げて作った壁で四方八方を囲んだスペースの中に地方新聞社の腕章をつけた男がいた。いまや足首のあたりまで吐瀉物のシチューに浸っている。
夕焼けが去り、夜がやってくる。闇に紛れて川岸に能力者たちが現れた。
コートに覆われた銀髪の青年がいった。その視線の先には河口堰があった。河口堰のうえは常夜灯によって照らされている。ペンギンの餌やり行動が確認できた。
「とても臭そうですね」
銀髪の青年レイアーティ(
ga7618)の新聞記者への正直な感想だった。陽動兼救出要員のレイアーティとしては出番を遠慮したい。
「気にするな。心頭滅却すれば、火もまた涼し、だ」
背の高いがっしりした男、大昔の戦記物から出てきたような偉丈夫がいった。杉田鉄心(
ga7989)だ。
小柄な少年煉威(
ga7589)がつっこみを入れた。
「いや。杉田のおっちゃんは援護じゃん!」
杉田はからからからからと笑う。昔の武芸者のようだ。
「そうだったのう。これは一本とられたわいな。なに、吐瀉物じゃ死にはせんわ」
「そうそう。あんなの大したことないわ」と元気よくいってきたのはメインの救出要員のキラ・ミルスキー(
ga7275)だ。
レイアーティは無礼にならない程度眉を寄せて同情した。
「あの汚物に突っ込むのは厳しいものがあります。男の私でもそうですから女の方は大変でしょう」
「ふふふふふ」とミルスキーは怪しげな笑いをもらす。そして着ていたウインドブレイカーをばさりと脱ぎ捨てた。
宙を舞うウインドブレイカー、声をもらす能力者たち。そこには借り物のビキニ姿のミルスキーが仁王立ちしていた。びしっと親指を立ててミルスキーはいった。
「髪型もみなさい、ポニーテールよ! ビキニとこれで汚物対策も水対策もOKOK!」
息を呑む3人の能力者たち。ミルスキーに視線を注いでから「シンキングタイム!」と宣言して水上バイクの影で男3人で密談する。
「標準的なスタイルです。ポニーのように可愛らしいと評すべきでしょうか」
「なんつーか、物足りなくねぇ? こうもっとボンキュッボンを極めたのがいいって」
「うむ。わしとしてはな」
3人の能力者は殺気を察知して一斉に振り向いた。
ミルスキーは怒気をあげている。
「おのれらはぁーっ!」
3人の能力者は川へ蹴落とされる。水柱があがった。
●陽動
川面に月が映る。
川岸に救命胴衣を装備した能力者がいた。それぞれが水上バイクやモーターボートに乗り込んでいる。
「散開する前にもう一度役割を確認しようか」とウインドブレイカーの上着をはおったミルスキーがいった。「私とレイアーティさんは救助要員、煉威くんと杉田さんは援護要員ね」
モーターボート上のレイアーティがうなずく。
「私とミルスキー君はひそかに河口堰へ接近します。ミルスキー君が奇襲を仕掛けて救助しますが、その際に近距離から援護を行います。奇襲が失敗した場合はミルスキー君を囮をやってもらい、そのあいだに例の新聞記者を救出します」
煉威がいった。
「俺と杉田のおっちゃんは水上バイクで川の良い位置をとるぜ。そこから援護する。戦闘になったら鉛玉叩き込むし、そうならなかったら、走り回ってペンギンの気をひくつもり」
杉田が付け加える。
「うむ。作戦通りに行動するつもりじゃが、独断でモーターボートを河口堰のそばに配置しておいた。混線になったらわしも救出要員となって助けにむかう」
ミルスキーはうなずく。それから力強く笑った。
「俺様の作戦に混戦なんてない。杞憂ってやつさ。それじゃあ、散開!」
月の映る川面に能力者たちの影が走った。
杉田と煉威は水上バイクで川を縦横に走る。河口堰に接近するミルスキーとレイアーティのための陽動だ。
杉田と煉威は静かな水面を最高速度で走る。背後に白い波が起こる。2人の視線がかち合う。杉田は向かって右側の岸へ、煉威は向かって左側の岸へ身体を倒す。大きく旋回する。さらに旋回して杉田と煉威は正面衝突するコースに乗る。
杉田がニヤリと笑い、煉威も返す。2人は川の真ん中ですれ違う。水上バイクの生み出す余波の波で2人の身体が振り回される。
先に制動したのは杉田のほうだ。まだ振り回されている煉威のほうへ水上バイクを向ける。煉威に体当たりするつもりで突撃、煉威の見開かれた目をみながら急旋回する。
煉威は波をまともに喰らって悲鳴を上げる。同時に口の中に跳び込んできた水でむせる。ぶうと水を吐きながらペンギンのほうをちらりとする。
ペンギンのつがいは仲良く並んでいた。月光に照らされて長い影が河口堰にできる。
杉田と煉威は川を横断するように走りながらペンギンの目がこちらに向いているのに気づく。ペンギンの巨大なくちばしが2人の走りに合わせて動くからだ。どうやら目で追っているらしい。
杉田と煉威は川の中心近くでお互いを追うように旋回する。このあたりが狙撃するのに良い地点だった。2人の目は河口堰に到着した仲間たちに注がれる。
●救助
ミルスキーは水上バイク、レイアーティはモーターボートで河口堰へ接近した。2人ともエンジンをきってオールで接近する。
川では杉田と煉威が派手に陽動をかけている。2人の水上バイクの作る波がミルスキーとレイアーティをあおった。
レイアーティはミルスキーの水着を少しだけうらやましくおもった。なるほど、水濡れは確かにOKだ。オールを漕ぎながらペンギンをみる。河口堰の高さとペンギンの慎重の高さが合わさってまるで監視台のようだ。もしレーザーでもあったら鴨撃ちだ。いやペンギンは鳥目だろうから問題ないか。
レイアーティはとりとめのない思考を重ねた。そのうちに配置についた。ミルスキーをみると、こちらも配置についている。ミルスキーは河口堰の壁面に水上バイクを係留させると自分は壁面にしがみついていた。
月は明るかった。陽動中の杉田たちも壁面のミルスキーを確認する。2人は水上バイクの挙動を複雑なパターンから単純なパターンへかえる。そして得物を取り出して防水カバーをはがした。
防水カバーが月光で鏡のような水面をするりと飛んだ。
ミルスキーは河口堰にあがると銃を外す。防水カバーを外して動作確認する。動作良しとつぶやき、一瞬だけ川の仲間をちらりとし、ペンギンに狙いをつけた。
「ペンギンめ、そんなに俺様の銃弾がほしいか!」
流星がペンギンを襲った。ミルスキーの銃弾が1羽のペンギンのくちばしに命中した。その瞬間、ペンギンの眼前に赤い障壁が発生、銃弾を逸らした。
「なんて強力なフォースフィールド! でも銃弾を集中させたら!」
ミルスキーは引き金をひく。発砲発砲砲砲砲砲砲砲!
苛烈な連射だ。7連射が一発の銃声のように聞こえる。夜の静寂が引き裂かれた。
ミルスキーの射撃が正確だ。その証拠にペンギンの顔面にくっきりとフォースフィールドが浮かび上がる。
ミルスキーは舌打ちする。弾倉を交換しようとするが、阻止するかのように二羽のペンギンが突進する。蹂躙する戦車のようだ。
川面から火線が飛ぶ。杉田と煉威の射撃だ。水面が安定していないらしく火線がぶれているが、火の雨のような銃撃がペンギンに降り注いだ。一匹のペンギンの目の付近に銃弾が命中、フォースフィールドこそ破れなかったものの、気がそれたらしくペンギンは立ち止まった。
ミルスキーは直刀イアリスを抜刀する。押し潰すかのように迫ってくるペンギンとすれ違う。勢いを活かして右足首を切りつける。さらにイアリスをコンクリートに突き立ててブレーキをかける。火の粉が飛び散る。
「はああああああああっ」
ミルスキーの気合いの声を発する。エミタが高稼働する。余剰エネルギーが全身を稲妻のようにかけめぐり、ウインドブレイカーが溶けながらマントのように翻った。
ペンギンはまだ回頭していない。ペンギンの背中向かってミルスキーは跳躍、上段から斬りかかった。
イリアスの刃をフォースフィールドが受け止める。
「ぶっ壊れろおおッー!」
ミルスキーの叫び。同時にイリアスがフォースフィールドを断ち割り、内部に侵入、ペンギンのひれを切り落とした。
ペンギンは苦悶の声をあげて身体をひねる。背後に近接していたミルスキーは吹き飛ばされた。ミルスキーは宙を飛び、闇のような水面に落ちた。
●救助そ2
「参りましたね」
レイアーティは2匹のペンギンがミルスキーに集中しているのをみていった。川面の仲間たちは弾幕を張っている。レイアーティはミルスキーにかわって新聞記者のもとへ向かった。
レイアーティは銀の光のように走り、ペンギンの巣へ到達すると、跳躍した。
壁を三角蹴りする。壁面を足場にして常夜灯の上端まで跳躍する。ポールを掴んだ。身体をふってポールを軸に一回転、その勢いで巣の中へ飛び込んだ。レイアーティは失敗したとおもった。巣は汚物のバケツだ。
「とはいえクッションにはなってくれましたね」
レイアーティは汚物の中に突入する。積もった汚物がやんわりと受け止めた。
汚物の中に小山がある。新聞記者だ。
とりあえずレイアーティは人差し指を立てた。
「ところで、そのいいにくいのですが、いえなんでもありません」
臭いので近寄らないでくれとレイアーティはいおうとした。しかし途中で自分も同じと気づき、苦笑いした。
それからレイアーティは新聞記者を背負うと巣を脱出した。
一方そのころ川面では煉威がペンギンに突撃を仕掛けていた。
●戦闘
ミルスキーが黒い水面に消えた瞬間、煉威の髪が逆立った。
「‥‥仲間をやりやがったな。‥‥ただじゃすまさない」
「待て、冷静になるのじゃ!」
杉田の制止は煉威には聞こえていない。
煉威は完全に殺気立っている。水上バイクで河口堰に突進する。
無傷のペンギンがミルスキーに追撃か復讐をかけるために飛び込もうとする。そこへ煉威がフルオートで弾丸をばらまく。
コンクリートが粉々になる。ペンギンは足をじたばたさせて戸惑いをみせるが、フォースフィールドの厚みに任せて川に飛び込んだ。自然のペンギンの滑らかなそれではなく不ざまものだった。水柱があがる。
煉威の目は冷たい。こぼれた言葉は春を殺して冬を呼び戻すかのようだった。
「‥‥水中に逃げたか。それで逃げたつもりなのか。丸見えだぞ」
煉威はリロードしてフルーオートで発砲。水柱が上がった。明かりに照らされるそれは赤い。しかし煉威は戦果を見ていない。水上バイクの速度を殺さずに突っ込み、水中の敵を発見した鋭い目でミルスキーを発見すると、急旋回と同時に水中に手を突っ込んですくいあげた。
「ミルスキーの姉御、一旦退くよ」
ミルスキーは水を吐き出しながらぞくりとした。
●戦闘その2
杉田は煉威の突撃を見送りながらレイアーティの救出を確認している。レイアーティは水上ボートで川岸へ送り届けた。一瞬だけ安堵すると表情を厳しくして前方をみつめる。
煉威は一瞬のうちにミルスキーを救助した。しかしその水上バイクはペンギンに追われている。煉威は水上バイクを左右にふってペンギンの追跡をまこうとするが、2人載っているせいで速度がでず、苦戦している。
そのとき水柱があがった。ひれを斬られたほうのペンギンが追跡に加わった。
杉田は「まずい‥‥」ともらす。水上バイクで自分の設置したモーターボートへ向かう。
この杉田の動きにレイアーティも追随する。2人は河口堰上で合流する。
レイアーティが口を開く。
「まずい状況です」
「いや敵がまずい状況じゃよ」
杉田の口調は力強い。反撃のための作業を行っていた。杉田はモーターボートの燃料ふたを開放した。さらに水上バイクの燃料タンク外してモーターボートに載せた。
「レイアーティ殿、わしはこいつをペンギンに突撃させる」
「外れたらどうしますか?」
「外れてもあの2人が陸にあがる時間は作れる。外れても河口堰に頭をぶつけてふよふよ浮かんでくるわ」
「あなたは剛胆です」
杉田はかかかかと笑い、レイアーティはランタンで水上バイクの2人に合図を送った。
煉威とミルスキーの水上バイクはランタンの合図を確認すると河口堰へ突進する。
水上バイクとモーターボートがすれ違う。その瞬間、水上バイクの煉威はガソリンの臭いを嗅いだ。背後から爆圧と光が煉威を襲った。水上バイクが跳ねた。
次の瞬間、煉威は眼前の河口堰の壁面に気づく。衝突前に身体を思い切り倒して半ば沈むようにして避けた。壁面と並走するように走りながら確認する。
川面に小山のようなものが浮いている。2匹のペンギンだ。浮島のようにみえるが、煉威には沈んでいく戦艦のようにみえた。
ひれのないペンギンがよたついた。身体を一回転させ、動かなくなる。つがいの片割れはその周囲を月が落ちるまで回り続け、姿を消した。まるで本物のペンギンが片割れに執着するかのようで能力者たちを悲しくさせた。
地平線が赤くなる。朝日に生き残ったペンギンは消えていく。川面には無惨な死体が残される。
「後味が悪いわ。俺様としたことが傭兵として甘いや」
水上バイクの上、煉威の腰につかまりながらミルスキーがいった。
煉威はいつのまにか口を切っていた。血を吐き捨てながら一瞬だけ冷たい目になる。
「見逃すのか。あれは姉御に手傷を負わした」
「それでも今このときは見逃したい。ただの感傷だけどね」
煉威は一瞬だけ口を尖らせたあと、水上バイクを旋回、岸へ向かった。
「やられた姉御が許すなら俺も許す、かもな」
この事件のあと海上保安庁は不審な物体の報告を受けた。護衛艦はその海域で巨大なペンギンを発見して見失った。その後、沿岸にキメラとおもわれる巨大な物体が漂着した。