●リプレイ本文
●作戦と剛力と
KVシミュレーターが起動、仮想空間が展開する。
地平線のない白い空間に能力者のKVが出現する。KVの足が地面に接地して緩衝装置が唸った。するとKVの足下から大地が出現、地平線まで広がった。同時に白い空が青空になる。そしてアスファルトが苔のように大地を覆い、太陽を目指し伸びる樹木のようにビルが群立った。
KVのディスプレイにカウントダウンが表示される。
『戦闘訓練開始までにあと59』
数字が減っていく。0になった瞬間、KVは散開した。歩行形態のKVがビルを遮蔽物にして移動していく。
3機のファームライドが市街の中心部にある高層ビルの屋上でKVを見下ろす。
ファームライドは建物に阻まれてKVの姿を視認できない。けれどもKVの作る長い影は建物から飛び出している。路地にちらつく影からファームライドはKVの移動を予測する。ファームライドは屋上から跳び降りた。
降下しながらファームライドは透明化する。
無人のビル街に着地音が響いてビル風に吹き消される。誰もいない路地にひびが入る。足跡が残される。
並木仁菜(
ga6685)のナイトフォーゲルEF−006ワイバーンがビル街を駈ける。
高層ビルの窓にワイバーンの青い獣のような姿が映った。
フリスビーを投げられた犬のようにワイバーンは軽やかに機動する。ワイバーンが跳ねるとアスファルトが飛び散った。
コクピットでは並木が加速でシートに押しつけられていた。そのまま並木は音声を外部に出力する。挑発だ。
「ファームライドに告ぐ。私はこれがバトルだとおもってはいません。前回失敗したチームと今回私たちのチームは何が違うのかを、教えてあげます。これはセミナーです」
並木はファームライドを誘い出そうとする。彼我の機体の性能差は大きい。正面から衝突したら押し負ける。能力者はファームライドを分断、各個撃破することにした。並木機と音影機が突出して陽動となり、誘き出されたファームライドをまず1機は撃破する。敵の連携攻撃を阻害しつつ能力者側は連携して圧倒する。
「出てきなさい、ファームライド。私たちがレクチャーしてあげます」
並木は挑発を続ける。が、ワイバーンを横跳びさせる。ビルの窓ガラスが一斉に割れる。ガラスが飛び散った。並木は気づく。ガラスの破片の一部が空中でなにかに衝突してさらに小さくなって散っていくのを。透明化したファームライドだ。
「‥‥バグアの猿じゃないんだから、ちょっと頭使ってくださいよ」
並木は挑発するもファームライドの不気味に威圧感に唇が震える。緋霧 絢(
ga3668)の考えた砲撃位置へ並木はファームライドを誘導する。ディスプレイには音影 一葉(
ga9077)の位置が表示されているが、背中がひりひりする。陽動には成功した。仲間も健在なのに。
並木はファームライドをT字路に誘導する。近接型ファームライドは透明化を解除して追いかけている。
「こちら音影機。並木さん、指定ポイントに移動完了、いつでも壁役をやれます」
「了解。念のために色を付けます」と並木はこたえる。同時にワイバーンを回頭させる。コクピット脇の機銃が作動する。塗料を仕込んだ弾がファームライドのいる空間へ飛び込む。
近接型ファームライドは並木機の機銃を無視する。機体を斑に染めさせながら手首を返した。腕からワイヤーが射出されてムチのようにしなった。
ファームライドのワイヤーが毒蛇のように鎌首をもたげて並木のワイバーンに襲いかかった。ワイヤーの先端が並木機の機銃を削り取った。
空薬莢の転がるアスファルトに破壊された機銃が剥落する。
コクピットの中で並木がうめく。眼前のファームライドは盾で殴りかかってくる。盾の尖った先端が視界一杯に広がった。
「貴方の相手は私です。‥‥精々良いデータを取らせてください」
音影のナイトフォーゲルFG−106ディスタンが出現、その白い機体が赤熱するヒートディフェンダーでファームライドの打突を受け止める。
音影機とファームライドが押し合う。が、音影機は機体を引く。ファームライドは勢い余ってビルに突撃する。同時に音影機と並木機はT字路から跳び退いた。
T字路には能力者の射線が通っている。
ナイトフォーゲルF−108ディアブロのコクピットで阿木・慧慈(
ga8366)がささやく。
「ファームライド、レッドデビル、強敵って奴を実感させてくれよ」
「‥‥ディスタンの砲撃性能、あんたで試させてもらう」
最近になってR−01からディスタンに乗り換えた鈍名 レイジ(
ga8428)が罠にかかったファームライドを照準する。
ロジャー・ハイマン(
ga7073)がナイトフォーゲルXN−01ナイチンゲールのコクピットで愛機にささやく。
「英国製対シェイド機体がどこまでやれるか試します」
近接型ファームライドはKVの照準波をキャッチ、射線の通っている方向へ盾を向けた。同時に砲撃によって周囲が吹き飛ぶ。
●騎士の剣、悪魔の剣が交錯する
KVの砲撃と同時に砲戦型ファームライドもまた砲撃を行った。両者の火線が交錯してビル街が炎上する。黒煙が立ち上って青空が死んだ。薄暗い空からバランス型ファームライドが降下する。
バランス型ファームライドはレーザーを発射する。レーザーを斧のようにふるってビルを伐採する。パイロットが声を出力する。
「能力者よ、出てこい。ビルで視線を遮られてもレーザーは防げない」
砲撃型ファームライドは高層ビルに陣取ると、バランス型ファームライドの送ってくる情報を元に砲撃を始める。KVをいぶる。
ナイトフォーゲルF−104改バイパーのコクピットで藤村 瑠亥(
ga3862)がうめく。盾にしていたビルをレーザーで真っ二つにされて別の通りに飛び込んだ。
「くう。‥‥だが、やすやすと負けるつもりはない。熊谷ついてきているか?」
「はい」と熊谷真帆(
ga3826)とこたえる。「あたしは大丈夫です。でも並木さんと音影さんが‥‥」
ハイマンが叫ぶ。ハイマン機は遮蔽物から機体を露出させ、敵の射線に身をさらしながら、攻撃を続ける。
「並木さん、音影さん。退避して下さい。早く! 今のうちに!」
ハイマン機のレーザーが街路を飛ぶ。これを近接型ファームライドが盾で受け止める。レーザーはフォースフィールドを突破して盾の表面に浅い穴を穿つ。
阿木は鈍名と一緒にビルの影から飛び出す。
「レーザーが効いているのか。鈍名、いくぞ、連携する!」
「了解したあッ、火力で圧倒する!」
このチャンスに1機潰してやると阿木機と鈍名機は街路に身をさらしながら攻撃を始める。しかし砲戦型ファームライドがレーザーを雨と降らせる。
「えらく早くてえらく痛いと聞いていたが、ここまでとは」と阿木が叫ぶ。「‥‥‥‥鈍名も下がれ。下がるんだ。なにしてやがる!?」
「砲戦型を落とす」と鈍名。「あいつをやらなきゃ頭を上げられない」
鈍名機が砲戦型のいる高層ビルにバルカンを発射した。バルカンの火線に沿うようにレーザーが降ってきた。鈍名機が胴体が両断される。
「くっそ。‥‥ここまでか。みんなすまない」
「攻撃が届かない」というハイマンの叫び。「なんで。さっきまで効いたのに」
近接型ファームライドは赤いオーラに包まれている。オーラはまるでバリアかなにかのようにレーザーの威力を阻害する。近接型ファームライドは悠々と音影機と並木機に止めを刺した。ファームライドの光剣が音影機のコクピットを貫き、その足が横倒しになっている並木機のコクピットを蹴り潰した。
そして近接型ファームライドは盾を正面に構えるとハイマン機に突撃した。ハイマン機もまた突撃する。ビルのまだ破れていない窓が吹き飛んでいく。2機が交錯した。ハイマン機が膝をついた。
近接型ファームライドがちらりとハイマン機を振り返る。
「身を挺してでも仲間を守るつもりだったか。‥‥無駄なことを。それは無駄死に元だ。だが、お前の勇気だけは認めてやる。だからもっと強くなれ」
光剣がハイマン機のコクピットに突き刺さった。
●スリリング・ショット
「‥‥なんと。なんという高機動ですか」
岩龍のコクピットで緋霧がうめいた。敵によって状況をひっくり返されると緋霧はすぐに味方戦力を集中させようとした。けれどもバランス型ファームライドは藤村と熊谷に合流させない。
ハイマンや阿木、それに鈍名の叫びが無線で流れてくる。3機は並木機と音影機を支援しようとするが上手くいっていない。砲撃を加えられている。
バランス型ファームライドは急降下、緋霧に襲いかかる。けれども緋霧は後退して回避するが、ファームライドはビルの壁面を蹴って反動で突撃してくる。
「‥‥やられました。損耗率は」
「まだだ」
ファームライドの一撃を藤村機が受け止めている。
ファームライドは回頭しながら光剣を振るう。藤村機がこれを受け止める。2機は互いの武器を止め、払い、押し合う。2機は斬撃を重ね合う。
そこへ熊谷機がライトディフェンダーを槍のようにして突っ込む。
「ファームライド、捉えました!」
「‥‥ハッ、それはこちらもだ」とバランス型ファームライドのパイロット。
バランス型ファームライドの光剣が閃いて藤村機のエアインテークが破壊される。藤村機の動きが悪くなる。この隙にバランス型ファームライドは熊谷機に向けてライフルを向けて撃った。
熊谷機はレーザーで貫かれながら突進する。胴体に穴を空けられながも機体の勢いは死なずそのライトディフェンダーがバランス型ファームライドの胸部をかすめた。バランス型ファームライドの胸に傷跡が残る。
バランス型ファームライドは緋霧に対峙した。光剣を展開すると、両断を期すかのように空に掲げた。
「待て」と藤村。藤村機が緩慢な動作で動き始める。「まだ墜とされたわけじゃない。俺を無視するな」
藤村機の腕が跳ね上がる。腕の先には機槍ロンゴミニアトが装備されている。KVの腕がぶるぶる震えながら機槍の先端部をファームライドの背に押しつける。
「‥‥ロンゴミニアト、射出!」
機槍の液体火薬が発火。表面のひびから白い煙が噴出する。それだけだった。パイルは射出されない。
「損傷を受けすぎていたか」と藤村。
「そういうことだ」とバランス型ファームライドは緋霧機に止めを刺してから藤村にいった。「だが、諦めなかったのは認めよう。それが戦場では必要だ」
藤村はコクピットで目を閉じた。阿木からの無線を闇の中で聞いた。
「まったくその通りだ。諦めなければチャンスは巡ってくるってこったろ」
阿木機はビルの瓦礫に押し潰されていた。砲戦型の砲撃のせいだ。阿木機は伏射のような姿勢になっている。この腕が無事な装備を拾い上げて地上に設置した。スナイパーライフルRだ。
阿木の視線は照準装置を通してバランス型ファームライドの傷跡を捉える。針のような攻撃意志がビル街の細い間隙をすり抜けてファームライドに届いている。スナイパーライフルRの弾が攻撃意志に沿うように発射された。弾は街路を抜け、ビルとビルの隙間を抜け、瓦礫のあいだを抜け、割れた窓を抜けてバランス型ファームライドの胸部を貫いた。
バランス型ファームライドの手から光剣が消え、ライフルが地上に落ちた。バランス型ファームライドは崩れ落ちるようにして機能停止した。
「‥‥やったといいたいところだが」と阿木。
藤村が上空をみた。
黒煙で汚れた空から砲戦型ファームライドが滑空してくる。近接型ファームライドがこれを支援するように並走する。砲戦型ファームライドのライフルが藤村機を睨み付けた。
生き残った能力者たちは息を呑んだ。が、攻撃は来ない。
ファームライドは街路に着陸して膝をついている。
能力者たちに無線が入った。
「訓練を終了する。これで終わりだ。諸君らはよくやった」
「待て。どういうことだ」と阿木。
「燃料切れだよ」と歯切れの悪いファームライドパイロットの声。「こちらは短期決戦用だ。長くは戦えない。きみたちは我々の全力機動、全力攻撃に耐えてみせた」
「そうか」と阿木。「だがほめられているようには聞こえないな」
ほめてはいない、とファームライドのパイロットはささやいた。だが、悪くはない。諸君らはコンディションに注意する余裕を我々から奪った。その点は悪くない。