●リプレイ本文
●雲霞のごとく
無人の幹線道路を狼型キメラが疾走する。その大型バイクほどもある巨体が目指すのは変電所だ。小規模な変電所だが、ネットワークで周囲の電力供給施設とつながっているため、この変電所に異常が起きると一帯の電力供給が途切れる可能性がある。これこそが狼型キメラの目的だった。
狼型キメラを王とみなしたかのように地上には犬の群れが、上空ではカラスの群れが付き従っている。鳴き声によって小動物を操る、それがこの狼型キメラの特殊能力だった。それゆえにホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)から『ハーメルン』という名前を与えられていた。
おとぎ話の笛吹きが笛ひとつで町中のネズミを手玉にとったように狼型キメラ『ハーメルン』もまた遠吠えひとつで動物を手玉にとって変電所へ攻撃を仕掛ける。ハーメルンの下僕たちはただの動物だが、その数多く、数こそは絶対的な暴力だ。その証拠にいましがた能力者を含んだ警官隊を突破した。変電所に損害を与えることなど造作もない。
●戦闘準備
「流石にこれだけの数が操られているとなると壮観ではありますね」
リディス(
ga0022)は敵の群れを視認していった。能力者は用意されたヘリでハーメルンの侵攻ルートの先回りしている最中だ。
床にはスブロフのケースが置かれている。アルコール濃度99パーセントの酒で、場合によってはストーブの燃料にされるものだ。非常に良く燃える。このスブロフが今回の作戦の要だ。
ハーメルンの手強さは下僕の多さに寄っている。逆にいえば下僕と分断してしまえば、ハーメルンなど大した相手ではない。南雲 莞爾(
ga4272)の言葉を借りれば「獣に頼らなければ何も出来ない端役」ということだ。
このため能力者は幹線道路に火を起こすことにした。幹線道路を横切る形でスブロフをまき、着火させ、炎の壁を作り出す。操られているとはいえ動物は炎を避ける性質を持っているので侵攻は妨げられるはずだ。
炎の壁は侵攻を妨げるだけでなくて動物たちの統制もまた妨害するだろう。ただ攻撃した場合は動物たちが盾となって妨げられてしまうだろうが、炎の壁によって散開させた場合ならば、動物たちのあいだをぬって攻撃を成功させられるかもしれない。
スブロフの他にも照明銃を用意している。スブロフは地上対策、犬に対するための用意だが、照明銃は空中対策、カラスに対するためのものだ。
御影・朔夜(
ga0240)は複数の照明銃のほか、小銃シエルクラインを携行している。他の能力者と同じく照明銃で動物たちを牽制できればと考えているが、圧倒的多数の敵戦力という現実も直視しているので、容赦のない攻撃を加えることにためらいはない。銃器を得物するからという理由もあるが、敵として対する以上、同情はしない。能力者は時として傭兵と呼ばれるが、御影は能力者というヒロイックな側面を持ちつつも、原義通りの傭兵としての側面も持っていた。
すべての能力者が御影のように割り切れるわけではない。
疎開経験のある東野 灯吾(
ga4411)はペットの犬を疎開先へ連れて行けなかったことを思い出して、犬を殺傷せずにひるませる方法をひねりだした。スブロフのボトルに霧吹きをつけて中身を噴射できるように改造した。アルコールの霧は犬にとって催涙スプレーとなるかもしれない。
「とまあ、つくってみたけど、どんなものかな」と東野は緋室 神音(
ga3576)に霧吹き付きスブロフを差し出した。
緋室は試しに霧を吹いてみた。アルコールはすぐさまその場に広がって隣に座っていた筋肉 竜骨(
gb0353)がはげしくむせた。
失礼と緋室は竜骨に謝る。それから東野にいった。
「これは結構な代物だ。香水でも吹きつけてやろうとおもっていたが、こちらのほうがずっといい」
当初、緋室は犬用の目潰しに香水を準備しようとしていた。出発までにそろえられなかったわけだが、仲間のおかげで同等品を入手できた。
「照れるね。どっかでこういうのをみたことあっただけさ」
照れるといいつつも東野は胸を張った。東野は好奇心の強いほうで武器のマニュアルを読むのが好きだ。おかげでときには珍しい知識を仕入れてくることもある。たとえば催涙スプレーを日用品で作る方法などだ。霧吹き付きスブロフの霧吹き部分はコンビニで売っていた風呂掃除用洗剤のものを流用している。
セシリア・ディールス(
ga0475)もまた霧吹き付きスブロフを注視していたので東野はますます照れ臭くなった。
ディールスは無表情な顔つきと声をしているが、出発前に獣医や動物看護師の手配を要請したり、攻撃時にパトカーのサイレンを鳴らすという提案をしたりと動物のことを気にしている様子だった。
琴線に触れるものがあったのかなと東野はディールスの人形のような顔をみた。するとディールスは、「私にもそれを」といってきた。
そのとき南雲がいった。
「ポイントに到着する。みんな準備を」
ヘリが降下し始める。
ホアキンが迫ってくる黒い群れがみてささやく。
「ハーメルン、残念だが、お前の旅路はここまでだ」
●炎の壁を突破
ヘリは能力者を降ろすと幹線道路から撤退していく。
ヘリの爆音がだんだんと過ぎていく代わりに能力者に地鳴りが近づいてくる。
幹線道路一杯に広がった黒い群れが能力者を圧倒するように迫る。
なんて数だという竜骨の驚きの独白を南雲は聞きつけた。ハーメルンの群れはまるで黒い津波か洪水のようで飲み込まれたら一巻の終わりと南雲に想像させたが、意外にもそれほどの恐れは感じない。統制しているハーメルンさえ倒せば、あとはただの動物に過ぎない。
緋室が目を伏せてエミタにささやく。
「アイテール、‥‥限定解除、戦闘モードに移行」
緋室の背から光の翼が生え、開かれた相貌は戦意で燃えるかのように黄金に輝いた。
「――アクセス」
御影もまた覚醒する。髪が銀色に染まり、トレンチコートの上を黒い炎が入れ墨のように這い回った。唇をめくりあげて煙草をくわえると御影は両手をあげる。手に照明銃が現れた。
覚醒していく能力者たちに南雲はいった。
「‥‥来るぞ。戦闘開始だ!」
黒い群が濁流のように能力者に襲いかかる。その瞬間、南雲の腕が跳ね上がった。地響きを貫くように銃声が響いた。同時に炎の壁が立ち上がる。
動物たちは突如現れた炎の壁にたじろぐ。犬たちは行方を阻まれて、炎の壁の前で団子状態になり、カラスたちはその場で翼を打って滞空するか、旋回を始めた。
「照明銃、発射する!」
ホアキンの声。赤い光の玉が空へ打ち上げられる。運の悪いカラスが照明弾に当たって墜落するが、このカラスとすれ違うように他の能力者の放った照明弾が上昇していく。
それまでカラスは炎の壁に戸惑ってはいてもパニックにはなっておらず統制を保っていたが、地上から光の雨に混乱をきたす。黒色が青空に四散していく。
が、しかしハーメルンが遠吠えを始めると、カラスたちは統制を取り戻して能力者たちの上空を旋回し始めた。
カラスたちが錐のような視線を地上に降り注ぐ。その居心地の悪い視線に御影が口を裂いた。
「‥‥面倒だ。地上の方は任せるぞ」
御影の両腕が空に向けられる。左右の腕1丁ずつシエルクラインが現れる。シエルクラインは地上に薬莢を、空に火線をばらまき始める。
カラスが雨のように墜落し始める。その中を能力者は駆け抜ける。
ハーメルンの遠吠えが変化する。地を這うような低い声、そして脅しつけるような調子。犬たちは総毛だった様子で炎の壁に突撃を始める。何匹かは炎を飛び越え、何匹かは失敗して炎の中を転がる。
「バグアめ。‥‥動物の犠牲は厭わない腹か」とホアキンが苦い調子でつぶやく。「だが、それも終わりだ」
犬たちがまごついているあいだに能力者たちは炎の壁を突破していた。能力者とて人間なので火には弱いが、炎の壁はそれほど分厚いものではなく、常人を超越した身体能力を誇る能力者ならば重大な傷を負う前に通過できる。
炎を乗り越えた能力者へ下僕を差し向けるべくハーメルンが遠吠えを始める。
「そろそろ自分の力で戦ったらどうだ。でなければ、裸の王様だ」
南雲が小銃S−01でハーメルンを狙った。銃声と同時にハーメルンの首に赤い斑点が生まれて遠吠えが途絶えた。
これで動物は解放される。と能力者がおもった瞬間、犬たちは泡を吹きながら炎の壁へ突撃、さらに能力者に襲いかかってくる。
「‥‥遠吠えを封じられたら暴走するように仕組んでいたということですか」
「そのようだな。まあ思い通りにはいかんさ、お互いにな」
首を狙ったきた犬をソードの柄で殴ってからホアキンはディールスのつぶやきにこたえた。
「‥‥姑息な奴。笑えるぞ」と南雲。「リディス、瞬天速だ。一息で片付ける」
「了解。あのようなものには消えてもらう」
南雲とリディスの膨れあがる戦意に刺激されたから犬たちが2人に殺到する。犬たちは狼であったころの本能を思い出して敵の首を噛み切るべく跳躍した。
が、犬のあごが捕らえたのは空白だった。そこには誰もいない。
犬の群れを吹っ飛ばしながら南雲とリディアはハーメルンのもとへたどり着く。
「罪もない動物たちを弄び、命を奪った罰はきっちりと受けてもらおうか」
ハーメルンの右側面に回り込んだリディアはかまいたちのような蹴りを放った。
蹴撃の閃光が途切れた瞬間、ハーメルンの右前足と右後足にぱっくりとした裂傷が生じて血を噴き上げた。
「これで終わったな」
リディアはハーメルンに背を向けると、煙草をくわえた。
「火がないな。持っいたら貸してくれ」
傷を負ったハーメルンが「無視をするな!」とでもいうかのようにうなり声をあげた。その瞬間、身体が五分割されて、路面に散らばった。
リディアが右側面からフェイントをかけ、南雲が左側面から致命的攻撃を加えるというコンビネーションだった。
「自分の死くらいは自分で察するべきだ」
南雲はいいながら月詠の血をぬぐった。それから防水マッチをリディアに投げた。
ハーメルンが撃破され、路面にまかれたスブロフが燃え尽きたころ、動物たちの暴走は終わっていた。
「野生動物じゃねえからな。大した体力を持ってないんだ。戦闘なんてするもんじゃねえな」
舌を出している犬をなでながら竜骨がいった。
竜骨は戦闘中、御影の護衛をしていた。短期決戦を達成するために他の能力者と一緒に炎の壁を突破してもよかったが、対空要員を買って出た御影がカラスから集中攻撃を受け始めたので、引き返した。
疲労のあまり行動不能になっている犬を御影は見回し、さらに上空からカラスが消えたのを確認する。ハーメルンの残骸のほうからいささか浮かない顔をした能力者たちが御影たちのほうへ歩いてくる。
仲間の気持ちを察して御影は煙草を噛んだ。
「生き残ったヤツがいるだけでも僥倖だろうに」
竜骨は御影の言葉に無念さを感じ取った。慰めるようにつぶやく。
「まあ倒さなきゃいけない状況だったからな」と竜骨は犬をあやしながら「‥‥今度はちゃんと操られるンなよ」
ULTに状況終了の報告が入り、ディールスによって要請されていた獣医の乗った救急車が近づいていくる。