●リプレイ本文
●深淵に潜む
アメリカ大陸西部のとある海域はひっそりとしている。
この海域周辺は、たった1機のヘルメットワームの出現によって危険なエリアとなってしまい、航行する船舶の姿はなくなってしまった。
深海の闇の中でヘルメットワームは波飛沫の輝く海上を狙う。海底と海上の間には1キロ近い隔たりがあったが、このヘルメットワームにとっては一息で越えられる距離に過ぎなかった。
ヘルメットワームの周囲には複数の船体が食い散らかされたかのように散らばっている。どれもこれも眩しい海上から暗黒の海底に引きずり込まれたもののなれの果てだった。ヘルメットワームは海上を意識する。死のような静寂の広がるそこに何者かが現れたのを感知した。
新たな犠牲者を求めてヘルメットワームは深淵から浮上する。
●空で、陸で、海で戦う
西海岸にあるUPC太平洋軍の軍港、そこへ8機のKVが搬入された。
水を抜かれたドッグに、機械式のケルピーのようなナイトフォーゲルKF−14、甲冑をまとった潜水夫のようなナイトフォーゲルW−01テンタクルス、背面の翼のおかげで天使のようなシルエットを持つナイトフォーゲルFG−106ディスタン、飛ぶためでなく走るための流線型のフォルムを持つナイトフォーゲルLM−01スカイスクレイパー、そして左肩に機首を乗せているような姿のナイトフォーゲルH−114岩龍が設置された。
同時に整備士たちがKF−14とテンタクルス以外のKVに群がった。現行のKVのほとんどが空戦と陸戦を想定しているため水中では満足に使用できない。どうしても水中で使用したいならば水中用キットを装備するほかない。今回の標的は水中用ヘルメットワームなので能力者たちは水中用キットの装備を選択した。
武藤 煉(
gb1042)は不安げにKVを見上げた。
(「初めてのKV戦闘が海でのやり合いか。ったくどうなるのかねえ」)
武藤は不安をごまかすかのようにバンダナを擦った。頭に巻いているバンダナの下には古傷がある。気持ちがネガティブ寄りのせいかなんだか痛む気がした。
「水中戦ってのはなんだか調子出ませんねえ」
柚井 ソラ(
ga0187)が呑気な口調でつぶやいた。
ソラもかよと武藤は胸の中で舌打ちした。柚井との付き合いは長いので、武藤には普段の呑気口調と不安なときの呑気口調の違いがわかる。今回は不安なときの呑気口調だ。
武藤は自分の不安な気持ちにいらだった。不安を打ち消すためになにか言おうとした瞬間、肩を叩かれて飛び上がった。まったくの奇襲だった。
「‥‥さて。どんな敵さんがでてくるのかねぇ」
そういってジングルス・メル(
gb1062)が猫のように目を細めた。そしてさっき武藤を叩いた手で柚井をこづいた。
「そんな顔すんなよ。な、終わったらカニ鍋でも食べにいこうや」
「メルさん、それって敵がロブスターみたいだからシーフードってことですか」と柚井。
「そうそう。モグラ叩きで腹減らしてシーフード喰らうのさ」
「モグラ叩き」とは今回の作戦の名称だ。今回は海底から強襲してくるヘルメットワームを浅い深度の海で迎撃するのだが、ブリーフィングでこれを武藤がゲームセンターにあるモグラ叩きマシンと似ていると発言して、他に名称案などもなかったのでちょうどよいと作戦名に設定された。
「とはいえ」とメルは肩を落としてみせた。「不安じゃねえけど『せっかく海なのに!!』ってのはあるぜ」
「?」と武藤。
「ほらこれさ」とメルは手で丸くて大きいものを描いた。
「なんでしょう?」と柚井は首を傾げたか、武藤は「あれか!」という目をして紅一点の鯨井昼寝(
ga0488)をちらりとみてからうなずいた。鯨井は威龍(
ga3859)となにか打ち合わせしていた。
深海にはボインな美女なんていねえもんなとメルと武藤は残念がった。ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)がすいと2人のあいだに割って入った。
「胸の話?」と武藤。
「そんなに入りたかったのか」とメル。
ちがうちがうとヴァレンタインは手をふった。
「女性の前でそういう話はどうかとおもってな」
ヴァレンタインは「女性の扱いは紳士たれ」というモットーを持っていた。
ああそうかと武藤とメルは自制した。
が、流れについてこれなかったらしい柚井は「胸って何のことですか」と首を傾げて「ああ、あっちのすごい胸のことですね」といった。
武藤とメルは柚井の示したほうに視線を投げた。ヴァレンタインも反射的に目で追ってしまった。
「うむ。柚井殿、我の胸がどうしたというのか?」
「大きいのがいいって話してたんです。おっきくしてみせてください」
「よ・か・ろ・う!」
這い寄る秩序(
ga4737)は胸の筋肉を膨張させるポーズをとってみた。
すっごい筋肉ですと柚井が拍手する。けれども3人は実にせつない気分になった。
「やれやれ。なんだか緊張がほぐれてきたようじゃないか」と雑賀 幸輔(
ga6073)は肩を竦め、鯨井と威龍に「出られるか」と声をかけた。
「問題ない。いつでも出撃可能だ」と水のような平静さで威龍。
「同じく。強敵との対決、楽しむとしよう」と荒波のような激しさで鯨井。
よしと雑賀はうなずいていった。整備士たちはすでに作業を終えて撤収している。
「各員、KVに搭乗。最終チェックを確認後、出撃する」
●足下の脅威VS頭上の脅威
海底の暗闇から水中型ヘルメットワームが浮上する。海流を横切り、回遊している魚の群を散らしながらするすると海上へ近づいていく。海底の巣、自らの暴力の痕跡に新たなコレクションを加えるために。
一方そのころ能力者たちはヘルメットワームの出没する海域に到着していた。
雑賀が仲間に呼びかける。
「戦域に到達。各員、フォーメーションを形成してくれ」
『了解』という全員の返事。同時に8機のKVは二手に分かれた。威龍機、鯨井機、柚井機、メル機はA班を、武藤機、這い寄る秩序機、ヴァレンタイン機、雑賀機はB班を形成する。
今回の標的はKVには到達不可能の深海から現れる。ために能力者は出向いて攻撃することは叶わず、自らを囮にして攻撃可能な深度に誘き出すことにした。
敵は圧倒的な移動速度を持つ。能力者のアプローチは2度しかありえない。1度目は接近された際、2度目は敵が撤退する際だ。けれどもブリフィーングでは実質1度しかアプローチできないのではと予測された。というのは敵の撤退時は能力者側は損害を受けている可能性が高く満足に追撃できるとは考えにくい。
だから最初のアプローチで確実にダメージを与える必要があり、このために部隊を2つの班にわけた。もしA班をヘルメットワームが襲ったらB班が攻撃を集中し、もしB班をヘルメットワームが襲ったらA班が攻撃を集中することになった。確実にダメージを与えるためにA班とB班は互いを状況に応じて互いの役割をスイッチできるようにした。
雑賀はフォーメーションの形成を確認すると各班の目に声をかけた。
「武藤くん、メルくん。電子戦闘開始だ。きみたちの眼差しこそが俺たちの銃火のさきがけだ」
「了解」と武藤。「‥‥海ってこんな暗くて冷たいのかよ。なーんか、腹立ってきた‥‥」
武藤は足下の空間に吸い込まれそうな恐怖を感じた。けれども恐怖を冷静に受け止める余裕があった。
雑賀は自機を武藤機のそばへ寄せる。まともに考えるならば電子戦能力を持つ武藤が狙われやすいからだ。
「待ちは俺の得意分野だ。‥‥丁寧にエスコートしてみせるさ。‥‥作戦開始」
そのときメルの報告が各機に通信された。
「来たぞ! お前等、気ィ付けろ!! AI、全兵装展開。お前等、初手が肝心だ、外すなよ!」
KVの足下に広がる空間にいまだ敵影はない。ある程度の深度から先は霧にでも遮られているかのように視界が効かない。けれどもレーダーには高速移動する物体が表示され、なにより能力者はコクピットシェル越しに異様な水流の音を聞きつけた。ヘルメットワームの高速移動が通常の流れを阻害しているせいだ。
能力者は不吉な音を聞きながらヘルメットワームへの射撃位置を確保する。
「お出ましだ。‥‥潜ったときに泡を吹くように、できるだけ削ってやれ!」
雑賀が仲間を叱咤する。同時に各機がホーミングミサイルを発射した。
ホーミングミサイルが白い筋を残しながら深海に潜航する。能力者のまだ視認していないヘルメットワーム目指して。
「ミサイルが爆発したらレーダーにノイズが入るぜ」と武藤。「次は詰まった距離での戦闘になる。各員、他の武装を用意してくれ」
「わっかりました」と柚井がスナイパーライフルを機体に構えさせ、送られてくるデータから敵予測進路を割り出し、その方向へ銃口を向けた。
メルが着弾までのカウントダウンを開始する。ゼロになった瞬間、レーダーが真っ白になる。
ヴァレンタインが海底をのぞき込む。
「来るぜ。あの移動速度ならもうそろそろ視認できる範囲に入るはずだ。って、てめえ、昼寝ちゃんに手ぇ出すんじゃねえっ」
ヴァレンタイン機がガウスガンをA班に向かって連射する。
ヘルメットワームはA班の足下から出現すると、雨と浴びせられるガウスガンを右の爪で弾きながら、突撃した。狙うのは電子戦機のメルとおもわれたが、ヘルメットワームの爪に捕らえられたのは鯨井機だった。
ヴァレンタインがうめいた。
「くそう。これじゃあ攻撃できない!」
ヘルメットワームは鯨井機を捕らえた左の爪を能力者たちに突きつけた。うかつに射撃すればヘルメットワームでなくて鯨井機に命中してしまう。
能力者たちは焦った。
鯨井はコクピットで自機の軋む音を聞きながら口を歪めた。
(「――はっ。強いね。面白くなってきたじゃないか」)
鯨井は攻撃を開始する。KF−14はレーザークローを展開してヘルメットワームに爪を立てる。KF−14はヘルメットワームの爪で拘束されているので動くたびに無理が生じて機体の優美なフォルムが歪んでいく。
ディスプレイに各部の浸水警報が表示されるが、鯨井は無視して攻撃し続ける。その口元は高揚感で歪んでいた。
(「さあ。次はどう出る。このまま勝ち逃げはさせないわよ」)
周囲のKVは鯨井の闘志に感化されたかのようにヘルメットワームに接近する。遠距離用の武装を捨てて近接武器を取り上げる。近接武器を持たないものは誤射しようのない零距離射撃すべく接近する。
雑賀がツインジャイロを構えて突撃する。
「鯨井くんを放しな。やる気はないのか。OK,抱いてろ。お前をバラして解放する!」
ツインジャイロが鯨井機を掴んでいる爪の付け根に命中する。が、フォースフィールドが展開してツインジャイロは弾かれる。反動で雑賀機もまた跳ね飛ばされる。
「待て。ヘルメットワーム、鯨井さんは置いていけ!」
威龍が叫んだ。
KVの猛攻を恐れたのかヘルメットワームは潜航を開始する。
能力者たちはヘルメットワームを追いかけるが、追従できたのは水中機の乗り手だけだった。
ディスプレイに警告が表示される。これ以上潜るのは危険だ。けれども威龍が潜航をやめない。
(「ここで逃がすわけにはいかない。無理は覚悟の上だ。保ってくれよ、俺の機体!」)
威龍機がヘルメットワームに到達、そのディフェンダーが爪の付け根に突き刺さった。そこにさらにガウスガンを叩き込むと爪は根本からへし折れた。
解放された鯨井機はレザークローを展開しながらヘルメットワームに潜航に追随する。
「強敵よ。楽しませてくれたお礼をしてあげる。‥‥這い寄る秩序、今こそ予定通りにいくわよ」
「心得た!」
這い寄る秩序機がレザークローを展開させながらヘルメットワームに急接近する。
ヘルメットワームは長い尾をふるって這い寄る秩序機の接近を妨害しようとするが、紙一重のところですり抜けられてしまう。
「見える、見えるぞォ! お前が我がクローによって引き裂かれる姿を!!」
ヘルメットワームの両側から鯨井機と這い寄る秩序機が迫る。
「灼熱のォ、ゲソビーム・クロー!」
「‥‥殺しの技を名乗る趣味はない」
海中を2条の光が走る。鯨井はコクピットで目を細めた。ヘルメットワームの爪が鯨井機のレーザークローを受け止めている。フォースフィールドの瞬きのせいで赤い視界の中で鯨井は這い寄る秩序のレーザークローがヘルメットワームの装甲に傷跡をつけたのを視認した。その瞬間、鯨井機は跳ね飛ばされた。
ヴァレンタイン機が鯨井機を優しくキャッチした。
「ヘルメットワームはどうした!?」
鯨井の詰問にヴァレンタインはこたえた。
「見失った。すでに深海だろう。大丈夫、かなりの損害を与えた。反撃不能だ。それにあの損害では水圧に耐えられやしない」
「‥‥人間の潜水艦ならな」
●逆上陸したい
「カーテンコールだ。‥‥深いな。この海も、この戦争も」
雑賀がいった。
能力者はヘルメットワームに損害を与えたものの取り逃がしてしまった。再戦するために周囲を哨戒したが、なんらかの理由で敵出現の気配がなかった。UPCに報告を入れると帰還指示が出たので能力者は従うことにした。
「空戦の中型程じゃないにせよ、まとめて来られたら厄介だろうなぁ」
ヴァレンタインがぼやいた。威龍がうなずいた。
「これが最後の奴な訳はないし、これから量産化されるかも知れない。もっと高性能な水中機が必要となるだろうし、戦い方も考えないといけないだろうな」
あのあと鯨井機は駆動系に問題が生じて行動不能になった。ヴァレンタイン機と威龍機は鯨井機を牽引している。
「とはいえ1人も欠けなかったらいいじゃないか」とメル。「な、メシにしようぜ。せっかくだからカニ食いにいこうぜ」
メルは岩龍の腕を器用に使って柚井機と武藤機をつついた。そこに乗ってきたのは這い寄る秩序だった。
「総員、逆上陸準備! 海岸付近に旨いカニ料理を出す店があるのだ! さあ行くぞ! 約束の地、常夏の楽園へ!」