タイトル:故郷まであと数歩マスター:沼波 連

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/29 23:37

●オープニング本文


 赤茶けた大地をぼろ布をまとった人々がいく。人々は時々、恐ろしげに空を眺めた。
 空ではハゲタカが旋回している。人々はみるかに疲弊している。あと2歩か3歩歩いたらバタリと倒れて二度と動かなくなりそうだ。ハゲタカは誰かが自分のえさになるのを待っていた。
 人々は飢え渇いていたのでそのようなハゲタカの意図をなんとなく察したが、ひとまず安堵した。というのはヘルメットワームではないからだ。人々は数日前までバグアの収容所に監禁されていたが、隙をみて以前から準備していた脱走を実行に移し、今に至った。
 死にたくない。家族に会いたい。残してきた仕事がある。人々は満身創痍だったが、それぞれのおもいを支えにして、炎天下を歩き続ける。
 1人が声をあげた。前方を指さしている。人々の目が光を捉えた。発見した人物が脚をもつれさせながら駆け寄った。
 長大なフェンスが倒されていた。東西にどこまで延びている。フェンスに貼り付けられたプレートには国境線と書かれていた。このフェンスはメキシコとアメリカの国境線だ。このフェンスを越えた先がアメリカだ。
 フェンスから人物が叫んだ。
「ここからがアメリカだ。人類の土地だ。さあ無線を出してくれ。UPCを呼ぼう。故郷へ帰るんだ」
 人々はうなずくと、無線を取り出した。あり合わせの廃品で作ったものだ。性能は低い。SOSは届くかわからない。けれども人々はもう骨身に染みて知っていた。届かないならば、届くところまで歩けばいいのだと。
 いかなる苦難も乗り越えられると人々はすでに知っていた。
 けれども脱走も無線機の作成もすべてバグアの手引きだとは知らなかった。

 脱走者の無線を傍受して収容所のバグア兵はにやりと笑った。
「狩りの時間だ」
「あいつらで楽しめるのもこれで終わりか」
 もう1体のバグア兵がこたえた。
 バグア兵は収容所生活に退屈していた。だから刺激を求めて人間を脱走させてみた。これはこれで退屈な作業だったが、バグアと人間は根本的に異なる生物のため、知的にはおもしろかった。人間の脱走を誘導することの面白みとは、人間でいえば育成ゲームで頭の悪い生物を育てるようなものだ。
 玩具を始末すべく小型ヘルメットワームが空へ舞い上がった。

 ブリーフィングルームでUPC士官が能力者にいった。
「アメリカ=メキシコ国境線まで飛んでくれ。救難信号が発せられている。無線によれば発信者はどうやらバグアの収容所からの脱走者らしい」
「真偽は不明だ。罠の可能性もある。無線で自称脱走者はあの辺りを人類域と称していたが、実際は競合地域だ。戦闘には好都合だろう」
「というわけできみたちの目で真偽を確認してほしい。罠であれば撃破で構わない。本物の脱走者であれば、こちらに報告してくれ。救助隊を送り込むから。そのあいだは周囲を警戒だ。せっかくあそこまでたどり着いたのにワームやキメラに突かれるのはたまらない。
「‥‥念のためにいっておくが、KVで救助を行わないでくれ。本当に脱走者なら疲労困憊しているはずだ。そんなときにKVに搭乗したらソフトな操作でも死ぬかもしれない」
「ブリーフィングは以上だ。さあきみたちの燃える正義の目で真実を確認してくれ」

●参加者一覧

霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
篠原 悠(ga1826
20歳・♀・EP
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
榊 刑部(ga7524
20歳・♂・AA
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD

●リプレイ本文

●故郷に繋がる空は誰のもの?

 アメリカ=メキシコ国境線で人々は空を見上げた。
 人々はバグアの収容所からの脱走者だ。長い準備の末に脱出して人類域まで逃げ延びた。今は廃材を組み合わせて作った無線機でUPCに救難信号を送っている。ひょっとしたらUPCにはバグアの罠と疑われているかもしれないが、偵察部隊でも送ってもらえたらすぐに誤解は解けるはずだ。
 1人の人物が声をあげた。地平線を指さす。「UPC機か!」と人々は一斉にそちらをみた。瞬間、空から一条の糸のような光が降ってきて、声を上げた人物が膝をついた。
 そばにいた別の人間が「どうしたのか」と駆け寄って気づいた。後頭部に収束フェザー砲による穴が穿たれていることに。
「伏せろ! レーザーだ。伏せろ!」
 ヘルメットワームのコクピットでバグア兵は笑った。奇襲に慌てふためく人々の様子を見て取ることができた。バグア兵は他のヘルメットワームに呼びかける。
「退屈しのぎに人間が脱走できるかどうか実験してみたが、結果はでた。これで終了だ。実験動物の処分を始める。各機、蹂躙せよ」
『了解』という応答が返ってくる。命じたバグア兵は精密射撃で脱走者の1人を出力を絞った収束フェザー砲で射抜いた。
 撃たれた脱走者が燃え上がる。燃え上がりながら脱走者は地面に崩れ落ち、助けを求めるかのように腕を人類域へ突き出した。
 燃え上がる腕の先に地平線が広がっている。その一点が輝いた。輝きは8つに分裂して超高速で脱走者に近づいてくる。8つの輝きはそれぞれが複数の噴射炎をあげている。誰かが声をあげた。
「‥‥天使か。違う! ‥‥KV、ナイトフォーゲル!」

●天使と悪魔と

 能力者たちは地上で広がる惨劇とレーダーの敵反応を認めた。
「鴨撃ちにしているのか」と井出 一真(ga6977)がうめく。「罠でも助けなくてはとおもっていたが、これでは‥‥!」
 榊 刑部(ga7524)が提案する。怒っているのか声が金属的に冷たい。
「脱出者の確保を最優先として後は臨機応変とおもっていたのですが、ヘルメットワームを撃破しましょう」
 UPCは脱走者をバグアの罠ではないかと疑っていた。能力者たちの任務には罠かどうか判別という作業も含まれていたが、目の前で殺戮されてはそんなことはもういってられない。
 小型ヘルメットワームが収束フェザー砲を放ちながら地平線からわき上がる。
 霞澄 セラフィエル(ga0495)がいった。
「ヘルメットワームを脱走者から引き離します。ミサイルの類を持っている方は使用準備をなさって下さい。一斉射撃で脱走者の上空からヘルメットワームを追い散らします。砕牙さんとアッシュさんは予定通りに降下、脱走者を護衛して下さるように」
『了解!』と砕牙 九郎(ga7366)とシャーリィ・アッシュ(gb1884)の応答。
 8機のKVはミサイルの発射準備を完了する。セラフィエルが発射のカウントダウンを始める。
「‥‥『妖を射る熾天使』この称号にかけて守り抜かせてもらいます。3、2、1、各機ミサイル発射!」
 ミサイルを所有するKVはミサイルを発射した。飛んでいくミサイル群がガスの白い線で空を埋めていく。ミサイル群は脱走者の上空を通過すると、脱走者を襲撃しようとしていたヘルメットワームを逆襲した。
 ヘルメットワームは慣性制御を利用して後方へ飛び退くような回避運動を行った。同時にミサイル群に対してチャフに類するジャミングを展開、さらに迎撃のための収束フェザー砲を放った。ミサイルはヘルメットワームに到達前に爆散する。
 ミサイルの無効など能力者は予想している。空戦を担当するKVはブーストを使用、助空に退避したヘルメットワームへ猛禽のように襲いかかった。
 ナイトフォーゲルEF−006ワイバーンのコクピットで篠原 悠(ga1826)は眼前に迫ってくるヘルメットワームをにらみつけた。
(「今のうちは機嫌悪いで? さっさと落ちっ!!」)
 井出は自機ナイトフォーゲルXA−08B阿修羅の火器管制装置を操作、ドッグファイトモードに変更する。
「ソードウイング、アクティブ! 近接戦闘モード! 賜った「戦空の刃」の称号は伊達じゃあないことを見せてやる!」
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)はすでに空戦に突入している。小型ヘルメットワームを影のように追跡している。
 ヴェルトライゼンがヘルメットワームをロックオンした瞬間、ヘルメットワームは嘲笑するかのようにその場でターン、ヴェルトライゼン機に収束フェザー砲を浴びせようとした。
 が、ヘルメットワームの側面が爆発する。鹿嶋 悠(gb1333)の攻撃だ。
「すいません。フォロー遅れました」という鹿嶋にヴェルトライゼンは平静に答えた。
「鹿嶋の射線に誘導したんだ。よくやってくれた。とどめを刺すぞ」
 いいながらヴェルトライゼンは追撃し始める。
(「鹿嶋、初陣と聞いたがやるじゃないか。良いセンスを持っている」)
 空中班に戦闘を任せて護衛班の砕牙機とアッシュ機は降下する。
 砕牙のナイトフォーゲルXF−08D雷電は着地するとセミーサキュアラーと呼ばれる巨大な半月刀を取り出した。
 ナイトフォーゲルHA−118翔幻のコクピットからアッシュは脱走者の呼びかける。
「今から塹壕を用意します。隠れて下さい。中に入ったら絶対に頭を上げないで下さい。でないと破片で頭を持ってかれますよ」
 砕牙機は巨大なセミーサキュアラーをシャベル代わりにして地上に穴を穿っていく。
「ちょっとこれは厳しいか」
 遮蔽物のない荒野で身を守るために塹壕を掘るのは良い案で、近接武器をシャベル代わりにするのも良い案だったが、いかんせんセミーサキュアラーは形状的に穴を掘るのには向いてはいない。
(「命がけで脱出した人達を見捨てる訳にはいかねぇ。絶対助けるぜ!」)
 あきらめるつもりなど欠片もない。砕牙は最初から自機を盾にするつもりですらある。
「シャーリィ、穴掘りに集中する。上空の警戒を頼む」
「了解した」
 アッシュの翔幻がディフェンダーを取り上げた。その上空をヘルメットワームが旋回する。

 ヘルメットワームのコクピットでバグア兵は眼下にアッシュ機と砕牙機を認めた。
「地上に新型機を確認。データ収集のためこれより攻撃を仕掛ける。‥‥できればサンプルを持って帰りたいものだが」
 バグア兵はヘルメットワームを降下させる。地上にいる2機のうち1機は穴を掘っている。戦力が実質1機の今が好機だ。

 アッシュ機と砕牙機の上空を旋回していたヘルメットワームが急降下、アッシュ機を狙うかのように突撃する。
 アッシュはディフェンダーを構えさせながら翔幻を前進させた。砕牙は自機の大きさを生かして脱走者の盾となるだろう。ならば迎撃をするのはアッシュだ。
「下がれ、下郎。彼らは必ず彼らを待つ人達の所に返す。‥‥それが私の務めだっ!」
 弓兵と対峙する騎士のようにアッシュ機はヘルメットワームと向き合った。
「ここからは‥‥通さないっ!!」
 ヘルメットワームから尖った気配が発せられた。同時にアッシュ機の腕が跳ね上がってディフェンダーの刀身の一部が蒸発した。
 ヘルメットワームが連続して瞬く。発射タイミングと射線を先読みしたアッシュ機はヘルメットワームの光芒のほとんどを受け止めてみせる。ディフェンダーや胸部装甲に次々とくぼみが生じる。
 砕牙がアッシュに呼びかける。砕牙機は地面に突き立てた巨大な半月刀を盾にしている。その砕牙機の後方には塹壕があった。
「敵の狙いは正確だから受けやすい。止め続けろ。僚機の応援まで持ちこたえるんだ」
「‥‥わかっている。だが‥‥!」
 アッシュはコクピットの中でふるえた。ヘルメットワームの攻撃は正確すぎる。コクピット付近への連続着弾は恐ろしい。ディフェンダーの受けを抜かれて前面装甲に命中弾を何発かもらっている。ギリッとアッシュは唇を噛んで意識をさらに研ぎ澄ませる。
 ヘルメットワームはアッシュ機に正面を向けたまま旋回し始める。収束フェザー砲が横一文字にアッシュ機をなぎ払った。アッシュ機から金属の滴が散った。
「くう。機体の損傷が激しいっ」
 ディスプレイの損害表示をみやってアッシュはうめいた。このままで落とされる。だが、そこに、
「思い通りにはさせません!」
「シャーリィはん、ようがんばった。あとはうちらに任せて!」
 空から巨大な影が降ってきてヘルメットワームの射線からアッシュ機を被った。鹿嶋の雷電と篠原のワイバーンだ。2機とも歩行形態に変形している。
 KVの急襲にヘルメットワームは動揺したのか収束フェザー砲を乱射しながら後退する。
「そんなものでこの雷電の装甲を抜けるとおもっているのですか!」と鹿嶋は収束フェザー砲に機体をさらす。
 アッシュは目をむいた。プロトン砲が鹿嶋機に突き刺さり、溶けた装甲の飛沫が辺りに飛び散った。けれども鹿嶋機はたじろぐ様子すらみせない。
「倍返しにしてあげる!」
 篠原機が突進する。そのソードウイングが閃いた。が、ヘルメットワームは急上昇して回避する。
「かかったわね。うち、倍返しするっていったやろ」
 ヘルメットワームの逃げ出した空はもうバグアのものではなかった。
 榊のR−01が投げ放たれた短剣のように急降下する。
「空は取り戻した。残りのヘルメットワームは貴様だけだ」
 榊は高分子レーザーでヘルメットワームをロックオン。レディ、ファイア。すれ違った瞬間にヘルメットワームが爆散した。
 空はクリーンになった。バグアの影はどこにもない。いまは。

●故郷の空の下で

 セラフィエルが仲間にいった。
「バグアが増援を呼んだ可能性を考慮して引き続き上空を警戒します。榊さん、ヴェルトライゼンさん、確認をよろしくお願いします。おそらく大丈夫かとおもいますが」
 セラフィエル機は空に昇り、榊機とヴェルトライゼン機が降下する。
 セラフィエルのいう確認とはは脱走者が本物かどうか確かめることだ。状況からしてバグアのスパイということはなさそうだが、なんらかのよからぬ処置をされているかもしれない。確認は必要だった。
「疑うのは本意ではないが、やるべきことだ」
 榊のつぶやきにヴェルトライゼンはこたえた。
「どっちにしろ被害者には変わりない。確認も含めてちゃんとした処置を置こうなうべきだ。ところで本物の脱走者だったらシートで日陰でも作ってやろうとおもってたんだが、先を越されたようだ」
 井出の阿修羅が歩行形態で立っている。阿修羅は四つ足なので足下(お腹の下)が暗がりになるのだが、そこに脱走者たちが座り込んでいる。井出機はどうやら体力減少を避けるために日陰になってやっているようだった。
 地上の能力者たちは警戒を継続中でKVから降りていなかったが、すでに持ち込んだ食料やエマージェンシーキットを脱走者に与えているようだった。
 なにかと面倒見が良いからか苦労人と称されている砕牙は脱走者に食料にがっついている脱走者に注意を与えていた。そんなに掻き込むのは疲労している内蔵に良くないと。
 ヴェルトライゼンは榊がうめいたのに感づいた。地上の光景をみてこれから行う人を疑う作業に嫌気を起こしたのだろうと推測する。だから慰めの言葉をかける。
「故郷まであと数歩だ。これが終わったら彼らは帰られるんだ。さあ速やかに片付けよう」