●リプレイ本文
●準備
「あらあら、閑古鳥が鳴いてますよ、これから書き入れ時なのに」
UPC軍服の青年神浦 麗歌(
gb0922)が独白した。堤防から見下ろすビーチには人っ子1人いない。白く輝く砂浜には海の家や脱衣所が点在するが、戦闘を避けたらしくこちらも人気がない。
「いよう。なんかみえるのかい?」
青白い肌をした長身の男が堤防の階段をあがってくる。古河 甚五郎(
ga6412)だ。
「人気がないなとおもいまして。コガさん、準備のほうはいかがですか?」
「ポロリ対策はこの鍋ぶたとガムテープでOK!」
「‥‥いやそうではなくてですね」
鍋のふたとガムテープをみせる古河に神浦はうめいた。
「準備のほうも当然、OKだ。いやあ昔を思い出して燃えたよ」
能力者になる前の古河はTV業界の人間だった。このときセット設営などの裏方仕事をしていて、今回の任務では周辺状況の確認や武器の隠蔽などにその経験を活かしている。自分の得物を砂浜に埋設するだけでなく敵の背後に忍び寄るときに使うカモフラージュスーツまで作っていた。
カモフラージュスーツといっても漂流物を古河お得意のガムテープで繋ぎ合わせた即製のものだが、敵の背後にこっそり回り込まなくてはならない今回の作戦ではいかにも有効そうな一品だった。
今回の標的アザラシ型キメラを1匹残らず撃破するため能力者は囮班と包囲班の二手に別れた。アザラシ型キメラは人間に近づく性質を持つので囮班は砂浜で民間人のふりをしてわざと接近させる。海中から陸上にあげてアザラシ型キメラの機動力を削ぐためだ。包囲班は囮班とアザラシ型キメラが戯れているあいだに海中を移動、逃亡を阻止するためにアザラシ型キメラの背後をとる。そして奇襲をかける、そのような作戦になっている。
「甚五郎、麗歌、そっちにいたか。囮班のセッティングは済んだ。見ての通りだ」
クウヤ・クレイメンス(
gb1726)が堤防に昇ってきた。筋肉質の身体を日差しに惜しげもなく晒している。クレイメンスは砂浜をちらりとみた。
波打ち際で小麟(
gb1863)と女堂万梨(
gb0287)が水鉄砲の撃ち合いをしている。
「ああ、そんな風に撃ち込んだらだめです。卑怯です」
「ふふふ。勝負の世界は非道アルヨ!」
「‥‥ああ、ちょっとこっちまで水飛ばさないでよ」
水鉄砲の撃ち合いは白熱している。逃げる女堂を小麟は追いかける。2人の戦いは波打ち際から砂浜に移り、砂浜にテントを設置して生物学者のふりをしていた藤田あやこ(
ga0204)に被害が及んだ。
「なかなか楽しそうですね。それはそれとして出発しましょうか」
囮班の神浦は同じ班の古河にいった。
古河はうなずくとクレイメンスの肩を叩いて仲間のもとへ向かった。
「おう。いってこいよ」と見送りつつクレイメンスはなんとなく所在ない気分だった。クレイメンスは囮班の中で唯一の男性だ。クレイメンスは女性がいまいち苦手なのでなんとく気圧されていた。
●海中侵攻
どこからかアザラシ型キメラが現れて囮班のいる波打ち際に近づいていく。
「別に害のある相手じゃなさそうッスけど、仕事ッスからね」
海中で包囲班のエスター(
ga0149)はいった。同じく包囲班の烏谷・小町(
gb0765)は眉を寄せた。
「それはエスターさんがはち切れんばかりの立派な‥‥うわあ」
波を被って烏谷は小さな悲鳴をあげた。
エスター、烏谷、古河、神浦の包囲班はキメラの背後を取るために海中を移動中だ。全員足回りをブーツの類で守っていたので、滑ったり足を取られたりする海底でも問題なく歩けているが、時折波を被って潮気を味わっていた。
「歩きづらくありませんか?」
神浦は漂流物の格好をしている古河に尋ねてみた。
「何が?」
「鍋ぶたが邪魔かなと」
大丈夫大丈夫ほらと古河は腰を振ってみせた。なら結構ですと答えて神浦は目に入ってきた汗をぬぐった。
「それはそうと始まったぜ。キメラでなければ、ぜひヨゴレ番組のマスコットに欲しいね」
古河が砂浜を示した。アザラシ型キメラが波打ち際に到着、女堂が「可愛いです、なでなでしたい‥‥」といった様子で近づき始めた。
「了解ッス。お仕事の始まりッス」
囮班の能力者たちは覚醒し始める。
●奇襲、挟撃
「か、科学の進歩に犠牲は付き物よねっ?」
フィールドワーク中の学者のふりをしていた藤田は波間に漂うアザラシ型キメラと目が合った。
ポロリ対策は万全なんだからねといつつも藤田はそろりと海に入った。顔に飛んできた波飛沫にびくりとする。そのあいだに「可愛いです、なでなでしたい」と呟きながら女堂がすり抜けてゆく。
あ、先を越されてしまったと藤田は追いかける。女堂を追いかける藤田をさらに小麟が追ってきた。
「弾の切れた隙に逃げるなんて上手い引き際アル」と小麟は水鉄砲を海に着けて弾丸を補強する。「でも海に入ったのは間違いアルネ、ここならいくらでも補充できるアル」
いいながら小麟は水鉄砲の射撃を開始する。走りながら撃つので射線は大いにぶれて女堂だけでなくて藤田にも命中する。
「ふっ。私の対策は万全だ! ってあれ、どんどん溶けていく。‥‥ああ、絆創膏まで!」
衣服だけでなくて身体の露出すべきでない箇所に貼り付けておいた絆創膏まで溶けていく。藤田は小さく悲鳴をあげて胸元を隠した。
囮班が次々と海へ飛び込むなかクレイメンスはためらっていた。アザラシ型キメラをみて「な、このような可愛い物を切らねばならぬのか」とうめき、肌も露わな女堂の胸元にアザラシ型キメラが鼻先を突っ込むのを目撃してうつむいた。
(「いかなくてはならないが、ここで突っ込んだらセクハラではなかろうか」)
いまのところキメラの様子はおとなしいが、そのうちに豹変するかもしれない。クレイメンスは悶々としつつ海に入っていく。もうひとつの人格、殺戮人格に今回はなりゆきを託すとしよう。クレイメンスは興奮すると別の人格にスイッチする性質がある。殺戮人格と呼んでいるそちらの人格は攻撃的かつ女たらしで、今のクレイメンスが抱えている悩みとは無縁だ。
「うう、こ、これは刺激的だ」
うめきつつクレイメンスはアザラシ型キメラに地上に追い込むべく腕を広げた。
包囲班はアザラシ型キメラが続々と陸上に誘導されるのを目撃した。アザラシ型キメラは名前通りアザラシの形をしていて、砂浜や水深の浅い波打ち際では機動力が低そうだった。今の段階ではぱたぱたと不自由そうに移動している。
「そろそろフルボッコの時間ッス」
「ええ」
スナイパーのエスターと神浦は互いに言葉を掛け合う。エスターはアサルトライフルから防水シートをはがし、神浦は長弓に矢をつがえた。
「古河さん、うちも!」と烏谷。
「ほいきた」と古河はこたえてカモフラージュを捨て、トカゲ獣人としての姿をみせる。まるで海から現れるのがお約束の怪獣のようだ。
スナイパー2人組は陸上に向かって攻撃を開始する。銃弾と矢の飛ぶ中を烏谷と古河は自分の得物(烏谷なら小銃S−01、古河ならロングボウ)で攻撃しながら陸上に接近する。
アザラシ型キメラは突然の攻撃に右往左往し始める。何匹かがぱたぱたと海のほうへ向き直ろうとするが、囮班の能力者が飛びついて引き留めようとする。何匹かは陸上にとどまったが、手が足りず残りの何匹かは海へ飛び込んだ。それらを古河と烏谷がタイミング良く攻撃する。
「一緒においで、浜には綺麗なおねーさんが」という古河の即興の歌。
「浜には綺麗なおねーさんが」と烏谷が輪唱する。
古河は先を歌うべきか迷った。だいぶ陸上に接近してきたので囮班に聞こえてしまうかもしれない。そこに引き波に乗って高速移動するアザラシ型キメラが現れた。古河は拳を握ってそのキメラに接近した。
「可愛い姿が堪らない、力づくでも連れてゆく!」
古河は獣突を放った。アザラシ型キメラは獣突の強力な一撃でノックバック、波打ち際のほうへ吹き飛ばされた。
そこには、
「さてと、俺様の出番だな。好きに暴れさせてもらうぜ。‥‥おおっと獲物が降ってきやがった!」
殺戮人格にスイッチしたクレイメンスが獣突で吹っ飛ばされたアザラシ型キメラに肉薄、すれ違う瞬間、左右の手のナイフでざっくりと斬りつけた。
「これが我流奥義、紅閃斬。いい味してんだろ」
クレイメンスは血脂で汚れたナイフに舌を這わせた。
接近しすぎたせいで布きれになってしまった水着と銀髪を身体に貼り付けながら女堂が超機械を構える。海へ向かうアザラシを狙って練成弱体を撃ち込む。
「ごめんなさい、逃がすわけにはいかないんです」
「遅くなったアルネ」と小麟が波打ち際に姿を現す。DN−01「リンドヴルム」を装備しにいっていたので攻撃参加に遅れてしまった。「もちろん埋め合わせはするアルネ」
小麟はリンドヴルムに装輪走行をさせる。小麟は波と砂を蹴散らしながら逃げているアザラシ型キメラの前方に回り込んだ。
逃亡を図っているアザラシ型キメラは前後を能力者に囲まれて右往左往する。逃げ場を失い、どうしようも無くなったので、きゅーと切なく鳴いた。
●事後
「こ、これ着てください!」
すべてのアザラシ型キメラを倒したあと、神浦はうわずった声をあげながらフライトジャケットを女堂に差し出した。このフライトジャケットは着替えとして用意しておいたものだ。
「ありがとう、神浦様。でも私でしたら多少の露出は慣れていますから」
「多少じゃありませんって! ‥‥いやっ! いやいや! 僕は、何にも見てませんよ!!」
この様子をみていた古河が苦笑した。
「戦っているときとまったく違うじゃないか」
「そうッスよね」とエスターがうなずく。
戦闘中にエスターの水着のトップスは溶けてしまったので、今は古河の作ったワカメのブラで代用している。元からの性分と戦闘中だったのでトップスの溶解などエスターは気にしていないが、動くたびに多少の邪魔臭さを感じないでもなかった。
これらのやりとりを聞いてクレイメンスは落ち着かない気分になった。戦闘の際にアザラシ型キメラを組み敷いたせいで着ていたものはぼろぼろになってしまった。マントもタンクトップもふんどしも。今は迷彩服を着ているので下の様子はわからないが、この状況なら察しの良いものなら気づいてしまうかもしれない。
依頼は上手くいったものの、クレイメンスはラストホープに戻るまで落ち着かない気持ちで過ごすことになった。