●リプレイ本文
頬に傷のある男が駅に現れた。ボスの娘と娘をたぶらかした男を捕らえるためだ。指を鳴らすと黒服の男たちが一列横隊を作る。ギャングたちは敵を蹂躙する兵士のように駅構内を侵攻し始める。
しかしギャングたちの尖った雰囲気と対照的に駅構内は和んだ雰囲気だった。改札を越えた先、2つあるホームへの階段の前で催しが行われている。「ジャパニーズ・ハロウィン」こと節分の豆まきだ。
人々は和装に鬼の面の2人組を囲んで手拍子を打っている。袴姿の鬼が身の丈ほどある白髪を振り回しながら踊り、小柄なほうの鬼がブレイクダンスをしながら脇に抱えたチラシをまいた。花吹雪のように舞うチラシに人々が歓声をあげる。
「ブラボー!」
「ファンタスティック!」
鬼たちは背中をあわせてポーズを決める。同時に少女が小さな三角パックに入った豆をまき、「鬼は外に福は内、バグアは去って世界に平和を! 笑う門には福が来る!」
沸き返っている構内をみて傷の男は舌打ちした。
「チクショウ。この人だかりは邪魔だ。蹴散らすぞ」
傷の男が再び指を鳴らすと、ギャングの横隊は前進、駅員の制止を無視して改札を乗り越えると構内へ侵入した。
黒服たちはさらに戦車のように人混みへ乗り込んでいく。大砲のような怒声を発する。雰囲気が和んだものから刺々しいものへと一転して人々は首をすくめた。
「おのれら誰の許可もらってたのしんでんじゃゴラア!」
「怒っちゃいやですわ、お兄さん。笑う門には福が来るですよ。はい、お豆」
すごんで人々を蹴散らそうとする黒服に豆を配っていた少女ことシェリル・シンクレア(
ga0749)が進み出た。
黒服は差し出された豆をシェリルの手ごと払おうとした。しかし次の瞬間には豆のパックは手から黒服の口内へ移動していた。
「あらあら。慌てんぼうさん。ちゃんとパックからお豆はださないと」とシェリルは口元に手を当てて笑う。周囲の人々は2人のやり取りにはらはらした様子だったが、黒服の豆鉄砲を撃ち込まれた鳩のような表情に吹き出した。
そこに、
「シャッターチャーーンス!」と現れたのはカウボーイハットの男で、その腕には新聞記者を示す腕章がある。シェリルに豆を詰め込まれている黒服を撮る。
瞬くストロボに手をかざす黒服は豆を吹き出して抗議する。
「てめえ。なに勝手に写真とってんだよ。オラア!」
「失敬。配慮が足りませんでした」とカウボーイハットの新聞記者ことホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は微笑む。「お仲間も一緒のほうがいいですね。あとで住所を教えて下さい。焼き増しして記事と一緒に郵送しますので」
「そんなこといってんじゃねえよ!」
「鬼さん。鬼さん、新聞社の人が写真撮りたいって。はやくこっちへ。鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」
「ほむ。『鬼さんこちら、手を鳴るほうへ』って『ダルマさん転んだ』ですよネ?」と小柄な鬼こと赤霧・連(
ga0668)が袴の鬼こと真田 一(
ga0039)に尋ねる。
「‥‥さあ」と素っ気なく答える真田だが、口調はどことなく柔らかい。
赤霧と真田は黒服たちを引きずって腕に抱える。ホアキンがいった。
「はい、みなさん。お顔が硬いですよ。スマイルスマイル。はい、チーズ」とストロボが発光。「目をつぶった方がおられますよ。ではもう一枚」
黒服たちはもがくが、真田は逃げるのを許さず、まとめて締め上げる。赤霧がカメラに向かって笑った。
「はいな、何枚でもOKですよ!」
傷の男は部下のふがいない様子に舌打ちした。鷹のような目つきで周囲を見回す。催しはパフォーマンスから撮影会へと移った。人混みは順番待ちの行列に変わっていく。ストロボの瞬く構内で傷の男は「みつけたぞ!」と呟く。自由の利く黒服たちが猟犬のように反応した。
ホームへの階段を3人組が降りていく。全員鬼の面を被っているが、傷の男はその中の1人に見覚えがあった。ボスの娘をさらった男にそっくりだった。目と鼻の先だったが、黒服たちは行列に阻まれてなかなか進めない。そのうちにチラシや豆に足をとられて何人か転ぶ。
「もっと強引にいけよ、お前ら!」と傷の男は部下を叱咤する。自身も邪魔な人混みを突き飛ばしながら前に進む。こうなれば部下も存分に乱暴をふるって前進し、ボスの娘をさらった男へ墜落するように階段を下る。
「!」
痛そうな音に傷の男はおもわず目をつぶる。黒服たちは本当に墜落した。階段がワックスでてらてらと光っている。傷の男は舌打ちすると、階段や踊り場に転がっている部下を足場にしてホームへと下る。残りの黒服もそれにならって踏んづけていく。
カエルのひしゃげたような声を背景にして傷の男はホームへ滑り込む。掃除人のおばさんとすれ違いながら「こんなときにワックスなんざかけてんじゃねえよ」と吐き捨てる。
「あら、そう?」と掃除人に変装したジェミリアス・B(
ga5262)はかけていたモップを下段で振るった。
傷の男を追ってきた黒服は突然足下に現れたハードルを避けられない。1人が転倒すると後続も転倒者につまずいてしまう。倒れた黒服たちは折り重なって山となった。その前でジェミリアスは「イエイ!」と親指を立てる。
ホームでは鬼の面をつけた3人組が列車へ向かって走っている。そのあとを追う傷の男とまだ残っている黒服たち。ここでジェミリアスは眉を寄せた。依頼人の男はいるが、その相手の女がまだだからだった。とここで別の階段から鬼の面を被った着物の女に付き添われて帽子を目深に被った依頼人の女性が降りてくる。
おもわずガッツポーズを作るジェミリアスだったが、轟いた銃声に表情が凍り付く。
ギャングたちは拳銃を天井へ威嚇射撃していた。
依頼人の男が振り返りながら立ち止まる。この前に壁となって立ち塞がる2人の男ことUNKNOWN(
ga4276)、漸 王零(
ga2930)はもはや不要とばかりに鬼の面を外した。
傷の男はUNKNOWNたちを部下の黒服に囲ませる。そして部下のひとりへあごをしゃくった。「お嬢さんをお連れしろ」
UNKOWNたちは拳銃を突きつけられて立ち尽くす。
黒服の1人がボスの娘に近づき、腕を突き出した。ボスの娘は腕をとらなかったので、黒服は娘の腕を掴もうとした。この瞬間、着物の女が列車へ飛び込む。同時にボスの娘と服を交換していたLaura(
ga4643)が黒服に頭突きを叩き込む。
これを合図にUNKNOWNと漸は攻撃を開始、黒服たちをなぎ払う。
黒服の1人がUNKNOWNを背中から羽交い締めにする。傷の男が拳銃を向ける。しかし漸の蹴りが一閃して傷の男の拳銃はホームを滑った。
「抵抗はやめておけ。身体の穴は心に寒いぞ」と帽子のつばをさげながらUNKNOWN。
「汝らを殺さぬのは依頼人の頼みだ。汝らの主のお嬢さんからの厚意とおもえ」という漸の視線の先には這いずりながら拳銃をとろうと傷の男の姿があった。
列車内ではLauraが依頼人の女の手をとっていた。
「どうかこれを受け取ってください」握らせたのは恵方巻きだった。「このお寿司は具だくさんで栄養満点なんです。赤ちゃんに滋養をつけてあげて下さい」
すぐに列車の発車する時間が来る。能力者たちは恋人たちを見送った。そんな能力者たちへストロボがたかれた。
ホアキンがカメラを構えている。
「いささかやんちゃの過ぎた連中だったが無事終わったような」
「うむ」と漸。襟首を掴んで揺さぶっていた黒服を捨て「事務所の住所は聞き出した。それでは行こうか」
「はい、お父さんのところへ!」と元気よくLaura。「2人のアドレスは手に入れました。見守ってもらえるなら渡します」
「ふっ‥‥駆け落ち支援の次はギャングのアジトへ殴り込みか」というUNKNOWNに「殴り込みのあとは慰めの酒盛りといくか。男親の気持ちというのはどんなものなんだろうな」と漸が返す。
能力者たちは駅をあとにした。
それから数カ月ほど経ったある日、ラストホープへ一通の封筒が届いた。
この封筒はアメリカからのもので写真が同封されていた。
写真には赤ん坊を抱いた夫婦とそれを見守る初老の男の姿があった。