タイトル:転覆するボートの謎マスター:沼波 連

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/02 06:10

●オープニング本文


 その公園には伝説があった。敷地の大部分を占めている池は春から秋にかけてボートで遊ぶことができるのだが、このボートにカップルで乗ると幸せになれるというのだった。だが、それも去年の話に過ぎなかった。
 今年の貸ボート屋は閑散としていた。池にボートの影はなく、ボートは留めるスペースに所在なさそうに揺れていた。
 例年なら学生のカップルが夏休みを利用して訪れるものだったが、今年は数えられるほどしかない。このわずかな学生(カップルだった)に貸ボート屋が「今年はどうしたものか」と尋ねると、伝説が忌々しいものに変わってしまったと返ってきた。
 今までは「カップルがボートに乗ると幸せになれる」だったが、今年は「カップルがボートになると破局する」に変わってしまったそうだ。
 教えくれた学生がカップルだったので貸ボート屋は「そんな噂が流れているのにどうして乗るんだ」と尋ねた。するとカップルは「地球外生命体と戦争している時代にそんな迷信なんて!」と笑い飛ばした。
 貸ボート屋はそのカップルをなんだか心強くおもった。けれどもそのカップルのボートは池の中心あたりで転覆してしまった。

 ULTのオペレーターが能力者にいった。
「とある公園の池を調査して下さい。この公園には池があってボートで遊ぶことができるのですが、最近になって事故が頻発しています。事故の内訳をみますとボートの利用者が男女、とくに恋愛関係にある場合のとき転覆し易いようです」
「これは明らかに不自然な偏りです。いくら幸せいっぱいで惚けていたからいって誰も彼もひっくり返って池に飛び込みはしないでしょう。そんなに脳みそが茹だっているとはおもえません」
「またボートの転覆する際、水面下に大きな影をみたという目撃情報があります。さらに、これは最近の噂なのですが、池に半漁人だか河童だかが住み着いているという話があります。またこれは事実なのですが、問題の池はかつて農業用水の貯水湖でした。あの池はいまでは郊外と繋がっています。なんらかの細工をしやすい環境です」
「いまのところ人的被害はありません。しかし池は公園で、その周囲は住宅地です。悪戯や偶然なら問題ありませんが、万一バグアの手の者による仕業なら見過ごすことはできません。民間人に危険が及ぶ恐れがあります。現状では大事件とはおもえませんが、市民の安全のために調査して下さい」

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
レイアーティ(ga7618
26歳・♂・EL
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG

●リプレイ本文

●水底に潜むもの

 貯水湖の底でそれは退屈していた。獲物を待つ時間が長すぎて身体の表面が砂や泥で覆われていた。よどんだ水越しに獲物の気配を探すが、湖面では鴨の類がのどかに遊泳しているばかりだった。
 退屈こそしていたが、それは腐ったりはしない。水中活動できるのと同じように長期間待機できるように調整を施されていた。
 それは主の命令に従うままだ。一隻のボートに2人組の人間が乗り込んで湖面に現れたら転覆させる。日が落ちたらわずかの時間だけ周囲の公園を歩き回る。
 主の命令は着実に実行されている。けれども実行者はその意図を理解する能力はなかった。ボートの2人組が人間のカップルとはわかっておらず、公園の長閑な雰囲気を自分が壊しているとも知らなかった。
 ただそれは湖底で2人組の乗ったボートを待っていた。

「長閑なところと聞いていましたが、一見したところその通りですね」
 貯水湖の岸で瓜生 巴(ga5119)はいった。周囲に視線を走らせたが、茂みに罠が仕掛けられていたり、実は湖底にヘルメットワームが潜んでいて出撃の機会をうかがっているようにはみえなかった。近くにある小学校から喧噪が流れてきていた。
「とはいえ事件があったのは事実ですし、奇妙な偏りがあるのも事実です。故意に邪魔する者がいるなら、私、許せません」
 如月・由梨(ga1805)が生真面目にいった。けれども湖面を横切る鴨の編隊を目にして目尻がゆるんでしまった。
 かわいらしい鴨やな、和むわと三島玲奈(ga3848)がもらした。その前で鴨の編隊が慌てた様子でばらけた。三島は眉をよせた。三島の目には水中からなにかが鴨に襲いかかったようにみえた。
 敵かと推測している三島の耳にレイアーティ(ga7618)と御崎緋音(ga8646)が入ってくる。
「なにかしら」
「ブラックバスだろう」
 レイアーティは貯水湖を囲んでいるフェンスを示した。そこには「放流禁止」と記された看板があってデフォルメされたブラックバスが大口を開けていた。
「おかしな絵ですね、レイさん」と御崎は小さく笑った。
「そうかもしれません。でもブラックバスは鴨の雛を一呑みにしますから」
「あら、怖いですね」
「大丈夫ですよ。緋音君」
「‥‥なにが、ですか? レイさん」
「いろいろと。魚以外でも」
 ここまで聞いて三島は肩を竦めた。
 レイアーティと御崎はラストホープからここまであるゲームを続けていた。恋人に好意を告白させるゲームだ。三島のみたところレイアーティも御崎も上手く直撃を避けていた。
 レイアーティと御崎は手を取り合ってこそいなかったが、手の甲が触れるそうなくらい近接していた。三島はこれをみながら瓜生に耳打ちした。
「これってLOVELOVE旋風でなぎ払われるよりきつくありませんか」
「結構なことです」と瓜生はどこ吹く風といった様子でこたえた。「本物であれば演技は必要ありません。囮にするには最適です」
 事務的な口調に三島は後ずさりした。瓜生は不審そうに首を傾げた。
「妙な誤解は勘弁を。囮を務めるならば攻撃にさらされるのは必定です。しかし2人ならば連携も上手く、クラスの汎用性もあり、生存率が高いでしょう」
 能力者たちの前にある貯水湖にはなにかが潜んでいるという。潜んでいるものは正体不明で、そもそも本当にいるかどうかもわからない。しかしカップルの乗ったボートばかりが転覆しているのは事実だ。だから能力者たちはレイアーティと御崎のカップルを囮にして事実を確認しようとしていた。誘き出されたのがバグアの類ならば本領発揮で、人間の悪戯ならばとっちめる手はずだった。
 如月が転落防止フェンスに手を触れていった。
「とはいえ、なにが出てくるかわかりません。作戦を決行する前に下調べをすべきです」
 能力者たちはうなずいた。瓜生、如月、三島は貯水湖を、レイアーティ、御崎はここと暗渠で繋がっている郊外の湖を調べることにした。

●調査、湖で

 レイアーティと御崎のカップルは用意しておいた車で郊外へ向かった。別行動をとる3人の能力者はドライブやデートといった単語を連想した。
『緋音君、やっと2人きりになれたね』
『レイ君、だめよ。そんな、みんな調査をがんばっているのに』
『大丈夫。ばれやしないさ。さあ、こっちへ‥‥』
「‥‥って車内はこないな感じでしょうか?」
 レイアーティと御崎の車を見送りながら、三島は代わる代わる2人になりきって、台詞に合わせて立ち位置を変え、身振り手振りを交え、予想した社内の様子を演じる。
 如月は困った様子で笑った。
「‥‥どうでしょうか。レイアーティさんはもっと丁寧にしゃべりますよね」
 瓜生は話題を変えた。
「ところでその格好は一体? 着崩されたセーラー服にブルマとはいささか防御力が低そうにみえますが」
 三島はよく気づいてくれましたとばかりに片手を腰にあて、片手の指を立てた。
「そこが決め手やねん。ほらなんやらそこはかとない色気があってむずむずしてきませんか」
「女の子はもう少しお淑やかな格好のほうが」という如月。
「誰宛のお色気でしょう」と瓜生。
「ズバリ変質者とか盗撮者宛です! 小学校も近いですし、デートスポットですし、よからぬ輩が欲望を満たすために潜伏しているに違いありません。不埒な目的で虎視眈々と目を光らせている連中に視界に案外、湖に潜んでいるなにかが映ったかもしれません」
「でも三島さん、女の子がそのような人々と接触するのは」と如月。
「大丈夫。私も能力者の端くれ、吹っ飛ばします!」と三島は力こぶを作ってみせた。
 瓜生はそばにあった「不審者に注意!」と記された真新しい看板をみて、さらに目に眩しい青空を見上げた。
「了解しました。コンタクトするついでに地面のむき出しになっている部分もみておいてくれませんか。ひょっとしたら足跡の類が残っているかもしれません」
 三島はうなずくと、おろおろしている如月を捨て置いて姿を消した。
「三島さんは大丈夫でしょうか」
「変質者の件でしたら大丈夫でしょう。まだ日が高いですから。私たちも調査に移りましょう」
 敵の外見や数を知りたかった。極端に大きい身体を持っていたり、数が多かったりするならば、囮作戦を見送らなくてはならない。
「問題は数ですね」と如月がいった。
「そうですね。三島さんの調べでは郊外と貯水湖を繋いでいる水道管の口径はさほど大きくありませんでした。湖底からキメラの大群が湧いてくるなんてことはないでしょう」
「もちろん口径を広げられていなければ、ですね」
 瓜生はうなずいた。
 如月は歩きながら言葉をもらした。
「さすがにいまは誰もボートを使っていませんね。こんなことさえなければすてきな都市伝説ですのに」
「そうでしょうか。二人でボートに乗るほどなら結ばれる率が高い、ひっくり返って嫌な思いをしたら別れる率が高い、それだけでしょう。‥‥そんなだからフリーなのか」
 瓜生はうめいた。すると如月が素敵なものを発見したときの微笑みを浮かべた。
「都市伝説よりも2人の気持ちが大事ということですね。ふふふ、瓜生さんは一途な方なんですね」
 瓜生は眉を寄せた。どう答えるべきか。

●調査、郊外で

 貯水湖のある公園から離れると市街はだんだんと寂れていった。レイアーティの運転する車、助手席から御崎は戦禍の跡を目撃した。車はだんだんと人気のない地域へ向かっていく。
 レイアーティがいった。
「大昔の話ですが、助手席のことをガンナーズシートといったらしいですよ。というわけで銃の用意をお願いします」
「さすがにデート気分というわけにはいきませんね」
 御崎はスコーピオンを取り上げて安全装置を外した。
 2人は油断なく周囲に視線を走らせた。
 レイアーティはいった。
「路面状態は悪くありませんね」
 走っている車はない。路面はところどころ亀裂が走ったり、くぼんだりしていた。さらに戦車らしきものが走った跡があった。しかし大型のキメラやゴーレムのものではない。人類のものと単なる戦争の痕跡だ。
 道路脇に立っている看板を御崎はちらりとみた。
「看板があります。こんな有様でも人類域なんですね」
 看板には再開発を行う旨が記されていた。
「でも問題は聞き込みするにしても人がいないということですね」
 車から降りて御崎がいった。目の前には湖があった。この湖と問題の貯水湖が繋がっている。
「まったくですね」と周囲を探っていたレイアーティがこたえた。「こちらも特別なものは見当たりませんでした。この様子ですとなにかが暗渠に搬入されたということはないでしょう」
「それがわかっただけでも十分です。戦力が絞られますから。さて次は囮作戦ですね」
「なんだかうれしそうですね」
「だってレイ君とボート乗るのは初めてですもん」

●囮作戦

「恋人か。‥‥羨ましく無いわ。‥‥人は孤独でも逞しい人について行くねん」
 貯水湖に浮かんでいるボートを三島はアンチマテリアルライフルのスコープでのぞき込んでいた。
「ごく自然な演技です。いいえ、あれは素ですね。まあそのほうが都合が良い」とライフジャケットを着た瓜生。
 ロープを握っている如月がいった。
「水を差すかのようでなんとなく気分が重いです」
 如月のロープはボートのレイアーティと三島に繋がっている。敵が転覆させにかかったら2人を一気に岸へ引き上げるためだ。能力者による水中戦闘は制限が多い。とりわけ今回のような特殊装備のない場合はそうだ。確実に敵を仕留めるには岸まで誘き出すか、水上付近で決定的な一撃を与える必要がある。
 湖岸の能力者はそれぞれの得物を手にして成り行きを見守った。

 湖上では、「ふふっ。水が近いから意外に涼しいですね」と御崎が上機嫌だった。
「風が気持ち良いです。でも次は日傘でも持ってきましょう」
 レイアーティはボートを漕ぎながら目を細めた。レイアーティは色素が薄いので強い照り返しは苦手だ。
「そうしましょう」と御崎は微笑んだ。しかしレイアーティは御崎が周囲に気を配っていることに気づいた。こちらに話題をふる動きをしながら湖面のあちらこちらに視線を跳ばしたり、岸の仲間の動きから察知していない情報を得ようとしている。
 御崎は不意にずれたことをいった。。
「寒くはありませんか」
 レイアーティは首を横にふった。季節柄寒いはずはない。湖面に視線を走らせると、ボートの周囲から泡が浮かび上がっているのがみえた。
(「レイさん、このまま演技を続けます」)
(「了解です。さりげなく岸にボートを寄せますよ」)
 2人は視線だけでそのように意思疎通した。
「あ、レイさん。あそこに鴨がいます。かわいいです」
「寄せてみましょう。鴨に逃げられないといいのですが」
 御崎の示した方向に鴨はいない。いるのは茂みに隠れている三島だ。
 岸の如月と瓜生はライフジャケットをふくらませた。水中戦闘になっても身体を浮かすことができたらSES搭載武器のエアインテークに外気を吸引させられるかもしれない。
 演技を続けながら御崎はおもった。転覆で今のところ死者は出ていない。死なないように救助の手が届きやすい岸の近くで襲っているのだろう。
(「そろそろ攻撃が来ますね。きっと」)
 そのときボートが震えた。同時にレイアーティがフォルトゥナ・マヨールーを抜いて、空いている手で御崎を抱き寄せた。しかしまだレイアーティは船から逃れなかった。揺れ具合から敵の位置を推測しようとした。
(「そこですね!」)
 ボートが跳ね上がった。その瞬間、フォルトゥナ・マヨールーが吠えた。銃弾がボートの底を撃ち抜き、レイアーティと御崎が水没していく。
 岸では如月が豪力発現、強化した身体能力でロープを引っ張った。勢い余ってロープの繋がっている先が宙を飛び、湖面に叩きつけられた。
 御崎が悲鳴をあげた。
「ひゃぐぅっ!? 縄が食い込むっ!」
 如月がうめいた。
「意外と重い! このままでは!」
「ですが、‥‥ふぃっしゅおん、です」
 レイアーティが呟いた。名刀「国士無双」の3メートル近い刀身がキメラの身体に刺し貫いていた。
 大型化した川太郎といった外観のキメラは刀身から逃れようとするが、暴れても抜けるものではなかった。レイアーティが刀身をひねると赤い波紋が湖面に生じ、すぐに散った。
「埒があかへんわ」と三島はアンチマテリアルライフルを抱いてうめいた。この場で撃てば仲間に誤射するかもしれなかった。
「仕方ありません。飛び込みます」と瓜生は跳躍するための助走距離をとった。
 できる限りよせますという如月の声。
 パイルスピアを肩に乗せるようにして瓜生はキメラが射程に入るのを待った。如月のがんばりのおかげでキメラが少しずつ近づいてくる。
(「‥‥今か!」)
 瓜生は疾走、跳躍した。黒髪が真横に流れた。瓜生の身体は滑空するように湖面を渡った。そしてパイルスピアがキメラに打ち込まれた瞬間、盛大に水柱があった。
 戦いは決した。

「水も滴るいい女といい男ですね」
 湖から上がってきたカップルを三島はみていった。
「タオルをたくさんを用意してよかったです。それはそうと、これで終わりでしょうか」
 三島は眉を寄せた。
「おそらく。私のみた限りでは敵は増援の類はいませんでした」
 瓜生もまた湖から上がってきた。話を聞いていたらしくこういった。
「消化不良気味ですね。念のためにULTを介して警察などに連絡したほうがいいでしょう。それはそうと、タオルかなにかいただけませんか?」 
 如月は瓜生にタオルを渡した。
「不審な点は残りましたが、良かったです。ほらジンクスが破られましたから」
 そこにはお互いをいたわり合っているレイアーティと御崎の姿があった。