●リプレイ本文
○01
UPCのヘリがレナ川近郊に密かに着陸した。風が地表に積もった雪を空へ舞い上げる。雪煙の白に紛れるようにして能力者たちは目標物の埋め込まれたレナ川に向かった。
冬期なのでレナ川は氷結している。川幅極めて広いのでまるで氷原のようだった。この氷原にバグアの設置した加熱装置とそれを守るキメラが配置されている。これらを排除するのが能力者の今回の目的だった。
スナイパーの綾野 断真(
ga6621)が白む視界から加熱装置と敵影を発見した。
「バグアもいろいろとよく考えるものですね。彼らの好きな様にはさせません、さっさと退場願いましょう」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)もそれらを視認して応じる。呆れたような声音だった。
「河を溶かして水攻め、か。回りくどいが‥‥効果的ではあるな、うん。当然、阻止するけど」
リリィ・スノー(
gb2996)が口を尖らせる。
「作戦の終息間際にそんな事させるわけにはいきません! 絶対に止めます!」
並木仁菜(
ga6685)が憤慨した様子でスノーの言葉に同調する。
「洪水は恐ろしいです。あらゆる物を飲み込んでいきます。そんなことさせてはいけません。許しちゃいけません!」
聞いていた宵藍(
gb4961)が感慨深そうに目を伏せた。宵藍は中国の出身だ。中国は古くから水害に悩まされてきた。
「ん。宵藍、どうした、お腹痛いのか?」と五條 朱鳥(
gb2964)が宵藍に訊いた。
「違う。そんなことはない」と宵藍は首を振る。妙な勘違いをと付け加える。
「なら、いいんだけどさ」と五條は仲間から借りた望遠鏡を覗きながら「あれってライオンだよな。ロシアでライオンって‥‥普通、熊だろ?」
「知らん。熊でもライオンでもバグアが使うならキメラには違いあるまい」
まーねと五條は返す。望遠鏡の視界には2種類のキメラがいる。ライオンのような姿のものと、ライオンのようだが、背中に砲台のようにみえる器官を生やしたものだ。報告では鳥型のキメラがいるはずだが、ここからの視界には映らない。
ガイスト(
ga7104)が口を開く。
「みんなそろそろ行動を開始しよう。作戦は掌握しているな? 俺の班が陽動をかけているうちに砲台を生やしたキメラを排除してくれ」
UPC部隊がすでに加熱装置の破壊を試みたが、守っている3種類のキメラの連係攻撃のせいで撤退に追い込まれてしまった。
ヴェルトライゼンがうなずいて得物に触れた。長射程を誇る魔創の弓だ。弦が弾かれて「お任せあれ」とでもいうように鳴いた。
敵の要は砲撃型キメラだ。砲撃型の苛烈な攻撃力がなければ、ライオン型も鳥型も暑苦しい連中に過ぎない。だから陽動班がライオン型や鳥型を砲撃型から引き離して、がら空きになった砲撃型を他の能力者が撃破する。
能力者は作戦を再確認すると行動を開始、陽動班と砲台撃破班に別れた。
と、絶斗(
ga9337)があわあわしながら陽動班を追っていく。追いついた絶斗に並木が「どうしたの?」と首を傾げた。
「世の中そんなに甘くねえような」と絶斗が苦笑いを顔に貼り付けた。後ろ手で凍り付いて棍棒のようになってしまったマフラーを捨てた。
絶斗は砲台型キメラの撃ってくる砲弾を濡らしたマフラーで受け止めようと考えて、さっきまでその準備をしていたのだが、極寒のロシアではすぐに凍ってしまい、濡れた状態を維持できなかった。水がないから持って行くところまでは気がついたのだが。
並木は不思議がって「なんですかなんですか」と絶斗に訊く。
絶斗は口笛を吹く。恥ずかしそうだった。
凍結したレナ川に積もった雪を風が舞い上げ、能力者のお喋りごと吹き散らしていく。
○02 陽動
ガイストのトランシーバーからヴェルトライゼンの声が流れてきた。
「こちら砲台撃破班、目的地にたどり着いた。いつでもいける。陽動を実行してくれ」
「了解した。さて‥‥ロートルなりにがんばらせてもらおうか」
ガイストは防寒装備で全身を覆っていた。顔も例外ではない。顔を覆っている防寒装備のひだの奥で双眸が燃えるように輝いた。
それはかつてレスキュー隊と共同して山火事と炎キメラから少女を救い、Ultimate Rescueと称された男の勇気の現れだった。
ヴェルトライゼンたち砲撃班の行動開始に合わせてガイストたち陽動班の行動が始まる。
「まずは俺が敵を引き付けるぜ。イヤッホー!」
絶斗が喚声をあげながら敵に向かって突撃する。絶斗が覚醒した際に生じるエフェクト、龍型のオーラを巻きつけ、赤色のオーラを流星の尾のようにした疾走。
喚声を聞きつけたらしくキメラが陽動班へ回頭し始める。鳥型キメラが火の粉を散らして空へ昇った。
並木が絶斗に注意を喚起する。
「敵の進行速度、予想以上です。絶斗さん、突出しないで!」
獣型キメラが絶斗を迎えうちかのように突撃する。キメラは首から炎のたてがみを生やす。炎の群が絶斗へ殺到する。
「並木、大丈夫だ。彼とは連携をとれる。いくぞ!」とガイストが小銃「シエルクライン」を構えた。絶斗を飲み込もうとする獣型キメラの群に狙いをつける。同時に飛び立つ直前の鳥のように絶斗が跳躍姿勢をとった。
絶斗の足が氷原を叩き、氷と雪を散らしながら、絶斗の身体が空に舞い上がった。同時に直前まで絶斗の走っていた位置をとおってガイストの銃撃が走った。
ガイストの小銃「シエルクライン」は20連射が可能だ。引き金を一度引くだけで20発もの発砲できる。ガイストは能力者特有の豪腕で跳ね回る銃身を押さえ込み、連続射撃する。小銃「シエルクライン」が弾幕を形成する。
獣型キメラは突如出現した銃弾の障壁にぶち当たり、動きを阻まれる。が、そのうち1体が肉体を削り取られることと引き替えに銃弾の障壁を突破した。
だが空から、
「これを食らいやがれ! 信念の一発、ドラゴンキィィィックッ!」
跳び上がっていた絶斗が弾幕を突破したキメラのもとへ降下する。その足に装備された脚甲「ペルシュロン」が剣呑に赤く輝いた。
「ブレイカァァァァ!!」
赤い流星と化した絶斗が獣型キメラに激突。その脚部が獣型キメラの頭部を粉砕した。
「危ないっ」という並木の叫び。
着地姿勢をとっている絶斗に獣型キメラが躍りかかった。が、一本の矢が滞空する獣型キメラを撃墜した。獣型キメラは氷原に激突、炎のたてがみが消える。
それは並木の一撃だった。
「私も連携できましたよっ」と並木は次の矢をつがえる。
絶斗は振り返らず、照れ臭そうに小声で「サンキュウ」といった。
そこにガイストの警告が響いた。
「――砲撃来るぞ、対ショック姿勢!!」
氷原が轟音に揺れる。
炎が能力者を飲み込んで膨れあがり、空へ昇って柱のようになった。
○03砲台撃破
獣型キメラは陽動班に殺到したのを砲台撃破班の能力者は目撃した。
「やっぱりアレが邪魔だね。一気に潰しちまおーぜ」と五條が走りながらささやいた。これを耳にした能力者がわずかにうなずいた。
「――対ショック姿勢!!」というガイストの叫び。
砲台型キメラの1匹が砲身を垂直に構えた。
発砲。
砲弾が先行する獣型キメラを追うように水平飛翔する。炎のたてがみを唸らせる獣型キメラに砲弾が接触、その場をすべてを飲み込むような爆発が生じる。
スノーが息を呑んだ。宵藍が片眉をわずかに上げる。五條が呻いた。
炎の塊が氷原を焦がす。炎の中で獣型キメラの影が何ら支障のない様子で蠢めき、陽動班の影がよろよろと立ち上がった。
「もどる。でもそんなわけには」とスノーが迷うかのようにもらした。その言葉は陽動班の気持ちを代弁するかのようで動きが鈍くなる。
無線から陽動班の声が流れる。
『Ultimate Rescueは炎など恐れん。炎に打ち勝つ勇気を持つ者だけが、人を救えるのだ! さあ、掛かって来い』
砲台型キメラの1匹がさらなる攻撃を加えるべく行動を起こした。砲身が垂直に構えられる。陽動班を狙い撃つ様子だった。
「ガイストさん、あなたの言うとおりだ。だからいきますよ」
綾野はライフルの引き金を引いた。
銃声とキメラの砲撃音が重なる。
陽動班を狙ったはずの砲弾が関係のない方向に飛び、氷原で跳ねた。
綾野が狙った砲台型キメラは片膝をついている。ために砲身が陽動班のいる方向からずれてしまっている。砲台型キメラは傷ついた足で立ち上がり、もう一度陽動班を狙おうとする。血塗れの片足が震えた。
「ですからやらせはしませんよ」と綾野は引き金を引いた。
銃声が響き、同時に砲台型キメラの片方の肩が弾けた。傷を負って肩が下がる同時に砲身の位置が下がった。
綾野はスコープ越しに砲撃不可の意思を伝え続ける。だが、キメラもまた妨害無用の意思を伝えるべく一声鳴いた。翼の音が氷原に響き、砲台撃破班に鳥型キメラが飛翔した。
綾野の作ったチャンスを利用して宵藍と五條が砲台型キメラに突進している。これを阻むように鳥型キメラが2人のもとへ殺到する。
「食い止めます。2人は先を急いで!」
スノーの言葉と同時に弾幕が展開する。ドローム製SMGによる銃撃だ。弾幕が鳥型キメラを追い散らす。
ここから離れた場所では陽動班が獣型キメラと交戦している。
砲台型キメラは鳥型キメラも獣型キメラもはがされて孤立してしまう。迫る能力者に対して砲を構えた。
ヴェルトライゼンの矢が飛んで照準中の砲台型キメラの1匹に命中した。照準に使用する筋肉を損傷したらしく砲台型キメラの1匹は姿勢を崩した。
だが、残り2匹は五條と宵藍に照準を完了した。砲撃音が氷原に響く。
「何度も同じ手を食らうかよっ」
五條は氷原を滑るように走りながらパイルスピアを構えると、水平飛翔する砲弾を明後日の方向へ弾き飛ばした。
「‥‥お前たちに構っている暇はない」
飛んでくる砲弾に対して宵藍は加速した。このため砲台型キメラの予測と現実にずれが生じる。宵藍は砲弾とすれちがった。その瞬間、「これほど接近すれば砲撃もできまい?」とささやく。
速度に乗った宵藍はさらに加速して砲台型キメラの眼前に現れる。そして速度を飛剣「ゲイル」に乗せて斬りつけた。まさに飛翔する鳥そのままの俊敏さで飛剣「ゲイル」は砲台型キメラを屠る。
残った2体の砲台型キメラが焦った様子で宵藍に回頭する。
振り向きもせずに宵藍は宣言した。
「‥‥これで洪水は防げるな」
砲台型キメラの1匹が宵藍に砲を向ける。が、その瞬間、五條の影が走って砲台型キメラの身体を二分割にした。
「なに。あんた、足速いじゃないか。陸上やってみない?」
「考えてみよう。だが、その前にここを終わらせる」
「おうよ!」
砲台型キメラの最後の1匹に宵藍と五條が迫った。
○04
能力者の活躍によって加熱装置は破壊された。ということで能力者はUPCの回収に来るまで休憩することにした。このときのために並木はコーンポタージュを用意してきたのだが、口にしたおもわず眉を寄せた。
「‥‥ぬるいです」
冷蔵庫から取り出したばかりのレトルトスープの冷たさだった。みなについで回っているうちに冷えてしまったらしい。
並木は口を尖らせた。そしてなんとなく加熱装置に触れた。ヴェルトライゼンが熱くありませんかと訊いた。
だが、加熱装置は早くも冷え始め、手が貼り付いてしまいそうだった。
洪水でなくて春を呼ぶ機械だったらいいのにと誰かがいった。
けれどもまだ春は遠そうだった。