●リプレイ本文
●01
住宅街の中にある公園とはいえ、夜は不気味だった。人気はなく、外灯に照らされた木々は身をよじる怪物の影のようだった。
そこに人影が現れる。4人の能力者だ。
辰巳 空(
ga4698)は公園の時計をちらりと見た。
「もうそろそろ合流の時間ですね」
辰巳たちはこの公園で眠り妖精と合流することになっている。他の仲間は別の場所で合流する。夢魔がフォースフィールドを備えたので、能力者が出張ることになったが、夢魔の相手は本来、眠り妖精がするもの。夢魔の探索などの支援を能力者は受けるつもりだった。
象さん型滑り台の陰からハミル・ジャウザール(
gb4773)が困惑気味に呟く。
「ええと‥‥夢魔の姿って‥‥普通の人にも見えるんでしょうか‥‥? もし見えなかったら‥‥僕たちすごく怪しい集団‥‥ですよね‥‥」
エリス=エルオート(
gb8120)が励ますように相づちを打った。
「大丈夫ですよ。私たちはお巡りさんくらいにはまとも集団に違いありません。なにしろ市民の健康的な生活を守るために活動するのですから。だから問題ありません、たぶんね」
「いま、『たぶん』っていいませんでしたか!?」
「『きっと』と言い間違えたのですよ」
「確証の度合いが上がってますよ!」
軽口を叩いて緊張をほぐしている2人とは対照的に白雪(
gb2228)は超然としていた。
外灯のスポットライトの中、月を仰ぐ白雪の姿は、どこか神秘的だった。それは退魔師という家柄ゆえなのかもしれなかった。
公園の入口付近にある外灯が瞬いた。能力者の視線が一斉にそちらに向く。そこに、いつの間にか、小柄な人影が現れた。
「今宵は助力に感謝する」と眠り妖精。
辰巳はうなずいていった。
「こちらには夢魔を探査する能力がありません。支援をお願いします」
眠り妖精はうなずく。
夢魔狩りが始まった。
●02
「漸く見つけたぜ、この馬面野郎!」
寝静まった住宅街を4人の能力者が駆け抜け、その後を眠り妖精が追いかける。
彼らの行く先には凝った闇、あまりに凝縮され黒曜石のように艶めいたそれは、5体の夢魔だった。
テト・シュタイナー(
gb5138)が無線でA班に呼びかける。
「こちらB班、夢魔を発見した。こちらに合流してくれ。場所は――」
白蓮(
gb8102)は走りながら、小銃S−01を用意する。だが、それは愚策に見える。走りながらの射撃は難しい。
しかし夢魔は速度を落とした。前方にT字路が現れる。どちらに進むか、それともここで散開するのか戸惑った様子を見せる。
どうやら白蓮はテトの用意した地図の内容を把握していたらしい。
「馬ってこうして見ると、ちょっと気味悪いねっ」と呟けるほどの余裕を持って射撃姿勢を作ると、引き金を絞った。「Good night sweet dream」
銃声。1体の夢魔は無音でいなないた。身をよじって転倒する。勢いがついていたので身体がアスファルトを滑り、電柱にぶつかって止まる。
同時に白蓮も卒倒した。すぐに立ち上がるが、眉間に皺を寄せている。仲間にハンドサインで先に進めと促す。
夢魔の頭痛攻撃だった。
「まずいですね。散開の様子を見せている。せめて注意だけでこちらに向けさせて」
そういうと同時に澄川 雫(
gb7970)の片手が夢魔に向けて跳ね上がる。そこには拳銃ライスナーがある。
パパパッと連続する銃声。夢魔の何体かが雫のほうに首を向ける。さきほど倒れた夢魔の1体がよろよろと立ち上がる。その瞳は燃えている。
だが、一方で逃げる気配を見せる夢魔もいる。
「まずいネ。ここで取り逃がすわけにはいかないよ」ともらすラウル・カミーユ(
ga7242)に眠り妖精がいった。
「射線を確保する。失礼するぞ、銃使い」
眠り妖精はカミーユの襟首を掴むと、跳躍する。一息でそばの住宅の屋根に跳び乗ると、そのまま別の屋根に跳躍する。屋根の上を横断してT字路の一端までたどり着く。
「こいつはいいや!」
カミーユははしゃぎながら小銃シエルクラインを用意。
逃走しようとしていた夢魔の1体がいち早く、屋根の上のカミーユに気がつき、燃えるような目を向ける。
「自分が悪夢を見る気分は、どーカナ?」
カミーユの銃が銃弾をばらまく。突然の鉄雨に複数の夢魔がたじろぎ、膝をついた。
「ハハハハッ、痛いの痛いの飛んでけっ!」
カミーユは頭痛攻撃を喰らったらしく眉間に皺を寄せるが、持ち前の元気の良さで跳ね飛ばし、引き金を引き続ける。
●03
銃声が静寂を裂き、フォースフィールドが闇に瞬く。
5体の夢魔は、逃走は不可能、と判断したのか、能力者に向き直る。夢魔は馬の姿をしているだけあって巨大だ。この場の能力者の誰よりも背丈がある。たてがみが炎のように揺れる。
「‥‥大した威圧感ね」と雫はもらす。
一際大きい夢魔がいななくと、銃弾の雨で行動阻害を行っているカミーユを夢魔の群が一斉に睨んだ。
カミーユの身体がたじろぎ、狩人に射られた小鳥のように屋根から落ちる。首を骨折しかねない墜落だった。
「!」
白蓮が弾かれたように駆け出す。
AIが白蓮の意思を察知、エミタの出力が上がり、白蓮の身体は加速。アスファルトが踏み抜かれる。瞬天速が発動。
白蓮は、髪と同じ銀色の残像を残してT字路の角を曲がり、アスファルトに激突する寸前のカミーユの身体の下に滑り込んだ。
特大ハンバーグの種を思い切りまな板に叩きつけたような音。
白蓮はなんとかカミーユを抱き留めることに成功すると、尻餅をついた。
そこに夢魔が迫る。口から泡を噴きながら。見る者が見たら、犬猫を除けば、馬ほど人間を噛む動物はいないという事実を思い出す光景だった。
その場から逃れようにも白蓮は慌てていたせいで、カミーユと身体が絡まってしまい、動けない。
「――すいません、遅れました」
夢魔の前に人影が閃いた。その閃きは剣光の乱舞に変わる。
白蓮たちと夢魔の間に飛び込んだ辰巳は朱雀と機械剣をよどみのない動作で振るった。
仲間をあっという間に解体されて残った夢魔がどよめいた。フォースフィールドが無敵の盾でないと知って戦いているようだ。
A班の面々が次々とこの場に到着する。A班の到着に時間がかかったのは位置取りのせいだった。例えば、白雪は長射程の得物を活かして高所に移動している。
「外道まで身を貶めて得た力の代価‥‥身を持って味わいなさい」
屋根の上に身を潜めていた白雪がささやく。
魔創の弓が鳴る、平安の世で魔を払ったときのように。
狙われた夢魔は目から矢を生やして、どうぅ、と倒れた。
T字路のうち2方向を封じられた夢魔は残った唯一の方向に突進するが、その方向にはエリスと眠り妖精がいた。
「あなたたちはここで終わりです。ところで、後方に注意するのはいかがでしょう?」
エリスの腕が跳ね上がる。網膜を焼くような電撃が超機械から放たれた。
雷の轟きにも似た超機械の発射音に別の超機械の発射音がかき消された。
それはテトの超機械スライサー「スティングレイ」だ。ブーメラン型の雷光が飛翔する。
スティングレイは、作動音こそ消されたが、確かに威力を持ち、レーザーメスのように夢魔の首を落とした。
次の目標に超機械をセッティングしながらテトが口の端を上げる。
「‥‥後方注意、夢ばかり見てちゃだめだぜ」
次々と撃破される夢魔、リーダー格と思われる巨体の夢魔は、アスファルトを蹴り、空へ昇る。
「逃がしませんよ、糊の利いたシーツみたいな夢を見たいんですから」
ハミルがエナジーガンを発射。光が閃く、眠りを裂く朝日のように。射抜かれた夢魔は墜落、地面に激突する前に霧と変じて消えた。
●04
「さて、これでヨイ夢見れるカナ?」とカミーユ。
夢魔と戦っているに夜空からは月が消えた。朝が近い。待ち合わせにした公園で能力者は眠り妖精と別れる。
「何か、互いに大変なご時世だけどよ。だからこそ、困った時はお互い様ってな」
テトは眠り妖精と握手を交わす。がっちりと力強い、信頼と埃の感じられる握手だった。
一方、白蓮は眠り妖精の手をがったり取って勧誘していた。
「眠りの妖精さん、誰か私の専属になりませんかっ」
眠り妖精は困ったように笑う。そなたが眠るとき、我らはいつでもいる、と。
などとそれぞれが別れを惜しんでいるとき、雫があくびをした。目尻に涙が浮かぶ。
「‥‥良い夢を見れるかどうかは自分次第ですけど‥‥今夜は良い夢が見れそうな気分です」
朝の気配のする夜の中に眠り妖精が消えると、能力者は帰路に着く。蜜のように深い眠りと甘い夢のあるベッドが待っている。