●リプレイ本文
●01
深夜のハイウェイをジーザリオが疾駆する。
乗っているのは4人の能力者だ。面々は一様に厳しい表情をしている。
車内には重たい沈黙が満ちていたが、後部座席のファブニール(
gb4785)が沈黙を破った。
「状況からしてカレンさんは子どものために裏切るつもりみたいですね。‥‥‥‥こういうのはよくありません。当事者ではない人間の傲慢な意見かもしれませんけど、もっと別の道があるとおもいます」
そうですね、とハンドルを握っている白皇院・聖(
gb2044)は闇の奥に厳しい眼差しを向けながら、うなずいた。
「良い手ではありません。子どもが助かっても母親いないのであれば、ましてや自分のために罪を犯し、犠牲になったと知ったら‥‥」
「彼女の行動は誰も望まない」と助手席の終夜・無月(
ga3084)が望遠鏡で前方を観察しながらこたえた。膝の上には拳銃「ジャッジメント」が置かれている。「止めてやる、そうしてやらねばならない」
終夜の双眸に影が閃いた。昔のことを思い出したのかもしれない。彼はバグアによって家族を奪われている。
煌月・光燐(
gb3936)は3人のやりとりに口を挟まず、代わりに探査の眼を使用して監視に注力していた。出発のとき彼女は主と慕っている終夜と一緒の依頼ということで嬉しそうにしていたが、今はその慕っている人間の意思をくみ取って、依頼の解決に集中しているようだった。
光燐は眉をわずかに寄せる。
「前方に車両を発見。カレンさんのものではないでしょうか」
終夜はちらりと光燐を見遣って、よくやったとささやいた。光燐はちらりと頬に色を染めたあと、黒刀「炎舞」に手をやった。
「加速しますよ」と白皇院がいうや、ジーザリオのエンジンが轟くような唸りを上げ、能力者の背中がぐっとシートに押しつけられた。
ファブニールは舌を噛まないように注意しながらいう。
「カレンさんはきっとバグアと落ち合うつもりです。その前に保護しましょう」
だな、と終夜はうなずき、ヘッドセットマイクのスイッチを入れ、窓を開け、上体を出した。拡声機能で車外から呼びかけるつもりらしい。
「見えてきました。終夜さん、頼みますよ!」
白皇院はそういいながら、胸元の超機械ハングマン、形状は15センチほどの十字架、に触れた。
緊迫する車内で光燐は沈黙を保っている。しかしその神経が周囲に向けられているのは明らかだった。
「――――」と終夜は呼びかけるその瞬間、光燐は後部座席から飛び出し、白皇院のからハンドルを無理矢理奪うと、思い切りきった。同時に拳銃の発砲音が響く。
「一体!? 何を!? 突然!?」という白皇院。
車体のすぐ脇をなんらかの投射物が通過していく。
「虫型キメラの飛行タイプか。敵さん、あれが足止めのつもりというわけですか」
ファブニールは呻いた。
ジーザリオの前方で虫型キメラがヘッドライトを浴びながらホバリングしている。
これらの背後でカレンの運転しているとおもわれる車が能力者から遠くなっていく。
虫型キメラ2匹のうち1匹が口をカッと開けて、何かを投射してくる。またもう1匹がジーザリオに突撃、どうやら車体に身体をわざと轢かれさせようとしているらしい。
こんなところで車両が破壊されたら立ち往生してしまって、カレンを保護するどころではない。
「面倒なことになった」と終夜。「だが、進まなくては」
ジーザリオはエンジンの咆哮を上げ、路面にタイヤの跡を刻みながら、加速する。
夜の静寂を引き裂く銃声。
●02
サーカム湖跡は干からびた湖だ。
月に照らされるそこはまるで砂漠のように見える。
カレン・フォーイヤーズはトランクを片手にしてバグア兵セプテンバーと対峙する。
黒髪の若い男の姿をしたヨリシロを使っているバグア兵セプテンバーは、歓迎するかのように、手を広げた。
「待ちわびた。これであんたはあんたはようやく俺のものだ。もちろん、資料もな」
カレンは緊張した様子でうなずいた。
「セプテンバー、おまえには感謝している。口座には確かに入金があった。息子は明日にでも専門の治療施設へ移送されるだろう。本当に感謝している」
「それもこれもあんたが分の悪い賭けに乗ってくれたからさ」とセプテンバーは新月のように唇を歪めた。「人類が勝てると踏んだから身売りするつもりになったのだろう?」
カレンは薄く微笑んだ。
「私はそれほど楽天家ではないよ。だが、この戦争は長く続くだろう。そう例えば、息子が年老いて息絶える日になっても、決着がつかないかもしれない」
セプテンバーは肩を竦める。
「あんたは嫌な女のうえ自信家だな。だからこそ俺はあんたが欲しい。あんたの意思は脅威だ」
「だが」とカレン。「そうそう上手くいくかね?」
風と砂の流れる音にエンジンの唸りが混じる。
カレンが背後を振り向くと、ジーザリオが小さめの砂丘を乗り越えたところだ。
その車体には虫型キメラがまとわりついている。
ジーザリオはがたがたと大揺れしながら砂丘を下り、虫型キメラの1匹は後部座席の窓から車内への侵入を図り、もう1匹は前輪の下に身体を差し込もうとしている。
だが、後部座席の窓から突き出された細身の剣が虫型キメラを滅多突きしてずたずたにし、助手席からの拳銃の連射がもう1匹から体液をぶちまけさせた。
ジーザリオは砂地にタイヤの跡を刻みながら停車、能力者が飛び出す。
カレンはバグア兵セプテンバーと終夜たち能力者に挟まれた形になる。
能力者もまたそれぞれの得物を構えた。
白皇院が呼びかける。
「カレンさん! 事情は把握しています。そちらにいってはいけません!」
「俺が唾つけた人間に手を出してくれるなよ」
セプテンバーはコートの袖から仕込んでおいた拳銃とナイフを出して握る。
能力者とセプテンバーはカレンを挟んで睨み合う。
両者とも互いを排除する必要があるが、この状態で戦えばカレンを殺す可能性があるので、手を出せない。
セプテンバーはカレンに呼びかける。
「俺は約束を果たした。カレン、あんたも約束を果たせ。さあこちらに来るんだ」
終夜が遮るように吠えた。
「いってはいけない! 子どもは母親がいなくなることを望みはしない。俺は両親をこの戦争で亡くした。だからあなたの子どもがどんな気持ちになるかわかる。頼む、いかないでくれ」
カレンはセプテンバーのほうへ後ずさっていたが、能力者のほうへ視線を向ける。
ファブニールもまた呼びかける。
「お子さんは助かるとしても、お子さんが幸せになれる道をあなたは探したのですか? このままではお子さんは不幸ですよ。安易な逃げは残された人に悲しみしか与えない‥‥立ち向かって下さい! それが辛い事だとしても‥‥最後に笑っていられるように‥‥」
カレンは足を止め、うつむいた。その表情には迷いがある。
こっちへこい! とセプテンバーが呼びかける。
光燐が呼びかけるというより問うた。
「‥‥貴女は‥‥貴女の子どもが大切なのに‥‥その子どもを泣かせるの?」
カレンがふっと顔を上げる。その表情がすっきりとしている。
「そうだ。私はあの子を泣かせる。それが正しいと信じているし、そのために行動した。責任はとらないといけない」
能力者が声を上げるなか、カレンはセプテンバーのもとへ走る、まるで助走をつけるように。そして抱き留めるように腕を広げるセプテンバーにトランクを投げつけると、そのまま能力者のほうへきびすを返した。
走る勢いが乗せられたトランクは弧を描いて飛び、ちょうどセプテンバーの胸元で爆発した。
セプテンバーは炎に全身を呑み込まれ、火だるまになって奇妙な踊りを披露する。
カレンは人型の炎を背後にして能力者の下に逃げてくるが、銃声と同時に転んだ。
人型の炎の中でフォールフィールドが瞬き、鎮火され、無傷のセプテンバーが姿を現した。口を開けると冗談のように黒煙が吹き出た。
「なるほど。最初から資料も身体も渡すつもりがなく、自害するつもりだったのか。フン、興ざめだ。カミカゼ野郎はいらん、ここで死ね」
セプテンバーの腕が跳ね上がる。しかし発砲の代わりに矢が突き立った。
射ったのは光燐だ。戦意を表現するかのように炎の翼が大きく羽ばたいた。
「まったく! 肝が冷えましたよ」
ファブニールはカレンを背後にすると、姿勢を低くして盾を構えた。敵の射撃をすべて受け流す覚悟らしい。
このあいだに白皇院がカレンの様子を確かめる。
「この傷、錬成治療を施せば‥‥!」
白皇院は祈るような姿をした。ロザリオ型の超機械が発光、スキルが発動する。
終夜は軽やかな足取りで砂の上を駈ける。その顔には薄い苦笑が浮かんでいた。
「‥‥豪儀なご母堂もいるものだ」
光燐の放った矢が立て続けにセプテンバーに飛来する。
この隙に終夜は接近して攻撃を仕掛けた。
終夜の一撃をセプテンバーはナイフで受け止めるが、終夜は豪力発現を使用、信じがたい力を発揮して、セプテンバーをねじ伏せる。
だが、セプテンバーは空いている腕で至近距離から終夜に銃撃を叩き込むと、怯んだ隙を突いてバックステップを踏んだ。
その瞬間、終夜の腕が跳ね上がり、セプテンバーの胸が弾けた。無数の銃弾がフォースフィールドを貫き、胸の肉を抉った。
砂の匂いだけの砂漠に血が香った。
セプテンバーはささやく。口角から血が垂れた。
「‥‥おまえたちも執心だな。あの女、一度は人類を裏切ったというのに。なぜだ?」
「――――バグアにはわからないことだ。光燐、やれ」
「はい、主様」
風切り音。
セプテンバーの右眼窩に光燐の放った矢が生えた。
「‥‥くぅ。これ以上付き合っていられるか」
セプテンバーは呻くと、後方に下がる。みるみるうちに遠くなり、やがて砂塵にまみれてその姿が見えなくなる。
風が吹き、月が傾く。終夜と光燐は得物を下げた。
●03
帰りのジーザリオは狭かった。
乗る人間が5人になったうえに負傷したカレンのため席を倒してベッドのようにしているからだ。
狭いからではなかったが、白皇院は少々、怒っていた。カレンの無茶苦茶のせいだ。
「貴女の様な御家族を幾つも見てきました、中には自分の心臓を子供に移植する為に自ら命を絶つ様な方も‥‥」
「ケースは色々ですが、結果は皆同じ、助けられた者の心に深い傷を負わせる」
「理想論かもしれませんが、人を救うと言うのは自分が犠牲になっては意味が無いんです、治った時に一緒に喜んでくれる人が側に居ないと」
もっとも白皇院の怒りの大半はカレンのためだった。
錬成治療を施したとはいえ、カレンの体調はおもわしくない。精神にかなりの負荷がかかっていたのかもしれない。そのため然るべき施設へ移送するのだが、それまでのあいだ気力を保たせるため、話しかけているのだ。
威力は十分だったらしく、カレンは唇を震えさせた。
「反省はしていない。同じ状況になったら私は同じことをするよ」
でもとカレンはいった。
「あなた方がいてくれてよかった。おかげで私はまたあの子に会える」
カレンの双眸が潤む。目尻から涙がこぼれる。涙の玉が床に落ちていく。その輝きには安堵の色があった。