●リプレイ本文
●01
能力者の乗った輸送ヘリからは校舎に迫るケルベロスを見下ろすことができたが、ケルベロスは突然、方向転換をして校舎から離れていってしまう。
着陸態勢に入った輸送ヘリのなかでキムム君(
gb0512)はいった。
「現地の能力者の方は負傷していると聞きますが、大丈夫でしょうか?」
御山・アキラ(
ga0532)が周辺地図を見ながら冷静に分析する。この地図はヘリに用意されていたものだ。
「ケルベロスが校舎を襲っていないということはスバルとかいう能力者は健在ということだ」
「念のため作戦を確認しておきましょう」とリア・フローレンス(
gb4312)は仲間にいった。「概要はケルベロス3体を分断し、2匹を足止めしているうちに1匹を集中攻撃して撃破、その後、残りのケルベロスを掃討します」
「了解している。ケルベロスの1匹は引き受けた」と月城 紗夜(
gb6417)はいってキムムの肩を叩いた。紗夜とキムムはペアを組んでケルベロスの1匹を足止めすることになっている。
足止めを行うペアはもう一組いる。柿原 錬(
gb1931)はペアの柿原ミズキ(
ga9347)にいった。
「作戦はわかってるよね、姉さん? ホントに無理しないでよ」
「れん、だいじょうぶだってば」
ミズキはほほをふくらませた。
どうやら同じようなやりとりを繰り返しているらしい。
ミズキはとある依頼で大けがをして以来、言動や態度が幼くなってしまった。弟の錬が心配するのも無理ない。
これらのペアがケルベロス2匹の行動を食い止めているあいだに他のメンバーが残りを集中攻撃する。
集中攻撃をする班の加賀・忍(
gb7519)が月詠という銘の直刀に触れながら瞑目している。その脳裏ではケルベロスとの戦いがシミュレートされているらしい。彼女の望みは小山のごときケルベロスを斬り伏せ、己の技量に磨きをかけることだという。
ヘリが校庭に着陸、ローターの風圧で土煙が上がる。
御守 剣清(
gb6210)が刀をとって立ち上がると、その眠たげな双眸の奥で力強い光が閃く。
「さて、急ぎましょうか。あんま待たせちゃいけませんからね。スバルさんも、市民の人たちも」
能力者はうなずくと、ヘリの外へ飛び出した。
●02
スバルはアサルトライフルを構えて住宅街を走る。
巨体のケルベロスが細い路地に押し入り、すさまじい破壊音を立てているが、スバルは振り返らず、代わりにロードミラーをちらりと見て、追ってくる敵の様子を確認する。
「よしよし足止めになってんじゃないか」とスバルは唇をめくり上げる。「家ぶっ壊して住んでた人にはわるいけどさ」
スバルは角を曲がる。突然、行き止まりが現れるが、電柱を登って屋根に跳び移る。そして別の路地へ身を投げた瞬間、ケルベロスの吹きつけた火炎が空中を薙いだ。
屋根が焦げ、燃え上がり、電線が熱で切れる。切れた電線はしなって炎の鞭のようになって跳躍している最中のスバルを打った。
ケルベロスの1匹が建物の間から首を突き出してあぎとを開くと、のどの奥で炎がちらりとした。
「‥‥火炎を吹きつけるつもりか」とスバルは身体を起こす。「回避は間に合わない。スキルで避けるぜ」
スバルがスキルを行使した瞬間、エミタを埋め込んだ右腕がスパーク、高圧電流を流されたかのように激しく痙攣した。
「このタイミングでエミタが逝ったのかよ!」
ケルベロスの口角から炎が吹きこぼれる。
スバルはとっさに顔をかばった。
ケルベロスの火炎が吹きつけられ、路地が炎の舌になめとられ、スバルもまた呑み込まれそうになる瞬間、アキラのドローム製SMGの連射音が響いた。
アキラの放った弾丸は貫通弾だった。ケルベロスは頭部の1つを潰されると、そののどの奥から血と炎を吹き散らしながら、身もだえした。
アキラは屋根の上から射撃したのだが、ケルベロスの血と炎はそこまで飛散してきたので、別の屋根に跳び移ってかかるのを逃れた。そしてさらに射撃を加える。その射撃音はスバルに「はやく逃げろ」と歌っていた。
スバルは這うようにしてその場から逃れようとするが、鼻先にバイク形態のミカエルが割り込んできた。
「乗れ。いや乗せるぞ。拒否権はない、飛ばすからしっかり掴まってろ」と紗夜はいうなりスバルの身体をバイクに押し上げる。
御守もまた現れ、ケルベロスと対峙する。
「無理すんのは終わり。こっからはオレたちの番ですよ。ほい、気休めでしょうけど‥‥」
そして後ろ手でスバルへ救急箱を投げた。
紗夜はバイクを出す。
「渡りに船、助かったぜ」とスバルは紗夜にいうが、風を切る音、エンジン音、タイヤの軋む音や戦闘音で紗夜の耳には届かなかったようだ。
●03
紗夜はスバルを後方に連れて行く、というか、放り出すと返す刀で戦場に戻り、ケルベロスの相手をしていたキムムと合流する。
「待たせたな、キム」
「1人と1匹で踊るには飽きてきたところだ」
キムムは変則的なステップを踏んでケルベロスの攻撃を回避している。巨獣との舞踏のように見えるその動きは夢幻踏と呼ばれる回避動作だ。
紗夜は抜刀、左右の手に2条の光が走る。1本は蛍火、1本は初蝶という名の刀による二刀流だ。
「任務遂行のため、殲滅する――――」
一方そのころ、柿原姉弟もケルベロスと対峙しようとしていた。
バイク形態のAUKVに搭乗する錬はミズキをタンデムさせてこちらへ回頭し始めたケルベロスへ突っ込む。
「ホント無理はしないでよ。‥‥っていってもられないかっ」と錬。
「だっから大丈夫だって!」とふくれっぱなしのミズキ。
錬は「能力者は誰も彼も無茶し過ぎだよな」という表情を一瞬だけ作ったあと、表情を引き締めた。
ミズキはひらりとバイクから飛び降りると、大鎌を構えて、無垢なほほえみを浮かべた。
「ねぇ。遊ぼうよ」
大鎌がその射程外から閃くが、スキル<ソニックブーム>によって死神の見えざる大鎌がケルベロスを襲った。
ヒュンッという風切り音のたびに周囲の建物が鮮血で染め上げられる。
「つまんないよ、それでもけるべろすなの?」
虫を楽しみのために殺す子供のような笑い声が響く。
ミズキの哄笑を聞いて錬はつらそうな表情を浮かべ「‥‥姉さん」とつぶやいたが、すぐに切り替え、怒声を上げた。
「来いよ得物はこっちだ!」
錬は小銃「バロック」を連射してケルベロスの興味を引くと、細い路地へ飛び込んだ。
ケルベロスは錬を追って飛び込むが、路地の狭い入り口に身体が使えてしまう。
その瞬間を狙ってミズキの大鎌がケルベロスの後足をなぎ払う。
●04
2つ首のケルベロスはかつて3つ目の首のあったところから血を噴き出しながら能力者へ突撃するが、アキラ、御守、リア、忍の4人は建物の影から発砲しつつ路地の入り組んだ地域へケルベロスを誘い込んだ。
ケルベロスは路地を押しつぶしながら進み、そこで能力者を見失ったようだ。あぶり出すかのように2つの口から周囲へ炎を吹きつける。
そこにどこからともなく発砲音が連続してケルベロスの身体に穴が空き、そこから血が蛇口をいっぱいに開けたときのように噴射した。アキラの射撃だ。
ケルベロスはアキラの発砲で足止めを喰らっているうちに周囲に建物が密集しているので動けない。
建物と建物のわずかな隙間から雷が走る。<迅雷>のスキルで行使したリアがケルベロスの死角に侵入すると、一撃を喰らわせ、その直後に再び同じスキルを行使して姿を消した。
ケルベロスはリアの攻撃に翻弄されて自分のしっぽを追いかける犬のようにその場で回頭する。太い尻尾が建物の壁を叩き、ひびを走らせた。
(「キメラっつっても、手負いをやるのはあんま気乗りしないが‥‥‥‥」)
密かにケルベロスのそばに接近した御守はその巨体を見上げた。
ケルベロスが八つ当たりするかのように暴れる。炎を吐き、火の粉が盛大に飛び散る。
御守は目に入りそうになった火の粉を払う。そのとき忍がこちらをじっと見ていることに気がついた。
御守と忍は視線で語ると、互いにうなずいた。
2人は同時に抜刀する。
ケルベロスは抜刀の音で近辺に能力者がいることを察知したらしくのど元をふくらませて炎を吐く構えをみせる。
そのとき忍が疾った。
「その動き、もう覚えたわ」
忍はすでにケルベロスの気勢を読むことに慣れていた。炎を吐くときのわずかな隙をついて近接、その巨大な身体を駆け上がって首のひとつを薙いだ。
ケルベロスののど元がざっくり割られ、吐く寸前だった炎が周囲に飛び散る。それはのど元で爆発が起こったようなものでケルベロスは衝撃でよろめき、建物にもたれかかったが、建物は重さに耐えきれず崩壊してしまい、ケルベロスは瓦礫に埋もれた。
この場にいる能力者の無線機からアキラの声が流れる。覚醒しているので機械的だ、戦闘機械的な音声だった。
「標的は怯んでいる。一斉攻撃の機会だ。いくぞ」
能力者がとどめをさすためケルベロスに殺到する。
●05
「未だ試作段階だが‥‥食らえ!」
キムムはケルベロスに剣技『夢見幻想』の1つを叩き込む。
ケルベロスは鮮血を垂らしながら後方へ跳んだ。2人とはいえ負傷した状態で能力者とやり合うのは不利といまさら気がついたのか、ケルベロスは後退する。
「殺しきれるか? だが、どのみち逃すつもりはない。うかつに逃がして校舎を再襲撃されたらたまらないからな」
紗夜は<竜の翼>を公使、彼我の間合いを一瞬で詰めると、斬撃を繰り出した。左右の腕を重ねて振るう一撃はごく狭い範囲に二筋の創傷を作り、組織を効率的に破壊する。
追いついてきたキムムがうなる。
「こいつ堅いぞ! デカければ攻撃は当てやすい、だが!」
「いくら削っても削りきれない、だな」と紗夜はいいながらケルベロスの肉を裂いた。
そこに援軍がやってくる。
「すいません。少々遅れました。どうにも周囲は地図と違ってしまいまして」とリア。
「あちこち吹っ飛んで視界が広くなったよな?」と御守。
「‥‥だったらもっと早く来られるだろう」とアキラ。
「手間取ったということね」と忍。
ドローム製SMGの火線がケルベロスの顔面を薙ぎ、次の瞬間、路地から3陣の太刀風がケルベロスへ吹きつけた。
リア、御守、忍のフェンサー3人組による一斉攻撃。接近戦の魔術師たちの連続攻撃によってケルベロスは切り刻まれ、活動停止し、流れた血が路地を醜悪な匂いと湯気の立つ小川に変える。
返り血が入ったらしく片目をつぶりながらリアは仲間に尋ねた。
「怪我をした人はいますか? いないのなら最後の目標へいきましょう!」
●06
ケルベロスは強力なキメラだが、手負いの状態で8人の能力者と戦うのは分が悪かったようで、ほどなくして残りのケルベロスも撃破された。
ケルベロスを撃破したあと、「よし、これで終わり」とミズキは錬を抱きしめた。「少しこうしててもいかな」
錬は抱きしめられながら切ない表情になる。ミズキは怪我を負って以来、変わってしまった。
ミズキは情緒不安定だ。
「ぼく、こわいよ‥‥‥‥家族を護れなくなりそうで、お姉ちゃんなのに約束したのに護るって‥‥‥‥ねぇれんぼくは、ぼくなの?」
「大丈夫だよ。姉さんは変わらないよ」
錬は柔らかい声音でいうとミズキを抱き返したが、その表情は沈痛なものだ。
紗夜は遠巻きでこの様子をみていた。彼女には死んだ弟がいる。だからかクールを装う表情に何かの感情の色がちらりとよぎった。
アキラがみなにいった。
「戦闘は終わった。回収を支援するとしよう」
その言葉で場の雰囲気が切り替わり、能力者は民間人のいる校舎へ向かう。
大規模作戦は集結したが、各地で戦いは続いている。