●リプレイ本文
墜落しそうな分厚い雲の下、虫型キメラの虐殺が始まる。
奇襲に混乱をきたした兵士たちは各自、資材やマンションの影に隠れた。兵士の1人が資材にかけよる。仲間の1人が崩れた鉄骨に潰されていた。
兵士は鉄骨の一本を抜き取ってテコの原理で鉄骨の山を動かそうとする。しかしびくともしない。兵士の額に汗が浮かぶ。
虫型キメラの1体は急降下するとこの兵士をつまみ上げる。兵士が拘束から逃れるべく暴れるが、虫型キメラはまったく意に介さず、急上昇して解放した。
地上の兵士たちは目をつぶった。
長い悲鳴が響き、途切れた。
兵士たちがおそるおそる目を開けると、そこには兵士を抱きかかえた銀髪の女性が立っていた。その女性の目が猫目に変化する。能力者ティーダ(
ga7172)は兵士を降ろしていった。
「昆虫型のキメラ‥‥。住民が移動したあとに現れたのは不幸中の幸いでしょうか。‥‥資材など勝手に借りますよ」
輸送車のクラクションがけたたましく鳴り始める。作業用の投光器が光で虫型キメラをなぎ払った。さらに拡声器のサイレンまで鳴り始める。輸送車の運転席に潜り込んでいる岡村啓太(
ga6215)が、
「鼓膜がびりびりするな」といって投光器を操作している鉄 迅(
ga6843)をみやる。
「こっちは目がちかちかしますよ。おっと1匹来ましたよ!」
8の字に飛行する虫型キメラの群、その1匹がふらふらと輸送車のほうへ飛んでくる。
投光器の影からスナイパーが狙撃を開始する。2本の矢が同時に虫型キメラの赤い障壁を撃ち抜いた。羽根をやられて墜落する虫型キメラに鉄は声をあげる。
「御見事ッ!」
狙撃手の赤霧・連(
ga0668)、 並木仁菜(
ga6685)が顔を見合わせ、一瞬だけ微笑みを交わした。
地面に墜落する虫型キメラは蜂のようにカチカチという音を鳴らしながら輸送車へと急降下する。
「特攻隊の真似か!」と流星が駈けた。流星は銀色の筋を残しながら壁を三角蹴りして跳躍する。「いくぞ、ドリルパンチ!」
流星こと銀野 すばる(
ga0472)が虫型キメラを地面に叩きつける。さらに殻の繋ぎ目にコークスクリューパンチを打ち込んだ。虫型キメラの動きが止まる。
銀野はきっと顔をあげ、虫型キメラの群を見据える。
「あれをぶっ放して!」
「はい!」
御坂 美緒(
ga0466)が輸送車から持ち出した照明弾を打ち込む。他の能力者たちもそれに続く。鉄も岡村も機械の操作をやめて発砲する。虫型キメラの群の中で光の弾が炸裂する。虫型キメラは混乱し始めたらしく、壁にぶつかったり、部屋の中に飛び込んでもがき始めた。
「さてそろそろ私の出番ですね」
大曽根櫻(
ga0005)が蛍光を抜き放った。刀身が照明弾の光で危険に瞬く。黒髪をふわりと浮かせながら駆け出す。同時に瞳の色が青に変化、次第に黒髪が金色に輝き始める。これに御坂、銀野、岡村が続く。その頭上を赤霧と並木の放つ矢がうなりをあげながら飛んでいく。
虫型キメラは羽根を撃ち抜かれて落下していく。
「錬成強化、いきます!」
御坂の瞳の色が茶色から鮮やかに深紅に変わる。同時にエミタが高稼働を開始、超機械にエネルギーを注ぎ込み始める。能力者たちの武器が出力強化、余剰エネルギーとして紅色の光を放ち始める。
能力者たちは流星群のように突撃する。
岡村が走りながら覚醒する。口から味覚が消失する。同時に愛槍ケイブルクが赤く輝きながら唸り始める。きりもみ回転しながら落下する虫型キメラの動きを岡村の目が完全に捉える。
「動きは見切らせてもらった」
いうなり岡村はケイブルクを一回転させる。石突きを地面に突き立てて棒高跳びのように跳躍、マンションの壁面に着地する。赤い稲妻が腕から湧き上がってケイブルクに絡みつく。余剰出力で壁面の塗料が融解して泡立つ。
「豪破斬撃!」
岡村が一撃する。着地した壁面にひびが走る。岡村のケイブルクは赤い稲妻となって虫型キメラの急所を貫き、さらにその背後にいたキメラをも貫いた。
ティーダと銀野が連携して虫型キメラに立ち向かう。ティーダは虫型キメラが地面に激突する寸前、蹴りを入れて、仰向けにする。そこに銀野が「お前の墓穴はこの拳がうがつ。地獄の底まで落ちろ!」と打ち抜いた。
能力者の猛攻が続いたが、照明弾の灯りが切れ始めると、虫型キメラは統率を取り戻し始める。狙撃手の赤霧と並木を護衛している鉄は投光器に取り付こうとしたが、居合わせた兵士に止められる。
指揮官らしい兵士は鉄にいった。
「操作は任せろ。おれも兵士だ。君たちだけに任せてはおけない」
指揮官が光を放ち始めると、マンションの各階から兵士たちが投石を始める。どれもこれもダメージを与えられないが、確実に注意をひいていた。虫型キメラの1匹がベランダの兵士に襲いかかるが、その腹部を大曽根のショットガンがえぐった。
「陽動はまかせたまえ」と指揮官。「それよりも頼みがある。さっき連絡が入ったのだが、どうやら子どもが1人マンションに残っているらしい」
「「「!」」」
鉄、赤霧、並木が絶句した。並木はいった。
「まずいですネ。さっきキメラが1匹マンションに入り込みました」
そういう赤霧に並木が不安そうにかえす。
「もう出てきましたよね」
「確認していません。この場は軍に任せて助けにいきましょう」と鉄が並木の希望を断ち切る。鉄たちは指揮官から子どもがいるとおぼしきマンションを聞き出すとこの場をあとにした。
鉄、赤霧、並木の3人は子どもの自宅のあったマンションの棟に入った。下の階層から順番に探していく。
一方そのころ子どもは咳き込んでいた。突然、壁が崩れて吹っ飛ばされたからだ。目に入った埃のせいで涙がでて視界が歪んでいた。不安と心細さを意識して涙がぼろぼろ出てきたが、ふと学校で飼っていたカブトムシのような臭いをかいで不思議におもった。
子どもは涙をぬぐう。明快になった視界に映ったものは、壁のぶち抜かれた部屋と足を何本か失っている虫型キメラだった。もっとも子どもは虫型キメラには注目しない。というのは虫型キメラのそばに人形が落ちていたからだった。これこそが子どもの探すぴーちゃんだった。
「ぴーちゃん、今助けてあげるよ!」
子どもは悲鳴のような声をあげて人形にかけよった。その瞬間、虫がびくりと動いて、残っている足をぴーちゃんのうえに振り下ろした。
ぴーちゃんの身体が裂けて中の綿がこぼれた。
子どもはぴーちゃんを助けるべく、その身体を引っ張った。虫型キメラの足の突起にひかかってぴーちゃんの身体は裂けて綿がこぼれてしまったが、なんとか救出に成功する。
子どもはお母さんのことを思い出していった。
「ぴーちゃん、痛いけど我慢よ。きっとお母さんが治してくれるから」
その背に虫型キメラの足が迫る。しかし寸前に子どもは部屋の外へ出ようとしたので外れた。
虫型キメラは体勢を立て直すと女の子を追い始める。羽根や残っている足が壁や床に引っかかる。おかげで子どもは部屋からでられた。しかし廊下の途中が瓦礫で封じられていた。階段は一箇所しかないのだが、これでは階段のところへいけない。子どもはベランダを隣の部屋に移って階下へ降りようと考えた。だが、そうすると虫型キメラのいる部屋を通らなくてはいけない。
子どもはぴーちゃんを抱き締めると勇気を奮い起こした。
虫型キメラは子どもを引き裂くべく何度も移動を試みた。しかし居間から玄関へどうしても出られない。外骨格が通路に引っかかってしまう。
子どもは腹ばいになると虫型キメラの下をすすむ。
虫型キメラは足をふるう。当たらない。子どもはびくりとして停まってからまた進み始める。虫型キメラもあきらずに足を振るう。すると子どもの背中が裂けた。虫型キメラの足先に血と布きれがついた。それでも子どもはじりじりと進み、居間へでた。
ベランダはすぐそこだった。しかし通路より居間のほうが広い。虫型キメラは方向転換した。そして子どもを押し倒した。
子どもはぴーちゃんを助けるべく、ベランダのほうへ投げた。そして自分はぎゅうと目をつぶった。おかあさん、助けて!
そのとき、
「キミのSOS、確かに受信しましたよ?」
赤霧が隣部屋から壁越しに射撃を開始した。矢が壁を貫き、虫型キメラの足を落とす
ベランダから鉄が部屋に滑り込む。スライディングして子どもを回収する。
「AI、全出力を脚部へ回せ。フル回転だ。もってくれよ、俺の身体!」
鉄はワンアクションで居間からベランダの外へ跳躍した。子どもが悲鳴をあげる。鉄は猫のように空中で回転して勢いを殺すと着地した。
「鉄さん、お見事です」
そういって並木は鉄の飛びだしてきた部屋へ鋭い視線をなげる。部屋から虫型キメラが出現した。虫型キメラは羽根を広げる。
「しつこいですよ。まるで納豆みたいですね」
並木の目が赤く輝く。手にしたロングボウと矢が輝いた。並木は射撃、矢は流星のように飛んで虫型キメラを射抜いた。
戦闘は終了した。
岡村は鉄に苦い口調でいった。
「フムン。負傷者は7名か。たいした被害だな」
「あ、声が大きい。その台詞、角が立っています。ここで死んでも戦死公報には載りませんよ」
「ほむ、ひどいですね。岡村さんだって直せなかったくせに!」
戦闘終了後、子どもは能力者たちにうるんだ目で見上げて「ぴーちゃんが怪我をしたの」といった。この言葉にほだされて能力者たちは修理を始めたが、なんと1人をのぞいて誰も彼も裁縫を上手くできなかった。いや上手く針と糸を使うものは多かったが、いかんせん子どもからNGがでてしまった。
結局、直したのは虫型キメラの甲殻すらぶち抜く拳を持つ銀野だった。銀野は子どもが歓声をあげるほどの見事な手際でぴーちゃんを直し、さらにぴーちゃんのお友達のぷーちゃんを作ってあげた。
岡村は女性陣から浴びせられた非難の眼差しに撃たれて手をあげる。
「まあ。子どもが無事で良かったじゃないか」
子どもの笑い声が夕焼けに染まる団地に響く。銀野がぷーちゃん人形で女の子の相手をしていた。それをみて女性陣は矛を収めた。