●リプレイ本文
スリランカの湾岸都市トリンコマリー。
その近辺に、名もなき小さな村があった。バグア軍の戦火から逃れた人々が集まり、UPC軍からの支援もあって「村」として少しずつ人々の生活が始まろうとしていた。
「‥‥やはり水たまりが村中にありますね」
アルヴァイム(
ga5051)は目的地に到着すると、村に点在する水たまりの箇所をマッピングしていた。まずは衛生面から整える重要性があると考えた彼の機転は、まさに村人たちが望んでいたことであった。
トリンコマリーを中心に、この地方は雨期から乾季に変わる不安定な天候が続いていた。それを懸念して、ズウィーク・デラード(gz0011)は今回の任務に積極的であった。
「アルヴァイムの指摘はもっともだな」
「病原菌の多くは虫から感染しますから、まずは虫よけをしたり、新鮮な水も定期的に支援する必要があるかと」
書類をチェックしつつ、アルヴァイムがそう告げた。
「そうだな。時間はかかるが、本部にも報告しておくぜ」
デラードは感心したように応じた。
村人たちはアルヴァイムと協力して、水たまりを取り除き、土で埋めて、地面を平らにして歩き易いようにスコップを使って作業をしていた。念の為、採取した水はサンプルとして持ち帰ることにした。
診療所の周辺は、特に念入りに作業をして、網戸や蚊帳を設置することにした。これもアルヴァイムの案である。百地・悠季(
ga8270)は日常生活の必需品、医療消耗品や薬剤を村まで手配していた。
「‥‥絵本と筆記用具?」
悠季がジーザリオを運転していると、助手席にいるアルヴァイムが頷いていた。
寄付として送りたいと提案したら、デラードが了解してくれたのだ。それを聞いて、悠季はうれしそうに微笑んでいた。
きっと子供たちの笑顔が見たかったのだろうと‥。
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アルヴァイムと悠季は、一晩、村の宿に泊まることにした。
久し振りの客で、主と女将は仕事にやる気が出てきたのか、顔色も良くなり、2人を接待することができて、楽しそうであった。台所から女将の鼻歌が響く。
「一階の奥の部屋へどうぞ」
主に案内されて、2人はスリランカの滞在を楽しむことにした。
夕食を済ませて、しばらくのんびりした後、アルヴァイムと悠季は互いの存在を確かめあうように、至福の夜を過ごした。
翌朝。
アルヴァイムが目覚めると、悠季が顔を覗かせた。
「おはよう。モーニング・コーヒーがあるわよ」
そう言って、悠季はベットから起き上がったアルヴァイムにカップを手渡す。
「‥‥これは、インドのアラビカ種コーヒー」
「さすがね。宿の主も、そう言ってたわ」
悠季はそう告げた後、珈琲を飲み始めた。一息つくと、さらにこう言った。
「まだまだやることはあるわよ。よろしくね」
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その後、アルヴァイムは朝市で仕入れた新鮮な魚介類や野菜を村の広場にある屋台へと届けた。
悠季は催しとして『手料理の屋台』をすることにしたのだ。
メニューは定番のバターチキンカレースープ、マトンのキーマドライカレー、香ばしいジンジャーナン、魚のフライは子供たちが食べ易いようにと骨を丁寧に抜いていた。
悠季はエプロンを付けて、アルティメットフライパンとアルティメットフライ返しを巧みに使い、料理を作り始めた。見た事もない器具に、村人たちは興味津津だ。特に子供たちは美味しそうな匂いに釣られてやってきていた。
アルヴァイムは立て札を両手で持ち、順番に並ぶようにと村人たちを促していた。子供たちはアルヴァイムに纏わりついていた。彼が絵本や筆記用具をくれたと聞いたのだろう。子供たちの中には絵本を持って、行ったり来たりしている子もいた。お礼が言いたいが、恥ずかしかったらしい。
その頃、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)は村の一角にある喫茶店にいた。
「リュメルちゃん、お久し振りです」
「レーゲンお姉ちゃん、来てくれたんだ。にゃふふ〜」
リュメルはうれしさのあまりレーゲンに抱きついたが、見覚えのある男性がいることに気付き、顔を上げた。
「‥‥ティル?」
「‥‥リュメルか? しばらく見ないうちに大きくなったな」
ティル・シュヴァルツ(gz0211)はリュメルの変わり様に少し驚いていた。以前、会った時はショート・ヘアの子供だったのだ。だが、今のリュメルはセミ・ロングで、女性らしさが感じられた。
てっきり、あの頃のように抱きついてくるかと思いきや、リュメルは赤面しながら立ちつくしていた。
「‥‥ティル‥また会えて、良かったよ」
「‥‥ああ、俺もだ」
ティルはこういう場合、どうすれば良いのか迷っていた。受け答えするだけで精一杯だった。
レーゲンは首を傾げた。
「あの、せっかくですから、何か注文しませんか?」
「‥‥そうだな。入り口にいたら他の客の迷惑になるな」
ティルはカウンターの席に座った。すると、店主でもあるリュメルの母親リーフが手を叩いて喜んでいた。
「おや、ティルじゃないかい。随分と久しぶりだね。あんたの好きなマサラチャイあるよ」
数年振りの再会に、ティルとリーフは昔話をしていた。
リュメルはティルのことが気になっていたが、店の手伝いを始めた。レーゲンはここに来た経緯を店にいる客たちに話し、皆から現在の状況を聞いていた。
「そうですか。では、その件については報告しておきますね」
村人から聞いた話をメモに書き、レーゲンはスカイフォックス隊のメンバーたちに現地の人々の声を伝えることにした。
『直接、話を聞く』というレーゲンの考えは、少数意見も取り入れることにも繋がるのだ。たとえ小さな声でも見逃さない。そうしたレーゲンの気配りは、村人たちにとっても大いに役立つことであった。
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休憩時間。
レーゲンは広場のベンチにいるデラードを見つけると、小走りで駆け寄り、そっと彼の袖を掴んだ。
「レグ、今回も協力ありがとな」
「少しでもお役に立ちたくて‥‥」
「‥‥村の近くに小川があるんだが、気分転換にそこまで行くか?」
デラードはそう言いつつも、レーゲンを連れて歩き出した。
どうしても、聞きたいことがあったからだ。
村外れの空き地には季節の花が咲き乱れ、小動物の姿も時折、目に入る。
いつもなら、デラードから話し始めることが多いのだが、今日はあまり話しかけてこない。
レーゲンは思い切って、プレゼントを手渡した。
「1ヶ月遅れのバレンタインです」
「ここで開けても良いか?」
デラードに問われ、レーゲンはこくりと頷いた。
「ボンボンのチョコレートです。その中に一つだけ当たりが入っています」
5種類3個で15個入りの手作りお菓子。粋な計らいにデラードは、ふとほほ笑んだ。
「返事は、この中にあるって訳だな」
一つ。また一つ。デラードが三つ目のチョコを食べると、中から小さな銀細工の羽根が出てきた。
よく見ると、文字が刻まれていた。
『Kann ohne Sie nicht leben』
それが、レーゲンの答え。
デラードは思わず、レーゲンを抱き寄せた。
「本当か?」
「――Ja」
レーゲンが呟く。
あの時、タイでのスコール。
答えは同じなのに、この安心感は何故だろうか。
「いっしょに、居たい、です」
「‥‥俺もだ。これからもずっと、俺の傍にいてくれ」
デラードはさらにレーゲンを強く抱き締めた。
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夕方になると、デラードは簡易基地に戻ることになった。
レーゲンはスカイフォックス隊のメンバーに村の現状を伝えるため、デラードと一緒に基地まで行くことにした。
「デラード隊長、お疲れ様です」
まず最初に出迎えに来たのは、赤子を抱えたジンウであった。
「俺がいない間、ルナの世話、ちゃんとできたか?」
「はい、なんとか。明日で、この子とお別れだと思うと寂しいですけど」
ジンウは複雑な気持ちで赤子ルナの笑顔を見つめていた。
「泣いちゃいそうですよね、デラードさん」
レーゲンは隣にいるデラードに視線を向けた。
「なんだ、じーっと見て‥‥俺が泣くと思ってたのか?」
「‥‥ルナちゃんと、お別れ、ですから‥‥」
そう言うレーゲンの方が、デラードの気持ちを考えてうっすらと涙を浮かべていた。デラードは優しくレーゲンの頭を撫でた。
「ご両親も無事に退院できて、ルナもこうして元気になったんだ。俺はうれしいけどな」
「だけど、本当は寂しい、ですよね」
「まあな。うれしい気持ちも本当だが、いざ別れるとなると寂しい気持ちもあるのは確かだ」
短い間ではあったが、保護した赤子を世話しているうちに、デラードは家族の有難さを改めて痛感していた。
「さて、明日は朝5時には村まで行くからな。今日は早めに寝ろよ」
メンバーたちにそう告げると、デラードは指令室へと入っていった。
レーゲンは会議室にいたアーサーに村で聞き込みをした状況を報告。その内容をデータ化するため、アーサーは作業に取り掛かった。一見、冷静に対処していたアーサーであったが、デラードとレーゲンのことが気がかりであった。
レーゲンが会議室から出ると、赤毛のウィローが近寄ってきた。
「なんだか随分と誰かさんがご機嫌なんだけどよー。どうしたもんかねー」
棒読みのごとく言いながら、ウィローが去っていく。レーゲンは最初、何のことかと思っていたが、休憩室にいたデラードがソファに座り、銀細工の羽根を愛おしそうに眺めていた。
「レグ、こっちだ」
レーゲンの気配に気付き、デラードは自分の隣に座るようにとソファを軽く叩く。レーゲンは彼以外、誰もいないことを察して、デラードの隣に座った。
「‥‥ズウィークさん‥‥」
そっと寄り添うと、デラードはレーゲンの肩に手を回し、そっと頬に手を当て、そして‥‥。
離れ離れになっていた時期もあったが、それでも気持ちは変わらなかった。むしろお互いになくてはならない大切な存在になっていた。
出会いは偶然だったのか。それは誰にも分からない。だが、2人がこうして結ばれたのもまた、地球が産み出した奇跡なのかもしれない。
だからこそ、誓うと‥デラードは囁いた。
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翌日。
悠季の屋台は大繁盛だった。村の子供たちに後片付けを頼むと、うれしそうに食器を運んでいた。このような状況下においても、子供たちは『自分にも人に役立つことができる』ことを知り、悠季は子供たちの無邪気な表情に安堵していた。
アルヴァイムは集会所を借りて、滞在中に調査したことを資料として纏めていた。村の住民は262人(65世帯)、基地から軍医を派遣してもらい、近隣の植生や鉱産物の産出については長期的な作業が必要であるため、専門家を派遣するように要請。
アルヴァイムが携帯していた【OR】ICレコーダには、村長のメッセージが一時間ほど録音されていた。住民の「声」を村長が代表して、意見を述べてくれたのだ。悠季もまたレポートを作成して、今後も支援が続くようにと提案することにした。
こうした働きかけにより、スリランカとインドの連携した復興作業が本格的に進められるようになった。
村を去る際、悠季はスリランカの風景を一望した。
「トラスト・ユー。‥‥ここと繋がるのは、またいつになるかしらね」
信頼に値する者たちへ。
人の想いはやがて、大地へと根付くであろう。
古来から、人々は願った。
トラスト・ユーと。