●リプレイ本文
【サラゴサ偵察戦】簡易報告書―――。
結果は撃墜五名、重傷者一名、瀕死二名、軽傷三名、無傷が一名。
都市偵察こそ叶わなかったものの、全員の帰還を確認。
‥‥その点だけは、評価出来るのではないだろうか。
●出撃
漂う空気はなんとも重く、操縦桿を握る腕は重い。その反面、空は艶やかな青を湛え、視界に眩しく映っていた。
空気を切る高音が、空に響く。十二機のKVが蒼空を横切り、次々と風景を置き去りにしていく。
向かう先はスペイン・サラゴサ、今まで多くの偵察機が葬られ、謎に包まれた敵地へと。
疾駆する、一同の間に言葉は少なく、沈黙が満ちていた。出発前、この戦いのために重ねた話し合いで言い尽くしたかのように。
十二機による六ペア編成、フォワードが先を駆け、バックスがその背後を守る。
想定される困難、状況、その上でどう動くか――無論、実戦が予想通りに運ぶ保障などなく、半分は相方の思考回路を理解するための過程でもある。
向かう先には強いジャミングが予測され、現場の通信による意思疎通は期待出来ない。
それを補うのも、生き残るためには必要な事だと、終夜・無月(
ga3084)、平坂 桃香(
ga1831)の二人は思っていた。「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
祈りの言葉が無月の唇から漏れる、圧し掛かる重圧を払うように。
危険な任務なのだ、だが、これで大規模作戦に一手を投じるきっかけができれば――。
如月・由梨(
ga1805)の心にはそんな思いが浮かんでいた。
覚醒によって気分は高揚している、だがまだ解き放たない、走り出しそうな衝動を抑え、呼吸を繰り返す、いつもより少し息苦しい。
冷静に、冷静に。加熱するのは自身を見失わない程度でいい。今回は戦闘が目的ではないのだと、何度も自分に言い聞かせた。
そう、今回は生き残るのが目的。最大の目的はサラゴサの偵察だが、最悪、味方偵察機の撃墜理由、その情報を持ち帰るだけでも十分だった。
故に生き残る事に集中する、ソード(
ga6675)が目指すそれは、今回の作戦で決まった全体方針でもある。
事前の情報を反芻する、数えるほどしかないそれは、しかし活路を見出す生命線であるには違いない。
ジャミング能力を持つキューブ・ワーム、敵機発見の報すら入れることが出来ずに葬られた偵察機の話。
偵察機を帰さぬ何かの存在と、大物が出現すると思われるサラゴサ基地。
(「新兵器を投入したのは、俺達だけとは限らずか‥‥」)
南雲 莞爾(
ga4272)の思考は重い、顔に掛かった髪が揺れ、気がつけばため息を漏らしていた。
未知が覆うこの戦い、危険である事は事前に承知している。
正直、無事に遂行できるか不安だと、口にする事なく、セラ・インフィールド(
ga1889)はそんな思いを抱えていた。
だが、大規模作戦緒戦の結果は、この任務にかかっていると言ってもいい位なのだ、故に弱音は吐いていられない。なんとしてもやり遂げてみせると、その思いで不安に蓋をした。
この先では鬼が出るか蛇が出るか判らない、だが自分の相方、南部 祐希(
ga4390)は信頼できると、エミール・ゲイジ(
ga0181)は思っている。
‥‥楽な仕事には、決してなりそうにないのだが。
●交戦?
緊張が刻一刻と高まっていく中、危険ラインは目前に迫る。
眼下に流れるのは地上の縮小図。ジャミングによって通信は乱れ、レーダーはその映像をちらつかせ始めている。
こみ上げる不快感は錯覚か、緊張しすぎた神経が眩暈にも似た感触で頭を襲う。
体調の乱れが叫ぶ圧迫感、それを押しやって奥へと進んだ。
―――危険ライン突入。高度を上昇させる。
前進の速度を落とし、超低空を保っていた機体を上空へと浮き上がらせた。
地面が遠ざかり、視界が薄青に変わり、徐々にその色を濃く鮮やかに変化させる。斑模様に流れる白雲が見え、ちらつく太陽が眩い。
浮揚感、綱渡りに似た感触が体を包む、危機感がちりちりと首筋を焦がす。喉奥が渇いて、呼吸が苦しい。
下がる地平線、そして―――突然、機械が異常を訴えた。
レーダーの画面は乱れ、味方機の表示が消失。通信にはノイズが大量に走り、鼓膜を耳障りな音でかきむしる。
どこだ、と、走る視線。視界が目まぐるしく変わり、その中、緩やかに回転しながら上がってくる、薄青気味な立方体の姿を視界に捉えた。
(「‥‥来た。‥‥キューブワーム‥‥!」)
事前の情報と照合する。あの姿かたち、突如に発生した機械類の異常といい、『キューブワーム』に違いないだろう。ふわふわと浮揚するそれは傭兵達の周囲に散開し、電圧らしき閃光を漏らす。
戦闘態勢へと移行する、照準を奴らに合わせようとして―――次は、ロックオンアラートが鳴り響いた。
――――‥‥!?
コンマ数秒の動転。
―――警戒はしていたし、覚悟もしていた、でも。
「ぐ‥‥っ!?」
衝撃と轟音がエミール機を貫き、機翼が煙を上げた。ぐらり、と傾く機体。二度、三度と、衝撃が叩き込まれる。
振動に揺さぶられる中、視界を上空へと向けた。遠目には高度を固定したキューブワーム。違う、あれが原因じゃない、あれには攻撃に見られるべき動作が見当たらない。
―――何故、攻撃が。思考する暇も確認する暇もなく、弾幕はエミール機を滅多打ちにしていく、そして墜落。
出所不明、瞬きすら許さぬ速度でエミール機を撃墜した弾幕は、そのまま他の機体へと襲い掛かる。
「‥‥く‥‥っ‥‥」
セラ機、被弾。打ち所が悪かったのか、衝撃がでかい。ディスタンの防御力をものともせず、弾幕は装甲ごと機体を吹き飛ばす。
交戦? 違う、これは一方的な殲滅戦。正体不明の襲撃者はおろか、キューブワームにすら手出し出来ていないのだから。
どこだ―――どこにいる。
そう考え、焦り、視界を走らせる内にも弾幕は止まず、次は緋沼 京夜(
ga6138)機へと襲い掛かった。
「やられて‥‥たまるか‥‥っ!」
反射的に叫び、エンジンの出力を最大にした。京夜の機体はスラスターとブースターを限界まで積み上げた回避仕様、それに今は莞爾の岩竜による援護もある。
目に砲撃の光を捉え、直感の示すままその方向から全力で離脱。速度が体を圧迫し、呼吸が止まる。体にかかる圧力はそのまま機体の疾速を示し、流石に振り切ったかと――目にしたバックミラーには、寸分離れず、高速で追従してきた弾幕が映っていた。
「‥‥何‥‥っ!?」
京夜機、被弾。損傷を表すデータがヘッドアップディスプレイを駆け巡り、フィードバックされた痛みが体を貫く。出力低下、武装破損――悪い知らせが次々と機体から確認される。
敵の攻勢はまだ終わらない。別の弾幕が無月と月神陽子(
ga5549)にも降り注ぎ、その機体を射止めた。方向の見えない攻撃は大きく離脱して回避する他なく、しかし、傭兵達が回避する速度以上に敵の弾幕は的確で早い。
無月の機体が捕らえられ、被弾が重なる。‥‥かは‥‥、と、苦痛に喘ぐ声が漏れた気がした。
「‥‥無月さんっ!!」
由梨から悲鳴が漏れる、桃香が前に出る隙もない、無月の機体が煙の中、ぐらりと揺れた。
横殴りに走る衝撃、如月の機体を未だ止まない弾幕が捕らえ、機体の一部が破損する。幸い、浅い。体の痛みに歯を食いしばり、慌てて体勢を立て直す。
―――瞬間、黒い影が、由梨の頭上をちらついた。
「‥‥如月、逃げろ!!」
届かない声が、御影・朔夜(
ga0240)から飛んだ、そして声の代わりに放たれる撤退合図の照明弾。
「‥‥‥‥‥‥!!」
一瞬だけの迷い、バックミラーが映し出すステアーの機影、黒い弾幕が由梨に向かって放たれた。
ぁ、と、急速に渇く喉。躊躇う由梨を弾幕が容赦なく捉え、装甲を抉る。二度目の衝撃。
ぐらりと、由梨の機体がバランスを崩す、墜落しそうになるその姿に、意識の朦朧を振り払い、無月が目を見開いた。「由梨‥逃げて‥!」
届かないのを承知で、しかし無線へと叫ぶ。絶えずノイズを吐き出す通信はその返事を返さない。
コックピットごしに、目が合った気がした。戸惑う、由梨の顔。判っている、無月の機体は既に飛行能力を喪失していて、最早離脱すら不可能だと。
思考は冷酷に結果を弾き出し、そこから先に進めない。見捨てる―――‥‥? 出来るのか、自分に。
「‥‥早く‥‥!」
思いを喉につっかえさせたまま、由梨が機首を持ち上げた。瞬間、吹き上がる煙幕が周囲一帯を覆う。
煙幕は由梨を隠し、無月を隠し、周辺の仲間達を覆い隠す。煙の援護の中、フォワードとバックスが入れ替わり、そのままUターン。バックスを殿に、離脱行動に入った。
弾幕は止まない、南部機が捉えられる。轟音。装甲が吹き飛ばされ、中身の機械が見た目も無残に露出する。
ソードが機体を滑り込ませ、祐希の援護に入った。しかし拙い。被弾箇所は選んでいるが、それ以上に被弾回数が多すぎる。純粋に耐久性が限界を迎え、機体が砕け始めた。
煙を上げ、機体高度が下がる。被弾こそなくなったものの、制御困難に陥った機体は失速を免れない。
墜落、祐希からは歯噛みが漏れ、ソードからは制止と驚愕の混ざった声が上がった。
今回の作戦、含まれる危険性はなんだったのか。それを防ぐには何をするべきだったか。
祐希を撃墜した弾幕は、次に桃香へと向かう。牽制攻撃は放てない、そもそも敵機影が見えないのだから。
全力で離脱行動を行い、煙幕の先へと飛び出す、煙幕を突き抜け、重なる弾幕。
「平坂さん‥‥!」
ベル(
ga0924)がその先に向かって煙幕銃を更に放つ、幸い、相方の朔夜も今すぐ逃げるつもりはないようで、撤退の援護を行う事に問題はなかった。
目には見えず、体で被弾した事を感じながらも、桃香は飛行速度を緩ませない。
「緋沼‥‥いけるか」
辛うじて飛行を保っている京夜の後ろにつき、莞爾が問いかけた。
「ああ‥‥なんとか、な」
あちこちいかれてはいるが、戦闘行動にさえ拘らなければ、なんとか飛行は続けられるだろう。後一撃食らえば崩壊するような様相だが、やれる所までやるしかない。
計器類を見る、岩竜の支援の下、ジャミングの緩和は行えている。しかし、あくまで焼け石に水と言った程度、幾重にも重なるジャミングはささやかな抵抗をたやすく塗り潰し、機械を狂わせる。
―――‥‥やはり、キューブワームを撃墜するしかないか。
今回の戦い、覚悟は出来ていたのだ、警戒も。しかしそれだけでは、この戦線を突破するのには到底足りない。
「く――‥‥!」
朔夜に迫る弾幕、マイクロブーストを起動して高速機動を行う朔夜。しかし弾幕はそれ以上の速度をもって朔夜に追いついてくる、着弾。
機体の酷使、体に掛かる負担に息が切れる。体が寸断されるような激痛、揺れ動く視界の中、ステアーの機影を捉えた。
ステアーの存在、イコール味方機撃墜の原因。本当にそうなのか?
‥‥違う、そうじゃない。本当の原因は事前に予測された“隠された何か”。通称レッドデビル、姿の見えない襲撃者。
杞憂ではなかった、事前に感じていたのは見落としによる危機感。背筋がざわつく、あの感触――。
陽子もまたステアーを視界に捉えていた。長く感じる僅か一瞬、葛藤に唇を噛み、顔を背けるように視線を逸らした。「手は‥‥出しません。もちろん、不本意です。
不本意です、不本意ですとも!!
‥‥けれども、無理に戦いを挑んでも、彼は答えてもくれないでしょう。
今、わたくしができる彼に対する最善手は、彼を出し抜いて情報を持ち帰ることです」
体は破損で痛む、ステアーに背を向け、煙幕の奥深くへと飛び込んだ。被弾が重なる中、必死で飛行を保つ。
ベルと朔夜を追い抜き、その直後に二人も追いついてくる。損傷の激しい朔夜機をベルがガードし、ブースト点火。
「また‥‥お会いしましょうジャック。次は殺しあえる場所で」
離脱、出来るかのように見えた。
「そうだな‥‥」
ある筈のない返答が聞こえる、それは、恐らく嫌な予感と呼ばれるもの。
「―――生きて帰ってこれるならな」
疾駆する中、バックミラーが不吉に光を反射する、まさか、関係ない、でも。
一瞬がスローモーションで見えた。煙幕を切り裂き、空間を切り裂き、迫り来る光の奔流。
先端から砕かれる夜叉姫の機体、ベル機が払われ、掠った朔夜機が吹き飛ばされる、
「ぁ‥‥」
一瞬だけ飛んだ意識に機体がぐらつき、夜叉姫が堕ちた。
●生還
「は――‥‥、‥‥――‥‥、けほっ‥‥」
肉体の損傷が意識を刺す、呼吸すら止まりそうな激痛の中、苦痛に喘いだ。
いっそこのまま気を失ってしまえば楽なのだが、そうはいかない。力を振り絞り、手を伸ばした、まだ動く。上体を起こす、肩がずきんと痛んだ。
その後、ラスト・ホープ。
戦いで重傷を負った朔夜、京夜、桃香は医務室へと送られ、現在進行形で絶対安静を命じられていた。
撃墜された五人は、救助隊が捜索にいったらしいが、どうなったのか。そんな事を思う一行の前で、扉がノックされたのち、ゆっくりと開く。
依頼説明の担当者、そして事後処理を手配したクラウディア少尉が入ってきた。
「クラウディア‥‥!」
捜索はどうなったのか、そう訴える一同の視線が集う。呼び出しをかけていたのか、軽傷だった他の四人も集まっていた。
「大丈夫だ、五人とも回収した、今は別室で治療を受けている。流石傭兵というか‥‥」
そう答える少尉は視線を手元の袋に注ぐ、治療のため外され、袋ごとに纏められた五人の装備へと。
照明銃、暗視スコープ、双眼鏡、エマージェンジーキット、呼笛、トランシーバー、方位磁石、救急セット‥‥。
その袋を部屋の隅に置き、能力者達が寝ているベッドの方へと歩んでくる。
「‥‥ま、割と準備してたみたいだな、生き残る訳だ。その点だけは評価しているよ」
後心意気もな、そういって困ったように笑みを零した。
「戦闘は兎も角として、分析面は半分だけ及第点だ―――ほら」
戦闘報告書。
一行を襲撃したのはレッドデビルで間違いないだろう。光学迷彩に加え、桁外れの火力、異様なまでの命中精度。
一対一で勝利するのはまず不可能だと記された上に、傍の注解には『攻撃回避、恐らく不可能』と書かれている。
瞬殺を仕掛けられ、そう余裕がなかったせいか――他の項目は推測や不明の点が多かった。ひとまず確からしいのは『敵が攻撃に移っても、光学迷彩は解除されない』と言った所か。
だから半分だけ及第点、なのか。残り半分の不合格は、見届ける事が出来なかった分だろう。
そして密かにもう一枚、下に重ねられた損害報告書。
撃墜された五名の機体は回収不可能、それについては同じ仕様の新機体をあてがうものとする。
また、放棄した機体は鹵獲された可能性高につき、要注意―――。