●リプレイ本文
広い空を、急行する十機のナイトフォーゲルがいた。高速は空に轟音を残し、しかしそれを顧みる事無く一行は駆ける。
高速の理由は彼らの目的にあった、緊急任務なのだ、一刻たりとて猶予はない―――それだけの。
空気はぎこちなく張り詰め、躊躇のような、或いは困惑とでも言うべき要素を混ざらせている。出撃前はそれほどでもなかったのだが。
今回の戦闘対象、報告された赤い鹵獲バイパーに月神陽子(
ga5549)は心当たりがあった。
‥‥偵察でサラゴサに赴いた時、撃墜され、鹵獲された自分の愛機。
ハンノックユンファランが語ったその経緯―――恐らく、間違いない。
自分の機体が、思い焦がれる男から別の女の手に渡り、友軍を襲撃している。
困惑か悲しみか―――怒りがあるのは違いなく、それは自分自身に向きかけてるようにも見える。
圧し掛かるやるせなさ、無力感。鈴葉・シロウ(
ga4772)は心中複雑な陽子に「いぢいぢと悩み続けているとキスしちゃいますよ?」「取られたなら取り返しましょう」そういつもと同じに見える調子で声をかけ、大丈夫ですと返す彼女に「帰ったら大人のキスを教えてあげますよ」と言えば、陽子は笑みを返し、
「‥‥わたくし、なんか空耳が聞こえたのですが」
手がかかった日本刀、峰は陽子の方を向いていた。
思いに囚われた機体、か。自分はただ雇われた一兵卒、要求された通りに作戦を遂行するのみだと雑賀 幸輔(
ga6073)は心に思う。
しかし、こうも思うのだ。偉そうな事を言うつもりなどない、でも、自分に出来るなら舞台は整えてやりたいと。
思いを貫く事、それが雇われた身に許されたプライドなのだと信じて。
目的空域に突入する、一行は計器の示すままに現場へと急行し、見えたのは、赤いバイパーが最後の護衛機を食い尽くす所だった。
●
輸送機を追い越して、敵勢へと接敵する。
煉条トヲイ(
ga0236)と如月・由梨(
ga1805)、御影・朔夜(
ga0240)とゼシュト・ユラファス(
ga8555)はキューブワームへと向かう。
近伊 蒔(
ga3161)、九条・運(
ga4694)、リャーン・アンドレセン(
ga5248)、幸輔は突入せず輸送機を囲み、取り巻きのポジションを取る。
「FRは当初は高みの見物、タイミングを見計らってコンテナを強襲して来そうだな」
リャーンが呟く。ファームライドは短期決戦型だ、ハンノックユンファランの性格上、長く戦場に留まることはないだろうし、僚機の損傷が高くなれば撤退する可能性は高いだろう。
となると、いかに敵にダメージを与えながらコンテナを守りきるかが肝心になる。
「重要物資の輸送‥‥ファームライドの襲撃‥‥。余程の物が積んであるらしいな」
トヲイが言葉を漏らす、なんとなく積荷の想像はついてしまうのだが‥‥邪推はよそう、中身に関係なく守り抜く迄だ。
進路上のキューブに狙いを定め、UK−10AAMを打ち込んでいく。ジャミングがきついせいか、誘導は上手くいかない。
攻撃に反応し、キューブが電光を散らす。
僅かな苦渋を感じながら、距離をぎりぎりまで離して再試行。距離が離れるとやはり命中精度が下がるのだが、ジャミングをまともに喰らうよりはましだ。
照準を合わせ、攻撃を加える。精度はとても褒められたものではないが、地道にダメージを重ねる事は出来ていた。
ゼシュトがキューブたちを射程内に捕らえ、K−01ミサイルを放つ。一機につき50発、五機を纏めて攻撃する250発を二回。
「忌々しい奴等だ‥‥墜ちろ!」
重なる着弾音。事前に攻撃を加えられたキューブが破片と化して墜落し、無傷だったキューブも半壊へと追い込まれる。
朔夜が追い討ちをかける、連射する。僅かに弾頭がぶれながらも着弾、キューブの装甲が大きく抉られ、ぱちぱちと別種の電光を散らす。
爆発。
ある程度キューブが落ちたのを確認し、進路上の残敵をシロウが蹴散らしながら、陽子と共に鹵獲機へと突っ込んだ。
「彼女が泣いているのが聞こえます‥‥。
どんなに傷ついていたとしても見間違うものですか、アレはわたくしの夜叉姫です!!」
間違いない、赤いバイパーはサラゴサで落とされた、陽子の夜叉姫だ。かつて受けた傷もそのままに、戦場へと狩り出されている。かつて置いてきた、そのままに。
復帰したセンサーが悠然と空を行くファームライドを捉える、その位置は運の手によって、即座に全機へと伝わった。
リャーンが照明銃を打ち出す、ぶれた光学迷彩によって目視が可能になる。
仕掛けた。
ガドリングを放つ、ファームライドはリャーンと運が放って見せた二つをいずれも軽々と避けてみせる。
反撃がきた、砲火が煌き、二人へと殺到する。
見えた、でも避けられない。着弾、爆音が響く。
離れた場所から機首を返し、キューブ達を完全に駆逐した朔夜とゼシュトが参戦する、朔夜を前衛に、ファームライドへと迫る。ついて行く訳ではない、ただ後方につく。
「‥‥行くぞ」
朔夜が呟く合図はそれだけ、でもそれで十分だった。
ブーストとマイクロブーストを起動する、速度を上げ、朔夜機から射出されるUK−10AAM。回避軌道には面を凪ぐようにガドリングが散り、それを更に追い討つように朔夜がG放電装置を散らした。
息もつかせぬ連続攻撃、着弾。
ペイント弾こそ辛くもかわしたものの、G放電装置に捕らえられたファームライドの光学迷彩が剥がれる。
まだ終わっていないと、更に突っ込んできた朔夜がリニア砲を向けていた。
少しは危機感を覚えたのか、ファームライドの速度が上がる。零距離間近で撃たれたそれをでたらめな速度で回避、ファームライドと朔夜の機体が交差した。
「ルウェリンほどの技量ではないとは言え、機体性能は流石か――だが‥‥!」
●
陽子の夜叉姫と、囚われた夜叉姫が交差する。
赤と赤が、空中でぶつかり合っていた。
「ジャックもジャックです!! わたくしの夜叉姫を、あんな女に贈るなんて‥‥。
呪いで人が殺せるのなら、今、丑の刻参りでも何でもやりますわ」
『貴女よりはあの方を楽しませて差し上げれてよ。ジャックったら、戦いに張り合いがないと零すんですもの』
クスクスと、ハンノックユンファランの声が回線から響く。
黙れ、陽子はそう心の中で思い、
「かつて‥‥これほどの怒りを覚えた事はありません。
二重の意味で許せません。必ず殺ると誓ったのは、貴方で二人目です」
『まあ怖い。それともジャックと一緒で光栄だと言うべきなのかしら?』
鈴のように響く声は、あくまでも涼やかだった。
「黙りなさいユンファ!! 貴方の名前は長すぎるのです!!
ハンノックユンファランなどといちいち呼んでられません。貴方などユンファで十分です!!」
『そう、お好きになさったら?』
どうでも良い事ですもの、そう彼女は言う。
戦いは続く、鹵獲機の進路を、シロウの放ったUK−10AAMが阻む。
―――鹵獲機は避けない、避けもせず、そのまま頭から突っ込んでいく。
爆音。
「‥‥‥‥!?」
やってしまったかと、思う。だがそれはなかった、直後、煙を突き抜けてくる機影に新たな傷は刻まれていない。
なるほど、と彼は思う。あらゆる意味で、この機体は確かに夜叉姫なのだと。
―――その動きはかつて陽子と共に駆けた時とまったく同じ姿で。
相手が挑むのは真っ向勝負、となれば、陽子の本懐が遂げられるようにするためには、体を張るしかなさそうだ。
―――戦い方も、性能も。込められた思い、コンセプトもまったく同じ。
構わない。
「今日の私は全力全開で――英雄の介添人ですから!」
速度を上げ、鹵獲機に挑む。放つ弾幕は鹵獲機が苦手な3.2cm高分子レーザー砲、鹵獲機は戦闘本能に従い、こっちを向かざるを得なくなる。
猛攻がシロウへと向く、それを彼は集中力をフル酷使して避け、
敵攻撃のタイミングを見計らい、エアブレーキをかけ、一気に機体の速度を落とした。
シロウの機体が失速し、鹵獲機の速度についていけなくなる。目標が消え、攻撃を空振りした鹵獲機が空に取り残される、それを見計らい。
いつの間にか上空に回っていた陽子が、ブースト空戦スタビライザーを起動し、
「‥‥今、解放します‥‥」
突撃をかけた。
操縦桿に、思いをかける。
全ての思い、全ての力をかけた陽子の六連続攻撃が鹵獲機を粉砕し、空中にて自爆した。
●
由梨とトヲイ、大型ヘルメットワームとの戦いは十秒僅かで決着がついた。
ブーストを点火し、SESエンハンサーとアグレッシブ・フォースを併せたいきなりの全力攻撃。
「大型HWを如何に迅速に墜とすかが勝負の鍵――上等だ、速攻で墜としてみせる‥‥!」
由梨が足止めを狙うどころではなく、放った初撃でトヲイのその言葉通りになった。
KA−01試作型エネルギー集積砲、量産型M−12帯電粒子加速砲。ちょっとやりすぎたでしょうか、そう由梨は思うが、オーバーキルという様子も見受けられず、むしろ丁度良かったのかもしれない。
勝てたのは、全力を出したから。これでも最悪な敵勢なのだと、そう由梨は思考の隅で思い、息を吐いた。
機首を返し、護衛班の援護へと向かう。鹵獲機の方はもうすぐ終わりそうだ、支援は必要ないだろう。
‥‥また、レッドデビル。
依頼での交戦、由梨はこれで三回目だ、今回はサラゴサの時にいたゾディアックだろうか。
あの時の敵かどうか確かめたい、正しくは、あの人を落とした敵なのかどうか―――
―――もしそうだったら。ふと昏い思考が頭をもたげる。
いえ、と、理性がそれを否定した。
冷静に、熱くなりすぎてはいけない。まずは目の前の敵に集中しなければ、そうでないと、勝てる相手だとしても勝てなくなる。
お互いの距離が縮まる、無意識に移した視線がコックピットの人影と合い、
―――くすりと、そのパイロットは笑って見せた。
『‥‥奇遇ですし、少しお喋りをしてあげますわ。サラゴサで鹵獲した機体、出撃しているのはこの子だけではなくってよ』
思考が一瞬止まる、‥‥彼女が何を言っているのか判らない。
『貴女と同じ、F−108‥‥そう、ディアブロって名前だったかしら‥‥?』
―――女の声が耳で無機質に響く、理解したくない、だって、その言葉が意味する事は。
―――サラゴサで落とされたディアブロは一機だけ、そう、それはあの人の―――。
大西洋あたりにいる筈だけど、そう彼女は前置きし、
『今頃、お仲間の手によって袋叩きの真っ最中じゃないかしら? ‥‥それとも逆リンチかしらね』
ぐらりと、視界が揺れた気がした。
瞳が険しく真紅を増す、乾いた唇が僅かに開き、声が漏れる。
「貴女、は―――」
漏れる言葉は掠れていて、はっきりしない。喉が痛い、あの時の痛みを思い出す。
―――そう、彼女は陽子の機体だけでは飽き足らず―――。
「あの人の機体を‥‥っ!」
怒りが声ではない絶叫として爆発した。告げられた言葉に、朔夜までが瞳を細める。無感動に静まった思考で、何かが揺れた気がした。
冷静に、そんな言葉は吹っ飛んでいた。
ブースト点火、アグレッシブ・フォース――ON。
こいつを討つ前にと―――朔夜が口を開く。
「一つ聞きたい――Mと言う男を知っているか?」
『答える必要があるのかしら?』
「そうか」
ゼシュトが苛立ちに止めるまでもなく、会話は終わった。
由梨とトヲイが乱戦に加わる、戦場が一層めまぐるしく動き始めた。
輸送機を囲む護衛たちをファームライドが襲い、そのファームライドを他の四機が更に襲う。
「‥‥ハンノックユンファラン。一曲、お相手願おうか――それとも、俺では役不足かな? 行くぞ‥‥!」
―――人の心を踏み躙る彼女のやり口‥‥気に食わん。
一瞬で終わる死よりも、永遠に引きずる苦しみを‥‥これが彼女の人類に対する復讐なのか。
考えに答えは出ず、心に陰鬱とした影を落とすのみだった。
ファームライドに挑む、SESエンハンサー、ブースト空戦スタビライザーを乗せた連続射撃、3.2cm高分子レーザー砲がファームライドに襲い掛かる。
それを由梨が更に追い討ち、G放電装置が迸った。
激しい閃光が空を走る、ファームライドは距離をとってトヲイのレーザーをかわし、由梨の攻撃を赤光によって弾く。速度が落ちた一瞬にリャーンからG放電装置が放たれ、しかしそれは届く事無く空中に散った。
めまぐるしいダンスだ。
攻撃の嵐を走り抜けたファームライドから、大量に弾幕が放たれる、各個別の目標に飛ぶそれは、
「K−01ミサイルか‥‥!」
『あんな不良品と一緒にしないで欲しいですわね、あの出来で金を取ろうなんて、詐欺で訴えますわよ?』
爆音が連続した、由梨とトヲイ、朔夜とゼシュトがそれぞれ弾幕を浴び、機体にダメージを受ける。
残り一対象は幸輔に向かい、反射的にそれを避けようとした彼はしかし、
―――駄目だ、避けられない。
避けなかった。
爆煙が上がる、後ろに輸送機がいる状態で、避ける訳にはいかなかった。
弾幕が幸輔の機体を打ちのめす、彼が避ける事が出来ない事を承知で、次々と、わざとらしく。
当たり場所を調整する余裕などない、アクセルコーディングを起動し、必死に耐える。
「が‥‥っ!!」
主翼、エンジン部損傷。機体が限界に達し、飛行を支えきれなくなり。
落ちた。
「‥‥っ!」
疾走はまだ止まらない。再び飛んできた朔夜の突撃を今度はかわし、横合いを取って挟み撃ちを回避、機銃を向ける。
銃声と、空を切り裂く乾いた音。
着弾を確認せず、自分の傍から飛んできたレーザーをファームライドは機体を落として回避、すぐさま浮き上がって朔夜に追い討ちを放ち、妨害しようと接敵する他の機体に向けてK−01ミサイルを放つ。
着弾の爆音が空域を覆う。
―――そして、空域をつきぬけ、ファームライドは機体を引いた。
―――逃げるのか。
思わず手を止めた一同に同じ思いが浮かぶ、反対側から陽子とシロウが向かってくるのが見えたが、逃げるなら追わないと。しかしハンノックユンファランは首を振り。
『いいえ、後ろをご覧なさいな』
何事だと、思わず後ろを振り向いた、同時に、回線から陽子たちの切羽詰った声が響く。
「皆様‥‥後ろ!」
そこには黒い煙があった、何度か戦場で見慣れている黒い煙が。
その根元には炎があった、そこには、機体から火を上げ、バランスを崩し、輸送機の墜落する瞬間が―――
―――しまった。
『輸送機を伴ったまま戦闘するから、こういう事になるんですわね』
ハンノックユンファランが笑う、最早手の施しようのない事態を憐れむように、チェックメイトだと、嫣然と微笑んだ。
『あなた方が帰りなさいな。わたくしは寛容ですから、今回位は許してあげてよ?』
それを言うのは本来自分達であったはずなのに―――しくじった。
コンテナ結果―――『ハズレ』。