タイトル:【和の誘い】簪マスター:音無奏
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 53 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/07/17 03:51 |
●オープニング本文
そよ、と風が大地を撫でる。並木の枝葉がそれに靡き、ゆらゆらと揺れた。
中世の景観を色濃く残すその町はさほど大きい訳ではなく、しかし古めかしく美しい風景を有していた。
その店は住宅地に近い、商店街から外れた一角にあった。
道幅は広く、両端には白い歩行道、白い町並みがずらりと並ぶ。
ややくすんだ赤褐色の屋根、窪んだ白枠の大きな窓からは、日差しに浮かび上がる店内が一望出来る。
木枠にダークグレーの硝子をはめ込んだドア、その頭上には看板が掲げられ、ゴシック体で店名が記されている。
―――残念ながら、ここはどこにでもありふれたアンティークショップではなく、『和風』アンティークショップだと記されていた。
●アクセサリー屋『シンマァ』
白昼、その店内にライトはついていない。大きな窓からの採光は良好で、昼の内はつける必要がなかった。
多段重ねの木棚には薄いテーブルクロスが敷かれ、その上には色んな髪飾りが所狭しと並び立てられている。
西洋のものとは違う、オリエンタルな髪飾りはどれ一つとして同じ物がない。それは使う生地の模様が違っていたり、飾られた装飾が違っていたりと、一つ一つが独特の華を咲かせていた。
店番の女性曰く、これらは全てが手作りであるとの事。
素材は東方の島国から直輸入し、それを祖父が髪飾りに仕立て上げる。
場所柄がドイツであるせいか、純和風な髪飾りだけではなく、どこか洋風のテイストが入っていたり、洋風の髪飾りに少しオリエンタルを加えたらしきものも並べられていた。
並べられているのは、髪飾りのみ。
ある分野一筋で心血を注ぐ、それがこの店だった。
●工房『ファーデン』
『シンマァ』の隣には、その祖父が構える工房がある。
店と違い、来客を想定していないその場所はやや無骨で、雑然としていた。
工房の中央に置かれた大きな机だけが、唯一工具のみを置いてきちんとしている。ここでは、髪飾りを自作したり、作成の依頼が出来るらしい。
店の中にいるのは、やや頑固そうな老人が一人と、まだ小さい女の子が一人。
子供に遊んでいるのかと声をかけると、「これでもちゃんと店員の一人なのよ!」と怒られた。
髪飾りを自作したいなら彼女に、凝ったものの製作を依頼したいなら祖父に頼むといいかもしれない。
自分の手で自分だけの髪飾りを、店にはない、合わせ物のアクセサリーを作るのも一興だろう。
●噴水の地
店からすぐ近く、道の交差点らしき所には大きな噴水があった、
弾ける水が初夏の日差しを反射して美しく煌く。噴水の周囲にはベンチが設置され、外周の並木付近にもまたベンチが設置されている。
この付近は車が入れず、歩行人専用らしい。
建物の白、背景を埋め尽くす並木の緑、水と空の青が美しい風景を描く。初夏でもなんとなく涼しげなのは、緑が多いせいか、それとも噴水のお陰か。
店を眺めるのに疲れたなら、ここで一休みするのも良さそうだ。周囲の屋台ではアイスクリームや飲み物なども売っていて、体を休める手伝いをしてくれるだろう。
休むのに飽きたら、少しばかり散歩にいくのもいいかもしれない。
コントラストが強い町並みは、初夏限定の風景なのだから。訪れる機会があったのなら、一度歩いてみるのはどうだろうか。
「‥‥6月17の日はクレハの誕日でな」
どこにいくのか。挨拶がてら、移動艇へと向かう二人を呼び止めた答えがそれだった。
今日はオフの日らしいが、相変わらずの軍服を着用したクラウディア・オロール(gz0037)中尉と、いつも通り着物を纏っているクレハ・サザナミ(gz0077)嬢の二人が此方へと振り向く。
突拍子もない言葉に驚く傭兵達を気にする素振りもなく、当日は出撃中で祝ってやれなかったが、今から祝いの埋め合わせにいくのだとクラウディアは続けた。
休暇がてら、地元の、やや風変わりなアンティークショップに行くのだ、と。言い終わった後に、それなりに良い場所である事を、思い出したように付け加える。
「髪飾り専門だから、基本的に女向けだが」
そう言って言葉を切った。直後、クレハと重ね合わせた掌、見合わせる顔で何か意思を交わし、
「‥‥仕事がないなら、一緒に行くか? ‥‥休暇を過ごすにも悪くない場所だ」
●リプレイ本文
始まりは歓声から告げられた。
事前に手回しが行っていたのか、大人数の訪れにも店は混乱を見せず、細やかな気遣いで秩序を守っていた。
●アクセサリー屋『シンマァ』
「うわぁ‥‥うわぁ‥‥」
ヴァシュカが並べられる髪飾りに目を輝かせる。
はぐれないようにと、誠の服を掴みながら、溢れんばかりの笑顔を彼へと向けた。
「今日はお互い良い日になるといいですね」
笑顔に微笑みで応え、誠がそう言葉をかける。店内は既にはしゃぎ声で満ちていた。
あすかのテンションが高いのは、可愛く大好きな呉葉がいるためか、愛輝が二人に髪飾りをプレゼントしてくれる事も一因だろう。
喜びが結構‥‥どころか、かなり顔に出ている。
季節は初夏、日差しはやや強いものの、折角だからとあすかは髪も結んでいない。
髪飾りを次々と試し、はしゃぐ二人を愛輝が一歩下がった所で何処か楽しげに見つめている。
付け替えの度に感想を求められれば、その一つ一つに「ああ、可愛い」「似合っています」と言葉を返し、普段硬めの表情も今は少し柔らかい。
普段お世話になっているお礼だと、プレゼントの選択を二人に一任した結果、あすかは余り目立たない小粒の髪飾りが、呉葉はお団子に合う熊と星の髪飾りを気に入ったようで。
時折、日差しを反射したあすかの髪飾りがきらりと輝き、それでいいのかと尋ねる愛輝に二人は頷く。
「いつも有難う」
そう言って彼の手からプレゼントが差し出される。二人はその場でそれを髪に留めてみせ、互いに見せ合い、笑みを零して愛輝へと礼を述べた。
「ありがとう。大切にするね」
一方、宗太郎は膨大な髪飾りを前に困っていた。
大まかなイメージこそ出来ているのだが、普段髪飾りに興味がないのが災いし、どんな種類があるのか見当もつかないという――。
「‥‥すみません、髪飾りでこういうのないですか?」
花を模した髪飾り――鈴蘭とか――白を基調とした髪飾りが欲しいのだと店員に助けを求める。此方へどうぞ、そう導かれる先で当のその相手、花とすれ違った。
「蒼が好きって言ってたっけ‥‥」
何を選んでいるのか覗こうとしたら、まだ秘密だよと花は笑ってはぐらかし、髪飾りを選ぶ彼女の表情は迷いつつも楽しげで――宗太郎の横顔を覗き見れば、花の口元が小さく綻ぶ。
―――此処はドイツ、宗太郎クンのもう一つの故郷でもある場所。
いつか一緒にいけたらいいなと思ってはいたが、こんなに早く願いが叶うなんて。
短冊に願いを書いておいて良かった、そう思って笑みを零す。
叶は自分用に簪を見繕っている。華美なものは好まず、シンプルなものを選んだ。
簪の色彩は赤を基調に、店員に試着の許可を得、髪をアップにすると鏡の前で試しに挿してみる。
「あ、なかなか良いですね」
数本試し、気に入ったものがあったのか、ではこれにしますと一つを手に。その際、色違いのものをもう一つ手にとって。
「誰にあげるかは秘密です」
お土産に買っていくのだと、にっこりと微笑んだ。
お互いに似合う簪を見つけたのか、ナレインと夕貴は見せ合いを始めている。
「はい! この簪どうかしら? 凛としたあなたにピッタリだと思うの♪」
ナレインが満面の笑みで差し出したのは、小柄の桔梗を三つほどあしらった簪。
派手なものではなく、どちらかというとシンプルに近い。つけられた小さな鈴が揺らす度に涼しい音を立てた。
夕貴が選んだのは下がり藤の簪。
彼のナレインへのイメージはブルーローズで――でも、そのまま青い薔薇のアクセサリーではいささか意味がない。故に青薔薇のイメージに近い藤色を選ぶ。
顔を赤らめ、綻ぶ笑顔でナレインはそれに応えた。
「ありがとう‥‥ずっと大切にするわ♪」
仲の良いお友達が自分のために選んでくれた事が、すっごく嬉しいのだと、その表情は語る。
時折感心した言葉を零しながら、ヴァシュカ達は続き店内で歩みを進めていく。
「こ、これ綺麗ですよね♪ ‥‥こんな感じにも作れるんだ‥‥」
気に入りましたか? そう問う誠にヴァシュカが頷くと、それを借り受けた誠がレジへと赴き、代金を支払うと戻ってきてヴァシュカへと差し出した。プレゼントだと。
「え‥‥っ!? 宜しいんですか!?」
「今回一緒に回ってもらったお礼だとでも思ってください」
「あり‥‥がとう‥‥」
俯いて、小さなはにかみを漏らす。
嬉しさに溢れる心の片隅で、いつもと違う新鮮さを感じながら。
早速髪につけ、くるりと身を回した。白い髪が揺れ、勿忘草色のワンピースが揺れ、首をかしげるとサングラスの奥で片目を閉ざして笑う。
「‥‥似合ってますか?」
いいと思いますよ、そう彼が穏やかに返す。
店内をもう少し見て回る、嬉しさの名残に足取りを弾ませながら、歩みを進め、鈴蘭が一杯飾られた棚へと踏み込んだ。
クリップタイプの、小さめな鈴蘭のピン。
‥‥うん、こういうのがいいかもしれません。
周防さん、そう声をかけようとした二人の視線がぶつかった。
ヴァシュカの手には、小さな鈴蘭のピン。
誠の手には、鈴蘭を模した髪飾り。
振り向いた二人の手にはそれぞれ似たようなものが輝いていて、お互い話しかけようとした結果、思わず言葉に詰まる。
「‥‥これお返しです‥‥。こういうタイプは鞄とか服に着けても映えるんです」
「鈴蘭を贈られた人は幸せになるっていう話を思い出しまして、良ければ貰って下さい」
手を伸ばし合い、お互いの贈り物を取って、自分の贈り物を差し出す。
少し、可笑しさに笑いを漏らした。
お揃いですね、とか、偶然ですね、とか、そんな言葉の代わりに漏れる笑い。
「それじゃ、もうちょっと見て回りましょ♪」
誘いに誠は頷き、誰ともなく小さな呟きを漏らした。
「こういうのが‥‥日常になればいいんですけどね‥‥」
友人のなつきに挨拶を済ませ、クラウディア・マリウスは店の中を見て回っていた。
「わぁ、凄いっ!」
自分用に髪飾りを選ぶと言ったものの、どうしようかとまだ悩んではいる。
普段こういったものを使わないから、何が自分に似合うのかよく判らず――とりあえずは試してみようと、試着許可を得て気になるものから手に取っていた。
一つ、一つ、手作りの髪飾り。
作った人の気持ちが溢れていて素敵だよね、そんなどこか優しい気持ちになる。
どれも素敵で困ってしまって――視線を店の中に回し、クラウディア・オロール中尉を見つけた。
クラウディアの視線に気付くと中尉はクレハと共に向かってくる。ぬいぐるみを抱いた愛紗が二人の後ろをちょこちょことついてきた。
自分に合うものを探して欲しい、出来れば任せたいのだとクラウディアが言うと、クラウディア中尉は穏やかに頷きを返す。
「そうだな‥‥」
店内を見回し、コームを置く棚へと歩みを進める。深藍のリボンを手に取り、こういうのが似合うのではないかと戻ってきて髪に添えて見せた。
深藍に灰緑を混ぜ、銀糸と白桜が飾られた和柄のリボン。銀星が流れる簪を共に差し出す。
組み合わせに幅が出るから一緒に使うといい――着物と合わせるにも悪くない筈だと穏やかに告げた。
物思いにふけながら、なつきはハバキと共に店の中を進む。
ハバキがかける言葉には穏やかな笑顔で言葉を返し、一生懸命髪飾りを選んでくれてる姿にくすぐったさを感じつつも、真っ白な心に、その記憶を大切に大切に収める。
色々と見て、選んで。
何を感じて、何を思ったか。
手探り感をまだ感じつつも――彼は、何が、どんなものが好きなんだろう、そんな事を一生懸命に思って。
「‥‥あ」
ふと目にとまった、とんぼ玉のアクセサリ。
‥‥彼は金属アレルギーで。
これなら‥‥そう思って髪留めを手に取る。
薄い桜色のとんぼ玉、桜のイメージにどことなく自身を重ねつつ。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥。
●工房『ファーデン』
工房を訪れる人も多い。世界に唯一つの髪飾り、思い出にするにもとても良いものだろう。
余り派手なものは好まず、凝りすぎても失敗するだけだろうと――伊織が手がけたものはシンプルだ。
‥‥細工が入れられれば、とは思いますけどね。
出来に関して妥協は好まず、下手なアレンジを加えるよりは――と、説明通りのものをきっちりと作り上げた。
ミアはシアと共に祖父の方を訪れる、元気よく‥‥喧噪一歩手前で姉妹合わせの髪飾りを作って欲しいのだと頼んで、ルビーとサファイア‥‥そう言いかけてうそうそと笑う。
同じデザインのものを――ガラスがキラキラ入った奴がいいとミアは付け足し、シアが「あまり派手にならないデザインの方が」と苦笑して付け加える。
ショートでもロングでも映えるものを、硝子の色違いで作ってくれないかと頼み込んだ。
待ってる間、ミアが女の子に話しかけようとしたが、案の定、『後にするといいのよ!』という超忙しそうな答え。
絡もうとするミアをシアがたしなめ、ふと制作中の髪飾りが目に入った。
赤と青の菱形ガラスをはめ込んだヘアピン、真鍮の縁が控えめに輝き、ガラスの底はよくよく覗き込むと落ち葉の模様が描かれていて、これは‥‥自分たちの分だろうか。
祖父の方に髪留めの制作依頼をし、涼香は菊花と共に自作簪に挑戦している。
「こーゆーのって色の組み合わせが肝心だからね〜」
涼香はどんな色を組み合わせるのかと菊花が尋ねれば、黒櫛&濃ピンクのトンボ玉簪を目指したいのだと涼香は答えた。
拙い手つきで菊花の見よう見まねをしながら――
「菊花さん、なんでそんなにお上手なの!?」
そんな言葉も零して。
「あたしはねー、青ベースで白と黄緑のマーブルが1個と、簪1本作るんだ〜、もちろん簪は豪華に! シャラシャラ〜って揺れる飾り、そして痴漢対策として柄の先は鋭くね」
どこかの仕置き人ではあるまいに――そんなツッコミが入りそうな事も菊花はニヤリと笑って話している。この後は店に戻って買い物もするらしい。
「Guten Tag,Fraulein――キミの名前、教えてくれるカナ?」
「Guten Tag! 私の名前はエアーデっていうのよ」
双子の妹のために髪飾りを自作したく、どういう色合いが似合いそうなのかアドバイスが欲しいのだと工房の女の子――エアーデにラウルは告げる。
布の花にリボンが流れるよなデザインとか考えてるんだケド、生地に悩んでいるのだ、と。
顔はそっくりで瞳の色もまったく同じ、妹は白銀のストレートヘア、当然さらさらだと付け足すラウルにエアーデは笑いを零して見せた。
自分を参考に選んで欲しいと彼が言えば、エアーデは並んでる布とラウルの顔を見比べて、
「そうね、とりあえずベースは深紅でどう? お兄ちゃん、瞳の色が綺麗だもの、合わせると素敵だと思うの」
艶やかな紅色、今様と深緑を細やかに入れた和柄のリボンはどうかとエアーデは問うた。
時にその艶やかさに気付く、深みのある色彩はその瞳にも共通するものだ、と。
飾る花の色は淡黄が清楚で素敵だろう、薄紫も添えてみたり、小さいパールでバランスを取る工夫もいいかもしれない。
野郎三人集まってアクセサリーショップというのもシュールな光景だと――クラークは思い、気にしたら負けだと諦めつつ、連れの方を見た。
ピンクオーラが濃厚な周囲に比べ――自分たちの周囲だけは、なんというか。
ビアホールで騒いでる方が似合いそうだと、そんな事を思う。
「ま、相手のいない者同士、仲良くやろうや」
そういってアッシュがくくくと笑うも、
「そういや‥‥あいつのアクセサリつけた所とか見た事ねぇな‥‥まあ戦場じゃあ当然か‥‥おし、いっちょ手作りでプレゼントでもしようかね」
そんな事を言ってたり、クレイフェルの方もなんか一人で頭ぶんぶんしてる辺り――この集いも割と色々怪しくて。
他人の目など知る由もなく、クレイフェルの悩みは続き、思考はどう言ったものを作るべきかにシフトして、黒に赤は映えるから赤にするべきか――そんな事を想像して赤くなったりしている。
涼しげな空色にした方がいいだろうか、ごまかすように慌てながら思考を切り替え――誰にごまかしているのか、とか。そんな事には気付いていない。
アッシュはバレッタを作るらしく、まずは手始めに、と桜の彫刻を入れ始めていた。
桜の花言葉は「優れた美人」「純潔」「精神美」「淡泊」、別に惚気ている訳ではないと彼は言うが‥‥さてさて、どこまで本当なのか。
「アッシュはええなぁ、彼女さんにやろ? それ。クラークは、誰への贈り物か聞いてもだいじょぶ?」
「お世話になった人にですよ」
恋人なんて色気のある話ではないと、クラークは僅かに苦笑を混じらせながら答えた。
一つ自分用に買ってみようかとは思うが――いや、流石に冗談だとすかさず否定した。後ろ髪が気にならないといえば嘘になるのだが。
赤いトンボ玉を自作するクレイフェルはるんるんと楽しそうで、簪を器用に完成させる。
ついでに同じようにトンボ玉を作って――革紐を通してネックレスに。
「‥‥や、別におそろいのモンを作ろうとしたわけやのうてなぁ」
ぽ。
「Sehr angenehm,mein Name ist Regen=Schneider☆」
レグの笑顔には嬉しさが溢れている、足取りは弾み、久々な故郷の空気に少しはしゃぎ気味。
工房内に叢雲・真琴・ラシードの姿を発見し、きゃっきゃと手を振った。
はしゃいでるのは千影も割と同じで、店にいた面子に次いで京夜にも手を振る。
エアーデに教えを乞い、千影が作るのは若草色の和柄バレッタ。アクセントには黄色い小花をいくつか添え、和やかに仕立て上げる。
「そこにいる、俺の未来のお嫁さんにつけて貰うんだぜ」
と言えば、エアーデは頬に小さい手を当て、「わぁ」とレグを見つめる千影と共に笑う。
レグが完成させたのはつや消しシルバーの小さめヘアピンに、七宝焼の紫の蝶がついたもの。
完成したそれを千影の胸元に当て、
「ネクタイピンとして使えるかなと思って‥‥どうでしょう?」
喜んで貰えれば嬉しいと、微笑んで。
まさか自分が貰えるとは思っていなかったのか、一瞬見せた彼の意外そうな表情が直後に満面の笑顔に変わる。
「まさか俺も貰えるとは‥‥さんきゅ♪」
そう言ってヘアピンをネクタイに挟み、完成したバレッタを自らの手でレグの髪へと。
「どう? レグ?」
そこそこ上手に出来ている‥‥とは自分で思うものの、少し不安そうな千影に、手鏡を確認したレグは幸せ全開の笑顔を返す。
「ありがとです、嬉しいですっ」
大事に使います、と。髪を撫でながら、喜びで跳ね出しそうな体につられ、髪とバレッタがふわふわと揺れた。
布を小さくカットしたものを折りたたみ、ピンセットでつまんで糊をつけ、土台につけていく。
幾重にも重ねて花などを表現し、それを纏めて‥‥叢雲が作るのは花簪とも呼ばれる「つまみ簪」。
二つくらいは作れそうだと、叢雲と真琴は一つを交換用にと約束していた。
叢雲から真琴に贈られるのは薄紫を基調にしたシンプルなもの、花数個と銀ビラを付けたメイン簪と、花一つを付けたピンを数本。
白い髪を清楚に引き立てる、中挿し用の簪を仕立て上げた。
「私のはこんな感じです。白い髪に合うと思ったんですが‥‥どうでしょうか?」
嬉しい、ありがとうと御礼を言って受け取り、改まったやりとりに照れて笑うと真琴も自分が作った簪を差し出す。
シンプルな二本足の簪、メインの飾玉は黒曜石色の物と白金で流水模様が入った物の二つで、細々とした飾りには薄紫、紅、真珠の小さな飾り玉を合わせている。
口にこそ出さなかったが、黒と白金、紅は叢雲の覚醒をイメージしていた。
共にいたラシードの方を見れば、リボンを相手に四苦八苦。手先こそ器用なものの、上手くイメージを纏められないせいかどこかイマイチで――。
「女の子って‥‥どういうのが、好きなんだろ? ‥‥わかんないよ」
殆ど降参寸前だった。
助けを求められれば、叢雲も真琴も、京夜も快く了承し、ラシードと一緒になって悩み始める。
出来上がったものはヘッドドレス風の大きめな髪飾り、薔薇を中心にリボンが垂れ下がり、華やかに仕上げられている。
御礼にと、自分の分を完成させたラシードは細かい作業のお手伝い。
「細かいとこは‥‥任せて。こういうのなら、得意、かも‥‥」
「緋沼さん‥‥結構不器用なんですね」
「叢雲、ラス。女装した時につけるやつも作ったらどうだ? 特にラスにはダリアの造花がついた簪とかさ♪」
女装仲間の二人に、後ろから京夜のそんなヤジが飛んできた気がした、あ、鼻血。
●噴水の地
簪作りを終わらせた京夜達は、店奥の一角を借りて和装に着替えていた。
京夜は黒の男性用着物に生成り色の羽織、藍紗は薄桃色の生地に鴇が飛び立つ姿の柄が入った色留袖。帯は緋色で立て矢結びに、折角だからと、真琴は着付けを藍紗にも手伝って貰っていた。
叢雲は濃紺の色無地の着物に同色の羽織を合わせ、真琴の着物は白地に涼やかな雪結晶と蝶柄。
「帯の結びはどうする? お太鼓じゃと味気ないし、ふくら雀や角出し等にしてみるかの?」
薄桃色の帯を持って藍紗が尋ねれば、真琴は「任せます」と言ってにこにこと笑う。
まずは少し休憩してから見て回ろうと、ラシードも伴い、五人は噴水の方に腰を下ろした。
細やかな水しぶきが日差しを反射して、目映い。
「‥‥やっぱり、誘えば、よかったかな」
真琴と共に、叢雲に奢って貰ったアイスを頬張りつつラシードはそんな事をぼんやりと思う。
どうだろうか、と。ラストホープに思いを馳せ、瞳を閉じた。
クラウディア中尉とクレハは噴水側のベンチに腰掛けている、時折告げられる挨拶と祝いに一つ一つ礼を返しながら、京夜達にも挨拶を返した。
「誕生日おめでとう♪ ぜひ2人でつまんでくれ」
そう言って京夜が和風クッキーを差し出し、クレハは笑って、クラウディア中尉は穏やかに礼を告げる。
どこかお薦めの観光ポイントはないかと尋ねれば、クラウディア中尉はある通りを指さして、
「観光ポイントとは少し違うが‥‥、散歩したいならあの通りを一周してくると良い」
並木が作る緑の天蓋が美しいから、一度行ってみたらどうかと教えてくれた。
日時のせいか、その大通りの人影は乏しく、車も見あたらない。
ごく僅かな落ち葉が白い石畳に散らばり、風に吹き散らされていた。
風は着物の裾をも揺らし、二人が付けた簪もそれにつられて揺れる。
京夜が藍紗に贈ったのは、羽を広げ、ルビー色のジュエルバーツを抱いた鴇の簪。お菓子作りと違ってこういう手作業は苦手なのか――やや不格好なものの、一生懸命作った感じに溢れていた。
藍紗が京夜に贈ったのは、二羽の神鳥を模った板飾りがぶら下がったシンプルな緋色の玉簪。簪の形を保ちつつ、ブローチのように裾に挟んで飾れるようにも加工されている。持ち前の器用さを生かして自作したらしい。
「本当に良い所じゃな、蜜月旅行でまた来るのも良いかもしれん」
婚約した二人は、蜜月で世界中を旅しようと考えていて――今回はドイツ旅行の下見も兼ねている。
静かな雰囲気につられたのか、二人の距離は触れ合うほどに近づき、くすぐったいような沈黙が僅かにあふれ出た。
「京夜‥‥あの時の言葉を、今ここで聞かせてくれぬか?」
あの時の言葉が聞きたい、と。藍紗がそうせがむ。
「こんな往来でか? こ、小声でだぞ‥‥」
人通りが少ないとは言え、完全にない保証はどこにもなく――体を落とし、上体を近づけると真剣な言葉を囁いた。
「俺と結婚して欲しい。例え断られても、俺がこの言葉を送るのは生涯でただ一人‥‥藍紗だけだ」
「ああ‥‥我も京夜のために食事を作り、京夜の隣で共に歩もう」
瞳を嬉しさに少し細め、はにかみにも似た表情で藍紗が言葉に応える。寄り添った二人の肩が触れ合い、藍紗の腕が京夜の腕の内側に伸び、指を絡め取って掌が合わされた。
噴水の方は穏やかな空気が続く、戦いの日々に疲れているのか――羽休めに訪れた能力者達も少なくはなく。
今は戦争のことは忘れようと、皆の笑顔を見て、幸せを噛みしめながら律子はベンチに体を預けている。
サナは店にも工房にも寄らず、露天を始め、周辺の飲食店巡りを開始していた。
憐は痛んできた髪のリボンを新調しに来た筈が、噴水周辺の屋台に引きつけられ、いつの間にかシュブニグラスと一緒にアイスを食べていて。
王零の口元についたクリームを憐華がなめ取り、二人が抱き合ってキスを交わすのを見れば、
「‥‥ん。これが。バカップル。勉強になる」
そんな事を言い出した。
亜希穂が老人に頼んだ髪飾りが出来る間、散歩はどうかと、正風は亜希穂を噴水の地へと誘う。
「野之垣さん、俺はあなたが好きです。俺と恋人として、付き合って下さい」
そう言って、彼女をイメージして作ったという簪を差し出す。
同じく、工房で簪が出来るのを待つ間、静と龍尾は周辺の店でお土産回りをしつつ、ゆったりと時間を潰していた。
龍尾は時折買い食いをしつつ――手伝いなので、はぐれないように注意しながら。
由梨は折角のお誘いだから‥‥とついて来たものの、気分が浮かないのか、落ち着きなさげに噴水の周囲を徘徊している。
例の、喉奥に何かが詰まった感覚はまだ消えなくて――重く黒い感情が心を暗い所へと引きずり落とす。
あの時にも感じた、目眩。
指先に力がこもる、覚醒はしていないのに、あの日から既に数日経っているのに――この暴力的な衝動――何かを壊したい――自分も――そんな感情の奔流が零れそうになる。
行き場のない感情が自分に向きそうになって――ふと、頬先にひんやりとした空気が触れた。
負の感情連鎖から自分を取り戻し、振り返ると傍にクラウディア中尉が立っている。指先には白いアイスカップが握られ、自分へと差し出されていた。
「如月」
告げられる言葉は静かで、ふとしたら聞き逃しそうになる。
「大丈夫だ、次がある」
淡泊に、言葉と共にアイスがもう一度差し出された。
受け取ったアイスは冷たくて、指先からひんやりと染み渡る。スプーンを取り、小さく一口。
ストロベリーのアイスは冷たく甘く、ほんのちょっとだけ酸っぱかった。
祝いのプレゼントだと、朱莉が差し出した髪飾りを受け取り、クレハとクラウディア中尉は驚きと共にそれぞれ礼を告げる。
どれも工房にて作成したもので――勿論自分の分も作ってあると、朱莉は赤い花飾りのヘアピンを指さした。
クレハは簪で、クラウディア中尉はバレッタ。三人共々、同じ揃いの花飾り。
この休暇が人柄だと言われれば、二人は笑ってもう一度礼を述べ。また一緒に過ごしたいと告げられれば、二人共々頷く。
祝いの言葉は他の同行者からも届き、祐輝は簪の完成を待つ間クレハにこねこのぬいぐるみを、ラウルからクレハにはアイスの奢りがそれぞれ贈られ、それらにも溢れる笑顔でクレハは礼を述べる。
お誘いMerciと、誕生日おめでと♪ 告げるラウルに、クレハは『機会があった時、良ければまたどうぞ』そう笑みを返した。
レグのプレゼントに、紅葉の名を持つクレハは嬉しげに礼を述べ、同じく祝いの品を貰ったクラウディア中尉も穏やかに礼を述べる。
祝いと挨拶を告げに来たるなにクレハは『素敵なリボンですね』、そう言葉と礼を贈り、アイスを全制覇しにいくという彼女を笑って送り出す。
黒いレースが縁取られた、るなの紫リボンがふわふわ揺れるのを見て、一歩先にアイスを食べていた柚月がいいなぁと羨望のため息を漏らした。
近く、工房付近ではミナの元気な声が響く。
「前の依頼ではお世話になりました〜っ! お元気そうで何よりです〜っ!」
朱莉と千影に挨拶をし、涼香を見つけてぶんぶんと手を振る。向こうもミナの事を探していたらしく、ミナに気付くと駆け寄ってきた。
「相変わらず可愛いなあ♪ でも男の子だから、あっという間に背を追い越されそう」
頭を撫でながら再会を噛みしめ、少し散策しない? と涼香からのお誘い。
では、少しソフトクリームを食べませんか? そうミナが応じ、涼香が奢ると言い出せば、ミナも自分が奢ると言い出した。
結局は頑固さでミナが勝利し、ミナが奢る事に。
暫し過ごした後、涼香はクレハ達の方へ、ミナは緑並木の方に向かい。吹き抜ける風を感じながら、木々の間を一人歩く。
胸ポッケにはこぶりのヘアピン、ピン先には水色の小さな淡水真珠が飾られ、名を「睦月の涙」と付けていた。
「そちらも終わりかな? では、一休みと行こうではないか」
ルフトがラピスに声をかける。先ほどまで作業していた机上を片付け終わり、振り向いたラピスがそれに頷いた。
「ええ、行きましょう」
手を取り合い、街の中心に二人で赴く。古くはないものの、アンティーク趣向な時計塔がそこにあった。
出入り自由、看板にはそう記述され、二人は最上階、観望台へとあがる。
辿り着いた途端、視界に飛び込む青い空と、窓に近づくと見える上からの古風な町並み。
「ここがこの街一番の光景が見れる場所らしいぞ。店員から聞いたんじゃがな」
そう言ってルフトはラピスに笑いかける。
「あら‥‥とても素敵」
目映い町並みに、突き抜けるまでの青い空。小さな街は現実感とかけ離れ、下で歩くのとはまた違う趣を見せてくれる。
時間帯故か、観望台に他の人影はいない。
髪飾りを渡そう、と。言葉に振り向くラピスに、ルフトが髪飾りと簪を差し出した。
バレッタが一つと、簪が一つ。簪は金色で、飾られた瑠璃色とんぼ玉には浅葱の花がちりばめられ、その色は紫を中心に、端に行くほど白くなっている。
バレッタには布で作られた黄色いスターチスが取り付けられ、鈴蘭型のベルがスターチスの先に取り付けられていた。
「どう‥‥かな? 気に入ってもらえると嬉しいんじゃが」
「ありがとうございます‥‥とても嬉しい」
微笑みを浮かべ、言葉に喜びの意を込めて彼に伝えた。
嬉しそうに笑い、ラピスを抱きしめ、そのまま彼女を抱き上げてルフトが回り出す。下ろして貰った後、ラピスは自分が作った簪‥‥を、加工した刀飾りを差し出した。
柄と鍔の間に取り付けられるように、簪を丸く曲げて加工した房飾り。
房飾りのに括り付けられた鉄材のベルがちりんちりんと上品に鳴り響き、地味ではないが派手でもなく、重厚な存在感を放っている。
房の色、薄い桜色と濃い目の黒は自分とルフトを表し――しかし、その事はルフトに告げられる事なく、ラピスの心に秘められていた。
「お守りに‥‥と思いまして」
そういって微笑みを浮かべる。抜刀した時に音が鳴るようにしたいので、出来ればそれを見せて頂きたいともせがんだ。
ミハイルとケイは、買い物を終わらせ、噴水の静かな一角でデート。
買ったばかりの、狐の形をしたシルバーの簪をミハイルが手に取り、ケイの髪へと差し込む。
「これでいつでも私が傍にいることになるかな? 独占したくなるのは初めてだね‥‥」
「‥‥有難う。ふふ、似合う?」
ケイが微笑み、それに頷くミハイルが彼女の髪を撫で、二人はジョッキを交わして乾杯した。
歌が、ケイが語る優しい歌が周辺に満ちる。
「心ばかりのお礼‥‥これ位しか出来ないけど」
歌の名は「Ich liebe Sie(愛してる)」、感謝に満ちた歌声が彼女の気持ちを代弁する。
「独逸はあたしにとって特別な地。貴方と訪れる事が出来て幸せ、よ」
ベンチに腰掛け、二人で髪飾りを交換する。
宗太郎が選んだのは、予定通り白を基調とした鈴蘭の髪飾りで――花が選んだのは、蒼を基調とした糸を編み込み、綺麗な模様を描くミサンガのような形の髪留め紐。
両先に飾られたラピスラズリの装飾は宗太郎の誕生星座石の一つで、『困難に立ち向かう勇気を与える』パワーストーン。
「ボクが結んであげるよ♪」
そう言って彼の後ろ髪に髪留めを巻き、喜んで貰えるかと花が顔を覗き込めば、
「‥‥ありがとうございます。大事にします、ね」
そう柔らかに微笑む宗太郎が見えた。
彼が差し出した髪飾りを受け取り、喜んで貰えた幸せ、それとプレゼントして貰った嬉しさに顔を染め、感謝を込めて宗太郎の腕にひしっとしがみつき、花がにこっと微笑む。
「ありがとう、宗太郎クンっ」
買い物を済ませ、ハバキとなつきも噴水の地へと移動していた。
大好きななつきの髪に触れ、ハバキは人懐っこくはしゃぎながらさらさらの髪をハーフアップのお団子へと結い上げる。
なつきへと贈られるのはトンボ玉に銀の足の付いた玉簪、薄浅黄色のトンボ玉に黄緑・白・花心の赤の花模様。
ハバキ自身の瞳の色や良く身に付ける物達と同じ色で、髪に差し込むと、ちまりとしたお揃い気分に内心嬉しさがこみ上げる。
気に入って貰える、かな‥‥? 差し出す手鏡と一緒に、そわそわとなつきの顔を覗き込みもして。
手に髪留めを持ち、なつきが鏡ごしに贈られた簪を見る。よくよく考えればコレがお互い初めての【プレゼント】で―――。
指先でそれに触れ、そんな事を考えてたら、自然と笑みが口元から零れ、
「ありがとう」
そんな言葉が口をついていた。
後ろを振り向き、手にした髪留めを彼に差し出す。込められた、小さな心遣い。
「有難う、なっちゃん!」
喜んで受け取った彼は、ぽふっとなつきにじゃれつき、髪留めごと彼女を抱きしめていた。
苦笑しつつも、なつきはそれを受け入れて、
‥‥そっと、こっそり買っておいた同じとんぼ玉の簪を、気付かれないように彼のポケットにへと忍び込ませる。
仕事柄、危険な依頼にも飛び込んでしまうから。彼への、‥‥お守り、として。
(「‥‥男の人に、簪、は。おかしい‥‥かな‥‥?」)