●リプレイ本文
●出発前
「‥‥密林探索にでも行くつもりか?」
怪訝そうな表情をし、女性士官はそう宗太郎=シルエイト(
ga4261)に聞き返した。
出発およそ30分前。能力者達は防寒具の装備や、武装の点検などをしている。
既に積荷が積み込まれたトラックはすぐ傍にあり、準備を完了した兵士二名が位置についている。
その際に能力者から二つの要請があった、一つは「全員分のトランシーバー」、そして「車両運用指揮についての委任」。
女性士官の発言は前者に対しての物で――やはり失言だと悟ったのか、すまない、と苦笑をし。
「トランシーバー全員分は必要性が見えないから却下。代わりといっちゃなんだが、トラックに無線があるからそれで我慢してくれ」
すまないな、と女性士官はもう一度呟き、今度は赤村 咲(
ga1042)に向き直ると。
「車両運用については了承しよう。‥‥‥‥基本的に私は能力者に委託した場合、状況を能力者に一任する事にしてるぞ」
つまり要請以外の事は関与しない、という事らしい。
そう伝えると女性士官は能力者達にそろそろ車に乗れ、と合図し、自らも能力者輸送用トラックの運転席に乗り込む。
「何事もなく終わってワインにありつけるといいんですがねえ」
そんな事を呟きながらヒデムネ(
ga5025)が能力者輸送用トラックに乗り込み、バーナード(
ga5370)がやる気満々と言った感じでそれに続く。
「未成年はちょっと面白くないですね、今回の依頼。まぁ、私は意地でも楽しみますが」
と言いながら宗太郎も乗り込み、赤村が最後に乗り込む。
南部 祐希(
ga4390)及び佳奈歌・ソーヴィニオン(
ga4630)についてはワイン運送車両の助手席だ。
全員乗りました、という誰かの言葉に女性士官は頷き、能力者達とワインを載せた三台のトラックが寒空の下に滑り出していった。
●道中
天気は曇天。雨が降ることはなさそうだがなんとなく寒い――そんな事を防寒具完備の能力者達はちっとも思っていなかった。
「マイナス三度位ですか‥‥」
氷点以下、自分はなんとか平気だがワインが凍ってしまうのは宜しくない。
流石に気温位は対策してるだろう、と思いつつも佳奈歌はやはり心配してしまう。
その一方で祐希はバックミラーや周囲の風景とにらめっこしつつ、時々ごっつんしてしまう天井と悪戦苦闘していた。
「‥‥こういった座席だと‥‥窮屈ですね‥‥」
ワインを運ぶため揺れは最小限になっているのだが、警戒のため周囲を見回る必要があるとなると話は別。
身をよじらせる度にうっかりと‥‥言ってる傍からまたごっつん。
●競合地帯
何もなければ今回の輸送は日が暮れる前に目的地に到着できる筈。
無論それは何もなければの話で、何もなさそうならわざわざ能力者に要請が来たりはしない。
「そろそろ例の地帯だ」
そんな女性士官の一言で、警戒を緩めずも雑談に花を咲かせてた能力者達の雰囲気が一変し、鋭く研ぎ澄まされていく。
競合地帯への方向には森が広がり、更に向こうの方向は窺い知れない。
「森の中よりはましですが、厄介ですね‥‥」
ヒデムネが呟き、それに赤村が頷く。
森の境界線沿いに車は走り、先を見てもう少しは森が続きそうです、と佳奈歌は思う。
「森はある程度深いが‥‥血肉の匂い、と言うのがあるだろう?」
人の匂いに引き寄せられて何か来るかも知れない、と言いたいらしく女性士官は笑い、
「例えば人食い鳥とかですか?」
と宗太郎が双眼鏡を構えながら淡々と呟けば、それはギャグなのか?とバーナードが引きつった顔で問いかける。
慌てて双眼鏡を向けた先に見えるのは――森を飛び立つ鳥が数羽。
少しは距離があるだろうに、そのシルエットははっきりとしていて遠目からもその姿がわかる。
‥‥――――でかい。
認識できてなければただの鳥で片付いただろうに、人間と同じ位の大きさはありそうだ、と能力者達は思う。
なんか布きれ‥‥肉きれ?みたいなものすら咥え、益々嫌な予感は強くなっていく一方。
祐希が銃を構えながら窓から身を乗り出し、それと同時に―――
「結局は俺たち狙いということですか」
はは、と此方に向かってくる数羽の鳥を見てヒデムネが呟く。
そりゃあ動物にとってはワインより肉ですよねぇ、と赤村が相槌を打ち、接近してくる相手を見て思わず眉をひそめる。
向こうの飛行速度は中々高い、振り切るには苦労しそうだ。
ワイン襲撃の心配はなさそうなものの、車上で戦う、もしくは振り切るには余りにも分が悪い相手。
「射撃程度で追い払えるとは‥‥思いませんね」
佳奈歌がそう呟き、追い払えればいいのだが、運行中の射撃は余りにもリスクと分が悪すぎる、と祐希が頷く。
下車して撃退する、という方針を堅めつつあるPC達に女性士官は頷き、後方の二台に先にいけ、と指示を飛ばす。
―――挟み撃ちするには銃は不向きだし、敵を挟んでワイン車があるというのも良くない。
一瞬、鳥達の注意が遠ざかっていく二台に向く。
すかさず赤村のライフルが轟音を立てて火を吹き、ぎゃあという悲鳴を最後まで聞き届けず、更に二回三回と打ち込んでいく。
「一回避けられましたか‥‥」
中々俊敏な相手だが怯まない、煽るように弾丸が頭部を掠め、翼を狙い撃ちしていく。
過激な射撃に鳥達の注意は完全に能力者側に向き、前方車両が追い抜いたのを見届け、足止めしないとな、とトラックに突如ブレーキがかかる。
―――速度を落としてたとはいえ、人間の扱いはワインより酷いらしい。
前方で停車したワイン車両から下車しつつ祐希は苦笑し、後方との距離を測る。
車両が位置を調整してくれたので後方との距離は約30m、十分射程範囲。
見れば能力者達を降ろしたトラックが此方に移動を始め、ワイン車両の横に停車する。
降りてきた女性士官と部下二名が前方三方向を固め、やってきていいぞ、と降りてきた二人に合図。
頷きだけ返し、二人は自らの武器を鳥達に向けた。
●撃退
金色の髪が宙に踊り、風を切る音と共に槍と言う名の凶器が鳥達に襲い掛かる。
「止めは任せた! ちゃんと仕留めろよ!」
宗太郎の叫びと鳥達の悲鳴が唱和する。
肉が厚いのが幸いし、その巨躯が仇になった。
大きすぎる的はたやすく攻撃に捕らえられ、肉の厚さがなんとか部位を断ち切られずにいる。
鳥達は飛んでさえいなければ然程俊敏でもなく、そのタフさを除けば大した脅威ではない。
「‥‥‥‥‥‥止まってる奴からやる!! こいつを‥‥‥‥食らいやがれぇぇぇ!!!」
既に宙に飛んでいたバーナードが斧を振り下ろし、刃が骨格に食い込む。
激怒した鳥のもう片方の翼が薙ぎ払われ、だが彼はどがっと鳥を蹴り飛ばしてその一撃を避ける。
鳥がもんどりうって倒れるのを見ればざまぁと笑い、斧を回収。
――――何かが落下してくるような音がすれば、いつの間にか宙に上がっていた一羽が体当たり宜しく突撃を敢行し、この勢いで来られては迎撃は無理だな、と判断した冒険者は慌てて飛びのくも巨躯が掠められ、体がよろける。
凄い勢いですね、と赤村は淡く思い、車上戦でなくてよかったとまたうっすらと思う。
振り向きざまに発砲したライフルが外れるものの、相手は地上にさえいれば鈍重なのだからまだ弓にする必要はない、と判断する。
再び宙に上がった相手に対し佳奈歌と祐希の火器が火を噴き、弾切れを焦る佳奈歌に女性士官が「マガジンがあるだろう」と指摘する。
「あまりしつこいとキレますよ‥‥」
数は多くないが長期戦を悟ったヒデムネが覚醒に入り、鳥に一撃を浴びせかける。
断ち切るつもりでいたのにその翼はまだ健在。本当に凄い生命力だ、と彼は心の中で驚嘆する。
刀を引き、刃を返そうとしたところに翼の一撃。
喉元すれすれを通り過ぎたそれは背筋に冷たい物を走らせ、だが彼は自らの直感に賭け、怯まず刀を走らせる。
千切れ飛ぶ片翼と、絶叫。ヒデムネに届くべきだった攻撃は間一髪で宗太郎の槍に阻まれ―――
「危なかったな。守りは俺に任せて、攻めたてろ!」
―――怯んだ相手はすかさず能力者達の追撃で蜂の巣になり、力の入らぬ巨躯が重力に逆らえず地面に激突する。
仲間を二体も倒された鳥は金切り声を上げ、走り寄って来る能力者達より先に宙に踊る。
そのまま走る勢いで飛び上がった宗太郎から一撃を貰い、銃撃を浴びるも墜落には至らず、血と羽を撒き散らし、わき目も振らず逃走していく。
目の前は森、追撃は不可能。とりあえずワインは無事‥‥。
これでよしとしようか、と誰かが呟くと能力者達は苦笑しつつも頷き、撃退の歓声を上げた。
●送達
その後はさしたる障害もなく、無事目的地に到着する事が出来た。
日はすっかり落ち、海をオレンジ色に染め上げている。
ワイン車両を運転してた士官達は二人を降ろすと納品場所に向かい、能力者達を乗せたトラックは港の一角に停車。
女性士官は能力者達を降ろし、車を停車すると納品検査にいってくると伝え、佳奈歌の物欲しげな視線に気付くと「一緒に来るなら後でワイン持てよ」、と苦笑。
二人がどこかに赴くのを見送り、は〜〜と任務完了を実感した能力者達は漸く肩の力を抜く。
士官が戻ってくるのは意外と早く、だがその手は―――手ぶら。
「送達先だが―――」
遅れてきたのか、佳奈歌と兵士二人がワイングラスを抱えながら角を曲がって来―――
「―――状態良好。お疲れ様との事だ」
―――どっと待ってた側が脱力した。
適当に見繕ってきたから好きなの選べ、という一言で祝杯が開始された。
「では作戦の無事完了を祝って乾杯!」
とヒデムネが陽気に声をあげ、同じく完了を喜ぶ面々がそれに唱和する。
佳奈歌が嬉々としながらワインについて語り、祐希は隅っこで静かに白ワインを舐めている。
「ワインか‥‥酒‥‥っていうかアルコールの匂いはどうも苦手だ‥‥。ノンアルコールワインってのがあると聞いた事はあるけど‥‥」
乾杯こそしたものの、バーナードはお酒が苦手らしく、ワインを見ながら困惑していた。
何気なく走らせた視線で宗太郎と怪訝そうな顔の女性士官を発見、いつの間にか持参してたのか、宗太郎はカセットコンロと鍋なんかでワインを煮沸している。
わざとアルコールを飛ばし、蜂蜜とシナモンを入れてノンアルコール・ホットワインの出来上がり。
「要はアルコールが無ければいいんですよね? これくらいは楽しませてください」
女性士官はアルコールがないのを確認すると、「面白いな、君」と笑って宗太郎が飲むのを許可し、それを見たバーナードは驚き半分、呆れ半分と言った感じで宗太郎に話しかける。
「なんて物持ってきてるんだ‥‥!? ‥‥‥‥でもちょっと頂こう」
結局バーナードも祝杯に参加し、
「‥‥‥‥なかなか美味しい‥‥かも」なんて呟くバーナードを見て周囲が笑う。
既に日は落ち、海は星明りにほんのり照らされている。
夜の帳と共に、能力者達の任務は終わりを告げた。