タイトル:【和の誘い】残暑マスター:音無奏

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 15 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/18 23:57

●オープニング本文


 ――祭り帰り。
 夜はまだ半端もいかず、遠く見える祭りの終わる気配はない。
 しかし帰途に着く人々はぽちぽちと出始めており、或いは空港にて一旦休憩をとる人々も少なからず現れていた。

 ‥‥ふと、目を引く金髪が視界に入った。
 相手も此方に気付いたらしく、傍に伴う少女共々振り返る。
 クラウディア・オロール(gz0037)中尉とクレハ・サザナミ(gz0077)嬢。普段でも軍服を纏う中尉は珍しく黒地に撫子の浴衣を纏い、纏め上げた金髪に赤い和柄、黒柄の簪を挿している。
 クレハ嬢の浴衣は黒地に藤袴、焚き染めた香は彼女が好きなレモンの香りで、短く切りそろえた髪に黒地と赤い和柄のバレッタを留めていた。
 浴衣もそうだが、夏に着る着物は他の季節と生地が違って涼しげだ。
 本来、二人が持つ髪飾りは逆なのだが――簪を挿せないクレハに配慮して、髪が伸びるまでと一時的に交換したらしい。
 遭遇した礼を交わし、祭り帰りかと尋ねると二人共々頷き、中尉が言葉を付け足す。
「祭り帰り‥‥という名前の姫君の警護だ」
 遊んでいただけだが、そう言って瞳を細めて笑ってみせた。
 今回携えているのはいつもの細剣ではなく、懐に小太刀を一本。折角友人から東方の剣術を学んだのだから――と、服装に合った武装にしたらしい。
 ラストホープに帰るのか、傭兵達が尋ねる言葉に首を振り、最後にまた遊びに行くのだと中尉は返す。クレハが言葉を続け、
「セツ‥‥私の弟なのですけど、これからお土産もって会いに行きますのよ」
 漣・雪。一緒に祭りに行きたかったものの、セツが父兄に引き留められて叶わず――せめて祭りの土産くらいは持って行ってやろうと、今から近くで落ち合うのだとクレハは言う。
 屋台の食べ物はきっと喜んでくれると、両手に一杯のビニールを抱えて微笑んだ。
「かき氷と、りんご飴と、綿飴と‥‥あら、いつの間にか甘い物ばかりになってますわね」
 気にしたら負けでしょうかとクレハは首を傾げるが、きっとそんな事はない。

●余韻
「あら、興味がお有りで?」
 首を傾げ、直後に笑んだクレハは「ついて来てもよろしくってよ」と誘いを述べる。
 彼らが希望すればだが、同行していた傭兵達も連れて行くつもりだったから、と。
「でも、これ以上お食事は持ちきれませんの」
 落ち合った後は必然的に祭りの土産をつまむ事になる、人数が増えるなら、その分は各自用意して欲しいとクレハは言う。
 今の時間なら、祭りに引き返して準備する時間も十二分にあるはずだ。
 普段と違う動機で祭りを歩くのも、また一興ではないだろうか。その場で楽しむためではなく、後で楽しむために土産を選ぶ。
 食べ物か、それともいっそ玩具か‥‥何がいいか考えながら祭りを歩む、余裕がありそうでないようなタイムリミットも、また小さな刺激とは言えるだろう。

●涼亭
 落ち合う先は、湖を囲んだ公園だった。
 広い湖を石橋が一つだけ横切り、周辺を深く飾る緑は、日差しの下であればさぞ瑞々しく映ったことだろう。
 夜の深い今ではひっそりと水辺に寄り添っていて、花が眠るようにその姿を潜ませる。
 オレンジの街灯が周囲を照らし出し、昼とも夜とも違う、公園はオレンジに浮かび上がる。
 夜色に漂う水面が光に照らされ、神秘で穏やかな風景を作り上げていた。
「一歩間違えれば、肝試し会場ですわね」
 そう言ってクレハは笑う、灯火を消したら確かにそうなるのだろう。だが家屋の明かりが近い今、肝試しと言うには少々無理があり、どちらかというと暖かな雰囲気の方が強い。
 セツとは湖畔の涼亭にて落ち合う予定らしい。水辺周囲のベンチでもいいのだが、涼亭の方が広いし、机もあるからと。
 涼亭の広さはおよそ15m四方、湖畔のすぐ傍、やや高い所に立っている。地面より二段ほど上の場所に床はあり、囲む敷居の内側が椅子となって、中央に鎮座する机は涼亭よりやや小さい。
 本当は夕べの方が綺麗なのだとクレハは零すが、祭り帰りである以上、遅くなったのは仕方ないだろう。
 まだ祭りに興じている人間が多いのか、それとも湖畔が奥まってるせいか、周囲の人気はほぼ皆無に近かった。
 今回、二人はお土産を持って行くだけで、それからは特に何かをする予定はないらしい。
 強いて言うなら、今夜何があって、どうやって過ごしたかを交わし合う事だろうか。
 肴には携えたお土産をもって。どうせならば、暖かいうちに食べてしまった方がいいだろう。
「そうだな、言える事はたくさんある。‥‥射的の屋台に『能力者の人は手加減して下さい』と張り紙してあったりな」
 それは笑う所かと中尉は微妙な笑みを零す。聞きたいのならば他にも話そう、だが貴様らも話せよ? と視線を向けて。

●遊歩道
 話に疲れたのなら、少し歩いてくるのはどうかとクレハは言う。
 湖畔から外れ、奥にいけば遊歩道に出るからと。
 竹林に開いた遊歩道を歩み、公園を半周すれば土手の上を横切る事になる。運が良ければ、対面で行われている花火を見る事も出来るかもしれない。
 祭りが近い事もあり、治安云々は心配しなくても良いとの事。尤も、一般人であるクレハとセツは一人で出歩くのを自粛しているそうだが。
「とは言え、街灯だけでは少々心許ないですから‥‥そうですわね、提灯でも持ちます?」
 祭りの方で素敵なものが売ってたのですよ、そう言ってクレハが笑う。
 柄のない素朴な白地の提灯は電球仕立てで、長持ちはしなさそうだが、今夜一晩だけなら十二分に使えるだろう。
 意外な近場では、湖の石橋を渡って見るのも良さそうだ。涼亭の前を横切る石橋は近いようで遠くて、声が届くかどうかには離れている。
 水が近く、風は冷たい。月が綺麗だが、冷えないようになと中尉は言う。
 場合によっては、羽織を用意した方がいいかもしれない。或いは、何か暖かいものを用意するのも手だろう。

●参加者一覧

/ 藤森 ミナ(ga0193) / 如月・由梨(ga1805) / 叢雲(ga2494) / 蓮沼千影(ga4090) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / 神森 静(ga5165) / 緋沼 京夜(ga6138) / 藍紗・バーウェン(ga6141) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / 鷺宮・涼香(ga8192) / 蓮沼朱莉(ga8328) / 神無月 るな(ga9580

●リプレイ本文

 ―――時間は遡り、話は出会いより続けられる。
 灯りは近く、喧噪は耳に遠い。空気は汗ばんだ肌をひんやりとくすぐり、髪を淡々と揺らす。
 帰途につく少し前、まだ祭りの最中にいた頃――。

●余韻
 雑踏。連れと共に歩み、皆が思い思いにゆったりと歩みを進め屋台を見て回る中、見知った顔に遭遇した。
 驚きは細微で、状況を認識するのに一拍子遅れた後、安堵の息混じりに声が交わされる。
「こんばんは、オロールさん。緋沼さんたちも奇遇ですね」
 硬めな表情に少しだけ柔和な笑みを浮かべ、遭遇された方、宗太郎=シルエイト(ga4261)が会釈をする。
 遭遇した方、先頭の女性が返そうとした言葉は途中で堰き止められる、よくよく考えればここの面々にあの時の髪飾りを付けてない者はいなく、冷やかすとなるとそれこそ意味がない。
 ましてや自分もその一員となれば殊更だろう、口より思考は早く、黙り込んだ女性越しに挨拶は交わされる。
「よっ、そっちも祭りか?」
 クレハと藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)が礼を告げ、続けられる緋沼 京夜(ga6138)の言葉に宗太郎がええ、と頷く。
 柔和な表情はそのままで、楽しげな雰囲気をゆったり眺めながら歩くのが好きだと彼は言う。
 零れ、喧噪と化すはしゃぎ声。祭りを祝い、それを伝え響く太鼓の鼓動。祝い事に違いない祭りは、平和の片鱗のようにも見えて。
 こういう事が出来るうちは、まだ後も先もあるのではないかと思わせる。暖かく、陳腐に言うなら希望とでも称すべきか。
 伝染する暖かさは意識に染みこみ、心を穏やかに和ませる。
「奇遇だな、シルエイト。‥‥髪飾り、良く似合ってるぞ」
 結局冷やかす事にしたらしい、少し遅れ、クラウディア中尉が笑みをかすかに浮かべ、挨拶を返した。
 瑠璃が結ばれた髪留め紐を指先ですくい、気に入ってる事を照れくさそうに笑って宗太郎が示せば、「幸せが零れてるぞ」と冷やかしが更に重ねられる。
 連れの方、京夜と藍紗の方は敢えて振り向かずに――どうせ想像通りなのだろうと、一人結論づけて中尉はもう一度笑う。
 交わす言葉はいつのまにか楽しげな談笑になっていて、歩みは祭りの隅、どちらかというと帰途へと向き、その道中でこれからの予定を交し合う。
 ―――途中、見知った顔が視界にまた一人。
 やはり一人で喧噪を歩む人影、伏しがちの睫が遠い瞳を覆い、時折思い出したかのように瞬きを繰り返す。
 後ろ手に指先が絡み、依頼帰りなのか、見知ったその傭兵は腰に刀を下げたままで。和装なのがせめて幸いし、特に違和感もなく人混みに溶け込んでいる。
 ―――埋もれている、が正解だな。
 歩みを緩め、淡泊な感想を思考に浮かべ、中尉の視線は如月・由梨(ga1805)を追い続ける。
 細く吐かれる息、祭りを眺める細められた瞳、肩は疲労に落ち、思索が隔意を作る。
 そんな彼女を視線で負ったまま、一瞬の逡巡を隔て、一行から少し抜け出した中尉の声が由梨へとかけられる。
「如月」
 来い、と手招き。
 名前を呼ばれた由梨が振り返り、手招きを目印に、自らを呼んだ当人を認識した。
 自分を呼ぶ誘いに応じ、やや早い歩みで合流を遂げ、柔和な物腰で一行に挨拶を告げた。普段とさほど変わらず、だが僅かな疲労が表情に見え隠れするのは、依頼帰りの様子からしてご愛敬だろうか。
 他の面々も中尉が立ち止まった事に気付き、少し先の所で歩みを止めていた。
 仕事帰りかと面々が労る問いかけに、由梨は「はい」と頷きを返し、近くに祭りがあったので、ついでに立ち寄ったのだと言葉を添える。
 相づちを打ちながら、通行の邪魔にならないように歩みを再開し、これからの予定という話題は当然のように由梨を巻き込んでいく。
 ‥‥が、本題に入る前に、見知った顔がまた一人。
 今度は向かい側からの相手が先に一行に気付き、呼び止める声をかけながら走り寄ってきた。
「クレハさん、クラウディアさん、他の皆様もこんばんはとお久しぶりです‥‥!」
 後頭部で纏められ、涼やかに流した蓮沼朱莉(ga8328)の髪が細かく揺れる。
 またもや会釈を交わし、一人か? との問いに朱莉は首を振り、兄たちとはぐれてしまったため、先に帰ろうとしていたのだと経緯を述べた。
 一行も帰る途中だと聞くや、皆さんにご一緒しても宜しいでしょうか? と朱莉は問う。
 クレハの弟であるセツとも、無理でなければ会ってみたいと笑みも浮かべて。
「勿論ですわ」
 周囲の頷き、むしろ積極的な誘いが上がる中、クレハが返す笑みを向ける。
 姉馬鹿にならないよう気を払っているのか、どちらかといえば言葉少なめで。
「クレハさんの浴衣姿お似合いなのは勿論、クラウディアさんの浴衣姿が見られるのは新鮮ですね‥‥」
 そう朱莉が言って、あ、と言葉が止まる。
「そうだな、むしろよく私達に気づけたと言うべきか」
 中尉は思うところがあるのか、言葉が終わると同時に藍紗を伴う京夜へと視線を向けた。
 ――‥‥案外、割と目立つほうか?
 長身の青年を目にそんな思考が浮かび、京夜が無邪気に疑問の視線を返すと、「なんでもないよ」と言葉を止めた朱莉を苦笑交じりに振り返る。
 朱莉の視線は顔の方へと向けられている、正しくはその後方、纏めた髪を飾る簪へと。
 ――‥‥あれは‥‥。
 ちょっと視線を逸らせば、少し首を傾げたクレハが傍にいる。髪は右頬の一房をかき上げ、揃いのバレッタで留めていた。
 やっぱり。
 自分がドイツに行った時に自作し、二人に贈った髪飾りだ。
「‥‥ああ」
 朱莉の視線に気付き、髪の長さの都合で交換してるのだと、中尉とクレハが微妙にずれた答えを返す。
「交換してまで使っていただいて、ありがとうございます」
 幸せそうに朱莉が言葉を零し、簪への配慮が足りなかったことを詫びる。
「クレハさん、髪無理に伸ばさずとも、です。今の髪型も十分お似合いですので」
 そうまた笑顔と共に添えられる言葉に、クレハもまた笑んで。
「有難う御座います。そうですわね‥‥」
 でも受け取った数多くの簪を使わないのは申し訳ないのだと彼女は言う。
 無論、手にとって眺めるのもまた趣はあるのだろう、だがやはり髪に飾ってこそ、だ。
 今の自分の髪が気に入ってない訳でもなく、かといって簪のためにその髪型を諦める訳でもない。
「如月様のような髪も素敵だと思いますもの」
 お土産を揃えに、一旦離脱した一人の事を口にして。
 私がしたいと思うんですよ、と軽やかに笑った。
「それに、ですね」
 弾むような口調が少し変わる、笑みから続けられる言葉は推測出来ず、その様相に瞳を細めて笑う。
 ―――髪を伸ばせば、少し大人っぽく見えるでしょう?
 どこまで本気なのかは判らず、少し悪戯を孕んだ少女の笑みが言葉と共に重ねられた。

●余韻−裏方、涼亭へと赴く少し前−
 話は、やはり時間を遡って語られる。
 涼亭にたどり着く前、祭りから離れ道中を歩む頃。
 連れはいつの間にか増え、叢雲(ga2494)を誘い、狐姉弟が紛れこむ前後の話。
 由梨は一人、また雑踏の中に戻っていた。『なんとなく』、ではなく。今回は『買い物』という目的を持って。
 ――‥‥半端、逃げたようなものですね。
 一人になると、見せずにいた暗い思考が蘇ってくる。――何から? どうして? そんな詮無き事すら心の中に侵入し、正常な思考をそぎ落としていく。
 ――‥‥一息入れるために来た、んです。
 強く自分に言い聞かせる、ハードな生活を送ってきたせいか、体が少し重い。依頼を受けすぎたかもしれない。
 息をついたのは数えるほどしかないだろう。だからこそ、今一息入れようと祭の中にいるわけだが。
 この夏も色々あった、思考がそれ以上進みそうになるのを打ち切り、ノイズを無視して屋台へと赴く。‥‥少し、買いすぎたかもしれない。

 それと、一行と遭遇する前の狐姉弟。
 いつも偶然出くわす二人は、今回最初から行動を共にしていた。
 鷺宮・涼香(ga8192)の浴衣は紺地にピンクの朝顔。帯は赤を巻き、アップにした髪に挿すのは以前ドイツで作成した濃ピンクのトンボ玉を飾る簪。
 とても似合っているし、綺麗だと無垢な言葉で藤森 ミナ(ga0193)は褒め称え、にっこりとした笑顔を向ける。
 かわいいなぁと、和んだ気持ちで涼香は御礼を言いながら、かき氷食べに行こうとミナを誘う。
「ドイツ旅行の時は、奢ってもらっちゃったものね。これくらいの事はしないと、おねえちゃん、立場がないわ」
 そう言って笑い、他に食べたいものはないかと尋ねる。
 それに対してミナは首を振り、奢って貰うのはかき氷だけだよとまた笑顔を向ける。
 割り勘しよ? とミナは言う。おねえちゃも押してくるだろうから、と。
 そんなこんなで祭を冷やかし、最後に買ったかき氷を手に、この後混ぜて貰う一行の方へと向かう。
 手に持つ、紙コップに入ったかき氷にはストロースプーン。ミルクや金時抜きで、宇治茶だけのカキ氷が好きなのだとミナは言う。
 背に回した狐のお面が揺れ、下駄がアスファルトを叩いてからんころんと響く。
 狐姉弟、‥‥ゆらりゆらりと。

 そして、朱莉とはぐれた蓮沼千影(ga4090)たち。
 祭を何周かして見つからず、探すのは諦め――妹は中尉達と合流して会場を離れつつあったのだが、そんな事知る由もなく。
「まぁ、いい大人だから大丈夫だろ」
 ふらふらとどこかにいってしまった妹に対して仕方ないな、と思いつつも信頼が先んじて、
 一人で帰る事位は出来る筈だと、レーゲン・シュナイダー(ga4458)と共に帰途へ着く。
 遠い祭囃子を名残惜しげに眺めながら、朱莉を心配して後ろ髪を引かれつつ、レグは千影に手を引かれて祭を後にする。
 夜風が吹き抜け、髪を払う。首筋を撫でる感触に千影は目を細め、まだ抜けない余韻に浸る。
 傍にははにかむ表情を浮かべるレグ、蛍の浴衣から焚き染めた花香が立ち上り、緩やかに空気をくすぐった。
 レグの浴衣姿、今年はもう見納めかな。そんな事を思い目に焼きつけ、見とれ。
「和装も似合うぜ、レグ‥‥」
 そう優しげな笑顔を浮かべる、
「もう何度も見てるじゃないですか」
 照れ隠しにレグはそっぽを向き、でも少し赤くなった顔は向けて微笑み、
「ちかの浴衣姿も、素敵です」
 と囁き返す。
 身を回して進むレグを慌てて追いかける、レグの笑顔が街灯に照らされて浮かび上がり、傍に寄り添ってもう一度結び合わされる指先、手。
 ‥‥可愛いー! レグ可愛いー!!
 表向きの笑顔は崩さず、千影が内心でそんな事を叫んでいた。
 浴衣が似合うのは無論の事で、たとえば――白無垢姿、とか‥‥。
 曇り一つない伴侶のための衣装、纏め損なって零れるブラウンの髪、少し照れたような笑顔を向けられて揺れ、少し俯かせてそれを耳上にすくう。
 俯いた顔から視線が合い、また照れくさそうにくすっと笑って‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥!!
「‥‥ちか? どうかしましたか?」

●涼亭
 場面はまた一行の方へと戻る。
「お土産、よかったらお持ちいたします」
 と申し出る朱莉に、クレハは抱えてるビニールの半分を渡し、
「半分こです、――荷物の重みを感じるのも、帰途の趣ですから」
 そんな事を言って笑う。
 買ってあった兎の形の薄荷パイプもこっそり加えつつ、朱莉は笑って頷く。
 涼亭に着く少し前、今度はクラウディア・マリウス(ga6559)とアンドレアス・ラーセン(ga6523)に遭遇した。
 クラウディアはお祭り帰りで、アンドレアスはライブ帰り。二人もちょっと前に出会ったばかりらしい。
「オロールさん、クレハさん、こんばんはっ」
 涼亭に向かいながら個々丁寧に会釈をし、クラウディアは初対面の二人にアンドレアスを引き合わせる。
「こちらお友達のアンドレアスさんですっ! プロのミュージシャンさんなのです。えっと、へびが何とかって言う」
「へびじゃねぇ! ヘヴィメタルだッ」
 思わずツッコミを入れたアンドレアスと、そうでしたと訂正を入れるクラウディアを見て笑い、
「クラウディア・オロール中尉だ。中尉でいいぞ」
「クレハ・サザナミです」
 そう二人が名乗りを上げる。
「クラウディアが2人か。俺はクラウの‥‥ま、保護者みたいなモンだ。よろしくな!」
 アンドレアスの言葉に頷き、クラウディアが髪飾りを身に付けてるのを見れば、「良く似合う」と中尉は言葉を告げる。
 そうしてる内に涼亭にたどり着き、先に着いていたのか、小柄な少年が涼亭から出向いてきた。
「お待ちしておりました、姉上」
「こんばんは、セツ。父様たちの加減は宜しくて?」
 クレハの会釈に頷きを返し、一歩進み出ると、傭兵達から告げられる挨拶にも一つ一つ返礼と名乗りを返す。
「蓮沼朱莉と申します。クレハさんやクラウディアさんにはお世話になっております」
 礼儀正しく、少し緊張も孕んでそうな朱莉の挨拶には穏やかな笑顔も返して。

 ―――へぇ、いい雰囲気だな。レグ、ちょっと休んで行かない?

 来訪者は戯れに涼亭を覗き、集った面々はすぐ近くからの声に振り返る。
 顔ぶれを認識するのに一拍子挟み、呼び合う声はほぼ同時に響いた。見知った顔にレグはきゃっきゃと手を振りながら、面々に招かれ、千影と共に輪の中へと入っていく。
 声を投げかける面々にそれぞれ挨拶を返して、久しぶりに逢う二人にも声をかける。
「お! クラウディアにクレハ、久し振り! 祭りの戦利品お披露目会か?」
「あ。中尉さん、クレハさん! ご無沙汰してますです♪」
 またお逢いできて嬉しいです、そう笑顔を零すレグに二人は頷いて。
「蓮沼とレグか、久しいな」
「御機嫌よう、お二人方。いい夜ですね」
 そう穏やかな挨拶を告げる。
 机の上には戦利品と言う名のお土産が広げられ、何名かが持ち込んだ圧倒的なの量のお陰で、偏る事も不足することもなく。
 京夜の前にはたこ焼きやお好み焼きなどが山積み状態になっていて、クレハが甘いものを大量に持ち込んだのだから、バランスが取れているといえば取れているのだろう。
「他の店の手伝いまで頼まれて、こんな結果に‥‥あ、セツ君。遠慮なく食べてくれ‥‥てか食って」
 祭りのまずい食べ物が許せず、スポコン路線で伝授を始めたらいつの間にかこうなっていたのだと京夜は苦笑を漏らす。
 京都生まれの大阪育ちだからな、そう京夜が付け加えれば、セツはお好み焼きをついばみながら、興味深さげな瞳を向けていた。
 もぐもぐごっくんと、セツがお好み焼きを食べ終えれば、藍紗が言葉を続ける。
 いかさま射的屋に子ども扱いされ、能力者である事を信じてもらえず、ついつい本気を出してしまった時のことを。
 跳弾を使い、景品後ろの支えを全て取ってしまえば‥‥あとは察しの通りである。
 周りの子供が次々と景品を撃ち落し、その時の親父の顔は見ものだったと藍紗は楽しげに笑う。
「これはその時の戦利品じゃ」
 そういってセツの首に羽飾りのペンダントをかければ、小さな歓声に笑顔が続いた。
「‥‥うむ、似合っておるぞ」
 微笑みを浮かべ、満足そうに藍紗が頷く。
 中尉が由梨に視線を向ければ、「私は銃の扱いが苦手で‥‥」と話に聞き入っていた由梨が苦笑を浮かべる。
 少し羨ましいかもしれません、そんな呟きも付け加えて。
 射的もやはり苦手で、試してみたのだが明後日のほうに狙いがそれるらしい。
「ショットガンとかなら当てられそうですけど」
「‥‥そりゃあまぁ、散弾を使えばな」

「お久し振りです。お二方、良い月夜ですね?」
 涼亭の外側からまた新たな声がかかる、振り向いた場所には神森 静(ga5165)が静かに微笑んでいた。
 恐らく遊歩道の方から回ってきたのだろう、挨拶を返し、花火を見に行っていたのか? と中尉が問えば、「ええ」と静は頷く。
 ―――夏の終わりの最後の花、本当はにぎやかな音の中で見るものなのだけど、たまには一人でしんみりと見るのもいいかもしれない。
 心の中でそんな事を思いながら、「これ、差し上げます」と花火を差し出す。
「皆さんでやってください、あるイベントで貰ったものなのですが」
 今年は夏祭りには行ってないんですよ、そう言うも、一応祭りらしきものには参加したのだと言い直す。
 年に一度のお祭り、熱気と暑さと人ごみで凄い事になっていて、その中で仕事していたのだと。
 疲れました、そう微笑む静にクレハは「お疲れ様でした」とやはり笑みで返す。

 アンドレアスが話すのは、この夏でやった二回のライブ依頼のこと。
 傭兵になる際、人前でギターを弾くことは二度とないと思っていたのだが、やはり離れられないのだと。
 聞いてみたいとクラウディアがせがめば、アンドレアスは頷き、アコースティックギターを手に取る。
 応じて奏でるのは溶け込むような静かな曲。

 ――いい夜だ。
 月見酒も悪くない、焦げるようなこの想いも、静かな夜風が落ち着かせてくれるだろう。

●涼亭−思い出語り・続−
 アンドレアスの演奏に応じ、交わす言葉は減り、零細と囁きあうものだけを残していた。
 枝擦れが波の様に響き、夏の余韻を示すように虫の鳴き声が聞こえる。

「この曲は、出来立てだ。初披露だな」
 夜は溶けそうなほどに儚い。
 奏でるのは静かなバラード、切ないコードのアルペジオ。
 甘美な旋律は哀愁を孕み、旋律の裏に高度な技巧を隠し、静けさの中の熱気、情熱を内に秘めて。
 音色に預け、込められた一途さに言葉はない。
「タイトルもまだ無ぇんだけど‥‥やっぱ、The End of Summer、かな」
 旋律の中、アンドレアスの声だけが響く。

 少し切ない曲がとても雰囲気に合っているね、とクラウディアは思う。
 灯りに照らし出され、幻想的に揺れる水面にもぼんやりと見とれたりもして。
「何て言っていいか分らないけど‥‥素敵。音楽も、風景も」
 少し冷たげな風に煽られ、顔にかかった髪を払いながら呟いた。
 水に近い風景が、以前の記憶を想起させる。
 以前、父親に連れて行ってもらったヴェネツィアの夜、運河に映る水銀灯の街灯り。
 似ているなぁと思いふけり、持ち寄って広げたベビーカステラと大判焼きの中から一つを摘んで口に運ぶ。
「幻想的な光景ですね‥‥」
 ジュースを手に、同じく湖面を見つめていた神無月 るな(ga9580)が呟きを漏らした。
 遠く、花火の音が聞こえてきたのか。席から立ち上がり、遊歩道の方へと向かっていく。
 夏の気配は大分失せていた。取り巻く肌寒い空気、冷たさを感じるひんやりとした風はどちらかというと秋に近いものだろう。
 衣が滑り落ちるように、木の葉も色合いを変え始め、その彩度を褪せさせている。
 ―――去りゆく夏‥‥寂しさ、感じますね。
 名残惜しげな笑みを浮かべ、終わり近い季節に朱莉は思いを馳せた。
 ―――でも。
 日本の四季は大好きです、と彼女は思う。来る秋にも喜びを感じ、また訪れる夏がある事も彼女は知っている。
 ―――十五夜にお月見など出来たら、きっと風流でしょうね。
 想像し、幸せそうに笑む。そう遠い先の出来事ではなく、身に近しい節日は穏やかな時間になれるような気がして。
 ふと兄の方を見れば、成人組と共にアルコールを僅か嗜んでて。祭り土産を摘みつつ、アンドレアスも時折手を休めては相伴に預かっていた。
 クレハたちの近くにはレグが座っていて、視線を向ければ安堵を含んできゃっきゃと手を振ってくる。
 場所を移動して混ざってみれば、纏う香に話は移っていたようで、
「クレハさん、良い香りがします‥‥レモンの香り?」
 ええ、とクレハはレグの言葉に頷く。淡めに焚いたお香は気付くかどうかという程度で、香りは錯覚にも似ている。
 気付いて貰ったことに嬉しそうな表情を零し、覚えのある香りにふと意識が逸れて、
「レグ様はガーベラですわね」
 お気に召したのなら嬉しいです、そう言って指先を合わせて笑んだ。
「ちなみに」
 朱莉さんはスミレの香りですよね? そう話を回す。
「香りがあるのは気付いていたんですけど」
 ――なんの香りかずっと思い当たらなくて、今ようやく気付いたんですのよ。
 スミレの香りって結構つかみどころがないんです、と。答え合わせを望むように視線を向け、朱莉が肯定の頷きを返せば満足げに笑って頷く。
「似合いますでしょうか?」
「勿論ですわ」

 演奏が休んで間もない頃、叢雲と待ち合わせていた不知火真琴(ga7201)が到着する。
 藍色の浴衣は夜に近しい澄んだ色で、蛍と流水の柄がその深さを引き立てる。上げた髪が風に靡き、簪の花飾りと共に柔らかく揺れていた。
 知らない面々も含めて笑顔で挨拶を交わし、叢雲とも軽く挨拶。中尉達に対して、誘いの礼を二人共々述べれば頷きが返り、『お誘いに乗って頂けて嬉しいですわ』とクレハは応じる。
 席替えが行われ、千影はレグたちの方に、酌をしていた叢雲の隣には真琴が礼を言いつつ座る。
 千影を挟んで談笑は二組を混ぜて行われ、型抜きを初めて見たのだとレグは言う。
「ちかげさん、お上手なのです」
 レグは指を合わせて楽しげに笑い、千影は照れ隠しに笑う。
 朱莉とレグが仲良くなれて嬉しい、と千影は思い。
 朱莉さんときゃっきゃ出来たのも嬉しいとレグは思う。
 ――‥‥家族ぐるみのお付き合い、ですね。
 そんな事を内心どきどきしながらも、語り手は千影の方へと移る。
 今までの夏で、今年の夏が一番充実していたと思えるほど、楽しい思い出が多いのだと彼は言う。
 プールに海に夏祭り、キャンプでカレー。カンパネラ学園開放でレグに線香花火勝負を挑み、見事に負けたり‥‥。
 レグとは勿論、皆と楽しい時間を過ごせたのだとはしゃぎながら話は続く。

 途中宗太郎が中尉にヘアバンドを渡し、いつも通りの寡黙がちな表情で、
「さっきスピードクジで当たったんです。私が持っててもなんですし、良ければどうぞ」
 とか言い出して。内心のどきわくを知るものがいる筈もなく。
 ヘアバンドを手に中尉は首を傾げ、これはやはりつけるべきだろうか――そんな事を淡泊に思いながら、髪へと通した。
「‥‥隙ありっ!」
 言葉より先に宗太郎が手を伸ばし、仕掛けのボタンを作動させる。
 ワンタッチ式のうさみみヘアバンド、圧縮空気でふくらむそれは製品仕様に従って一瞬でふくらみ。
 ‥‥綺麗だけど、かっこいいんだけど、可愛い。そんなファンシーなうさみみ中尉。
「‥‥お、お似合いです。予想以上に‥‥ぶふっ!」
 一応我慢の努力はしてみたようだが、堪えきれずに宗太郎が吹き出す。
 自分の頭上に現れたそれをぺたぺた触りながら、中尉は僅かに不思議そうな表情を浮かべ、
「雷は話の後だとしてだ。‥‥よくもってるな、こんなもの」
 ビーストマン用の支給装備だった筈だが、そうどこかずれた感想を淡白にぼやく。
 が、言い終わるが早いか、中尉の手元から一直線に飛ぶ花火柄のうちわ。
 ‥‥ハリセンがないから代用したらしい、すこーん。

 演奏に耳を傾け、合わせて足をぶらぶらさせていたミナは、音楽が止んだのをきっかけに隣の涼香へと声をかけた。
「そういえば、制服喫茶店依頼でおねえちゃみかけたけど。俺、別の所でお手伝いしてたよ」
 うさみみ尻尾をつけてウェイターしてたんだよ、と笑顔を向けて言う。
 バニーさん達は綺麗だったっ! と力説するも、内心で「はず」がついてたりして、
「これ、おねえちゃにあげるよ」
 そういって、さっきまで腕に下げていた袋を手渡していた。
 ―――中には量り売りの金平糖。ちっさいお星様みたいで可愛い、色んな味があるよね。
 夏の思い出として渡されたそれを受け取り、涼香は礼を言うと同時に、ミナの口元にシロップを発見。
 笑いながらハンカチを取り出して拭い、一人っ子の自分に、実の弟ができたような幸福感に浸る。
「そういえばね‥‥」
 まだ話していない思い出話を続ける。南国リゾートの話、シュノーケリングの初体験。美しい海の中、綺麗な熱帯魚に囲まれた話は喜んでくれるだろうか?

●遊歩道−帰途へ−
 話が一段落した頃、ちらほらと遊歩道に相次ぐ面々。
 花火を見に行きたいという要望を受け、アンドレアスはクラウディアと共に遊歩道へと出向いていた。
 冷える空気の中、アンドレアスのジャケットはクラウディアに貸し出して。
 クラウディアが頭上を見て歩けば、
「転ぶなよっ!」
 と心配したりもする。
「わー、お月様が綺麗っ」
 クラウディアの視界に見えるのは天蓋だけで、空に飛びこんだようなちょっとした錯覚。
 躓きかけて慌てて視界を戻し、アンドレアスの様子を見て
「う? どうしたの? 何か悩み事‥‥ですか?」
 そう声をかける。
「‥‥あー、そう見えるか?」
 ぽりぽりと頭をかき、今度はちゃんと前を見て二人で歩いた。
「んー‥‥そういう訳でもないんだが」
 ――片思い。
 悩んでいるのは、多分過去の事で。思い人の幼なじみに嫉妬したりもしたけど、焦っても負担になるだけだと壱岐の祭で思い知っている。
 だから今は焦る気持ちも特になくて、叢雲が真琴に必要なら奪う気もなく、待つつもりでいる、だから。
 真琴がどんな答えを選ぼうと受け入れる、その先の事はなんとも言えないのだが――‥‥
「メイキョーシスイ状態なワケよ、うん」
 空気は穏やかだ。それでも、この選択でいいのだろう。

 真琴は叢雲を誘い出し、同じく遊歩道へと訪れていた。提灯を持ってのんびりと、だが気がかりがあるせいか、ほんの少しそわそわもしていて。
 叢雲はそんな真琴に声をかけることも特になく、静かに歩みを進めていく。
 適当に人気がいなくなった頃、真琴が叢雲に向き直った。
「えと、えっと‥‥この間は、ごめん、ね‥‥!」
 真っ直ぐ瞳を見て潔く、叱られる事を怖がる内心を押さえつけ、目を反らさずに最後まで言い切る。
 ――先日、喧嘩らしき事になってしまった二人。
 下らない喧嘩は普段でもしているけど、こう本格的なのはちょっと久々だったから、叢雲が怒ってないか少し怖くて。
 叢雲は気にしてないかもだけど、やっぱり自分が気になるから‥‥。
 ――きちんとしておくのです、うん。
 突然謝られて、叢雲に困惑が浮かぶ、すぐに思い当たり、その事を思い出して苦笑を漏らして。
 真っ直ぐな割に、内心ビクビクしてるんだろうな、と思いつつ。軽く笑って真琴の髪へと手を伸ばした。
 ――怒られるかも。
 反射的に真琴は目を瞑り、でもクシャリと髪を撫でられたらほっと笑みを零し。
「別に、気にしていませんよ。こちらこそ変に気を使ってしまい申し訳ありませんでした」
 叢雲のゆっくりとした声が響く。
 ―――ここで怒ったら駄目な人みたいですし。
 安心させるように。
 ―――仲直り、かな。
 そう真琴の心に安堵が広がる。安心すると、なんか照れくさくなって。花火を見に行こうと叢雲を促してみたり、
「んー‥‥そうですね」
 それに応じ、ちょっとだけ真琴より先に歩んでみれば、慌てて追いかけてくる真琴が見えて。
 紅潮した真琴の顔に突っ込めば、今度は真琴がそっぽを向いて歩みを早める。
 何か言いたさげな顔は聞こえないとばかりに黙り込んでいて、
「気のせいでしたか?」
 とからかえば、
「顔が赤いのは寒いからですっ」
 そんな怒ったような声が返る。
 叢雲から楽しそうな笑いが零れ、また歩みを並べれば今度は離される事もなく。
 真琴の歩幅は悔しげにやや早くて。
 ‥‥やっぱり意地悪だ‥‥!
 合わせた顔が、そんな事を言っているような気がした。

 ――遊歩道、真琴たちの後に出てきた藍紗と京夜。
 持つ提灯は二人で京夜の一つ。掌は重ね合い、指先を絡め、藍紗の片手には射的で取った子供好みの動物人形を抱えて。
 子供扱いされたのが気になっているらしく、セツの前では気丈だったのも、二人っきりになるとやや沈みがちになっていた。
 そんな藍紗を傍らに、京夜は悩み悩んで。
「俺、ロリコンだから」
 そんな冗談を口にした。
「‥‥知っておる」
 藍紗は冷めた感じに答え、曲げた唇は不満そうに見えて。
 ショックによろけた京夜が地面にのの字を書き始めれば、表情は口元がゆるみ、思わず漏れた笑顔で頭を撫でる。
「くすっ、冗談じゃよ」
 復活‥‥もとい、気を取り直した京夜は立ち上がり、
「断じてロリコンじゃない!」
 そんな事を叫ぶ。そうしたら身を屈め、声が近くなるように顔を近づけ。
「でも、藍紗の身体は‥‥変な意味じゃなく好きだぜ。壊れてしまいそうな華奢さが恐くて、守りたい気持ちにさせるんだ」
 そう柔らかに囁いた。
 壊れ物に触れるように藍紗を抱きしめ、体を包み。
「う‥‥なっ、どうしてそなたは、その様な恥ずかしい事を臆面もなく」
 そううろたえて赤くなる顔に笑顔を向ける。優しくお姫様抱っこをし、この方が寒くないだろうとまた笑って――。
「赤ん坊ができてお腹が大きくなれば、子供扱いはされないかな?」
 歩みを進めながら、そう穏やかな表情で首を傾げる。
「む‥‥その、妊娠中は、大丈夫じゃろうが‥‥産まれてきたら、それはそれで歳の離れた姉弟に見られそうじゃ‥‥」
 顔を俯かせ、片手際に人形を弄り、藍紗はまた凹んだようにも見えるものの、その顔は赤らんでいて。
 腕の人形をぎゅっと抱きしめ、吐息を漏らすように小さく囁く。
「‥‥いつか近い未来、我ら二人の子にこの人形を授けてやりたいの‥‥願わくば平和な世で‥‥」
「‥‥そうだな」

「気にするな」
 由梨が中尉に告げた礼の返答は、そんな短いものだった。
 突き放されている訳でもなく、表情はいつも通り不変で。‥‥多分、そういう人なのだろう。
 遊歩道、一人になって長く息を吐く。冷たい空気が意識に染みこみ、靄を払うような錯覚を得た。
 逃避続きの気もするが、今はこれでいいのだろう。決着は付けるつもりでいる、憎悪に身を任せる訳にはいかないのだから。
 ―――この夏も色々あった。
 去年までは普通の学生だったのに、今は能力者。
 ‥‥私の力でどれだけ人を救えるか、そう志を抱いていましたが‥‥。
 ―――今は、どこかで戦いを望んでいる自分が。
 ‥‥やめましょう、折角の休憩なのだから。
 両腕を広げ、伸ばし、体で風を受ける。
 わだかまりはきっと暫くは消えない、また悩みもするのだろう。
 余韻に浸り、ゆっくりと歩く。堤防の向こうから、遠く咲く夜空の華が見えた。
 ‥‥止まるつもりはありません。
 でも、急ぎたくないのだと今は思う。何がいいのかはまだ判らないけど、この感情は少なくとも『違う』。
 ‥‥いつか、見つけると思いますから。
 結論も、どうなるかもまだ判らない。進んだ先にあるならそれでもいいし、考えた先にあるのかもしれない。
 思索の連鎖を打ち切り、ひんやりとした感覚、少し軽くなった疲労に埋没した。
 ‥‥今回、くらいは――。