●リプレイ本文
傭兵たちを乗せた車は、人通りのない道路を制限速度ぎりぎりで突っ走る。
到着にはまだ少しの距離と時間があり、しかし人のいない事を「危険」と表現するなら、一行は既にその領域に入っていた。
人がいないのは脅威があり、安住に適していないから。世界中ゴーストタウンだらけになってゆくのう、と霧雨仙人(
ga8696)は嘆きに似た口調でぼやく。
現地へと向かう、リエルが運転する車の中。移動時間は停滞と僅かな緊張に満ちていた。行える事はさしてなく、強いて言うなら周辺の警戒、僅かな空白をどう過ごすかは人それぞれだ。
後部座席から運転席に乗り出しながら、宗太郎=シルエイト(
ga4261)はがっくりとうなだれていた。
前方やや斜めからは鬱陶しそうな気配が突き刺さっていたが、そんなもの今更気になる筈もない。
「なんなんですか一体」
「‥‥いえ、羨ましいなと」
依頼人とはまた別の類だが、リエルも口は悪い。その辺は類友かとも思うが、依頼人に突っかからない辺りは優しさや寛容に見えなくもない。
‥‥私にはあんなに冷たいのに!
宗太郎は未だにプールサイドで蹴り落とされるレベルだ。人なつっこいとは間違ってもリエルに付けられる言葉ではなく、そんな彼がおとなしいのは。
「‥‥あの人は違うんですね」
「用件だけなら現時点でまともですよ」
そういえばこの人は合理主義だったか。
リエルはバックミラー越しに霧雨仙人の方を一瞥する。自称仙人でなんというか、老人のしたたかさはボケを装う域にまで達している。
あれが正しい対応だと思いつつも口に出さない。少なくとも今から変な追加注文が来る事はないだろうし、依頼を終えた後もないだろう。ブロント・アルフォード(
gb5351)はそれを同じく直感しつつも生真面目に有難いと思っている。
真面目な頼みなら断りきる自信はない。
現場が近づくにつれ、薄い緊張は密度を増していた。ある意味望む所ではあるが、自分たちが先に襲撃を受ける可能性もあるのだ。
(「‥‥私達の方が、目立つ」)
自身の考えに、霞倉 彩(
ga8231)は可能性を肯定し、油断してはならないと自分に言い聞かせる。
襲撃を受ける事は構わない、望まないのは油断による負傷だ。
「‥‥やはり、いるようです」
窓越しに、ステラ・レインウォータ(
ga6643)が外に視線を向けながら呟く。件の駐車場は既に視界へと収まっていた、だが森の影に紛れて幾つかの影が動く。ちらつくだけではっきりとした判別は出来ていないが、気配は嫌な感じに警告を覚えさせ、今回の障害であるのだと直感で悟らせる。
「それじゃあ、行きましょうか」
甘い毒をシャーベットにしたような織那 夢(
gb4073)の口調。合図と共に抜き身の刀を掴み、車両のドアを引き開け飛び出していく。覚醒によって変化した左腕を提げ、神楽 菖蒲(
gb8448)が自身に開始の言葉を告げた。
「ようこそイタリア。能力者としての初陣、きれいに飾らないとね」
道路から建物への道を傭兵たちが突っ走る。同時に見えたキメラらしき影も此方に向けて駆けだしており、数秒経てば確かに件の犬キメラだと目視がとれる。
走り合うお互い、到着はどちらが早いか、考えるより先に結論が出た。
夢とブロントがそれぞれ『瞬天速』『迅雷』で建物の前に滑り込む。
そこで止まらない。護衛担当でない二人は建物前で固まる事なく、掴んだ刀の柄をキメラに向けて一歩踏み出す攻撃の構えを取る。
ブロントが抜刀と同時の居合い斬りを放ち、夢が笑みで刀をキメラに突き刺した。
攻撃が決まる、だが向かってくる敵の数が多い。正面衝突を嫌った二人はもう片方の刀で眼前のキメラをはねのけ、或いは殴り飛ばし、一手目の刀を引き戻すと囲まれる前にバックステップで建物の前に戻る。
その間に他の面々が駆けついていた。建物の入り口を塞ぎ、担当面々だけを入れる直前、宗太郎がリエルに握った拳を軽く差し出す。
「リエル、頼んだ!」
意図は素早く理解してくれたのか、やれやれといった表情付きだが、彼は此方の拳を軽く掌で握ってくれていた。
扉の外に立ち、クロスフィールド(
ga7029)が外の戦闘を視界からシャットアウトする。自分から、ではなく中の人間からだ。
「待たせたな、よくこんな建物でキメラから耐えられたもんだ」
過保護かなと思いつつも、余計な刺激は与えないに越した事はないだろう。ましてや保護対象である一家は子供の高熱で立て込んでいる。
医療道具‥‥をリエルに提示するが大丈夫だと彼から目配せが返った。
「頼んだぞ」
クロスフィールドの言葉に頷き、リエルが白コートの軍章を提示しながらUPCであると短く告げる。一家の反応が追いつき、軍章を見て頷くのを待った後に彼は子供の検査へと取りかかった。
事前に想定を練っていたのだろう、診査と共にいくつか質問を交わし、示される頷きは今すぐの危険がない事を語る。
「大体一分くらいで動かせるようになるはずです」
水と共に薬を飲ませ、リエルが外の傭兵たちに告げる。これから耐える必要のある秒数であり、クロスフィールドと共に内部担当のもう一人、菖蒲は言葉に頷き。
「それじゃあ動くのは大体四十秒後ね」
子供を刺激しないようにと、菖蒲の覚醒は到着と共に解除されていた。キメラの相手は信頼の意味を込めて他の仲間に完全委任している。
自身の仕事はこれからの動きを一家に対して説明する事。子供が動かせるようになるのを待って自分が車を取りに行き、他の傭兵たちがキメラたちを引きつけている間に一家は離脱。
この場所を突破する事に対し、一家はかなり不安げの様子だったが、とりあえずは頷いてくれた。
「大丈夫。お姉さん達、強いのよ?」
それはつまり、キメラに一家を追わせなどしないという意味だ。菖蒲が自信満々に言い切り、熱を出していない方の子供を見やって笑みを作る。
休憩所の扉はリエルが鍵をかけずに閉じた、銃声が響くのは余り精神状態に良いとは言えない。
外で戦う傭兵たち、彼らの主武装は銃器で構成されている。
幾人かは近接手段としての武器も片手に持つが、やはりメインは牽制としての弾幕射撃だ。
子供を脅かさぬようにと、覚醒を控えていたブロントだが、扉が閉じている今、視覚的な気遣いは不要だ。そもそも覚醒しないとフォースフィールドは貫けないのだから、しておくべきだろう。
味方の射線を妨げないように、夢と宗太郎が戦場の外周を回る。キメラが制圧射撃に怯え、比較的威嚇の少ない自分達に向かってくれば、それを切り伏せる構えだ。
ランス「エクスブロード」の爆炎の中から宗太郎が槍を引き抜く、炎が収まらない内に後ろへと数歩下がり、建物前に戻って息を整える。体はまだ余裕で動く、攻防の最中に多少の傷は負ったが、戻ると同時にステラが癒してくれた。
疲労に似た感覚は気のせいなんだと思う。直接命に響いてくるような恐怖は感じない、ただ敵の数がじわじわとした圧力を育み、少しでも深入りしたら危険なのだと思考に訴えてくる。
(「‥‥でかいからな」)
扉の外側に陣取りながら、クロスフィールドは思う。凶暴な様相は無論、筋肉の異常発達はキメラの体格を小さな子供なら背に乗せられるほどに巨大化させていた。建物に閉じこもり、UPC軍に救助を求めたくなるのも頷ける。
ステラに強化をかけ直して貰い、宗太郎が再び戦場の横側へと走り出した。振り向く動きで建物の方を見れば、ステラが前面にて戦況を凝視している。
恐らくは自分たちにスキルを届きやすくさせるため。素早い対応が可能だが、突撃を受けた時に巻き添えの恐れがあるポジションだ。
無茶してるな、と宗太郎は思うが、元はと言えば自分たちが先に危険な場所に突っ込んでいた。
彼女なりのぎりぎりの位置に立っているのは見て取れる、だから、下がれと言っても恐らく自分たちが突っ込みかけた瞬間にまた戻って来る事だろう。
仕方ない、という宗太郎の苦笑。意識は一刻も早く戦闘を片付ける事へと向けられていた。
彩の手元から真デヴァステイターが薬莢を吐き出す、時折、弾幕をくぐり抜けて突っ込んでくるキメラもいたがぎりぎりまで銃撃で牽制、敵が牙を剥いた瞬間、腕の代わりに鞘入りの刀を差し出し、食らいついて動きが止まった敵に再び銃撃を叩き込む。
「‥‥寄るな‥‥鬱陶しい‥‥」
力の抜ける手応えを確認すれば、刀を振る動きで食いついたキメラを打ち捨てた。隣では霧雨老人の大口径ガトリング砲が砲台に近い動きで弾幕をまき散らしている。
「敵は多いが的も多いってことじゃ。くらえぃ!」
元はKV用の武装を無理矢理改造した大型兵器だ、ここまで来ればくぐり抜けるどころの話ではなく、誰もが砲先を避けて回り込む動きを作る。
射撃武器は近接戦で隙を作るが、建物を背にした傭兵たちは攻撃を受けるリスク自体が減っている。外周を走る二人はもとより近接戦を前提としているのだから、さした心配は必要ないだろう。
囲まれぬように夢が走る。刀を握ったまま顔についた血を拭い、笑みを作る。
姉の真似ではないが殺しは楽しい。危険の中を駆け抜けるのは生の鼓動にも似ていて、刀を振り下ろす度に満たされる感覚が募る。
「出ますわよ! 皆さん、手はず通りによろしくお願いしますわ!」
建物から出て、菖蒲が合図を叫んでいた。扉は自分が出た後にもう一度閉ざして貰う、覚醒しなければキメラと渡り合うのはかなり困難だ。
仲間達の間から了解の声が次々と返り、止んだ弾幕の代わりに戻ってきた前衛二人が踏み込んで道を作る。銃器組の牽制射撃は両脇へと、建物前にスペースを作るべく広範囲に渡る攻撃が開始されていた。
仲間達の援護を背に菖蒲が突っ走る、護衛としてクロスフィールドもついてきてくれている筈だが、確認はしない。
目標は家族全員の安全な脱出だ、それは仲間達も同じ。菖蒲は自らの娘の顔を思い浮かべ、頷き一つ。
「邪魔させない‥‥!」
手はず通り、菖蒲を援護するクロスフィールドだが、ライフルは連射性能が劣るためか状況は少し傾きかけていた。それは本人も想定していた状況、だが即射での補いは練力を食い、尽きれば覚醒すら出来なくなる恐れが見えていた。
「‥‥任せて」
彩が建物前から前衛達の間に踏み出す。真デヴァステイターの射程は40m、半端狙撃に近くなるが、菖蒲へと向かうキメラを穿つ事は出来る。三点バーストの連射性能も引きつけとして役に立っていた。敵の攻撃をもろに受ける立ち位置だが、前衛二人が気を遣ってくれているのかなんとか対処できている。
「通さない‥‥ここで止める‥‥」
「犬風情が邪魔するな、大人しく伏せてろ!!」
追いかける端から二人の銃撃を受け、転倒するキメラ達。その先で菖蒲が車内に滑り込み、エンジンを回す起動音が響く。
発車と同時に前衛が飛び退き、建物前に車が横付けされて来た。同時に車と建物の扉が開かれ、リエルと菖蒲が同時に乗車を促す。菖蒲は車を降りて家族達の傍につき、リエルは運転席へ。
「頭を下げて、お子さんをしっかり抱いていてください」
菖蒲の言葉に頷き、一家が収容されると同時に車は走り出す。
一家の車が無事なのは、キメラが無機物に興味を示さなかったためだろう。そんな訳で結局全員残党掃除に残る事になり、一家を無事送り出した事に菖蒲が一息をつく。
「さて、料金分には、まだ足りないかしらね」
キメラ群の一匹から高い遠吠え、恐らくは何らかの合図であり、内容までは伺えないがそれを受けてキメラが動き出す。向かうは此方、傭兵へとだ。背を向けたら狙われると悟ったのか、或いは車という無機物は単純に美味くないと思ったのか。
だが、それは判りやすく一つの事実を示していた。
「‥‥見つけたぞ、てめぇが頭か」
宗太郎が攻撃の方向を転換する。ステラによる援護は続き、標的が定まったのに反応して弱体の力が統率する個体に照準を合わせる。
「敵の数が多いです、皆さん無理せず連携して倒しましょう」
ステラは焦らない。大分減らしたとは言え敵はまだ半数ほど残っていて、無理に突出すれば囲まれる事になるだろう。
「殺せるのは殺しておきます」
夢は元から連中を全滅させるつもりだ、『どちらが先でも大して変わりはしない』。
敵リーダーにたどり着くまではもう少し。休息もそこそこに、上がりかけた息すら悦楽とするように夢は再び敵陣に切り込んでいった。
「突出しない、援護可能な距離を保つ、編隊飛行と理屈は同じ!」
銃撃を続けながら菖蒲はタイミングを計る、散発的な攻撃では有効とは言えない。弱っている敵、向かって来た個体と次々に目標を仕留め、移し、道の開く瞬間が生じた。
反応はどちらも即座に示す、取り巻きが道を埋めようとして、宗太郎が放ったソニックブームの煽りを受けて怯む。数秒ほど引き延ばされた隙間に赤いオーラを纏った武器が攻撃として引き絞られ、
「さっさとケリつけるか。穿光・三式だぁ!!」
打撃力を上げた、渾身の一撃が再びソニックブームとして叩き込まれた。
――UPC支部にて。
リエルは家族に付き添って先行したため、大型車両は傭兵たちが自ら運転して帰還する事になった。
ULT関与の後処理業者と入れ替わりの形だ、その辺は任せておいて問題ないだろう。
熱を出していた子供は容体も落ち着いていて、今は仮眠室のベッドで休んでいると言う。報告を聞けば、傭兵たちの幾人かから安堵の笑みが漏れた。
「ジジイが子供を守らんでどうするのかのう」
仕事を完遂させ、老人はすっかり寛いでいた。めでたしめでたし、と言った所か。
「これ、お届け物です」
礼を告げに来た一家に対し、ステラが依頼人から預かっていたハンカチを手渡す。
刺繍入りのハンカチは訪れる人にとってそれなりに有名なのか、一家は物珍しさに最初笑みを作り、それが自分たちに宛てられたものだと知ると驚きが混じる。
「貴方達のこれからに、主の祝福があります様に」
サンダーソニアの花言葉は祈り、そして福音。思いはそのまま形として示されていて、届けられて良かったと見守る人達から笑みが重なる。
意地の悪い冒頭だったが、事はなんとか収まった。‥‥そう、本当に、もう少し優しい始まりだったら言う事もなかったのだが。
「さて、これであの気難しい依頼人も満足してくれるといいんだが」
煙草を咥えながら、クロスフィールドが窓外に向けて苦笑を漏らす。
「リエルさんの交友関係、くせ者が揃ってそうなのは気のせいでしょうか?」
問う宗太郎もやはり苦笑混じりだった、心当たりを探すようにリエルは少し黙り込み。
「‥‥天才となんとやらは紙一重らしいですよ? 本人の自称ですが」
否定は向けられない。ラストホープへの報告があるのだと話は途中で切り上げられ、噤んだ言葉をリエルは一つだけ漏らし。
「判りやすい人なんですよ、本音駄々漏れですから」