●リプレイ本文
くぐもった水音を錯覚しながら、着水した機体は海中へと潜っていく。
潜水の瞬間は音の遮断を伴っていた、照明に頼る視界は暗くおぼろげで、強く浮き出るのは黒い機影のみ。
仲間の存在をレーダーが告げる、全員の所在を確認したのち、傭兵たちは機体を目標海域へと発進させた。
彼我の距離は600m、既に敵の射程内に入って数秒立つが、双方共に目立った被害はまだ存在しなかった。
敵の遠距離射撃は間合いすれすれを擦過し、くぐり抜けた傭兵たちが距離を詰めていく。
水に薄く映る靄は、巻き上がった砂埃だろうか。未知という意味では新機種を気にしがちだが、向こうの主砲台はやはりタートルワームであるのだと如月・由梨(
ga1805)は確信を得る。
(「‥‥ブリンディシでは、以前辛酸をなめさせられましたから」)
鼓動する意識に大丈夫だと言い聞かせ、情報を見逃さないように、意思を固めて戦場を凝視し続けた。
――由梨はやるのだと決めたのだから。
射程が足りないのかどうかは不明だが、ゴーレムは亀の前に陣取ったまままだ動かない。傭兵達のと見目変わらない銃を持ちながら、銃口を向け続けている。
本来は陸戦として準備しかけていた依頼だが、このハプニングも仕方ないのだと緋沼 京夜(
ga6138)は心意気を抱え直した。
長らく戦い続けていた欧州、奪還は元々志す事であり、助けを求められた以上――拒む理由はなく、赴く理由が増えたといった所か。
――手が届くのなら、やれる事はやっておきたい。
「見えない弾丸‥‥ねぇ、確か、交戦記録での被弾は半径300m以内だった気がするけど」
出撃前に見せて貰った記録を思い出しながら、赤崎羽矢子(
gb2140)は他の人にも伝えるように言葉を口にした。それを必要な情報とし、由梨は頷いて記憶に留める。
仕組みとは別に、兵器としての性能も把握しておく必要はあるだろう。計器類は狂っていたが、戦闘に効果を及ぼす類のものではないと威龍(
ga3859)の報告が続く。
ジャミングというよりは、磁場が狂ってる感覚に近いとのことだ。羽矢子が申請した計器類は調達出来なかったため、各種数値は測定できていないが。
「敵の攻撃方法が分からないというのは圧倒的に不利だな。
少々消極的に過ぎるかも知れないが、相手の出方を見て逐次対応するのがベターかもな」
いまいち形が見えない現象に威龍が漏らすも、
「‥‥あの整備士が30秒以上待ってくれた事はないな」
Cerberus(
ga8178)が呟きで応じ、言葉を聞いた由梨が苦々しげに頷いた。
30秒といっても、開始30秒経てば半壊に追い込まれているというのが正確だ。綱渡りだが、先読みを成功させ、初動を確保する必要性は以前の記録が告げていた。
「‥‥うん、でも大丈夫な気はするよ」
周囲の深刻さに押され、口調は普段より幾分か控えめだが、荒巻 美琴(
ga4863)の言葉は力強い。
思いつく範囲で色々準備はしてきた、そして一緒に悩んで支えてくれる人もいる。
――だから大丈夫、少なくともみっともない羽目にはならない筈だ。
「魚雷『セドナ』、射程範囲に入りました――」
終夜・無月(
ga3084)が告げる。距離が詰まるごとに他の遠距離兵器も次々と発射可能状態に入り、一行の緊張感がいよいよ高まる。
視界にはプロトン砲の弾幕が煌めき、徐々に精度を増していく攻撃は傭兵たちに緊張と回避を強いていた。
冗談じみた貫通攻撃は、掠れば機体が吹き飛ぶ極悪の性能だ。
視線を向けても、攻撃手であるタートルワームの姿は朧気で、照準を覗く無月が首を横に振り、攻撃にはまだ距離が足りない事を示す。
「‥‥射程は足りてますが‥‥まともに当てたいなら、200mの距離まで近づきたい所ですね‥‥」
全く働かないというほどでもないが、バグアが地球に襲撃をかけた日以来、人類側のレーダー一式は僅かな補助の役にしか立たなくなっていた。
戦闘は視認によるものがメインとなり、そして海中のこの視界の悪さ。
兵器が届く距離と当てられる距離は別で、安全範囲からではまともな交戦が出来そうにない。
逡巡こそ孕むが、誰かが告げる続戦要請に反対の声は上がらなかった。下調べ不足で負けるなど不本意だろうし――実戦のデータは必要だ、勝てるなら尚いい。
ここから先は安全ではない、そんな確信があっても退却にはまだ早い。
「これもお仕事ですから。でも、無理する前に帰りますからね――」
念を押すように、鏡音・月海(
gb3956)が回線に告げる。
敵兵器の射程を測るため、傭兵たちは移動速度を抑えながら進んでいく。
その間もプロトン砲はお構いなしに傭兵たちを薙ぎ、距離が近づくごとに傭兵たちの被弾もかさみ続けていた。
300m、呼吸すら忘れるほどの緊張で、傭兵たちは攻撃が飛んでくると思われる視界に集中する。凝視するのは能力発動に置けるゴーレムの動き、何か前振りはないのかと意識を集中させ――。
「――――ッ!」
動作ではなく、溜めに似た完全な空白。それが前振りであり、警告であると察した瞬間に傭兵たちは機体を横に倒し、転がるように射線から逃げ出していた。
追撃が機体をはじき飛ばし、震動がコックピットを揺らす、回避に追い打ちされる形で、受けた被弾は無月が二発、羽矢子が一発、京夜が三発。
「っつ」
揺さぶられる体が受けたダメージ故に痛む。タンクを破壊し、気泡の乱れで見えない弾を映そうとした京夜だが、その余裕があるかどうかは微妙な所だ。
早すぎたら気泡が消えてしまうし、遅すぎれば回避出来なくなる。いっそタンクを盾に使った方がいいのだと思考は告げていた。
塗料を撒く場合はもう少し距離を詰める必要がある、扱いは煙幕装置と同じだ、移動してしまったら意味をなさない。
「――射程、確定しました」
弾丸が届くのは300m、事前に聞いていた情報と共に由梨は情報を確定させる。
速度を殺す必要はなくなった、傭兵たちは態勢を立て直すと同時に機体の速度を上げ、自分達が戦いやすい距離へと詰め寄る。
回避行動も相まって、殆ど転がるような前進だ。機体の揺れが操縦者を揺さぶり、めまぐるしく変わる視界に意識が必死でしがみつく。
勘と目測で弾を避けていく、ここまで判った事は簡単で――射程も精度も、向こうは此方より遙かに優れているから、射程内でもたもたしていると削り殺される事。
距離を離せば回避率は上がるが、敵を仕留めないことには根本的な解決にならない。
一方的に攻撃を受ける時間は、短ければ短いほどいい。
「やっぱり、物凄く特異的な念動力だと考えるべきかな」
ゴーレムが放つと思われる『見えない弾』、目視出来ないため確証はないが、羽矢子が実体験してみた限りはそんな感じがする。
「‥‥感じ的には、間違っていないと思う」
事前の準備を思い出し、美琴が羽矢子の推測を肯定した。視認できた一瞬は、「水を弾丸として打ち出す武器」の攻撃と同種のものだ。
美琴の言葉に羽矢子が頷く、元より弾を目視することが困難だと言えばそれまでであり、現象に惑わされる必要はないと羽矢子は確信する。
――弾を目で追うのは負担が高い、ここは仲間が着目したのと同様、予備動作を見て回避した方が良いのだろう。
「‥‥行きます!」
射程に到達し、由梨は真っ先に銃口を上げる。敵を狙う視界は、無月が見立てたあるべき交戦距離が正確であることを示していた。
照準に手応えを感じ、由梨はトリガーを放つ。砲口が向けられていると確認次第、すぐさまその場から離れ、敵攻撃に対する回避行動をとりながら目標を再確認。
「‥‥!」
狙った一機がよろけるのを確認し、再びガウスガンを構えて追撃を行った。
敵に打撃を与えた確信、味方の立ち位置などを確認しながら移動を続け、最適な戦闘位置を確保する。
遮蔽物がないこのフィールドでは、撃ち合いは常に移動を伴うものになる。乱戦というべき状態で指揮系統の効果は薄く、傭兵たちは戦闘を各の手に委ねていた。
味方の状況に気を配り、どの敵を狙えば手早く仕留められるか――それ位は指揮を受けるまでもない。
「よっと‥‥!」
距離は十分だと判断して、京夜が放り出した塗料タンクを銃で破壊した。薄いピンク色が両者の間に広がり、海の中に漂い始める。
‥‥恐らく、色が持つのは20秒が精々。
近距離でばらまけば、弾に色をつけることも出来るのかもしれないが、今回接近することまで勘定に入れられていない。
予兆が多いほど、少しは避けやすくなる筈。
――そう、動けてはいる。
「っ‥‥!」
ぶれに似た予兆を頼りに、無月は側方へと疾駆する。振り切ったと判断したところで、狙いをつけて射撃。
別機からの攻撃を受けてしまうが、大した傷ではない。追撃が可能だと確信し、使わずじまいだった「セドナ」を好機だと見て解き放つ。
くぐもった音の手応え。自分も被弾するだろうと覚悟していたが、攻撃は来ていない。少し距離を取り、意識が余裕を取り戻した際に確認したのが、月海の攻撃を受け、無月への注意をそらされたゴーレムだった。
緊張を取り戻す、先ほど穿ったゴーレムは中破のようで、装甲を破壊されながらも戦闘態勢を取り戻そうとして。
「寝てろ‥‥!」
敵は少しでも減らすべきだと、威龍が追撃に踏み込む。
ガウスガンが突き刺さる。タートルワームのプロトン砲が向くも、チャンスだと踏んだ傭兵たちは攻撃の手を緩めない。威龍が砲撃から逃れる隙間、Cerberusが別の方向からR3−Oを放出し、
「‥‥‥‥!?」
着弾の爆発は、しかしゴーレムのやや手前で起こった。
ゴーレムは先ほど以上の損害を受けていない、起きたことを言葉にするなら、見えない壁によって遮られた。
何らかの防御行動、それは解る。問題はそれがどういった性質のものかで――。
少なくともこっちに跳ね返ってくる類ではない、間髪入れず、京夜が横から追撃を叩き込んだ。
相次ぐ射撃は、やはり手前で止められてしまう。だが回数ごとにゴーレムの動きも鈍り、向こうも何らかの代償を払っているのだと伺わせる。
恐らくは燃料。ならばいずれ尽きる。
「逃がさない‥‥!」
一機でも落としておけば、勝利への確信が掴めると羽矢子は思う。
向けられる掃射は他のゴーレムによるものだろう、無人機なりに判断は的確で、簡易的ながら連携を成立させていた。
機体をずらし、攻撃に対する回避行動を取る。認識に動きが追いつかず、いくつかの被弾は避けられないが、撤退ラインにはまだ余裕があった。
攻撃が向けられる間、狙われていない美琴がゴーレムに攻撃を食いつかせる。数が嵩み、脅威だと認識された美琴に攻撃目標が移り、自分への牽制が甘くなった。
チャンスだ。まだ一機に狙われ続けているが、強引に振りほどいて攻撃に移行する。
亀は小回りが効かない。ゴーレムは相次ぐ攻撃の対処に追われている、自分を攻撃するゴーレムも、自分から目を離すことは不可能だろう。ならば――。
「‥‥落ちろッ!」
数々の攻撃をすり抜け、連携の間を縫い――放たれた京夜のDM5B3重量魚雷がゴーレムの見えない壁を粉砕した。
戦場が遠ざかっていく。深い群青の奥には機影も見えず、攻撃もこれ以上飛んでこない。
掃討命令は出されていないのか、全力逃走した結果、射程から外れた時点で攻撃は止んでいた。
全員が遅れる事なくついてきたのをお互い確認しながら、水面へと浮上し、帰還する。
幸い、Cerberusがアンカーを使うような事態には陥っていない。
偵察戦の戦果は、ゴーレム一機の破壊。
表面的には物足りない結果だが、今回の情報を踏まえ、戦術を突き詰めれば戦果を上げる事が出来るだろう。今回は情報を得るため、交戦距離にたどり着くまで消耗を重ねすぎたのもある。
とりあえず、目的は情報の入手だ、それは達成することが出来ていた。
――もっとも、事前情報にあった、『動きを止める』能力の正体は目にすることがなかったが。
(「‥‥やっぱり、近接を挑む機体に対するトラップ能力なのかなぁ‥‥」)
裏付けをとれず、美琴が口惜しげに思いをはせる。
上手く行く確信があっただけに、この辺も確認しておきたかった。だが、逆説的に言えば、自分たちの行動は『発動条件』に引っかからなかった、すなわち『罠を回避した』と言えるだろう。
解析人員へのお土産は減ってしまったが、離脱者なしで帰還出来たことも大きな戦果と言えた、それは素直に喜びたいと思う。
「それにしても‥‥」
目的の一つを逃してしまった、と由梨は項垂れる。自分なりに精一杯やったと思うのだが、タイミングが悪く、今回はまったく標的になれなかった。
敵武装データの精度を高めるため、一度は攻撃を受けてみたかったのだが。
「‥‥あ、サーベイジなら使いましたよ、私。ちゃんと効いていたので、弾丸は物理系かと」
詳細を聞き出した月海が由梨に補足する。
「あ、有難うございます」
不運に対して微妙な複雑さを残しつつも、他の人がデータを取れた事に由梨はお礼を言い、今回の偵察はひとまず大成功ということで――終わりを告げた。