●リプレイ本文
此処も、生きる者の気配はなかった。
街は散らかり、灰塵にまみれ、一部の建物は欠けて瓦礫と化している。
占領によるものかと初めに思い当たるが、それだけではない。この街は――記録上、何度も戦闘の舞台になってきた。
言葉をつけるなら、不穏の一言に限るだろう。
見目だけの静寂、瓦礫が形作る生々しい傷跡、既視感のある景色に圧力を感じながら、傭兵達は街道へと侵入する。
ブリンディシの荒廃も、これと非常に良く似ていた。
錯覚する軋みがより深いのは、今において突きつけられる現実だからか。
思考の強張りは緊張に近しい、悔恨に似た感情を噛みしめながら、赤崎羽矢子(
gb2140)は町中に歩みを進めていく。
共に突入するのは四人で一班、A班とB班に分かれ、UNKNOWN(
ga4276)と漸 王零(
ga2930)が囮として別行動をとっている。
役割の他、班を分けた理由は主に街という地形にあった。狭い通りを大所帯で移動し、戦うのは無理があるだろう。
「場所にもよるけど、‥‥二機以上は動きづらいかな」
足を取られず、武器を振るスペースを確保するならそれ位が限界だ。敵数を減らすため大通りは避けたいが、そうなると戦うのは一機がぎりぎりになってしまう。
「二機一組でも良かったかもな」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が苦笑を帯びて漏らすが、今更予定を組み直している時間はなかった。
やりとりする地図の情報には、A班が立てた予定の元、いくつかのルートが示されている、塗りつぶしを伴う地図は、曰く通れない場所も多数あるため、随時変更の可能性があるとのことだ。
ルートは進みながら決めるしかないが、選定基準を明確にしていれば迷う事もないだろう。戦い方を確たるものとし、自らに有利な陣地を選べば、追い詰められる確率もかなり下がる。
固めた思考に頷き一つ、「行こう」と促しの言葉を作り、ユーリは歩みを走りへと上げた。
僅か距離を取り、B班の後方をA班が追従する。
張り詰める緊張があり、言葉は少ない。先読みを警戒して進軍速度はやや早めに保たれ、A班にも同じ要請が送られている。
囮班は敵を引きつける役目のため、最初から別ルートだ。此方の布陣を敵がどう読むかは判らないが、上手く行く事を願うしかなかった。
物々しい気配は初めから強い。B班も同じ事を感じているのか、先ほどから無言の緊張が満ちている。
随時反応を求められる警戒心、故に視界にワームの姿がちらついた時、双班は思わずそれぞれ息を詰めていた。
反射的にガードを行うが、光は突き抜けてB班を飲み込む。ユーリと羽矢子は盾で機体の大部分を庇い、威龍(
ga3859)とCerberus(
ga8178)は対応が間に合わず、光の奔流をもろに受けてしまう。
光が届く刹那前、緋沼 京夜(
ga6138)とフォル=アヴィン(
ga6258)は、同班である篠崎 公司(
ga2413)と荒巻 美琴(
ga4863)を引き倒すようにして建物の影に飛び込んだ。クラウとリエルは曲がり角に慎重だったため、顔を自ら引っ込めるだけで済んでいる。
光が収まるのを待たず、京夜はフォルを伴って後ろの曲がり角へ走り出す。
正面から飛び込む選択は避けた。敵攻撃はタートルワームによるプロトン砲であり、接近する間撃たれ放題というのは宜しくない。
ルートは曲がりを多く入れてジグザグに、標的として捉えられないよう気を払い、敵との距離を詰めていく。
被弾から立ち直り、砲撃が弱まった一瞬を縫って羽矢子は建物の陰に飛び込んでいた。息をつき、冷静さを取り戻してから状況を把握しなおす。
不意打ちで動揺したが、敵数は多かった訳ではない。タートルは火力と引き替えに機動力が低く、距離を詰め、攻撃を叩き込めば十分排除は可能だろう。
「敵は前方の曲がり角の先。A班も接触したみたいだから援護は期待出来ないかな‥‥私たちだけで行くよ」
迂回によって、敵遭遇はかなり避けられた筈だが、待ち伏せを受けたという事はそろそろ通用しなくなってきたという事か。恐らく此方を囲い込むようにして兵力が展開していて、先ほどはその一部にあたったのだろう、ならば。
「‥‥囲まれる前に突破しないとな」
同じ思考を浮かべていたのか、ユーリが言葉を継いだ。
通信によって各位置を把握し、お互いの援護を考慮した上でユーリは進むべきルートを組み始める。地形によって班は分けたが、協力を諦めるべきでないというのは双班共に共通していた。
味方から通信の回線が開かれるが言葉はない、「どうかしたのか?」と威龍が問えば、控え目なCerberusの声が返る。
「いや‥‥キューブワームがな」
「ああ、ジャミングはあるが‥‥姿が見えないな」
ジャミングの緩和を考えていたのは双方同様。戦場における時間ロスの痛さは前回の条件と非常に良く似ていて、故に今回もキューブの所在は隠されているのか。
ならば、ジャミングの薄い場所に攻撃のチャンスがあるとCerberusは考え直す。どれほど踏み込めるかは判らないが、考慮しておくべき事項ではあるだろう。
接敵していたのは囮の二人も同じだった。
元より交戦を目的としていたため、二人は臆する事なく、これ幸いとばかりにワームの群へと吶喊をかける。
UNKNOWNが前衛、王零は後衛。信頼を元に踏み込みは淀みなく、ワームの至近距離まで間合いを迫らせる。
対するワームはすばしっこく、身軽に後退を混ぜて負傷を抑え、距離を取りに来ていた。追いかけている内に元の道から外れていまい、これでは観光案内を続ける事は出来ないだろう。
移動しながら交わされる戦いを追い、王零は少し離れた所からエニセイをつがえる。誤射など自力で避けて貰えると照準を合わせ――しかし。
「‥‥!」
王零はトリガーを引くことが出来なかった。
牽制と同じ理由で、多方向の攻撃に対応するのは人間的に難しい、前後方向となれば殊更で、両方を気にかけるのは相手にとって負担が重すぎた。路地の狭さが回避能力の低下にも拍車をかけていて、建物もあり、射線を通す事自体難しい。
味方に当たる、今まで重ねて来た戦闘経験が迷いなく告げていた。どうすればいいのか。
これをどうにかする考えはある、考えはあるのだが――リスクが相応に高く、独断で決めるのはやや厳しい。
「別方向から近づけば‥‥」
射線を妨げられる事なく、横撃を成立させるにはそれが一番だろう。大通りに行くのも大いにありだが、動きやすくなってしまうのは敵とて同じだ。
だが、それは僚機を敵中に孤立させる事を意味していた。いくら機体が鍛えられているとは言え、崩しによって綻びはいくらでも生じる。
「‥‥」
「漸。‥‥行くのだろう?」
持て余し気味な躊躇を読み取ったのか、UNKNOWNが促すように言葉を作った。いいのか? と確認するような言葉が返り。
「行きたまえ」
気をかけるのは無用だと、言葉が打ち切られた。
敵を引きつけるべく、UNKNOWNは単身ワームの群れへと切り込んでいく。
距離を詰め、逃げられれば追い、現在位置を伝えながら走り続ける。
ワームは接近戦を求めず、射撃による一撃離脱を繰り返していた。それを追おうと路地に踏み込んだ瞬間、機体を崩す爆発が生じ、光によって視界が瞬間的に失われる。
フィードバックされた熱が体を灼く。地雷を踏み抜いたと理解するのは攻撃が収まった後で、損傷は受けたが、機体の頑丈さ故にダメージは押さえられていた。
「ふむ、力不足‥‥だね」
立ち上がり、走り出そうとすれば、5mも動かないうちに今度は視界が沈む。
地面を崩す感覚と共に体がバランスを失い、理解を向けた先では陥没した道路に足が飲み込まれていた。
穴は大きいものではなく、足が埋まっただけだ。引き抜こうとするより早く、横から来た光の砲撃に機体が飲み込まれる。
とっさに身を低くしてダメージをやりすごし、立ち上がろうとしたら今度はその軸足が傾ぐ。地面から顔を出したアースクェイクによって足が噛み付かれ、行動能力を完全に封じられた。立ち直る余裕を与えず、砲撃が再開される。
重なる攻撃が、機体をどんどん焼いていく。
身を庇うような武装はない。バランスが取れない故に武器を執る事も出来ず、抵抗も砲撃によって打ち切られる。
戦いの響きに嫌な感覚を得たのか、王零が回り込むのは予定より早かった。言葉を作ることなく、見ただけで状況を理解し、緊急だと判断してブーストによって急接近する。
プロトン砲の巻き添えを受けるのは仕方がない、妨げを狙う攻撃によって機体が傷つくが、他に手段はないため歯を食いしばって堪えた。足を噛むアースクェイクにハイディフェンダーを突き立て、重ねて数撃を入れる。
「‥‥平気かね? 漸」
「ああ、だが――ちょっとまずい」
「建物を倒すのって、難しいんですか?」
確認を取るフォルの言葉に、クラウが走りながら頷きを作る。
「狙って倒すのは、な。貴公の武器はハンマーボールだし、自分の方向に倒すのは比較的楽だと思うが‥‥保証はしかねるってとこか」
得られるのはチャンスだけ。それでも手段があるなら試すべきだという考えは変わらず、フォルは「解りました」と返答に頷きを重ねる。
散発的に続けられる戦闘の中、道幅に苦しんでいたのは、A班も同じだった。
接敵する事自体はさして問題がない、だが回り込みや後方援護といった行動は射線と敵能力の都合からほぼ行えず、チャンスを待つ間、後方の機体は立ち往生に陥ってしまう。
誰もが単独行動を取れる能力を擁する訳ではない、更にAB班はそれぞれウーフーを連れているため、分散しすぎるのも難がある。
A班が取った行動は、突破する役割と、退路を確保する役割をそれぞれ分けてしまう事だった。
後方とて単独行動を取る必要はない。リエルが予測する敵出現に対して待ち構え、必要とあれば迎撃し、突破を担当する二人が来るまで牽制を担う事。
公司の護衛を担当する美琴にとっては悪くないポジションだったが、その護衛という役割故か、緊張も少なからず抱えている。
ブリンディシの時は仲間が近くにいて、囲まれるプレッシャーもそう強くはなかった。だが、ここは自分一人でしっかりするべき場面だ。
緊張は裏返せば決意と転じる、開き直れば或いは勇気と言えるかもしれなかった。
そもそもの発端は、空に信号弾が打ち上げられたことに起因していた。
「信号弾‥‥撤退か、軍の方だな」
空を飾る色を見てクラウが呟く。
通信が繋がらないため、一度外に出るまで状況を知ることは出来ない。確信出来るのは、イタリア軍が撤退の決断を必要とする場面に陥った事であり、程なくすれば敵の浮いた戦力が此方に回ってくるだろう事だ。
猶予は恐らく三分程度しかない。目標である街の中心部に辿り着いてはいなかったが、傭兵達にも進退の決断が迫られていた。
自分たちの戦果はどうかと彼女は考え。
「‥‥壊滅にも殲滅にも届いていない、崩しは効いてるが、痛み分けというより相打ちに近いな」
お互い致命的な一撃を与えられず、ダメージだけを重ねた形だ。
B班が正面を避けて回り込めば、予想通り、最初の亀以外にも敵は付近に点在していた。
気づかれないように近づくのは敵の能力的にほぼ不可能で、故に狙うのは、攻撃を凌ぎながら距離を詰める工夫となる。
幸い、町中は遮蔽物に事欠かない。
遭遇した端から何度か交戦を行ったが、敵はいずれもある程度攻防すると後退する性質を擁していた。
凄く気になるが、前衛を担う二人は予感が告げるままに深追いを避ける。射線の通らない方に逃げ、撒くことが出来るならそれでいい。
何の予兆もない、根拠のない予感と呼ぶべきもの。だがここは敵が防衛する地方であり、地の利が敵にあると予想するのは決して過剰でない気がした。
傭兵達を見れば、A班はまだ余裕があり、B班は中破にさしかかりつつあると言った所。
時間に押される中、下手に余力があったために、誰一人として戦場からの離脱を言い出さなかった。
言い換えるなら『まだ三分はある』。囮班は頭数が少ないために離脱へと移行しているようだが、その辺は無理もないだろう。
京夜はフォルの横をすり抜け、低くした体を跳ね上げるようにして敵に向かって武器を突いた。側面強襲だとはとても言い難いが、基本は揺らいでない故に誤差を気にせず動けている。
正面からの攻撃はフォルが引き受け、自分は生じた隙から敵の攻撃を担う。厄介な事態が発生したら、その原因を排除に向かうのも自分の役目だろう。
地形の都合から前後を分ける事が出来ず、結局はフォルと戦線を並べる形になってしまった。誤算に悪いものを感じる事はなく、内心が得るのは安堵と落ち着きに似ていた。
槍を引く動きと入れ替わるようにして、フォルがハンマーボールを投げつける。踏み込みによって間合い差が生じ、敵の攻撃がガードの届く範囲に収まる。
移動によって狙いがずれ、敵の攻撃がフォルによって払われた。京夜が踏みこみを再び行い、回した槍で敵を突き倒す。刃が食い込まないため、槍を戻す速度は速い。倒れた分距離に余裕が生じ、フォルの叩き付けるハンマーが敵機体の腹をひしゃげさせた。
敵の破壊を確信し、二人は身を翻して戦場から移動する。
正面勝負は機体の性能如何に関わらず此方に分が悪い、策を動かす時間を与えずに、とっとと離脱しておくべきだろう。
無人の街には、傭兵達が突入した当初より散乱する瓦礫が増えていた。
破壊が立てる響きは大分収まってきている、傭兵達の周辺に限れば収まったと言ってもいい位で、武器を携えたままの彼らは互いに頷くと、外の方向に小走りで駆け出していく。
与えられた僅か二分間、傭兵達が行ったのはあがきとしての、周辺における敵の掃討だった。
ここで兵力を減らしておけば、いずれ舞い戻ってきた時に差が出るかも知れない。やれる事はやっておきたいのだと、力を尽くした戦果がこれだった。中心部に辿り着く事はなかったが、撃破数だけ言うならそれなりの戦果を上げられたのだと今回は実感が伴っている。
(「‥‥殆ど後半の追い上げだけどな」)
ロスした分の悔恨は禁じ得ない、昂ぶりは未だ残っていて、呼吸に従って胸を上下させる。
深く考えたら泥沼に沈みそうな気がして、京夜は思考を閉ざす事で感情を上辺だけに留めていた。下ばかり向く事が出来ないのは、理性だけが割り切れている。
「撤退戦‥‥になる事はなさそうですね」
控え目ながらも、フォルの言葉には僅か安堵の色がある。ユーリが軽い口調でそれに答え、走る速度を上げた。
「行こう。追っ手が来たら最悪だからな」
またこの街に来る日があるかどうかは判らない。思いは複雑すぎて、誰も口にすることは出来なかった。