●オープニング本文
前回のリプレイを見る そこは田舎を通り越した、未開地帯だった。
木材を寄せ集めて作られた程度の家屋、都市部で育ったのなら、どうやって生活を営んでいるのか疑問に思うほどの荒廃具合。
ユズは、そんな一つの建物に足を踏み入れていた。
入ってすぐの場所に人間は見えない、壁には数多くの武具が立てかけられていて、“生活を営む手段”が分かりやすく展示されている。
客の気配に気づいたのか、すぐ奥の部屋から店の主人であろう男が顔を出し。
「‥‥おいおい、賞金首の小僧じゃねぇか」
厄介な奴が来た、そんな悪意より煙たそうな色の強い言葉に、ユズは笑みの気配を濃くした。
「別に、ぶっ壊しに来たわけじゃないんですよ?」
背中で手を組み、首を肩に寄せると、いつも通り掴めない調子で告げる。
店主を気にすることなく、銃、剣、爆弾、なんでもござれと言った“商品”に視線を向け、眺めた。
新品同様傷の付いてないものもあれば、誰かのものが流れ着いたのだろう、くすんだ色合いの品もある。歩んだ先には刀身の曲がった短剣があり、他にも武器はあるが、色々見て回る視線は、最終的にその曲刀に戻っていて。
「他に業物はいくらでもあるってのにな、そんなもので殺したい奴でもいるのかよ?」
抜けるような、吐息の笑み。商品を背に、彼/彼女は振り返ると。
「殺したい‥‥んでしょうかね、僕はその理由を、忘れる事にしたんです」
だからまぁ、と笑みに困った色を追加して。
「まともに生きる理由も、同時になくしちゃったんですけどね」
::
報告を聞き終え、二人のUPC軍人は微妙そうな表情をしていた。
この情報は、情報部から上がってきている。探るにしても見境のない奴らだと、二人共々思っているだろう事は、口にされる事なく。
「‥‥良く調べが付きましたね、そんな事」
「特に情報操作は行われていなかった、奴にとっては隠す事でもないんだろう」
そうでなければ、あの店は焼き払われてたかもしれんな、と中尉は物憂げに付け加え、口を開く曹長を一瞥し。
「その続きはないんですか?」
「世界の半分以上は、誰かの恨みを買ってる奴だからな」
部屋を環視し、話して問題ないことを確認してから中尉は続ける。
「でもまぁ、幾つか推測は成り立つ。知って有意義かと言われると微妙だが‥‥」
「‥‥たとえば?」
「説得に絶対に応じない類の人間である、とかだ。‥‥あそこまで馬鹿にされて、そうしたい奴がいるかどうかは知らんが」
噛み合わないにしても、こういう形なら誰も傷つかないのかもしれないな、と中尉は目を細め。
「あいつの殺意は理知的だ。性格以外は軍人向けだな、‥‥手ごわいという意味で」
::
作戦開始前。
ブリーフィングルームにて、今回の依頼の説明がUPC軍人たちによって行われようとしていた。
前回の依頼終盤、傭兵たちによってシチリア東でのバグア軍発見報告がある。
「ミラッツオは空、か‥‥」
向こうの思考をなぞるように中尉は沈黙を挟み、曹長が手っ取り早く誰もが思っているだろう疑問を投げかける。
「これって、飛び込んでもいいんですか?」
「敵がいないのと安全はイコールではない」
敵の厄介さを示すように、中尉は目を細め。
「逆に、敵がいない分罠を想定するべきだろうな。ミラッツオ丸ごとが火薬庫になっている、なんて事も十分ありえる」
上陸はまだかなり後になる、工作班と護衛だけを先行上陸させ、ミラッツオの調査に当てるらしい。
「‥‥これって、足止めって言いませんかね」
「罠のあるなしに関わらず調査は必要になるからな。‥‥非常に良く出来た段取りだ」
さて、と中尉は一つ前置きして。
「バグア軍だが、傭兵たちが目撃したのは輸送部隊、運んでいる内容は長距離砲と想定される。
まず碌なものじゃないだろう。
ミラッツオにて最低限上陸出来るエリアを確保したのち、途中をKVの低空飛行ですっ飛ばしてバグア軍に追撃をかける。
敵が運んでいる長距離砲。これを追い、破壊するのが今回の任務だ」
燃料を温存するのと、敵の的になる事を防ぐため、低空飛行はかなり離れた場所で中止する必要があった。
残りは陸地経由での、通常進軍を行う事になるだろう。
「爆撃はしないんですね」
「向こうは長距離砲の展開が出来る、近づきすぎると餌食になる可能性が高いからな」
一息つくと、更に話を続け。
「シチリアは向こうの陣地だ、ナポリ同様、恐らくあらゆる方面に罠とキューブが撒かれてる。それも排除に時間を取ってしまうような場所に、な」
その手の障害を排除している暇はない、と付け加え。
「今回は市街戦で、地の利は向こうにある。
攻勢は向こうの方が圧倒的だ、『まともに撃ちあうより、攻撃を凌いで突破する方法』を考えたほうがいい」
移動しにくく、攻撃が限定されるのもまた市街戦の特徴ではあった。
無論、市街戦にはセオリーがあるし、敵の機体特性もまた勝負に関わってくる。戦術を練る場合は念を入れるに越したことはない。
「‥‥もう一つ、厄介なものがUPC宛に届いていてな」
リモコンで、会議室のスクリーンを起動する。
映像だけなのか、音声はなかった。
映る姿は敵の整備士のもので、左手に自分を象ったマスコットを持ち、右腕には他のマスコットを抱えている。
ユズが合図を出せば、左上方に都市迷彩仕様のキューブ映像が浮かび、ユズは自分のマスコットでそれを指し示すと、挑発するような笑みをUPC軍に向けた。
「‥‥あれって、『伏兵いるけど怖くないなら突っ込んでこいよこの野郎』って意味でしょうかね」
「‥‥じゃんけんで『俺グー出すから』って宣言する類のフェイントかもしれんぞ」
特に表情を変える事はなく、中尉は傭兵たちに向き直って。
「向こうの挑発に関わらず伏兵は警戒するべきだろうな、奴のことだ、自分にとって最上級の態勢で来ることだろう」
時間が押しているのか、彼女は手早く要点を述べ始め。
「場所は狭い、戦うなら一度に二人だ。
二人で行動すると身軽だが、四人の方が手は回りやすい。どっちが適してるかは自分たちの戦い方を考えて決めろ。
近接戦中、直線通路での射撃はよせ、味方に当たる。
トラップは必ずあるだろうが、解除する時間はない、とは言え迂回して道を探すのもリスクが高い。ある程度は踏み壊す事も覚悟しておけ、準備なしに受けるのは勧めんぞ」
●リプレイ本文
笑顔一つで、殺意は完璧に殺すことが出来る。
大切に壊すように愛でるように、自分すら気づく事はなく。
嗜虐とはまた違う、愛情に近い――悪意のような、狂気と呼ぶべき。
――彼/彼女が持つ殺意の性質とは、つまりそういうものだった。
空は薄く、淡く濁ったような水の色合いだった。
知覚出来るのは、冬になって寒くなっただろう風と、廃墟が伴う、荒涼とした静寂。
孕んでいるだろう危険が空気の密度を増し、冷たく鋭い戦場の空気を呈している。
決して杞憂ではない、命に迫るだろう危険。
方向性に些細な違いこそあれど、それぞれが浮かべる表情はいずれも楽観的とは言いがたい。
「この面子なら食い破れると思うが‥‥な」
思わず口に出てしまったのは不覚か不安か。確信だと思うことにして、榊 兵衛(
ga0388)は口を噤んだ。
敵のいない場所で、緩慢に降下を果たす。
姿勢を安定させないうちから轟音とともに建物が崩壊、落下し。
地に沈んだ欠片が砂煙を立て、戦闘の開始を告げていた。
ディスプレイに、現在位置が薄く透かした周辺地図とともに重ねられる。
位置が割れているなら長居するのはまずい、その予感が傭兵たちを班ごとにそれぞれ移動させる。
通り抜ける街並みに、敵の姿がちらついていたのは気のせいではないだろう。通信によって細かい位置を確認しあいながら、傭兵たちは地図から具体的な進行方向を決めていく。
最短ルートは意識して避ける。
御影・朔夜(
ga0240)は機体の身軽さを生かして先を窺いながら、如月・由梨(
ga1805)とフォル=アヴィン(
ga6258)はランダムに道を変え、僚機を伴い敵の追跡を撒いていく。
向こうの追跡能力が高いとは言え、方向転換は追っ手の動きを鈍らせるには十分な効果があった。
このままいけると、緊張に身を固めつつ、由梨は行い慣れない追跡戦に集中を注ぐ。
「地形は結構変わっているな‥‥」
地図と見比べながら、榊は実際の戦場を目にして独りごちた。
廃墟と化しているシチリアは、通行不可になっている場所も多い。無理すれば通ることも可能だろうが、ここまで来ると、地図を基にしたトラップの予測など当てには出来なかった。
警戒は、どのような場所が危険かを基準にして、想定の上対策手段を用意するべきなのかもしれない。
「大丈夫かね? 秋月」
「あ、ああ‥‥」
「何かあるなら、遠慮せずに言ってみたまえ」
秋月 愁矢(
gc1971)の口調が曇っている事は、問いかけたUNKNOWN(
ga4276)でなくてもわかるだろう。
それだけ芳しくない事項が多いのだと、彼は口ごもり。
「まず、違う方向にいる部隊との連絡が取りづらい。それと‥‥」
一つ、〜km系の特殊能力は理論値であるため、扱いには注意が必要だという事。
もう一つは――地殻変動計測器はあくまで地中を潜ってくる敵専用。地上の敵を探すにはノイズが多すぎて、全くと言っていい程使い物にならなかった。
『‥‥確か、エントランスの質疑応答に書いてあったと思うんですがね』
様子を察しているユズの言葉も傭兵たちに届くことはない。
探索の手段が一つ消えていると、その事実だけがあった。
「悪い‥‥一応機体能力の方で頑張ってみるが、頼りっきりになりそうだ」
「‥‥ふむ。気にしなくてもいいよ、やれることをやってくれればいい」
「UNKNOWN、悪いが、先頭を担当してくれないか?」
次のやや押さえ気味の声は、レティ・クリムゾン(
ga8679)から伝えられた。
今日は不調の日かねと思いつつ、UNKNOWNは先を促し。
「すまない、スキルの書き換えが行われてなかった」
あるまじき失態だと、レティは悔しさを胸に刻む。でも、まずは現状をどうにかするべきだと提案を続け。
「秋月のカバーはこっちでフォローしよう、私の代わりに行ってくれないか?」
「了解した。何、手順はたいして変わらない」
進軍は、事前に伝えられた通り、圧倒的な攻勢をかいくぐりながら行うものとなった。
地雷は当然のように張り巡らされ、敵襲も緩む事なく続々と迫ってくる。
狭い通路は光の砲撃に薙ぎ払われる。
上に逃げようとすればゴーレムが簡易飛行で迫り近づき、地上に逃れればトラップによる爆発が待ち受けている。
息をつく暇もない。こんな状況では風防を開けるどころではなく、歩兵を随伴させる事も難しいだろう。
「緋音、こっちだ」
朔夜の方を見れば、消耗はあるが負傷はさほどでもない様子だった。御崎 緋音(
ga8646)が見る限り、彼は先ほどから細かく慎重に動いている、地味な積み重ね、地形を利用して被弾を減らすことが、割合功を奏しているのかもしれない。
「此処が一番手薄だと思ったが、上にもいるようだな‥‥私が上を片付ける、緋音は下の方を気にかけてくれ」
気は抜かず、盾の後ろに身を隠し、フォルはペアの先頭を走る。
「‥‥‥‥」
絶えず方向転換をいれているおかげで、敵の包囲からはうまく逃れられている。考え事くらいは可能だったが、立ち止まる余裕まではなかった。
現在位置だけでも確認し、朔夜たちのフォローに回る段取りを思う。
罠の解除は進むに連れ、自然と優先順位が低くなりつつあった。
地雷はKVの重量を目処に設定されている、銃撃ではピンポイントに圧力を掛ける事が出来ず、作動はかなり運に左右されていた。
(ハンマーボールで叩けば確実かもしれませんが‥‥)
予備を持ち込んでいる訳でもなく、武器が壊れたら事だ。絨毯式に殴って進むよりは、作動させて空白地帯を確保する方がよほど手早い。
「ん‥‥もう少し、俺が前を走りますね。榊さんは温存してください」
消耗は常に分散を心がける、それが幸いしたのは、もう少し後の話。
「これで半分か‥‥」
恐らく戦域の半分を通り抜けたと、レティは状況から目星をつけていた。
「ようやく、と言うべきか」
負傷状態は可もなく不可もなく、襲撃されるタイミングの予測は完璧で、惜しむらくは防御武装の一つでもあれば違った事か。
狭い場所では、どうしても回避に限りがある。息切れを実感し始めたところ、UNKNOWNから新たな連絡が入った。
「先は射線が通り過ぎるな、少し遠回りをしよう」
宣言と同時に、UNKNOWN達がいるだろう方向から、何かを叩き壊すかのような爆音が響いた。
爆音のたとえは、間違っていない。実際、UNKNOWNの手によって建物が一つ破壊されていた。
それは、数あるルートの中で最も安全に近いだろう裏道。
「街の風景が潰れるのは、まあ心苦しくもあるが‥‥」
瓦礫が崩れる横で、UNKNOWNが吐息混じりに呟いた。
更に何撃か加え、KVが通れる幅を。任務を失敗させたら風景どころの話ではないから、今は目を瞑るべきだろう。
「秋月、私の後ろを着いてきたまえ」
身は低く、脇の建物に隠れるように。当然、身軽ないくつかの機体を除けば、敵の射線は通るはずもない。
「安全なのは間違いないだろうけど、固まりすぎるのも危険‥‥先で合流するのがいいと思う」
一度起爆を起こせばその道は空白地帯になる。UNKNOWNが道を拓いたからどうか、という愁矢の打診に、瑞浪 時雨(
ga5130)は考えた上で返事を告げた。
『そっちも気をつけてな』
愁矢の言葉に頷く。通信なのだから声に出さないとわからないと思い直し、「わかった」と短く告げて通信を終えた。
「このまま行きましょう‥‥?」
愁矢たちの元に行き辛いのは、由梨と時雨が敵を挟んだ向かい側にいた、というのもある。
敵はどちらかというとUNKNOWN側に釣られてるようで、突破するのは今がチャンスに違いない。
「敵も少しだけは残っていますが‥‥では」
身を低く落とし、被弾の面積を制限して由梨は疾走を始める。
脇道に飛び込めば、銃撃が遮蔽されて止まり、一瞬遅れて通路を光の砲撃が貫通する。
そのまま裏道を経由して前進、敵が追いついてくるだろう段階で更に方向転換をかけ、繰り返すことによって敵の襲撃を捌いていく。
「タートルワームだけ破壊していきます」
「わかった‥‥」
時雨が返事を端的に告げる。
由梨がブーストで加速をかけ、瓦礫を飛び越えて砲撃が飛んできた方向へと回りこむ。十字路にタートルワームが鎮座するのを確認、敵が振り向いてくる遅延の内に、一瞬で斬りかかる。
わざわざ回りこむ動きをしたのは自分が囮になるため、僚機に射撃するスペースを与えるため。
「エレクトラ‥‥」
だから、横に回り込んでいた時雨が、タートルワームを撃ちぬいた。
「時雨の機体で大体威力が二割減ってとこか‥‥」
交戦の報告は、愁矢の所にも届いている。それを全機に――別方向の方にもなんとか転送を試みながら。
探査した結果、キューブワームは建物の高所に押し込まれているらしい。つまり――傭兵たちの射線が通らない場所に。
弓を引き、高度をやや上にして矢を放つ。
レティが放つ、アグレッシヴフォースを載せた攻撃は威力を示す速度で飛び、敵を割り砕く手応えと共にゴーレムへと突き刺さる。
同時、終夜・無月(
ga3084)が動きの鈍った敵に機槍を打ち込み、ショートを引き起こした敵にトドメを刺して打ち捨てた。
レティたちが最も早くたどり着いたのは、偏にUNKNOWNが無茶とも言える手段で道を切り開いたためだろう。
足場が悪いため、身軽な相手に対するのはやや難があったが、少なくともショートカットは達することが出来ていた。
「さて、他の奴を迎えに行くとするか」
UNKNOWNの言葉に頷き、レティが愁矢に問う。
「近いか?」
「ああ‥‥すぐそこだ」
残り三組は、それぞれの手段を持って突破を果たしていた。
緋音と榊はそれぞれ細かい傷を重ねたまま、負傷は由梨達が最も軽い。
たどり着いたことによって緋音が息を漏らす。残念ながら、肩の力を抜ける時間はさほどない。
ブリーフィングで告げられた位置より、輸送部隊は遙か先にいた。
傭兵たちが迫る間も、進行をやめる事はなかったのだろう。僅かな危機感と共に、まだ止められるという確信を得て、傭兵たちは戦場に踏み込む。
見える敵数は思っていたほど多い訳ではない。それは、市街戦の狭さがバグア側にも適用されているためか。
愁矢が軽く探査を走らせた結果、敵の布陣は広範囲に散り、囲むものであると反応が返ってきていた。
「‥‥長期戦では押し負けるな」
方法は一つ、残した余力を全て輸送物の破壊へとぶち込む。
焔刃「鳳」を構え、朔夜が真っ先に敵陣へと切り込んでいた。
踏み込みは強く、振り下ろした一撃が護衛に防がれる。
続く敵の攻撃を剣で弾き、朔夜は返す刃で再び一撃を入れる。攻防が弾かれて距離が空き、無月が放った援護射撃に合わせ、切り込んだ次撃は上手く入った。
敵は、機体を欠損させながらも戦闘態勢を保っている。
敵陣の背後に、淀んだ闇が見えるのは整備士が持つイメージだろうか。
背筋に触れられるたとえは幾通りもある。
――おぞましい、駆り立てられる、殺したい。
殺意と悪意が触れ合っても、それを共鳴と呼ぶことはない。『あれ』が同じものだと認めつつも、自身が抱いた僅かな疑問から、彼我の線引きとして存在していた。
引き離せば、疲労のような酔いがある。
どろどろとした悪意、渇望に似た殺意。当てられた、というべきなのだろう。
「‥‥くだらないな」
今まで、何度も口にしてきた既知を蔑む言葉。込める感情には、欠落のような空白が混ざっていた。
「‥‥っと!」
掛け声に混ざって、破砕が起こる。
崩れた瓦礫の中にハンマーボールが埋まり、欠けた壁からキューブの姿を認めると、フォルは鎚を戻して更に一撃を振り落とす。
場所は、愁矢に探してもらった。時雨の要請のもと、目的を達成したフォルは問いかけの声を上げ。
「瑞浪さん、どうですか?」
「ん‥‥ありがと、なんとかいけると思う」
全てを消去出来ないのは、キューブが分散して各所に置かれているため。そこは仕方ないと割り切り、時雨は周囲の雑魚から切り崩し始める。
榊は、ファランクス・アテナイを持って敵機の掃討を初めていた。
敵に近づかれれば、自動的に攻撃を加える。肉薄によって幾らかの傷を追いつつも、交戦を続け、UNKNOWNがすっと横に立ち。
「――さて、道が拓いたね」
押し開くように、前衛たちが輸送物へ踏み込む。
「相変わらず挑発がお好きなようで‥‥でも、今回は貴方に構っている暇などありません――」
アクチュエータを起動、味方のスペースを開けるため、緋音がショートジャンプで敵横に立ち位置を確保する。
剣翼を持ってゴーレムの胴体を打撃、ぐらついた機体を袈裟切りに断ち、邪魔を排除する。
輸送物は、目の前に見えていた。
銀のコンテナで覆われた何か、それでもその体積と見た目の不穏さから、何か物騒なものである事は確信出来る。
でも、関係ない。破壊してしまえば、それは意味をなくすのだから。
「目標は、積荷だけ――!!」
『! ‥‥由梨、止まって!』
緋音が攻撃を振り落とし、悪寒に襲われた時雨が遅れて制止を放つ。
瞬間、白い光が視界を埋め尽くした。
: 『起動』
積荷が存在する場所で、大規模な爆発が起こった。
煙は高く、建物を遙か超えて空にまで達する。隠れ視える炎の色がその威力を示しており、周辺は完璧なまでに爆炎に包まれていた。
爆発は攻撃が原因でないと、緋音は手応えの無さから感じ取っている。恐らくはバグア側が判断して、自爆させた。
ユズは、口の端に笑みを作る。計算を誇るのではなく、それでいいのだと突き放すような、冷淡な指揮者の笑みだった。
『軍事機密を秘匿するため、自壊装置がついている事は、軍において珍しくありません』
『‥‥ま、僕は軍は嫌いですけどね。残骸持って帰られても厄介ですし』
由梨は、無事だった。
止められた瞬間に空白が生じ、それだけに前衛にいながら素早い反応で防御を起こす事が出来た。
戦場の動きは止まっている、榊、UNKNOWN、緋音、朔夜が吹き飛ばされて倒れ伏し、その中細かい負傷を重ねていた緋音の被害が最も重い。
食いつかなかった時雨は言うまでもなく、レティと無月、愁矢には爆発との距離が存在していて、フォルは、ハンマーボールが中距離武装であるため、難を逃れていた。
「‥‥っ!」
食いつかない、それは判断を要される選択でもある。
迂闊に使えば対応が遅れる危険性もあったが、時雨は賭けに勝っていた。
半数以上が巻き添えに遭っていたら――考えるだけでも恐ろしい、輸送隊が東に向かっていたということは、メッシーナでの決戦が近付いているという事なのだから。
『こういうのって、結構踏ん切りが必要なんですよね』
『でも、僕はすでに綱渡りを始めてしまった。今更降りるのはなしです』