●リプレイ本文
たゆたう海が、穏やかな空気を作る。
波が港際を優しく打ち、刻まれる自然のリズムが感覚を洗っていく。
海は足元に、望み見る空との境界線は、遠くにあった。
機械の駆動音が、地面に振動を伝えてくる。
振動パターンも機械によって差があって、注意を向ければ、強さと感覚で動作の種類に当たりがつけられる。
機械の動きは連続する。伝った先では常に何かが生まれ、一周すれば、工場が『生きている』のを肌で感じ取れた。
「はう‥‥」
嬉しさか恍惚か、どちらかというと興奮が強い感じでレーゲン・シュナイダー(
ga4458)が声を漏らす。
自身より遥かに高い機械の群れ、積み上げられ、麻布を被せられたコンテナ群。どの子から手をかけよう、そんな期待が声になって漏れ出てくる。
リパリの傭兵たちは、それぞれがまず整備区に集っていた。
明日に出撃が予定されている面々は武装チェックと簡単なメンテナンス、残りの面々は各所の手伝いを主に。
仰ぎ見る自身の機体は異常なし、モニタリングの数値も同様である事を幾度か確認して、フォル=アヴィン(
ga6258)は計器の傍から離れた。
「では、此方が出撃関係の書類となります、宜しくお願いします」
整備スタッフに、輸送や手配関係の書類を一括して渡す。
KV武装はコンテナに収められ、機体とは別に運び込まれている筈だった。
もう到着しただろうかと周囲を見渡せば、不知火真琴(
ga7201)がまさにコンテナを積んだトレーラーを運転して来た所で、フォルと視線が合った瞬間、彼女がにへと笑う。
「俺はちょっと調べたい事があるので‥‥後でまた手伝いに戻りますね」
必要な書類をスタッフに渡し、フォルは整備区から離れる。途中で真琴へと軽く会釈を返した。
「えーと‥‥」
フォルと挨拶を交わして別れた後、真琴の手元には輸送計画の書類があった。
コンテナには番号があり、いつ、どこに運べばいいのかそれぞれ記されている。配分の参考になるだろうと、各所の予定も軽く耳に挟んでいた。
先ほど挨拶を交わしたフォルはこれから資料室、瑞浪 時雨(
ga5130)は島を見て回りたいからと機体チェックの立会がやや遅めに設定されていて、逆に緋沼 京夜(
ga6138)はレグと共に早い時間からメンテナンスに入っていた。
「フォルさんの武装を預けた後、京夜さんの所に回って‥‥後でカーラさんの所にも寄った方がいいですかね」
カーラ・ルデリア(
ga7022)は倉庫側で補給計画などをスタッフと話し合っている、何をどう動かしたかは報告して置いた方がいいだろう。
「由梨さんは‥‥」
如月・由梨(
ga1805)もまたスタッフと共に整備作業に参加していた、‥‥ただし、メモを傍らに。
「うう‥‥」
由梨は、整備員に気づかれないようにこっそりと落ち込んでいた。
頭は何をするべきか分かっているのに、実践では所々躓いているのが感じ取れる。一纏めに片付けるコツがわからなくて、開けたり閉めたり、同じ手順を繰り返してしまっていた。
スタッフの人はよくフォローしてくれていると思う、ならば気付かれないように、ってのは最低限の気遣いで。しかし現実の壁にそれだけで対抗出来る筈もなく、気分は下を向いてしまっている。
(慣れない事は、するものではありませんね‥‥)
こういう考え方すら後ろ向きなのかもしれない、それに気づくと、更に思考が落ち込んだ気がした。
「初めては慎重さが大事ですから、それでいいのですよ」
「はい‥‥」
慰めてくれる整備員たちのため、せめて出来る事を、と思ったら結局は単純作業。気遣う真琴に俯いて礼を言い、コンテナを受け取って運んでいく。
迷惑を掛けたくないという気持ちと、それ以上を望む思考が背反する。
(どっちも‥‥というのは、まだ欲張りでしょうか)
KVの整備には、昇降機を用いる事もある。
当然、付き添いまで同乗するスペースはないから、高度差を隔てての会話になる事も少なくはなかった。
白衣を翻し、上でごそごそするレグを京夜は見上げる。
前はどんな使い方をしたのか、報告として口にする度、思考に暗く積もる感情がある。
戦闘の終了で収まったが、消えてはいない感情。消えるはずもない、解釈が出来ても、取り返せる過去などない――。
(‥‥今は、そんな顔をするべきではないな)
内心から目を背け、言葉を軽く流して、京夜は表情に笑みを作る。
恐らく、人間は自分たちが思っているほど器用ではない。それをレグはぼんやりと感じていた。
隠そうとする京夜と、直談判出来ない自分。京夜の違和感に気づいてない筈もないのだが、迷った挙句、本人が自分から言い出す事を待ってしまっている。
(‥‥緋沼さんが、それを望むのなら)
口惜しさも感じるが、そうするべきだとレグは思っていた。だから。
「とりあえず、コンディションチェックから始めますね――」
「――はい!」
整備員とのやりとりにレグははきはきと応える。今は、京夜が気を遣わないように、いつも通りにしているのがいいのだろう。
時雨は港から離れ、町の中に足を踏み入れていた。
建物は崩れ、少し荒れているが、文化を示す街の雰囲気は大方残っている。
ビル類がなく、仰ぎ見る空が広く見えるのを、時雨は素直に美しいと思った。
(壊したから、見晴らし良くなってると思うと‥‥少しあれだけど)
後ろめたさはあるけど、無事戻ってきた安堵の方が遥かに強い。
風がそよぎ、踏みしめる大地の感触は、音楽と別種の心地良さがある。揺りかごにも似て、今に限り、戦意をそぎ落とす安穩さを孕んでいた。
整備作業は続いている。
スタッフとの打ち合わせや申請などを隔て、地堂球基(
ga1094)は自身が扱い慣れた機体――シュテルン、西王母、リッジウェイの整備を回されていた。
機体を前に、手をかける期待と喜びがある。
整備作業のためだけに依頼を一つ――大掛かりなセッティングには苦笑も得るものだが、球基にとって適役である事には間違いなかった。
知識はひと通り揃え、小隊で整備を担ってきた自負がある。
努力は志に対して当然であり、培ってきた時間は『KV整備技師』の名にふさわしくあるためのものだ。
搭乗した昇降機がゆっくりと上っていく、KVを俯瞰する視界に立てば、期待感が増した。
数々の傷と消耗は、隔てた戦いを象徴する勲章に近い。発展は機体のセッティングに現れて、その中にはパイロットの個性も覗く。
「さ〜て、こいつはどんな感じかなっと」
「んん〜‥‥」
作業が本格的に始まり、カーラの周辺ではせわしないやりとりが始まっていた。
実の所、余りはかどっているとは言い難い。流通こそ現時点では問題ないものの、補給物資として何を申請しようか‥‥そう考えると頭が痛くなってくる。
「だってー、食料とか燃料はともかく、武装は皆好きな物使うからバラバラだしー‥‥」
今まで消耗した武装のリストを手にしながら、カーラが腕を下敷きに机に突っ伏した。
傭兵たちがストックしている武装の一覧なんてあるはずもなし、あった所で当てになる訳でもない、ボツ案ばかりが浮かんでくる。
「軍なら規格統一されてる事が殆どなんですけどね」
「そうやねぇ」
事務員の相槌に、カーラは突っ伏したまま、間延びした声で応えた。
「もうねー、皆COP−KVにしちゃえばいいのに」
なげやり気味に漏らせば、「そしたら清々しいですよねぇ」と事務員が悪くない苦笑を見せてくれた。
無理やりどうにかするなら、一応形は見えてくる。航空戦に限定されるが、G放電装置は安定性からそこそこの人気がある。誰にでも手に入れやすい、店売り品は8式螺旋ミサイルが安定するかのように思えて、それ以外ならガトリングとUK−10AAM、ライフル弾などが手堅い所か。
「後はー、ファランクスを少し用意しておくと安心出来るかな? うん、これで大丈夫だと思うよん」
「はい、それではチェック後これで上に出してみますね」
「お願いー、私はちょっと資料室に行ってみるにゃー」
資料室では、フォルがターゲットの関わっていた戦闘資料を改めていた。
戦闘の傾向など、相手のパターンを知ることが出来ればいいのだと思う。
「『水盾』と『使い魔』‥‥陣形も含め、基本的には攻防一体の戦術を取ってきますね‥‥」
『どう負けたのか』は共通している、安全な場所から一方的に攻撃を加えられ、押し負けていた。
『弱点を突く』という思考はやや修正する必要がある、それを実践した結果、カウンターを食らった記録もあるのだから。
「もう少し‥‥堅実に攻めるべきでしょうね」
冒険は必要だが、攻撃一点賭けは危険極まりないのだと直感が告げる。
少なくとも――ナポリに置いて、攻防のバランスよく、しっかりした足場から動く事は効果を見せていた。
整備場は作業を継続していた。
凹んだ装甲を交換し、関節を止めるネジの具合を確認する。
不具合無く動くかどうかは、機体にとって大事な事。幾つか動作チェックを挟み、レグは状態をレポートに記していった。
機体を見上げれば、随分と手を加えたのだと思う。
整備の馴染み具合を確認するだけでも大掛かりなもので、エンジンを動かし、異常がないことを確認すれば、元気な子供を見送るようで嬉しくなった。
ひと通りの動作確認を隔て、球基は自身が書いたレポートを確認する。
測定結果を見ると、流石にドイツ製のシュテルンが安定度で群を抜いていて。大味なリッジウェイやムラのありすぎる西王母はさてどうしたものかと思う。
「まぁいいや、でも動く類ではあるんだが‥‥」
かけるべき手間が少ない事が、逆に不安を煽る。
なんだかんだで性能通りに動くのだが、剛健質素なドイツ製と並べると、ついつい心配性になってしまっていた。
ある程度手伝いに慣れれば、周囲を見渡す余裕も出来てくる。
感想には至らず感嘆の声が多めだけど、真琴は興味深く周囲を観察していた。
自分は頻繁にKVに乗るわけでもない、でも興味があるのは確かで、そのうち必要になる予感もあり、ロビンに頑張って貰うその日のために色々見ておこうと思う。
時間を見れば、もう少しでお昼。
「っと‥‥これが終わったら、少し休憩を貰いましょうか」
調子はどうですかー、と真琴がレグを訪ねて行ったら。一段落しましたよー、とレグのニコニコした声が返る。
京夜の姿はなくて、どうやら作業を終えた時に離れ、入れ違いになったらしい。
「お昼でも一緒にどうですか、って思ったんですけど」
厨房を覗いた結果、昼の拵えは終えられているから、使いたいのなら自由に入っていいらしい。
「サンドイッチでも作ろうかと‥‥甘味もいいですよねっ」
きゃっきゃとしながら、レグと真琴は厨房へと向かっていく。
一時間ほどもすれば、借りた厨房には完成寸前の食事が並び、
「んっ‥‥いい感じです」
もち、つまみ食いではなくただの試食。食事を空腹に心地良く感じながら、他の人にも持って行きましょう、と二人はトレイを持ち上げた。
整備をひと通り終え、由梨はコックピットにてイメージトレーニングを行っていた。
仮想的なものとはいえ、戦闘の緊張感は不安を振り払わせてくれる。
忘れてはいけない、戦場は死線であること。過信が命取りに繋がる気がして、心をざわつかせる。
やり慣れたいつもの動作、これでいいのかという不安。命じられるままにポインタを打撃し、点数を重ねていく。
一息をつき、戦闘の熱が引いた後に残るのは背筋の冷たさ。
エンジンを動かすように、エミタを起動すれば、戦闘を求める熱が、再び思考を塗り替えていく。
KVから降りれば、下で自分を待ち受ける姿がいた。両手に一つずつ飲み物を持ち、クラウディア中尉は少し首を傾げると。
「‥‥夏祭り以来に、少しお節介をしようと思ってな」
昼を過ぎても、整備場は稼働したままだった。
レグと真琴は、食べ物類を分けて運んでいる。真琴がトレイを持ち、レグと言えば、両手にコーヒーとココア缶を抱えていた。
「疲れた体と頭には、甘ーいものが必要です」
レグが幸せそうに笑う。そして、疲れたときの甘いものにはコーヒー類がよく合うと知っていた。
フォルは、既に整備場に戻っている。真琴は何か思いついたのか、レグと持っているものを交換し、冷えた缶を片手に、そ〜っと近づく。
はらはらと見守るレグ、悪戯っぽく笑みを作る真琴。残り一歩の距離まで近づいたら、抱きつくようにしてコーヒー缶をフォルの首に押し当てた。
いくら冬が近いとはいえ、流石にフォルが飛び起きる。
振り向く彼に真琴がえへへーと再び笑みを向け、差し入れですよーとコーヒーを差し出した。
レグもトレイを抱えたまま近づく、二人の様子を見ると、フォルは頷いて穏やかに笑みを浮かべ。
「ありがとうございます。もう終るので、向こうでみんなと一緒に食べましょう」
他にも見て回れば、各々はそれぞれ感謝と喜びで差し入れを迎えてくれた。
球基の所を回り、見れば時雨も整備場に入っている。
求めるセッティングは知覚特化、防御すら考慮に入れていない、チーム戦を想定した装備だった。
「一人で戦うんじゃないんだから‥‥、短所はみんなに補ってもらえばいいだけ‥‥」
美しい街を認め、出来る事ならそのままでいたいと思った。
一時の休憩に身を浸すも、そのままけぶる事はないと時雨は思考の切り替えを用意している。求めるものに届かせるには、別の、すなわち元凶を排除するという決意があった。
差し入れを持ち寄られれば、軽く手を振って受け取る。
真琴とレグは、戻っている京夜の所を回りに行こうとしていた。
――夕方、京夜は港に出ていた。
行き際、真琴が自分の手を握り、元気を分け与えるように握ってくれた感触がまだ残っている。
別段、何か言われた訳でもない。此方の身を無言で案じた行動だった。
笑みは、消えている。
潮風に混ざって、死臭が記憶にこびりついている。
ちらつく血肉と臓腑の赤色、死と戦いと‥‥故郷には地獄が溢れかけていた。
持ち出した酒を海に注ぐ、オレンジから始まり、深藍になりかけた紫の空が海に映っていた。
波が酒を攫う、全ては地の彼方に消えていく。全ては水の底に沈み‥‥そう、安らかに眠れればいいのだと、京夜は願っていた。
傷の痛みは、体から消えかけている。
自然の音が、熱を奪っていく。
背中に、誰かが近づく気配があった。
「これまでの敵の行動パターンです。ま、明日の参考に」
書類を抱え、此方にさし出してくるフォルがいる。表情は気負いなしのいつも通りで。
「‥‥で、また何か面倒を抱えてるんですか?」
「面倒、って訳じゃないんだが‥‥」
どう話したものかと京夜が空を見上げる。彼にまだ整理が付いていなさそうな様子を見ると、フォルはため息を漏らし。
「ま、明日はしっかり頼みますよ。相棒」