タイトル:だって妄想だもの。マスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/06 16:04

●オープニング本文


 仕事が楽しいと思える理由はあった。
 元々話好きな性分で、出遊する機会が多いにも関わらず、それを超えて尚『知ること』を基にしたクレハの貪欲さは深い。
 だから彼女は同伴者に話をねだる、事柄の想いを知りたいのだと、そう語って。

 ラストホープにおいて、東洋人は少なくない。
 ゲーム対象的に当然だろとか無粋な事は禁句である、この行は見なかったことにするべきだろう。
 つまり、西洋人である女性傭兵はなんとなくこそばゆい感覚を受けていた。
 彼らにとっては遙かに幼く見える、東の令嬢に正面から見つめられて。

 ――何を考えていましたの?
 始まりはそんな質問だった気がする。
 護衛帰りの空港、機体にトラブルがあったとかでフライトは遅れていた。
 運が悪かったと、そんな言葉を軽くかわしながらも会話は途絶える。任務がもう少しで終わるという疲労もあり、思わぬ休み時間に、気を抜きたくなったのかもしれない。
 だから、呼びかけに応えるのが少し遅れてしまった。
 そのことに対してのお咎めはなかったが、令嬢は何をぼーっとしていたのか突っ込んできていた。

「んー‥‥ちょっとね」

 どこにいて・何をしようが、誰かの顔が思い浮かんでくるのは病気かもしれない。
 恋の病とはよく言ったものだ、明らかに常軌を逸している。
 私が何を思っていたのか知ってもらいたい、そして叶うことなら共なる時間を過ごしたい。
 思っていた、思っていたけど恥ずかしいので言葉を濁す。

「また行きたい場所だな、って思ってただけよ」
「まぁ」

 クスクス。

「クレハちゃんは何かないのー?」
「んー‥‥」
 悩みこんだ顔色からして、色っぽくもない話だとすぐに分かる、だからその前に遮って。
「いや、そうじゃなくて」
「自分の話より人の話、ですわ」
 即断された。
 今回は護衛として嬢の商談に同行させてもらったが、その時もこの娘《クレハ》はこの調子で話を進めていた。
 意志表示が明確で、言葉によどみがない。本人曰くいつも内心ではらはらしているらしいが、表向きを見る限りはかなり怪しかった。
 今もその時の顔、駆け引きをする時の笑みなのだから、何か隠し事があるのだろう。
(ま、悪い隠し事でもなさそうだし‥‥)
 追求する必要はない、と傭兵は判断していた。
 そもそも相手は年頃の娘だ、感情の話だと仮定するのなら、そりゃ言い辛いだろうに決まってるから。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
鹿島 行幹(gc4977
16歳・♂・GP
アルフェル(gc6791
16歳・♀・HA

●リプレイ本文

※この場の描写は妄想を含むため、用法用量にご注意ください。

●恋慕
 突如に生じた空白は、人を焦らせる。
 放り出されたかのような錯覚が自分を迷わせて、手持ち無沙汰のまま無為に時間を過ごさせるのだ。

 決まってしまった事だから、しょうがないと思う。
 でも、もしも‥‥。
 自覚する未熟さが焦りを加速させる、遠ざかる感触が昔に重なって、届くことのない『或いは』を月森 花(ga0053)に夢想させる。

 あの時、自分がどうしたかったのかはまだよく解らない。もどかしい感触だけが募って、ただ一人の事だけをずっと考えさせる。
 彼と共に、過ごさなくなった夜。
 触れられる場所にいないのが不安で、抜け出せない幼さは空虚に暗闇を錯覚する。
 彷徨う意識は空回りするばかりで、毎晩気を失うように朝を迎えていた。

 ‥‥これはボクが招いた事、ボクが克服しなきゃいけない事。
 それまでなしにしようと自分を戒めて、側にいて欲しいと言い出せないまま、募る思いの中であの時の正解を探し続けている。
 それは意地を張り続ける事となんら変わらないけど、拭えない罪悪感が自身に痛みを強制させていた。

 欲しいならそう言えばいいのに、欲張りだと思われたくないから、彼から求めて欲しいから、気のない素振りをとってしまう。
 ボクから求めても、平気かな。
 ‥‥ボクだけが欲しがってるとか、そんな事はないよね?

 帰ったら、歩みを彼の所へと向けよう。
 募った思いは背中を押し、彼の温もりを欲して腕へと飛び込ませる。
 遂げられなかった思いは理性を無視して、でも、まだ不安があるから、彼の反応を求める心が一瞬だけ臆病になった。
 ‥‥でもこういう弱音はよくない。思うだけでも、少し大胆になろう。
 腕を伸ばして、首へと縋りつく。引き上げられた体が触れ合って、彼の感触が重ねた肌ごしに知覚された。
 広い胸も固い腕も、ボクとは全然違う男の子のもの。怖いのは大切にしたい裏返しだってボクが気づかないと。
 呼吸音に気づいてしまうほどの緊張、彼の吐息に何よりも動悸する、顔を直視出来なくて、伏せたまま顔を近づけて、重ねる瞬間だけ上げ‥‥。

 ‥‥今のボクには、ここまで思うのが精一杯。
 初めての事ばかりで戸惑いがある。愛し方も幼さが抜けなくて、どうしても甘えるようなものになってしまっていた。
 抜けだそうと無理にもがくから、一層彼を困らせる。
 背伸びした意地を取り払えば、ただ彼と共に在りたい思いが残った。
 鈴蘭が揺れる、触れると少しくすぐったくて、とても幸せな感触。
 だってボクは彼の事が、
「‥‥大好きだから」

●慕情
 ‥‥証がないと不安になるのに、形があると別の意味で落ち着かなくなる。
 触れる指先にはぬくもりがあって、思い返すと甘いのに、ぬくもりだけになってしまわないかと、ふとした不安が心を竦ませる。

 また一つ。
 レーゲン・シュナイダー(ga4458)は、形なく吐息を漏らした。

 大規模作戦も、終わり。
 気を張る時間が終わって、祈りが無事果たされた事に安堵を得て。
 それから。
 ‥‥彼に会わずにいる口実が半分、消えた。

 「欲しい」と「まだ駄目」が同時に意識へ響く。
 引っ張り合う思考が繰り返されて、特別ってなんだろう、って考えれば身が竦んでしまっていた。
 特別であるからこそ相応しくありたいと自分を戒めてしまう。理性でかけた強い枷。自分を止めるのに色んな理由をつけて、渇きと軋みは思考を詰まらせる。
 愛しているかと問えば心が竦んで、愛せるかと聞けば思い出になった傷が涙を溢れさせるのだ。
 覚えのある恋の味、触れ合う事が幸せで、背伸びは自分をとても臆病にさせた。

 ‥‥ああ、だって全然足りない。
 憧れの時から貰ってばかりで、募るのは何かをしてもらう嬉しさばかり。
 求めて、返したい。
 ――堰を切ったら止まらなくなりそうなのに、私のことを嫌ったりしませんか?

 抱きしめられる感触が恋しい。背中に手を回されれば少しひやっとして、体温に包まれれば何よりも安心するのだ。
 服ごしに体を感じあう感触、腕を回せば彼の厚みが伝わってくる、押し当てた胸は心臓を肌に近づけて、自分のはやる動悸を知覚させるばかりだった。
 向こうもそうであればいいのに、って思うけど自分の事でいっぱいいっぱいだからよく判らない。
 「そうだよ」って言ってくれると思うけど、聞いてみたいと思う期待が甘さになるから、自惚れにそっぽを向き続ける。
 ‥‥でもそれは確かにそこにあり続ける。
 わがままで、身勝手で、とても欲張りにさせる。
 こんな時でも自分に枷をかけるのは、嫌われたくないのと、一度に食い尽くしたくないの両方だった。
 身を押し、指をかけて、押し付けるようにして口をつける。指は輪郭をなぞり、吐息から熱を求めて。彼がしてくれるよりずっとずっと激しくしたい、思うだけなら何度でも出来そうだった。

「‥‥はしたない、ですね」
 それを口にするだけでも、十分すぎるほどのダメージがのしかかってきた。

 ::

 朧 幸乃(ga3078)の視線に反応して、クレハが空気をほぐすように笑みを浮かべる。
 問いたげな視線を向けられれば、どう答えたものかと間を挟み、指を唇に当てて。
「幸せとか恋とか、定型文で片付けられたら、とても楽でしょうね、と」
 でもそうじゃありませんの、とクレハは笑う。

●静穏
 幸せの形――。
 それが人それぞれであることを、幸乃は知っていた。
 過ごして来た時間は皆違うもので、それが未来ごと人の色を変える。

 記憶を思い返す感触は、本をめくることに似ていた。
 古び色あせて、しかしなぞることで辿った道筋が引き出されていく。
 ‥‥これはそう特別じゃない私の物語、未熟さがあって、願いを募らせて、今の私に繋がっている。

 『彼女』を見て思い出す、『彼女』と出会った、此処に来たばかりの私。
 それよりもっと前、スラムでの記憶が重なるように浮かび、その二つから――今の自分に至る過程を思って、引き出される記憶に感慨深く笑みを浮かべた。
 大切な事がたくさんあったから、今の自分がここにいる。
 何かに触れる度に波紋が立ち、平静に見える裏で心を揺らし続けている。

 見るだけで幸せを感じさせた、誰かの笑顔、背中。
 『静かに過ごす』願いは今も変わらないけれど、今は幸せに別の形を欲するようになって、「誰かと一緒に」って言葉が時折浮かんでは消える。
 共に過ごした空間の中、誰かの帰りを待ち続ける。
 帰ってきたらどんな話をしようかと夢想して、その瞬間が訪れれば、ただ「おかえりなさい」と笑顔が浮かんでくるのだ。
 とても素敵だろうなとは思う、でも、額縁に入れた絵のようだった。

 それは――諦めに近かった。
 願いを手放してはいないけれど、踏み出す事にも躊躇があって、選択に手を向けず、ただ現状に甘んじている。
 幸せを諦めるべきだなんて思わない、でも「本当にそう思う?」と「仕方ない」が足を止めさせる。
「相応しくない」
 ‥‥言い訳。
 人の色が違うなら、欠落だって違うものを抱えていて当然なのに、否定されるのが怖くて、自分をさらけ出せずにいる。
 環境も関係も内側も、相手に触れることで変わってしまうのが怖かった。

 だから選択出来ないのに、少しずつ変わっていくものがある。
 まだ目に付く程ではない、蒔いた種のようなささやかさ。意識するのが怖くて、しかし続ける事を望む貪欲さが少し首をもたげる。
 性別の意識が薄かった私も、‥‥或いは、髪を伸ばせば。

 特別でもない日々の中、諦めきれない、私だけの特別な――。

●甘味×料理
 満ちる感触は食べかけの砂糖菓子のよう。
 味わい尽くしていないから飽くはずもなくて、続きに想像を巡らせながら、確かめるように啄んでいく。
 聞きたい、触れたい、知りたい。――まだ全然足りない。

 ――だから、何も出来ない時間にアルフェル(gc6791)はしょげてしまう。
 鹿島 行幹(gc4977)と共に帰る家、彼のためにする事は全て考えていたのに、予定が遠のくとなればやきもきも募ってしまう。
 戻ってきた彼がジュース缶を差し出せば、触れる優しさに笑みが先んじる。手を伸ばせば缶の冷たさに触れると思っていたのに、思いがけず触れる肌の感触は、心臓に動悸を引き起こした。
 ‥‥体温が違うから、すぐに判る。
「ぇ、あ‥‥有難う、御座います‥‥」
 緊張しながら離した指先には、引力のような感触が残っていた。
 言い訳したいけれど、嫌ではないから何も言えない。のぞき見すれば、横を向く彼までが赤くなっているのが判って、意識してくれているのだろうかと考える自惚れは、緊張に甘いものを混じらせた。
 感触の残滓は、思い返す事でより刺激の強いものになる。
 緊張で動けなくなってしまっていたから、想像でこそ彼との甘いひとときを望んだ。
 彼と触れ合うなら、飛行機がアクシデントを起こしていなかったら――。

 勿論、まずは夕食の準備をしよう。席についた彼に今日は彼の好物を作ったのだと告げ、自信作の天丼をさし出して喜んで貰うのだ。
 彼が天丼をかきこむ間、私は彼の横に座る。
 少し急いて食べる様子からは、彼が求めてくれているのが汲み取れて。私の前でそうしてくれることが何よりも特別に映った。
「ゆっくり、食べないと‥‥喉、詰まりますよ‥‥?」
 付けた食べ滓すら愛嬌に映って、触れ合う口実に笑みながら、指を伸ばして拭いとる。
 食後は‥‥そう、餡蜜がいい。
 思い返した甘さが、彼に結びつくのは必然だろう。

 想像の中の彼が自分を見ている、デザートより先に、甘い欲求が膨れ上がる。
 手を握られる想像は、先前の触れ合いがあったために、ひどく鮮明な感触として知覚を駆け巡った。
 恐怖は期待の裏返し、彼の腕が包んでくるなら、なんでもいいように思えた。抱き寄せられ、乱れる髪を彼の指が払って、耳から顎をなぞられると行為への確信が強まる。
 指は顎を上げ、彼の唇がこちらを待つことなく重ねられた。
 味などある筈もないのに、感触をかわすとただ甘いのだと感じる。空いた間が恥じらいを呼んだから、ごまかすように「何故‥‥?」と理由を問いただした。

「もっと甘そうなデザートがあったから、さ?」
 ならば、もう一度――。

 ::

 時折、彼女がこちらを気にして視線を向けてくる気配がある。
 それに気づいてはいたけれど、緊張しているのはこっちもだから、わざと横を向いて気づかない振りをしていた。
 彼女を気にして、こっちまでが視線を向けている事など彼女は知る由もないだろう。
 告げて反応を見てみたい気もしたけれど、今は仕事中だからとしまいこんでおくことにしていた。

 うつむいた顔は、少し赤らんでいて可愛い。顔にかかる髪がふさ毛のようで、動物なら子犬系だろうかと想像がめぐる。
 ふと目にした手元には、「とろける甘さ」と記された缶が握られていた。
 言葉を反芻し、その意味が少しずつ溶けていく。何がとろけるかって、そりゃあ‥‥。

 彼女の姿は、きっと陽ざしの下が似合う。
 肌で受ける暖かさは、まさに彼女と過ごす時間そのものだ。
 休日の公園にでも、一緒に出かけたら楽しくなるだろう。彼女のぬくもりはずっと傍らに置いておきたい、擦り寄られるくすぐったさが、想像ではたれ耳の感触として頬を撫でた。
 腕を回して抱きしめれば、喜んだ彼女が一層じゃれついてくる。勢いに逆らわず倒れこみ、はしゃぎながらも何度か転がったところで止まった。
 芝生に仰向けになったまま、彼女の感触を受け止める。素直で純真な造作も、視線を合わせれば途端に甘く蕩けるものへと変わった。
 肌の押し合う感触は、スカートを隔てて奥ゆかしい。身動ぎに応じて擦れ、彼女が身を近づかせれば、愛しい重さが一層増した。
 足の付根あたりでは、ぱたぱたと振り動かされる尻尾の感触。二人して倒れこむように身を重ね、顔を近づけて――。

 ――現実。感触が二つあるかと思えば、アルフェルがキスシーンさながらに身を寄せて来ていた。
「アル、フェル‥‥?」
 先ほどまで妄想していたのだから、感覚が上手く切り替わらない。彼女もどこかぼーっとしたいて、漏らした声にようやく我に返った様子を見せる。
「ふぇ!? ‥‥ぁ、えと‥‥! な、何でも‥ないですよ‥‥?」
 どういう経緯でこうなったかなんて、野暮な事は聞かない。
 指を髪に差し込み、落ち着かせるようになでつけて。
「‥‥そういうのは、帰ってからたっぷりと、な?」

●多分清純な祈り。
 時間が空けば、万物への祈りで思考が満ちる。
 我を忘れるほどの年月が経ち、色々なことがあって気疲れもするものの、ハンナ・ルーベンス(ga5138)にとって故郷は相変わらず胸の中にあり、思い返せば全ての『良かった』が自らを支える糧になっていた。

「故郷の修道院を離れて、もう3年か、と」
 回想を言葉に含ませるハンナに、クレハは、何か理由があるのですね? と尋ねて言葉の先を促した。
 憎しみを憎しみで消すことは出来ないのだと、ハンナは語る。だからバグアに与した女性達を、破滅へ向かう前に負の連鎖から遠ざけたいと続けて綴った。
 胸の十字架に手を当てる。理由があり、たどり着きたい目標がある。
 きっと、主もそれを望んでいる事だろう。数多くの女性たちに、静かな暮らしを。
 教会の再建も無論ハンナの目標だが、そこには幸せでいる人々が欠けてはならないのだ。
 その中でも、ハンナには一際強く思っている女性の姿があった。所在すらしれず、目にした回数はいっそ夢想の方が多いかもしれない。

「‥‥嗚呼、リリア姉様。
 かつてお会いした時の、儚げな笑みを忘れる事が出来ません。
 だからこそ、姉様には私と共に修道院での心静かな祈りの日常を‥‥」
「‥‥はい?」
 聞き間違えか、と漏らされたクレハの声は呟き故にかき消されてしまった。

 夢に映る姉の姿はどれだけ素敵な事だろう。
 青い髪は質素な布の上を流れ落ち、修道着の深い青に引き立てられて一層麗しく映る。すこしばかり乱れた髪だって多少の愛嬌で、首筋にこぼれた分がうなじの細さを際立たせていた。
 振り向き、巻きつくスカートが肢体の繊細さを強調させる。
 自分と再建した修道院で、そんな姉が花壇を横に歩む姿。
 少し俯き気味に佇み、祈りに身を捧げる姿はどれだけ儚げな事か。顔を上げ、優しさを含む笑みを向けられたところを想像したあたりで、ハンナの意識は完全に飛んだ。

「‥‥ハンナ様?」
「‥‥! 私としたことが‥‥」
 両手で頬に触れ、よじる体を停止させるハンナ。
 本人は自覚症状がないようですが、完全に口に出ていました。
 クレハ暫く笑みを含み、
「‥‥大好きな方がいるのですね?」
 にっこりと笑んだ。
 内容がダダ漏れだった事にハンナがダメージを受けたかどうかは知る由もない。