タイトル:【花祭】夢の託し方マスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/17 21:07

●オープニング本文


 あなたはどこで、その花を咲かせたいと望むだろう。
 空を仰ぐ平原を野花を望むか、木の上で人々を見守る花樹になるか。

「私は星の方が専門なんだけど‥‥ま、それを上回る理由はあるわ」
 セシリアは言葉を歌いながらレンガ造りの道をスキップで歩む、なんといっても敬愛するシューレ様絡みのお仕事なのだ、多少の誤差など考慮するにも値しない。

 今回行われる、オランダでの花の展示会。
 輸出品目として花をアピールするその場では、様々な準備が現在進行形で行われていた。
 一つは、花の輸送護衛。もう一つは‥‥
「警備強化、よね」
 セシリアは何人かの傭兵たちと面識があるけれど、今回は別段セシリアからの依頼という訳でもない。
「そうね‥‥でも、シューレ様から案内するように言われてるの。
 傭兵さんたち、私と一緒に見て回らない?」

 展示会の会場は、花をより美しく見せるように、趣向を凝らされたものだった。
 ひときわ目立つ、高台にある時計台。カフェの付近では、オブジェとしての風車が物珍しく映る。
 ある場所には深い花壇があり、人目から隠れた迷宮になっている。深く入り込んだ先に何があるかは、誰も知ることはない。
 散歩道は緑が深く、木の葉の間から漏れる陽ざしを一層輝かせていた。

「まだ準備中だから、色々配置とか終わってないけど、ね」
 よければ警備に抜かりがないかどうか、一緒に回って欲しいのだとセシリアは言う。
 無論、警備だけに限定される事もない。もしもそれに足りる思いを語れるのなら――展示場の花の配置についても、建言がほしいとの事だ。

「あ‥‥そういえば、此処に来る間、黄色い腕章って見なかった?
 番号があるから、誰のかはすぐわかるんだけど‥‥」
 視線をそらし、顔を赤くしてセシリアが問う。
 見れば、スタッフらしき人員は全員が鮮やかな黄色の腕章を付けていた。だがセシリアの手元にはなくて――。
「う、ううん。見なかったのならいいの、気にしないで。
 ‥‥ちょっといなくなる事もあるかもしれないけど、気にせず見て回ってくれると嬉しいな」
 スカートを押し下げる膝は、やや血の色で滲んでいる。
 様子が心当たり――「転んだ時に落とした」のだと、声なく告げていた。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
ティルコット(gc3105
12歳・♂・EP
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
王 珠姫(gc6684
22歳・♀・HA

●リプレイ本文

 大気に身を任せれば、風が孕む青草の匂いが肺に満ちる。
 眼下に向かってなだらかに広がる丘、踏みしめる湿った土と、遮るもののない晴天の気配。
 穏やかで、生ぬるくさえあり、どこか人をほだすような感触を持っている。

「とてもいい天気‥‥」
 漏らす声も思わず緩やかなものになる、感嘆するかのように、王 珠姫(gc6684)は周囲を見回して感想を口にする。
 景色が美しく見えるのは、ひたすら会場に満ちた緑の木々故だろう。知覚するあらゆる感触が心地よく、音から気配まで、全てが安らぎを与えてくる。
 大地に目を向けると一面の芝生、空を仰げば曇り一つない空。
 当たり前すぎる平穏の景色は、如月・由梨(ga1805)に不思議な感傷を呼んだ。
 なくしていたものを見つけたような安堵と痛み、昔は良く好んでいたのだと、久しぶりに思い返した感情がにじむ。
 ぎこちない思いを確かめるように巡らせ、一歩踏み出すごとに息を詰める。
 言葉が出てこない、‥‥この花の、花言葉は何だっただろうか。

「じゃあ、まずは一周しましょう?」
 景色を俯瞰する余韻を挟んで、セシリアが後ろ背に手を組んで歩き出す。
「この丘は会場の奥に行く道、時計塔があるの。
 後ろの森は遊歩道になっている、そこを通れば外周を回って会場に戻るわ」
 セシリアの説明は地形を意識してのものだった。戦術論など馴染みもないだろうが、子供だけに通りやすい道、隠れやすい場所は把握しているようだ。
「時計塔からはカフェが見られるようになっているわ。時計塔の見えるところにカフェを置いた、が正しいと思うけど」
 時間ほどに解釈の分かれるモチーフもない、だからかセシリアは此処で言葉を切った。
「有事の際、状況把握するには悪くないな」
 天野 天魔(gc4365)から出てくる無骨な物言いに苦笑するものの、そのために呼んだのだと、セシリアは気を悪くした様子もなく続きを促してくる。
「園内の建物同士には連絡手段があった方がいい、有事のための救急キットもだな。
 出来れば時計塔を避難所にして、シェルターにするのが望ましいが‥‥」
「建物の改築はどうなのかしら、ドアは頑丈なものにしておいたほうが良さそうだけど」
「机があればバリケードがわりになる」
 可能な範囲、というのを踏まえて天魔は言葉を付け足した。

 時計台の前は、半月型の広場になっていた。
 建物周辺と、広場の外周にそれぞれ花壇があり、時計台の横に回れば遊歩道への道が覗いて見える。
 古びた建物は、重厚な作りによって衰えを感じさせない。錆びも欠けもしているが、仰ぎ見れば、変わらない鼓動が時計盤を回り続けている。
 ‥‥それはある種の力強さ。
 メシア・ローザリア(gb6467)は時計台を一周し、周辺を確かめるように視線を巡らせる。正面に戻ると、やはり此処がいいのだとばかりに、仰ぐ視線を戻してセシリアに向きあった。
「先日の護衛依頼で、ヨーク・アンド・ランカスターが届いている筈ですわ。それを、此処に置いてくださる?」
 置くからには理由が必要だ。
「戦いも、誇りも、そして友好も、全て時計へと刻みつける」
 ヨーク・アンド・ランカスターは、二つの色が濃淡を作る、不思議な色合いを持つ事のある薔薇だった。
 戦争で争った、異色の薔薇紋章を持つ二つの家。対極であるはずの、赤と白が溶け合ったような色合いからこの名前を付けられている。
「当家で作った薔薇をお持ちしたかったわ。ですが、本国からの輸入が間にあいませんでしたの」
 ‥‥戦争の痛みは、確かにあったもの。
 何故戦ったのかという追求は無粋極まりなく、ただ譲れぬものがあったから剣を選び、未来を求めただろう事実がそこにある。
 求めたもののために、前を向きたいのだと、そう思う。
 願わくは、その先に手を取り合う未来があって欲しいとも。
 時を回す土地に根付き、芽吹き。
「ローザリア侯爵家、そして迷える子羊達に、神の加護を」

「有事の際は、時計台から下を確認出来るようにするといいかもしれませんわね。見晴らしを遮らないように」
 迷宮が見えるのなら尚いい。
 いずれ花祭によって色を増す景色、迷宮の深みは物語の中、恋をした鐘つき男が見ていただろう華やかな風景を思わせる。
 届かない恋、埋められない距離、感じるもどかしさは憧憬そのものだろう。
「さぁ、次へ行きましょう」

 遊歩道は、三人ほど並べる幅の道に、両脇を緑で敷き詰めた作りをしていた。
 垣根の奥、背の高い木々が枝を揺らし、そよぐ緑が頭上を覆って軽い木陰のトンネルを作っている。
 影が緑を帯びて映るのは、日差しが緑葉を通して投影されているからだろう。緑が濃い景色の中、何の花を飾るべきか考え、月城 紗夜(gb6417)はふとした考えに慌てて顔を赤くした。
「分かれ道をまっすぐ進めば迷宮、花が咲けば綺麗になると思うけど、スペースがあって寂しいのよね。
 右側に抜けると入り口の方の広場よ、横にカフェがあるわ」
 セシリアの解説に、今度ははっとした様子で顔を上げる。一人ころころと表情を変える紗夜に対して、メシアが興味深そうな視線を送っているなど気づく様子もない。
 ‥‥ああ、思い浮かんでしまった。
 否が応でも顔は鉄面を装う、なんでもないと心は言い聞かせるのに、大切な事を口にする緊張で、言葉は硬かった。
「此処に花を飾りたい、‥‥金蘭だ」
 抜けない緊張を抱えながら、歩いてきた道、分かれる道を見回す。
 違う世界、違う色。季節が移り変われれば花壇は色を変え、風が巡れば日だまりもまた色合いを揺らす。
「金蘭、そして十字路で交わり。転じて、金蘭の交わりとする。将来を誓った者がいる」
 抑え気味な動悸は緊張によるものだろうか、吐息を漏らし、携えた刀を鞘ごしに握った。
 恋人から贈られた刀、紗夜にとっての大切なもの。
「別に、此れはデレとかではなくて、ただ事実を言っているだけだからな」
 常に身につけているのだと口にすれば妙に気恥ずかしくて、横を向く顔に赤みが差していた。
「デレってなぁに」
 ‥‥ラストホープと外では知識に乖離があるらしい。

「抜け道?」
「迷路で追いかけられた時に、いいと思いまして」
 迷路に踏み込み、あたりを見回りながら由梨が提案への補足を口にする。
 緊急時に、迷宮で敵を撒けるかどうかはかなりの運頼みになるだろう。ストレートな脱出用の扉は、何よりの安全策になる。
 思うところがあるのか、同行している傭兵たちも揃って迷路に視線を巡らせ、メシアが提案を追加するように口を開いた。
「地図とかあればいいかもしれませんわね、後は‥‥」
『カメラを』
 紗夜と共にはもれば、きょとんとした間がくすぐったくて、顔を見合わせた面々が思わず笑い出していた。
 変にハマる前に、紗夜が言葉を引き継ぐ。メシアも後に言葉を控え。
「ツツジとか、葉が茂るタイプの花でカメラを隠すといい」
「カフェにも置いたほうがいいですわね、帽子屋とネムリネズミ、三月ウサギのカフェなんてどうかしら」
 警備を感じさせないほどの空間を作るのがいいと傭兵たちはいう。
 ウサギのモチーフに童話のバルーンを、ガラスの目玉にカメラを隠し、不思議の王国風に飾り立てる。
 アリスが踏み込んだのは突飛もない世界、カフェを囲むなら、『狂ったように』咲き誇る群生タイプの花がいいのだとメシアは語る。
「オランダですし、様々な色のチューリップとか宜しいんじゃないかしら」
 紗夜が言うように迷宮にもカメラは必要だ。花は花であるがために黙するが、好奇心旺盛で人々を覗き見している様子が物語では語られる。
 有事以外に使うのは無粋でも、多少の刺激としてなら趣があるだろう。

「後は――」
 警備員の扮装も考えたらどうかと、傭兵たちはそれぞれ提案する。華やかな会場の中、無骨な制服は不自然と行かないまでも、緩和出来るなら尚いい。
 メシアが提案したカフェのテーマに合わせ、トランプの兵隊にするのはどうかと紗夜は言う。
「うーん、楽しそうだけど、それって警備的にどうなのかしら?」
 支障が出ないかと、問い返してくるセシリアに対して天魔がフォローを入れる。
「見回りと警備を分けるんだ。見回りは携帯できる武器とスタッフと同じ格好、戦闘組は普段は外から見えない場所に完全装備で控えていて有事の際は駆けつけるようにするといい」
「ん、いいわね、わかったわ」
「胸や帽子、腕‥‥どこかに花を付けているだけでも、違うかと‥‥」
 少し控えめに珠姫が言葉を告げれば、振り返るセシリアがにっこりと笑った。
「とてもいいと思うわ、服に花を飾るなんてそうそう見なくなったものね。そういう趣向も素敵」

 体制については概ね話がついたのか、後は実地見回りだ。
 入り込んで欲しくない場所は地図に印が付けられ、紗夜の勧めの元、本番前に茂る花などで塞いでおく手はずになっている。
 現場の予行演習なのか、珠姫が試しにスキルを発動させ、効果を確認するためか天魔が共に付き従っていた。
「バイブレーションセンサーは‥‥ちょっと難しいですね」
 100m距離は広い会場に置いてやや不足感があるのと、人が入り混じる本番では情報量過多になる可能性大だ。
「そのためのカメラだ。壊されない限りだが、練力を使わないで済むし、手っ取り早いのがいい」

 カフェを不思議の王国とするのなら、女王の薔薇園のように、薔薇を迷宮に設けたいのだとメシアは言う。
 迷宮と薔薇の組み合わせには逸話がつきものだ。華やかさを象徴するかと思えば、危険性もまた持ち合わせる。
 珠姫は視線を巡らせると、祈り、思いを抱えるかのように胸前で手を合わせた。
「迷宮は‥‥迷う場所」
 それは――人の歩み、人が生きる世界に重なって見えていた。
 垣根は高く、人の視界を覆う。先の見えない不安は心を揺らして迷わせる。
「だから‥‥此処に花を飾りたいです、『真実』そして『明日への希望』、アネモネを」
 風の花、アネモネの赤が生命を示すのだと語る珠姫は、人の歩みに力が、進んだ先に輝きがある事を望んでいるのだろう。迷路を進んだ先には『未来を拓く』プリムラを飾って欲しいと、自らの望みを後押しするように添える。
「カフェにはポピーを‥‥遊歩道にはスミレを咲かせて欲しいです」
 憩いの場に『思いやり・労り・感謝』、歩む道に『小さな幸せ・慎ましい幸福』。
 ささやかな願いは、珠姫の在り方そのものなのかもしれない。

「‥‥そういえば、これ‥‥」
 珠姫が差し出したセシリアの腕章は、遊歩道に落ちていた。
 緑が深く、葉も茂っているために引っ掛けたのだろう。
「足を‥‥」
 腕章を渡す次に足元へ視線を向けると、訝しむセシリアがスカートを軽くつまんでみせた。
 珠姫が息を吸い、ひまわりの唄を諳んじて怪我を癒す。
「有難う、お姉さん、とても優しいのね」

 アリスのお茶会を提案した傭兵たちに、セシリアはカフェにて一席設けてくれた。
 本番では改めて飾り立てるとして、まずはお礼を込めてのご招待なのだろう。
 本番によく似た、少し密やかな小さなお茶会。
 食卓を飾るピンクと鮮やかな青色の花は、春から夏への移り変わりを意識してのものだろう。空も大地も、夏になれば日差しのもと一層美しさを増す。
 軽食がカフェから提供される横で、傭兵たちは各自お茶を持ち寄っていた。
 メシアがダージリンを持ち込むのを予想してか、紗夜は緑茶。紗夜の持ち物には包みがもう一つあるが、手元に置いたままなかなか出そうとしない。
 「MARMALADE」。変わったチョイスをするのだとメシアが突っつけば、紗夜は普通に応じかけ、恋人の名前に由来するのだと口にする直前、慌てて話を振り払ってしまった。

「不思議の国なら‥‥このお茶も、雰囲気出ると‥‥思います」
 ティーポットを傍らに、珠姫がセシリアの前で淹れてみせたお茶は変わった色合いをしていた。
「私、青色のお茶なんて初めて見たわ」
「ハーブティーで、マロウ・ブルーって‥‥言うんですよ」
 ささやかな魔法を見せるとばかりに、珠姫は控えめな雑談を交えながら、カップに視線を注ぎ続ける。
「‥‥時間が経つと‥‥」
「わぁ」
「夜明けのハーブって‥‥別名もあります」
 青から赤紫に変わったお茶を前に、素敵でしょう? と、珠姫は柔らかく目を細めた。

 お茶の後、ささやかな休憩として傭兵たちは思い思いの形で時間を過ごしていた。
 遊歩道の下、いつの間にか姿を消していた天魔はゆったりとした歩みを進め、今はまだ柔らかな木漏れ日を見上げている。
 自然を愛惜しむかのような足取りは、緩やかさ故に後ろから来たセシリアにあっさりと追い付かれた。
「‥‥」
 沈黙は様子を見てのものか、天魔は意に介した様子もなく、視線の先で目当てのものを見つければ、足を向け、リズムを取る素振りで両手を広げた。
「――――」
 ハーモナーのスキル、ひまわりの唄。
 セシリア自身珠姫にかけて貰った事があるが、植物にも向けられるのかと訝しげな気配を作る。
 唄を終え、戻ってくる天魔が言葉を添えた。
「これはサービスだ」
 言葉の後の吐息は、やや低いトーンを帯びていた。
 落胆に似て、それよりは意志を感じる声音。
「聞き苦しい唄をすまないな。唄才乏しき身でな」
 ひまわりの唄は人だけでなく、草木も癒せるから、襲撃で園が荒れた場合、ハーモナーがいれば頼んでみるといいのだと天魔は告げた。
 才と想いが溢れる者が唄えば枯れた荒野を花畑にする事すら出来るだろう、そんな謡い言葉にセシリアは視線を向ける。
「託す花をまだ言っていなかったな」
「‥‥いいわよ、今からでも言って?」
「良ければ順路から外れた園の隅にでも小さな花壇を作ってくれないか?
 誰にも知られず顧みられないが確かに存在し咲き誇る花達。忘れられた過去や亡い者の想いを託すには適当だろう?」
 ――それが届かない思いなら、言葉を添えるのは無粋だ。返される頷きだけが、了承として結ばれた。

 一冊の本を指に引っ掛けて、由梨は時計台を見上げる。
 時間をかけてしまった事で肩は落ち気味だったが、結論を得られた事によって足取りは軽かった。
 思いの先を伝えるべく来た道を再び戻って行く、自由行動になったのだから最早隠す必要もないと、花言葉事典は手に抱えられたままだった。
 花言葉は割と好きな部類に入るが、おおっぴらにしないのはある種の気恥ずかしさか。結果皆に隠れてあーだこーだと悩み、今に至っている。
 変わらぬとは、どれだけ難しい事だろう。
 人の心、命、営みも。どれだけ容易く潰れるかは由梨もよく知っているつもりだった。
 戦争の苛烈さは、人を摩耗させる。
 力を人に振るえばどうなるか、――そんな考えですら、日常からの乖離ではないのかと由梨は恐怖を抱いている。
 背反するような意志、縋るように抱き続けている願い。

「貴女も、決まったのね」
「はい。ベゴニア‥‥『幸福の日々』を、時計台に」