タイトル:Nightmare/2moreマスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/17 01:40

●オープニング本文


「――っ‥‥」

 満ちる感触は必ずしも心地いい物ばかりではない。
 言い換えれば限界が迫ることであり、手の端からこぼれ落とす感触は焦りを募らせる。
 それでも押し寄せる流れはとどまる事を知らない、歌うような言葉を囁いて、それは悪夢となる。


 ‥‥夢見が悪い、とは言えなかった。
 それはいつもつきまとっているもの、今更いいも悪いもない。

 ベッドから身を起こし、ガウンを脱ぎ捨てる。
 鏡に写る、傷一つない細身の体。白く或いは病的で、横にかけられた白いコートと皮肉的に合っている。
 肌着をまとい、軍服に袖を通し、白衣を羽織れば細いシルエットが出来上がった。

 黒くて長い髪をまとめる、触れれば水のようで、ひやりと冷たい。
 聞こえもしない幻聴が笑う、明るくて押し包むような、生ぬるい感触を感じている。
 記憶のフラッシュバック、リエルにとっての悪夢は、純粋な闇じゃない。
 それは常に身から離れず、見えもせず、現実と内側に溶け込んでいた。

 内側には二人いた。
 二人とも――『リエル』と呼ばれていた。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
エスター・ウルフスタン(gc3050
18歳・♀・HD
杉田 伊周(gc5580
27歳・♂・ST

●リプレイ本文


●羨望
 悪夢は、わずかにせり上がってくる不快感として形作られた。
 愛梨(gb5765)にとって、連想の先にあるものは明確だ。

 対した人の姿に、違和感がある。
 手足からひたすら肌色が続き、それが腹まで素通りして、その先に。
 変わりのない背景が嘘臭く感じる、街中にあんなものがあるはずがないきっと肌色に近い何かじゃあなんであれは揺れているやめようこれ以上認識しては目を外すんだ私。
「‥‥!」
 愛梨は、悲鳴が暗転に飲み込まれていくのを感じていた。

 ‥‥。

 放出する術のないわだかまりは、気持ち悪さとして積もっていく。
 ゆらゆら、ぐらぐら、頭から墜ちてしまいそう。
 意識が理性の縁に手をかける、不快感を引きずり出しながら、這うようにして陥落を拒む。

 ―――こんな所に落ちてたまるか。

 わだかまりが重い、一方で強迫観念が自分に立ち止まることを許さない。
 思考が立ち止まろうとすると、記憶が竦むように疼く。
 ――捨てられるんじゃないか。
 誰に? あたしは一人でも生きていける。

 悪夢の始まりは、顧みられることのなかった母の姿だった。
 男の優しさは左から右へと抜けていくごまかしそのもので、母と向き合う事も無ければ、子供たちのまなざしに応える事もなかった。
 感じるのは腐りきった愛情の匂いばかり。
 飾りすらしないむき出しのそれを、あたしはいつしか痛みながら哂っていた。
 ――こんなもの?
 それに価値はないんだって、思おうとした。
 ――本当に?
 ‥‥幾らあたしでもそれくらいは知っている。

 手に出来ながったがゆえに、認めがたい幸せな世界。
 冷たくなった亡骸を前に、母だったものが報われる事はないのだと悟って、その末路に竦むような思いを得ていた。
 まるで、這い上がれない深淵だと。
 あたしはそう思ったのだ。

 ‥‥自分たちに適正があると知ったとき、一つ内心で決定づけられるものがあった。
 愛情なんて救われる理由になりはしない、そんな望みなんていらない、あたしはあたしで生きていく。
 余りにもみじめで、望みを断ちきれずにいる。
 否定して、遠ざかるほどに欲する気持ちは強くなって。心を絞めつける連鎖が自分を追い詰める。

 ゆらゆら、ぐらぐら。
 ――墜ちる。

●冷暖
 熱くて冷たいだなんて、不思議な気分。
 呼吸が乱れてるから頭がぐらぐらして、血が上手く回らないから手足は冷たく感じる。
 退屈で嘘だらけの孤児院は遙か後方。
 空は高く、遮るものがないから風が強い。
 吹きすさぶ世界はまるでボクを追い立てるようで、朦朧とした頭で、また一歩夢の世界へと踏み出した。

 ――月森 花(ga0053)。名前はちゃんと覚えている。
 それ以外にらしい記憶は思い返せなくて、探そうとすると恐怖で身が竦む。

 何時からそれを持っていたのだろう。
 銃を握るボクの手が怖くて、怖さをなくすために引き金を握りこんだ。
 劈く音、力が抜けていく。怖いものはもうないから、泣くようにして立ち去った。
 アイツらが悪いんだから、ボクが消さなきゃいけない。
 銃声の度に鼓動は大きくなって、弾ける音で心が壊れていく。
 心が耐え切れなくなって、意識が遠くなって――。

 ――ほら、元通り。
 足元には血溜まりがあるけど、見なかったことにして踏み越えた。
 怖いものなんて何もない、強いて言うなら一人なのが不思議で不満で、此処にいないお父さんとお母さんは何時ボクを迎えに来てくれるのだろうと疑問に思った。
 弾ける音もいつしか怖くない、だってこれはずっと長い間ボクと一緒にいてくれた音。
 ずっと一緒にいてくれるって、ボクを捨てる事はないってことでしょ?
 一人は嫌だから、側にいてくれるなら何でもよかった。‥‥別に、『恐怖』という名前でも我慢できた。

 なんでまだボクを迎えに来てくれないんだろう。
 まだ足りない? いやな奴らがまだいっぱいいっぱいいるから、駄目なのかな。

 じゃあ、もっと――さないと。
 ボクが怖くて、戦うのが嫌で。でもそれがいい子でいられる方法であると信じたから、やめようなんて思わなかった。
 こんなにも『いい子』でいられるんだから、もう捨てられる事はないはず。
 怖がりなボクは耳を塞いで心の中。
 左手に抱えたぬいぐるみは血濡れでボロボロで、ボクがこうさせてしまったんだと思うと、心がちくりと傷んだ。
 ‥‥大切なクマさん、なのに。

『あぁ、これはきっと夢だね。起きたら全て元通り‥‥』

 痛みに気づかないふりをしながら、意識が現実へと落ちる。
 いつもの『ボク』が目を覚ます。

 ‥‥心は傷んだまま。向き合わないと、癒える事もないというのに。

●隔意
「ねぇ母様、私って“バケモノ”なの?」

 思い返すその感触はたぶんとても優しくて――。
 そして、私――イリアス・ニーベルング(ga6358)を苦しくさせる。

 薄い自覚は、夢を酷く客観的に浮かび上がらせていた。
 抱きしめてくる母様の顔は見えなくて、震える体と嗚咽だけが母様の苦しみを伝えてくる。
 頬をさすり、髪をかき寄せる度に私の血に染まって。
 母を思う感情は、ひたすらに募る感謝と、不用意な事を口にしてしまった罪悪感に行き着いた。
 ‥‥でも、相変わらず私が痛みを理解することはなくて。
 どれほど愛されようと、私にはその痛みを共有出来ないと思い知らされたことで、苦しかった。

 最初から、私は世界への実感を得る事がなかった。
 何かの感触を得たくて、手を伸ばしたけれど。私の手は何も掴む事は出来ず、強く求める余りに自壊を辿っていく。
 周囲の悲鳴が、それはよくない事だと教えてくれた。
 正直に言えば感じない痛みはなんてことなかったけれど、ただ私が手を伸ばす相手に怯える顔をさせてしまうのが、申し訳なくて、悲しかった。
 おめかしなんて出来る筈もなくて、病衣と包帯の白に、血と肉の赤を隠している。
 感じるのは『苦しみ』だったんだと思う。‥‥だって私は痛みを知らないのだから。

 ‥‥引き金は薄雲ごしの美しい月夜から始まっていた。
 誰にも秘密で、屋敷から抜けだした私は人通りの少ない街道を小走りで抜ける。
 静かな町、騒ぎが起これば気になるに決まっていた。

 初めて見る暴力に感じるのは憤りか。
 常識も教育も与えられていたから、それはよくない事だと知っていた。
 ‥‥良くない事に、真正面からぶつかっていく事しか知らなかった。

 口火はすぐに行き詰まる、幼い威勢はあっさりと暴力に行き着いた。
 人数の威も借り、堰を切った殴打はとどまる事を知らない。
 蹲る少女を前にして飽きたのだろう、少年たちが伸ばす手はこれまでの行為と質を変えて――。

 拙い自制は、あっけなく崩れ去った。
 伸ばされた手を振り払い、あらぬ方向に払われた少年の手が、過剰な力によって壊れるのを見た。
 疑問と恐怖が場を支配し、向こうがそう来るのならと二人目に拳を叩き込んだ。
 ただ高揚によって息が上がる、父が使う武術の型を見よう見まねで、どれほどの力を込めたかなんて自覚出来ず、ただ死に物狂いで暴力は激化した。
 鈍い音と損害していく人体。外れた骨が肉を押しつぶし、人体は醜く姿を歪めた。

「‥‥ばけもの‥‥」
 振り返った先で、助けたはずの少年はそんな言葉を口にした。

●断崖
 ――思い返せば、
 死の気配は、レインウォーカー(gc2524)にとってぬるく冷たいものだったんだと思う。
 始まりの夢。「生きろ」という、俺を庇って死んだ父さんの願いは当然のように心へ残って、だからその通り生きる事をずっと考え続けていた。

 ――夢の世界は緊張感に満ちている、少しでも気を緩めれば闇が迫ってきていた。
 そんなの現実世界と変わらない。
 最初の頃はまだ恐怖心もあって、ただ戦いの中、死に物狂いで血を浴び続けた。
 いつの間にか――そう、『コツ』をつかめたのか。麻痺する心は視界を冷静に見据えられるようになって、もっと簡単に殺せるようになった。
 予想外の事が起きれば、驚きと刺激に愉悦を覚えた。

 手段と目的が逆転したのはいつからだろう、それに気づきながら、殺しを続けていた。
 凶器を握る手を震わせて、表情すらわからなくさせるほどに笑って。
 信頼する友も仕方ないと殺して、愛する人も好きだからと殺すんだ。
 空は高く、闇は深い。
 沈んだ先で天を仰いで、笑いを呑むようにして目覚めた。

 ――世界が回る。悪夢の覚醒だけはいつでも息苦しく、同時に「またか」と頭に理解させる。
 薄れていく悪夢でも、後味は悪い。
 余りにも真実感があって、そのうち訪れる結末であることを、心のどこかで理解していた。
 道に背を向ける事が出来ず、殺し合いの感触が震える程に気持ちいい。
 正気を保ったまま、どれほど理性をとばせるか知りたくて仕方がない。
 踏み外せば悪夢は現実となるだろう、それが泣きたくなるほどにおかしくて、震える感触の中、新たに殺意を固めた。
 手は刀を握る、開け放った扉からの風が心地いい。
 地面を踏みつけ、可能性に背を向けるようにして、悪夢の結末は嫌だと、確かに思った。
 そんな生き方を望まれた訳じゃない、そんな生き方など欲しくはない。
 抜いた刀で虚空を切る、見えない敵を見据え、一点に向けて素振りを続けた。
「最悪の可能性‥‥そんなモノは、この手で殺す」
 一人じゃないから、心細くはない。生きる道、手放したくない暖かさがあると記憶に触れる。
「そうだろ、道化」
 殺意は内側に、身を律するようにして決意を固めた。

●正義
 人が満ち溢れる雑踏、エスター・ウルフスタン(gc3050)が子供の身で見た、夢に映る大人の世界。

 小さい頃から、パパの事が大好きだった。
 優しいパパは警察官、皆を守る立派なおしごと。
 出動前の後ろ姿はいつも大きくかっこよくて、うずうずしたけれど、危険だからって仕事中のパパを見せてもらえなかった事はない。

 ‥‥カウンターテロ、パパの主な仕事を聞いても、怖いとは思わなかった。
 だってパパは誰にも負けないでしょ? パパがいるから大丈夫だもの。

 耳聡い子供は、父親の勤務地を聞きつけて足を運んだ。
 こっそりと、だってパパが大好きだったから。すぐに我慢出来ず見つかって、優しいパパは私を怒る事なくどこか困ったように笑って‥‥。
 それが起きた。
 紛れ込んだ子供に気を取られたのは致命的すぎる隙だったのだろう。
 知覚するより早く震動が体を打ち、跳ね上げられた体が宙に浮いた。
 強い揺さぶりと、まともに知覚出来ない閃光と音。それでも来るべき衝撃は来なくて、恐る恐る目を開けた自分は父の腕に抱えられていた。

「あ‥‥」
 有難う、と言おうとして絶句した。
 パパの体は震え、苦悶が漏れる。固まる娘に「参ったな」という笑みすら浮かべて、心配させまいと顔を撫でてくれた。
 悲鳴で場面は暗転する。

 ‥‥そのことは、ずっと幼い心に残り続けた。
 父の事は相変わらず大好きだったけれど、心のどこかで罪悪感を抱えていた。
 ――私が悪いの?
 パパはきっと私を責めない、だからそれが辛い。
 父は爆発の衝撃から私を守ったけれど、その暴威は強く私の心を打った。
 強く憎ませ、果てしなく魅了した。

 ‥‥私がいなければ。
 そんな事を今も思う。幼かった自分、無力だった私。
 絡みつく思いを振り払うようにして力を目指した。
 正義を口にして、守るために力は必要なんだって掲げて、何よりも自分に言い聞かせることで力への渇望を踏み外させることはなかった。
 幼い日に見た理想は相変わらず眩くて、それを目指して私は問いかける。
 ‥‥えらいでしょ? 自分は頑張ってるでしょ?
 見合うように振舞って、努力もして、私は綺麗な世界を目指して歩みを進める。

 ‥‥でも。
 幾ら正しくあっても過ちがなくなる訳ではなくて、父が優しいから私は詫びを口にすることも許されない。
 夢は続く、私が私を責める。
 果たされない贖罪のために、或いは、自分を騙す私を――。

●理想
「伊周君は医者としては満点だけど、彼氏としては失格だよ」
 人の気配がすぐ近くに立って、杉田 伊周(gc5580)は思わず振り返っていた。

 目にするのは誰もいない虚空。掴めるものは何もなくて、そのくせ前を向けば整えられた“あるべき道”が見えている。
 ‥‥苦しさを覚える、この道だけ見ていれば正しいのだろうかと。
 いなくなった何かが後ろ髪を引いて、抱える感触がやけに重く感じる。
 肌に触れれば知覚出来る刺青の痛み、前も後ろも未熟さばかりで、夢に見るほどなのかと、笑うしかなかった。

 急患に向かう道中、後ろから恋人の視線が突き刺さる。
 決して蔑ろにする訳でも、いい加減なつもりでもなかったけれど、自由にならない時間の二択で、自分は幾度なく恋人を裏切り続けていた。
 命に背を向ける事が出来なかった、振り返れば、潰えてしまう事が怖かった。
 ‥‥なくすよりいなくなるほうがいい、なんて言えないけれど。自分が絶望的に恋愛への適性がないことは、わかりきっていた。

 蛍光灯が灯る、場面は代わって白さが際立つ病室の中。
 それは既に患者ではなく、物言わない遺体で、それを否定したがる意識が、心に軋みを上げさせた。
 卒業したボクが、初めて患者をなくした日だった。

 粗雑な布のテントで、叫び声を上げる。
 外は煙立つ戦場、血濡れた手でひたすらに命の脈動を確保して、潰えるなと祈る一心で処置を続けた。
 かき集めた器具、申し訳程度に確保された病床。最低限にすら届かない、苛立ちながらも目の前の命で精一杯で、伸ばした手からは幾つものの命がこぼれ落ちた。

 吐血するようにして拳をついた。
 キャリアはひたすら積み上がり、能力者にもなったけれど。
 戦場で零す命はなくならず、泣き崩れる遺族の姿を思い返して悔恨が募る。

 ‥‥全部夢だ、そんな事はわかっている。
 でも覚める事はなくて、陰鬱な気持ちは重く、広げた掌に赤黒い血液を錯覚した。
 たどってきた事が無駄だったなんて、思わない。救えた命もあったけれど、彼女の気持ちを踏みにじってまで助けられなかった命が自分を責め立てた。
 肌に刻んだ命の墓標。刻んだ分より多くの命を救えと祈るように、‥‥或いは追い立てるように。
 忘れてはいけない、ボクはそうであらなければいけない‥‥。