●リプレイ本文
皇 千糸(
ga0843)は名古屋市港区に立っていた、目の前には港と海、背後には町並みが広がっている。
名古屋市十六区、それが自分がこれから駆ける戦場だ。
真冬であるため、潮風は冷たい。繰り返し波を描く海はややくすんだ深蒼。現在名古屋市民はシェルターへと避難中、そのため市内に人は少ないかと思いや、視線を向ければちらほらと傭兵、そしてナイトフォーゲル達の姿が見える。
「襲撃は一箇所だけじゃない、か」
自分もその一人だった。
だが、自分が受けた任務は直接的な襲撃阻止ではなく、名古屋市内各地に設置された爆弾の発見。その可能性は市内全体に及び、この広さ全てをカバーしろと言う‥‥随分とハードな任務だ。
着々と歩みを進め、町を歩いていく。
ハードな任務だとは思うが、やるしかない。目の前に救うべき命があるのだ、全力をかけない理由がどこにあるというのだろう。
「‥‥と、気合を入れてみたものの‥‥どの辺りから手をつけたらいいのかしら」
●不審人物?
望月 千夜(
ga6415)と諫早 清見(
ga4915)は北区に向かう前、女性士官に関係者の情報を尋ねていた。
「ねえ、民間人は皆、避難しているんだよね? だとしたら、犯人が関係者を装っている可能性はない?」
避難地域に民間人の服装で出歩いてたら目立つ、その場合はどうやって見分ければいいのかと、どんな人間が動いてるのかと――女性士官はそれを聞くと少し考えこみ、難しい表情をして。
「今回、名古屋で活動中の人間は大まかに分けて能力者とUPC軍、テロリストとキメラでいいと思う」
UPC軍は制服を着用している筈、人型に化けるキメラは確認されていないが、基本的にテロリストと同じカテゴリーでいいだろう。
ナイトフォーゲルやワームなどもいるが、規模が違いすぎるのでとりあえず除外。そして能力者達なのだが‥‥。
「‥‥こういっちゃなんだが、お前らに化けるのが一番手っ取り早い」
武器を持ち、服装はばらばら。一々依頼を受けた能力者かどうか確認する暇がある筈もなく、そうでなくとも、街にいる理由など幾らでも考え付く事が出来る。
‥‥これほど都合のいい存在がどこにいようか。市民などいなくても、自分達が既にある種の隠れ蓑と化してしまっている。つまり、精確な判別は難しいと言う事だ。
あえて言うのなら、行動に不自然さ、または問いただした理由に矛盾が、示す態度に後ろめたさがあるのなら、それが『不審人物』に適合する事だろう。
「わかったよー」
それが女性士官の答え、文字通り『不審人物』で判別するしかないと言う訳だ。
UPC軍の車への同乗許可を得、車に揺られながら、千夜は考え込む。
伝えられた情報は既に無線で報告してある、明確な判別法が出来た訳ではないが、伝えておくに越した事はないだろう。
南雲 莞爾(
ga4272)は無線からの情報を聞き、意図せず苦笑を漏らす。
―――UPCの敵は、必ずしもキメラやバグアだけとは限らないと見える。
仕掛けたヤツがバグアの差し金か、同じ人間なのかは誰も知るまいに―――士官は尤もドス黒い可能性を意図して伏せたか。
士気に関わる事ではあるし、考えても詮無きことではある。そう、別段本物の関係者が犯人だとしても―――。
吐息と共に思考を追い出し、名古屋東、昭和区を駆ける。向かうは鶴舞公園。
象徴的な場所の破壊と言えば、ここも可能性には含まれる。
整備された公園は冬でも尚美しく、木々は風に揺らされるざわめきをもって莞爾を迎える。
駆け足を緩め、慎重に歩みを進めていく。
人気のない公園を歩き回り、視線を巡らせては、隅々まで不審物がないか確認していく。公会堂、中央図書館、奏楽堂‥‥。
「‥‥‥‥ちっ」
やっぱりあった。無線にて報告を入れ、更に歩みを進めていく。
―――鶴舞駅か、ここも調べるべきだろうな‥‥。
●午後・地下
「誰もが空へと目を向けるなら、俺は足元を見ていよう」
駅への破壊行動は社会的に大きなダメージとなる、名古屋のような交通網が広がった都市となれば尚更だろう。
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はそこ、地下鉄道に訪れていた。駅のシャッターは殆どが閉まっていたが、それでも念のためと言う事で立ち入り許可を取得し、今こうして捜索に訪れている。
普段なら無謀この上ないが、人のいない今、そこは確かに意識の死角となりえたのだから。
「‥‥‥‥むぅ」
トンネルは広く、暗い。装備は想定出来る範囲で万全だ、それでも天井は高く、奥行きは広い。昼間にも関わらず、重くのしかかる闇は視界を覆い隠す。捜索が不可能と言う事は決してないものの、
「ここを調べるだけで進水式が終わりそうだな」
が、その甲斐はある。
定番と言えば定番だが、それでも確かに不審物を発見出来たのだから。線路の影に、折り重ねるようにして積み上げられている何か。
線路である何かには断じて見えないし、他の何かだとしても、埃が積もってないそれは外見からして不審この上ない。
地下鉄の運行中に爆弾を運び込むことなど不可能、と言う事はこれは高確率で―――
「‥‥名城線、栄と丸の内の間、丸の内行きで右側の方、柱になってる部分の後ろだ、上にもあるし、周辺に結構変なものが転がってる。恐らくビンゴだと思うんだが、頼まれてくれないか」
一旦鉄道から外に顔を出し、無線にて報告する。了解の旨が無線から返答され、それを確認してバイクの方に戻ると、天井に貼り付けた不審物を見上げる。
‥‥蛍光塗料なり、目印になるべきものを持ってきたほうが良かったか? そんな事をふと思ったりしたが、説明は一応十分だろう。
今度は足元に転がる爆薬を見下ろす、量は、多い。
―――崩壊でも起こすつもりか。
僅かに毒づく。
地下の強度がどうなのかは知らないが、これを爆発させたらどうなるか―――最悪の想像に少し肝を冷やしながら、バイクを緩やかに進めて行く。
無線から聞こえる消息には、Laura(
ga4643)もまた地下街で爆弾を見つけている事を報告していた。
Lauraが駆けるのは名古屋9つの地下街のうち8箇所、残りの1箇所はシャッターが降ろされてるため、探索範囲からは外されている。
気に掛けてないと言えば嘘になるが、シャッターを下ろすようなら不審物のチェックも一通り済ませてる筈。
「流石にそこまで間は抜けてませんよね‥‥?」
名古屋駅の近くでは月神陽子(
ga5549)が派手に駆け巡ってるせいか、周辺は割りと静かだ。
シャッターが掛かってる場所を省けばそんなに時間は掛からない―――なんて事はない。手が届く場所なら隅々まで探す必要があるのだ。
棚によじ登ったかと思えば、ぱこっと換気口の蓋を取り外すLauraさん。そう、こんな風に‥‥え?
「失礼しま〜す‥‥」
あ、発見。淑女にあるまじきお転婆さでしたが、ちゃんとありました。
埃がそれ程なかったのは、つい最近開けられた事がある証拠だろう。頭だけを覗かせ、それ以上はない事を確認すると、頭を引っ込める。
「ええと、3F南側の‥‥」
蓋は元に戻さない、この方が見つかり易く、わかりやすくていいと思う。
そしてシャッターが邪魔で内部に置けないのは判るのですが、不審物が可愛らしく隅っこにちょこんと置かれているのは何の冗談でしょうか‥‥?
それで隠していたもののカモフラージュになるとでも‥‥いや、まさか。
「‥‥すみません、もう一個ありましたので、此方の方も撤去お願いします」
詳細場所と共に、あからさまな奴も、ダクトに詰められていたものも、纏めて無線に報告した。
「見つけ易くて大変宜しいのですが‥‥」
人がいないと隠す意味もないのでしょうか、とちょっとだけ思ったLauraだった。
●夜間・東方面
空は朱に染まり、日は没し、夜の帳が落ちる。
この依頼に期間は特別設けられていない、敢えて言うなら『進水式当日終了後』もしくは『爆弾がこれ以上発見されなくなったら』のどちらかだろう。
『プロパガンダの妨害』、『ユニヴァースナイトの奪取、もしくは破壊』。どっちにしろ、進水式を越してのテロ活動は当日ほど効果が望めないからだ。
だが、それまではほぼ徹夜することになるだろう―――その事と、リミットのなさが精神的に能力者達を苛む。直接戦闘ではないが、これはこれで影響力の高い任務なのだ。
「‥‥‥‥ん‥‥」
顔に掛かった黒い髪が揺れ、幾度か瞳を瞬かせ―――真田 一(
ga0039)が眠りから目覚める。
「交代だ‥‥」
莞爾だった。一は小さく頷くと、装備を掴んで立ち上がる。流石に完徹は無理があるのか、能力者達はローテーションで短く休憩を取っていた。
会釈をすると、貸し出されたバイクにまたがり、市街地を駆け抜ける。
必要だと判断されたのか、それとも緊急性の高い任務だと気前がよくなるのか―――どっちにしろ、交通手段はありがたい。
(「体力温存になるからな」)
短く取っただけでも、休憩は役に立っている。冷たい夜風が意識を無理やり覚醒させ、研ぎ澄ませて行く。
市民の避難中でも、街灯はいつも通り灯っている。青白く照らし出された並木道が視界に現れては遠ざかり、やがて両端は道路とフェンスに成り代わっていく。
(「‥‥寝てなかったら、逆に眠くなったのか?」)
高速道路を駆け上がりながら、ふとそんな事を思う。
寒さがもたらすのは眠気か覚醒のどちらかだと言う、たとえそうなっても、無理やり押さえつける自信はあるが、
(「‥‥危険極まりないな、それは」)
市民は避難中なため、道路は通り放題だ。軽々と坂道を駆け上がり、一際高い所で停車する。
町内には能力者の妨害を行うキメラが放たれている、逆に言うなら、キメラが放たれている周辺こそ妨害が必要な訳で―――。
高速道路からそれを観測し、記憶していく。
この道路自体もチェックしなければならない、市に人がいない現在、要所となるのはこういった道路になるだろうから。
(「‥‥後で西も回った方がいいか?」)
東も人手が足りてるとは言いがたいが、西に回った能力者はファルロス(
ga3559)一人のみ。
幾らなんでも、西地区を一人でやらせるには無理がある。幸い、みんなの報告を聞いていた士官がUPC軍を上手く回してくれてるようだが、それでも手伝いにいくべきだろう。
「キリト、まだ起きてるなら南雲と一緒に東地区を頼めるか。西地区の人手が足りなさそうだから、少ししたら手伝いに行きたい」
はい、と返ってくるキリト・S・アイリス(
ga4536)の柔らかな声。
キリトは目の付け所が割と良かったのか、成果はそこそこ上げている、莞爾の方も手ごたえは悪くなく、一通り撤去した後なら、残りは二人に任せても大丈夫だろう。
助かる、と感謝の意を込めて声を返すと再びアクセルを回し、まずは自分の担当地域を終わらせようと走る。
進水式は翌日―――いや、既に今日か。能力者達の任務は、まだまだ終わりそうにはなかった。
●夜明け・各地
「―――本番だ」
夜が明けた。空が紫から青に変わり、黄色を帯びて太陽が昇る。
ここにきて空気は一層冷たく、存在を主張するように人肌を突き刺す。
眠っていない能力者もいれば、僅かに休憩を取っただけの能力者もいる。
御影・朔夜(
ga0240)は煙草を咥えた唇を僅かに開き、ふーっと白い煙を吐き出す。彼の元にも、またバイクは貸し出されていた。
恐らく、午前を過ぎた頃から爆弾の設置は減少し、キメラの数は劇的に増すだろう。朔夜も探索中に何度かキメラに遭遇しているが、その全てを見逃し、撒いていた。
「“悪評高き狼”ともあろう者が獲物を見逃すか‥‥。全く、らしくない」
ぼやきは煙と共に宙に上り、薄れて消える。ふん‥‥とつまらなさげに呟くとバイクにまたがり、何度目かの巡回へと繰り出す。
伊勢湾は他の能力者達が警備していたため迂回、ユニヴァースナイトは地下から出航するとの事で、捜索範囲には入れていなかった。
港区には千糸もまた巡回に回っている。キリトも一度訪れていたが、二人の姿を見るとここは大丈夫そうですね、といって東方面へと戻っていった。人手が足りないのだろう、それは無線から伝わっている。
僅かに息を切らせながら、巡回を行う千糸。一通りの場所は見回ったと思うが、見落としがあるかもしれないと思い、地図を再確認。
「むー、何処も彼処もそれっぽく見えてくるわね‥‥」
どこを爆発すれば効果的かといわれると、やはり象徴的で、尚且つある程度の高さを持つ建物、後は駅などの交通要所だろう。
それと、人が集まる場所。恐慌を呼び起こしたいなら、人が集まる場所を狙い撃ちするほど効果的なことはない。
そうなるとある程度市民が集まっているシェルターは現在進水式において、ある種の急所ともなっている。
シェルターでテロが起こった日には、宣伝だの鼓舞だのどころの話ではない。
沢村 五郎(
ga1749)はそこも回らないとな、とか思いつつ、早朝に先んじて水上から橋の検査を行っていた。モーターボートは軍が所有者に働きかけ、貸し出しを了承して貰っている。
目の付け所としては良かったかもしれない、双眼鏡から覗く視界は目星が正解だった事を示し、まるで橋を食いつぶそうとするそれは、害虫のように橋に貼り付けられていた。
―――橋を壊されたら大事だ。
発見出来た事に安堵の息を吐き、その旨を無線にて報告する。
東部方面は莞爾が捜索しているとの事で見送り、一通り捜索を終わらせると岸に上がる。バイクはUPC軍の車が拾い、運んでくれたらしい。要望通りの手配に感謝しつつ、そのまま中部方面のシェルターへと向かう。
中部方面では陽子が再巡回を開始しようとして、キメラの大群に足止めされていた。
「ここは、わたくしの地元です。薄汚いテロリストなどに好きにはさせませんわ」
刀を振るい、強行突破する。蛍火が銀光を描き、開けた一瞬の隙間に身を押し出して駆け抜ける。
ユニヴァースナイト襲撃のため、キメラの数が増やされているのか、それともここからが正念場なため、邪魔に念が入ってるのか‥‥。
どっちにしろ、地区の大半は既に巡回を終えているのだ。これからワームなどが増えるのかと思うとぞっとしないが、その前には撤収命令が出るだろう、と考え直す。
「運がよろしいわね。わたくしに時間があれば、腕の一本だけでは済まない所でしたのに‥‥!」
湧き出る暴力的な衝動に笑みを零し、付き纏うキメラたちを置き去りに走り去っていく。
邪魔してくるキメラはただただ鬱陶しい、それを思うのは陽子一人だけではなく、伊河 凛(
ga3175)もまた同じだった。
「‥‥何時も邪魔な奴等だとは思うが、今回は時間がない分、更に3割増しだな」
彼は国際会議場へと二度目の巡回に来ている。その広さはため息が出るほどで、勿論感嘆ではなく疲労と脱力のため息だ。
「なんだこの無駄な広さは。設計者は本当に有事の際を考えてデザインしているのか‥‥?」
災害が起こったときの避難所にはなるのではないだろうか。こういった状況まで考慮して建築物が作られるとは、とてもではないが思えない。
それで会場が縮こまってくれる訳もなく、恨めしいほどの広さは油断の恐れに押しつぶされ、凛を再調査へと突き動かす。
「なんて迷惑な奴らなんだ‥‥」
実際に再設置された所を発見したのだから、手の抜きようがない。
北方面の捜索に向かった千夜も再調査を始めているのか、ファイト〜という力のない声が無線機から伝わってくる。やはり疲労の色が濃い。
シュラング(
ga6095)も一緒にいるらしいが、彼から報告以上の言葉はない。
「ここはじっくり、しっかり、探していかないとね。」
千夜はそれを気にした風もなく、シュラングに声をかけては北部地域を転々と、そして何度も捜索していた。
免許を持たない彼女は当初、UPC軍の車に乗せて貰っていたのだが、今はシュラングのバイクに同乗している。カバーしようとしている地域からしても、二人の探索の成果はそう悪くないと言えるだろう。
また判ったことが一つあり、あくまでテロリストは急所を狙うのか―――不審物は駅や橋、公共施設に集中されていて、住宅地の方はさっぱりといっていいほど不審物が見つからなかった。
「‥‥まぁ、爆弾もただじゃないからな‥‥」
幸いと言えば幸いだ。
イリアス・ニーベルング(
ga6358)もまた北側方面を捜索していたが、千夜達とは別行動。
「単独行動かつ探索最優先なのは、私に取っても都合が良いですから」
自分の能力を顧みた結論だった。彼女もまたバイクを駆り、市街地を走る。
都合がいいといえが都合がいいのだが、今回は注意しなければいけない、移動系の特殊能力は乗り物まで力を及ぼす事はなく、使用すると自分だけが影響を受ける事になるのだから。
今回探索予定地域の目星は既につけている、どんな所を探索するのかも。
その中からも優先度の高い所から無駄なく回る、無線から伝え聞く情報を更に加味し、巡回ルートを組み立てていく。
その甲斐あって時間と体力のロスはかなり減らされている、成果はまずまずといった所だろう。
西区のファルロスは当初しんどそうではあったものの、一が応援に駆けつけてからなんとか捜索が進み、これなら昼前には二周する事が可能かもしれない。
(「‥‥町を散策するだけがこんなにしんどいとはな‥‥」)
散策ではないのだから、当然である。茂みをかき分け、敷地を歩き、建物の裏まで調べていく。全ては些細な行動、それでも体力が少しずつ流れ出ているのには違いない。
キメラについては何処も其処も手一杯であるため、応援を要請する事は困難。恐らくは頑張って迂回し続けるのが一番安全だろう。
五郎はシェルターへと辿りつき、既に捜索を開始している。
流石に出入りには検問が敷かれているようだが、能力者であることを提示し、任務の事を耳打ちしたら割とスムーズに通る事が出来た。
(「‥‥‥‥危険だな」)
時間をとってしまうのは宜しくないが、すんなり通れてしまうのも割と問題であるジレンマ。
余り固執するのも良くないか、と思考を割り切り、早足で内部の検査へと回る。
他にシェルターを見回ってる人は、と無線に問うと、それには清見が反応した。
「内部じゃなくて、周辺の方なんだけど‥‥」
‥‥確かに、動揺を誘うならその辺を破壊するのも効果的か。それには引き続き頼む、という返事を出し、予定変更はないな、と歩みを進める。
空調室、給水施設、発電機や物資を収納する倉庫も注意が必要か‥‥。
(「‥‥‥‥最悪だな」)
心の中でぼそりと呟く、下手に声を出して不審を誘い、恐慌を住民に与える訳にはいかない。
そう、どうやって潜入したかまでは知らないが、それらの施設には不吉な黒で包装された不審物が設置されている。
何らかの物資には見えない、たとえ機械である何かとしても、それを物資倉庫に設置する必要性など見当たらなく、そもそも配線が機械に繋がっていない。環境維持設備と言う事は間違ってもないだろう。
「エアコンが故障だ」
ため息混じりにそう無線へと報告する。清見とのやり取りで大体察したのか、了解という返事を確認する。
―――此処を押さえられたのは大きい、他の重要施設も殆どがカバーされている。
「正念場だな‥‥」
●進水式・襲撃
「くっ‥‥!」
実の所、UPC軍の駆除班には『キメラに対し、最低限追い払う事が出来る能力者』がついていただけだった。
手練な能力者は当然のように襲撃の迎撃、進水式の護衛の任などに配属されている訳で、別段贔屓されてる訳でもなく、当然の結果として彼らの戦力はそんなに高いわけではなかった。
進水式が始まった頃、名古屋のキメラ密度はおよそ最高のものとなり、それでも各地では能力者達が警備についているため、町中キメラだらけになるような事はなかったものの。結果として配属班の行動は妨害に晒される事になる。
駆除班の護衛たちは決して弱くない、だが多勢に無勢というべきか。それを見かねたキリトが真っ先に彼らのガードに入り、清見も結果的に戦線へと加わった。
各所では最終チェックを駆け足で行う能力者達にキメラが襲いかかり、それを強行突破する者、地形や特殊能力を用いて撒く者と様々だ。
「―――悪いが余り時間は無いんでな、そこを退いて貰おう‥‥!」
「――“Auferstanden(蘇れ)”――」
エミタがイリアスの詠唱に呼応し、その力を顕現させる。右肘から先が音を立てて変質し、顕現するのは不完全な竜腕。
莞爾がエリシオンを構えて駆けだし、イリアスもまたキメラを撒こうとしている。
「“Auf Wiedersehen(さようなら)”――背を向けるのは不本意だが、今は貴様等キメラに構う時間さえ惜しい物でね」
超高速で駆け抜ける、人によっては残影しか見えなかった事だろう。たかが妨害に繰り出されたキメラがそれに追いつける訳もなく、イリアスはたやすく敵から離脱する。
ユニヴァースナイトの姿は、まだ見えない。
今すぐ爆発が起こってもおかしくない状況で、それでも能力者達は探索を継続する。
恐らく―――恐らく数刻前から爆弾の再設置はストップしている筈。それを証明するように、爆弾発見の報告は逐一と減っているし、この何周目か判らない最終チェックも、今の所再設置発見の報告はなさそうだ。
だが状況が良くなったかのように見えても、気を抜く事は出来ない。裏をかかれたら事だ、と凛は思う。
これは念に念を入れた行動、気を抜くのは、進水式が終わってから―――
「帰還した後、爆弾の後始末が見ものだな」
ファルロスの軽口も心なし精彩に欠け、朔夜は自分を取り囲むキメラたちに呆れた吐息を吐き、ホルスターに手をかける。
「‥‥已むを得ないか。仕方ない、相手をしてやろう」
二丁拳銃が火を噴く、弾丸は正確に獲物の目や羽を貫通し、その機動力を削ぐ。
襲撃を受けている処理班の方では、狼獣人に変身した清見の流し斬りが甲虫キメラを断ち、自分に注意を向けようと戦場を駆け巡る。
先手必勝こそ使えなかったものの、代わりにもっていった瞬速縮地も完全に役に立たなかったと言う訳でもなく、ここまで来る時、キメラを撒くのに役立ってくれていた。
駆除班を安全圏へと送り届け、戻ってきたのか。キリトの一撃がキメラを吹き飛ばし、その隙間から清見と二人揃って離脱する。
「‥‥有難う御座います、助かりました」
礼を述べるキリトに対し、気にしなくていいよ、と清見は笑顔を向ける。
その時、二人の頭上を大きな影が通過していった。―――ユニヴァースナイトだった。
●夕方・終局
―――日は落ち、街は夕焼け色へと染められる。
ユニヴァースナイトは無事北米へと出航し、街のキメラも大方が駆除された。
結果は、能力者達の勝利といっても構わないだろう。
僅かに爆発が起こった地域もあるかもしれないが、結果的にプロパガンダに支障はなく、また、市民に動揺が走る事もなかった。目立つ地域に的を絞って探したのが功を奏したのかもしれない。
完全解体でこそないものの、被害は最小に抑えられた筈だ。そう思って一は結果に一先ず納得する。
「――あぁ、そうだったな。この結果は既に知っている。‥‥つくづく度し難いな」
高速移動艇の隅で呟かれる、酷くつまらなさそうな朔夜の言葉。体は倦怠感に包まれ、細められた瞳は今にでも瞼が落ちそうである。
「―――お疲れ様」
かけられたそんな言葉も、大した意味は成さない。自分は思考した通りに動いただけ。体力は消耗しているものの、労力と言うほどでもなく。全てが終わった今になっては、了解していた結果であって、終了した過去でしかない。
士官のねぎらいには僅かに目線を返し、またタバコをふかしながらぼんやりと帰還の時を待つ。
「この結果は、貴公らの功績だ」
―――そうか。
‥‥話は、もう少しだけ続く。
●幕後・衝突
一目で碌な奴じゃないと判った。
白く細い顔立ち、黒い髪に隠された青の目はとても美しい深海の色なのに、何故かノイズを混ぜたかのように異質。
現実世界で一秒、感覚的な数秒で思考を張り巡らし、その理由、その色を狂気と呼ぶ事に思い至る。
心の底から不愉快で、気がつけば刀は振りぬかれ、腕は振るわれ、その相手に一太刀浴びさせようとしていた。理性はそれに気付くが、別段、自制するつもりなどない。
何を持って不審人物かと言われると難しいが、今回はただ“直感が訴えた”としか言いようがない。
そんな理由で斬られる相手のほうは溜まったものじゃないだろうが、初撃はわざと外している。違ったら丁重に謝ろうとか思いつつ、その考えは僅かに吊り上げられる相手の口元を見て瞬時に霧散する。
―――不審人物、決定。
能力者ではある様だが、陽子の中では既にそう完結していた。女性士官も言ってたではないか、化けるなら能力者だと。
両足が地を蹴り、スカートが翻る。瞳は血塗れた赤に、牙は鋭く長く、額からは角が細く生え、伝承で告げられる鬼の姿へと変貌する。
―――何を躊躇う必要があるというのでしょう?
覚醒の高揚に任せて刀を振るう、容赦や温情など一欠けらもなかった。自分には任務があるが、それも先ほど撤退命令が出ている。これからは帰還するだけなのだ、五分やそこら辺くらい、遊んでやらなくもない‥‥!
足を踏み出すと同時に刀が走る。刀は宙を斬り、高揚で減速した世界の中、男の動きは陽炎のようによどみなく、そして捕らえがたかった。速い。
「――――ッ!!」
動揺を振り払う。だが意志に関係なく回り始めた理性は既に最悪のケースを想定しているし、何より、任務の疲労で重くなった体は思うように振るわない。命令と動きのタイムラグが大きい、集中力ですら気を抜くと瓦解してしまいそうになる。
万全な状態であれば遅れなど取らないものを、と歯噛みする。思考までが鈍り、その考えが正確かどうかすら判断出来ない。
「武器はもってきてないんだよな、―――楽しんじまうから」
「‥‥‥‥!?」
初めて相手が口を開き、驚愕で反応が遅れた。強い勢いで足を払われ、体がよろける。たたらを踏みながらそれを意地で持ちこたえさせ、飛んできた一撃を紙一重で回避。上体を仰け反らせて回避した一撃は代償としてまたもや陽子のバランスを崩し―――
「―――ち、やっぱ今日は興がノらねぇ‥‥」
相手が一方的に、戦いを中断していた。
不審と迷いと憤りが瞬時に浮かんでは掻き消え、慌てて体を起こし、刀を握りなおすものの戦闘意欲は薄れていた。
疲労した自分が戦える相手ではないと理性は冷静に告げ、本能は斬っておくべきだと叫ぶのだが、余力がないのには同意せざるを得なかったからだ。
行き場を失った高揚だけが体内へと沈殿する。仕掛けてくるなら相手をする、そう思ってた矢先にこれだ。
その間にも男は背を向け、既に数メートルの距離を遠ざかっている。相手が此方のコンディションを理解しているかどうかまでは知らないが、恐れていないのは確かなのだろう、立ち居振る舞いには傲然としたまでの不敵さが満ち溢れ、来るなら来いよ、と無言に告げている。
「―――あばよ、同類」
親しみは決してない、蔑みすら含む嘲笑を残し、男はその場から立ち去っていた。不本意な一言を残され、陽子の顔に嫌悪が浮かぶ。
「誰が‥‥ッ!」
声は届かず、だが体内にくすぶっていた高揚と嫌悪を言葉と共に吐き出す。
「‥‥どうした、月神? そろそろ帰還しても‥‥」
無線から士官の声がする。はっと我に返り、敵わなかった事だけ伏せ、遭遇した男の事を強さ含めて無線へと丁寧に報告した。
‥‥別段負けた訳でもないのだが、わざわざ失態を晒す必要もなかろう。
「実は‥‥」