●リプレイ本文
―――とある、山での事。
そこでは雪が降っていた。辺り一面は白に彩られ、空は雲に覆われた薄灰。色素の薄いこの視界で、木々だけが僅かな色彩を持っている。
山は音を吸ったかのように静寂。動物達も眠りについているのか、生物の立てる喧騒すら聞こえず、時折風に揺らされ、枝同士が奏でる音と、揺すられて落ちる雪の音しかなかった。
時間すら忘却させようとする白の世界、それを破るように、車の排気音が遠方から響く。深紅のワゴン車が一台、山道を走っていた。
それなりに大型で、後部座席は三列もある。
乗車している男女は総勢12名、その内2名は濃茶の軍服姿で、残りの者達はばらばらな服装であるものの、皆一様に武装している。
座席に立てかけられた銃器、武器。今は手にされていないそれらの所持者は、二列目の後部座席に広げられた、大きな地図とにらめっこしていた。
外には雪がはらはらと舞い降りている。激しくはないものの、良くはないな、と寿 源次(
ga3427)が顔をしかめる。
今回、能力者へと依頼された案件は実に単純な討伐依頼だった。救出する人質がいる訳でもなく、ましてや特殊な技能が必要な訳でもない。特殊な能力が確認されてる訳でもなければ、大軍を相手する訳でもなかった。
だが、それ故に単純にして困難、そんな任務。
地形と天候か、と御影・朔夜(
ga0240)が続けて息を吐く。
普段咥えている煙草は、今は咥えられていない。乗車前に、車内禁煙を言い渡され―――不本意ながら、一時自粛しているために。
どちらかというと喫煙者の多そうな面子だが、かといって未成年がいない訳でもない。窓からでも喫煙したい所ではあるが―――
「寒い‥‥」
これである。
外は山、そして雪。氷点下、洟すら凍結しそうな気候で、ヒカル・スローター(
ga0535)が震えた。
勿論、暖房が効いてる車内がまだましなのは当然で、樹氷が蔓延る山を車は上へ上へと走っていく
今回の任務最大の障害―――即ち、天候と地形。山の足場が有難くないのは言うまでもなく、深く積もった雪が加わって、最悪の戦場となっていた。
悪いことに、その雪は現在進行形で降り続いている。交戦する中、気まぐれな天候はどうなるか。
止むかも知れない、大雪になるかもしれない。
蓮沼千影(
ga4090)が激戦の予感に体を震わせ、顔つきの重い友人に源次が紅茶を差し出す。
「寒いからな、暖まる分にはバチは当たるまい」
そう朗らかに笑った。そうだな、と少しだけ笑って頷く彼を見、翠の肥満(
ga2348)の方を見やると頼りにさせて貰うぞ、とまた笑う。
「今回は、宜しくお願いします」
コー(
ga2931)もまた他の面子に挨拶しており、源次はそれにも礼を返す。
「寿だ、宜しく頼む」
●到着
車が目的地―――今回のターゲット、鳥キメラの巣一歩手前で停車する。
UPC軍の二人はこれ以上はついて来ない。女性士官はお留守番に残った戦闘専門ではない兵士の護衛と言うことで、参戦はしないという。
車を残してくれたのは避寒、そして帰還用か。備品として医療器具が積まれてるあたり、衛生兵かもしれない。
「帰って来たらまた飲むから。そのままにして置いてくれ」
そういって源次が持ち込んだポットセットを車に預け、扉を閉じた。
まだターゲットの巣には近づかない。九条・運(
ga4694)が双眼鏡で巣の状況を探ろうとするものの、忘れてきたのか所持されていなく、白鴉(
ga1240)が代わりに前方を確認する。
地形は事前に言われてた通り、巣がある場所は殆ど崖っぷちだ。遠めに見える巣は直径10mほどのお椀形、素材は綿毛や木材などの混合物で出来ている。
ターゲットがいないのを確認し、能力者達は巣へと近づく。崖側から風が吹きつけ、非常に寒い。
寒さなど煙草の温かさで解決! ‥‥となればどんなにいいことか、そう翠の肥満が零す。
千影はキメラのいない内にと、周囲の雪を踏みしめ固め、足場を作っていた。
足が埋もれて動けなくなる、という事態こそ回避できそうなものの、今度は足が滑りそうなのが心配かもしれない。尤も、靴を滑り止めの長靴にしてきた彼にとっては、そんな心配は杞憂なのだが。
「精一杯ジャンプしてもこれ位、か‥‥」
辺り一帯の雪を踏み固めた千影は、雪上戦闘の感覚を掴もうと飛び跳ねている。備えあれば憂いなしとはよく言ったもので、体を解す意味合いも含め、成果は上々と言った所か。
緩やかに突出した崖を一瞥し、頭の中で戦況の想定をしようとして―――朔夜がつまらなさげに白い息を漏らす。
――‥‥くだらない‥‥この思考を幾度繰り返した?
既知感に倦怠を覚え、足踏みをしてるかのような錯覚に苛立ちを覚える。それすらもくだらないと言わんばかりに頭を振り、背後、他の者たちの方へと視線を向けた。
他の能力者は巣に潜伏するのを諦め、雪を積んで簡易的なかまくらを作り始めている。道具がないためか、思ったよりきつい作業は遅々として進まない。
巣に人を隠せるかといえば是だが、有効かどうかといわれると否。向こうは空を飛んでくるのだ。巣の中に誰かが伏せている事など、上空から見れば一目で判る。
雪を巣の中に入れ、その上に伏せればありかもしれないが、接近戦を挑む人間で、雪に紛れる様な服をしている人間はいない。先制攻撃を仕掛けるなら、射撃班が巣の中に潜むのは不適切だろう。雪の中に入るのは、幾ら防寒具があるとはいえ、自殺行為だ。
クラウド・ストライフ(
ga4846)がさみいなこたえるなーとぼやく。
―――当たり前のように、ターゲットが帰ってきたのは、かまくらが完成するより先だった。
●来襲
「―――来た!」
最初に千影が気づき、続けて源次が気づいた。敵来襲の警告に全員が作業の手を止め、千影の視線が指す先を追う。
遠目で尚はっきり目視出来るその姿は、通常の禽獣では有り得ない。突き刺さる敵意は相手が能力者に気づいている事を示し、遥か手の届かない遠方から、巨鳥が速度を乗せて突っ込んでくる所だった。
「うっわ。で、でっけー!!」
間合いを取りながら、白鴉が叫ぶ。
隠れている暇などない、能力者は手早く前衛と後衛に散開し、覚醒状態へと入った千影が鳥の体当たりを受け流す。
「ぐ‥‥!」
腕が重く、軋みをあげる。受け流したからいいものの、まともに受け止めていたら吹き飛ばされていただろう。
勢いを殺されたキメラは千影を弾き飛ばし、クラウドが放った一刀を受けながらも、宙を滑って再び空中へとあがっていく。
「かてぇ‥‥」
動いてる相手とはいえ、まともに刃が食い込まなかった事に驚愕する。これでは、殆どかすり傷だろう。
なんという破壊力と防御力。長期戦の予感にこめかみを痛めつつ、刀を構え直す。
キメラは総勢3匹いるのだ、現在戻ってきたのは1匹のみだが、残り2匹が戻ってくるのは時間の問題。その前にはこいつを倒してしまいたい所だが、攻撃の手応えは悪い。
オリガ(
ga4562)が弓を引き絞り、キメラの翼へと矢を放つ。翼には当たらず、胴体に矢が掠る。
図体が大きいキメラの翼は決して狙い辛いという事はないものの、誤射の心配と標的の移動速度が加わって、思うようにあたらない。
「――‥‥そのうちあたるとは思うのですが‥‥」
翼を完全に破壊するのに、何発必要かは保障し難かった。それでも全力で臨むのみだ、と運が突っ込んでいく。
今―――キメラが単体でいる時が好機なのだ、決してこのチャンスを逃す訳にはいかない。
出し惜しみはなしだ、と言わんばかりに千影がエミタの力を引き出し、刀を走らせる。
表情は振るう刃と同じく鋭い。笑って戦える相手でもなければ、堅く抱えた決意が根の真剣さを前面に押し出していた。
羽毛と血が飛び散る、少しずつ刀を食い込ませていく。事前に均したおかげで雪上でも体は淀みなく、全身に纏った防寒具は寒さを感じさせない。‥‥もこもこ。
「―――俺らがやるしかないんだ」
絶対に倒す、乾いた唇がそんな言葉を呟き、これからが本番だと宣言するように、二匹目の鳥が舞い降りた。
●冬将軍
視界は白く、風は強い。
先ほどまではらはらと降っていた雪は、今になってぴゅうぴゅうといった狂相を呈している。
視界は悪く、武器を握る手がかじかむ。
―――前衛の服が白くなかったのは、いっそよかったかもしれない。この視界で白服など着られた日には、誤射の危険がある。
「冬将軍と聞いては‥‥露な血が騒ぎますよ‥‥」
凍ってるかもしれませんが、そうオリガが笑う。
「ぁ‥‥」
―――ヒカルは、動けなくなる一歩手前だった。
(「‥‥や、ば‥‥」)
彼女自身、戦闘中に気がついた事だが、彼女は防寒具を着こんではいない。
勿論薄着なんて事はなく、そのために即座にリタイアする事はなかったのだが、雪のきつい現状で戦闘を続行出来るほど、山の天候は甘くなかった。
保険として電気カイロなどを所持してはいた、だが吹き付けられる寒さはそれを上回り、関節が凍って、体が徐々に動かなくなっていく。
「アイテムを購入した後は、ちゃんと装備しなきゃ駄目だよ」
とはロッタの言葉だったろうか。身に沁み過ぎるその言葉は、後悔という形でのしかかる。
防寒具を分けてあげられそうな人々は、戦闘で手を離せない。
自身を埋めようとする雪を振り払い、負けるもんか、とヒカルは体を動かした。
「さ、寒いよぉ‥‥くそぉ、俺にも羽毛があれば‥‥」
到着した当時より、山の温度は遥かに下がっている。
激烈な運動を行っている筈なのに、体がちっとも暖かくならないのはどういうことか、と白鴉が震える。
一瞬見上げた空は濃灰に覆われ、太陽は見えない。
それに反発するように刀を突き刺し、負けるものか、と敵を睨みすえる。
かすむ視界では二匹の鳥キメラが空を舞い、一匹はかなりの手傷を負っているものの、戦況は圧倒的に能力者達の不利。
「うがー、攻撃が届かない‥‥俺にも翼があれば‥‥」
無理な事は先刻承知、それでも零したくはなる。
「これは‥‥反則ですよね‥‥?」
そう、コーが呟く。
能力者達の余力は後半分、といった所か。ダメージは兎も角としても、天候が重く、寒さがのしかかってくるのが痛い。
勿論、向こうとて、この天候が平気な訳でもないのだ。だが、人間よりは遥かに寒さへの耐性があるらしく、厚い羽毛と脂肪のせいか、動きが僅かに鈍る以上に目立つ影響はない。
徐々に降り積もっていく雪に対し、千影がうがーっと抗議の声を上げる。ちょっとだけ素が出た。
「折角踏み固めたのに‥‥!」
翠の肥満もこの視界によって、先ほどから試みていた眼狙いが絶望的となった。
せめて地上にいるのなら、と悪態をつく。高度、速度、動き‥‥狙撃の難易度は、神業突き超えて奇跡レベルだ。
地面に引き止めるチャンスを失ったのは痛いだろう、雪に身を潜める作戦は決して悪くはなかったものの、実行は状況が許してくれなかった。
完全に停止している訳でなくとも、奇襲が出来たのなら、眼を潰すのも不可能ではあるまいに。
――――拙い。
能力者達はほぼ地上戦を想定しているだけに、空行くキメラに対して打つ手がなかった。いや、想定する余裕など、誰があっただろう。
先手を失うのが、ここまで痛いとは。
キメラの一撃を受け止め、降りてきた所を攻撃する、あわよくば飛行能力を奪う。それが能力者に出来る精一杯。
「っ‥‥残念でした、後ろのみんなへの攻撃は届かせないよ!」
後衛へと突っ込んでくるキメラの突進を白鴉が受け止める。その体は源次によって幾度目かの治療を受けており、傷は兎も角、体力が不安になる。
―――馬鹿ですか、私。そう思いながら、オリガがスブロフの瓶を開けた。
ロシア産アルコール飲料。アルコール濃度99%。
うっすらと笑みを浮かべ‥‥降りてきたタイミングを狙い、それを鳥へとぶっ掛ける。勿論、これだけではただ冷たいだけだろう。だが―――
かけられたアルコールを見て、朔夜が笑う。手にシエルクラインを構えながら、これから起こる事を嘲笑するように。
「甘く見るなよ、サンダーバード。貴様が対峙しているのは“悪評高き狼”だぞ?」
引き金が引かれ、弾丸が飛んだ。火を噴きながら、天まで届くフェンリルの顎のように。
「降りて来なくて良い‥‥堕ちて来い」
銃声が間断なく鳴り響き、既に何個目か判らない薬莢が地面へと転がる。
これほど狙いやすい的もない―――弾丸が液体を掠め、摩擦によって火がついた。
GYEEEEEEEE!!
頭を高くのけぞらせ、キメラが狂声を上げる。燃え盛る火はキメラの羽根を焼き、胴体を焼き、翼を焼く。
「よし‥‥!」
まだ終わりではない、雪で鎮火される前に仕掛ける必要がある。仕掛けの主謀であるオリガが弾頭矢を番え―――
「――――燃えなさいっ!!」
キメラの翼を、爆散させた。
翼が吹き飛び、轟音を立て、キメラの体が地面に激突する。なんという奇策、精密な手順を要求される行動だったが、その効果は絶大だった。
(「‥‥火薬が湿ってなくてよかったですね‥‥」)
安堵の息をこっそり漏らす。
勿論この好機を逃す筈もなく、残った錬力を解放し、能力者が一気に墜落したキメラへと襲い掛かる。
「やっと降りてきてくれたね? これで最期だけどさ!」
最早部位を狙う必要もあるまい、後は首を刎ねて、残りのキメラも打ち落とすだけ。
そう、能力者たちが武器を振り落とした瞬間―――
どがっ!!
「あ‥‥」
「九条―――っ!!」
運が、キメラの体当たりによって、崖下へと墜落した。
●春は未だ訪れず
‥‥排気音が、再び静けさを破っていた。
風と枝葉だけが相変わらず波のような音を立て、口を開くモノは誰一人としていない。
皆一様にして疲れ切っていて、疲労どころか、既に意識を落としている者すらいる。
運が墜落した後、三匹目のキメラが舞い降りた時点で、勝敗は決した。
消耗にクラウドが倒れ、白鴉と千影も後衛を守りきって力尽きた。ヒカルも限界に達し、それ以上キメラを討伐する余裕などある筈もなく―――能力者たちは退かざるを得なかったのだ。
体に刻まれた傷がずきずきと痛む、深い消耗と失意。
能力者達はキメラを討伐するまで持たなかった、撃墜したキメラだけでもなんとか討伐出来たのは、収穫と言えるだろうか。
指先は冷たく、心もまた冷え切っている。手にする紅茶だけが熱く、温度差が頭を朦朧とさせ、思考能力を奪っていく。
「‥‥‥‥つくづく度し難いな、私は」
朔夜が、自分だけに聞こえる声で自嘲した。
運は救助隊によって回収されたらしく、負傷は深いが、命に別状はないとのこと。
通り過ぎていく針葉樹林は白く、冬が明ける気配はない。
「‥‥‥‥‥‥」
静寂が訪れる。しんしんと白が降り注ぎ、世界は未だ眠っているかの様だった。