タイトル:【Thanksgiving】感謝祭マスター:磊王はるか

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/08 18:18

●オープニング本文


 アメリカにおいて11月の第4土曜日と言えば、感謝祭。サンクスギビングと呼ばれる祝日の一つである。場合によっては七面鳥の日とも呼ばれ、大昔に英国からマサチューセッツのプリマスに移住したイギリスの清教徒達が得た、最初の収穫を記念した事が起源であると一説には言われている。他にも大なり小なりの説はあるのだが、これがそれなりに一般的に伝わっていると言っていい。

 そんな11月の第3週も終わりを迎えた頃だ。世間は空っ風が吹き始め、秋の様相から徐々に冬の刺すような冷たさが訪れ始めている。勿論、給料日前の人間の懐も同じくらいの厳しさで空っ風が吹いていた。そんな生活状況にある、UPC教導隊所属のリアン・マーベリックは友人と2人してサンフランシスコの街を歩いていた。
「やれやれ、感謝祭か。バグアと闘っていてもこれだけはやるんだよなあ、我が国は」
「ちょっと待てよ、こういうイベントは大事なんだぜ? 戦争戦争じゃ、いくら職業軍人の俺達だって心が乾ききっちまうわ」
 呆れた様子で零す隣の友人にリアンは肩をすくめて見せた。確かに軍人は闘う事が仕事であり、それが出来ない軍人は軍人足り得ないと言っていい。けれども、軍人とて人の子なのだ。たまの休暇には寛ぎたいし、恵まれた者は恋人や妻、子供と言った家族とひと時の安らぎを過ごす事を選ぶ筈だ。
「で、今年は何やるんだって?」
「ヒルデブラント少佐が妙に乗り気なんだよな、今年は」
 リアンが溜息混じりに述べる。どうやらマリア・ヒルデブラント(gz0149)少佐がどういう風の吹き回しか、あちこちから七面鳥を買い集めて、基地の調理人をひっ捕まえてはその支度に従事させているらしい。最早むちゃくちゃと言っても良いような気がしないでもない。元々彼は少佐とは従姉弟の関係であり、昔のやんちゃを知られているのと軍での階級差もあって、頭が上がらない事が多いのである。
「少佐、変な所で連帯意識とか恒例行事を大事にする人だからな。作戦運営とか部隊指揮じゃ実証主義者なんだが」
 射的屋とも称される彼は妙に艶めいた様子でうきうきとした様子を見せる従姉を思い出し、また溜息を一つ。
「他にもアーケードででかい風船上げるパレードもするらしいぜ」
「ああ、子供の頃にメトロポリタンXのメイシーズじゃ良く見かけたなぁ」
 男2人で過去の思い出を懐かしく思い返す。今ではメトロポリタンXはバグアの支配下となっており、おいそれと風船など上げられる訳もない。代わりにぷかぷかとヘルメットワームが浮かんでいる様を連想してみるが、余りに不似合いなのでリアンは速攻で脳内から消去する事に決めた。それに従弟とは言え、一応相手は上官でもある。面倒な事を考える前に思考を止める。
 ふと、そんなこんなで暖かな気分になったリアンらは、七面鳥の中に詰めるパンやクランベリーソースなどを買っていこうかと提案する。
「他にも色々要るよな、マッシュポテトとかパンプキンパイとか」
「流石に俺達だけじゃあ、そっちまでは手が回らないぜ。というかだ、手伝いも兼ねて一つ能力者達に声をかけてみないか?」
 持って来て貰うついでに、一つにぎやかに感謝祭を祝わないかとリアンが提案すると、男はそれに一も二もなく同意とばかりに力強く頷いた。
「おう、そりゃあ賛成だぜ。ターキーばっかりじゃ飽きも来るだろうし、何よりも基地内だと女っ気が薄いからな。能力者のお嬢ちゃんとか来てくれたら目の保養になるだろうし!」
「女だったら何でもいいお前と同意見なのは、少々不服だが俺も賛成だ! よし、ここは一つ告知打ってみるか!」
 そうして、街中に感謝祭のお知らせのポスターがあちこちに貼られる事になったのであった。まる。

●参加者一覧

/ 鳥飼夕貴(ga4123) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 野之垣・亜希穂(gb0516) / 美環 響(gb2863

●リプレイ本文

 年に一度の感謝祭が訪れ、街は賑わっていた。バグアの襲来と共に人々は安息の時から強制的に遠のく事となっていたが、それでも人々は日々を生き抜くべく、襲来前に行える事はなるべく行うように努めている事が多い。無論、今日の感謝祭もその中に入っていた。特にUPC北中央軍がここ最近、北米での活動によって失地回復を目指す動きも徐々に伝わっている事もあるのだろう。
 無事生き残った街並みを行き交う人々は、この一時だけでも僅かな平和を謳歌しようと活気に満ちて彼方此方の店舗へ足を踏み入れては、共に居る家族と一緒に大きな紙袋を抱えて笑みを零していた。
 そんな中をエルフリーデと美環はいそいそと歩き、町並みに並ぶケバブやホットドッグの露店やコークやら日本にはグレープフルーツ味しか輸出されていなかったスポーツ飲料が赤やら紫やら様々な色と味付けがなされて、氷の浮かんだ水槽の中でぷかぷかと浮かんでいる。
「こちら一つ下さいな」
「僕はこっちの紫色のヤツを」
「あいよー、コーク一つとスポーツドリンクねー」
 そうして350ml缶とペットボトルを手にとったエルフリーデとスーツ姿の美環はUPC北中央軍が出展をしているらしい通りの並びへと足を向けた。
「この人々の笑顔があるかぎり、人類の敗北はありませんね」
 行き交う人々の笑顔を目にした美環が言うと、エルフリーデも同意とばかりに頷いた。そんな最中、鳥飼が屋台を開いているのが目に留まる。日本人がこの辺りで店を出すのはどちらかと言えば珍しいからだ。
「こちらは何を置いておりますの?」
「ああ、ライスボールって分かるかな」
「ああ、おにぎり。売れ行きはどうなの?」
「私も今は日本に居ますから分かりますよ」
 そうか、とエルフリーデの言葉に鳥飼は良かったと呟きを漏らす。聞けば、日本料理が珍しいのか、思っていたよりも彼の屋台は盛況であり、丁度客の流れが一区切りついた頃らしかった。
「そっか、結構好評なんだね」
「そうだな、タンドリーチキンや唐揚げを詰めたのが人気だったかな。おはぎは結構人を選ぶかと思ってたんだけど、なかなかどうして」
 一見してなにかを丸めただけにしか見えないので、最初は売れ行きは芳しくなかったのだが、素朴な甘味が受けたらしく、こちらもじわじわと売れているらしい。特に、こちらに住む日本人が見かけて買っていくとの事だ。
「俺も後で基地の‥‥ヒルデブラント少佐だったか。そちらが七面鳥をたんまり用意してるって聞いたから後でお邪魔するよ」
 他にもパンプキンパイとか美味い物を食いながら祭りを満喫したいからね、と鳥飼は艶やかにも見える笑みを浮かべる。

 元々サンクスギビング――感謝祭は掻い摘んだ説明をすると、アメリカに渡った清教徒達が冬の寒さに苦しむ最中、現地のネイティヴ・インディアンに出会い、助けられてその翌年の秋には助けてくれた部族を収穫の祝いに招待した事が発端となっている。その後、西部時代や南北戦争と言った、現地人と入植者同士での争いへと歴史は紡がれていき、人によっては侵略の歴史だと忌避する事もあるが、今では基本的に親族や家族と共に集まって大きな食事会を開くイベントとなっている。特に、感謝祭前日と翌日の日はバグアに襲われた今でも交通機関が大混雑するほどだ。

 閑話休題。
 途中で珍しいものに目を引かれて値切ってみたりしつつ、人の流れにのって屋台の通りから離れ、UPC北中央軍が出展している辺りへと足を向ける。そちらに行けばマリア達が七面鳥を相手に色々頑張っているのだろう、とぼんやりとエルフリーデは思う。
 向かう最中、妙に熱気と共に盛り上がる所があり、美環はふと視線を向けた。そちらでは地元のバスケットチームやプロも混じってのバスケットの試合が行われていた。バグアとの戦争で娯楽と言う物から徐々に遠ざかりつつある世の中であったが、まだまだ人々は娯楽を失っては居らず、むしろその様な戦時下であるからこそ、娯楽に熱中しているのだとも言えた。
「あーっ、おしいっ!」
「もう少しで3ポイントだったのに!」
 どうやらシュートミスをしたのだろう。人々の中に混じって感染していた野々垣の声が美環達の耳に届く。比較的長身の多い欧米人の中で、群を抜いて高い彼女の慎重と褐色の肌とが相まって、酷く目立つ。特に髪を日本髪で結い、水着姿に近い格好なのだから、当然と言えば当然なのであるが。
「さぁ、まだまだ時間はあるわよ、頑張ってねっ!」
 腕を振り上げ、辺りの熱気と同化した野々垣が応援の声を上げる。周囲の人間もそれに釣られ、どちらをも応援すると言うスポーツを純粋に楽しむ観客達の姿がそこにあった。
 既に朝から大通りでは巨大な風船が練り歩くサンクスギビング・パレードが始まっており、そちらにも多くの人々が集まり、賑わいを見せている。
「あ、いらっしゃいませー」
 漸くUPC北中央軍の有志が出展している屋台へと辿りつくと、自前のエプロンをつけたリゼットが柔らかな笑みを浮かべて声をかける。ふわふわとした金髪を軽く束ねてまとめて、屋台の中で訪れる客の応対をしていたらしい。
「あれからお店のほうはいかがですか、マリアさん」
「ふむ、順調と言えば順調だな。リゼットが手伝っているのもあってか、評判も良いらしくてな」
 午前中はデザートを主に作って手伝っていた美環が、奥に居た少佐に尋ねると、繁盛しているぞとにこやかな笑みを浮かべて答える。
 そんなやり取りをしている店先から一転して、奥ではコック達がてんやわんやと動き回っていた。次々とターキーの切身をパンズに野菜と共に載せ、グレービーソースをかけてナイフ型の小さいピンで留める。それをリゼットが慌しく客前まで運んで手渡しているのだ。
「実家に居た頃、クリスマスに焼いていた事があるので大分楽ですね」
 そう言いながら、焼きあがったパンプキンパイを箱に収めるリゼット。既に客はちらほらと並び始めており、口よりも手を動かす事に集中していた。一所懸命に働く彼女の姿にマリアは感心した様子で頷き、後で何か差し入れてやろうかなどと考える。
「はい、こちらパンプキンパイ2つにターキー1つですね。ありがとうございますっ」
「しかし‥‥売り子はやはり若い子の方が喜ばれるようだ」
 などと言うマリアの表情は苦笑を浮かべている。彼女も彼女でそれなりに見れる造形ではあるのだが、左眼を覆う眼帯が自然と軍人としての威圧感を出してしまうらしく、テントでの指揮に集中していた。
「で、なんだ? 売上に貢献しにきたのか、エルフリーデは」
「はい。それもありますけれども、こちらの美環さんが自分のマジックショーにお付き合いいただければというお話がありまして」
「ふむ‥‥それはお前がやった方が良くないか?」
「やはりそう思いますか」
 曲がりなりにも軍服に身を包んだマリアとメイド姿のエルフリーデと比べれば、当然客の受けは後者の方が盛り上がるだろう。――年齢の事はとりあえず置いておくとしてだ。「わかりました。それではお手伝いさせていただきますね」

 そうして、広場では美環によるマジックショーが開かれ、屋台を手伝っていたリゼットや鳥飼、野々垣達も見学しようと集まってきた。シルクハットから大きな七面鳥の風船を取り出してみたりと、様々な芸を披露して行く。
 最初に出した七面鳥の風船がふわふわと舞い、空で割れると中から花びらが舞い、降り注ぐ時を迎え。そして日も落ちて人々の行き来が少なくなる頃になって感謝祭は終わりを迎える。この後それぞれの帰路についた人々は家庭の中で親類一同とささやかなパーティーなどを行い、家族との親睦を図るのだろう。
「ママ。今日はね、公園で手品を見てきたんだよ――」
 一家団欒の中、そんな話を親にした子も居たとか居ないとか。ともあれ、感謝祭はつつがなく終わり、後はゆったりとした時間を過ごし、明日にはまた買い物に繰り出したり、自らの家へ戻るべく帰省ラッシュが例年の如く始まるのだろう。
 感謝祭を終えた人々は、次にクリスマスの訪れを期待に満ちた思いで待つのであった。