●リプレイ本文
●すらいむぱらだいす
「‥‥わわっと!? どしたの? どしたのっ?」
開店直前の『Clockwork maiden』から発せられた声を偶然にも聞きつけた月森 花(
ga0053)やヴァシュカ(
ga7064)らは何事かと、外に居た美月に事情を聞き、手に手に得物を持って店内へと駆け込んだ。中は既に大量のスライムが沸いて出ており、一般人からすれば、手に余る状況であった。
「休暇中だったのですが‥‥しかたないですね」
同じく通りかかったテミス(
ga9179)達が続き、リンドヴルムで近くを流していた依神 隼瀬(
gb2747)もまた、店の前に駐車して中へと飛び込む。幾らなんでも着装して店内に入ってしまっては、床を踏み抜いて店自体を破壊しかねないからだ。
「小さいスライムですか‥‥小さい分厄介ですね。ですが、退治しないといけない訳ですから‥‥皆さん、頑張りましょう!」
フロアの中、腰に差した蛍火をヒカル・マーブル(
ga4625)は引き抜くと、店内の調度に傷を極力与えぬ様、突きを主軸にした攻撃を繰り出していく。S−01を使う考えもあったが、流れ弾の可能性を考えると止むを得ない場合以外は用いない積もりであった。店内に飛び込んできた月森もまた、食べ物に気を取られているスライムの隙をついて、次々とテーブルの上に椅子を片付ける事で戦闘の場を確保する。貴重品や壊れやすい物は外に出したかったが、物陰に置くので精一杯だった。何せ一応戦闘中なので、ついうっかり誰かにぶつかってしまっては見も蓋もないからだ。
そんな感じで徐々に自由に動ける空間を確保していく最中で、テミスが大きな箱をフロアの中心に置く。すると、その箱の中身に反応をしてか、次々とスライムがそちらへと近づいていく。
「名付けてスライムホイホイです。これで大分楽になるのではないかと‥‥」
テミスが箱の傍から中を覗き込むと、うねうねとゼリー状の物体が蠢きながら食べ物を消化しているのが見て取れる。ある程度捉えたら蓋をして、赤い髪を揺らしながらいそいそと店の外へと箱を移動させていく。
――実の所、当初は自分がメイド服を着たら恋人は喜ぶだろうか、などと考えながら店を眺めていたら騒ぎが起きてしまったのだけれども。
そうしてフロアの半数をホイホイで外へ出して処分していく一方で、依神やヴァシュカが次々と飛び回るスライムの姿を捉え、一撃を加えていく。
依神が箱の中身に収めた餌に誘き出したスライムを次々とスパークマシンで狙い撃ちする。手近な個体は携帯していた夕凪に持ち替えて攻撃を加える。その攻撃には微妙に暗い熱意すら感じられるのは、餌にしているものが彼女が寮でおやつにしようと思っていた鬼まんじゅうであったからだ。
「‥‥食べ物の恨みは恐ろしいのだ‥‥思い知ったか」
「これならどうですか!」
月森が超機械γから放った電磁波に囚われ、部屋の隅に居た一体のスライムが痙攣し弾け飛ぶ。少しずつ片付けられたお陰か、得物を振り回せる空間の余裕を得た能力者達は次々とスライムを駆逐していく。時折反撃とばかりにスライムが飛び掛ってくるも、ヒカルは体勢を低くする事でかわし、返礼とばかりに斬撃を加えて退ける。
「そろそろこちらの方は終わりですけれども‥‥」
フロア内に居るスライムの数も後一匹となった頃に、ヒカルは大曽根櫻(
ga0005)達が向かった厨房へと視線を向ける。そちらはと言えば――
●すらいむですまっち
一方、厨房ではと言うと――
「8月振りによってみたかと思えば、今度はスライムですのね」
そんな呟きを漏らしながら、客のつもりで訪れようとしていた筈のジュリエット・リーゲン(
ga8384)はスライムと格闘していた。彼女は厨房の食料に集まってきたスライムに向けてジャックと名付けられた爪を振るう。店に訪れた能力者達の大半は、スライムの動きさえ捉える事が出来れば、一撃でほぼ確実に駆逐出来るだけの力量を備えていた。
「‥‥厨房はコックさんの神聖な戦場なんだよっ! キミ達が汚しちゃ駄目なんだよ〜っ」
機械剣を抜き払ったヴァシュカが勢い良く厨房へと駆け込むと、手近なスライムから次々と的にかける。
多少、動きが早い緑色のスライムは梃子摺るけれども、防御力に長けた黄色いスライムは比べて動きが鈍い。ジュリエット達の奮戦が功を奏したのか、十二匹居たスライムも既に三分の一は片付きつつあった。
「食料に集って動きが鈍くなっている今のうちですね‥‥!」
覚醒した大曽根は金髪を棚引かせながら手にした爪を巧みに振るい、一撃目で落としきれなかった緑色のスライムに返す刀とばかりに横薙ぎに切り払う事で止めを刺していく。
機械剣を携えたタリア・エフティング(
gb0834)もまた、探査の目と不意打ちを回避するべく強運の力を発動させながら次々と駆逐していく。大阪には兄に頼まれたブツを手に入れるべく日本橋に来ていたはずだのに――そんな事をふと思うが、通りがかってしまったのだから仕方ない。スライム――キメラは能力者に、いやさ人類にとって駆逐しなければならない存在なのだ。
「今のうちに、早く安全なところに!」
「わ、わかりましたっ!」
「すいません、後はよろしくお願いします!」
メイド服を着た華南とコック姿の七海が取る物も取らぬ勢いでタリアの傍を駆け抜け、店の外へと逃げていく。これで人的被害はほぼ食い止められるだろう。後は――
「無事に店内への被害を食い止められれば‥‥!」
「こないだお邪魔したお店を壊すのは、理由は何であれ愉快ではありませんですわ!」
ジュリエットがレイピアでスライムを牽制しつつ、メインにしているジャックで突き込む。これならば余程の事が無い限りは店に被害は出ないだろう。
そんな事を思いながらも、彼女は極力被害を抑えようとしながら、守りの堅い黄色いスライムの表皮を裂いて露出した内部へ打撃を加えていく。
「‥‥こんな時は、じゃ〜ん♪ たまたま買ってきてた、鬼ぼ〜ちょ〜♪ てぇいっ」
ヴァシュカが銀髪を揺らしながら、イイ笑顔で手にしていた鬼包丁を振り翳して黄色いスライムへと襲い掛かる。常備している機械剣でも戦ってはいるのだが、包丁を振るう方が微妙にノリノリなのは気のせいであろうか。
ふと視線をフロアへと向ければ、テミスが襲い掛かってきたスライムを盾で受け止めると、手にしていた機械剣で最後の一匹を始末していた。
「それにしても、ここのメイド喫茶は随分と調度に手間をかけてますのね」
タリアはふとそんな呟きを漏らした。実の所、兄の依頼は口実でメイド喫茶に通い詰めていたなんて事実は無い。いや、多分。恐らく。
●一日メイドさん
タリアや大曽根達の尽力もあってか、排水溝から沸いて出たスライムは全て退治された。それによる戦闘の残滓も人手が多かった事もあってか、大半が片付けられて昼過ぎには営業を行えるまでに掃除が完了していた。そうしてヒカルを始めとした女性陣は何時の間にやらClockworkMaidenのメイド服へと着替え、店内で甲斐甲斐しく働き始めていた。
「おかえりなさいませ。ご主人サマ☆」
あはっ♪ と笑う月森にメイドではなくウェイトレスのような印象を抱きそうではあるが、そこは慣れてない新人と言う事で来訪した客も分かったもので「新人さん? 頑張ってね」などと返される始末だ。
一方でメイドアイドルで活躍するヒカルの徹底したレクチュアが行われ、多少不慣れな点が見られながらも、タリア達の立ち居振舞いはそれなりに見れるものになっていた。
ヒカル曰く、『メイドというのはその家の主人に仕えるものであって、不特定多数の殿方を誘惑するためのものではない』らしい。基本はあくまで裏方なのだと。そんな彼女もまた来訪したお客に向けて、丁寧な手つきでティーセットを運んでく。
「ClockworkMaidenへようこそ!」
午前中の騒ぎを聞きつけてか、午後からはどんどんと来訪客が増えていき、普段に輪をかけて忙しくなっていく。
訪れる客の言によると、普段とは違うメイドさんが今日は居ると言う話――特にアルビノのヴァシュカやテミスのような和の趣が強いメイドや、依神のような一見、少年に見えるようなボーイッシュなメイド、そしてクール系そのものと言えなくもないタリアと言った、特徴あるスポット参戦したメイド達が居るとなっては来ずには居れなかったと言う。
「いやあ、魅月ちゃん達も可愛いんだけどね。滅多に見ないレア度の高い子とか居るって聞いたら来たくなるじゃない?」
――と言う事らしい。また、今回ジュリエットが来ていると言う噂を聞きつけてか、8月のバニーさんイベントの時に来ていた男もまた訪れていた。
「アルバイトでたまに来てた子だったんだね。君とか、色々と特徴のある子がもっと居てくれると、ここも今よりもすごく楽しめると思うんだけどねぇ」
「普段から居ると、食傷気味になるかも知れませんわ。たまの逢瀬だからこそ貴重と言う見方も出来なくもありませんし」
「ははっ。違いないね。では、アールグレイのホットをお願い出来るかな?」
「かしこまりました、ご主人様」
ヒカルに習った通り、ジュリエットはオーダーを書き付けると、計算し尽くされた角度で折り目正しく礼をする。以前と同様に、特大の猫を被ったジュリエットは丁寧に足を運び、厨房へと声をかけに行く。
「依神さん。メイド服、似合いますね」
「そ、そうかな。俺‥‥ちょっと自信なかったんだけど」
開店前にヒカルに手伝って貰ってメイド服を着た依神であったが、ひらひらと棚引くスカートといい、レースのあしらわれたエプロンと言い、気恥ずかしさを強く感じていた。ぱっと見、少年に見えてしまう彼女にとっては清水の舞台から飛び降りるような覚悟が要ったのかも知れない。元々、Clockworkmaidenのメイド服はヴィクトリアン風なので、変に丈の短いスカートなメイド服を着た時よりも違和感が少ないのだろう。
「‥‥似合う?」
言葉少なげに感想を問うタリア。彼女もまた、依神とは別路線でメイド服の似合う乙女であった。一見すると少女の様にも見えるのだけれども、可愛らしいと言う言葉が良く当てはまる姿だ。
「ヴィクトリア朝のメイド服がメインなんですね、このお店‥‥」
軽くくるりと回って衣装の具合を大曽根が確かめる。メイド服を特に嫌っている訳でもなく、むしろ興味の方が強かったのだが、どうやらこの店はウェイトレス風のスカート丈の短い物ではなく、純粋に正統派を目指しているらしい事が彼女には分かった。
「‥‥大曽根さん、よく似合ってますね」
「そんな、ヴァシュカさんこそ」
「そうかなぁ。‥‥ボク、似合ってるかな?」
顔見知りの二人がお互いの姿を見て、感想を口にする。ヴァシュカは下がりかけたサングラスを照れくさそうにしながらそっと持ち上げると、厨房から上がってきたケーキを客先へと運んでいく。
「何はともあれ、今回も無事に済んで良かったわね」
厨房に居た七海が魅月へそう言うと、彼女はにこやかにそうですねと答えた。その傍らでは計算機を叩きながら帳簿と格闘する華南の姿が。
「一応無事に済んでるけど、修繕費がこれだけで、バイト費がこれだけ・・・・と。姉さん、キッチンは後で業者に点検入って貰うからね。下水周りをチェックして貰わないと」
どうやら今日の繁盛振りでも、綿密に計算すると残念な事にあまり売上は良くないらしい。余力があったなら、ハロウィンイベントでもやって、更に収入を増やしておくべきだったろうかと華南は眉を潜める。
「でも、咄嗟の事だったのに無事で済んで良かったじゃない」
「うんっ、そうだよね。傭兵さん達に感謝、感謝だよう」
美月と雪乃の言葉にそれもそうかと華南は思い直すと、後でデザートでもサービスで出してあげようか。そんな事を思う。
そうして、多くのお客が訪れ、去った後。閉店作業に入った頃に、大曽根やヒカル達を労うようにパンプキンパイとシナモンティが用意され、最後の最後にのんびりとしたひと時を満喫する事が出来たのであった。