タイトル:手の中の、大切な‥‥。マスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/07 00:58

●オープニング本文


 それが約束だから、と彼女は頑なに繰り返した。

「何があっても絶対ね、って指切りして約束したんだもの。だから待ってなくちゃ」
『アイツがそんな約束、覚えてる訳ないでしょっ!?』
「来てくれるわ、彼は絶対に。だから‥‥ごめんね、涼香(りょうか)」

 そう告げて、電話の向こうで涼香が何か叫んでいるのを聞こえないフリをして、ぷつり、通話を切った。そのまま携帯の電源も切って、少し考えて肩からかけたハンドバッグの一番奥底に丁寧にしまい込む。
 それから彼女は、舞香(まいか)は道の先を見遙かした。あの町。十年前に涼香と舞香と、それから当時付き合っていたお互いの彼氏と一緒に遊びに来た町。川に降る雪が綺麗だったのを、彼女は今でも覚えている。
 ここまで彼女は、最寄りの町から延々2時間も歩き続けてやってきた。理由はとっても簡単で、それ以外に移動手段がなかったからだ。
 町は今、誰も住んでいないのだと聞いた。数年前にキメラが町を襲って、住民は避難させたもののキメラ退治まで手が回っていないらしい。移動手段がなかったのもそれが理由だ。
 だが舞香は一つ、小さく瞬きしたのみで迷わず町に向かう。だってそれが約束なのだ。十年前に交わした彼と彼女の、最後の。





 雪島舞香は、涼香の双子の姉だった。一卵生のうり二つの容貌で、未だに家族だって間違う事があるくらいで、それが時にもどかしくもあり、くすぐったくもあり。

「舞香のバカッ!」

 一方的に切られた切り、何度コールしても繋がらない携帯を睨みつけ、罵声と共に石畳に叩きつけた。打ち所が良かったのか、携帯はさしてダメージを受けた様子もなく石畳の上をくるくる回りながら、数メートル滑って力なく止まる。
 バカ、ともう一度罵った声は頼りない。それに気付いたら涼香は途端に不安になって、カタカタ震え始めた体をぎゅっと抱きしめその場にヘたり込んだ。
 涼香と、舞香と、当時付き合っていたお互いの彼氏と一緒に、山間の小さな町まで旅行に行ったのは十年も昔の事だ。全員がそれぞれの希望大学に進路を決めた、高校の卒業旅行。
 涼香も舞香も涼香の彼氏も地元の大学を選んだ中で、舞香の彼氏だった高崎聡(たかさき・さとる)だけがドイツの大学を選んだ。両親が仕事で渡独するのに、聡もあちらの大学を選んだのだったか。
 涼香はあまり、その辺りのことを良く覚えていない。覚えているのは舞香が旅行から戻って、聡を見送った空港のロビーで『十年経ったら何があっても、あの町で再会しようねって約束したの』と大切な宝物を貰ったような顔で言っていたこと。そして4年前、聡が現地の大学で知り合った女性と結婚する事になったとメールを寄越したことだけだ。
 もっと正直に言えば、約束の事すら今し方、舞香から貰った電話で初めて思い出した位だった。そのぐらい幼くて、子供じみた約束だった‥‥涼香は少なくともそう思っていたのに、舞香にとっては違ったのか。
 一人暮らしをしていた舞香の音信がふつりと途切れたのは数日前。とはいえ良い年をした大人だ、そのうち着信に気付いて折り返してくるだろうと、念の為に用件をメールもしておいた。
 そうして、舞香から折り返しの電話がかかってきた今日。彼女はとても静かな声で、十年前のあの町に、約束を果たしに来たのだと言った。

(覚えてる訳ないじゃない)

 涼香ですら忘れていた十年前の約束を、遠く離れた聡が覚えているなんて思えない。覚えていたとしても、すでに結婚して先日子供まで産まれた彼に、果たす義理なんてどこにもない。
 なのに舞香は絶対に来ると言い、あの町に行った。数年前にキメラに襲撃され、そのままキメラ討伐の目処なく放置されたままの町に。
 どうしよう、と涼香は震えながら考える。このままじゃ舞香が死んでしまうかも知れない。どうしよう、どうしたら良いんだろう。
 そう‥‥震えながら考え続けた彼女がようやく能力者に依頼することを思いつき、泣きそうな顔でULTに駆け込んできたのは、それからしばらくしての事だった。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
古郡・聡子(ga9099
11歳・♀・EL
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
相賀翡翠(gb6789
21歳・♂・JG
八尾師 命(gb9785
18歳・♀・ER

●リプレイ本文

 目的の町は、打ち捨てられたようにぽつねんと存在する。「完全に廃墟になっていると思いましたが、結構綺麗に街が残ってますね〜」と八尾師 命(gb9785)が言った通り、今もキメラ討伐の手だてなく放置されているという割には、見える町並みは整然としていた。だが、ただそれだけだ。
 その町を見遙かせる場所で、夢姫(gb5094)はぽつり、呟いた。

「10年前の、カレとの約束‥‥かぁ」

 保護対象・雪島舞香があの町に危険を知りながら向かった、その理由が『約束』だ。それを果たす為に、双子の妹の制止すら振り切って向かったのだと。
 思い出すのは事前に涼香から預かった伝言。それは涼香自身のもの‥‥もう1人の当事者からのものは、ない。

「約束はどうあれ、無事に再会させてあげたいですね〜」
「そう、ですね‥‥これも一つの約束の果て、ですか‥‥」

 命の言葉に、浅川 聖次(gb4658)は寂しそうに微笑み呟いた。言い様のないもやもやとした感情を、アンジェラ・D.S.(gb3967)が言葉にする。

「幼い頃に結んだ約束は、それだけに自分には尊く思えて絶対に感じられるものだけれど‥‥」
「舞香さんの安否が気になりますね。取り返しのつかないことになる前に早く保護したいものです」

 古郡・聡子(ga9099)の顔が心配に曇る。舞香がかなり思い詰めていたことは想像に難くなく、ならば出来れば約束を果たさせてあげたい。けれどもそれはすべて、聡がやって来れば、の話。
 事前に涼香から、10年前の旅行について覚えている限りの事は聞いてきた。用意した地図にその話を重ね合わせ、舞香が居そうな場所も絞り込んである。
 最優先に考えるべきはやはり舞香の無事だ。だが、キメラの対処を思えばあまり分散する事も出来ない。故に二手に分かれ、能力者達は動き出した。ここまで、レンタカーの類を借りる事も出来ず彼らは駆け足でやって来ている。能力者でも若干疲れる道のりだ、一般人の舞香はかなり疲労している事だろう。
 ぽむ、と聖次が動き始めた夢姫の肩を叩いた。ん? と振り返った彼女に微笑む。

「御久し振りです。班は異なりますが、御互い頑張りましょう」
「ええ‥‥舞香さんがキメラに襲われたり、暗くなる前には見つけ出さないと」

 夢姫は微笑み返し、それから心配そうに空を見上げた。まだ日は高く辺りは明るいが、冬の日暮れは早い。どうやら捜索は、時間との勝負になりそうだ。





 問題の町に巣くうキメラは、巨大アルマジロと表現される。勿論それは見た目から来る呼称だが、

「アルマジロは、意外に早く動くって聞いたぜ。ついでに穴堀んのも好きなんだと。火を吹くのも考えっと、気を引き締めねぇとな」
「『雪島舞香の保護』は主にドラグーンの人にお任せになりそうで」

 そう言ったB班の相賀翡翠(gb6789)に、辰巳 空(ga4698)苦笑した。
 人が住んでいないお陰だろう、あちこちにふわりと積もった雪が殆ど手つかずで残っていた。ならば雪の上に舞香やキメラの足跡が残っているかもしれない、と夢姫は銀雪に目を凝らす。
 そうしながら思う‥‥果たして舞香は10年間ずっと、聡のことだけを想っていたのだろうか、と。それとも、聡との事はとっくに諦めていて、だが想い出を守る為に約束を果たしに来たのだろうか、と。
 10年は長い。聡が心変わりしたように、舞香もまた心変わりしていてもおかしくはない。それでも動いただけの理由があったはずの舞香を見つけて、心の整理がつくまで一緒に待っていてあげたい。
 一方のA班は、B班とは反対側から舞香の捜索を進めていた。

「なんとなく、川原にいそうな気がしますね」

 涼香から聞いた話を思い出し旭(ga6764)は考える。舞香は川に降る雪がとても綺麗だったと、何度か語ったという。ならば約束の相手を待つのに、そこが一番可能性の高い場所だ。
 出来る限り戦闘は避けようと命は辺りに注意を払う。アンジェラもキメラが近付いて来ないか神経を研ぎ澄ませた。
 今回の経緯を聞けば尚更に、お伽話のような理想のハッピーエンドを望むというのは無理難題だろう。ならば彼女達が目指すベターなエンディングは、とりあえず舞香を発見して護衛し、必要ならばキメラを迎撃してでも生きて連れ戻す事。
 冷え込む町に、ちらりと舞い落ち始めた雪がなおさら能力者達を焦らせる。時折、積雪が跡形もなく踏み荒らされた場所を見つける度に、ことさら慎重に辺りを警戒した。この町が無人である以上、人のものとは思えない乱れた雪跡は、キメラ以外にあり得ない。
 だがキメラと舞香、どちらも見つけられないままやがてA班は川に到達し――そこに、彼女は居た。雪の重みに枝をしならせる木陰に隠れるように。人の気配を感じ、ぱっと振り返った彼女の涼香に瓜二つの顔が、喜びから失望へとはっきり変わるのが遠くからでも見て取れた。
 命が翡翠に無線を繋ぎ、雪島舞香発見の連絡をする。それを聞きながら空はゆっくりと舞香に近づき‥‥微笑んだ。

「御安心下さい。もう危険な目には合わせません」
「‥‥ッ」

 その言葉に舞香は何かを言いかけて、だが言葉を見失ったように力なくうつむく。肩からかけたハンドバックの紐を握る手がカタカタ震えているのはきっと、寒さだけではない。
 しばらく地面に積もった雪を見つめて、それからぽつり、呟いた。

「涼香に‥‥頼まれたんですね。でも私‥‥」
「ずっと歩いてきて寒かったでしょう? 暖まりますよ」

 言いかけた舞香の言葉を遮って、どうぞ、と旭が水筒からレモネードを注ぎ、差し出した。虚を突かれたように舞香が顔を上げ、レモネードと旭の顔を見比べる。
 命から連絡を受けたB班の仲間も、こちらに全速力で向かっていることだろう。ちら、とアンジェラを見れば無言で小さく首を振る。近くにキメラは居ない。彼女としては無事に舞香を保護した以上、速やかにこの町を離脱するべきだと思ってはいるが。
 それを確認し、受け取ったら帰らなければならないと考えているらしい舞香を見て、命はのんびりと言った。

「う〜ん‥‥まあ危なくなるまでは待ちましょうか〜」
「え?」

 舞香は戸惑いの声を上げた。彼らが頼まれたのは舞香を連れ戻す事だけのはずだ、涼香は最初から『約束』を果たす事に反対だった。なのになぜ?
 表情から戸惑いを読みとり、聖次が微笑む。

「目的は保護ですから‥‥すぐ帰らなければならない訳でもないですし」
「涼香さんからは、帰ってきたら往復ビンタだから覚えときなさい、って伝言を預かってますけれど〜」

 命が肩をすくめて伝えた物騒な言葉に、込められているのは心配と、だから絶対に帰って来いという願い。苦笑した旭が、暖かいですよ、と改めてレモネードを差し出した。
 それを、今度は受け取った舞香にほっとした表情になって、それからのんびりとした様子で辺りを見回す。

「とても綺麗な場所ですね。舞香さんの思い出の場所だと聞きました」
「ええ‥‥10年前もとても、綺麗だったの」

 そう言った舞香は、レモネードの湯気が目に染みた様に声を押し殺して泣き始めた。遠くから連絡を受けたB班の能力者達が、近づいてくる気配がした。





 キメラは町中を徘徊していたが、積極的に獲物を探し回ってる様子ではなかった、と空と翡翠は言った。幸いこちらに気付いた様子でもなかったし、連絡を受けてからも見つからない様に移動はしてきたが、

「待ちたいだけ待たせてやりてぇ‥‥っても、どこまで気付かれなかったかが判らねぇ。無理そうなら連れて出るしかねぇな」

 翡翠はそう肩を竦めて、今は聡子と夢姫と一緒に肩を並べている舞香を見た。旭や命も少し離れたところから、彼女の様子を見守っている。
 彼は何も、約束を軽く見ているわけじゃない。だが何より問題は、この町にはキメラがいる。それは他の仲間にも、舞香自身にも判っていたけれど、それでも彼女と一緒に待つ事を選んだのだ。

「たった1人でここまで来るの、大変だったでしょう」

 聡子の言葉に、舞香は首を振って「だってそれが約束だから」と短く、大切に告げた。それを聞いた夢姫は、そこにはどんな大切な理由があるんだろう、と考える。いつか、彼女が話したくなった時に聞ければ良いのだけれど。
 けれどもやがて雪空に夜闇の黒が忍び寄り始めた頃、近付いてきた微かな地響きに能力者たちは、猶予の時間が過ぎ去った事を悟った。それを最初に告げたのは、険しい顔でアサルトライフルを握りなおしたアンジェラだ。

「タイムオーバーよ」
「‥‥ッ、でもまだ」
「これ以上の無茶は認められねぇ。‥‥あんたは無鉄砲に思うままでいいだろうが、心配する側は、どんだけ辛いか考えろよ」

 はっと瞳を上げ、言いかけた舞香の言葉を遮り翡翠が言った。それに、気圧されたように黙った女性に畳み掛けるように告げた言葉は、だが思いやりに満ちたものだ。
 何かしたくともする力がないと悟った時の無力感を、彼は知っている。舞香を止められず、能力者を頼った涼香は果たしてどれほど自身を不甲斐なく思った事だろう。それでも――舞香が会いたいと望む相手は、生きている。

「心配する人間がいるってのが、どんだけ幸福かを考えろ」

 翡翠の言葉に、萎れて俯いた舞香の肩を夢姫と聡子がそっと抱いた。せめてこの結末を、舞香が納得できる形で終わらせてあげたかった――たとえ聡が来ないにしても、もしかして来た聡には既に家庭があってただ会うだけの事であっても。
 それでも翡翠の言葉は正しい。生きてさえ居ればいつか、別の形で聡に再会できる事もあるだろう。
 空はぽんと舞香の肩を叩き、迷わずキメラが近付いてくる方へと足を向ける。悪い事に脱出ルート方面らしい。自身も前衛に出るべくそちらに行きかけて、聖次はふと舞香を振り返り、寂しそうに微笑んだ。

「帰りましょう。あなたにとって大切な方が心配して待っていますよ」
「ここまで来たからには全員無事に帰りますよ〜!」
「‥‥‥ぅ‥‥ッ」

 命が明るく気合を入れ、舞香を守る位置につく。それらを見て、もうどうしても待てないのだと舞香はようやく悟り――ぐしゃりと顔を歪め、子供のように泣き始めた。
 10年前の約束は、もう永遠に果たされない。





 巨大アルマジロと称されるキメラは、まさにそのものの外見をしていた。硬そうな装甲に覆われた全身に、無駄に愛らしい瞳。さらに火を吹くと言う。
 そんなキメラが4体ほど、せいぜい対向1車線の幅の、荒れた道路の幅一杯に押し合いへし合い並んでいた。それに向かって、真っ先にアンジェラが弾丸を放つ。狙い澄ました射撃がキメラの1体の装甲の際を掠めてダメージを与え、その弾を追うように空が突っ込んだ。

「自分が救出される羽目にならない様に注意します、が!」

 どちらにしてもここを突破しない事には先がない。幸い今回の装備はかなり頑丈だ、積極的に打って出てもある程度までは耐えられるだろう。瞬速縮地で一気に距離を詰め、そうしながらアンジェラの弾の傷ついたキメラの頭部に狙いをつける。
 くるん、とアルマジロがすかさず身体を丸めて装甲の陰に隠れた。ラジエルの一閃を防ぎ、ガキィッ! と鈍い音と共に空の手に硬い手ごたえが伝わる。
 キメラ、というよりも戦いそのものに怯える舞香を力付けるように、聡子が彼女を庇う位置に立ち、弓を構える――凛と背筋を伸ばし、大きく弓弦を割り引いて、狙い澄ませた射を放つ。
 ひょぅ、と放たれた矢を迎え撃つべくキメラが大きく息を吸い込んだ。はッ、と旭と夢姫が注意を放つ。

「炎‥‥ッ」
「下がって下さいッ!」

 夢姫が銀光と共に疾風で炎の軌跡から逃れ、同時に旭が舞香を下がらせてソニックブームを放った。立て続けに、別々の個体から放たれる炎を全力で防ぎ、舞香に被害が向かないようにする。それでも防ぎきれなかった火の粉の火傷を、素早く命が癒した。
 チッ、翡翠が苛立たしげに舌打ちする。

「てめぇらの相手しに来てんじゃねぇんだ!」

 叫びながら弾倉から空の薬莢を叩き落し、新たな弾丸を装填して構える。どちらかと言えば威嚇射撃を中心に、キメラを殲滅するというよりはこの場を突破する事を第一目標に。
 だがキメラの方も、久々にやって来た人間をそうやすやすと諦める気はないらしい。短く太い足をのっし、のっしと動かしながら、ひるまず能力者たちに向かってくる。
 ガウンッ!
 響く、鈍い銃声。舞香が悲鳴を上げて耳を覆ったのが目の端に移り、聖次はギリ、と奥歯を噛み締めた。

(これが‥‥ッ)

 約束の、一つの果て。そう割り切るには、かつて約束を交わした自身には辛い。果たされなかった約束の形が舞香なら、その重みはいかばかりのものだろう。
 そのやるせない想いが、眼前のキメラを睨み据える眼差しに熱を帯びさせる。

「我が正義の槍で御相手しましょう‥‥ッ!!」

 気合と共に突き出した槍に、龍の咆哮を乗せて。ひっくり返った巨大アルマジロの腹に、夢姫が刹那を叩き込む。装甲に覆われていない無防備な部分に攻撃を受け、ビクリと跳ねたキメラにすかさず空が追撃を叩き込み、アンジェラと翡翠、聡子が遠隔攻撃で残るキメラを牽制する。
 それでも防ぎきれず、負傷者が出れば命が走って治癒や、武器強化に回った。その甲斐あって、最初の1体を倒すとキメラ達は目に見えて警戒を強め、続く2体目が倒れるとクルリと身体を丸めてごろごろと闘争し始める。

「今のうちに!」

 それらを深追いする事無く、震える舞香を抱きかかえるように能力者たちは町の外へ走った。途中、死角や穴からキメラが飛び出してこないかも注意しながら、全力で脱出を図る。
 目的は、キメラを殲滅して無人の町を取り戻す事ではない。心配して待つ涼香の為に、舞香を無事に連れ戻す事だ。





 その約束は彼女にとって、何より尊いものだった。彼の心変わりを知り、仕方ないと言い聞かせながら、気付けば人ごみに姿を探し、携帯の画面をじっと見つめる自分。そんな自分が嫌で連絡先始め彼に繋がるすべてを処分して、そのくせもう二度と彼に連絡が取れない事に後悔して。
 10年前の、何があっても絶対と指を切った再会の約束に、一縷の望みをかけた。それが約束だから、たった一つ残された、彼と彼女の最後の。
 能力者達に無事に連れ戻され、泣きじゃくる双子の妹からの本気のビンタを受けて、ごめんなさいと舞香は泣いた。聡からの連絡は、彼らがキメラの町から戻る直前に届いていた。妻と子供を生涯かけて守ると誓った、その約束が今の自分にとって一番だから、行けない。それはとても誠実で、自分勝手な言い分だ。
 その言葉を聞いた舞香がまた、大粒の涙を零した事を能力者達は忘れないだろう。それは1つの約束の果てで――けれどもきっといつか彼女は立ち直り、彼らの前に『あの時はありがとうございました』と微笑んで立ってくれるはずだから。