●リプレイ本文
「こんにちわ〜♪」
文化祭本番に向けて、日々殺伐――失礼、若い情熱がぶつかり合い燃え上がるカンパネラ学園の一角に、明るい声が響き渡った。
「あたしは葵 コハル(
ga3897)って言います。演劇のお手伝いが必要と聞いて来ました、ヨロシクね?」
にっこり笑った輝く笑顔でそう言って、最後にパチン! と魅力的なウィンクを一つ。そんな大胆で愛らしい仕草に、迎えた演劇部員の方がちょっと顔を赤くした。
それもその筈、彼女は現役活動中のアイドルで。やはり現役芸能人としては仕事の幅を広げる為にも、色々な経験を積んだ方が良いものだし。
「ってゆーか楽しそうじゃん!」
「ええ。それに折角ですもの、成功させてあげたいわね」
満面にイイ笑顔できっぱりそう言い切ったコハルの言葉に、ケイ・リヒャルト(
ga0598)もこくりと頷く。なんと言っても文化祭と言えば、体育祭に並ぶ学生達の熱い戦いの舞台。それに助けを求められたからには、手を貸すケイとしても何としても助けてあげたい、と思うのだ。
だから、ケイは演劇部員達に告げる。
「出来ることなら何でもお手伝いさせて貰うわ」
「あ、ボクももちろん、手伝うことがあればドシドシ言ってねぇ〜。面白そうだし!」
「だよね! 何事も楽しいか楽しくないかは重要でしょ」
ひょい、と手を上げて自己主張した獅堂 梓(
gc2346)の言葉に、わが意を得たりとコハルは両手を握って力説した。
どんなに重要な依頼だって、楽しくも面白くもなかったらやっぱりどこか、気乗りがしないし。逆に他愛のない依頼だって、心が動けば全力を尽くしたい! と思うものだろう。
とはいえ当のウィリアムとしては、本人の女装の危機が掛かっているだけにほんの少し、複雑なようだ。だが役者としては、能力者たちが考えてくれた台本というのがどんなものなのか――どんな役を演じることになるのか、純粋な興味もあって。
そんなウィリアムの、興奮と不安の入り交じった気持ちをソウマ(
gc0505)も共感していた。彼も、ウィリアムとは異なる演劇部に所属し、花形役者として部活動にいそしむ身。となれば役者魂とでも言うべき熱い思いは、まさにソウマ自身のものでもある。
故にソウマはウィリアムの肩をトン、と小突いた。
「大切な人に自分が演じている姿を見てもらいたい、という気持ちは分かりますからね‥‥。シュナイプさんの納得できる演技を見てもらう為、微力ながらお手伝いさせてもらいますよ」
「ええ、ありがとうございます。‥‥ところでソウマさん自身の舞台の稽古は良いんですか?」
「敵に塩を送るのもたまには良いものです」
ふっ、と唇の端を上げて微笑んだソウマである。というか、文化祭目前に演目を変えようなんてアホな演劇部はカンパネラ広しと言えどそうそうあるものじゃなく、ソウマはすでに台本はもちろん、演技だってほぼ完璧にマスターしている。
だがそれをしようとしている当人にとっては、世界が終わるかどうかと言う重大問題。そんなウィリアムの事情はともかく、巻き込まれている演劇部員達は間違いなく被害者として数えられるべきなので、夏子(
gc3500)は同情を禁じえない。
「演劇は詳しくないでゲスが、精一杯尽力でゲスよ〜♪」
「皆さん楽しみにしてるみたいですからね。体力を活かして大道具のお手伝いをしましょう」
ぐっ、と腕まくりをしてエシック・ランカスター(
gc4778)もそう言った。そうして頭の中であれこれと、どんな大道具を作るかや本番の算段を考える。
そんな能力者達を見ているウィリアムの肩を、ぽむ、と終夜・無月(
ga3084)が軽く叩いた。ん? と振り返った少年の顔を、静かなまなざしで見つめる。
「まぁ‥‥お互い頑張ろう‥‥」
「‥‥? もちろん。やるからにはベストを尽くします」
「そうだな‥‥妹‥‥楽しませてあげよう‥‥」
「ええ。フリーデリカが喜んでくれると良いのですが」
無月の微妙な表情に首を傾げつつも、にっこり笑って力強く頷くウィリアム。彼が無月の言葉の意味を理解するまでには、後もう少し時間が必要だった。
◆
「まずは話の流れからだね」
アーク・ウイング(
gb4432)が切り出した言葉にウィリアムは勿論、カレンの眼もきらりと光った。決して広くはない演劇部の部室の中、集まった演劇部員達の眼差しがぐぐっと能力者達の上に集まる。
期待、不安、興味‥‥さまざまな感情の入り混じる熱い眼差しの中、満を持して公表された演目に。
「‥‥え?」
「素晴らしいわ!」
「きっとわかってもらえると思ってたにゃー♪」
茫然と眼を見開いたウィリアムと、大歓迎したカレンを見て、白虎(
ga9191)が満足そうに何度もうんうんと頷いた。ちょッ、と救いを求めて能力者を見回してみても、ウィリアムに返って来るのは同情か、面白そうな眼差しだけで。
にっこり、微笑んだ鬼道・麗那(
gb1939)がウィリアムに、むしろ静かな口調で告げた。
「これが、私達の選んだベストの演目です」
「‥‥ッ」
ぎり、と奥歯を噛み締めたのも無理はない。新しい台本は元の演目『とりかえばや』を下敷きにした洋風コメディ。とはいえ別要素も加えた完全なオリジナルで、ウィリアムの配役も変わっている――のだがしかし。
なぜ、新しい配役もまた『女装』なのか?
顔中でそう訴えてるウィリアムに、元々のウィリアムの配役である女装のプリンスを受け持つアークが苦笑した。
「正確には女装じゃなくて、萌えを追求してる男性なんだけど」
「どっちでも同じにゃー。さあ男の娘へようこそ♪」
「白虎さん!? 面白がってませんか!?」
今この場に面白がってない人間がどこに居るというのか(除くウィリアム)。
「にゃははー♪ まぁ、君の役は簡単なお仕事だから大丈夫!」
「大丈夫大丈夫! 楽しんでいきましょ?」
思いっきり楽しそうな顔でぽみぽみ肩を叩いた白虎の言葉に頷いて、コハルも必殺アイドルウィンク&アイドルスマイルを向ける。ねぇ? とそのまま視線を周囲に向ければ、こくこくこく、と力強く返って来る賛同の嵐。
そうしてコハルはそのまま、にっこり笑顔で押し切った。
「じゃ! さっそく準備始めよっかー! コスプレ衣装とか作ったことあるから縫製とか行けるよー」
「ボクは小道具を担当するにゃー。常日頃、イタズラアイテムを作って慣れてるしにゃー」
「僕もお手伝いしますよ。うちの演劇部でも小道具や大道具は自作しますからね」
その流れに飛び乗ってしまえとばかりに、白虎とソウマも手を上げる。もはやウィリアムに反論する余地はない。
ぐぅ、と小さく唸った彼は、やがて大きく嘆息して肩を落とした。
「‥‥わかりました。やるからには完璧に演じましょう――台本を貰えますか?」
(‥‥なるほど)
『頑張ります』ではなく『演じる』と言い切ったウィリアムに、キラリ、とソウマの目が光る。別の演劇部に所属する身、そして同じく花形役者と呼ばれる身のソウマには、どこか共鳴する所があった。
同士と言うか、ライバルと言うか。やると決めたからにはきっと、彼は完璧な『男の娘』、ではなく女装っぽい格好の男性を演じるのに違いない。
ソウマもこの舞台では役者としても手伝うことになっているが、是非彼とは切磋琢磨した関係を築ければ良いな‥‥と思う。
その為にも、今は道具の準備から。能力者達はある程度シナリオは頭に入っているが、演劇部員達は初めて目を通すため、流れを把握する時間稼ぎと言う意味もある。
大変だろうなぁ、と遠い目になった夏子だ。『とりかえばや』自体もそれほどメジャーな演目ではないが、今回考えてきた台本はそこからさらに4回転半ジャンプ位した内容。
(いや〜‥‥なかなか、見ごたえありそうでゲスなぁ‥‥)
思わず口の中で呟く夏子だが、彼女もこの舞台ではしっかり役を務めるわけで。他人事ではないどころか、かなりメインの役所を勤めていたりするわけで――
ふと夏子は呟いた。
「演劇部員様を結構押しのけてるんでゲスが、本当に良いんでゲスかね」
今回、かなり出演者は多いのだが、重要そうな役所は能力者達が占めている。しかも台本も、ストーリーの細部はほぼアドリブでこなさねばならないと言う始末。現役アイドルに花形演劇部員に、と経験者は豊富だが、さてどうなる事やら。
そんな夏子の不安を聞いて、カレンは早くも読み終えた台本をぐっと握りしめ、力強く断言した。
「我が部のモットーは下克上。欲しい役は実力で奪い取るものだわ!」
「部長‥‥言ってることは正しいですけど、それ初めて聞きました‥‥」
「そんな当たり前の心構え、今更教える必要があるわけ?」
「ま‥‥まぁまぁ、色々あるでゲスよね! 気にしちゃいけないでゲスよ!」
力説するカレンに、遠慮がちに手を挙げた部員Aの勇気ある行動は情熱に燃える部長に爽やかに一蹴され、うぅッ、と泣き始めた彼女を夏子が肩を抱いて必死に慰める。
ぐるりと演劇部員達を見回せば、誰もが一通り台本を読み終えたようだ。その戸惑いっぷりは、顔を見ただけで一目瞭然だけれど。
「いけそうかな? なら早速、簡単に読み合わせだけしておこうか?」
「そうだにゃー。時間もないことだし」
「じゃあ私たちは準備を始めましょうか」
「そうですね‥‥今ある大道具を見せてもらえますか?」
コハルと白虎が演劇部員達を仕切り始めたのに、純粋にお手伝い担当でやってきたケイとエシックも頷き合って近くにいた演劇部員に声をかけた。利用できるものは何でも使い回すべきだろう。
動き始めた人々を見て、ぽつり、アークが呟いた。
「さて、ぶっつけ本番なところはあるけど、やる以上は大成功させたいからね。がんばろうか」
それは、この場にいる全員の願いだった。
◆
そんな訳で早くも台本の読み合わせに入った役者達の台詞を聞きながら、準備されていた小道具と大道具を前にケイとエシックは算段を始めた。
「あたしは衣装と音楽を担当するわ」
「では、俺は書割を作りますね。王宮は今あるのが使えそうですから、町の方をメインと――もう1枚、どこか書けそうでしょうか?」
「そうね。あたしも、ドレスも幾つかあるみたいだから、それにレースやクチュールを追加すれば良いかしら」
大幅なアレンジを加えたとは言え、下敷きの物語は変わらない。そして元々ウィリアムに用意されたプリンセスの衣装を見てもわかるように、カレンは『とりかえばや』を、役とストーリーはそのまま、衣装と舞台は西洋という、めちゃくちゃ――もとい、大胆な演出をしていて。
ゆえにケイやエシックが考えていたよりは、多少予算的にも時間的にも労力的にも軽減されそうだ。だがまったくそのままという訳にも行かないし、ストーリーも変わって出演者も増えた以上、アレンジを加えたり、新しい書割や衣装を足す必要はあるのだが。
エシックはさっそく台本と顔を突き合わせながら、まずは場面をピックアップしていった。それから今度は、どの場面の書割を増やせば一番有効的に活用できそうか検討する。
ケイもまた、全員分の衣装の手直しから始めた。当然衣装は各々の演劇部員の体格に合わせて補正されているので、まずはそれを全部取り払う所から。
こういう衣装は普通、何度も使えるようにある程度体型に余裕を見て作ってあるものだ。故にまずは役のイメージに合う衣装を決め、役者の体格に大まかに合わせてまずはピンや糸で借り止め。試着しながら細部を詰めて補正――という流れ。
他に演劇部が所有する衣装も全部引っ張り出して、その上で足りない役の衣装のデザインを幾つか、スケッチブックに大雑把に書き上げる。後で本人や仲間の意見を聞いてからパターン(型紙)を作れば良い。
ふと見ると、エシックもスケッチブックに書割の下書きをしていた。ちなみに彼らが揃ってスケッチブックを使用しているのは、単に演劇部に他に使用できる紙がなかったからだが。
「素敵な町ね」
「ありがとう。そのドレスのデザインも斬新ですよ」
「ありがとう。ふふ、ちょっと燃えるわね」
微笑み合いながら、再びスケッチブックに鉛筆を走らせる。
劇自体は30分程度の上演時間だから、台本読みは辺りがすっかり暗くなるまでに何度かできた。「今日はここまでにしましょう」という声に、スケッチブックに向き合っていた2人が振り返ると、疲れた空気の人々が立ち上がり、うーん、と全身を伸ばしている。
こきこきと肩を鳴らす梓――彼女は役者ではないが、頼まれてナレーション全般を務めることになった――と目があって、エシックが尋ねた。
「どうですか?」
「やっぱり部員さん達が、ね」
その言葉に、梓は小さく苦笑して肩をすくめた。今まで覚えてきた台本を忘れて新しい台本を覚える、と言うのはなかなか大変なことだ。同じ物語を下敷きにした台本だからこそ、違和感に戸惑う部分もあるらしい。
とまれ、各自台詞をしっかり叩き込んでくるように、との部長カレンのありがたいお言葉に叱咤されつつ、演劇部員たちは解散した。ケイとエシックも今日の作業に区切りをつけて、自宅で出来る作業は持ち帰り。
翌日からは、実際に舞台を使っての立ち稽古が始まった。まずは頭の場面から順番に行って、手の空いた人間が道具作成の手伝いをする。
自ら宣言したとおり、慣れた手つきで小道具を作り始めた白虎がふと、台本を手にどこかへ行った。かと思うとコピー用紙を抱えて戻ってきて、切ったコピー用紙を小道具に張り始める。
ケイと一緒に衣装作りに精を出していたコハルが、それを見てこくりと首をかしげた。
「ん? 何やってるの?」
「ちょっと、部員さん達のために台本を仕込んでおこうかにゃー、と思って」
「あぁ‥‥それは良い考えだ‥‥」
「だね!」
一緒に小道具を作っていた無月と梓も白虎の手元を見て頷き、同じく台本を小道具や衣装の袖に仕込み始める。演劇部員の中に果たして、本番までに台詞を覚えられる者が何人いるか――大半はモブだが。
そんな演劇部員達の、文字通り必死の稽古を時々見つめながら、針をちくちく動かしたり、小道具とんてん作ったり、はたまた大きな模造紙に描き写した書割の下書きにペタペタ色を塗ったり。なぜ舞台のそばでやってるかと言えば、出来上がったらすぐに練習に使えるからだ。
舞台の割り当て時間が終われば、場所を中庭の一角に移してさらに立ち稽古を続け。当然、準備部隊も一緒に移動して、中庭で黙々作業を続けて。
「‥‥案外目立たないね」
「そうですね――特に、今は忙しい時期ですから」
次は自分の出番の場面だと、針を置いて立ち上がったコハルがふと、辺りをきょろ、と見回したのに麗那が苦笑した。そうして彼女もまた、活気溢れる学園内を見回す。
普段からカンパネラには聴講生として一般の能力者も出入りしているから、部外者、という感覚は薄い。まして今は文化祭に向けて慌しい時期だから、誰か居ても「ああ、いつものことか」と流される。
コハルのような現役芸能人はもちろん、どうかしたらバグアが来たって今の学園生は普通に通り過ぎるか、もしくは「手伝う気ないならさっさと出て行け!」と蹴りだすか。いや、後者はさすがに比喩だが多分。
そっか、と頷いて劇の練習へと向かったコハルと入れ替わりに、ソウマが戻ってきてぐるりと衣装を眺め渡した。
「この感じだと、舞台メイクも色合いを少し考えないといけないかな?」
「あれ、メイクも出来るんだ?」
「もちろん。‥‥とは言え、衣装を着けて立ち稽古が出来るのはまだ少し先でしょうし、メイクを合わせる時間が‥‥」
「時間がない? 大丈夫! 一日は24時間あるし!」
にっこりきっぱり言い切った梓の清々しい笑顔に一体誰が、流石にそこまで命かけたくありません、と言えるだろうか。まして、言い切った当の梓も自ら率先し働いているというのに。
故に日が経つにつれてさらに作業効率と寝不足のクマを増やしながら、着々と準備は進んでいった。時々作業しながらこっくり、こっくりと舟をこぐものも居たのだが、
「はい、眠くなったら、この‥‥」
「い、いえ! まだ大丈夫です、戦えます!!」
「そう? いつでも遠慮なく言ってね!」
にっこり笑顔で差し出される梓の【OR】特製スタミナドリンク(不味い、変な臭い、真っ黒と3要素揃った飲み物。眠気が吹っ飛ぶ代わりに、強烈な腹痛でトイレと親友になれる)への恐怖が、彼らを奮い立たせた。ちなみに最初にして最後の被害者が『キョウ運の招き猫』ソウマだった事は、謹んで付け加えておきたい。
死相が浮かぶほど必死に働いた結果、舞台道具は本番に余裕を持って出来上がった。そうなるとより出来の良いものを、と力が入ってくるのが人間の性なのか、さらにちょっとずつ手を加えたり、衣装のここはこうした方がもっと舞台で見栄えが良くなるんじゃないか、とか提案も始めて。
そうなると自然、舞台稽古にも力が入る。幸い音楽には多少の覚えのあるケイが、場面に合わせた様々なイメージの曲を作ってきてくれたお陰で、さらに舞台はそれらしくなった。
そして、前日。突貫工事で進めた舞台は、ほぼ完璧と言って良いくらいには仕上がった。白虎の台本仕込み作戦のお陰で、演技稽古の焦点が「いかに自然にカンペを見ながら演技をするか」に絞られたのも良かったのだろう。
リハーサルを通しで終えたカレンはその瞬間、感動に打ち震えて叫んだものだ。
「素晴らしい舞台だわ!」
「そう言ってもらえると嬉しいにゃー。あ、これ、差し入れの鮒寿司だにゃ」
「ありがとう! あらでも人数分には足りないかしら」
「‥‥‥追加で注文すれば良いですよ。もちろん白虎さん持ちで」
盛り上がる2人に、結局元と大差ない可憐な衣装に身を包んだウィリアムが、ぐったりしながら助言した。文化祭本番はもう明日だ。
◆
『昔ある所に、三蔵法師という偉いお坊さんが居りました』
シーンと静まり返った真っ暗な舞台の袖まで、梓の声はしっかりと届いてきた。息を呑んでそのナレーションを聞きながら、暗闇の中に薄ぼんやりと浮かび上がる大道具をじっと見て、よし、とエシックが最後の確認を終える。
床に薄ぼんやりと浮かび上がる目印のテープもまた、エシックが施したもの。やるからには徹底的に、本格的に、場ミリまでして手はずを整えた男の顔は、これからに向けた静かな充実感に満ちていた。
――が。
「なぜ、とりかえばやで西遊記‥‥」
「これがベストの演目だと納得したんじゃなかったでしたっけ」
ポソ、と呟いたウィリアムの言葉に、シレッと答えた麗那の衣装は大きな団扇を持った、漆黒の、いかにも悪女っぽいドレス。対するウィリアムはと言えば、エキゾチックの中に可憐さを追及したドレス――ではなく『三蔵法師』の衣装。
そう。能力者達による『とりかえばや』をベースにしたシナリオ――それは『とりかえばや』に『西遊記』をミックスした上に西洋風にアレンジするという、カオス、ではなくたいそう斬新なものだったのだ。
梓のナレーションは続く。ちら、と視線を向けると音響室に陣取ったケイが真剣な眼差しで舞台を見下ろし、いつでも機器を操作出来るようスタンバイしているのが見えた。
(せっかくここまで関わったんだもの、ね)
ケイは結局、舞台で流す音楽のすべてを作曲した。そこまでやったからには勿論、本番でも録音した音楽を流す係を務めると手を挙げたのだ。
すべての曲には彼女なりのイメージと思い入れがある。音響係に音源を渡して「それじゃ」と言うのでは、ケイの気持ちが収まらない。
故に真剣な眼差しのケイから視線を外し、無月はいつかのようにポム、とウィリアムの肩を叩いた。
「ついにここまで来たな‥‥お互い頑張ろう‥‥」
「はい。僕のベストを出し尽くします」
「そういえば‥‥妹‥‥来てたのか‥‥?」
「‥‥‥‥‥‥ぇぇ」
ぐっ、と両手の拳を握ったウィリアムにふと尋ねると、返ってくるのはがっくりとした表情と消え入りそうな肯定だった。そうか、と無月は小さく頷き、今は緞帳に隔てられて見えない客席へと視線を向ける。
まぁ可憐な姫君の格好をした王子よりは、いくら台本にしっかり『萌え担当』と注釈が書かれていて、動くたびにひらり、ふわりと幾重にも重ねた裾が揺れ動く衣装を着ていても、三蔵法師は幼い子供的にもきっとカッコ良く映る役柄だろう。
ぽむぽむぽむぽむ、と再び同情の肩ぽむを繰り返す無月。
梓のナレーションがふと途切れ、タイミングを逃さず真っ暗な舞台に音楽が流れ出した。誰からともなく顔を見合わせ、こく、と頷き合う。
ついに、本番の幕開けだった。
◆
(引き続きナレーションは梓)
そこはとある小さな国でした。賑やかな商店の立ち並ぶ町を行きかう人々(byエシック)は、家族連れも酔っ払いも恋人達も1人そぞろ歩く若人も、誰も彼もが見知らぬ衣装に身を包み、見渡す限り、どこにも寺院らしきものは見えません。
辺りをひとっ走り回ってきた孫悟空(白虎)が、賑やかで派手な音楽(byケイ)と共に登場し、肩をちょこんと可愛らしくすくめました。
「どうやら間違えたみたいだにゃー」
「どうにも天竺らしくはありませんね。やはり棒倒しで道を選ぶのは安易でしたか」
「‥‥っていうか、任せた人が悪かったと思うんでゲスよ」
ふっ、と意味もなく真紅のバラの香りを楽しみながら、半月刃の杖「降魔の宝杖」をどのポーズで持つのが一番カッコイイか追及している沙悟浄(ソウマ)を横目で見て、ボソ、と猪八戒(夏子)が呟きました。このソウマ悟浄、棒を倒させれば逆を示す、コインを投げさせればあらぬ方向へ飛んでいく、宿の扉を開ければ婦女子が着替え中、というキョウ運の河童なのです。
そんな仲間達のちょっぴりトゲトゲしたやりとりに無関心の白虎悟空は、早くも町を行きかう人々を――中でもとりわけ線の細い、華奢な、面立ちのほっそりとした、目の大きい、パッチリとした、可憐な少年を見つけては、一方的にバチバチと火花を散らしています。
「世界一のショタっ子はこのボクだにゃ!」
「何でも良いですけど疲れたでゲスねぇ」
「じゃあ棒を倒して宿を探しましょう」
「まだ棒を倒すんでゲスか!?」
「‥‥‥ここで争っていても何にもなりません。ひとまず道を聞きましょうか。みな、行って来ておくれ」
それ以前に棒を倒して天竺を目指すこと自体がかなり無理がある気がしますが、心の広い三蔵法師(ウィリアム)はそんな事はもちろん言わず、弟子達に優しく言い諭しました。
ウィリアム三蔵は大変有名なお坊さんでしたので、この国でも名を知られていました。
「宰相閣下がぜひ、三蔵法師にお目にかかりたいと」
「それはもったいないお言葉。ぜひ‥‥」
「僕のような気品ある人物に会いたいと言うなら構いません(この程度はアドリブの範囲ですよね)」
「王宮には桃色リア充がうじゃうじゃ居そうだにゃー。粛清にゃ!(僕のカオスに巻き込むにゃ♪)」
「お、美味しいもんが食べられると良いんでゲスがねぇ(あれ、台詞ちが‥‥アドリブ‥‥でゲスかねぇ‥‥?)」
「‥‥ぜひ! お伺い致します!(アドリブするにも程が‥‥ッ)」
「ありがとうございます(ウィル先輩キレてる!?)」
弟子達が喜ぶ様子に、ウィリアム三蔵の声も感動に震えました。王宮のお使い(演劇部員A)は一刻も早く彼らの来訪を宰相閣下に伝えるべく、駆け足でお城へと戻っていきました。
お城はあちらこちらが黄金で装飾された、白亜の素晴らしい宮殿でした(byエシック)。訪れたウィリアム三蔵一行を、宰相閣下(演劇部員B)をはじめ、お城中の人々(演劇部員による渾身のモブ)が歓迎します。
この国に残されたたった2人の王族、双子の王子(コハル)と王女(アーク)もいました。コハル王子とアーク王女の威厳を現すかのように、辺りに荘厳な音楽が流れ始めます(byケイ)。
「初めまして。私は天竺を目指して旅をしております、三蔵と申すものです」
「お噂はかねがね‥‥僕はこの国の王子です」
「私はこの国の王女。どうぞよろしく」
コハル王子とアーク王女はどこか物憂げな様子でそれぞれ挨拶をしました。大変凛々しいコハル王子と、大変可憐なアーク王女の姿に、荘厳な音楽が盛り上がりに盛り上がります。
けれどもそんな2人を、特にアーク王女を見た白虎悟空は「アッ」と心の中で叫んだのです。
「お前! さては女装してボクに成り代わって世界一の男の娘になる気だな!?」
ええ、心の声です。例え王宮中に響き渡る言葉であったとしても心の声です。
同時にソウマ悟浄もコハル王子のたいそう凛々しい様子に、何かしら感じる所があったようでした。
「くっ、さすが現役アイドル‥‥しかし、王子の気品は負けません!」
「いえあの、あんた河童でゲスから」
「男の娘担当は僕一人で良い、王女、お前には消えてもらうー」
「消しちゃダメでゲスよ!?」
妖怪仲間の2人の心の声が聞こえたように、夏子八戒が忙しくつっこみました。そんな弟子達の様子を、ウィリアム三蔵は微笑ましく(強調)見守ります。
アーク王女とコハル王子は彼らの様子に、不思議そうに顔を見合わせました。宰相閣下が帽子を取り、帽子の中をのぞき込むように礼をしました。
「是非しばし、我が国に逗留していって下さい。なぁ、紅孩児?」
「ああ‥‥ぜひ、ごゆるりと‥‥」
ちらりと宰相閣下の視線を受けて、紅孩児(無月)が何かを企むようにウィリアム三蔵達を見て笑いながら頷きました。明らかに怪しそうな音楽(byケイ)が流れました。
こうしてウィリアム三蔵一行はお城に逗留することになりました。たいそう豪華なお料理が振る舞われましたので、ここまで色々と苦労の連続だった夏子八戒は大喜びです。
「いやぁ、鮒寿司も良かったでゲスけど、まさか本当に料理が出てくると思わなかったでゲスなぁ!」
「ふぅん‥‥びゃ、じゃなくて孫悟空、君が頼んだんですか?」
「聞いてない! さすがに濡れ衣だにゃー!」
豪華なお料理を前に大喜びでそう話し合う弟子達の姿に、ウィリアム三蔵も感涙を禁じ得ないようでした。その時、とんとん、と一行の泊まる部屋を叩く音がします。
気付いたソウマ悟浄がふわりと青いマントを翻しました。
「僕が出ましょう、お師匠様。どなたですか?」
「宰相の妹です。名高い三蔵法師様にご相談があるのです。料理は本物志向が私の主義です」
そう言って舞台の袖から――失礼、部屋の外から現れたのは、宰相の妹(カレン)でした。この大層豪華なお料理も、どうやらカレン妹が用意してくれたようです。
カレン妹は一行に向かってドレスの裾を摘んで優雅に礼をすると、実は、と切り出しました。
「王子様と王女様の事なのです」
「世界一の男の娘の座は‥‥」
「世界一気品が溢れるのはこの僕で‥‥」
「はいはいはい、王子様と王女様についての相談でゲスね?」
夏子八戒が強引に話を進めたので、流された2人は不満そうでしたが、ウィリアム三蔵とカレン妹は夏子八戒に感謝の眼差しを向けました。そうしてカレン妹は、アーク王女の部屋へと一行を案内しました。
薄暗いアーク王女の部屋にもまた、黄金をあちこちにあしらった見事な装飾がされていました。どこか密やかな音楽(byケイ)が流れる中、一行を迎えたアーク王女はぽつんと置かれた椅子に座っていましたが、カレン妹の姿を見ると小さく微笑みました。
一緒に居たコハル王子が一行を見渡し、口を開きます。
「実は‥‥あなた方に、我が国と私達を救って頂きたいのです」
「というと‥‥?」
「この国は宰相に‥‥正確には宰相の背後に居る紅孩児と闇御前に操られているのです」
ジャーン! ピアノの鍵盤を叩きつけた様な運命的な音楽が流れました。どこからともなく不思議な音楽(byケイ)が流れ出し、お城の一室に居る宰相や無月孩児、闇御前(麗那)の姿までもが見えるようです。
麗那御前がクツクツ笑い、ワイングラスを揺らしました。
「オホホホ‥‥紅孩児、お主も悪よのう(‥‥これ、まさか本物のワインじゃ?)」
「ふ‥‥ッ、闇御前、貴女ほどではない‥‥(さぁ‥‥さっきの料理も‥‥本物だったみたいだが‥‥)」
「もう少しでこの国は我が物に‥‥すべて貴方様がたのおかげです(カレン部長〜〜〜ッ)」
悪役らしくほくそ笑み合い、ワイングラスをぶつけ合う麗那御前と無月孩児に、宰相が頭を下げました。余程恐ろしい相手なのでしょう、宰相の顔色はすっかり蒼褪めて居ます。
それにしても、と気弱に宰相が麗那御前と無月孩児を見ました。
「まさか本当に、王子と王女の入れ代わりなどという、荒唐無稽が通じるとは」
「ふ‥‥ッ、王と王妃が『自殺』したお陰‥‥だろう?」
「オホホホホホッ、望んだのはお主、手にかけたのは紅孩児‥‥愚かな人間どもには到底、想像もつくまいよ。オーッホホホホッ!」
「クッ、フハハハハ‥‥ッ」
麗那御前の高笑いと無月孩児の不気味な笑みがこだまし、不思議な音楽がどんどん大きくなりました。
やがてふいに静寂が戻り、そこはもとのアーク王女の部屋です。もちろん、先ほどの会話など別の部屋に居た彼らに聞こえるはずもありません。
「すべては父上と母上が亡くなった事が始まりなのです」
「その頃から紅孩児という男が、兄の宰相の傍に居るようになりました。そうして兄の部屋でたまに見かける、闇御前という女も‥‥」
「私達はこの国を宰相から救いたいのです」
アーク王女が身を起こし、カレン妹の手を取って強い口調で言いました。それを聞き、コハル王子が辛そうに顔を背けます。
男の娘ライバルとしてアーク王女を中心に動向チェックしていた白虎悟空が、それに気付いて不思議そうに尋ねました。
「どうしたんだにゃー?」
「実は‥‥宰相はボクの恋人、なのです‥‥」
「なんだってッ!? 実は男の娘ではなくホ(自主規制)」
「いいえ! ボクは本当はこの国の王女‥‥宰相の命令で王子として育てられたのです」
「王女として育てられた私の代わりに‥‥いえ、たまたま侍女に姉のドレスを着せられたらあまりに似合っていたからですが」
「そんな王女様‥‥いえ、王子様を私はいつしかお慕いするように‥‥」
色んな意味で衝撃の告白でした。何そのカオスな事情とか、その侍女大丈夫ですかとか、宰相の命令で男装で恋人って何とか、色々な疑問がウィリアム三蔵達の頭を駆け巡ります。
ソウマ悟浄がバラの花でキメポーズを取りながら呟きました。
「紅孩児、聞いた事がある。お師匠様を捕まえると妖怪仲間の間で粋がっていました」
「ッて事は、闇御前って女も妖怪でゲスかね」
「ボクの男の娘世界一の座を狙おうと女装してたわけじゃない事は判ったにゃー。仕方ないから協力してやるにゃー」
弟子達の頼もしい言葉を聞いて、コハル王子とアーク王女‥‥いえ、コハル王女とアーク王子は『ありがとうございます』と口々に礼を言いました。そうしてカレン妹と抱き合って喜ぶアーク王子を、コハル王女は暖かく見守りました。
翌日、宰相や紅孩児、闇御前についての情報を集めようと再び賑やかな商店の立ち並ぶ町に出た夏子八戒が、うーん、と仲間達を見回しました。
「それにしても、本当に良いんでゲスかね? 王子と妹さんはともかく、王女は‥‥」
「それ以前になぜ、宰相が王女を王子として育てさせたか、にも疑問が残りますね」
「棒倒しでこの国に僕らが辿り着いたのは偶然じゃないみたいだけどにゃー?」
この会話を聞いていたら無月孩児はむしろ、長年練ってきた計画がそんなアホな理由でふいにならなかった事を涙を流して感謝したに違いありません。
どうやら無月孩児と麗那御前は、国王と王妃が亡くなる直前に現れたようです。彼らに宰相が命じて国王と王妃を暗殺させたのではないか、という噂もありました。
町の人々から情報を集め、黄金があちこちにあしらわれた白亜の城(大道具担当のエシックが慌しい場面転換に舞台の袖でぐったりしている)に戻ると、どうにも様子が変です。蒼褪めたウィリアム三蔵とカレン妹、コハル王女が戻ってきた弟子達に、何があったのか教えてくれました。
「大変です! 王女様が、アーク王女様が‥‥ッ」
「妹、いえ弟が浚われてしまったんです」
「これは宰相達の仕業に違いありません」
「‥‥なんか慌しいでゲスねぇ」
「30分で舞台を終わるのも大変ですからね」
なんだか遠い目になった夏子八戒に、シレッとソウマ悟浄が答えました。白虎悟空がにっこりと可愛らしく微笑んで取り出したのはねこじゃらし‥‥じゃなく、ねこじゃらしそっくりの如意棒がわりの猫槍「エノコロ」。
くるりと回すと、ねこじゃらしがゆらゆら揺れてとても和む光景です。
「まずは殴りこむにゃ!」
「一気にクライマックスでゲスな!」
「でも、宰相がいったいどこに居るか」
「問題ありません。馬鹿と悪役は高い所に上りたがるものです。‥‥うわッ!?」
「きゃああああッ!?」
ここぞという所でかっこよく走り出そうとしてズルリと滑り、コハル王子(王女)の胸元に顔面ダイブしたソウマ悟浄。バチンッ! と全力でぶっ飛ばされて、あっという間に舞台の袖へと消えて行きました。
「ぇー‥‥と。先、進めて良いんでゲスか?」
「大丈夫にゃ、ヤツの犠牲は無駄にしない!」
「まだ死んでないと思うでゲスよ!?」
「そ、それよりも王子殿下が心配です。急ぎますよ」
ウィリアム三蔵、強引に話を進めました。
いつしか辺りには疾走感の溢れるピアノと、ギターやベースの絡む軽快な音楽(byケイ)が満ち満ちています。その音楽に導かれるように、2人の弟子がお城の天辺へと駆け上っていくのに、全員が続きました。
町を見渡せるお城の天辺(byエシックの追加作業)で、宰相と無月孩児、麗那御前はウィリアム三蔵一行を待っていました。囚われのアーク王子も一緒です。
「オホホホ‥‥よく来たねぇ」
「ここがお前達の死に場所だ‥‥」
「動くな! 動くと王子の命はないぞ!」
実に悪役らしい台詞を吐いた3人に、白虎悟空がねこじゃらしを揺らして問いかけました。
「王子の命はどうでも良い! なぜ2人の性別を偽ったにゃ!?」
「どうでも良くないでゲスよ!」
「大事を為すのに犠牲はつきもの、ということですよ」
鋭い夏子八戒の突っ込みに、頬を真っ赤に晴らしたソウマ悟浄がどこからともなく現れて答えます。
宰相はねこじゃらしを前に胸を張りました。
「女装趣味の王子と男装趣味の王女が治める国ってちょっと嫌だろう!?」
「それだけかよ!」
「お兄様、確かに‥‥ッ」
「納得したにゃ!?」
「そうだろう妹よ‥‥グハァッ!?」
思わぬ答えに驚愕した白虎悟空に、高らかに笑った宰相が次の瞬間、ばたりと倒れて動かなくなりました。背中からどくどくと血が流れています。
ッて、あれ、本物の血‥‥
「気のせいだ‥‥」
気のせいでした。
慌しく運ばれていく宰相を見送りながら、無月孩児がニヤリと凶暴に笑いました。
「こんな国どうでも良いが‥‥三蔵、貴様を手に入れるのに利用させてもらった‥‥」
「まさか、父上と母上は‥‥!」
「ほぅ、察しが良いな。そうとも、国王と王妃はこの手で殺した。先ほどの宰相のようにな! ハハハ‥‥ッ、王子、いや王女、貴様ももはや用済みだ! 愛しい両親と恋人の元に送ってやろうではないか!」
まだ死んでないと突っ込むか、シナリオ上は死んでるわけだからスルーするか、夏子八戒が悩みました。
コハル王女は無月孩児の言葉に、全身を怒りに震わせ、蛍火をキラリと抜き放ちました!
「許さない‥‥覚悟、紅孩児!」
「やれ、面倒なことになってきたねぇ。あたしはそろそろ退散するよ。紅孩児、せいぜいしっかりおやり!」
なんか分が悪そうだな、と思った麗那御前が手に持つ巨大な扇をばっさばっさと動かして、すたこらさっさと逃げて行きました。後は、残る無月孩児を倒すだけです。
「おやりなさい!」とウィリアム三蔵が叫ぶまでもなく、白虎悟空もソウマ悟浄も夏子八戒も、コハル王女と共に紅孩児へと向かっていきました。戦いの剣戟が、流れるアップテンポの緊迫感溢れる音楽と相まって手に汗握る緊張感を醸し出します。
戦いは永遠に続くかと思われましたが、やがて、ソウマ悟浄の一撃が無月孩児の手から武器を跳ね飛ばしました。チッ、と舌打ちした無月孩児に、怒りに震える4人の武器が突きつけられます。
「‥‥チッ、失敗したか」
最後までニヤリと笑って吐き捨てた無月孩児の、それが最後の言葉でした。
こうして王国には平和が戻りました。もはや王子と王女が入れ替わっている必要はありません。双子は再びこっそりと入れ替わり、穏やかで華やかな音楽(byケイ)が流れる中、晴れてアーク王子とカレン妹の結婚が国民に発表されたのです。
残るコハル王女は、アーク王子の即位式に訪れた隣国の王様の猛烈アタックにあっさり落ちました。それらを見届けたウィリアム三蔵一行は、改めて天竺を目指し旅立ったのでした――今度はもちろん、きちんと地図を見て。
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閉幕後。口々に楽しそうに劇の出来栄えや、観客の反応を話す能力者達の会話を聞く、ぐったりしている演劇部員達とハイテンションなカレン部長の姿が、演劇部の部室で見られたという。