●リプレイ本文
これが最後の機会と、砕牙 九郎(
ga7366)は頭上の桜を見上げた。じき始まる大きな戦いの前の、最後の休息。
だが、のんびり花見と洒落込むには些か落ち着かないのは、傍らのアンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)の存在で。
「あー‥‥、良い天気だなぁ」
「そうだな」
何とか彼女を楽しませようとする九郎に、紅茶を淹れるアンジェリナは頷き、揺れる桜を見つめる。九郎が持参したクッキーは、紅茶によく合っていた。
未来を思うでもなく、過去を見つめるでもなく、思索に耽るわけでもなく――ただ、静穏のひと時を過ごせれば。
そんな2人とは別の場所で、キャンベル(
gc8868)は大きく伸びをした。麗らかな春の中、和やかな景色を眺めれば、疲れた体もすっかり休まりそうだ。
近くでは大神 悠介(
gc8879)も、同じくのんびりくつろいでいる。そんな彼らの目の前を通り過ぎた、お弁当包みを下げた男女にこんにちわ、と声をかけた。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「絶好の日和ですね」
それに、鐘依 透(
ga6282)と九条院つばめ(
ga6530)は笑顔でそう返す。そんな微笑ましい恋人達とは対照的に、赤茶けた着流しのリュウセイ(
ga8181)は恋人を見た。
「どうだ?」
「凄くカッコイイよ♪」
尋ねられ、刃霧零奈(
gc6291)はうっとり見惚れた。そんな零奈の纏う赤い着物の、胸元に目を留めたリュウセイがニヤニヤする。
少し胸元を覗かせた着物の下は、何もつけていない。
「似合ってるぜ?」
「‥‥ありがと♪」
褒められて喜ぶ恋人に、目を細める。そうして、指を絡め歩き出す2人を遠目に、寿 源次(
ga3427)は一年ぶりのLHの空気を胸一杯吸い込んだ。
桜に寄り掛かり目を閉じれば、各地の復興の手助けをしたいと願った、彼の旅が思い出された。けれども、と口元に浮かぶのは苦い笑み。
彼が予想していた以上に、人々は逞しかった。果たして能力者は必要だったのかと――悩ましく、桜に尋ねる様に向けた眼差しの向こうに、似た眼差しの香月透子(
gc7078)が、居た。
傍らの鈴木庚一(
gc7077)をちらり、見る。迷い、やっと出した答えを伝えようと、誘って来たは良いがどう切り出せば。迷う透子を知らぬふりで、庚一は咲き誇る桜を見上げた。
桜は、嫌いじゃない。散り際が良く似合う。
(‥‥俺達もそうかもな)
何が、とも。つかぬため息に揺れた桜に、寝転ぶ國盛(
gc4513)もどこか、眩しさにも似た思いを噛み締めた。共に見上げる恋人Letia Bar(
ga6313)は、舞い散る桜に見蕩れている。
そんな彼女に目を細めた。
「散り際の桜も美しいが‥‥俺にとってはお前も綺麗、だ」
「ぁ、ありがと、マスター‥‥」
衒いのない賛辞にレティアは真っ赤になる。それにくすりと笑った國盛は、膝枕から起き上がった。
「久々に俺がコーヒーを淹れようか‥‥」
「うん!」
喫茶店の店長で、お料理上手な國盛の言葉に、レティアは大きく頷いた。頷き、また見上げた綺麗な桜を、同じく見上げるロジー・ビィ(
ga1031)の心はけれども、晴れやかとは言えなくて。
(力を、貸して)
桜に、祈る。大切な友人。彼と向き合って話をする、勇気をどうか――咲き誇る不思議な魅力を持つ桜の力で。
ギターの音色が、聞こえた気がした。
●
焦燥感が、支配していた。
(ええ、厄介な物を持ち込みやがって!)
鋭い眼差しのクラーク・エアハルト(
ga4961)は舌打ちする。とある非モテな男の負の遺産を発見せねばと、焦る想いが胸を焼いた。
こんな会場で『しっと爆弾』が爆発したら、大変な被害になるだろう。だがどこにあるのか――クラークの視線が知り合いに留まった。おい、と声をかける。
「『探査の眼』は使えたな? 非常事態だ、手伝ってくれ」
「うん?」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は目を瞬かせた。たまにはのんびりお花見しようと、仔猫や愛犬と一緒にやってきたのだが。
まぁ良いけど、と頷くユーリ達を、木陰から見ていた白虎(
ga9191)がきらりと瞳を輝かせる。しっと団総帥たる白虎にとって、作成者の血と汗と涙と妄執の結晶を爆発させリア充どもに粛清を下すのは、使命であり願いだ。
「沢山リア充が集結してるようだしにゃあ!」
そう笑う少年に、ミシェル・オーリオ(
gc6415)は肩を竦めた。鼻歌交じりに、時々料理をつまみながら、人混みの中を縫って歩く。
(いらない世話は時に必要だけど‥‥ね?)
障害がある程燃え上がるのが恋とはいえ、限度はある。故にミシェルは爆発阻止の為、会場内を見て回りながら、おつまみや料理を楽しんでいて。
これ貰ってくわね、と鶏串を取ったミシェルを見送り、R.R.(
ga5135)は忙しく手を動かしていた。持参の中華屋台と、守原有希(
ga8582)の特殊屋台を駆使して、作る料理はタートルワーム鍋。鉄鍋を甲羅、辛く熱い湯(タン)をプロトン砲エネルギー、鶏肉の串やスティック野菜を砲台に見立てた鍋料理だ。
(他にも豚串や牛串も用意しておくアルか)
行き交う人々に、R.R.は美味しそうな音や匂いを振り撒く。その匂いも届かぬ場所で、ソーニャ(
gb5824)は1人の少女をじっと見つめた。
(コハルちゃん、お兄さんを誘えた様だね)
花見菓子の前、満面の笑みの少女にほっと、息を吐き。だが楽しければ楽しい程、不安と寂しさは募ると息を吐く。
ソーニャやコハルの兄は、やがて戦場に行く。少女は残され、兄を待つ。だからこそ今を楽しもうというのは、救いか、それとも。
腹に手を添え考えるソーニャと同じく、黒羽 風香(
gc7712)も難しい顔で義兄をちらり、見上げた。だがすぐに気まずく目を逸らした、義妹をちらり、見た黒羽 拓海(
gc7335)も同じく目を逸らす。
はぁ、と吐いたため息は、同時。告白されて以来、碌に顔も合わせていない風香と向き合うべく、珍しく自分から花見に誘ったのだけれど。
軽く頭を振り、拓海は落ち着ける場所を探して歩く。そんな拓海の後を、風香は気まずく歩く。
そうして努めて楽しもうとした、風香から少し離れた桜の下では宵藍(
gb4961)と祈宮 沙紅良(
gc6714)が、茣蓙の上でのんびり向き合っていて。
沙紅良の淡い若草色の着物の上に、はらりと毀れた花弁を見ながら、宵藍は酒盃を傾けた。そうして穏やかな眼差しで頷き合う、友人達と同じく和やかな空気の中で、狭間 久志(
ga9021)も桜を見つめ。
「日本に居た頃は花見なんてした事なかったな」
「いいお天気になってよかったね〜♪」
しみじみ緑茶を啜る久志の傍らで、キョーコ・クルック(
ga4770)が大きく伸びをする。それにくすりと笑う、久志をちらり、見た。
持ってきたお弁当は、妹と一緒に早起きして作ったもの。問題は彼に『美味しい』と言って貰えるか。
ドキドキしている姉とは裏腹に、エレナ・クルック(
ga4247)はリュックの重みすら楽しく、桜の下を歩く。
「気持ちいいです〜♪」
暖かな日差しの下は、それだけで心が弾む。まして綺麗な桜の下なら尚更だ。
だからわくわく歩いていた、エレナの視線がふと止まる。その先にあったのは、ただのジュラルミンケース。
「忘れ物みたい、よ」
「キアお姉ちゃん」
こくりと首を傾げた、少女にキア・ブロッサム(
gb1240)が言った。来た時からあったと告げると、少女は『じゃあ警察に届けなくちゃです〜』と大切に抱えて歩いていく。
その背中を見送って、酒盃に口付け。ふわふわした眼差しで呟いた。
「‥‥実際花を御覧になられている方‥‥どれ程居るのやら、ね」
「さぁねぇ」
キアの言葉に杜若 トガ(
gc4987)は肩を揺らした。彼自身は、桜より傍らの花を見てばかり。
ほろ酔い加減のキアの横顔を、眺めながらトガは笑う。
「お前さんも桜ばっか見てねぇで、他のもんを見りゃいいじゃねーか」
その言葉に小さく笑い、キアは男に酌をした。もどかしく心地良い、彼との微妙な距離感を噛み締めて。
●
「もう良いのか?」
藤村 瑠亥(
ga3862)の言葉に、頷く遠倉 雨音(
gb0338)の表情は思わしげだった。雨音の質問に、答えようとした舞香を慌てて止めたアニーが気になる。
とまれ大規模が終わったら食事でも、と約束は取り付けた。その時にまた、と思う雨音を促して、瑠亥は桜並木を歩き出す。
満開の桜を見上げた。その風情に、柄にもなく心が躍るのは、桜に人に訴えかける何かがあるからだろう。
微笑みそっと瑠亥の手を握る、雨音を見送るアニーにユーリはぽん、と肩を叩いた。
「や。今日はサーも一緒?」
「ユーリさん! ‥‥その子は?」
「こないだ家族になったんだ」
疑問の視線を胸元に受けて、ユーリは服の中からひょっこり顔を出した仔猫の喉を撫でた。喉を鳴らした仔猫が目を細める。
まだ生後20日程度の黒ぶち猫は、だがすぐ引っ込みユーリの服の中でくるん、と丸くなった。くすりと顔を見合わせて、後で愛犬達を一緒に遊ばせようと指切りする、ユーリ達にかかった声は、3つ。
「アニー‥‥と、お久しぶり」
「お久し振りですね」
「おめでとうございます、とまずは祝辞ですね」
友人の所に行っていた神撫(
gb0167)に、不知火真琴(
ga7201)と叢雲(
ga2494)が笑いながら2人を見比べた。それに「君たちはいつくっつくんだ?」とからかいを返すと、叢雲が無言で微笑む。
気長にやりますよ、と神撫に眼差しを残して仲良さそうに去っていく、友人達を見送り神撫は恋人を見た。ぽふりと頭を撫でて手を握ると、握り返されるのが嬉しい。
そうして歩き出そうとして、また別の知人に会う。
「嫁さんに引っ張られてきたのか?」
「まあ」
頷くアルヴァイム(
ga5051)の両手には、目を見張る大荷物。何しろ妻子の荷物に加え、妻の友人の荷物まで引き受けている。
おまけに羽織る物を準備し、会場に設置するゴミ箱を持ってきて、管理事務所に顔を出して注意事項を確認してきたというのだから、出来る男――良いお父さんだ。
そんな夫に荷物を任せ、百地・悠季(
ga8270)とクラリッサ・メディスン(
ga0853)は盛り上がっていた。時折は愚痴も混じりながら幸せそうな、母親達の胸で子供達はすやすやお昼寝中。
春は、散歩には良い季節だ。特に悠季はこの頃酷く荒れていたから、気分転換にもなるだろう。
そう願う、アルヴァイムの目下の心配は。
(桜の枝折ったり、娘に手ぇ出す奴は容赦しない‥‥)
背中に背負う、炎が見える。
そんな親子連れから、那月 ケイ(
gc4469)は恋人へと視線を戻した。期待を込めた眼差しで、エスター・ウルフスタン(
gc3050)を見つめる。
気付いたエスターが、強い眼差しでケイを睨む。
「きッ、期待したら承知しないわよ!?」
「了解」
やっぱりお弁当作ってくれたんだと、込み上げる嬉しさを噛み締めるケイの笑顔に、わたわたしながら「ホントに承知しないんだからね!」と恫喝を繰り返す。うちなら出来る、と自分に言い聞かせたが、料理の腕に自信はない。
それでも随分進歩したのだと、お弁当の中身を思い返す。そうして頷く女性は恋人の好みの範疇かなと、ビリティス・カニンガム(
gc6900)は考えた。
自ら『超アツアツだぜ!』と言い切るほど仲良しな恋人だが、残念な事に彼女の恋人・村雨 紫狼(
gc7632)は無類の女の子好き。ぬぅ、と握ったランドセルは、紫狼が「もうたまらーん!」と褒めてくれた(?)服装だ。
それにしても本当に綺麗だと、桜を見上げた。まして愛する紫狼が一緒ならばと、うっとり見つめた眼差しの先で、うし、と紫狼が立ち上がる。
「んじゃ、屋台を手伝ってくっかー!」
「おーッ!」
そんな紫狼もかっこいい、とうっとりしたビリティスも拳を天に突き上げる。だが、同じ位の熱々ぶりを発揮しようとしつつ、守原有希(
ga8582)は時折唇を突いて出る嘆息を隠し切れずに居た。
件の屋台も、特殊屋台が役立っている事を確めたきり。友人達とも楽しく談笑したものの、奇妙な空虚感が拭えず。
それでも自分に、言い聞かせる。
(うちは元気、普段通り‥‥)
そうして持って来たお重を広げ、「美味しかー!」と食べる有希に、けれどもクリア・サーレク(
ga4864)はほんの少しの違和感を感じても、居た。
いつもよりも積極的なスキンシップ、恭しい態度に柔らかなキス。それはそれで、嬉しいものだけれども。
「有希さん?」
「え? あ、はい」
やっぱりいつもと様子が違うと、首をかしげるクリアに笑おうとして、ふと有希の眼差しが揺れる。花言葉に相応しく、高尚で美しい桜。その様を眺め――とん、とクリアに額を、預けた。
「少し‥‥泣かせて貰っていいですか?」
その呟きと共に泣く様な、ギターを爪弾きながらアンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、傍らの舞香を見る。偶に見せる傷ついた様な表情が、気になっていた。
だから、挨拶がてら声をかけ。世間話をしながらこうしている。
酒を嗜みながら、弦を爪弾きアスが言った。
「桜は日本人には特別な存在なんだっけか」
「ええ。――とても」
そう。微笑む舞香の泣きそうな表情に、なぜか思い出すのはかつて過ごした春の日。自嘲の様に弦を弾き、ふと眼差しを上げた先に、通り過ぎるエレナが見えた。
「どうしたんだ?」
「落し物を交番にお届けです〜♪」
にぱ、と笑ったエレナの手にはジェラルミンケース。何か、嫌な予感がすると思った瞬間、高い銃声が響いた。エレナの足元にめり込んだそれは、ゴム弾。
その射手、クラークがゆらり、エレナに言った。
「爆弾を渡して貰いましょう」
「邪魔しないでくださいです〜」
ぶんぶんと拳を振り回す少女は、可愛らしいが厄介だった。チッ、と舌打ちして狙いを定めた男に、ぎょっとアスが間に立つ。
その時、笑い声が高らかに春の空に響き渡った。
「爆だ‥‥落し物は僕のだにゃー!」
「ほえ? 落としたのはあなたなんですか〜♪」
「あっさり渡すなよ!」
思わず突っ込む程、少女はあっさりケースを手渡した。ギリィッ、歯軋りしたクラークが、新たに込めたのはペイント弾。ジェラルミンケースに狙いを定めてマーキングして。
「白虎さん! 容赦しませんよ!」
「楽しもうじゃあないか♪」
ぴこんとハンマーを構え、楽しげに白虎が宣言した。盛大に戦って有象無象のリア充を巻き込むつもり。
傍迷惑な戦いの、火蓋が切って落とされた。飛び交うゴム弾の中、白虎の悪質な悪戯レベルの罠が炸裂する。
――のだが、しかし。
「うぉぉッ!?」
何故か悲鳴を上げるのはアス1人。盥に激突され、水を被って、踏んだり蹴ったり。
だが爆弾はすでに白虎の手中だ。後はこれをリア充どもに投げつけ爆発させるだけと、にんまり笑ってジェラルミンケースの留め金を外し。
クラークが真っ青になった瞬間、ひゅるるるる、と間抜けな音が響き渡る。へ? と見守る中、『爆弾』は空高く打ち上がり、嫉妬の花を開かせた。
正面から見れば罅割れたハートに見えるそれは、所謂打ち上げ花火。ただし真下から見上げた白虎達には、一筋の光が走った様にしか見えず。
目と目を合わせた2人の戦士が、歯軋りした。
「この落とし前は」
「きっちりつけるにゃ〜」
あんな物の為に戦ったのか、という怒りは今日の敵を明日の友とする。
その全容を見ていたミシェルが、「あははははッ!」と腹を抱えて大笑いした。うっかり遠くの木に登ってしまった為、戦わずして戦線離脱したけれども。
「たまにはこう言うのもいいかもね?」
嫉妬の花に、乾杯を気取ってビールを煽る。R.R.の揚げ餃子も、筍の歯応えも良い春巻も、ちょっと味は濃いけどおつまみには最高だ。
日頃、薄味気味に作るようにしているR.R.への、急なリクエスト故の怪我の功名だった。
●
アルヴァイムが構えるカメラの前で、悠李の抱く時雨とクラリッサの抱く蔵人は初対面を果たした。顔を見合わせる子供達に、高速でシャッターが切られる。
それを眺めつつ、用意してきた花見料理を広げた母親達は、情報交換に余念がない。特にクラリッサは1月に出産したばかり、先輩ママの悠李の話は参考になる。
「この前ハーフバースデイを迎えてね、りんごのすりおろしを与えてみたのよねえ」
「もう断乳したんでしたわね」
「仕方ないわ。ミルクを飲んでくれるからまだ、ね」
ひょいと肩を竦める悠李だ。事情があったからと、笑う表情は晴れやかで。自分自身でも、押し籠もった気持ちが安らいでいくのが、解る。
子供達と、シャッターを押し続けるアルヴァイムを、見ていたクラリッサがぽつり、呟いた。
「いい幼馴染みになって、ずっと良い関係になれたら素敵ですわよね」
そう、微笑むクラリッサの皿にさっと料理を取り分けるアルヴァイム、実に良いお父さんだ。微笑ましいですわね、と笑顔で眺める沙紅良の傍らで、宵藍は遠くを見つめていた。
咲き誇る桜に、旅立った友を思い出す。傍にいる時から、危なっかしさが気がかりで。居なくなって過ぎた季節を思い、どこかで怪我したりしてないかと想う。
彼女もどこかで、こんな風に桜を眺めているだろうか。思いながら宵藍は徐に、愛用の二胡を取り出した。眼差しだけで問いかければ、頷き沙紅良が立ち上がる。
帯に差した扇を抜いて、茣蓙から降りて桜の下に。一つに束ねた髪を揺らし、いつでもどうぞと微笑んで。
穏やかに、しっとりと。響き始めた二胡の音に、ゆっくり沙紅良が動き始めた。
実家の祀る姫神に捧げる様に、舞うは春咲く花の舞。ひらり、はらりと舞う花弁と、戯れる様に舞う沙紅良は名前通りに桜が似合う。
そんな彼女の幸せを、心から願っているが、と宵藍は眼差しを揺らした。やがてふわりと動きを止めた、沙紅良がふと観客に気付き、「お粗末様で御座いました」とお辞儀する。
それから宵藍に微笑んだ。
「お弁当にしましょうか」
「そうだな。夜桜はもう堪能したから」
夜にならないうちに帰ろうと、告げる宵藍に頷き沙紅良はお弁当を広げる。そうしてふと、想う――次の季節は大切な人と、昼の桜も見れれば良い。だから。どうか次の桜の季節も、彼の傍に居られますように。
願う眼差しで見つめた、桜の木から少し離れた木陰から、ソーニャは少女を手招きした。気付いたコハルが顔を輝かせ、ぱたぱた駆け寄ってくる。
「今日はコハルちゃんにお礼にきたんだ」
おまじないがよく効いたから、と告げると少女が嬉しそうに笑った。そんな少女に、今度はとっておきのおまじないを教えてあげる、と囁くと、きょとんと無邪気に目を見張り。
ひらりと目の前をよぎった、桜の花弁を捕まえ微笑みかけた。
「お兄さんを守るおまじない。こんな風に、花弁を捕まえてね――」
相手への想いを込めて口付けた、花弁を相手に飲ませれば、想いは相手の血肉となってその人を守る。同じ様に、別の花弁を兄の唇に当てて食べればいつでも一緒なのだと、告げると少女は嬉しそうに目を輝かせた。
がんばる、と小さな拳をぐっと握った少女に「がんばってね」と微笑み、ソーニャは駆け戻っていく小さな背中を見つめる。
大切な人の元へと戻る、幸せな風景。幸せだからこそ、切なくて悲しい。
だから戦いが終わるまで死ぬんじゃないよと、少女の兄へとそっと呟いた、言葉に応えた様な桜を見上げてアンジェリナはこくり、紅茶を飲んだ。恐らくこれだけが、彼女の持つ『日常』。
九郎と並んで日向ぼっこをしながら、それを思う。その横顔に、しみじみ九郎は幸せを感じた。
(今日はいい日だなぁ)
クッキーも気に入ってくれて、何より傍らにアンジェリナが居る。その彼女が、自分の為に淹れてくれるお茶が美味しくない筈もなく。
のんびりした雰囲気に、つい船を漕ぐ九郎は、実に幸せそうだった。それを眺め、アンジェリナはまた桜を見上げる。
目の前のティーポットは、彼女という人間の全て。茶菓子を作る技量もなく、用意するセンスもなく。だからそれだけで良い――ただ、それだけで良い。
そう、思う彼女の横顔に、微睡みの中で九郎は目を奪われて。綺麗だなと、想う。桜も、アンジェリナも。
けれども見ているのに気付かれたら何かが壊れそうで、またそっと瞼を閉じた九郎の耳に、密やかな呟きが聞こえた。
「戦いが終わったら、その時、私は‥‥」
(その時、俺は‥‥)
喧騒の只中で、1人源次は思いを馳せた。能力者などがいなくても、賢明で必死に生きていく人々の姿を、見てしまったから。
或いは能力者である事に優越感を感じていたのかもしれない。そう思ったら居ても立っても居られなかった。
思い上がった己を恥じて。けれども、こうして自分は戻ってきた。守る筈の人々に守られ、力なき人々の力に胸を打たれて――再び、戦うために。
バグアと戦う力を持つ自分が、迷っていて良い理由はないからこそ、戦うのだと舞い散る桜にただ、誓う桜は茜色に染まりつつあった。
●
夜の桜の下なら、許されるような気がした。
何しろ蕾霧(
gc7044)と婚約者の紅苑(
gc7057)は女同士。だから日頃、大胆に甘えられず――だから、甘えたくて。
桜の幹に背を預け、夜桜を楽しみながら差しつ、差されつ。月夜に舞い散る桜の風情も勿論、月明かりに浮かぶ愛しい人は、格別に美しい。
うっとりと紅苑を見つめ、蕾霧は囁く。
「‥‥紅苑と一緒に見ると更に綺麗に感じるよ‥‥」
「‥‥貴女もとても綺麗ですよ」
微笑み返す紅苑である。そも、2人きりで飲むのも久しぶりと、思えばお酒もいつも以上に美味しい恋人達の甘い空気とは、似ても似つかぬ空気を纏っている事を、カズキ・S・玖珂(
gc5095)は自覚していた。
良い歳をしてと思うが、仕方ない。何しろ今日は、美具・ザム・ツバイ(
gc0857)とのデートだ。
そんなカズキを見る、美具とて内心緊張しているし、期待もしていた。その乙女心の現れが、彼女にしては珍しいワンピース。そうして酒を嗜みながら、夜桜を見つめるフリ。
手製のつまみを出しながら、カズキは緊張を解そうと息を深くする。美味しい酒は心も解すし、美しい桜は尚更だ。
思いながら、酒を飲み。すぅ、と息を吸う。
「少し、歩かないか」
再び緊張を漲らせ、告げたカズキと2人抜け出す美具に気付く余裕もなく、ロジーはついにアスと向き合っていた。いつも通りに笑えているか、不安になる。
そんな彼女が何を思い、何を望んでいるのか――尋ねる言葉を紡ごうとして、唇から出たのはただ一言。
「綺麗だな」
何が。何かが。そうして何1つこの手の中に残らずとも、誰かに綺麗な物を残せたら。
例えばロジー。例えば『彼』。
そんなアスに、ロジーは努めて明るい声で切り出した。
「あの桜の日の夜の事、覚えてまして?」
それは昨日の事の様に思い出せるのに、なぜだか遙かな過去の様にも思える。あの時は幸せだったと、噛みしめる。
あぁ、とアスは息を吐いた。それで、ロジーは不安に苛まれているに違いない。そう、思った。
――けれども。
「アス――あたしも、連れて行って」
全てが終われば旅に出ると言った、彼。幸せだった頃はもう戻らない。行かないでと願っても、きっとアスは行ってしまう――だから、どうか。ならば、いっそ。
そう告げたロジーに目を見開いた、アスから神撫は眼差しを逸らした。勿論気になってはいるけれど、不用意に触れられる話ではない。
故に神撫は傍らの恋人へと視線を戻す。そうして彼女の手の中の缶を見た。
「あんまり飲み過ぎちゃだめだよ」
「らいじょうぶらよ〜?」
すでに呂律が怪しいが、ここで止めないと大変だ。けれどもアニーはあっさりと、缶を手放しふふりと笑った。
その笑みに、彼女と桜を一緒に見られる幸せを、思う。これからの時を彼女と歩みたいと、願う。
自分にとっての彼がそう願う相手であるかは、キアには解らなかったけれど。並んで歩く桜並木の、月明かりに舞う花弁に知らず浮かべる笑みはどこか、幼い。
楽しげな足取りに、トガはくつりと笑う。
「本当に、何がそんなに楽しいのかねぇ。月明かりだけじゃ桜も良く見えねーだろ」
「もう少し‥‥楽しまれては‥‥? 美しい物を素直に‥‥喜べねば風情も何も、ね」
そんな言葉にふわりと振り向いた、笑顔にはっと目を見張る。けれども次の瞬間、虚を突かれた己を嘲笑う様に、ニヤリと歯を剥き出しに笑った。
桜の木に乱暴に押しつけられて、吐息のかかる囁きに、眼差しが揺れる。そうして口付けられた、瞬間に浮かんだ雑念を、瞳と共に閉じ込めた。考える事を、放棄する。
「‥‥酔いを冷ますのはもう少々後でも良い、かな‥‥」
「少々で足りるのかい?」
獣の様にトガが笑う。犬歯を剥き出しに幾度も口付け、口付けるだけに留まらない。
そんな2人とは対照的に、まったりと微笑ましい恋人達は、今は美しい月と桜を眺めていた。膝枕の重みも幸せと、キョーコはにこにこで。
久志は眼差しを遠くへ向ける。戦いが終わらない限り、彼らの平穏はあくまで一時の物に過ぎない。
けれどもキョーコの無邪気な笑顔を見てると、疲れや気負いが洗い流されるようで。ただそれだけで頑張れる気がするのを、満たされている、と言うのだろうか。
「来年も一緒にお花見に来ようね?」
「そうだね」
その口付けを、受け止め久志は頷いた。この時間を守るために戦ってるのだと、思えばもう少しばかり、頑張り続けられそうだ。
けれども先に守れなかった事を、有希はまだ悔いていた。守ろうとして届かなかった、その悔恨が今でも彼を苛むのだ。
ぎゅっと、子供の様に。縋る様に語る恋人を、クリアはただ抱き締める。
その温もりに甘えている、己も自覚はしていて。それでも彼女の温もりが、自分がまだ誰かと感じあえる心があるのだと、教えてくれる。
だからまだ諦めないと、強く歯を食いしばり。
「こんな脆いうちでも改めて一番側を任せてくれますか?」
尋ねた言葉に、しばし、クリアは答えなかった。けれどもやがて小さく言葉を紡ぐ。
「ボク、告白された時にずっとずっと、返事を待ってもらったよね」
その理由は、2つ。彼を良く知りたかったから。そして、大切な人を再び得て、また失うかもしれない恐怖に、耐える覚悟を得るまで待って欲しかったから。
どんなに誓い願おうとも、どうにもならない事はあるのだと、かつて思い知った。だから怖くて――本当は今でも怖くて。
「それでも一緒に居たい、同じ幸せをすごしたい。――ボクは貴方の半身だから」
愛してると、強くクリアは抱き締めた。このまま離したくないと、囁く有希の様に蕾霧も、このまま紅苑と共に過ごせたらと願っていて。
酒のせいと甘える様に凭れてきた、蕾霧を紅苑はそっと抱き寄せる。こんな時間だからと、可愛い言い訳をする彼女の頬を撫でた。
「いっぱい甘えてください」
そうしてそっと口付けて、さらには髪や身体を愛しげに撫でる、その仕草が自分も嬉しいと蕾霧は目を細める。そっと、照れながら彼女の首に腕を回すと、悟った紅苑が笑った。
そうしてそっと木陰に隠れ、寄り添い口移しで酒を飲ませ合う熱烈な恋人達と、全く異なる緊張感を、美具は感じていた。
柄でもないと、思う。けれどもどうしても高鳴る胸を、誤魔化す様に煽った酒は、実家から取り寄せた酒。
カズキもその酒を煽る。だがそれすらも飲み干して、いよいよ困るカズキに手が差し伸べられた。
「踊らぬか」
「よ、喜んで。ご麗人」
ぎくしゃくとその手を取ったものの、覚束ないステップのカズキを、笑わず美具はリードする。くるくると、踊る彼女に目を奪われた。小さな、強気なマイ・フェア・レディ。
知らず、足が止まった。そうして紡いだ想いは不器用で。
かつて、彼女に救われた。奮い立たされた。臆病で頼りない自分を自覚して、なお彼女の側なら変われると信じた。
だから。
「もっと、俺と踊ってくれないか」
全身が心臓になったかと、思いながら絞り出した言葉に、なかなか答は返らなかった。――返せなかった。
そんな――カズキの覚悟が好ましいと、美具は、思う。求められた事も、求めて得られた事も殆どない自分だけれど。
「美具でよければ共に歩もう」
彼が変わって見せた様に、自分もきっと変われる筈だから。そう、信じているから。
共に歩み、踊ろうと、再び手を取り合った恋人達と同じく、自分達も変わる時が来ているのだと感じていた。否、変わりたいと願っていた。
だから透子は舞い散る花弁の中で、一生懸命に想いを紡ぐ。あの日のプロポーズを覚えているかと切り出したら、意地悪に笑ったけれど。
本当は全部覚えていると、庚一は肩を竦める。そんな庚一の言葉に、ぎゅっと透子は胸元のロケットを握りしめた。透子のとっておきの秘密。
「ね、庚一」
それを教えてあげると手招きした彼女に庚一は瞬きする。そうしてロケットの中身を見て――知らず、微笑んだ。
彼女が大事そうに持っていたのは、ずっと知っていたけれど。
「‥‥お前も馬鹿だな」
それが自分の写真だなんて、思わなかった。そんな所が出会った頃から変わらないと、笑えば少し唇を尖らせる所まで。
だから、一緒に居ようと思うのだと、無言でポケットから小さな箱を取り出した。じっとそれを見つめている、透子にそれを放る。
開けて見ろと促された、透子は次の瞬間息を飲んだ。そこに輝く小さな石は、永遠の幸福の象徴。硬いダイアモンドの指輪が、透子の指に恭しく填まる。病める時も、健やかなる時も。今までも、これからもずっと、共に。
とはいえ幼馴染である真琴と叢雲は、これまでをずっと共にしてきた。だからこそ彼が居ると息がし易い気がすると、真琴は思う。
大好きな桜。けれども今はほんの少し、無邪気に見られない桜。
(復讐とか、そういうの、正しくない。知ってる)
でも気付けば心がどす黒く染まって、息がうまく出来なくて、大好きな桜すら見るのが辛くて。
だから。叢雲のお弁当を食べ、のんびりしながらも楽しみ切れない、真琴の空気を叢雲も感じている。けれども易々と触れて良いものではないと思うから、ただ静かに傍らで酒盃を重ねて。
ただ静かに、静かに、真琴の傍らで――彼女が自分から思いを開くのを、待っている。
の、だけれども。
「取り合えず叢雲君は、今は大人しくうちの抱き枕になってると良いと思うんですよ」
「‥‥え?」
そう、宣言するなりぎゅっと抱きついてきた真琴に、さすがに目を見張った。そんな彼を抱えたまま、ごろん、とシートの上に転がって。
さすがに頬を掻いて苦笑しつつ、大人しくされるがままになっている叢雲に、兄妹でもあれはしないよな、と拓海は思った。風香と、と考えかけて、洒落にならなさそうで首を振る。そんな義兄に訝しげな眼差しを向ける風香だ。
彼女の想いに、どんな答えを返すつもりなのか。待つ彼女はけれども、本当はその答えを知っている――先日故郷に帰った折に、『彼女』に教えて貰ったから。
だから手作り弁当を食べ終えても、何も言わない拓海を待つ、風香のタイミングを拓海は伺っている。常識的に考えて、自分の答えが受け入れ難い事は理解していた。
告白の返事が、どちらも同じ位大事だから2人一緒に、なんて馬鹿にしすぎで。解っているけれど、拓海にはそれ以上の答えが出せず。だが受け入れて貰えるとも思えず。
悩む拓海を見ていると、自分がたった一つの弱みを握ったかの様な優越感だ。後で兄に、どんな我侭を聞いて貰おうか。膝枕とか、甘えてみようか。
そんな義兄妹から少し離れた場所で、穏やかな時間に透はぎゅっと瞳を閉じた。お互いのお弁当は美味しくて。見回せば美しい桜の中、愛しい人が眩しく笑いかける。
その、眩暈の様な、幸福。きらきらと眩しく輝く、幸いな時間。
自分は幸せになってはいけないのだと、信仰の様に信じていた。なのに己を取り巻く幸福に、知らず、眦から透明な涙が零れる。
「ぁ‥‥あの、あれ‥‥?」
「‥‥大丈夫。落ち着くまで‥‥こうしていますから、ね」
その涙に、そっとつばめは微笑んだ。微笑み彼に寄り添って、触れた箇所から伝わる温もりを抱き締める――彼女を守りたいと、思った。彼女は、彼女だけは、誰よりも幸せに。
そう、告げる透に強く抱き締められて、つばめが返すのはただ、柔らかで暖かな微笑だ。守りたいと、願って貰える事が嬉しくて。そうして、彼を守りたいと願って居て。
「だから‥‥二人で、幸せになれるように――」
「つばめさん‥‥」
告げられた言葉に、心の中の箍が外れた。強く、強く、腕の中の彼女をただ、抱き締める。
吐息の様な言葉で愛を囁く恋人達の光景に、ふと紫狼がため息を吐いた。ビリティスが向けた眼差しにも気付かない。
思い出すのは先の戦い。倒した事は過ちじゃないし、強化人間となった少女達が罪を犯した事も間違いなく。
けれども相手が誰であろうと、あんな風に心を弄ぶ人間は許せないと、紫狼は思う。だからこそ守りたいと、険しい眼差しの恋人を、ビリティスはそっと抱き締めた。
昔だったら知ったかぶりで終わっただろう。けれども今、悲しい位に子供だけれども、彼女は彼の恋人で。
だから。優しく抱き締めるビリティスに、あぁ、と紫狼はため息を吐く。そうしてふと口元を緩め、ビリティスをぎゅっと抱き締め返した。
軽く音を立ててキスをした、一瞬後に顔を赤くする恋人が、可愛い。だから殊更明るく振舞う、彼の姿にビリティスは、どんな時でも彼を支えられる様になりたいと願い。
けれども瑠亥の心にかかっているのは、別の話だった。時折頭の片隅に浮かぶその言葉。
初めての日本酒に、少し顔を顰めながらも拙い感想をまっすぐな眼差しで述べる、彼女と共に在る未来。
「‥‥あれだ、やはり結婚とか‥‥」
でも、憧れるのかと尋ねるのが精一杯。不器用な己は自覚しているが、幾ら何でもと思わないでもない。
だが彼の口から結婚という言葉を聞くとはと、雨音は軽く目を見張った。
「――そうです、ね。憧れがないと言えば嘘になります」
そうして慎重に言葉を選び、雨音は探る様にそう言った。生涯を共にするのなら、勿論雨音は彼が良い。けれども不器用同士の自分達に、急ぐのは相応しくない。
「焦らずに行きましょう、瑠亥」
だからそっと苦笑して、瑠亥を抱き締めた雨音の言葉に、そうだな、と小さく頷いた。けれども別の意味で不器用同士の、エスターはほろ酔い加減のケイを見て、呆れた息を吐かずには居られない。
まさか甘酒如きで酔っ払うとは。けれどもそのエスターを、覗き込む様ににこにこ見ているケイは実にご機嫌だ。酔ってないってー、と言う所がすでに酔っ払いだと気付いていない。
余り一緒に居られない彼女。共に居る時間が限られているから、せっかく傍に居る今だけはちょっと欲張りたい。
だから笑顔でじっと見つめた、ケイは不意にエスターの唇に唇を重ねた。
「好きだよ、エスター」
「な、なななにゃ‥‥!」
そうして告げられた言葉に、エスターはぼっと赤くなる。だが彼女を他所に、ケイは好きと告げられた事に満足だ。
それにますます歯噛みして、頭がぐちゃぐちゃになって。
「あぁもぅ! 取りあえず寝なさい!」
冷静にならなきゃと、己の膝にケイの頭を押し付けた辺り、立派に混乱している。だがそれに気付いた時には、すでに相手は気持ちよく夢の中だ。
はぁ、とため息が漏れた。後どれ位、彼とこうして居られるのだろう。
「ずっとが、いいなぁ」
ぽつり、吐息にも似た呟きは聞こえなかったけれど、その様子はしっかり見ていた零奈は、甘える様に恋人の袖を引いた。身体をくっつけた仕草も甘い。
20歳になって初めて飲むお酒は特別で、ましてその初めてがリュウセイと一緒なら格別で。焼酎を薄めに割った日本酒もどきでした乾杯は、十分に刺激的で。
いつもよりも甘えた仕草で、肩を抱かれて酌をする。そんな恋人が愛しいと、思いリュウセイは桜を眺め、悦に浸る。
「すごく楽しくて嬉しいぜ?」
ありがとな、呟いた言葉は本心だった。大切な恋人が自分を見つめ、甘えてくれる、これ以上に幸せな事はないと心から思う。
だから瞳と瞳を合わせ、間近で呟いた言葉に、零奈は頬へのキスで応えた。
「あたしの方こそ、ありがとでこれからも宜しくね♪」
そうしてぎゅっと抱き付いて、寄り添う恋人達とは違う桜の下で、レティアは夜に染まる桜を見上げていた。そんな恋人を、呼んだ國盛の真剣な眼差しが、彼女の双眸を射抜く。
いつも以上に真剣な声音。はらはらと散る桜の中、國盛はその言葉を、紡ぐ。
「結婚、しないか‥‥?」
その言葉と差し出されたリングに、レティアはしばし動きを止めた。彼にそう告げられ、迷わなかった自分に驚く。
亡き人の事を忘れては居ないけれど、思い出として受け入れる事が出来たのだと、実感した。それが出来たのはきっと、國盛のお陰。
だから。
(早く、終わらせて‥‥マスターとずっとずっと一緒にいるんだ)
ぎゅっと抱きつき、レティアは誓う。戦争が続く限り、失う不安からは逃げられない。
だから――
沢山の想いを乗せて、舞い舞う桜の花の陰で、キャンベルはいつしかぐっすり眠っていた。傍らに置かれた花見料理は、だが少しも減ってない。
桜の中で眠る彼も、きっと優しい桜の夢を見ているだろう。