●リプレイ本文
さて、と神撫(
gb0167)は考え込んだ。次の休みに買い物でも、と誘った恋人に、先約がと言われたからではない。
問題はその『先約』。どうも、彼女が自分の意思で動いていない時は、いつも襲撃を受けているような気がする。
(それに、買い戻すほど大事な本を間違って売っちゃうかな?)
艶やかなマリアと、儚げな舞香を思い出す。店が解ってるなら、見つけたら連絡するよう頼めば良いだけではないかと言うと、アニーも訝しげに頷いていた。
もしまたアニーが襲撃されれば、舞香も疑わねばなるまい。そう感じたのは遠倉 雨音(
gb0338)も同じだった。
「お時間を頂いてすみません」
「大丈夫」
喫茶店に現れた涼香に礼を言うと、彼女は笑って首を振った。アニーから話を聞いた雨音は、涼香と話してみたいと思ったのだ。
舞香とは先に、話をした。詳しく聞きたいと言うと快く承知し、経緯やお店、本のタイトルを丁寧に教えてくれた――心から、何とか見つけてやりたいと願っているようだ。
だが気にかかるのは相手がマリア、と言う点。そして――
「涼香さんはよく出かけるんですか?」
「舞香が仕事中は。それ以外は舞香と居るわ」
雨音の言葉に、涼香が溜息を吐く。今の舞香は失恋した直後の、世界に絶望していた頃と同じに見えて。
「放っとくと何するか解らないから」
「そうですか‥‥じゃあ遠出などは」
「しないわ」
せいぜい近所で買い物くらい、と言う涼香に、嘘を吐いている様子は見られない。差し支えなければと舞香の家の住所を確め、礼を言った。
舞香の家は、アニーの宿舎とは本部を挟んで反対側だ。
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「Hi、アニー! お待たせしまして?」
ロジー・ビィ(
ga1031)は手を挙げた。手を振り返すアニーや神撫、雨音、ぺこりと頭を下げた舞香に駆け寄る。
古書店での探し物に、一緒にどうかと誘われ喜んでやって来た。が、気になるのはアニーが近所で姿を見たという、舞香か涼香の事だ――何故か、妙な胸騒ぎがする。
その意味を考えながら少し待つと、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)が「わりぃ、遅れたか?」とやってきた。舞香が首を振ったのに、ほっと息をついたアスは、ぐるりとメンバーを見回し。
小骨が引っかかってる感じがするんだよなァ、小さく呟いた。
状況が見えないまま事態だけが動いている、不愉快な感覚。マリアの現住所を、詳しくは知らないと首を振ったのは真実だろうか。そも、彼女は本当にドイツに帰ったのか。
考えていたら、東野 灯吾(
ga4411)が小走りにやってきた。お久し振りっす、と頭を下げた彼に会釈して、件の古書店へと向かう。
遊園地での1件は、灯吾も噂では聞いた。アニーに瓜二つのマリア、アニーを睨んでいたサバーカ、なぜかマリアが絡むと必死になる舞香――これで何もない、というのは嘘だろう。だが、三角関係のような感じでも、ない。
古書店への道すがら、灯吾は積極的に、舞香へと話しかけてみた。
「ジョイランドの迷路にキメラが出た件、ULTでも対処してるんすかね?」
反応を探りながら問いかけると、舞香は軽く目を伏せる。鏡の迷宮に本物のキメラが紛れ込んでいたのを、アトラクション側は偶然、と結論を出した。
だが思えば以前、工事中のビルに猿キメラが出た時も、何者かが糸を引いて居た様にも思え。まさかLHに親バグアが潜入して密かに活動してるのでは、とすら思えてしまう。
それに頷き、友人が幾度も危険に曝されているのは心配だ、と呟く舞香の表情をじっと観察しながら灯吾は明るく、何かまた依頼が出た時には宜しく、と言った。
「それにしても、舞香さんは優しいつーか‥‥マリアさんと仲良いんすね。アニーさんもマリアさんと親しいすか?」
「私はあまり‥‥」
「私達、似た者同士なんです」
遮る様に言った舞香に、ちょっと釈然としない顔のアニーの頭をぽふりと撫でた、神撫がふと知り合いに気づく。小さな両腕に紙袋とトランクを抱えて歩くレオーネ・ジュニパー(
gc7368)だ。
同時に、彼女がこちらに気付き。
「アニーお姉さん達! ‥‥わわッ!?」
「ぁー‥‥ぶちまけたな」
「大丈夫でして?」
駆け寄ってきた少女が、直後に盛大に転んだのを見て、アスとロジーが散らばった品を拾いながら声をかけた。が、ふと止まった2人に挟まれ、レオーネがきょとんとする。
とまれ礼を言ってから、これは何の集まりだろうと首を傾げた。だが話を聞いて大きく頷く。
「ならうちも暇だし、手伝いますよ!」
「助かります」
舞香が微笑み、そう言った。目的の古書店はもう、すぐそこだ。
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おや、と見知った姿に足を止めた。
「フェイスさん、こんにちは。こんな所で何を?」
「まぁ、色々と。こんなご時世ですから」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)の言葉にフェイス(
gb2501)は肩を竦める。逆に「そちらは?」と聞かれ、アニーの古書探しを手伝いに、と告げた。
だが1度売った本を買い戻す、というのは何か、釈然としない。そうですね、と同意したフェイスは、自分はサバーカとマリアを調べるつもりなのだと、言った。全てを偶然で片付けるには、余りにも出来過ぎている。
少し考え、セレスタは同行を申し出た。それはセレスタも気になっていた事であり――さらには先日疑問を感じた、襲撃者の行動もある。
そう言うと、ウッディに聞いたんですが、とフェイスが言った。
「狙撃出来なくなった、『猟犬』という名の元スナイパーがいるそうですよ」
「――それは」
思わず無言になるセレスタだ。それは『猟犬』がある時期から、狙撃ではなくナイフで仕事をする様になったが故の噂、なのだという。
ならばまず、『猟犬』が彼女達の知る男と同一人物なのか、確かめて。そうして彼と繋がりを持つマリアや、マリアに共鳴する舞香が不審な動きをしていないか、調べて――
フェイスの携帯にはサバーカと、アニーと舞香の写真があった。それを見せながら聞き回るのだ――マリアの足取りは、アニーの写真で代用し、説明する予定。
解りました、とセレスタは頷き、まずはLHの出入りを探るべく動き出した。
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幸い古書店はあまり大きくなく、本棚もジャンル分けされていた。探す本は来るまでに、舞香に解る限り聞いている。
だが。
「うっかり別の場所に入れたらしい、ですか」
「虱潰しですね‥‥!」
雨音の言葉に、ぐっとレオーネが拳を握る。その一方でアスは、聞いたタイトルを検索しても、書籍以外の情報ばかりがヒットするのにげんなりして。
とまれ古書店の中を手分けして、能力者達は一段一段、書架を見始めた。だが警戒は怠らず、これが杞憂であれば良いと願いながらレオーネもアニーに意識を払う。
難しい事は解らないけれども、少なくともアニーの周りではおかしな事が起きているし、何より彼女の手助けをしたかった。だが同時に舞香の事も心配で、マリアはよく解らない。
むぅ、と難しく眉を寄せて見上げた書棚に、手の中のメモと似たタイトルの背表紙を見つけた。辺りを見回したが、脚立や台はない。
となれば。
「むむ‥‥ッ」
「これ?」
何とか届かないか、爪先立ったり、息を止めたりしてぷるぷる格闘していたら、苦笑した神撫が取ってくれた。メモの文字と見比べ、また元に戻す――ドイツ語のタイトルは、見慣れなければ記号の様だ。
少しして、雨音が用事があると店を出た。続けてロジーが、あたしもちょっとと声を上げ、アスと一緒に離脱する。
出て行く背中を見届け、なおさら警戒が必要だとアニーの傍から離れない神撫に、舞香が眩しそうに目を細めた。やっと見つけた梯子によじ登る、レオーネをはらはら見上げていた灯吾がそれに、気付く。
舞香さん、と声をかけた。
「ふられた恋人の思い出、とか。俺だったら、持ってても辛いし、どっかやっちゃう方が良いかもとか思うすよ」
「――私もそう、思います」
それに舞香は綺麗な笑顔を浮かべ。あちらを探してきますねと踵を返した。
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神撫からの電話を切って、フェイスは携帯を懐に仕舞った。スナイパーならばどう狙いをつけるか、傾向などあればと聞かれたのだ。
自分ならばどうするか――そう考えるフェイスの隣で、一緒に思いつくポイントを挙げていたセレスタが、役に立てば良いのですが、と呟く。果たして相手が今回も狙撃という手段を取るかが、掴めない。
噂は本当なのか、同一人物なのか、そも何故アニーを狙うのか。
「気がかりですね」
「ええ。状況が揃い過ぎています」
セレスタの言葉に、フェイスも頷く。聞き込みで、ここ直近の3人の足取りは僅かながら掴めていた。
舞香は、涼香かも知れないが、半月ほど前に入島したのを目撃されている。サバーカは遊園地襲撃の前後、出入りしている所を見られている。マリアも同時期に出入りしていて、以降、出て行った所は誰も見ていない。
ならばなぜ、マリアはドイツに帰ったと偽ったのか。舞香はその事実を知っているのか。
「古書店に向かった方が良さそうですね」
胸騒ぎに、セレスタは知らず、街の方を振り返る。そうして2人が件の古書店へと動き始めた頃、ロジーとアスはアニーの宿舎の辺りで、ロジーのデジカメの画像を元に聞き込んでいた。
最近の趣味で被写体を探していてと頼んだら、快く応じてくれた舞香の画像を見せると、いつもこの辺りを散歩しているという老人が「たまに来ているよ」と頷く。
「どんな様子でして?」
「誰かを訪ねとるみたいじゃったが。いつも軍の制服でな」
いつも同じマンションで、様子を伺っては帰って行くのだとか。そうして、事件かね、と興味深そうな老人に礼を言い、アスと頷き合った。
「きっと舞香ですわね」
「だな。けど舞香嬢は何で嘘を吐いたんだ?」
そう返してから、はたと気付いてお互い、少し目を逸らす。気まずいというか、困ったというか。
これは調査だと、アスは己に言い聞かせる。だから浮ついた気持ちは控えるべきで――勿論、返事を先延ばしにして逃げている訳じゃなく。
ぶん、と大きく頭を振って思考を切り替え、何故、と考える。アスも、ロジーもまた。
何もないのなら偶然とか、友人の家が近くでとか言えば良い筈だ。そうしないのは、訪ねている相手か、もしくは訪問そのものをアニーには知られたくなかったのか。そも、教えた覚えのないアニーの家を、舞香が知っていたというのも疑問だ。
老人の言っていたマンションのメールボックスは、殆ど無記名だった。舞香はここを確認し、どこかを見上げて帰るらしい。
もう少し聞き回ろうかと歩き出しかけたロジーがふと、問いかけた。古書店を出る直前、アスはこっそりと店主と話していたが。
「何を聞いてましたの?」
「ああいう探し物って良くあるのか、ってな」
舞香に聞かれないよう、尋ねた店主は年若い様だった。ひょいと肩を竦めて「ないよ。でも金さえ貰えれば構わないし」と笑っていて。
少し考え、古書店へ戻ろうと告げた。何となく、あの店主はもうちょっと、締め上げた方が良い気がする。
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店中を見尽くしても、目的の本は見つからなかった。その様子を、実は店の外からこっそりと見守っていた雨音は、そっと辺りを見回す。
来た時にも思ったが、やろうと思えばどこからでも狙撃出来る、そんな場所だ。対して古書店の店構えは酷く、見通しが良い。
だが少なくとも店内に怪しい影が居ないだけマシだと、話す舞香とアニーを見ながら、灯吾は細く息を吐く。どうやら舞香は1人ででも、見つかるまで探したいらしい。
出直した方が良いんじゃないかなと、思いながら背表紙に目を走らせる神撫の視界の隅に、ショーウィンドウを横切る影が見えた。警戒の眼差しを向けた、その瞬間。
――ガシャー‥‥ンッ!
ガラスが、外側から砕け散る。店内から悲鳴が上がり、輝く破片が降り注いだ。続けざま、2発、3発と銃声が響く。
「アニーッ!」
咄嗟に、破片から守るように神撫が抱き込む。同時に灯吾も、舞香の手を引き物陰へと引き込んだ。
同時に雨音が武器を手に、割れたショーウィンドウから飛び込む。彼女の眼差しは、今まさに店内に入り込んだ男を見据えていた。
黒い髪、グレーの瞳。長身で筋肉質の、頬に傷持つ男――手には軍用ナイフを持っている。
「サバーカ‥‥ッ!」
「‥‥ッ!」
男は雨音の銃口を見、本棚の影に転がり込んだ。まだ銃声は続いている。
こっちですッ、とレオーネが神撫と灯吾を呼ぶ。外から死角で、男からも十分に距離のある場所だ。ちらりと確め、各々腕の中の相手にそちらへ逃げる様に指示し、2人は男の転がり込んだ本棚へと慎重に近付いた。
襲撃を警戒しながら覗き込むと、そこにはすでに誰も居ない。狙いをつけていた雨音が店内に視線を走らせた。
本棚を伝って移動出来る距離は、けれども限られている。狙いがアニーならそちらに向かうはずだ。アニーと舞香を守る、レオーネの手に力が篭る。
ジャリ、ガラスを踏む音がした。反射的にそちらを振り返れば、影だけが走るのが見える――銃撃は止んでいる。
「く‥‥ッ」
「行かせないっす‥‥!」
神撫と灯吾が同時に動く。アニーが護身用の拳銃の安全装置を解除し、舞香が邪魔にならないよう身を低くする。
じわり、緊張が高まった。店内で確かに動く気配に、神撫と灯吾、雨音は照準を合わせる。
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同じ頃、少し離れたビルの屋上に辿り着いたフェイスとセレスタは、投げ出されたスナイパーライフルと手袋を発見した。警戒しながら辺りを見回すと、隣のビルの屋上に佇む人影が見える。
注視する2人に、気付いた人影が振り返り、微笑んだ。
「マリアさん‥‥」
「やはりLHに居ましたか‥‥」
親しげにひらりと手を振り、背を向けた彼女の足取りは落ち着いていた。この状況で、彼女が『偶然』隣のビルに居た筈はない。だが彼女が射手だった証拠も、なく。
携帯が鳴る。電話口の向こうで神撫が、サバーカを捕らえたと些か息の上がった口調で、告げた。
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謝礼は弾むから預かった本を適当な所で渡すよう頼まれたのだと、店主は言った。それは背表紙と装丁以外まったくの白紙で、最初から全てが茶番だったのだと証明している。
舞香が呆然と、どうして、と呟いた。ちらりと見たサバーカが、だがすぐ眼差しを逸らす。
彼は頑として口を開こうとしなかったが、ただ一言、何が目的かと尋ねたのには、こう応えた。
「牙の折れた犬はただの駄犬だ」
とまれ男を駆けつけた官憲に引渡し、荒れた古書店を出て、アスは『友人』へと電話をかけた。
「よう。鼠捕りの話、訊きてぇんだけど」
「チーズが足りないかね」
案外手こずる、と低い笑い声。1匹捕らえたと返すと、ほぅ、と面白そうな声が返った。
「功を焦ったか」
「寒い国の女の事、教えてやろうか」
「日本の、蛇に変じた姫の話を知っているかね?」
そう、笑って男は通話を切った。実に面倒くさい男であった。