●リプレイ本文
それは大変気持ちの良い、晴々とした秋の空の広がる日の事です。うーん、とこっくりお首を傾げて考える、一匹の白いふわもこ狼さんがおりました。
「今日はユーリお兄ちゃんお仕事だから、お散歩は1人で行かなくっちゃだね」
こく、と頷くその狼さんは、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)と一緒に暮らす狼さんで、名前をラグナと言いました。もう2歳になる、人間で言えば15〜6歳ほどの、元気な少年です。
ラグナはお行儀の良い狼さんでしたから、お散歩もちゃぁんと1人でできます。ご近所の皆さんもそれを知っておりましたので、ラグナがリードもつけずに1人でとことこ歩いていても、微笑ましく見守っているのでした。
さて、そんなラグナでしたからユーリが居なくても、そりゃあ寂しくはありましたけれども、お散歩に困ることはありませんでした。だから空を行く雲を眺めながら、どこに行こうかな、と尻尾をふわふわ揺らして考えました。
「うーん‥‥折角だし、サーおじいちゃんに会いに行こうかな?」
何度目かに尻尾を揺らしたとき、ふとラグナは仲良しのおじいちゃんセッターの事を思い出しました。今度一緒にボールで遊ぼうね、と約束していたのに、なかなか機会がなくてサーとは会えずにいたのです。
うん、とラグナはこっくり頷きますと、サーの住む家へ向かって歩き始めました。せっかくのこんな機会ですから、遊びに行かない手はありませんものね。
そうしてとことこ歩き始めたラグナですけれども、もうすぐサーの家というところで、向こうからくる犬の姿に気がつきました。なんと、会いに行こうとしていたサーではありませんか。
ラグナは喜んでサーを呼び止めました。
「おじいちゃん!」
「――やぁ、ラグナ。久しぶり」
その声に、ぴたりと足を止めたサーはラグナを振り返りますと、そう言って軽く頭を下げました。けれどもその様子はどこか、いつものサーと違うようです。
おじいちゃん? とラグナは首を傾げました。そういえば今日は、サーの飼い主のアニーの姿も見えません。
「何かあったの、おじいちゃん?」
「うん。実はね‥‥」
だから尋ねたラグナに、サーは頷きました。そうして言ったことには、アニーが大切にしているキラキラが、自然公園に暮らすカラスに奪われたらしいから、探しに行くというのです。
キラキラ、とラグナは考えました。よく解りませんが、大切なものなのだったら見つかった方が良いのに決まっていますし、自然公園なんて何だか楽しそうです。
だからラグナは大きく尻尾を振って、サーに言いました。
「僕も一緒に遊びに行くよ!」
「――自然公園の、カラス‥‥?」
けれども不意にそんな2人の耳に、届いた声がありました。それは気の弱そうな、可愛らしい猫の声でした。
おや、と顔を見合わせたラグナとサーは、揃って声の聞こえた方へ振り返りました。するとそこには一見すると子猫にも見える、たいそう傷を負ったメスの黒猫さんがちょこん、と座っておりました。
その黒猫さん、モココ(
gc7076)はまさにその、自然公園で暮らす野良猫さんでした。たいそう引っ込み思案で、色んな事に怯えがちなものですから、いつも公園のカラスや、縄張りの近い他の猫さん達にいじめられているのです。
けれども今日までのモココは、何とか頑張って生きてきていました。その1つには、ある大切な人にもらった首輪のおかげもありました。
それは黒い革のベルトにサテンのリボンのついた、可愛らしい首輪でした。歩くとチリリと揺れる緑の蝶の飾りがついていて、キラキラと陽に輝き、とても綺麗にモココの毛並みに映えるのです。
その首輪のおかげでモココは、いじめられるとは言っても、それほどひどくされるような事はありませんでした。けれども、キラキラ輝く蝶の飾りに目を付けたカラスに襲われたものですから、必死で逃げ出したものの、首輪はモココの首からすっぽりと抜けてしまったのです。
そうなると、キラキラと綺麗な首輪を羨んでいた他の猫達が、黙っているはずもありません。ここぞとばかりに激しくいじめられたモココは、たまらず公園を逃げ出して、あてどもなくとぼとぼ歩いていた所、2人の会話が耳に入ったのでした。
ラグナはモココの毛皮をぺろぺろ舐めて、傷を治してあげました。そんなラグナにお礼を言って、モココは少し迷ってから、思いきって尋ねました。
「自然公園のカラスがどうしたんですか?」
「うん、実はね。おじいちゃんちのお姉さんの大事なキラキラが、カラスに取られちゃったんだって」
「カラスに‥‥」
それを聞いてモココは、取られてしまった自分の首輪を思い出しました。キラキラ輝く、綺麗な蝶を思い出しました。
そうしてモココは、ギュッとお手々に力を込めて、ラグナとサーに言いました。
「私にも手伝わせてくださいッ!」
いつもいじめられているモココですけれども、本当は、もうこれ以上いじめられないように、一生懸命特訓を重ねてきておりました。けれどもいざとなると怖くなって、身体がすくんで動けなくなってしまうものですから、なかなかその力を発揮することができないのです。
でも、だからこそモココは、この機会に2人を助けて、もっと強くなりたいと思ったのです。そんなモココの言葉に、ラグナとサーはもちろん、と大きく頷きました。
「頑張ろうね、モココちゃん!」
「助かるよ、お嬢さん」
「はい! ぇっと‥‥し、自然公園はこっち、です! ついて来て下さい」
モココは嬉しそうにおひげとお耳をぴくぴくさせますと、そう言って歩きだしました。ほっそりとした尻尾がぴんと立っているのを見つめながら、ラグナとサーも、その後ろをついて歩きだしたのでした。
●
自然公園の入口の、ちょっとした憩いの場になっているベンチの上に、一匹のサバトラ模様の精悍な顔立ちをした、見るからに気の強そうな猫さんがおりました。名前を東野 灯吾(
ga4411)と言いまして、飼い猫さんなのですけれども、外を自由に歩き回ることの出来る猫さんです。
「くっそ覚えてろよ野郎‥‥」
灯吾はそう、うにゃうにゃ文句を言いながら、一生懸命に体中の傷をぺろぺろと舐めています。外猫さんだけあって、灯吾しなやかで筋肉質な身体つきをしておりましたが、実は1つだけ、大きな問題がありました。
それはこの、飼い主が付けてくれた鈴付きの首輪です。どんなに忍び足で近寄っても、この鈴のおかげですぐに灯吾の居場所が知られてしまうものですから、狩りが上手くいった試しがありません。
それは狩りのみならず、喧嘩でもそうでした。いつも新しいおもちゃに限って盗んでいく性悪なカラスがいるのですけれども、このカラスときたら灯吾の首輪の鈴を頼りに逃げていったり、鋭い嘴でつっついてきたりと、完全に馬鹿にしたような態度をとるのです。
今日も灯吾はそうやって、盗られたおもちゃを追い掛けて公園へ来たものの、とっちめるどころかまた負けてしまいました。そうして、すっかり傷だらけになってしまったので、こうして傷を舐めているのでした。
そうしていましたら、公園の入口から3人の動物が入ってくるのが、灯吾の目に入りました。しかもそのうちの1人は、顔見知りではありませんか。
灯吾はぴょいとベンチから飛び降りますと、しなやかにチリチリと鈴を鳴らしながら、彼等に駆け寄りました。
「サーさんどもっす。今日はジャーキーの人一緒じゃないんすね」
「やあ、こんにちわ」
実は犬用のおやつが大好きな灯吾は、しょっちゅうサーの所にお邪魔しては、犬用ジャーキーを頂戴しているのです。サーも快く分けてくれるものですから、灯吾はすっかり、サーの飼い主の事をジャーキーの人、と覚えていたのでした。
とはいえ、ここら辺りはサーの普段のお散歩コースからは外れています。それに他の2人は一体、サーとはどんな関係なのでしょう。
そう、コクリと首を傾げた灯吾に、ラグナとモココは代わる代わる、キラキラ紛失事件の事と――ここまでの道すがらで、2人はサーからその事件の事を詳しく聞いていたのです――モココやサーのお嬢さんもまたその被害にあった事を語って聞かせました。そうして性悪ガラスから協力してキラキラを取り戻そうと、自然公園までやって来たのだ、ということも。
性悪ガラス、と灯吾は繰り返しました。それはもしかしなくてもあの、いつもおもちゃを盗っていっては馬鹿にしたように突いて来る、あのカラスに違いありません。
「だったら、俺も協力するっすよ」
灯吾がお爪を出したり引っ込めたりしながら、力強くそう言ったのは、だから当たり前の事でした。それどころか、自分以外にも被害に遭っている動物が居ると聞いて、憤りと、それから心強さが沸いて来たのです。
そんな騒ぎを、少し離れた場所から赤茶毛を持つアイリッシュセッターが聞いていました。百地・悠季(
ga8270)という名前の、普段は愛称でももちーと呼ばれている犬さんです。
飼い主と一緒にお散歩で、先日産まれた娘と一緒に自然公園までやって来たのですけれども、良い陽気に誘われた飼い主がベンチでうたた寝を始めてしまったのです。置いて帰る訳にも行きませんから、娘をあやしながら飼い主が起きるのを待っておりましたら、偶然彼等の話が耳に入って来たのでした。
ももちーは彼等に声をかけることにしました。飼い主はまだまだ起きそうにありませんし、どうやら娘もおねむのようですから、退屈凌ぎになればと思ったのです。
「なぁに? 探し物なら手伝うわよ」
「お、アニーんとこのジイさんじゃねーか! こんなとこで何してんだ?」
娘を飼い主の所へと行かせてから、そう声をかけたももちーの鳴き声に、そう言葉を紡いだ犬さんの鳴き声が重なりました。それは、この自然公園の一部を根城にして居る野良犬で、本名は村雨 紫狼(
gc7632)というのですが、普段は柴狼(シバロー)と名乗っている犬さんでした。
といって、柴狼は柴犬さんというわけではありません。シベリアンハスキーにも似ている大型犬なのですけれども、いつも全身泥だらけなので、一体何という犬さんなのかはよく判らないのでした。
柴狼はのそのそと歩み寄ってきますと、集まった動物達をぐるりと見回しました。そんな柴狼の声はひどく大きかったものですから、自然公園の池でがぁがぁと遊んでおりましたアヒルさんの聳(
gc9112)とらふねっく(
gc9115)も、何事だろうとぺたぺたやって来ました。
そうして集まってきた動物達にも、性悪ガラスによるキラキラ紛失事件の事を教えてあげますと、みんな、それは酷いと怒って頷き合いました。それに、アヒルさんの聳とらふねっくは、性悪ガラスに餌を時々盗られたりもしていましたので、尚更です。
けれども、一体、性悪ガラスの巣はどこにあるのでしょう? モココが考え考え、言いました。
「いつも来る方向が同じなので、大体の場所は、判るんですけれど‥‥」
「俺達も、よく帰っていく方向は判るけど‥‥」
「いつも突然来るから、どこから来るのかは判らないんです」
聳とらふねっくも、頭をフリフリしながら、あっちの方へ帰っていく事が多い、と森の方を羽根で指しました。ならばその辺りをみんなで手分けして探せば、性悪ガラスの巣も見つかるのかもしれません。
そう、うんうんと頷き合って、それじゃあ、と動き始めようとした動物達の上に、「ほーっほっほっほっ!」と高らかな笑い声が降り注ぎました。それはまさに頭上から、そしてとても大きく、動物達の耳に響きました。
おや? と揃って見上げますと、日当たりのたいそう良い木の枝の上に、1匹の真っ白な蛇さんがいたではありませんか。
「キラキラしたものより、私の方が美しいですわ!」
「‥‥ぇーと」
そうして、動物達の注目が充分に集まったところでその白蛇さん、ミリハナク(
gc4008)がこの上なく溺愛しているカサントウ(過山刀)のホワイトリコリスにょろたんが言ったのに、どうつっこんだものか、ももちーはしばらく考えました。考えて、とりあえず突っ込まないことにしました。
その間にもにょろたんは、するすると木の上から下りてまいりますと、みんなの前で優雅にとぐろを巻きました。何しろ、爬虫類をこの上なく愛する飼い主に溺愛され、ちやほやされて育ったにょろたんですから、自分はこの世で最も美しく偉いのだと思っているのです――もちろん、真っ白な鱗はキラキラとして、とっても綺麗でしたけれどね。
さて、にょろたんは優雅に鎌首をもたげますと、ぐるりとみんなを見回しました。そうしてお嬢様らしく――つまり、にょろたん的にお嬢様らしく、こう言いました。
「日向ぼっこにも飽きてきた所でしたから、私も手伝って差し上げますわ。――ところで、何をするんですの?」
「ぇ、何を手伝うって言ったの!?」
ラグナが思わず、即効で突っ込みました。実のところ、目立ちたい一心で名乗りを上げたにょろたんでしたけれども、何をやろうとしているのかはまったく解っていなかったのでした。
●
真っ白な大きな鳥さんが、自然公園を目指してLHの空を飛んでいました。鳩よりも大きなその鳥さんは、依神 隼瀬(
gb2747)に飼われているアルビノのカラスさんで、名前を真那白(マナシロ)と言いました。
(みんな、元気にしてるかな? 会うの、楽しみ☆)
空を飛びながら、真那白は自然公園のカラス達の事を考えて、ふふ、と嬉しそうに微笑みました。自然公園で暮らすカラス達とは、真那白はたいそう仲が良くて、時々遊びに言ってはおしゃべりで時間を忘れて盛り上がる、お友達なのです。
けれどもアルビノである真那白には、強い日差しは辛かろうと案じてくれたカラス達は、夏の間はあんまり来ない方が良いよ、と気遣ってくれました。となればみんなを心配させる訳にも行きませんから、真那白もまた、うんそうだね、と夏の間は大人しく、家やご近所で遊ぶようにして、自然公園には行かないようにしていたのです。
とはいえ、もうすっかり秋も深まって涼しくなりましたし、今日は本当に良いお天気です。ならば久しぶりに遊びに行っても、友達たちを気遣わせてしまう事はないだろうと、真那白は本当に久しぶりに、自然公園に遊びに行くことにしたのでした。
さて、自然公園に辿り着きまして、真那白がいつもお友達たちとおしゃべりする森の一角に舞い降りますと、公園のカラス達もまた久しぶりの真那白を見て、「よく来たね!」「久しぶり」「元気だった?」などと話しかけてきました。カラス達もまた、真那白に会えるのを、とっても楽しみにしていたのです。
「うん、あたしは元気だよ。みんなは?」
「みんな変わりないよ」
「この頃は寒くなってきたから、公園にやってくる人間もちょっと減ったけどね」
「なかなか餌にありつけない事もあるし――」
「そうなの? 大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
「それより真那白こそ、最近人間の方が慌ただしかったみたいだけど、大丈夫かい?」
「うん。隼瀬姉さまも元気だし――」
そんなことを話していましたら、公園の入口の、ちょうど池がある辺りの方から、わんわん、にゃぁにゃぁ、がぁがぁ、しゅるしゅると賑やかな一団がやってくるのに、一羽のカラスが気がつきました。おや、と真那白も、他のカラス達も嘴を閉じて、そちらの方にじっと耳を澄ませました。
それは、犬さんと猫さんと蛇さんと狼さんとアヒルさんという、よく判らない集団でした。何かを探しているらしく、キョロキョロと辺りを見回しながら、ああでもない、こうでもない、と話し合っています。
カラス達は、キョトンと顔を見合わせました。
「真那白。なんだか人間に飼われている動物も混ざってるみたいだけれど、顔見知り?」
「ううん。でも、何しに来たのかな。あたし、聞いてみようか?」
「――あ。ごめんなさい、ちょっとそこの白い人、良いかしら?」
真那白がそう言ったのと、赤茶色のアイリッシュセッター、ももちーが樹上の真那白に気がついてそう声をかけたのは、同時でした。あたし? と首を傾げて羽根で自分自身を指差してから、どうやら間違いがないことを確かめますと、真那白は「ちょっと行ってくるね」とみんなに断って、地上に舞い降りました。
そうして下りてきたアルビノのカラスを見て、ももちーは口を開きました。逆にモココは、目の前にやって来た鳥がカラスだったことに驚いて、びくりと背中の毛を逆立てましたけれども、「頑張らなくちゃ」と自分に言い聞かせまして、必死にその場に留まりました。
「キラキラを盗っていったカラスを探してるの。何か知らないかしら」
「うちのお嬢さんが、大切にしていたキラキラのネックレスを盗られてしまってね」
「俺の新しいおもちゃもっす」
「ぅ‥‥わ、私の首輪も‥‥‥ぐす‥‥ッ」
そう言葉を続けましたのは、老セッターのサーでした。灯吾とモココも、その脇から訴えます。
キラキラ? と真那白は目を瞬かせました。真那白もカラスなのですから、キラキラしたものは大好きですけれども、人のものを盗って行くなんてちょっと、可哀相です。
うーん、と真那白は首を傾げました。
「ちょっと待ってて。お友達に聞いてくる」
そう言い置くと、真那白はばさばさと木の枝の上に戻りまして、お友達に今聞いたことと、何か知らないかを尋ねてみました。そうすると、一羽のカラスが「もっと奥の方に巣を作ってる、はぐれ者のカラスかもしれないよ」と教えてくれました。
そのはぐれ者のカラスはどうにも気性が荒いカラスでして、この夏頃、真那白がちょうど自然公園に来なくなった頃から姿を見せ始めた新参者なのだそうです。おまけに他のカラスの宝物を盗っていったり、餌を横から奪っていったりするので、カラス達も困っているのだとか。
この頃餌にありつけなくなってきたのもそのせいなのだと、お友達が言うのを聞いて真那白はますます悲しくなりました。そうして自分も一緒に、そのカラスを探すのに協力してあげよう、と思いました。
地上に戻った真那白の言葉を聞いて、ラグナは目を丸くしました。とりあえず木のあるところにやって来たら何とかなるかなぁ、と思っていたので、まさかこんなに木があるとも思っていなかったし、こんなにカラスがいっぱい居るとも思っていなかったのです。
とはいえ、おじいちゃんやみんなのお手伝いをしよう! という情熱は人一倍(狼一倍?)ありましたから、がんばろうね、とふわもこ尻尾を呑気にぱたぱたさせました。させただけで、どう頑張れば良いのかは、やっぱり解っていなかったのですけれどね。
モココがおひげをぴくぴくさせて、樹上のカラスにちらちら怯えた眼差しを向けながら、しっぽをぱたぱた揺らしました。
「う〜ん‥‥こっちの方だと思うんですけど‥‥」
「じゃあ、まずはそっちに行ってみようかしらね?」
「よろしいと思いますわ!」
モココの言葉に、ももちーとにょろたんが大きく頷きました。とにかく、LHの住人の憩いの場を目指して作られた自然公園は、動物達にとってはたいそう広かったので、ある程度方向が特定できるだけでも助かるのです。
こうして動物達は、そろそろ新しい落ち葉が積もり始めた森の中を、ぞろぞろと進んで行きました。そうして、大体この辺、とモココが立ち止まったところで、ぐるりと頭上を見渡して、大きなため息を吐きました。
何しろそこもまた、たくさん背の高い木が立っていましたから、一体どこにカラスの巣があるものだか、ちょっと見ただけでは判らなかったのです。そこでまずは真那白が、あちこち飛んでそれらしい巣を探してみるといったのですけれども、すぐに戻ってきてしょんぼりと首を振りました。
「枝がいっぱいあるから、うまく飛べないし、ちょっとたいへんそう」
「じゃ、やっぱり手分けしましょ。みんなで一本ずつ見上げたら、見つかるんじゃないかしらね。そのうち、戻って来たら羽音も聞こえるだろうし」
ももちーはそう言って、テキパキとみんなの担当区分を決めてくれました。それにお礼を言って、みんなはかさかさ落ち葉を踏みながら、性悪ガラスの巣の捜索を始めました。
一本一本、幹に前足をついて伸び上がって、丁寧に木の下から見上げたり、するすると体を巻き付けて上っていったり、タタタッと駆け上がったり。そうやって探しているうちに、ラグナがどこからか、「誰か〜」と呼ぶ声が聞こえてきます。
「下りられないよー。助けてー」
「‥‥おや」
サーが樹上を見上げて、目を細めました。何しろそこには、勢い良く幹を駆け上がったものの、すっかり下りることが出来なくなって木の幹にしがみつく、ふわもこ狼さんがいたのですからね。
仕方ありませんわね、とにょろたんがするする登っていきますと、ぐるんと尻尾でしっかりラグナを持ち上げて、地上に下ろしてやりました。蛇さんは、接近戦になればかなりの力持ちなのです。
とん、と地上に下ろしてもらって、ラグナはぺこんと頭を下げました。
「ありがとう、にょろたんちゃん」
「礼には及びませんわ」
にょろたんはそう、鷹揚に応えました。何しろお嬢様ですから、下々の面倒を見てやるのもお嬢様の役目だと、どこか考えている節もあるのかもしれません。
とまれ、そうやってみんなで一生懸命捜したおかげで、どうやらこれが例のカラスの巣がある木らしい、という木を見つけることが出来ました。どうやら当の性悪カラスも、ちょうど巣にいるようです。
ならば、まずは人数の利を活かして相手に圧力をかけつつ、交渉するのが1番良いのではないかしら、とももちーは考えました。けれどもそれを提案しようと口を開いたところで、さっ、と木に駆け寄る黒い影がありました。モココです。
「私の首輪‥‥ッ!」
「待って、待って。まずはあたしが、返してもらえないか頼んで来るわ」
今にも木に駆け登ろうとするモココを、両羽根をぱさぱさ振って止めた真那白は、そう言って木の上へと飛んで行きました。自然公園では新参者とはいえ、同じカラスには違いありませんものね。
ちょうど木の真ん中よりちょっと上辺りの、太い枝の根本にそのカラスは、木の枝や拾ってきた針金を組み合わせた巣を作っていました。飛んできた真那白を見て、あぁ? と不審なものを見るような眼差しを向けてきます。
ねぇ、とそんな目つきの悪い、見るからに不良らしいカラスに、真那白は話しかけました。
「あなたが、最近みんなから餌や、宝物を盗っていってるの?」
「盗ったぁ? 俺は俺の欲しいものを集めてるだけだ」
「でも、持ち主が居たんでしょ?」
「今は俺のもんだ」
世間一般では、そういう行為を『盗った』と言うのですが、どうやらこのカラスはそれを、悪いことだとは思っていないようです。困ったな、と真那白は羽根を上下させました。
「ねぇ、返してあげてよ。あたしも、自分が隼瀬姉さまに貰ったものを誰かに持っていかれたら、それが悪気あっての事じゃなくても悲しいもん」
「しらんね。これはもう、全部俺のもんだ」
けれどもカラスは聞く耳を持とうとはせずに、ぷい、と横を向いてしまいました。そうしてぶつぶつ、これだから女は厄介なんだ、と呟いています。何か、かつてメスにこっぴどく振られたとかの、心のトラウマがあるカラスなのかもしれません。
とにかく、性悪ガラスにはみんなから盗ってきたキラキラを、大人しく返す気はないようでした。地上に戻った真那白がそうみんなに報告しますと、むむむ、とみんなは難しい顔になりました。
やっぱり、巣に乗り込んでいって直接、性悪ガラスと戦うしかないようです。けれどもただたんに正面から挑んでいったって、これだけの動物達が一気に木に登れるはずもないのですから、圧倒的に不利でした。
「スピードには自信あんだけどなー。何せ気づかれちまうもんなー」
首輪の鈴をちりちりと鳴らしながら、灯吾はうーんと考えます。どこかに引っ掛かって首が締まってしまわないよう、強く引っ張られれば外れる安全首輪なのですけれども、なくしたら飼い主がたいそう落ち込んでしまいますから、外すことは出来ないのです。
けれども、とふいに思いついたひらめきに、灯吾はお尻尾をぴんと立てました。
「いっそ俺囮でいけるかな? 悔しいけどアイツ俺のこと舐めてるから、油断するかも」
「ふ、ん‥‥ならそれが良いかもな」
灯吾の言葉に、そう頷いたのは柴狼でした。柴狼は「任せた」と言い置くと、ふらりとどこかへ行ってしまいました。
頷いて、灯吾はちりちりと首輪の鈴を鳴らしながら、カラスの巣がある木に近づきました。その音に気づいたのでしょう、樹上のカラスがちらりと灯吾の方を見下ろしまして、それからひょいと羽根を竦めてかぁ、と鳴きました――予想通り、馬鹿にしているようです。
さすがにむっとしましたが、これも作戦のうちです。灯吾は一気に木へと距離を詰めますと、ちりりと激しく首輪を鳴らして、駆け登りはじめました。
「よう、猫野郎。今度はどこを突いて欲しいんだ?」
「うっせぇ!」
カラスの馬鹿にした言葉に、灯吾は叫びながら鈴を鳴らして駆け登り続けます。そうしてその反対側からはモココと、そうしてにょろたんが音もなく忍び寄って居ました。
「みんな、頑張れ!」
地上から、そう応援するのはラグナです。ラグナももちろん、一緒に登って遊びたいと主張したのですけれども、また下りられなくなったら迷惑でしょ、と。ももちーに一喝されて、大人しくお留守番になったのでした。
さて、カラスはそんな伏兵には気付かないまま、馬鹿にした眼差しで登って来る灯吾を見下ろしています。そうして巣のある枝までよじ登り、同時にぺシーンと食らわせようとした強烈な猫パンチを、ばさばさッ、と羽ばたいてあっさりかわしました。
けれども、その頃にはモココが枝へと辿り着いています。普段の気弱な様子はすっかりなりを潜め、きゅっとお口を真一文字にしたモココは、そぅっとカラスに近づくと、今までの特訓の成果を今度こそ出し切るべく、ぐっと肉球に力を込めました。
「今までのお返しですッ!」
「ぎゃぁッ!?」
そうして、完全にカラスの不意を突く形でモココが放ったのは、目にも留まらぬ速さの高速二連続猫パンチです。これには、すっかり油断していたこともあってカラスはたまらず、大きな悲鳴をあげました。
一体何事かと、モココを振り返って灯吾に背を向けたのは、やはり、彼を侮っていたからでしょう。けれども灯吾だって、スピードならばカラスには負けないのです。
「こっちにも居るのを忘れてないか!?」
「あら、私も居ましてよ。ふふ、蛇の力を見せて差し上げますわ」
にょろたんもまた、ちゃんと私に注目しなさいよね、と言わんばかりに美しい蛇体をくねらせますと、鋭い牙を剥き出しにして、しゅるしゅると赤い舌を伸ばしました。といって、もちろんカラスを食べてやろうと思っているわけではありません。にょろたんは美食家の蛇さんですから、大好きなカエル以外は食べたいとも思いませんしね。
こうなれば、一気に3対1の戦いです。灯吾が枝から枝へと飛び回って撹乱する中で、モココは必死に、そうして一生懸命カラスに狙いを定め、何度も猫パンチを繰り出します。きわどく避けたカラス目掛けて、にょろたんの長い鎌首がニュルリと伸びて、絡み付いてやろうとしました。
そこに、さらにやってきたのが、どこかへふらりと消えていた柴狼です。さきほどまで泥だらけになっていた全身はすっかり綺麗に水で洗われていて、そうして紫銀色に輝いていました。
柴狼は、いえ紫狼は先に戦っているみんなを追うように、木へと駆け上がって行きました。そうしてカラスが皆に気を取られている隙に、さっさとキラキラを落としてしまおうと思ったのです。
けれども何しろ犬――いえ、本当は狼なのですけれども、とにかく人間が大事にしているキラキラというのはたくさんありすぎて、どれがどれだか、野生暮らしの長い紫狼にはわかりません。
「おーい、じいさん! とりあえず、片っ端から落とすから捜してるキラキラがないか見てくれ!」
「卵がなかったら、いっそ、巣を叩き落としちゃえば良いんじゃないすか。そしたらアイツもきっと、手を出し難いだろうし」
「あら、卵、ありますわよ」
「――え?」
あっさり言ったにょろたんの言葉に、木の上に居た全員が巣の中を覗き込みますと、確かにそこには卵が2つ、ちょこん、とキラキラに埋もれておりました。すっかり形勢逆転して、巣に近づけなくなった性悪ガラスは、だから女って奴は、とまたガァガァ鳴きますと、やけくそになったようにどこかへ飛んで行ってしまいました。
ぁ、と真那白は声をあげて、一瞬、追い掛けようかどうか迷いました。カラスが逃げて行ったのは、いつも真那白や他のカラスが居るところとは反対側の、森が深くてあまりカラス達も近づかない場所だったからです。
けれども、いずれあのカラスも戻って来ることでしょう。そうなったら今度は、みんなで話し掛けに来てみようと考えまして、真那白はじっとカラスの姿が秋空に消えて行くのを見守りました。
その間にも、モココと灯吾、にょろたん、紫狼はどんどん、巣の中のものを、もちろん卵以外のものを地上に落としてきます。それは人間のキラキラもありましたし、モココの首輪や灯吾の新しいおもちゃのように、どこかから盗ってきたらしいものもたくさんありました。
どんどんと落ちて来るキラキラを、地上で待っていたラグナとサー、聳とらふねっくが右往左往して拾い集めました。自分も手伝おうと、動きかけたももちーはふと見上げた太い枝の根本を見て、あ、と声をあげました。
「ねぇ、ちょっと。折れそうよ?」
「「「えッ!?」」」
「あら、私は問題ありませんわ。蛇って木の幹に巻き付くことも出来ますのよ」
さすがに、これだけの動物達の重みを支えるには、いくら太めの枝だといっても難しかったようです。ほほほほほ、と笑って1人余裕の顔で幹に巻き付いたにょろたん以外の、3人は慌てて巣の中に卵しか残って居ないことを確かめると、我先にと木からするする下りて行きました。
ほほほほほほほほほ、とにょろたんの優雅で嬉しそうな笑い声が、静かな自然公園の森に響き渡ったのでした。
●
闇蜘蛛にとにかく落としたたくさんのキラキラの中から、無事、サーが面倒を見ているお嬢さんの大切なキラキラは見つかりました。やはり、あの性悪ガラスがどうにかして、こっそりと盗っていってしまっていたのでしょう。
ラグナはまるで自分の事のように喜んで、にこにこサーに言いました。
「よかったね、おじいちゃん!」
「ああ。みなさん、ありがとう。これで小さなお嬢さんも安心するだろうて」
「本当に良かったですね、ちゃんと取り返せて」
大切にキラキラを口に加えながら、サーはそう、右のお耳をひょいとあげてお礼を言いました。真那白はそれを見ると、やっぱり良かった、と嬉しくなりました。
それはモココも一緒です。それに、あの性悪なカラスと戦って、ついにモココは一歩も引かず、戦い抜くことが出来たのですもの。
そう思うと嬉しくて、モココは全身の毛を喜びでプルプルさせながら、ぺこん、とみんなに勢い良く頭を下げました。
「ありがとうございました! お陰で私もこれからいじめられずに生きて行けそうですッ」
「大丈夫っすよ。次に何かあったら、いざとなったら俺も助けるっす」
「僕もモココちゃんを助けるよ。だから、また一緒に遊ぼうね」
「ラグナさん‥‥あくまで遊びなんすね‥‥」
わふわふと嬉しそうににこにこ笑うラグナに、灯吾がおひげを引き攣らせながら突っ込みました。あくまでラグナにとって、この一連の戦いは、楽しい遊びだったようです。
そうそう。もちろん、その灯吾のおもちゃもたくさん出てきましたよ。それは本当にたくさんで、とても、灯吾1人では持って帰れないほどです。
うーん、と考えた灯吾は、せっかくだからこのおもちゃをみんなに山分けすることにしました。ころころ転がす鈴ボールや、猫じゃらし、ネズミのおもちゃに羽根のおもちゃ。それはもう、新しいおもちゃを飼い主がくれたや否や、あの性悪ガラスが盗っていってしまっていたものですから、種類も豊富です。
「みんな、好きなの持って行って良いっすよ。サーさんもジャーキーの恩があるんで、好きなの取ってくださいっす。ぁ、このじゃらしとかどうっすか?」
「―――さて」
お嬢さんのキラキラをくわえたまま、困ったように首を傾げたサー達を見ていたももちーは、もう大丈夫そうね、とそっとその場を離れました。そろそろ、飼い主のところに置いてきた娘が、起きてぐずり始めている頃だと思ったからです。
案の定、公園の入口に戻ってみると、娘はももちーを捜して鳴いている所でした。寂しがって擦り寄ってきた娘をあやしているうちに、すっかり眠り込んでいた飼い主も、ようやく目が覚めたようです。
そんな飼い主と娘と一緒に、もう一度だけ自然公園の奥の森を優しい眼差しで振り返ってから、ももちーは公園を出ていきました。そんな様子を遠くから、通りすがった人間の親子もまたじっと見つめて居たのでした。