●リプレイ本文
開園前のジョイランド、そのロッカールームの前で、レストランの調理スタッフの制服に着替えたラルス・フェルセン(
ga5133)はのんびりと頷いた。
「遊園地はー、楽しい場所ですからー、お客様にはー、楽しんで帰って頂きたいですよね〜。その為のお手伝いでしたらー、喜んで〜」
「ですね。客もせっかく楽しみに来やがったのに、嫌な思いしやがるのは可哀相、ですから」
こく、と頷いたのはラルスと同じレストランの、こちらはウェイトレスの制服に着替えたシーヴ・王(
ga5638)だ。彼女達は2人で、レストラン街の手伝いをしよう、とやってきたのである。
ラルスが料理担当で、シーヴが接客担当。「シーヴに負けてはいられませんね〜」と微笑むラルスの頭の中は、せっかくだからサンタクロースにちなんで、とチョイスしてきたフィンランド料理で一杯だ。
そんな会話を聞きながら、キョーコ・クルック(
ga4770)はロッカールームの前で、中で着替えている狭間 久志(
ga9021)が出てくるのを待っていた。そわそわ、どきどき、何度も自分の服装をチェックする。
(この衣装、気にいってくれるかな〜)
せっかくのクリスマスだしと、キョーコはタイツに短パンという、可愛くてちょっと大胆なサンタの衣装で、気合いを入れておめかししてきたのだ。もちろん、1番可愛く見える角度でサンタ帽子も被っている。
妹は「とっても可愛いにゃ〜♪」と言ってくれたが、肝心なのは久志もそう思ってくれるかどうか。彼が気に入ってくれなければ、他の誰に可愛いと言われても何の意味もない。
だからどきどき待ち侘びている、キョーコの事をスタッフ服に着替える久志もしみじみ考えていた。
(‥‥バイト込みのデートとか、普通は怒られるトコだよね)
何しろ、遊園地に行きたいと彼女が言ったからちょうど出てた遊園地の人助け依頼に、という一見リーズナブルだが恋人としてはかなりありえない理由。言い出した時点で呆れられても文句は言えない。むしろ、口に出した瞬間ひっぱたかれても以下同文。
だがそれで、怒らないどころか一緒にバイトしてくれるキョーコだから、一緒に居られるのだ。そう思いながらスタッフ帽を被り、出てきた久志にキョーコはぱっと顔を輝かせた。そうして「よく似合ってるよ〜」と褒めてくれる彼女に、苦笑する。
ぽふ、とキョーコの頭を撫でた。
「お客が気兼ねなく楽しめるよう裏方に徹しますか」
「うん! 二人でお手伝いがんばろ〜♪」
無邪気に拳を上げるキョーコに、つられて一緒に拳を上げる。その側で月居ヤエル(
gc7173)も、やっぱりこれだけ大きい遊園地だと色々大変なんだな、と考えた。
何しろプロの人達が困って依頼を出すくらいだ。とは言え彼女に出来る事は、きっと限られているだろうけれど。
「頑張ってお手伝いしようね!」
「うん! いつもは夢と素敵な思い出を頂いている側だけど、今回は逆の立場で来園者の人達に楽しんで貰えたらいいなッ」
それに、星和 シノン(
gc7315)も力強く頷く。何しろ、実は遊園地の仕事に憧れていたりするシノンである。
だから尚更の事、頑張りたくて。さらにシノンが頑張りたい理由は、もう1つ。
「ね、アオカ‥‥」
その『理由』日下アオカ(
gc7294)に声をかけながら振り返ったシノンは、びくッ、と肩を跳ね上げた。何しろ眼差しの先のアオカは、明らかにお冠だったのだから。
そう、アオカはご機嫌斜めだった。斜めどころか切り立った崖のように機嫌が悪かった。
「まったく、奉仕の精神を持つ輩がこれだけしかいないとは‥‥ッ!」
その理由は、彼女が苛々吐き捨てたこの言葉に集約される。演劇部に召集をかけたものの、大半がクリスマスを理由に集まらなかったのだ。
ゆえに今日どころか、数日前から機嫌の悪かった彼女を、シノンは笑顔で宥める。
「プンスカしてても仕方ないよー。お客さんを前にしたら笑顔笑顔ッ♪」
「そうそう。全くいないわけでもないし」
シノンの言葉に、ヤエルもこくこく頷いた。現に、彼女達2人はちゃんと来てる。
それでもアオカは不機嫌そうだったが、少なくとも『プンプン』から『プン』程度には回復したらしい。彼女は大きなため息を吐いてから、きっぱり宣言する。
「とりあえず、来たからには演劇部としての役割を果たす! いいですわね!?」
「了解!」
「がんばるッ」
アオカの号令に、2人はぐっと拳を握った。シノンだけは心の中で、アオカの笑顔を見るためにも、と付け加えて。
その間にもアオカは『総監督』という腕章を付け、腕組みをした。そうして2人が準備するのを監視している。
そんな3人の向こうでは、着ぐるみ姿の鯨井昼寝(
ga0488)がスタッフ研修が始まるのを待っていた。彼女が着ているのはマスコットキャラクター『ジョイ君』の着ぐるみで、今日1日はこのジョイ君に扮し、園内であれこれ働く予定なのだ。ちなみにジョイ君は『ジョイ』という鳴き声が特徴の、鎧を着て剣を持ったツバメである。
そんな能力者達への研修は、簡単な説明書きのプリントが配られて、まぁ色々あるんでよろしくお願いします、と言われて終了した。何か質問は、と尋ねられても、逆に何を聞けば良いのか解らない。
そんな中で、ヤエルが「はい!」と元気良く手を挙げる。
「私達、ヒーローショーをやるんですけど、覚醒とかしても大丈夫ですか?」
「構いませんよ。ただ、そのぅ‥‥」
「ぁ、ちゃんと周りには迷惑や被害を出さないようにしますから!」
「はは。よろしくお願いします」
研修係のスタッフ長は、愛想良く笑って頭を下げた。そうしてもう1度「まぁ色々あるんでよろしくお願いします」と頭を下げる。
次には全員にインカムが渡されて、それぞれの持ち場の責任者をざっくり紹介された。研修はそれで終わりで、それじゃ、とそれぞれの持ち場に移動する。
そうして他のスタッフに挨拶をしたりされたり、仕事内容をやっと詳しく聞いたりしているうちに、賑やかな音楽が流れ始めた。途端、スタッフ達の間にぴりりと緊張感が漲る。
六甲ジョイランド、本日も開園だ。
●
クリスマス当日の今日も、園内は地元のみならず全国各地、世界各国から遊びに来た客でごった返している。
これは確かに大変そうだと、あっという間に長蛇の列が出来たアトラクションを見ながら、久志はそう考えた。列が出来ていないアトラクションの方が珍しい位だから、トラブルが起こらない訳がない。
「でもまだマナーが良い方、だよな」
落ちているゴミをチリトリに納めながら考える。ポイ捨ては来園者数から比較すると、街中より少ない位だ。
そう、考えながら警備も兼ねて清掃に精を出す久志の横で、キョーコは楽しげに園内地図を配っている。今もやって来た親子連れに手渡すと、地図を受け取った彼女達は見ながら「あの」と道を聞いた。
「地図のこの、中央広場って言うのはどっちになりますか?」
「中央広場ですか? でしたら、あちらの方になりますね〜」
「あっちね。ありがとう」
明るく答えたキョーコに頭を下げて、親子連れが向かった中央広場はイベントステージが設置されている場所だ。パレードの時には起点にもなる、正しくジョイランドの中心に当たる場所である。
その中央広場では、今まさにヤエルとシノンのヒーローショーが幕を開けようとしていた。2人だけ、である。アオカはさっさとどこかに消えてしまった。
けれどもまったく気にせずに、ヤエルは舞台の裏からマイクで声を張り上げた。
「良い子のみんな〜! 元気かな〜!?」
『は〜〜い!!』
「うん、良いお返事だね! 今日はクリスマス特別ヒーローショー、ラブリーマジカル☆ロップイヤーショーがはっじまっるよ〜〜!」
『わ〜〜い!!』
そのアナウンスに、大人達は聞いた事のないヒーローだな、と首を捻ったが、取り合えず子供達は盛り上がった。ならば掴みはOKだ。
ヤエルとシノンは頷いて、打ち合わせ通りに動き始めた。たった2人だからこそ、演劇部での普段の特訓の成果が試される時である。
ショーはご都合主義にさくさく進み、あっという間に見せ場になった。ヒーローショーの見せ場と言えば、悪役をやっつけるヒーロー、と相場が決まっている。
全身真っ黒な衣装に身を包み、頭に折り紙で作った金色の星を付けて舞台に現れたのは、悪役を演じるシノンだ。
「楽しそうだな、子供たち! その愛の力、この星の怪人シノンが貰っていっちゃうぞ!」
『キャ〜〜ッ!』
半ばノリで悲鳴を上げる子供達の前にさっと飛び降りると、怪人シノンはそのうちの1人をさらって舞台へと戻っていく。子供達の悲鳴が大きくなった。
そんな観客を見回して、怪人シノンが説明込みの長口上をぶち上げる。
「世界中の愛の力を集めて独り占めして、愛のパワーで世界を征服するぞーッ! まずはお前の愛の力から奪ってやるッ!」
なんか良く解んない悪役だな、と見ていた大人たちは思ったが、純粋無邪気な子供達は怒って「ダメーッ!」と叫んでいる。子供達さえ盛り上がれば、ヒーローショーはそれで良い。
だが勿論、そこに颯爽と登場するのがヒーローだ。「待ちなさいッ! 怪人シノン!」とお決まりの台詞を叫び、ヤエルはゴスロリ風ヒーロー衣装で舞台の袖から駆け上がった。
「出たな、ロップイヤー!」
「楽しい時間を邪魔する怪人は、このラブリーマジカル☆ロップイヤーが成敗だよ☆」
ビシッ、とポーズを決めたヤエルに、やっぱ聞いた事ないけど可愛いからまあ良いか、と見ていた大人たちは思う。
とまれ、覚醒して黒兎耳付き魔法少女姿のヤエルを、いやロップイヤーを、子供達は大はしゃぎで「がんばれー!」と応援した。そんな子供達に手を振って、ロップイヤーは怪人シノンに向き直る。
「怪人シノン! その子を放しなさい! 放さないなら‥‥」
「そう言われて大人しく放すか! 放さなければどうすると言うんだ」
怪人シノンの言葉に、ロップイヤーはくるんと持っていた杖を頭上で回した。
「勿論! 愛と希望を拳にのせて‥‥!」
「えっ。愛の魔法じゃないの? パンチなの?」
「え〜〜〜いッ! 必殺☆ラブリーパ〜〜〜ンチッ!」
「それキックじゃないの!?」
『スゴ〜〜イッ!』
『怪人をやっつけちゃえ〜〜〜ッ!』
ラブリーマジカル、のマジカルの部分は一体どこに行ったのか。しかも悪役が素で驚いている。
とはいえ、演出はすべてヤエルに任せたのはシノンである。最近は魔法少女も肉弾戦らしいからそっちの系統かな、と考えたヤエルことロップイヤーは、効果音もふんだんに使って、派手なアクションで観客を魅せ、怪人シノンを追い詰めて。
そんなこんなで盛り上がるヒーローショーの舞台とはまた別に、子供の視線を集めている着ぐるみの存在があった。中に昼寝が入ったジョイ君である。
何しろ、びゃびゃびゃッ! と素早く動きながら園内のあちこちを見て回っているので、注目を集めないわけがない。それでなくともジョイ君は、マスコットキャラクターとしてそれなりに人気がない訳でもなく。
普段は居ないような場所にも現れるジョイ君を、幸い、常連客はクリスマスだから特別なのだろう、と納得してくれたらしかった。まして初めて来た客なら、そもそも違いが判ろうはずもない。
「ジョイくーん!」
結果として、園内を巡回しているどのジョイ君よりも――ジョイ君の着ぐるみは複数あって、常に何体かが決められたコースを歩き回って居るのだが――そう声をかけられて、昼寝はそのたびに、「ジョイ!」と叫んでおもちゃの剣を突き上げた。本来は他にも色々アクションを取るらしいのだが、とりあえずはそれで良いと言われたのだ。
そうして見送られながら、昼寝は不審でない程度に園内を走り回り、何かトラブルが無いか巡回する。とは言え、人死にが出るレベルでようやくトラブル、という認識になる昼寝にとって、多少のいざこざや口論は、何も起こってないのも同じなのだが。
今もまた、長蛇の列が出来ているアトラクションで、先に並んでいた連れの元に後からきた人間が割り込んで行こうとするのを、苛立っていた若い女性が「皆ちゃんと並んでんのに!」と怒りを爆発させてる場面に出くわした。言われた方は言われた方で、みんなやってる事だと怒鳴り返している。
うん、と昼寝は着ぐるみの中で頷いた。
(大丈夫そうだな)
口論くらいで人は死なない。昼寝はインカムで連絡だけすると、落ちてたゴミを拾ってごみ箱に投げ込みその場を通り過ぎる。自分の役割はあくまでガチの重大事故か、犯罪行為に出く対処する事だ、と決めているのだ。
だから通り過ぎて行った昼寝の後から、インカムを受けてやってきた久志が「まぁまぁ」とそんな2人を宥めに入った。
「お気持ちは解りますが、クリスマスにカッカしてもイイ事ないですよ」
「でも‥‥ッ!」
「そうだ、あちらのアトラクションは今ならあまり待たずに乗れますよ。よろしければご案内しましょうか」
あくまで穏やかな久志の言葉に、怒っていた2人も次第に毒気が抜かれたのか、ぶちぶち言いながらも口論を納め、大人しく並び始める。円満解決、とまでは行かないがひとまず、一見落着だ。
ふぅ、と久志は安堵してその場を離れ、近くで地図を配りながら待っているキョーコの元へと戻った。実のところ、あんな騒ぎを見るのはもう、何度目か数えられないくらいで。
(今年のクリスマスの思い出が不機嫌なモノにしかならないなんて、寂しいからね‥‥)
その点自分達はラッキーだな、とサンタ姿でご機嫌に道案内をしているキョーコを見る。それだけで幸せな気分になれる自分を噛み締める、彼の前で彼女は次々と客に捕まって、あちこちへの道を聞かれていて。
「ミラーシューティングハウスは、地図だとこの位置で、あちらの方になりますね〜」
「レストラン街ですか? でしたら向こう側に見える屋根が‥‥」
そう、キョーコが指差したレストラン街の中に、特に賑わう一角があった。ラルスが考えてきた料理はレストランのシェフのお気にも召したようで、さっそく採用され、本日限定クリスマスメニューとしてお客様を楽しませることになったのだ。
朝からコトコト煮込み続けた人参とカブ、じゃが芋のヴオカ(キャセロール)は程よく蕩けていたし、焼き立てのカルヤランピーラッカ(お米のパイ)はチーズや様々なトッピングで見た目も華やか。カーリカーリレート(ロールキャベツ)もヘルネケイット(エンドウ豆のスープ)も、リハプッラト(ミートボール)だって何だかいつもと違って見える。
もちろんクリスマス料理としては、ユールフィンカ(豚のクリスマスハム)だって忘れてはいけない。これらの下ごしらえから存分に料理の腕を振るっていたラルスが、オープンキッチンの前でユールフィンカを曲芸のように包丁を操って分厚く切れば、それだけで客から歓声が上がって。
そうして用意された料理を、よいせ、と一気に持ち上げて両手や両腕、頭の上にまで乗せて席に運ぶのは、ウェイトレスのシーヴの役目。力自慢の彼女のこと、このくらいの重さとバランスは何と言うことはないのだが、周りからすれば曲芸でも見せられている気分で、客どころか他のウェイトレスまで気付けば注目している始末。
ちゃっちゃと料理を運んでは、ちゃっちゃと空いた食器を回収してまた、山のように積み上げて帰る。そんな彼女にもしかし、もちろん苦手なことはあるわけで。
「注文は?」
「ぇ、と‥‥この、クリスマス特別メニューを、2つ‥‥」
「クリスマス特別メニューが2つでありやがるですね」
「はい! ごめんなさい!」
別に怒っている訳ではないのだが、笑顔の苦手なシーヴが愛想笑いとは程遠いむっつりした顔で注文を繰り返すと、注文したカップルが揃って謝った。何となく、謝りたくなる雰囲気だったのだ。
とはいえ、それはシーヴも自覚している。そうしてちゃんと対策も考えている――常に笑顔を浮かべるのは苦手でも、最後に一瞬だけでも最大級スマイルさえすれば、それまでのギャップで許されるに違いない。
そんな計算の元に、シーヴは「ご注文、承りやがりました」と全力でにっこり笑うと、さっさと厨房へ撤収していった。計算通り、シーヴの笑顔にポーッとなった彼氏に怒る彼女の声が聞こえる気がするが、気のせいだろう。
悲喜こもごものレストラン街に流れているのは、様々にアレンジされたクリスマスソング。聞く者が聞けばそれが、生演奏だと判っただろう。
けれども奏者はといえば、空のような光沢の膝下丈のふわりとしたフォーマルスーツに、白い上着を羽織った女性という事は解るが、真っ白な仮面で顔は隠されていて。これもクリスマスの趣向かと、料理を待ちながら客は噂する。
その噂すら耳に入らない様子で、仮面の奏者は、アオカはただ楽器を操り、音を紡ぎ出す事に没頭した。美しいだけでなく、正確なだけでなく――アオカそのものを込めた、楽しくて優しい音楽を。
昔は聴かぬ解さぬ相手の演奏など、真っ平ご免だと思っていた。音楽は誠意をもって聴かれるべきだし、その真価を理解できる人間のみに提供したいと――そうあるべきだと。
けれども今は違う。仲間を通して、依頼を通して、考えは少しずつ変わって――今のアオカはここで、せっかくのクリスマスだから料理の待ち時間に生演奏を提供して、さらにステキな思い出をプレゼント出来れば良いと、考えていて。
父の言葉を、思い出す。「音楽は、僕にとっては目的ではない。自分を表現するスタイルのひとつだよ」という言葉――あの頃は反発したそれを、今のアオカは大切に胸に抱き、実践しようとしている。
フルート、ヴァイオリン、ピアノ。同じ曲でも趣向を変えて、何度もクリスマス曲を演奏し続けるアオカの奏でる曲は、風に乗ってレストラン街の外まで流れ、近くの人々を楽しませて。
ショーが終わってもまだまだお手伝いするよ! とゴミを拾っていたヤエルは、それがそうと判った訳ではなかったが、ふと呟いた。
「アオちゃんも頑張ってるかな?」
「頑張ってるよ。アオカだもん」
シノンは笑ってそう言いながら、バイブレーションセンサーで花壇の中のゴミを探す。捨てられた瞬間の振動や、風で動いた時の微細な振動を感知すれば、効率が良いのでは? と言う訳だ。
とはいえそううまくは行かず、地道に花壇の中を覗いてみれば、1つのみならず幾つかのゴミがまとめて捨てられている。そしたらヤエルと一緒に拾って、ぐるっと園内を一周すれば、あっという間にごみ袋は一杯だ。
裏手の集積所にごみ袋を持って行って、じゃあ、とシノンはヤエルを振り返った。
「次は着ぐるみで鼓笛しながら、風船とか配ってこようかな」
「じゃあ、私はお客さんの整理に回るね」
頑張ってね、とお互いに手を振り合って別れた2人の様子をも、見ながらジョイ君こと昼寝は時々休息を取りながら、忙しく園内を走り回る。繁忙期に客が増えた人手不足の巨大遊園地、とくれば、小説ならこんな時こそ得てして何かが起こるというものだ。
(まあ9割9分何もないだろうが、な)
懸念事項は潰しておいて損はない。そう思って昼寝は人混みに目を光らせるのだった。
●
その日も六甲ジョイランドは、細々としたトラブルは起きつつもいつもより幾分平和に――そう、来園者数は過去最高を記録したにも関わらず、いつもよりも幾分平和に閉園を迎えた。本当に助かりました、と業務終了後に頭を下げに来たスタッフ長に、昼寝は簡単なレポートを報告書がてら手渡す。
今日起きたちょっとした事故や、トラブル。それらを簡単にまとめたのに、彼女なりに考えた改善案を加えたもの。
それを受け取ったスタッフ長は、ぱらぱら中を見ると改めて、ありがとうございます、と頭を下げる。そうして、それじゃ、と帰ろうとした昼寝の姿にひょい、と首を傾げた――彼等への報酬は、この後アトラクションを楽しんでもらう所まで、なので。
「鯨井さんはアトラクションの方はよろしいんですか?」
「ああ――代わりに、と言っちゃ何だけど、割引チケットを何枚かもらえないかな」
「構いませんよ」
愛想良く頷いた男に、礼を言う。せっかくだから帰りに本部に寄って、今度はUPCに報告がてら、オペレータの子にもプレゼントをしようと思ったのだ。
彼女達も遊びに来たがっていたものの、オペレーターという立場上、どんな時でも営業中のUPC本部では難しかろう。こちらは依頼として堂々と遊びに行けるし、依頼を受ける、受けないも自由の身だが、彼女達はそうは行かない。
ならばこんな時くらい、誰かが気を使ってやらねばならないだろう。自分1人だけが楽しむわけにはいかないのが組織務めの辛い所だ、と苦笑顔になるものの、悪い気はしない。
昼寝は貰ったチケットをポケットにつっこみ、今度こそ事務所を後にする。と、ちょうど着替えを終えて2人、どこかへ急いで向かうシノンとヤエルとすれ違った。
「お疲れ様」
「うん、お疲れ様!」
「ジョイ君、お疲れ様〜!」
「ジョイ!」
挨拶を交わして帰ろうとする昼寝に、そう声をかけると条件反射的に手を挙げて、苦い顔になる。そんな彼女を改めて笑って見送り、2人が急ぐのはアオカとの待ち合わせ場所だ。結局開園中は1度も2人の前に姿を現さなかったアオカは、ステージ前に居ますわ、と終わりにメールだけ寄越したのだ。
だから急ぎ中央広場に駆け付けてみれば、誰もいない今はちょっと寂しそうなイベントステージの前で腕を組む彼女の背中がある。足音で気付いたのだろう、アオカはチラリと肩越しにこちらを振り返ると、いつも通り、何もなかったようなそっけない口調で言った。
「頑張ったようですわね」
「うん! しぃが怪人で、ヤエルがヒーローでね」
「すっごい盛り上がったんだよ〜」
そんなアオカに、ヒーローショーの様子を事細かに報告するシノンとヤエルである。それをふんふんと聞いていたアオカは、演劇部としての役割は果たせたようですわね、と笑顔こそなかったものの、満足そうに頷いた。
よし、とシノンとヤエルは顔を見合わせ、頷き合う。あれ程怒り狂っていたアオカに、こう言ってもらえたのなら今日の舞台は成功なのだ。
ご機嫌で、ヤエルが楽しそうに声を上げた。
「じゃあ、後は思いっきり遊んで帰ろー! アトラクションとかも色々回りたいな」
「そうですわね、今日は二人に付き合いますわよ」
「じゃあまずはミラーシューティングハウスね!」
元気良く言うなり歩き出したヤエルに、つられて歩き出す3人組である。どうにかアオカのご機嫌が直った事に浮かれるシノンはもちろんの事、アオカの心にもまた密かな満足と、ほんのちょっとの見栄があって。
ちらり、レストラン街の方を見る。
(フン、アオが何かをしたなんて、照れくさくて云えませんわよ!)
絶対に仲間には言うまいと、心を決めて目を逸らしたレストラン街では、まずはゆっくりと食事をしている久志とキョーコが居た。昼の間に久志が頼んでおいたのだ。
クリスマス限定特別メニューを、味わいながらのんびりとした時間を、過ごす。久志はすでに私服に着替えて居たけれど、キョーコはサンタ服のままだ。
「ところで、キョーコは着替えなくて良かったのか?」
「うん♪」
ご機嫌で頷いて、美味しいね〜♪ と嬉しそうに料理を食べる彼女に、久志はホッと息を吐く。今日1日、ずっと一緒にいたけれども、こうして2人きりでのんびりするのはまた別の喜びと、安らぎと、それからほんの少しの照れがあった。
恋人になってからも、婚約してからすら久しいのに、未だに照れて少し落ち着かないのはちょっと、情けない気もする。けれども自分の方が年上なのだと思えば、素直にそれを態度には出せるはずもない――なんて思ってしまうのは、男の見栄だろうか。
「とりあえず、1日お疲れ様。ここからはキョーコ専属って事で」
「うん!」
腹ごしらえを終えた2人は、腕を組んでライトアップされた園内を歩き出した。冬の夜の空気は冷たいけれども、ぴったり寄り添ってるから互いのぬくもりが伝わってきて、何より心が暖かくって、寒さはほとんど感じない。
アトラクションは2人で一緒に乗れるものだけに乗ろうと、キョーコはキョロキョロ辺りを見回す。幾つか昼間のうちに目星を付けて置いたうちの1つは、定番のコーヒーカップだ。
だがそのコーヒーカップではその時、とある兄妹の惨劇が始まろうとしていた。
「これは‥‥思い切り回すべきでありやがるですよね」
「いえ〜、何事も程々がですね〜‥‥」
「止めねぇでくれです、大兄様。ハンドルがあるからにゃ、回さねぇと!」
コーヒーカップに向かい合わせに座り、妙に座った目でハンドルを握るシーヴを、おっとりと、だが本人としては切実に宥めるラルスである。何しろシーヴの目ときたら、実に楽しそうではあるが、例えるなら峠を攻めるドライバーの様に爛々と輝いているのだ。
例えここに居るのがラルスでなかったとしても、10人が10人彼女を止めただろう。切実に身の危険を感じながらも、ラルスの説得は妹に届く事なく、カップは動き出してしまい。
「大兄様ッ! 捕まってねぇと飛ばされやがりますよッ!」
「回し過ぎですッ!」
案の定、ものすごい速度で回転し始めたカップの中で、ラルスは絶叫しながら、どうしてこの娘はこう何でも力任せに行くのか、と嘆く。だが嘆いた所でカップが止まるはずもなく、どころかますます速度は上がる一方だ。
悲痛な叫びが、ジョイランドの空に響き渡った。だがそれもさすがに、隅の方に敷地を拡大して新しく作られたばかりのミラーシューティングハウスの中までは届かない。
全面鏡張りで、単なるミラーハウスとしても充分楽しめる迷宮は、さらに鏡に映し出されるモンスターを何匹倒せたかで得点も競える形式で。となれば勝負をしない理由はどこにもない。
前後左右上下、どこからでも現れるモンスターを見つける度に、競って入口で渡された玩具の光線銃を撃つ。そうして、今のは誰が1番だった、と盛り上がる――得点は、ハウスを出るまで解らないのだ。
「次はしぃが貰うよ!」
「ぁ、シィちゃん、そっちは‥‥」
「ぇ? ‥‥アイタッ!」
「――何をやってますの」
タッ、と駆け出したシノンが思い切り前方の鏡に激突したのを見て、ヤエルがあーあと笑い、アオカが呆れた声を上げた。それに、むぅ、と唇を尖らせたシノンはちょっと八つ当たり気味に、ちぇッ、と当たった鏡を軽く殴り――ピシ、と小さな音がしたのにサァッと顔を青ざめさせる。
くれぐれも鏡は壊さないでくれよ、となぜか強く念押しされたのを、思い出した。ちなみにそれは夏頃、モニターテストの折にやむを得ない事情だったとは言え能力者にあちこちの鏡を破壊されたからだったりするのだが、そんな事はどうでも良い。
幸い、当たり所が良かった(?)お陰でヒビは鏡の隅の、目立たない場所だ。良く見れば他にもちらほら、ヒビが入っている鏡もある。
「‥‥黙ってようね」
「‥‥‥うん」
3人は頷き合い、迷宮の残りの道程をこれまでよりも慎重に進んだ。そうして無事、それ以上の被害を出す事なくハウスを脱出すると、そこには入口にいたスタッフのおじさんが待っている。
彼女達が中にいる間に、ぐるっと回って出口に回ってくれたのだろう。そんなおじさんに玩具の銃を返して、ヤエルは尋ねた。
「おじさんのオススメのアトラクションはありますか?」
「そうだな、SPACE NINJAも似た感じだが面白いぞ」
行くならあっちの方だな、と指差された先には大きな回転コースターがあって、それを目印に行けば迷うことはなさそうだ。ありがとうございます、とお礼を言って3人は、せっかくだから次はそちらに向かってみる事にする。
その、同じ回転コースターを見上げて、をぉ〜、とシーヴは歓声を上げた。
「結構な高さから降下しやがるんですね。‥‥おお、連続回転にスパイラル。大兄様、次はアレに行きやがりますよ」
「そう‥‥ですねー‥‥」
「‥‥大兄様、何でぐったりしてやがるですか」
きょとん、と尋ねた可愛い妹に、お前のせいでしょう、と言える気力すらラルスには残っていない。ただただひたすら、力の強い妹に文字通り引きずられながら、足を動かすだけで精一杯なのだ。
あの手の絶叫マシンだって、ラルスも嫌いじゃない。寧ろきっと普段なら、妹と一緒に楽しみにする余裕もあったはずだ。
だが、彼の中からその気力を根こそぎ奪って余りある程、先程の峠攻め――じゃなかった、コーヒーカップの威力は凄まじかった。乗り物酔いになる隙すら与えず、ただただ必死にカップにしがみつくので精一杯だった一時は、しばらく夢に見そうな程の後遺症を彼に与えたのである。
だが当のシーヴはと言えば、己が元凶とは気付かずさっさと回転コースターに向かい、兄の分も一緒に申し込んでいて。それもせっかくだから3連続でとか、そんなつもりはないと解っているのについ、何の嫌がらせかと思ってしまう。
「旦那が絶叫マシン好きでありやがるんで一緒に乗るですが、やっぱり面白ぇですね」
「そうですかー‥‥」
ちょっと同情しながら、しっかり身体を固定されて上空へと吊り上げられていくラルスの視界は、心なしか朦朧としていて。知らずぼんやり見つめていた、遥か地上の華やかな屋根は、キョーコと久志が今まさに乗ろうとしている、メリーゴーランドのものだった。
と言ってもただ乗ろうと言うのではない。ある意味では女の子の永遠の夢とでも言うべき、白馬の馬に2人乗りをするのだ。
「ぇと‥‥壊れたりしないよね‥‥?」
躊躇いつつも、誘われるまま先に乗った久志の膝の上に、どきどきしながらキョーコが乗る。ちなみに一応、メリーゴーランドの馬は1人乗りが原則だ。
だが白馬は無事に2人を支え切り、ゆっくりと回り始めた。落ちない様にしがみつくキョーコを、支えながら久志が苦笑する。
「‥‥これ滅茶苦茶恥ずかしいな」
「でもこれで久志は、文字通り白馬の王子様だね♪」
そんな久志の言葉に、ぎゅっと抱きつき彼の鼓動を感じながら、幸せを噛みしめるキョーコだ。その言葉に、久志は苦笑いをもう1つ。
さすがにもう、白馬の王子様ってキャラでもトシでもないと、自分では思ってる。とはいえキョーコがそれで幸せそうなのだから、敢えてそう言って水を差す必要もないだろう。
だから彼女に請われるままに、幾度でも2人乗りで、2人きりで回るメリーゴーランドは、華やかで。けれども遊園地の定番、花形アトラクションと言えば、もう1つ。
「ぁ、観覧車だ! ね、みんなで乗ろうよ」
おじさんオススメの『SPACE NINJA』をクリアして、さらに幾つかのアトラクションをこなした頃に、ヤエルが目を輝かせてそう言った。アオカがそれに目を軽く細めて、3人で? と冷たく尋ねる。
良いじゃない、とヤエルはそんなアオカに主張した。
「だってせっかくのクリスマスだもん。それに今、1番勝ち越してるのは私だよ?」
ちなみにSPACE NINJAもどちらかと言えば得点獲得型の、丸太に跨る形で乗り込むコースターアトラクションで、正義の忍者・SASUKEと共に悪の忍者SAIGAを退治する、というものである。乗る時に渡される手裏剣を投げて、SAIGAやその手下の悪の忍者をやっつけるのだが、ここで好成績を納めたのがヤエルだったのだ。
その前と、その後の幾つかのアトラクションの分を足してもなお、その勝ちは揺らいでない。ならば、別に取り立てて反対する理由がある訳じゃなし、3人でゴンドラからイルミネーションを見るのも良いだろう。
そう、歩き出しながら見上げた観覧車のゴンドラの中で、シーヴはここぞとばかりに兄に訴えていた。別にその為ではなく、遊園地の〆と言えばやっぱり観覧車、と乗っただけなのだが、気付けば兄とゆっくり話が出来るのはここしかなかったのだ。
「しつこいようですが大兄様も30。いい加減結婚も考えねぇと皆心配してやがるです」
「心配してくれる気持ちは嬉しいのですがねー、やはり私はー、弟妹皆の幸せを見届けたいのですよー」
そんな妹の言葉に、ラルスが返す言葉は変わらない。それは前にも、そして何度も繰り返された会話だった。
けれどもだからこそ、じっ、と睨むようにシーヴは兄を見る。見て、決して目を逸らさないように、逸らされないように問い掛ける。
「この前家族に迎えた彼女は、そういう相手じゃねぇんですか?」
「――ふふ、それは内緒ですー。今はシーヴ同様、大切な家族ですよー」
その眼差しを受け止めて、ラルスは『彼女』を思い浮かべながらそう、微笑んだ。それはシーヴの良く知る、幼い頃から揺らがない『大兄様』の顔。
いつでも弟妹みんなをほっとさせてくれるけれども、けれどもこんな時にはその揺らがない笑顔が恨めしい、とシーヴは唇を尖らせる。「‥‥すぐはぐらかしやがって」と毒吐いたのは、見た目と違って兄が頑固だと知っているからだ。
「――まぁ今日は景色を楽しむので許す、です」
「ふふ、ありがとうございますー」
ぷい、と窓から見える夜景に拗ねた様に目を移した妹を、愛おしげに見つめてラルスもまた、外の夜景へと眼差しを巡らせる。けれども別のゴンドラでは、その夜景すらすっかり忘れ去られ、お互いだけを見つめている恋人達がいて。
最初は隣り合って座り、手を絡めて握り合いながら「うわ〜‥‥夜景が綺麗だね〜♪」とはしゃいでいたのだ。けれどもいつしか、或いは何の拍子かで目が合ってからは、ただじっと見つめ合ったまま。
どちらからともなく、そっと口づける。そうしながらキョーコはおもむろに、ずっと被ったままだったサンタ帽子をそっと外した。
出てきたのは、大きめの可愛らしいリボン。まるでプレゼントにかけるような――そうしてキョーコにとってはまさに、そのもの。
「あたしが、クリスマスプレゼントだよ♪」
「キョーコ‥‥」
ギュッと抱き着いてきたキョーコを、久志は抱き留めた。実の所彼は未だに、自分が所謂『リア充』になった自覚が今一つ持てないでいたり、する。
でも、ついて来てくれるキョーコは裏切りたく、ない。今はその気持ちさえ確かなら、自覚は後からついて来る、だろうか。
考えながらもう一度口づけを交わす恋人達とはうって変わって、どう転んでも甘い空気にはなりそうにない賑やかな一行が、今まさにゴンドラに乗り込んだ所だった。言わずと知れた演劇部の皆様である。
昼間の仕事と、終わってからそれなりに遊び回って、さすがに疲れが出たのだろう。少し深くベンチに座り込むアオカとヤエルの様子を見て、少しでも元気になってもらえるようにと、シノンは『ひまわりの唄』を歌ってあげる。
そうしているうちにゆっくりとゴンドラは上がり、街のイルミネーションが見えてきた。わぁ、とヤエルが声を上げる。
「すごーい! 綺麗だね、アオちゃん、シィちゃん!」
「うん、すごいすごーい! ね、アオカ!」
「――ふん。悪くありませんわね」
はしゃぐ2人の声に、ちら、と外を見たアオカはさして興味もなさそうに、だがまんざらでもなさそうに頷いた。そんなアオカに向き直り、シノンは「アオカ」と呼び掛ける。
何ですの、とそっけない彼女に、微笑んだ。
「お疲れ様だよ、アオカ。なんかすごく楽しそうな音だったね」
仮面の奏者は知らないけど『アオカの音』が聴こえたよ、と告げると、彼女はつんとして「何のことですの」とそっぽを向いてしまう。実のところアオカの内心では、何としてもそれを認めるわけには行かない、と言うプライドで一杯だったのだが。
いつも通りの、そっけない態度。それは本当に、悲しい位いつも通りで、シノンはついそんなアオカに弱気になってしまう。
(いい雰囲気にはなれないのか、なぁ‥‥)
大事な幼馴染で、昔から恋心を抱いている相手。シノンは言うなればアオカへの愛の奴隷であり、彼女の為ならどんな無茶振りも頑張ってしまう。
今日1日を頑張った、それがもう1つの理由。けれども当のアオカはずっとこんな調子で、周りから見てすら可哀相になるほど見込がなさそうで、やっぱりダメなんじゃないかと自分でもつい弱気になってしまう位、で。
小さな、溜息を吐く。と、瞬間、頬に触れる柔らかいものがあった。
「‥‥ッ! アオカ‥‥?」
「頑張ったご褒美ですわよ。ヤエルも寝てる事ですしね」
まさかの、アオカからのほっぺにちゅー。今のは願望が見せた幻ではないかと、恐る恐る問い掛けるとアオカは、表情を変えずそっけなくそう言った。
別に恋愛対象と思ってないだけで、アオカとてシノンが嫌いというわけではない。ならばそのくらいはして差し上げても構いませんわよ、という言葉に振り返れば、さっきまで賑やかだったヤエルは確かに、ベンチに沈んで寝息を立てている。
(寝たふりしてくれたのかな?)
シノンはそう思い、彼女に感謝した。痛い思いはしたけれど、ヤエルはやっぱりアオカへの恋を応援してくれる心強い味方だ。
だが当のヤエルは実の所、本気で疲れてぐっすり眠り込んでいた。悪の怪人をやっつけたラブリーマジカル☆ロップイヤーも、眠気には勝てなかったようである。