タイトル:【朗読】チーズケーキをマスター:蓮華・水無月

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2014/06/16 17:16

●オープニング本文


 その店がこの、小さな商店街に移ってきてからもうそろそろ、半年ほどが経とうとしていた。
 こじんまりとした印象の、実際に中に入ってみれば印象以上にこじんまりとしているように感じられる、小さな小さなチーズケーキ専門店。涼しげなガラス戸を開けて一歩中に入ればすぐに、美味しそうなチーズケーキがずらりと並んだカウンターケースに辿り着いてしまうし、その奥にある客席はといえば、15人も入れば一杯になってしまうくらいしかない。
 それでもそのチーズケーキ専門店には、いつも誰かしらの姿がある。例えば、近所中が顔見知りと言っても過言ではない商店街の奥さん達が、旦那さんに店番を任せてお喋りをしていたり、あるいはどこからか噂を聞いてわざわざやって来たという人が、様々なチーズケーキを味わっているのだったり。
 今朝もそのチーズケーキ専門店は、ガラガラとシャッターの音を小さな商店街に響かせて開店した。この店の経営者であり、パティシエであり、たった一人の店員でもある青年に、商店街の何人かが声をかける。

「おはよう。今日のおすすめはなんだい?」
「おはようございます。今日は良いクリームチーズが入ったので、ベイクドチーズケーキとチーズムースのケーキを作ってみたんですよ。そうそう、奥さんの好きなマスカルポーネチーズのスフレケーキもありますよ」
「おや嬉しい。じゃあ、今日も行かなくっちゃねぇ」

 青年の言葉に、人の良さそうな奥さんがにこにこ笑ってそう言った。もっともマスカルポーネチーズのスフレケーキがなくたって、奥さんは毎日のようにやってきては、何かしらを買って行くのだけれども。
 お待ちしてますとにっこり笑って、青年は店の中に戻った。そうしてすぐに新しいチーズケーキを作る準備をしながらも、いつお客様が来ても良いようにと表に神経を配るのも忘れない。

 ――かつて青年の店は、LHのとあるショッピングセンターの中にあった。戦争が終わってから色んなことがあり、ちょうど知人に店をやるのに良さそうな場所があると紹介されてこの商店街にやってきたのだけれども、あの頃も今も、青年の日々は何1つ変わらない。
 バグアの脅威が当面去り、世界各地で様々な事が変わり、けれども彼はただ毎日、厳選した材料を使って様々な種類のチーズケーキを作る。あの頃はショッピングセンターの、そして今は商店街の人々と交流して、お店ではお客様と今日の天気やその他の、他愛のない話をして。
 そうして1日が終わり、また新しい1日を同じように過ごす。

 カラン、とドアのベルが鳴った。入ってきたお客様に、青年は笑顔でこう声をかける。

「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか? 召し上がるなら席をご用意出来ますよ」

 ――そうして今日もまた、いつも通りの新しい1日が始まる。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
ソフィア・シュナイダー(ga4313
20歳・♀・FT
ガーネット=クロウ(gb1717
19歳・♀・GP
ミシェル・オーリオ(gc6415
25歳・♀・HG

●リプレイ本文

 カラン――ドアベルに迎えられ、ガーネット=クロウ(gb1717)は軽く、驚きに目を見開いた。

「こんな素敵なお店があったのですか。案外知らない物ですね‥‥」

 物思いに耽り、答えの出ない思索に疲労しながら、あてもなくLHを歩いていた最中に目に留まった、小さな小さなケーキ屋さん。足休めに入ったに過ぎない彼女にとって、小さいながら隅々まで丁寧な印象を受けるその店は、良い意味で予想外の場所で。
 ガーネットの呟きに、気付いた先客があら、と振り返る。

「お客様ですか? こちらにはよくいらっしゃいますの?」
「はい‥‥あの‥‥?」
「わたくしはホーリーナイツ社のシュナイダーですわ。おいしいチーズケーキがあると伺いまして、取材に参りましたの」

 そう言って、微笑んだソフィア・シュナイダー(ga4313)の言葉にガーネットが改めてカウンターケースを眺めてみれば、確かにそこには様々な種類のチーズケーキが並んでいた。取材が来るくらいだから、きっと有名なのだろう。
 それをまた意外に思うガーネットの前で、ソフィアにウェイトレス姿の女性が声をかけた。

「すみません。店長さんはまだ少し、手が放せないみたいで‥‥」
「ああ、ではお客様にお話を伺いながら待たせて頂きますわ。お薦めのチーズケーキと紅茶を頂けまして?」
「はい。あの、そちらのお客様もご一緒ですか?」

 ソフィアに頷きながら、ちらりと視線を向けて尋ねてきた石動 小夜子(ga0121)の言葉に、ガーネットは首を振る。そうして彼女も同じくお薦めのチーズケーキと紅茶をと注文したのに、頷いた小夜子は2人を別々のテーブルに案内し。
 カウンターの奥の小さな作業スペースに戻って、石榴さん、と親友に声をかけた。

「お薦めのチーズケーキと紅茶、だそうです」
「そっかー。じゃ、店長さんに聞いてみようか♪」

 小夜子の言葉に、弓亜 石榴(ga0468)は笑って1つ頷くと、楽しげに奥を振り返る。そこには店長である青年と、それからチーズケーキ作りを手伝っているミシェル・オーリオ(gc6415)が居て、そうして並んでボウルに入れたクリームチーズを柔らかく練っている所。
 そんな2人に声をかけた、石榴に店長は少し手を止めて考えた後、言った。

「ベイクドチーズケーキとアップルティーでしょうか」
「アップルティー‥‥ですか」

 その言葉に応えたのは石榴ではなく、石榴に誘われてやってきた雪島 舞香だ。「そうですか」と小さく頷くと、小夜子に準備の手伝いを申し出る。
 そんな2人を見送って、ミシェルは再びクリームチーズを練る手を動かし始めた。店長に寄れば、家庭で楽しむ分にはもっと簡単なレシピもあるらしいけれども、今作っているのは仮にも店で出すものなので、そういう訳にも行かない。
 案外力も要るものなのね、と感心するミシェルである。ぶらりとやって来たこの店で、どうも人手が足りてなさそうだし、どうせなら日頃全国を飛び回っている旦那の為に手作りケーキの1つでも覚えられたらという目論見で手伝いを申し出たのだが、思っていたよりも手の掛かる物だというのにも驚いた。
 とはいえ、悪くはない。次に旦那が帰って来た時に、このチーズケーキを作って出してやったらどんな顔をするだろうかと、想像すればなおさら。

「ふふ。気に入ったわ。――そういえば、アニーは恋人に作ってやってるのかしらね?」
「ひゃッ!? わ、私ですか‥‥?」

 舞香と同じく石榴に誘われてやってきた、顔見知りのアニー・シリングに声をかけると、ぼんやり外を見ていたらしい彼女は文字通り飛び上がって驚いた後、真っ赤になって口をパクパクさせた。これは相手に聞いた方が良いかしらねと、同じ小隊だったアニーの恋人をちらり、思い浮かべて肩を竦める。
 真っ赤になったアニーを、同じくにやにや楽しそうに眺めていた石榴が、入り口にちょこんと置物のように座った猫にちらり、目をやった。小夜子が看板猫になって貰えればと、店長の許可を貰って連れてきた蝶ネクタイ姿の猫は、今はどこか張り切った様子で尻尾をぴんと立て、道行くお客様に愛想を振りまいている。
 その頭をちょっと撫でて褒めてやり、石榴は楽しげな顔でアニーを振り返った。

「アニーさん。さっき練習した接客のセリフ、恋人さんに言ってみたらどうかな?」
「さっきのセリフ‥‥って‥‥!」

 その言葉に、再びアニーは絶句する。アニー達を誘ってやって来たこの店で、ご馳走になるだけじゃ悪いからとウェイトレス姿になってお手伝いを、と申し出た石榴は彼女達に『これが接客に基本だよ♪』と言って、「いらっしゃいませー」からお客様をご主人様と言い換え、仕舞には「ご注文は私にします? それともわたし?」と繰り返させて、当の店長に苦笑いされていたのだ。
 それを、恋人に。それはアニーも耳に挟んだ事だけはある、日本のある種の文化を思い起こさせて、とてもじゃないが平静ではいられない。
 そんなアニーに満足して、石榴は「楽しみにしてるね♪」と笑った。こうして親しい人に愛の籠もった悪戯をするのが、彼女は大好きなのだった。





 運ばれてきたチーズケーキは、とても美味しかった。素朴でどこか懐かしい味わいは、だが丁寧に作りこまれた事が伺える。
 ほっ、と知らず息を吐いて、ガーネットは黙々と、傍から見れば無表情にベイクドチーズケーキを口に運んだ。そうしていると、LHを彷徨いながら思い詰めていた様々の事が――今でも傭兵になった当初と同じように恩人を探し続けている自分が、日々変わっていく世界から取り残されているような感覚が、少し解けていくのを感じる。
 1つ目は、あっという間になくなった。物足りなさに自分の身体をちょっと見下ろし、後1つくらいなら体重計的にも大丈夫だろう、とお代わりする。
 そうしてふと店内を見回すと、忙しい盛りを過ぎたのだろう、店内は少し人がまばらになっていた。と言っても無人になったわけではなく、ガーネット以外にも何人かがチーズケーキに舌鼓を打ちつつ、おしゃべりに興じている。
 その中に、先程までウェイトレスとして自分を案内してくれた一団が居るのに気付いて、ふと興味を覚えた。少し耳を澄ませてみると、どうやら彼女達は従業員という訳ではなく、忙しい時間だけ手伝っていたらしい。
 そのうちの1人である、小夜子がご近所の常連だという女性にお勧めされた、マスカルポーネチーズのスフレケーキを前にほっこり微笑んだ。

「――ふふ、美味しそうです。作り方も興味深かったですし‥‥」
「ほんと、美味しそうだねぇ。小夜子さん、今度私にも作って欲しいな♪」
「次に旦那が帰ってくるのが、何だか楽しみかしら、ね」

 小夜子にねだる石榴を眺めながら、呟きミシェルは自身も手伝ったニューヨークチーズケーキにフォークを差し込む。そうして口に運ぶと、自分で作ったものとは思えないほど柔らかで、程良く混ざり合った酸味と甘味が一杯に広がった。
 ふふ、と満足に笑う。そんなミシェルの、主に『旦那』という言葉を聞きつけた、石榴がキラーン、と目を輝かせて。

「旦那さん? 居るの?」
「ふふ。浮気性の、だけどね? せっかくいい男にケーキの作り方も教わったことだし、このままケーキの作れる奥さん、目指しちゃおうかしら」
「そうなんだよねー、ここの店長さんって男の人なんだよね。ちょっと目の前で可愛い子ぶって誘ってみようかな」

 惚気よりも堂々と、ウィンク混じりに言ったミシェルに、言われた石榴はちょっと真剣な眼差しでカウンターケースの奥を振り返った。どうにも男性に縁がない気がする石榴としては、半分ぐらいは本気だったりする。
 あらあらと、そんな親友に微笑みながら小夜子もまた、まるで雲のような食感のスフレケーキを口に運んだ。実家が神社のせいか、日ごろあまりこういった洋菓子には縁がないこともあって、とても美味しく感じられる。
 神社の動物達にもお土産に買って帰ったら、きっと喜ぶに違いない。その光景を想像し、先程店長から聞いた動物が食べても大丈夫そうなチーズケーキを忘れずに買って帰ろうと思いながら、1口、2口をフォークを動かしていた小夜子に、あら、と声が掛けられた。

「こちら、たくさんケーキがありますわね。わたくしも相席させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます。わたくしもお代わりを頼んだのですけれども、まだ来ませんの。撮らせて頂けると嬉しいですわ」
「あ、さっきの。店長さん、もう少しかかりそうだったから」

 カメラを持った女性、ソフィアの言葉に小夜子がおっとり頷くと、気付いた石榴が横からそう補足する。それに、ソフィアもまた彼女達が、まさにそのお代わりを注文したウェイトレス達だと気づいて、目を丸くした。
 たくさんのケーキ、と聞いて思わず視線を向けたガーネットにも、ソフィアがにっこり笑って「ご一緒にいかがです?」と声をかける。先程は何だか張り詰めた空気が漂っていて、取材という名目があっても声をかける事は躊躇われたものだけれども。
 美味しいチーズケーキを食べて、張り詰めた糸が少し緩んだ今のガーネットは、ソフィアの言葉に小さく頷いた。小さな店の事、いかに女性とは言え7人が囲めるテーブルはさすがに用意されていないから、互いのテーブルを移動してくっつける。
 そうして、早速とばかりに石榴の頼んだ、店頭に並んでいたありとあらゆるチーズケーキを撮影し、ついでに食べてる様子も撮らせて欲しいと頼んでさらに何枚かシャッターを切ったソフィアは、これも何かの縁とばかりに始まった自己紹介を聞き、あら、と驚きの声を上げた。

「皆さん、傭兵さんだったんです? って、私もですのよ。兄と、とある小隊にご厄介になりましたものですから」
「へえ? ふふ、じゃあどこかで会った事があるかもね?」
「かもねー。そうそう、アニーさんと舞香さんは軍に勤めてたんだよね♪」
「ええ。と言ってもアニーとは違って、私はずいぶん前に辞めてしまって、今は実家の神戸に居るんけれども‥‥ソフィアさんは、今は?」
「元々カメラが好きだったので、タウン誌の記者として勤務してますわ。ガーネットさんは今も傭兵を?」
「はい‥‥いえ。いつまでもこのままではいけないかもと、思っていたところなのです」

 話を向けられて、ガーネットは自分自身でもどこか曖昧なまま胸にあるその気持ちを、考え考え言葉に紡ぐ。それはチーズケーキを食べるうちに――そうして皆が話すのを聞くうちに、少しずつ形を取り始めた想い。
 こんな小さなLHですら、ここのように知らない店があった。そこで偶然会った人達もまた、決して短くはないガーネットの傭兵人生において、縁の殆どなかった見知らぬ人。
 それなのに――世界に取り残されているかもと感じている自分は、一体何をやっているのだろうと、思ったのだ。世界にはこんなにもまだ、自分の手が届いていない場所があるのだから――自分の手の届く場所から出て、自分から積極的に手を伸ばしても良いのではないか、と。
 いまだ会えぬ、会いたい人。手始めにその、判っている足跡を追ってみようと――やっと、思えたから。

「LHから出ようと思うのです。というか、今日初めてそう思いました」
「――大切な方、なんですね。ガーネットさんにとって、その方は」
「はい。私にとって親のような物、だと思いますから‥‥もうご存命で無いかもしれませんけれども、お墓にお礼位は申し上げたいです」
「ふふ。お会い出来ると良いですね」

 小さく大切に呟くガーネットに、小夜子は心からそう微笑んだ。そうして、自分も世界の多くを知っている訳ではないけれども、そんな彼女を手伝えることがあれば、と思う。
 きっとその時は石榴さんも手伝ってくれるでしょうからと、眼差しを向ければその想いに気付いて居たものか、石榴がこちらを見て、笑った。それから多分、彼女なりの気遣いであえて空気を読まないで、ねえねえ、と全く違う話題を口にする。

「聞いてよ、小夜子さん。ミシェルさんもアニーさんも舞香さんも、みんな彼氏持ちなんだって! あ、ミシェルさんは結婚してるらしいけど。これは、秘訣をぜひとも聞かなくちゃだね♪」
「ひ、秘訣って‥‥その、私は‥‥」
「ふふ。旦那の話、もっと聞きたいかしらね? アニーの相手の話は、アニーから聞くと楽しいかもね?」
「わー、アニーさんからもミシェルさんからも聞きたいなー。ねえ、らぶらぶ? 彼氏にしてもらった中で、どれが一番きゅん♪ ッてきた?」
「まあ。ではわたくしも、兄と兄嫁の話をしましょうか? 伺った話ですと、こちらのチーズケーキはさる企業の女社長がさる伯爵家に嫁がれた時にも、ウェディングケーキとして饗されたとか‥‥羨ましいですわね。兄と兄嫁の結婚式にもぜひお願いしたいと思ってますのよ」

 そうして目をキラキラさせて、がっつり話題に食いついた石榴の横で、同じく顔を興味心身に輝かせたソフィアが先程、店長から聞き出した話を暴露する。ちなみに彼女の兄と兄嫁はどちらも男性らしいが、このご時世では些細な問題に過ぎないだろう。
 女性2人の遠慮のない、けれども無理強いをするでもない質問に、アニーが顔を真っ赤にして、舞香が曖昧に微笑んだ。ミシェルばかりは既婚者の余裕なのか、それとも生来の性格なのか、恥じらうでもなく旦那の話を――彼の浮気性の話や、それをどうしてだか憎めないし、憎んでも居ないけれどもやはり、人並みに寂しいとも妬ましいとも感じてしまうなんて話を、チーズケーキを味わいながらどこか楽しげに話している。
 それを小夜子は、微笑んで相槌を打ちながらも真剣に聞いていた。何となれば、男性との付き合い方や、デートの手順、その他にも細々とした様々のことが、実は未だに良く解らないのだ。
 だから。その際の加減とか、限度とか――こうして実例を聞き、判断基準に出来れば良いなと恥じらいながら思う彼女もまた、『幸せな恋人達』の1人である。これは本気で店長さんにアプローチするか、と石榴は作業スペースに視線を向けた。

(今まで聞いた馴れ初めを応用すれば、何だか行けそうな気がする‥‥!)

 そう考える石榴の耳にミシェルの、あまり押し過ぎるのも良くないかもね? という忠告が届いたかどうかは、当人以外は与り知らぬ事だった。





 良い記事が書けそうだと、満足げにソフィアが店を出て行った。それを合図にガーネットも、良いきっかけになった、と彼女にしては珍しく微笑みながら店を出ていく。
 残るは石榴と小夜子、ミシェル。また人が増えてきた店を手伝うべく、再びウェイトレス服に身を包んだ彼女達はそれぞれに、給仕や調理の手伝いに精を出す。
 チーズケーキ専門店のささやかな賑わいは、まだまだこれからだ。