タイトル:恋と乙女心と愛マスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/07 03:38

●オープニング本文


 それはおよそ二ヶ月前。‥‥そう、まだ本格的な寒さが襲ってくる前のことだ。
 一人の男が噴水の前で夢見たり落ち込んだり絶叫をあげた挙げ句、偶然何度か顔を合わせ、一目惚れした女性に会うためUPC本部へ特攻した。そうして傭兵たちの協力を受けた彼は無事に件の彼女と再会し、改めて自己紹介と連絡先の交換を行ない、清く正しき交際に向けて着実に歩を進めていたのであった。それはもう、その男‥‥アドルの喜びっぷりと言えば語るに及ばないだろう。

 そんな中、綺麗で優しい恋人(でもまだあくまで予定)が出来た彼を妬んだ友人たちの妨害に遭い、クリスマスはものの見事に大騒ぎで玉砕し。しかしめげる暇もそれほどなく、次のイベントが近付いてきていた。言うまでもなく、2月14日のバレンタインデーである。
 地域によりそれぞれ形式は違うものの、恋人同士‥‥ひいては片想いの者が意中の相手に想いを伝える日と言って差し支えないだろう。特に様々な国の者が集まるラスト・ホープでは多種多様なものになるだろうが、この日をきっかけに結ばれる男女も少なくはあるまい。
 当然、ごくごく普通の男であるアドルも例外ではなく、自分でもプレゼントを用意し約束を取り付けようとしていた。一方で「彼女」のほうも思い巡らせていたのだが、今の彼には知る由もなかった。

 そして。
 その「彼女」‥‥エリヤも自然と日付を見るたびにその日を意識し始めたものの、どうしたものかと考えあぐねていた。何かプレゼントを買ってきて贈る。そうするのが当たり前だろうし、その日をきっかけにしてぐだぐだと続いていた、所謂「友達から始めさせてください」という関係から脱却出来るだろう。変に消極的なのか、アドルはどうにも押しが弱い。勿論大切に想ってくれていることはよく分かるし、そんなところも含めた彼を自分は好ましく思っているのだが、やはり物足りないというか、はっきりとした言葉が欲しいと思うこともあって。
「‥‥だから、このまま普通に恋人になったとしてもそんなに変わらないんじゃないかって思うの」
 と、零したくもなる。休日のカフェテラス、自分の手を揉むように動かしながら、エリヤはじっと友人の瞳を見つめた。
「まあ、確かにね。私も一度会わせてもらったとき、正直そう思ったし」
 言って後頭部を掻きながら苦笑する彼女につられ、エリヤも少し複雑な表情を浮かべながら頷く。
「今だってあの人と一緒にいたら楽しいし、幸せよ。だから、贅沢なのかもしれないけど」
 小さく息を吐き出して。
「もっと、気持ちを話し合えるようになりたい」
 今のままではきっと、友人の延長線に過ぎないのだ。あるいは、愛ではなく恋のまま。その、微妙で一方的とも取れる距離が、時折彼女に息苦しさを覚えさせる。手を握ることも、腕を絡めることも。そう言えばまだされたことがない。
「‥‥だったら、あんたからそう言うしかないんじゃない?」
「え?」
 見返すと、グラスに入ったジュースをストローで掻き回しながら友人が言ってくる。
「案外、距離を取ってるのはあんたのほうかもしれないしね」
「‥‥そう、かな」
「かもね?」
 あくまで友人は断言することなく、にやりと笑みを浮かべてはぐらかしてくる。エリヤは深く息を吐いた。
「一対一に気が引けるなら他の人を呼ぶのもいいし。‥‥ああ、そういえば彼、わざわざ傭兵に頼んだんだって?」
 不意に話題を変えると、彼女の笑みはより楽しげなものになった。
「私は残念ながら見てなかったんだけど」
 と付け足して。この友人も傭兵‥‥能力者の一人で、あちこちに行っては戦っているらしい。出会ったのもキメラ退治の依頼を受けてエリヤの故郷に来たときだ。防衛もままならなくなって町の廃棄が決定されたとき、ここへ誘い部屋を紹介してくれたのも彼女だった。世話になってばかりだと、半ば自嘲的に思う。
 アドルと再会したときは沢山の人が彼を捜しているという話になっていたのだが、後々にそれはエリヤを探すためにアドルが頼った傭兵たちだと分かった。彼らがわざわざ依頼してまで好きな女性を捜しているということを知られないようにと考え、アドルを探しているということにし自然な形で再会させてくれたのだと、アドル本人の口から訊いたのだ。少々驚いたものの、既にその頃には彼の気持ちがよく分かっていたためか自分でも不思議なほど違和感なく受け止めることが出来た。
「せっかくだから、今度はあんたが傭兵に依頼するっていうのも一つの手かもね。私みたいに戦いばっかやってても持たないもんだし、そういうのが好きな人もいるしね」
 あ、ちなみに私は明日発つから、そう付け足して友人はにこりと笑みを浮かべる。その言葉を聞いてしばし思案したのち、エリヤは口を開いた。
「‥‥うん、そうする」

●参加者一覧

メアリー・エッセンバル(ga0194
28歳・♀・GP
クレイフェル(ga0435
29歳・♂・PN
聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
faceless(ga1971
28歳・♂・SN
緋霧 絢(ga3668
19歳・♀・SN
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT

●リプレイ本文

●何はともあれ顔合わせ
 依頼を受けた八人は双方の話を聞き、またその気持ちを確認する為、四人ずつに別れて当事者二人に会いに向かうことにした。
 依頼人であるエリヤと話をする為、待ち合わせ場所に向かったのはクレイフェル(ga0435)、如月・由梨(ga1805)、緋霧 絢(ga3668)、蓮沼千影(ga4090)の四人だ。四人とも彼女と会うのはこれが初めてだが、
「よぅ、俺は蓮沼千影って言うんだ。まぁ正直、恋愛経験は少ないが‥‥力になりたくて参加させてもらったぜ」
 何処か冷たい印象の覗く千影が人好きのする表情で挨拶をしたことで、少しエリヤの緊張もほどけたようだった。順に簡単な自己紹介をする途中には、表情や声の起伏が限りなく少ない絢を見、クレイフェルが誤解されまいと、
「緋霧はほんとええ奴やから」
 と胸を張って言ってみせ、彼女の頬を赤くさせたりエリヤや由梨の何かを理解したような視線がそそがれたりという場面もあった。もっとも当の本人は周囲の様子に気付いておらず首を傾げており、千影も何も言わず彼の肩に手を置くだけに留めたが。
「そんで本題やけど、自分はどんなカップルになりたいん?」
 不思議そうに眉間に皺を寄せていたクレイフェルだが、それを追求する気にはなれなかったのか、話を戻し、エリヤに問いかけた。ちなみに自己紹介時は丁寧な物腰だった彼も今は素の状態で、表情も口調も良い意味で人懐っこい。
「ど、どんな、と言うと、ええと‥‥」
 視線を感じ、じわりと顔に熱が集まるのを自覚しながら。普段は子供たちの前に立つ彼女もさすがに恋愛相談を初対面の相手に話すのは照れるらしく、しばし逡巡し、やがて俯くとぼしょぼしょと口を開いた。
「やっぱり‥‥目を見て、ちゃんと言いたいことを言える、のが」
 照れで言葉尻が小さくなっていく。そんなエリヤを由梨や絢は重ねるものがあるように、クレイフェルは微笑みながら見つめ。
「あー、ちょっといいかな?」
 静寂を感じ、そろーっと顔の横まで軽く片手を上げて言ったのは千影だった。視線が集まると咳払いをし、そして困ったように苦笑してみせる。
「依頼を受けるときに聞いて思ってたんだが、色々俺もアドルと被るところがあってさ」
 気恥ずかしそうに頬を掻いて。
「踏み出したいんだけど、今の心地良い時間が崩れちまうんじゃないか、って想像するだけで怖くなることもある。だから今のままが一番いいのかな、なんて思ったりさ。‥‥男って案外、臆病だからよ」
 一気に言い切ると、今度はとても穏やかで真っ直ぐな視線でエリヤを見返す。
「だから、手を繋いだりとか‥‥本当はアドルもしたいって思ってるはずだぜ」
 例えば、ふと気になる店があったとき、指で示しながら何気なく腕を取ってみせたり。そんな自然な行動でいい、相手から触れられれば自分も安心出来る。
「ま、ドギマギさせてしまうかもしれねぇけど。それでも、充分効果あると俺は思うぜ」
 そう言って締めくくると、自分の言いたいことは伝えたというようにふう、と息を吐き出して。しかし直ぐに視線を四方から感じ、千影はばつの悪そうな表情を浮かべた。そして、悪意はないだろうがにやりと笑うクレイフェルと目が合い、同じようなノリで千影も何やら笑みを浮かべて。
「現状がどうであれ、エリヤさん。貴女の気持ちは決まっているんじゃないでしょうか?」
 心なしか似通った面のある男二人が漫才にも似た掛け合いを始めたのを横目に見つめて苦笑しつつも今度は由梨が彼女に話しかける。
「自分の望むこと、それを口に出すのには勇気が要りますし‥‥わ、私も出来ている自信はその、ないですけど‥‥」
 由梨も恋人はいるが、エリヤ、あるいはアドルと同様に思いを言うことが出来ず、後々落ち込んだり悩んだりすることは多い。そのこともあってこの依頼を受けたものの、最初はどんな言葉を伝えれば良いのか分からずにいた。しかし今は自分と彼女の姿を重ね合わせながら、己に言い聞かせる意味も込めて告げていく。
「でも、それではいけないと思います。だから‥‥思い切って自分からも言って、伝えてください。やはり口に出さないと、その望みは伝わりません」
「そうやな。さっき聞いた理想もそうやけど‥‥一番大切なんはどんな些細なことでもきちんと言葉で伝えることやと俺は思うで? 言葉なしには分からん奴もおるさけな」
 いつの間にか話を聞いていたらしいクレイフェルも、考えるように顎に手を添えて言った後、にこにこと笑みを浮かべてみせる。
「‥‥一度、自分の考えを文章に起こしてみてはどうでしょうか?」
 視線を落とし、皆の言葉を胸中で反芻するエリヤに沈黙を続けていた絢がそんな提案を口にした。
「文字にして考えを整理するのは有効な手段ですからね。実際に逢って伝えるのは、それからでも遅くありません」
「そう、ですね」
 さすがにこのまま直ぐに逢うというのは慌ただしい。どうせなら一人で整理をつけたほうが良いだろう。絢の提案に、かすかな戸惑いと真摯さを交えてエリヤが答える。お礼を言うと変わらずの表情ながら丁寧に反応を返す絢に、くすりと微笑んで。

●一方その男
 また、ほぼ同時刻にはメアリー・エッセンバル(ga0194)、聖・真琴(ga1622)、faceless(ga1971)、リゼット・ランドルフ(ga5171)の四人がアドルに会っていた。
「お、お久しぶりです。その節は本当にもうどうもありがとうございました」
 と、以前の依頼でエリヤを探す際にも顔を合わせているメアリーのことを彼はよく覚えていたらしく、やたら平身低頭だ。もっともそれは感謝の念だけでなく、前のときは彼女の提案で傭兵に頼まれたことを隠して捜索したにも関わらず、今はエリヤも承知であること、そしてそれを知ったメアリーが不安で大騒ぎし、心配してくれた仲間と共に駆けつけた、という名目で会う約束を取り付けたこともあるだろう。彼の様子にメアリーが内心、相変わらずだと苦笑したのはさておき、彼の気持ちを聞く為に話の方向をずらす。
「あれからどうなったのかな、って気にはなってたけど‥‥その様子だとバレて嫌われたわけじゃなさそうね」
 にこりと笑みを見せて言うメアリーに、アドルも意外にというべきか頬を緩ませた。
「ええ、まあ」
「でも、ええとその‥‥付き合ってる、の?」
 少し照れ、両手を擦り合わせながら問いかけるとその笑顔もしぼむ。
「彼女といると凄く幸せなんですけど、恋人同士かって言われると、その、断言は出来ないです」
「でもその人のこと、すっごく好きなンでしょ?」
 半ば茶化しての妨害もあったようだが、それでも二人で会う機会は幾らでもあったはずだ。真琴に言われ、視線を泳がせつつもアドルは深く、真剣な面持ちで頷いた。
「実際に会って話をして、余計に‥‥彼女が好きになりました」
「それほど好きに思ってる人と毎日、メールや電話をしてるのよね? どうして自分みたいな男と、って思ってない?」
 ぎくり、と分かりやすく肩を震わせるアドルを見つめ、メアリーが感じたことを口にする。
「エリヤさんは、あなたにはそれだけのことをする意味があるって認めてくれてると私は思うわ。大好きな人がそんな風に思っているものを、あなたは否定するつもり?」
 好き過ぎて照れが生まれるのか、それとも劣等感があるのだろうか。どちらにしても彼は次に進めていないし、そしてそれは何処かメアリー自身に重なる部分でもある。自分のことになると妙に鈍くなり、相手はいても進まないのが現状で。重ね合わせてみると赤くなったり青くなったり慌ただしい。それを顔には出さないよう振る舞いながら、汗の滲む掌を握り締め、言葉を続けた。
「手を繋いだり‥‥キス、するだけが愛じゃないわ。まずは相手の気持ちをちゃんと聞くところから、始めましょう?」
 頬は紅潮しているかもしれない、声も少し上擦っているかもしれない。言って、気力を使い果たしたように息を吐くメアリーにリゼットが微笑みを零した。
「それに、恋人同士になるならこちらからも気持ちを伝える必要があるんじゃないか?」
 facelessが言って。アドルが驚き声を漏らすと、彼は言葉を続けた。
「その勇気、お前にはあるか?」
 俯き、しばしアドルは黙り込んだ。以前の依頼でもそうだが、彼は行動力もそれなりにあるというのにいざ核心に迫ると踏み出せない感がある。しかし今回はまだ会って想いを伝えることが彼にとっての目的ではなく、彼が何を選ぶかはそれこそその心次第だ。
「‥‥あります。エリヤさんのことは本当に好きですし、後悔もしたくありません」
 淀むこともなく告げられた返答に、facelessはかすかな微笑を覗かせる。
「じゃあ、そのままで大丈夫だな」
「うんうん、それだけエリヤさんが大事なんだから大丈夫! でも、女の子は男の人に力強く引っ張って行って欲しいモノなンだからネ」
「そうですよ。彼女も貴方を好いているのは間違いないんですから、頑張ってください!」
 真琴とリゼットに応援され、少々緊張した様子ながらもアドルは頷く。話を聞いていただけでは消極的な印象が強かったが、想いは確かにあり、そしてこうして機会が出来た。後は本人たち次第だ。

●そして繋がる
「ほらほら、あんまり待たせちゃダメダメ☆ 気楽に行こうよ、Take it Easy♪」
 天真爛漫な笑顔で言って、真琴がアドルの背中を叩く。いきなり押された彼はたたらを踏み振り返ったが、四人の表情を順繰りに見ると何も言わず頷き、歩き出した。
「上手くいくといいけど‥‥」
「後はもう見守るだけだからね〜。でもあの表情なら大丈夫だと思うよっ」
 少し心配そうなリゼットに真琴が笑いかけ、彼女につられてリゼットも微笑んだ。互いに伝え、聞くことが出来れば。向き合う意気は彼にあるのだから、きっと‥‥。

 夜。少々控えめにライトアップされた噴水の前に一人エリヤは立っていた。どうしてこうも緊張するのだろう、そう思うほどに胸が苦しく、この場から立ち去りたいという衝動が何度も襲ってくる。しかし現状に終止符を打つ、そのことを望んだのは他の誰でもなく自分だ。逃げたくない、変わりたい。そんな気持ちも捨て切れないどころか時を追うごとに膨らんでいく。
 不意に足音が聞こえ、エリヤはそちらを向いた。駆け足で近付いてきたのは見慣れた、しかし顔を合わせることは少し久しぶりになるアドルだ。やはり声や文字で連絡をとるのとは違い、顔を合わせると妙に照れるのは彼のことが好きで仕方がないからだろうか。
「ひ、久しぶり」
 とぎこちない挨拶ではあるが、不思議と居心地の悪さは感じなかった。近況といった他愛ない話題からぽつりぽつりと会話が始まって。途切れるとふと思い、エリヤはぽつりと呟いた。
「‥‥まさかここがこんなに大切な場所になるとは思わなかった」
「え?」
 いちゃつくカップルを一瞬横目で見た後、聞き返したアドルを見返し、苦笑して。
「あなたと出逢って、再会して、今もここにいる。何だか不思議な気持ちです」
 一度目は偶然の産物。二度目はエリヤを捜した傭兵たちの配慮によるもの。そして三度目は自分の依頼を受けてくれた傭兵たちがプレゼントを持って逢おうと提案してのもの。思えば人の手を借りてばかりだが、これからは自分の足で歩いていかなければならない。踏み出した足は思いのほか軽く、そして埋められた距離は想像よりも大きい。
「‥‥私は、あなたのことが好きです。優しいところも、不器用なところも全て」
 両方の手を伸ばして。
「今までみたいな関係でも幸せ。でも、出来るなら私はあなたの傍にいたい」
 ぎゅっとその手を取り胸の高さまであげると、真っ直ぐと向き合ったまま言葉を重ねる。
「私ではいけませんか?」
 短い、だがそれだけにはっきりとした問いかけ。気絶しているのではないかと思えるほどアドルは硬直していたが、その耳が赤く染まるのを見て彼女はまた微笑んだ。今はこんなにも彼のことが愛しい。そう思える自分もまた、幸せで仕方がなかった。
「お、俺のほうこそ‥‥君の、エリヤの傍にいたいよ。君のことが好きで、本当にもうおかしくなりそうなんだ」
 初めて呼び捨てで呼ばれた名はくすぐったかった。言うとアドルはきつく彼女の身体を抱き締め、エリヤも彼の背中に手を滑らせた。厚い服に遮られる温もりすら感じられるほどに気持ちが重なり合う。やがて、二人の影は音もなく重なり合った。

 一方、噴水の傍にあるベンチではクレイフェルと絢がアドルとエリヤの様子に気を配りつつ、雰囲気作りも兼ねてカップルを演じていた。昼間にエリヤと顔を合わせている為、気付かれないようにそれぞれ帽子をかぶったり髪型を変えたりと変装もしている。特にクレイフェルは、
「私なんかが恋人役ですみません」
 と、普段の彼を良く知る友人ならば一瞬我が耳を疑うであろうほどに、覚醒しての丁寧な標準語で絢に話しかけていた。その絢は甘えるようにクレイフェルの肩にしなだれかかり、手もずっと握ったままでいる。しかし、もとより好意を持っているゆえにその緊張はエリヤやアドルの非ではなく、平静を装いつつも明らかに挙動不審で、答える声は上擦ったりどもったりと大変な状態になっている。
「あ、あの、その、あの、ええと‥‥」
 もはや顔から蒸気が噴き出しても違和感がないほど紅潮しているくらいだ。ところが意中の相手はまったくもって彼女の気持ちには気付いていないらしく、緊張していると捉えて手を離して肩を抱いたりもしたのだが、むしろ逆効果であることは言うまでもなく。
「緋霧さん、猫好きだったでしょう?」
 そう言ってエリヤとアドルが身体を離し、一足早いバレンタインのプレゼントを渡し始めようとすると、合わせてポケットから一つの箱を取り出す。一度は密着を解かれたことで落ち着いていた絢の心臓が再び全速力で走りだしたが、時折エリヤとアドルの様子を窺っている彼が気付く気配はやはりない。猫のチャームがついたネックレスを受け取った絢は、彼の大好物であるモンブランの入った包みを渡し。そうしているうちに、あちらもいよいよ締めのようだ。
「上手くいくといいですね、あの二人」
 とクレイフェルが表情は普段と変わらず楽しそうに言うと、顔を赤く染めた絢がこくりと頷く。この二人の「春」は果たしていつになるだろうか。

 そして草葉の陰もとい、木の横に顔を出して成り行きを見守っていた六人は、声も表情もほとんど分からないものの二つのカップルに羨ましがったり恥ずかしがったり微笑ましそうにしていたりと、多様な反応を見せていたが。後で本当にいちゃついているように見えた偽装カップルの真実を知ると(主にクレイフェルに)様々な意味合いを含んだ視線を向けたのだった。しかしその意味にも彼は気付かず、刺さる視線に首を傾げながら冷や汗を流したのはここだけの話である。