●リプレイ本文
●まずは挨拶
本部に今回の概要が載った後の休日、依頼を受けた六人はマリーの店で改めて顔を合わせていた。
「こんにちは、今日は宜しくお願い致します」
微笑みを覗かせ、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)が待っていた二人に会釈する。小川 有栖(
ga0512)もにっこりと笑顔を浮かべて、ぺこりと頭を下げた。そんなおっとりした物腰の二人の後ろに立つのはクラリッサ・メディスン(
ga0853)で、持参した道具を置くと軽く息を吐き出す。
「お菓子作りが楽しみだニャ〜☆」
アヤカ(
ga4624)は何やら大きな材料を持ってきているようだ。液体の入った瓶のようだが‥‥。
「俺は皆でわいわいするのが楽しみで来ました!」
と、アヤカの言葉に反応してか、勢いよく挙手したのは空閑 ハバキ(
ga5172)だ。しかし、その元気さもつかの間、
「まあチョコは作っても、バレンタインの予定はないんだけどねっ」
言うと、ほろりと涙を流す‥‥ような仕草をしたが、直ぐにまた人好きのする笑みを浮かべて、きゃっきゃと傍にいるレーゲンとはしゃぎ合う。二人は兄妹のように仲が良く、今回のチョコレート作りでも同時刻に平行して作業を行う予定だ。
はしゃぐ二人でもなく他の三人でもなく、マリーはやたら大仰で、そして料理には不釣り合いなものを持つカネシロ(
ga6491)をじっと見つめていたが。やがて肩をすくめると、何事もなかったかのように煙草の煙を吐き出した。
●微笑ましい二人
あまり広いキッチンではない為、チョコレート作りとラッピングを交代で行なうことになる。まずキッチンに入りチョコレート作りを始めたのはハバキとレーゲンで、
「それじゃあ俺でも失敗しない、カントリー風チョコクッキーを作りまっす。しっとりとしたあまーい生地とホロ苦チョコの組み合わせがもう二重丸!」
というハバキの殺し文句もといポイントにレーゲンが純粋に驚いてぱちぱち拍手するなど、さながら料理教室といった雰囲気に始まった。付け加えるならば彼は三角巾にエプロンという気合いの入った格好であり、レーゲンもエプロンを身に着け髪をまとめている。兄妹が一緒に何かを作っている図、と言っても差し支えない。
「レグ、ヘルプお願い!」
「はい、分かりました♪」
チョコレートムースを作るレーゲンと同様、ハバキも卵白と卵黄を取り分ける作業のところのようだ。彼は先程の言動からして、お菓子作り自体にはそれほど慣れているわけでもないらしい。
「おー、さっすがレグ!」
「えへっ、どういたしまして」
一方でその手際の良さに感心される彼女は、お菓子作りを趣味の一つとしている。当然知識も経験も豊富で、無駄無く材料を使用したり泡立て器を使うなどのこだわりもあるようだ。それだけに時間に少し余裕が出来る為、本命の分も確保する予定となっている。
負けず劣らず楽しげなレーゲンを見てハバキは首をひねったが、彼女がそれに気付くことはなかった。
●穏やかな時間
次にキッチンに入ったのは有栖とクラリッサだ。二人ともガナッシュと別のものを組み合わせて作るが、有栖は牛皮に包んだラム酒風味の白、ラズベリー風味の赤という二種類の白玉チョコを、クラリッサはトリュフトラディショナル、トリュフコニャックと同じトリュフ型のものを二つに加えてタルトショコラで、見栄えも味も変化がある。
「ヴァレンタインデーに女性からチョコレートを贈るなんて、変わった風習がラスト・ホープにはあるものですわね」
作ったガナッシュをタルト台に流し込んだ後、ふと手を止め、感心とも戸惑いともつかない表情でクラリッサが独り言のように呟く。もっとも、彼女も料理の腕にはそれなりの自信もあり、こうして物を作るのも嫌いなほうではない。
「そういえばバレンタインデーって、国によってあれこれ違ったりしますね」
小首を傾げて有栖も、レンジの前で牛皮の状態に目を配りながら記憶を辿り始めた。
日本ではこの店にチョコレート作りを頼んだ客同様、片想いの女性から意中の男性にそれを渡すのが通例となっている。ここ数年は友人同士で渡し合うことが多いようだ。また恋愛対象でなくとも親しい相手ならば渡す、というのも特徴と言えるだろうか。一方欧米などでは男女問わず、プレゼントもチョコレートに限ったものではない。恋人同士のイベント、という意味合いも強いだろう。
ラスト・ホープは様々な国籍及び経歴の人間が集まるという特徴もあって、バレンタインデーに関する意識も皆ばらばらと言える。そうした慣習のない者も数多くいるに違いない。
「‥‥ということは、ここだと沢山の『バレンタインデー』があるんですね」
と、結論に至ったらしい有栖が言うと手をぱん、と合わせて振り返った。
「それはとても贅沢なので、楽しまなきゃ損です」
実に幸せそうな笑顔を見せて言う彼女に、クラリッサは一瞬くすりと笑みを零すと瞳を閉じ、代わりに口を開いた。
「そうですわね」
この店に作製を頼んだ人々にも、そして作っている自分たちにも、幸せはきっと訪れるはずと感じながら。
●マリーの微笑?
最後はアヤカとカネシロの番になる。
アヤカが最初に作るのはガトーショコラで、こちらもまた手際良く作るとオーブンに入れて加熱する。その間に次のものを作ろうと取り出したのが焼酎だ。
「お酒‥‥ですか?」
ちょこちょことキッチンに来ては、邪魔にならない程度に道具を洗ったり片付けたりしていたフェロは、その瓶を見て小首を傾げた。酒を入れたチョコレートを作ることは珍しくなく、先程も見たのだが。所謂浮世絵のようなタッチで描かれた荒波と分厚く毛筆で書かれた商品名のほうが気になってしょうがないらしい。
「ニャ。大人向けの生チョコニャよ☆」
言って、更に別のものを取り出す。
「うわっ!?」
と、思わず声をあげたフェロを見てアヤカは悪戯っぽい笑顔を見せた。
「これもある意味、大人の為のチョコかもニャ〜?」
小首を傾げつつ彼女がひらひら振ったのはさきいかの入った袋だ。それをコーティングするのが三つ目のチョコレートらしい。普通に考えれば食べるのに勇気のいる代物だが、彼女曰く「意外とこれいけるんニャよ☆」ということらしい。
一方、順番は最後でいいとだけ言って誰とも話をすることもなく沈黙を守っていたカネシロを、少し離れた場所から見つめていたマリーは不意に息を吐き、口を開いた。
「‥‥何を作るつもり?」
取り出し並べられるのはフラスコに薬品と、どう考えても料理ではなく実験の為の道具だ。それを待っていたかのように、ふ、とマリーを鼻で笑い、カネシロは自慢げに自分の目的を話し始める。
当然のごとく普通のチョコレートなどではなく、彼が作ろうとしているのは食べた相手を自在に操るチョコレートであること。それも実験段階であり、誰かに飲ませようとしていること。挙げ句つらつらの使用する化学薬品について説明するが、テトロドトキシン、ピクリン酸など劇毒物と言って差し支えないものばかりである。眉根を寄せると、今度はマリーが深く溜め息を吐いた。
「‥‥あなた、本当にサイエンティストなのかしら」
心底呆れたように。言って、挑発的に煙を吹き付ける。他人を実験材料としか考えられない彼は顔を紅潮させ、腕を掴もうとしたがむしろマリーはそれを待っていた。
かすかな笑み。それを刻むと同時に腕を逆に捉えて。
仲良く作業をしていたアヤカとフェロが同じ部屋で起こっている異変に気付いたときには、既にカネシロは何やらぐったりとしておりその首根っこを至って当然のようにマリーが掴んでいる。
「マリー‥‥さん?」
「何でもないわ。‥‥でもそうね、ここだと邪魔ね」
恐る恐ると言った様子で聞くフェロに、彼女はふう、と運動を終えたように汗を拭うと一人で何かを結論付けたようだ。頷き、ずるずるとカネシロを引き摺り連れて行くマリーを見送るアヤカが、ぽつりと呟いた。
「あの人は一体何なのニャ‥‥?」
しかしその呟きに答えられる者はおらず、二人の消えた方向からは心なしか阿鼻叫喚とさえ表現出来そうなほど物騒な音が聞こえ続けていた。
●まったりお茶会
一部は姿を消したままだが、とにもかくにも依頼されたチョコ作りとラッピング作業は終えた。片付けも終わると後は集まった彼らの提案により、試食を兼ねたお茶会が始まる。それぞれ余りや形が悪いものが集まっているが無論、商品として作ったものと同様のため味はしっかり保証されている。
「フェロ君」
と、率先して食器やコップを探していたフェロは、呼びかけられて振り返った。彼に声をかけたのは向こうの部屋で準備を行なっているはずのクラリッサで、近付いてくると頭を下げて目線を近くし、口を開く。
「あなたもご苦労様。これはお姉さんから、フェロ君へのご褒美です」
その言葉通り、年の離れた弟を可愛がるような優しい表情を浮かべ、彼女が差し出したのは少し余分に作っておいたタルトショコラだ。先程試食に出したものとは違い、形もしっかりとしていて作った商品と遜色ない。戸惑った様子のフェロを見ると、クラリッサは彼の胸許に半ば押し付ける形で包みを渡すと、空けた片方の手でまだ成長途中の少年そのままの手を取り、握らせた。目が合えば、フェロは心なし紅潮しつつも声を発する。
「あああ、ありがとうございます‥‥」
と、言うまでもなく声は裏返り、目線は上下左右に動き挙動不審だったが。指先が離れると壊れた機械のように何度もぺこぺこ頭を下げるフェロに、クラリッサは思わず笑い声を零して口許を手で覆った。思いのほか、見ていて微笑ましい。
「あー! 遅いと思ったらプレゼント貰ってるじゃん!」
ひょっこりと顔を覗かせたハバキだが、二人に近付きフェロが抱えている包みに気付くと、そんな風に言ってうりうりと肘で彼を突つく。やはりしどろもどろの彼には少々驚いたらしく目を丸くしたが、そっと穏やかな表情に変え。そして不意に方向転換する。
「マリー、いなくなったまんまだけど‥‥フェロは味見するよな?」
牛皮も気になるし、と付け足すと歯を見せて笑って、今度は髪をわしゃわしゃと掻き乱して。そんなからかいもそこそこに、食器類を抱えつつもフェロを引っ張っていくハバキを見送った後。一人になると不意に真剣な面持ちになったクラリッサは近くに置いてある、道具を入れ直した自分の鞄に視線を落とした。その中には一つ、来たときよりも物が増えている。それほど大きくはないが『中身』は詰まっている箱だ。
「‥‥あの朴念仁の『槍の彼』がこれを受け取ったら、一体どう思うのかしら?」
楽しみにするようにも不安に思うようにも取れる微苦笑を浮かべて。クラリッサも二人を追って、試食会の行なわれている一角へ歩き出した。