タイトル:袂分かつ人々マスター:リラ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/31 23:50

●オープニング本文


 バグアの侵略は人々に混乱と恐怖、そして憎悪と絶望をもたらした。

 人類と異星人という、数年前には悪夢でしかなかった戦場の舞台となった都市のその多くは、既に姿を消し復旧もままならない。
 また、そこに住んでいた多くの者は為す術も無く命を絶たれ、生き残った人々の中には未来への希望も見出せず自ら命を絶つ者も少なからず存在した。だがそれ以外の、今もまだ絶望と希望の狭間で生きる者たちも必ずしも同じ気持ちを抱き、同じ道を辿った訳ではない。

 ある者は身近な恐怖を感じることもなく日常を過ごし。
 ある者はバグアを憎みながら死と隣り合わせの日常を送り。
 ある者は大切な者を失ったことで癒えることのない傷を負い。

 そして、ある者は戦う力を見出されて戦場へと向かい。

 別の者は侵略者に支配されることを余儀なくされ。
 別の者は己や周りの誰かを護る為に自ら侵略者に従う。

 今回舞い込んだ依頼は自ら侵略者に従う、その可能性が高い者の住居への潜入調査だった。軍の情報漏洩の可能性を切り捨てることは出来ない。組織としての誇り、引いては今後の戦局に影響を及ぼし、多くの者の血が流れるのかもしれないのだから。

 だが何も、人間の生き方に万人に通ずる善いも悪いも存在しない。例え多くの他人を傷付け周囲に断じられようとも、自身や未だ見ぬ他人にとってそれは正義の為の犠牲なのかもしれない。逆に周囲の人々を護り、善い行いを続けたとしても、全ての人が喜ばしく思うではなく。偽善と嗤う人間も、少なからず存在するものだ。
 多くの者に憎まれれば悪なのか。多くの者に喜ばれれば善なのか。それを人々に問いかけることは途方もなく難しい。

 ただ、一つだけ言えることは。
 己の生きかたを己が受け入れること。過去も現在も未来も自分のものとして認めること。それすらもなければ、人は今のこの世界で生きていくことなど、出来ないのかもしれない。

 依頼は静かに問いかける。受ける意味を、その思いを。

●参加者一覧

ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
比留間・トナリノ(ga1355
17歳・♀・SN
シェリー・ローズ(ga3501
21歳・♀・HA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
嶋田 啓吾(ga4282
37歳・♂・ST
ゴルディノス・カローネ(ga5018
42歳・♂・SN

●リプレイ本文

●調査
 対象が親バグアである確たる証拠。それを得なければ確保は難しい。その為、まずは水面下で多方面に動く必要があった。そのうちの一つが近隣住民からの情報収集で、役割を担うのはシェリー・ローズ(ga3501)。普段は所謂「女王様」の一言に尽きる容姿及び性格の持ち主である彼女だが、今回は少々胸許が開いた程度の服装に留め、また長い髪も一つに括って化粧品の訪問販売員を装い歩き回っていた。
「どうも〜お邪魔しますね。あら、素敵な奥様ですこと!」
 とお約束の営業スマイルも上々に、噂好きそうな女性に狙いを定めてさり気なく天気の話から件の家人の話へと話題をすり替えていく。そうして何件か回り、聞いた話によると、
「住人は例の中年男が一人。ただ、この辺では見ない顔がちょくちょく出入りしてるみたいだよ。そいつらも仲間‥‥と考えたほうが良いかもねぇ」
 ピンク色の携帯電話を手に、先程までにこやかに談笑していたシェリーが歩きながら手に入れた情報を仲間に報告する。その表情は真剣なもので、そして心なしかむず痒そうなものでもある。合流する旨を告げ、通話を切るとそれが限界だったようにシェリーは表情を歪めて、
「アタシは‥‥アタシは泣く子も黙る夜叉姫なんだぞ!」
 ごくごく普通なのだが彼女にとっては地味であろう格好に、独り半ば涙混じりの不満を漏らしていたのはここだけの話である。

 一方、シェリーの報告を受け取った嶋田 啓吾(ga4282)も役所と不動産屋を回り、周辺地図やほぼ同じタイプの家の間取り図を入手すると、遠巻きに実際の外観を照らし合わせながら抜け道になり得る箇所、仕掛けのありそうな箇所、比較的侵入しやすい箇所の三点にアタリを付けていた。
 彼とシェリー、ゴルディノス・カローネ(ga5018)の三人が多方面から情報収集を行ない、ファファル(ga0729)、UNKNOWN(ga4276)、比留間・トナリノ(ga1355)の三人が不審な行動を見張る為に交代で監視を行なうという役割分担になっている。もっとも、監視により得られるメリットは他にもあるのだが。
「さて、これからが本番ですねえ」
 ぽつりと啓吾が呟く。何度も依頼をこなしてきた彼にはこれまでも親バグアの人間に会う機会はあった。親子であったり、能力者であったり。また、動機も家族を盾に已むに已まれずという場合もあれば、自らの意思で、というケースも少なくない。動機を挙げればきりはなく、完全に同様のケースなどないだろうが、ただ一つ言えることは。
(「いずれにしても、彼らにはバグアに与する以外の選択肢がない」)
 用意されているように見えても、綱渡りのようなものであればそれは無きに等しい場合も多い。以前から危ない橋を渡ってきた人間ならばともかく、元一般人なら尚更だ。完全に染まるにはまだ、年月が浅過ぎる。
(「こういうものを人の悲しさ、とでも言うのでしょうかねえ」)
 結局のところ、憎もうが受け入れようが同じ人間には変わりないというのに。冷静に、そして真剣に思い、啓吾は手に入れた紙に目を落とし、感情を吐き出した。
「バグア、どこまで人の心を荒ませれば気が済むのか」

●侵入
 侵入経路の検討が落ち着き、監視によるプレッシャーにある程度の効果が見られた頃。次の段階に移るべく、新たな行動を開始する。
「裏切りは果実酒の香り‥‥果たして真実の裏切り者は誰だろう、ね?」
 あくまで冷静に。UNKNOWNが問いかけるように囁き、わずかに口許を歪めてみせる。
「‥‥まあ、いささかアクの強い面々であることは否めないがね」
 言葉の意味を察した啓吾が肩をすくめてみせ。
「それこそ確証を得ずに動くのは早計、としか言いようがない」
 声音硬く、わずかばかり目線を上げてUNKNOWNを見返す。そんな悪友の反応に、彼は何処か面白そうに目許を細めた。
「分かっている、よ」
 すれ違い際、肩を軽く叩いて。数歩刻むと、UNKNOWNは振り返った。
「嶋田」
 名を呼んで、振り返った彼に煙草の箱を軽く放り投げる。仲間が持っていたもので、中身が入っていることを示すように振ればからんと音を立てた。開けてみれば小さく丸められた紙くずが入っている。
「盗聴器を借りれんから、な。適当な場所に置いておけば、後は‥‥」
 一度、言葉を切り。今度は危険を覗かせる笑みで振り返りかけ、口を開く。
「知らず不安は膨れ上がる」 
「確かに。信用させる意味では有効でしょうね」
 それこそ相手が「プロ」であれば話は別だが、もしもまだ素人に近しい者ならば。それは侵入されたという事実とともに、疑心暗鬼にさせてくれるだろう。もっとも使う必要などないのが一番だが。
 トナリノから連絡が入ると、いよいよ動くときだ。それぞれ違う場所へ向けて歩き出した。今、これからの行動が彼らの成否を分ける。

 夕暮れから夜の濃い闇に染まっていく時刻。電話で仲間への連絡を済ませると、UNKNOWNは喫茶店で対象と背中合わせになる席に腰を下ろした。周囲には家族連れや友人同士など喋ることに夢中になっている客も何組かいるが、対象である男は一人らしく誰か連れが来る気配もない。しばらく動かない様子だった為沈黙を守っていたが、相手が動く気配を見せるとざわめきを縫う形でそっと口を開く。
「‥‥UPCが近付いている」
 短く、そして普段よりも低く呟くように発する。距離が近いとはいえ聞こえるとは断言しがたい声量だったが、どうやら聞こえたらしい。立ち上がりかけた相手が座り直す、椅子を軋ませる音が耳に届いた。
「‥‥あんた、何者だ?」
「私は『イスカリオテ』‥‥お前を逃がすのが仕事、だ」
 その単語に思い当たったのかどうか。聞いていた年齢よりは少し若く思える声が小さく反芻して。それ以上相手の言葉を待つ必要はなく、
「必要になれば‥‥連絡しろ」
 続けて携帯電話の番号を一つ一つ区切って続ける。後はどう動くか。コーヒーに口をつけ、尚もUNKNOWNは相手の様子に意識を傾けた。

 そうして彼が警告と監視をこなしている間に、トナリノと啓吾は室内への潜入を試みていた。
「頼りにしていますよ、シェリーさん」
 念には念をと、家の前での見張りを買って出たシェリーに啓吾が穏やかな笑みを浮かべて言い、トナリノも少々緊張した様子でぺこりと頭を下げる。素直に信頼されることにはあまり慣れていないらしく、彼女は軽く顔を背けるとそのまま人気のない方向へ向かっていく。少し苦笑すると、改めて二人は扉に向き直った。罠の類が無いか二人で入念に調べるが特に見当たらない。なるべく痕跡を残さないように気を払いながら、中へ侵入する。
 一人で住むには広過ぎるほどの家ではあるが、かなり簡素で確証を得られそうなものは少ない。だがそれだけに見つけられれば直ぐに片はつく。
 そして警報機などの防犯装置を解除しながら探索を続けていた二人は、十数分後に狙いの一つであるパソコンを見つけた。
「ぱ、パスワードですか‥‥」
 早速起動したものの直ぐに入力画面が表示される。主に仕掛けの解除を担当する啓吾が画面に向き合い、手を顎に添えて考え込む仕草をした。それを横から覗き込むトナリノが言って小首を傾げる。
「こういうものの場合、生年月日が定説ではありますが‥‥」
 はて、と懐からメモを取り出して試しに入力し始める。外してデータを抹消されれば厄介だが、情報が少ない以上手当り次第にやるしかない。キーボードを叩き。ごくん、とトナリノが息を飲んだのもつかの間、画面が一瞬黒くなったかと思えば再度入力画面が表示される。
「‥‥これは骨が折れそうですねえ」
 と啓吾が溜め息を吐き、軽く腕を回した。

 それから数十分後。連絡を受けたファファルは移動し始めた。監視中、尾行しながら探していた狙撃ポイントに向かう為だ。郊外とはいえ住民に余計な不安を与えないよう、出来れば外から狙撃することは避けたいものだが。
「いよいよ大詰めと言ったところか‥‥」
 呟き。敵増援を警戒しながら息を潜め、待ち構え。
「ファファルだ。こちらの準備は整った」
 と仲間に連絡を入れると、煙草の煙を吐き出し、時を待った。

 ゴルディノスも同様に屋外から逃亡に備え、窓側のよく見える位置に陣取るとナイフとハンドガンで攻撃の準備を済ませ、連絡を取る。味方が攻撃されれば足の健を切るなどの強硬手段も用意する彼は元マフィアであることもあってか、それに抵抗はない。
(「『君たち』の目的は知らん。意思も知らん‥‥だが、知る必要はない」)
 その表情に緊張は見られなかった。平静で揺らぎはなく、淡々としている。
(「君たちの意思はどうあれ、既に『あちら側』に立った人間だ。陣営が違えば敵でしかないのだよ。故に‥‥我は」)
 深く息を吐いて、目を閉じ。
(「過去は縛られるモノではない。我が偉大なるカポよ、これが‥‥貴方に捧ぐ弔いの幕だ」)
 内に強い意志を秘めて、ゴルディノスは続ける。大きなものを失おうとも今の彼には新しい、護るべき者たちがいる。その彼らの未来を護る為に、自分は戦うことが出来る。
「それこそが‥‥新たに誓った、いと高き『月光の掟』‥‥だ」

●拘束
 そして。
 準備が整って暫くしたのち帰宅し、家に入った男は直ぐに違和感を覚えて足を止めた。明かりを点けた瞬間、正面に人影を見つけて反射的に腰に手を伸ばす。と。
「て、ててて抵抗したら撃ちますよ!? 動かないで下さい、うっうー!」
「!?」
 銃を構えた瞬間はただ無心に。かつて依頼で親バグアの人間を撃ったときの嫌な感覚を振り払い、集中するだけ。でなければ耐えることは出来ないから。
 正面に立つ、ライフルを構えたトナリノが声を張り上げる。その横にシェリーがナイフを持って立ち、振り返れば後ろには啓吾とぎりぎりに合流したUNKNOWNが同様に得物を構えて立ちはだかっている。更に男からは見えにくいものの、物陰に隠れたゴルディノスとファファルがそれぞれ別の方向から攻撃の機会を窺っており、抵抗する気力を奪い取る。
 情報漏洩の危険に命を捨てるほど親バグアに染まっているわけではないらしく、躊躇いは限りなく少なかった。周囲に視線を巡らせて包囲されていることを悟ると、発砲されることを恐れるように素早く両腕を頭の上に持ち上げる。指に引っ掛けるようにしてぶら下げたハンドガンは床を滑らせるように指示し、それにも男は大人しく従った。
「へぇ、馬鹿犬じゃないわけだ」
「命は惜しくない。ただくれてやるのに気が進まないだけさ」
 近付きながら感嘆するように声をあげるシェリーに、せめてもの抵抗のように男が呟く。いきなり襲われる可能性に用心しながらUNKNOWNと二人で距離を詰めて。直ぐに念の為手錠をかけ、自由を奪う。
「得体の知れない化物に尻尾を振るなんざ、アンタ野良犬以下だよ」
 シェリーが吐き捨て、男を真っ直ぐと睨みつけた。彼女は親バグアの人間に対して、一切嫌悪を隠さない。無論、彼女のように考えている者は少なからずいるだろう。またある種その姿は、人間同士が道を違える現実を悩ましく思う者にとっては清々しく見えるかもしれない。男も他聞に漏れないのか、ふぅ、と何処か自嘲的に鼻から息を吐き出す。
「‥‥何とでも言えばいいさ」
「なら、言ってやろうじゃないか。はっきり言ってアタシはねぇ、アンタらみたいなのが大っ嫌いなのさ! 反吐が出るくらいにねぇ!」
「まあまあ、落ち着いてください」
 さすがに抵抗の意思が見られない為、行動には移さないものの敵意を剥き出しにするシェリーに、後ろから戻ってきた啓吾が肩に手を乗せ歯止めをかける。小さく舌打ちしたものの、不毛な争いであることは彼女も分かっているのだろう、唇を噛むと溜め息を吐いた。
「何故バグアに与するのか、少し訊かせていただきましょうか」
 口調は穏やかに、だが否定はさせない、あくまでこちらが上位だと示しながら啓吾が問いかける。嘲笑するように、あるいは訊かれるのを待っていたように、男は軽く鼻で笑い。
「盾に取られたものもある。だがそれ以上に、俺は疲れたのかもしれないな」
「疲れた、ですか?」
 トナリノが緊張感のない、何処かほんわりとした雰囲気で問い返す。その良い意味で垢抜けない彼女にファファルや啓吾が小さく苦笑したが、当人はそれに気付かなかったようだ。
「その地獄のような日常にさ。もうどっちが勝とうが負けようがどうでもいい。そう思えるほどにね」
 少しだけ、無垢な彼女に向ける瞳は優しい。
「‥‥この世の中に摩耗し、護るべきものが分からなくなった、か?」
 低いUNKNOWNの囁きに、にやりと男は笑い。
「あんたが『裏切り者』じゃなきゃ、俺ももうちょっと上手く立ち回れたと思うよ」
 足の一本くらいくれてやったかもな、そう付け足してみせる。わずかに肩をすくめたUNKNOWNを面白がるように。普通、騙したと言われれば激昂でもするものだが、変に肝は座っているらしい。道が違えていなければ。もしかしたら、まったく違う付き合いがあったかもしれない。しかしそれも所詮描くことの出来ない絵だ。
「だが俺も強制された末端の一人に過ぎない。それこそよく分からないままに家族を盾にされて使われている人間はごまんといるはずさ」
 そのうちの何割かは既にいずれかの勢力によって消されているだろう。また、横の繋がりが少なければ辿るのには骨が折れる。しかしこの男のように疲弊している者がいるならば、操る術を殺いでいける可能性も否定出来ないだろう。
「な、なら一つ一つ潰していきますっ」
「我々は一人ではないのだから、な」
 二人の言葉に、男は笑った。自嘲的に、また少し寂しそうに。

 拘束し、危険を拭い去れば彼らの役目は終わりになる。後は為すべき者が為すべきことを行なう。それを信じる他ない。別の形で大きな陰と戦っている人々を。
「もしかしたらUNKNOWNの懸念もあながち外れとは言えないのかもしれませんねえ」
 言葉の後に、ふう、と一つ息を吐いて。不思議そうに見つめてくるトナリノに苦笑すると、啓吾は独り言のようにまた付け足した。
「一体『誰』が『何』を疑っているのか。‥‥しかし同じ方向を見ているのなら、せめて信じたいものですねえ」
 全てのものと相容れることが幻想ならば。せめてそんな余地くらいはと。
 多くの真実は未だ、深い深い闇の中。