●リプレイ本文
●魔獣の先制攻撃
「──ふっ」
後方より走り来る獣たちの進路へひらりと躍り出たのは、黄金色の髪をなびかせた水雲 紫(
gb0709)だった。
威嚇するようにして漆黒色の蝶を周囲に舞わせると、ゆらりとした動きで迫る狼たちに正対する。
「こっちを見なさい。盲目に過ぎるでしょう? 駄犬」
その突き刺す様な視線を感じたのか、狼たちは一瞬足を止める。しかし、すぐに狙いを彼女に改めると咆哮を上げて一斉に地を蹴った。
「──あぁ、所詮は獣。人の言葉も解しませんか」
先頭で飛び掛ってきた一匹を、紫は手にした扇でひらりと往なす。バランスを崩された狼は、第二撃を諦めて後ろへと退いた。と、残りの二匹がそれを飛び越えるようにして紫へ襲い掛かる。
「甘い甘いっ! それくらいはお見通しだよー!」
敵の行動を注視していたエレナ・ミッシェル(
gc7490)が、着地の瞬間を狙って二匹に連続放火を浴びせた。狙いを定めた攻撃ではなかったが、攻撃体勢を崩すには十分な効果を発揮する。
「ワゥッ!?」
銃撃を受けて、一匹は瞬時に飛び退いて銃弾の雨から離脱するが、もう一匹がそれに続こうとして足を滑らせ行動が一歩遅れた。
「‥‥そこだッ!」
その隙を逃さず、フォビア(
ga6553)が鉤爪を振るう。巻き上がる様な衝撃波が獣の身体を弾き飛ばす。
「ギャ‥‥ッ!」
大きく後退した狼は、何度か橋上を転げてから踏ん張るようにしてようやく立ち上がる。
と、恐らくは力任せに攻めて勝てる相手ではないと悟ったのだろう。そこでようやく、三匹が足を止めてこちらへと相対した。
「‥‥敵の出鼻は挫いた。もう慌てる事はない」
「え? あ、ああ‥‥」
狼たちに注意を向けたまま、フォビアが研究者たちに視線を送った。呆気に取られていた三人は、彼女の言葉で我に返る。
「とにかく、橋の中央に集まって大人しくしていてくれれば大丈夫。後は、私たちに任せてくれたらいい」
「ま、頭を使うのが仕事だって言うなら、こういう時に理性的な行動をする事の重要性くらい分かってるよな?」
フォビアの言葉に続けて、Nico(
gc4739)がロイに向けて釘を刺す。
「う‥‥わ、分かってるさ」
まだ恐怖や混乱が拭い去れない様子ではあったが、Nicoの皮肉で幾分かは気を回す余裕が出来たのか、三人の研究者はそれぞれに表情を引き締めた。
●活路を開け
後方で最初の攻防があった間、前方では巨漢二体を前にして互いに出方を覗い合う形で膠着していた。
「‥‥さて、こちらも道を開かなければいけませんね」
仄かに漂い始めた重圧感を散らすかのように、ソウマ(
gc0505)が口を開く。
まだ、敵の増援が来る気配はない。しかし、いつまでもこうして睨み合っている訳にもいかなかった。
「多少の無理を通してでも動かすしかないか‥‥。愁矢、頼めるか?」
「‥‥よし」
シクル・ハーツ(
gc1986)の問い掛けに対し、秋月 愁矢(
gc1971)が戦闘体勢を保ったまま一歩前へと踏み出す。
「俺が前に出て敵の注意を引く。隙を狙って一気に崩してくれ」
「了解です」
クラリア・レスタント(
gb4258)がゆっくりと息を吐いて剣を持ち直す。ソウマとシクルも、それに続いて
「行くぞ!」
合図と共に愁矢が敵へと駆ける。それに呼応するかの様にして、二体のオークも巨体を揺らしながら前へと動き出した。
「──ここだッ!」
敵の攻撃が届くギリギリの所に踏み止まった愁矢は、その場で低く構えて相手の動きを待つ。
「ブォォッ!」
「‥‥くっ!」
大振りの攻撃が立て続けに愁矢に降り掛かる。
見た目通りの怪力から繰り出された攻撃は、盾の上から受け止めてもなお強烈な衝撃となって彼の身体へと伝わるが、同時に相手の上体もわずかに弾き返した。
「そこです!」
「ギャフッ!」
体勢を崩した二体に、ソウマとクラリアがそれぞれ死角から攻撃を撃ち込む。分厚い肉に阻まれて、決定的なダメージとはならなかったが、オークたちは揃って追撃を嫌い身を捩じらせる。
「今だ!」
敵の意識が大きく逸れたのを見て、その脇をシクルが駆け抜ける。ふと、光の筋が走ったかと思った次の瞬間、彼女の姿はオークたちの背後に回り込んでいた。
後ろを取ると、すかさずシクルは弓に矢を番えて敵に向ける。
「‥‥さて、逆に挟まれた気分はどうだ?」
形勢が反転し、二体のキメラが俄かに動揺する。と、間髪を入れずに愁矢が敵との距離を詰めに掛かった。
「どこを見ている!」
「フゴッ!」
慌てたオークが、本能的に木の棒を乱雑に振り回す。
「甘いッ」
しかし、愁矢が素早く接近したため、その攻撃は勢いの付く前に彼の突き出した盾に弾かれた。
「ブフッ!」
図らずとも愁矢の横を取る形になったもう一体が、本能的に武器を振り上げる。しかし、それが振り下ろされるよりも前に、その顔面を四本の矢が襲った。
「プギャッ!?」
無防備な所を撃ち抜かれ、オークが丸く肥えた身体を大きく仰け反らせる。
「‥‥ハ。しょっぺェ獲物だ」
研究者たちの脇から、Nicoが弓を射った姿勢のまま吐き捨てていた。
「‥‥好機。仕留める!」
「行くぞ!」
クラリアとシクルが、視界を奪われたオークに向かって飛び込む。無防備に空いた巨体に、無数の斬撃が弧月のような煌きを残して襲い掛かった。
「ブギャアアァァァッ!」
防御する術を失ったオークは、無残に切り刻まれてただの肉塊と化した。
●突破口
大勢が決しかけた頃だった。
──ォォォォォォ‥‥ン!
「ひ、ひぃっ!?」
辺りに一際大きな遠吠えが響く。
先程までは遠くからわずかに響く程度だった獣の鳴き声が、今はもうハッキリと聞こえる位置まで近づいて来ていた。
「ちっ、もう次が来やがったか」
「これは、余りのんびりもしていられなくなってきましたね」
姿こそ見えないものの、追い付かれるのも時間の問題だろう。その上、仲間の到着を悟ってなのか、心なしかキメラたちの士気が戻ってきているかのようにも見えた。
「‥‥突破を掛けるか。後ろは頼めるか?」
「おっけー、任せて!」
「お引き受けしましょう」
愁矢の言葉に、エレナと紫が頷いてみせる。
前方の敵は一体。それも挟み撃ち状態にまで追い込んでいる。
倒すにしてもそうでないにしても、道を開く事自体はさほど難儀なことではない。問題があるとすれば、走り抜ける間に不慮の事態が起こらないかという事だけだった。
「いいか? 前が空いたら一気に橋を抜けるが‥‥急ぐといっても慌てるんじゃねェぞ?」
追い込まれつつあるという状況に焦りの色を隠せない研究者たちに、Nicoは淡々とした口調で念を押す。
「そ、そうは言っても、本当に大丈夫なのか?」
「後ろはしっかり固めておく。追っ手がいるとは言え、焦る必要はない。あなたたちは確実に前へ進む事だけを考えてくれれば良い」
「‥‥分かった。ここは、君たちを信じるしかないな」
苦い顔をしつつも、覚悟を決める三人。
「っ! 来るぞ!」
前方のシクルが声を上げる。
見れば、三匹の狼たちが一斉に疾駆して再度襲い掛かろうとしていた。
「──っと、行かせないよー!」
駆け寄られるよりも先に、エレナが引き金を絞る。放たれた無数の銃弾が狼たちの進路を阻む。
道を塞がれた二匹は咄嗟に足を止めて、銃撃から逃れようとする。
「ギャッ!」
一匹はすぐに距離を取ったが、足元を弾かれたもう一匹が宙を舞った。その身体は、慣性に従うままにこちら側へと跳ね飛ばされて来る。
と、その軌道に素早く入る影。
「‥‥眠りなさい」
重力に従って為す術もなく落ちてくる獣に向かって、紫が太刀を突き上げる。切先は急所を的確に捉え、狼の身体を一度だけ大きく震わせると、叫びを上げる間もなく息絶えさせた。
「もう一匹‥‥!」
ふと、視線を巡らせて銃弾の範囲から外れた一匹を追う。
と、手近な彼女らよりも奥にいる者たちの方が襲い易いと認識したのか、紫の脇を抜けようとする狼の姿。
「──残念。そこは通せないな」
その行く手に入り込んだフォビアが、鉤爪を振り上げる。向かって来る勢いのまま、その攻撃をまともに浴びた獣の躯体は、悲鳴と共に間もなく後方へと転がっていく。
「グギャア‥‥ッ!」
欄干に打ち付けられた狼が身悶える。仕留めるには至らなかったが、十分なダメージにはなったようだ。
「よォし、この隙に前を叩くか‥‥ねェッ!」
「──ッ!」
後ろの状態を確認したNicoが、素早い動きで弓を射る。同時に、ソウマがオークとの距離を詰めに掛かった。
「ブフォ‥‥!」
Nicoの放った矢を払い除けたオークの懐にソウマが飛び込む。そのまま、相手が体勢を整える前に、低い姿勢から大きく踏み込んで太刀を振るう。
「呪と魔の二重奏、その魂に刻みながら逝け! 呪魔瞬獄殺!」
呪いの歌を放ち、直後に斜め十字に振り抜かれた太刀筋は、オークの首元辺りを確実に捉えた。
「ピギャアァァ!」
巨体を転げさせてのた打ち回ろうとする。が、呪歌の効果による麻痺がその身体を襲っていたため、その動きすら許されず。
「今です! 敵の身動きを封じている間に橋を抜けましょう!」
「よ、よし!」
クラリアの合図で研究者たちが行動を開始する。
すると、それを追ってすぐに後方の狼二匹も動き出した。
「うわぁっ! 追って来てるぞ!」
「いいから、前を見て早く走って!」
「てめェらは走る事だけ考えてな」
Nicoとエレナが間に出て、向かって来る狼を牽制する。銃弾と矢の雨を前に獣たちの足が鈍った。
「今のうちに私たちも後に続きましょう」
オークの脇を抜けた研究者たちがシクルの先導で対岸へと向かい出したのを確認し、紫たちもそれに続こうとする。
しかし、その前に巨体の影が立ちはだかった。深手と麻痺した身体でよろめきながらも立ち上がったオークだ。
「うわ‥‥立ち直り早いなぁ」
「問題ないさ。相手は手負いだ。速攻で決着を付ける」
そう言い終わるや否や、有無を言わさぬ早さでフォビアが迅雷で駆け抜ける。瞬く間に敵との距離を詰めると、右手の鋭い爪をその喉元へと突き通した。
「ギャフッ‥‥ゥゥ‥‥ゥ!」
動脈を破られたオークは、痺れの残る四肢で必死にもがくがすぐに動きを停止する。
「ふぅ」
武器に付いた血糊を振り落として息を吐くと、すぐに後方に向き直る。警戒が先に立った狼たちは、不用意に飛び掛ってくる様子はなかった。
「よし、このまま進むぞ。殿は俺が務める。エレナとNicoは援護を頼む」
そう言って、愁矢が最後方に出る。
敵は相当に消耗している。例え積極的に追われても、正面から受けるだけであれば大事はない。
「おっけー!」
「仕方ねェ、やるか」
エレナとNicoもその言葉に頷くと、じりじりと詰め寄ろうとするキメラに向かい合った。
●危機を越えて
対岸に渡った後は、事もなく済ます事が出来た。
残った手負いのキメラは言うまでもなく、後からやって来た追っ手も数匹ずつの散発的な登場だったため、対岸側で迎え撃つには容易な相手だった。
「加勢も全て始末が付いたようですね。もう安全でしょう」
「助かった‥‥」
泣き声が聞こえなくなったのを確認すると、三人の男たちは緊張の糸が切れてその場にへたり込んだ。その顔にはもれなく疲れが色濃く見える。
「スリルある『冒険』は、楽しかっただろ?」
「よ、よしてくれ。縁起でもない‥‥」
「もう行くなとは言わないけど、今度からはちゃんと準備してから行ってね?」
「ああ、まったくだな‥‥。以後、危機管理には気を付けよう」
自分たちの甘い見込みを反省し、三人は口々に自嘲気味の笑みを浮かべる。
「さぁ、帰りましょう。それぞれの場所に」
「そうだね。‥‥帰還完了するまで、気を抜いたら駄目だよ?」
「はは‥‥。そ、そうだな」
さり気なく釘を刺すエレナに、研究者たちは乾いた笑いを上げるしかなかった。