タイトル:懐中時計に刻む約束マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/30 04:01

●オープニング本文


「通れない‥‥?」
 海沿いの街へ通じる唯一の街道には、物々しい空気が満ちていた。
 武装した者達による街道封鎖に、困惑顔で詰め寄る住民達への説明が繰り返される。その様子をどこか遠い世界の出来事のように眺めながら、その女はふらふらと街道に吸い寄せられていった。
「通れない‥‥?」
 何度もそう呟いて。
「駄目です! この先の自然公園にキメラが確認されたんです。三日後の十七時までこの街道は封鎖となります」
 そう説明する男は能力者だろうか。
「三日後‥‥私はその日にここを通りたいんです」
 誰に言うでもなく呟けば、まだ男は何か喚いている。女はぼんやりと彼の言葉を聞き流し、街道の奥を見つめた。
 確認されているキメラはスズメバチに似た形状をしているそうだが、その大きさは五十センチほどで実際のスズメバチよりも遥かに大きい。ざっと確認されているだけでも数十、いくつかの群れを形勢しているという報告もある上に、毒を持つ可能性が指摘されている。
 そのため自然公園を通過する部分の街道を封鎖し、一掃する作戦が取られることになった。
 一掃とは言っても、容易ではない。数十人の能力者が自然公園に入ることになる。
「‥‥どうしても、通りたいんです。通していただくことはできませんか」
 虚ろな眼差しのまま、女は先程の男に向き直った。男は小さく首を振る。
「キメラの対処が終われば、通れるようになりますから‥‥お待ちください」
「それでは遅いんです。私は‥‥この先の街に、海岸に、十六時四七分までに到着しなければならないんです」
「‥‥十六時四七分‥‥?」
 その細かな時間に、男は思わず眉を寄せた。


 ――いつか大人になって。
 その時にまだ‥‥忘れていなかったら、ここで逢おう。
 ええと‥‥十五年後!
 十五年後の今日、この時間に、この場所で。
 時計‥‥止めちゃおうか。
 え? 時計止めたらママに叱られる? そっか、アデルの腕時計‥‥ママから借りてきたんだっけ。
 じゃあ、僕の懐中時計を止めるよ。これはちゃんと動くけど、おもちゃだから止めても誰も怒らないしね。
 ええと、今は‥‥夕方の‥‥四時四七分。
 十五年後! 僕達が二十三歳になったら!
 その時にお互いのことを覚えていたら‥‥この約束を覚えていたら、ここでもう一度逢おう。
 大丈夫だよね、大人になったら‥‥アデルひとりでも、ここに帰って来られるよね?
 だから‥‥おばあちゃんの住む田舎でも、頑張って。僕、いつでもここから応援しているよ。
 そうだ、この懐中時計あげるよ。約束のしるしだよ。
 きっと新しい友達も沢山できるよ。僕のことを忘れるくらい。
 でも、もし‥‥覚えていてくれたら、ね?


「デニスはそう言ってくれたんです。だから私は‥‥約束を支えに、見知らぬ土地でも沢山の友達を作って‥‥頑張って‥‥」
 女――アデルは、おもちゃの懐中時計をポケットから出して見つめた。
 離婚した母に連れられて越した、母の故郷。
 本当に何もない田舎で――だからこそ、古い慣習も残る土地であり、旧家の出だという祖母は厳しい人で、やたらと体裁にこだわった。
 付き合う友達も、進路も、何もかも。
 当然、デニスとは手紙のやりとりなど一切できなかった。男の子との交際も一切禁じられていたからだ。だから、大人になったら逢おうという彼との約束だけが幼いアデルの支えであり、宝でもあった。
「去年、祖母が死んだんです。そして、先月‥‥母が死んだんです。私はひとりになって‥‥考えるのは、デニスとの約束のことばかり」
 あんな子供の頃の約束など、デニスは忘れてしまっているだろう。彼の住む街は比較的都会で、垢抜けた女の子達も多いはず。きっと今頃は恋人もいて、自分との約束も忘れてしまっているに違いない。
 それでも、僅かでも可能性があるのなら――。
「‥‥逢いたいんです」
 逢って、伝えたい。
 ずっと胸に抱いていた、大切な言葉を。
「‥‥十六時四七分、かあ‥‥」
 男は暫し思案し、頭を軽く掻いて「ちょっと待ってて」とアデルに背を向けて上司のもとへと走った。


「いいですか、よく聞いて下さい」
 戻ってきた男は、アデルを真っ直ぐ見据えて作戦の概要を告げる。
 作戦開始は三日後の十四時。自然公園は30ヘクタールほどだが、キメラが目撃されているのはその全域になる。
 能力者の数はおよそ五十。決して多くも少なくもない微妙なラインだ。
「あと数名ではありますが、増援を頼めることになりました。作戦完了は余裕を持って十六時半を目標にしていますが、その増援によって若干早まることが期待できるでしょう。ここから目的の海岸までは車で三十分かかります。遅くとも十六時十五分には終わらせたいですねぇ」
 男の言葉にアデルは一瞬だけ息を呑み、やがて怪訝そうに男の目を見つめ返した。
「どうして、こんな一個人の‥‥わがままを聞き入れてくださったんですか」
 恐る恐る問うアデル。大人数が動く作戦の概要を若干とは言え変更させてしまったのだ。さすがに自分のわがままの大きさを思い知らされる。
「約束は守らないと‥‥ね? それが大切なものであるなら尚更」
 彼はそう言って笑った。彼の向こうに見える上司も、白い歯を見せて笑っている。
「‥‥ありがとうございます‥‥っ!」
 アデルは初めて笑顔を見せ、懐中時計を握りしめた。

●参加者一覧

暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
紫藤 望(gb2057
20歳・♀・HD
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
峯月 クロエ(gc4477
16歳・♀・FC

●リプレイ本文


 ――人の願いは叶えてやりたい。引き金しか引けないけど。
 それは、暁・N・リトヴァク(ga6931)の言葉。
 ――どんな結果だろうと、その人にとっていい結果になることを祈るしかできない。だから、自分達が道にも壁にもなって、無事に送る。
 そう言って、暁は仲間達と共に自然公園内の持ち場へと向かっていった。
 ここからはまだ彼等が見える。アデルはぎゅっと唇を結び、見送る。
 次々に持ち場へと向かう五十名ほどの傭兵達。橘川 海(gb4179)は各班のリーダーらしき傭兵に事情を説明する。
「‥‥今日が十年来の約束の日、なんだそうです。協力をお願いできませんかっ?」
「早く片付いたエリアはキメラ残存の再確認後、街道を重点的に調べ、また可能なら終了後の交通の確保、か。了解、周知しておくよ」
 リーダー達は次々に頷く。
「アデルさんは、決して単独行動は取らないでくださいね。それに、連絡が入る私達の元なら最速の情報がわかりますよっ?」
「でも‥‥」
 アデルは口ごもる。海と、そして暁達と共に持ち場に向かった黒瀬 レオ(gb9668)を気にかけながら。
 二人は前の依頼で重傷を負っていた。余程辛い状況だろうに、そんなことは決して顔に出さないのだ。
 恐らく、立っていることさえ厳しいはず――。
「私達は私達にやれることを、やるだけですから」
 言いながら、海はレオへと視線を投げる。
 レオは歩きながら、公園全体の地図に各員の担当範囲を書き込んでいた。ふと、アデルを振り返る。
 ――遥か昔に交わした約束。
 その約束を守るためにアデルは必死になっている。
 約束は、守るためにあるのだろうか。それとも――。
「‥‥わからないけれど、僕は、ただそれを見届けたい」
 呟き、レオはアデルに背を向ける。アデルにはその言葉が聞こえたような気がした。


 担当地区にある湖も、そして木々も、微かな風に揺れるだけでキメラの気配すらない。
「今回はよろしくお願いしますネ」
 峯月 クロエ(gc4477)は蜂を引きつけるべく黒のゴシックマントを羽織りながら、皆に声をかける。最後にレオに声をかけ、彼の傷の具合をざっと確認した。このマントで少しでも蜂をレオに向かわせないようにできればと思う。
「‥‥久しぶりの依頼だから無理しないようにしたいけど、今回はそうも言ってられないかしら‥‥」
 紅 アリカ(ga8708)は、クロエとは対照的に、ジャケットを脱いで白長袖ワイシャツ姿になり、長い黒髪を束ねて全体的に「黒」の表面積を減らしていた。毒を噴射されることを想定して、ゴーグルも着用する。
 ブランクと、クラスチェンジと。その両方で勝手が違っているため、初心に戻る意味でも緊張は増していく。
「成長した少女は約束を守ることが出来るのか。そして成長した少年は約束を守るのか。興味は尽きんな」
 天野 天魔(gc4365)は、約束の行方と、結末と――少し先の未来を考えた。
「十六時十五分までだね、頑張っていこー!!」
 紫藤 望(gb2057)は公園の大時計を確認する。あと、約二時間。
「十五年越しの約束なんてスゴイじゃーん。キメラに邪魔されるなんて許せない、時間に間に合わせて絶対会えるよーにしなきゃっ」
「大切な人との、大切な約束のための増援なんですね‥‥必ず間に合わせます」
 望の言葉に、夢姫(gb5094)も大時計を見つめて頷く。
 自分も故郷を離れ、友達と散り散りになっている。行方不明の父を捜す身でもあり、アデルの気持ちは痛いほどわかる。
 戦乱の時代、いつ命を奪われるかわからない。
 そんな中、アデルはここまで無事に生きてこられた。
「大切な大切な約束‥‥デニスさんが覚えていてくれることを信じて――ずっと彼女の支えだった想いを、言葉を、伝える唯一の機会を守るために」
 大時計の針が動くのを、夢姫はじっと見つめていた。
 それから十分、二十分と時を刻んでも、景色は一向に変化を見せようとはしない。
 全員で行動し、双眼鏡で周囲を確認する。巣がないかと木々を揺すってみるが、それらしきものはない。レオが持っている無線機にも接近遭遇の連絡は入らない。
「長期戦‥‥かな」
 暁が呟いた。


「デニスさんはどんな方だったんですか?」
 海はアデルの心を解きほぐすように、柔らかく問う。
「‥‥優しい人、でした。優しすぎて、時々心配になるくらい」
 アデルは懐かしげに懐中時計を見つめる。
「‥‥見せてもらっていいですか?」
「ええ」
 海はアデルの懐中時計をそっと手に取る。十六時四七分で止まっていた。
 裏返し、背面の蓋を外して電池を確認する。スタンダードなボタン電池。これならどこでもすぐに手に入るはずだ。
「彼は現れるでしょうか‥‥」
「‥‥アデルさんが信じた、あの時のデニスさんの想いは本物です」
 不安げにアデルが呟くと、海はまっすぐその瞳を見つめた。
 何年もの間、連絡が取れない相手を想い続けるのは難しいことだ。忘れていても、デニスを責めることはできない。
 だが、アデルはそれを心の支えにしてきた。その想いは深く、大切にするべきものだ。
「ありがとう‥‥」
 アデルは表情を緩めた。海は小さく頷く。
 十五年前から止まったままの時間。
 懐中時計は電池さえ替えればいつでも動くはずだ。
 アデルも自分の中の時計を、動かして欲しい――そう、思いながら。


「小さな戦闘が東のブロックで始まった」
 レオが地図にチェックを入れる。キメラの出現数や動きなど、無線を通じて届けられる情報を確実に他へと伝えていく。作戦遂行に当たる全ての者達が一丸となれるように。
 次に情報が入ったのは南西。この時点で作戦開始から四十分が過ぎている。
「やっと動き出したか」
 天魔が小さく溜息を漏らす。
「照明銃‥‥は、あまり意味がなさそう‥‥でしょうか」
 夢姫は照明銃を手に取る。現れるのを待つばかりではなく、こちらからも誘うのだ。
 しかし、迷う。他の地区からも打ち上げられている照明銃だが、蜂が出現したのはそれ以外のエリアばかりだ。空に突き抜けていく光源に警戒しているのかもしれない。
 夢姫は迷った末、照明銃ではなくブブゼラを手に取った。これも警戒される可能性は否定できないが。
 時間が経てば経つほど、焦りが生じるのは誰でも同じだ。それはアデルにも言えることであり――。
「デニスさんが掃討中のエリアに入って襲われないように、気を付けて!」
 望がレオの無線機に向かって声を張り上げる。もし彼が、アデルと同じように公園周辺に来ていたとしたら危険だ。
 望は各地区に通信を終えると、ゴーグルのズーム機能で周辺の観察に戻る。
「HOLY NIGHT、うちが生命を吹き込んであげる」
 愛機と共に、湖の周囲を巡る。遊歩道と橋以外の場所にバイクで入り込めないため、行動範囲が限られてしまうのが辛いが。
 レオの元に、戦闘状況や数、キメラ逃亡の際の進路などの情報も入り始めた。そこから影響を及ぼすであろう地域を洗い出して担当への通信を続ける。
 何時の方角から、どの程度の数が侵入するか――子細に、確実に。


 海は随時無線機で状況を把握し、アデルに渡すための経路図を作成していた
「あと‥‥三十分」
 いくつかの群れの報告があった。それぞれ違うエリアに出現しては、徐々に移動している。確実にその数を減らしながら。
 皆の元に現れる時、その数はどうなっているだろう。


「毒は針と噴射の両方か」
 レオが毒の状況を纏める。
「‥‥毒は‥‥傭兵ならすぐに解除できるかしらね‥‥」
 アリカが頷く。毒の効果は全身の痺れ。もっとも、複数の蜂に一度に刺されたらどうなるかは不明だが。
「針は届く前に蜂を倒せばいいとして、問題は噴射ですネ」
 と、クロエ。
「うん。偵察蜂が毒を噴射すると、次々に仲間が集まって総攻撃を仕掛けてくるらしい。女王蜂も各群れで確認されてる」
 地図を指し示して説明するレオ。戦闘地区の大半が最初に毒の噴射を受けている。
「偵察‥‥ですカ」
 クロエは呟く。女王蜂がいることは想定していたが――。
「総攻撃の際は、レオ君は無理せずに退避してね」
 暁はレオの体を気にかける。長い緊張状態は重傷の体に負担も大きい。
「うん、ありがとう」
「礼はいらないよ。守るっていうか、仲間がやりたいことのサポートぐらい、したいなあって」
 照れたように笑う暁。その時、通信が入った。
『そちらに向かった。数は約四十、戦闘に備えてくれ』
「フム‥‥なかなか多いですネ」
 クロエが呟き、レオが退避する。
 ほどなくして、湖の対岸に一匹の蜂が姿を現した。が、すぐにその姿を消してしまう。
「‥‥橋の下に‥‥っ!」
 夢姫がその行方に気付く。蜂は湖に渡された橋の下に潜り込み、橋桁の裏ギリギリを掠めて飛来する。
「攻撃、できない‥‥っ」
 ぎり、と奥歯を鳴らす暁。この位置からの狙撃は難しい。橋脚も邪魔をしていた。


 毒の霧雨と、銃弾が交差する。
 アリカの銃撃は、橋の下から現れた偵察蜂の羽根を抉った。直後、降り注ぐ霧雨に皆の全身が湿るが、ダメージはない。
 大気の震動音が響く。偵察蜂同様、対岸に編隊を組んで出現した蜂たちは、次々に橋の下に入り込む。
 ほどなくして橋から抜け出てきた最初の数体が離脱した。後続の蜂たちは先程の毒霧を確実に追う。その中央には、他よりもひとまわり体の大きな個体――女王蜂がいた。
 通常の女王蜂は攻撃性などは弱いというが、これはキメラだ。恐らくは攻撃性も毒性も他より強いはずだ。
 蜂を一所に集めるため、天魔は香水を染みこませた黒い布を編隊へと投げつける。
「蜂ならともかくキメラに効くかはわからんが、やらないよりマシだからな」
 離脱した蜂がそこに惹かれ、再び一つとなった群れに暁が張る弾幕が迫る。射程を広げ、蜂の羽音さえ消し去るように。
 弾幕が沈むと、群れの背後に夢姫が回り込んだ。蜂達は夢姫に群がろうと突撃を始めるが、それをかわした夢姫はカウンターでベルセルクの銀色の軌跡を舞わせていく。
「派手な動きは‥‥厳しいかなっ」
 望は言いながらも、愛機と共にアクセルターンで群れを「包囲」、展開する弾幕で蜂の群れを翻弄する。もう少し機動性を活かせるといいが――若干、条件が悪い。
 だからといって、負けるわけにはいかない。望の弾幕から抜けて仲間達の元へ特攻を仕掛けようとする群れの横面へと急発進をかけた。
 狭い遊歩道、タイミングを誤れば樹木に突っ込むだろう。だが――。
「HOLY NIGHT、キミに魂があるなら応えて!」
 愛機の正面に展開する翼で敵陣を突っ切った。翼にかき抱かれる蜂達。
 直後、望は遊歩道から外れて樹木に衝突しそうになるが、強引にハンドルを切って回避した。だが、さすがにバランスを崩してしまう。そこに蜂達が群がろうとした。
「‥‥危ない!」
 動きを読んでいたクロエと天魔の銃弾が追撃する。
「残念だな、お前達の思い通りにならなくて」
 そして墜ち行く蜂へと言い放つ天魔。その隙に望は体勢を立て直した。
 暁から続く一連の流れは、気が付けば蜂の群れを解体しきっており、あとは女王蜂を残すのみとなっていた。
 女王蜂もこれまでの攻撃で大ダメージを受け、攻撃に転じる隙さえ与えられず、滞空するだけで精一杯だ。
 クロエとアリカ、女王蜂に最も近い位置にいた二人が攻撃にかかった。
「‥‥ふふ、死になさい‥‥」
 クロエの隙のない素早い射撃は貫通弾の特性を乗せて女王蜂の腹部を貫き、舞い上がらせる。
「‥‥これで終わらせる‥‥っ!」
 そして重力に従って墜ちてくる女王蜂に、アリカの羅刹が振り下ろされ――そして、地に叩き付けられたそれは、沈黙した。


 全地区が状況を終えたのは、十五時五○分だった。
 夢姫が状況確認のためにバイクで公園内を駆けまわっている。
『もう大丈夫です。アデルさん、約束の場所に向かってください』
 完全な状況終了を確認した夢姫からの通信が入ったのは、十六時ジャスト。
「よかった、間に合ったっ。アデルさん、これ」
 海はマップを手渡し、笑う。
「‥‥ありがとうございます‥‥、本当に‥‥っ」
 あらゆる想いで言葉に詰まる。皆が「早く行こう」と促せば、アデルは何度も首肯した。

 海や夢姫はゆるりとバイクで後から追いかけてくる。望はアデルの車と併走する。
 アデルの車にはレオが乗り込み、他の皆も別の車両で同行した。
「この作戦に携わった傭兵は‥‥貴方のために、貴方の約束のために、僕等を呼んだ」
 車中でレオは語る。
「アデルさんは‥‥約束を果たすために行くのですか? それとも、『約束』の先に何かを、見ているのですか?」
 その言葉に、アデルは暫く沈黙し――やがて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「それを確認しに行くのかも‥‥しれないわ」


 陽が傾きかけた海岸は、仄かな朱に染まりかけていた。
「あと十分ある‥‥かな?」
 望は時計を確認する。十六時三五分。「約束」の時間は四七分。余裕を持って間に合った。だが、デニスらしき人影はない。
「‥‥‥彼は来るでしょうか‥‥」
 アデルは不安に押し潰されそうになって俯く。
「きっと来るってー、ダイジョーブっ」
 望はアデルを宥め、笑う。
「‥‥子供同士とは言えど、約束は約束。恐らく相手も覚えているはずよ‥‥」
 アリカが諭すように言う。
「この一帯が安全になるまで彼も入れなかったわけですし‥‥だから約束の時間が過ぎても、もう少し、待ってみませんか?」
 最後に到着した海は、夕陽や暮れなずむ海辺の街を眺めた。
 約束の時間まであと数分。アデルは祈るような気持ちで待っていた。しかし無情にも――。
「‥‥四七分に、なってしまいました‥‥ね」
 腕時計を見て、苦笑する。しかし海はアデルの懐中時計を借り受けると、手早く電池を交換した。
「‥‥時計、動かしてみませんか?」
「え‥‥?」
「時は流れてゆく。私達を乗せて。それがまた、二人を巡り会わせてくれる。そう、私は信じますよっ?」
 海の言葉に従い、アデルは「時」を動かしてみる。歯車がちりちりと動く音が聞こえ、十五年ぶりに懐中時計は動き出す。
 その時、皆がある一点を見て囁き始めた。
「‥‥あれ、もしかして」
「うん、そうだと‥‥思う」
 レオと暁は息を呑む。
「‥‥間違いなさそうですね」
 夢姫は笑顔を浮かべる。
「良かったですネ、間に合って」
 クロエの言葉に、アデルは顔を上げた。
 そして――。
「デニス‥‥!」
 街道から駆けてくる男性の姿に、アデルは見入る。
「十五年ぶりの約束がいかなる結末を迎えるか。見物させてもらうかね」
 天魔が言い、皆をアデルから離れた場所に誘導する。これから二人の「時」が動くのだ。そこに、他の何者も立ち入ってはならない。
 男性――デニスは、アデルへと大きく手を振っている。アデルもたまらず駆けだし、デニスの元へと。
 互いに、何度もその名を呼び合いながら。
 ――そして、懐中時計の針が四八分を指した。