タイトル:【BD】そらにひびくうたマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/05 00:01

●オープニング本文


 ここは、天空に近い国。
 手を伸ばせば、南十字星さえ触れることができそうだ。


 アレクサンドラ・リイはゆるりと夜空に手を伸ばし、指の隙間から零れる星影を掴もうとする。
 星影に紛れて、ナイトフォーゲルの編隊が征く。あの方角は――密林地帯か。今、自分がいる高山地帯とは景色も空気も、そして戦況も異なる地帯。
 あの編隊の中に、本来なら自分もいたはずだった。
 出撃命令は上官から出ていたし、一応は愛騎――と言うには、ほど遠いが――でこの国の空も飛んだ。最初、だけ。
 今回の出撃命令は無視した。無視と言えば聞こえは悪いが、ただ単に別件で動いていて間に合わなかっただけだ。
 わかっている、これが戦争であることは。自分の単独行動がどのような影響を及ぼすかわからないことさえ。
 だけれど、あの編隊は精鋭揃いだ。自分一人欠けてもさほど問題はない。実際のところ、リイの配置に悩んだ上官が強引に突っ込んだだけなのだから、いないほうが逆に作戦も上手くいくだろう。
 上官は、リイのことが苦手だった。苦手と言うよりは、扱いに困っていたと言うべきか。だから自分の目の届かないところに追いやりたかったに違いない。
 リイの単独行動には理由があった。出撃命令に背いてでも、守りたいものがあったのだ。
 それを守り抜いたことであの編隊に加われなかったし、上官からも厳しく指導された。もちろん、あとで何らかの処分があることも予測の上だが、いつものことで慣れてしまっている。
 ――お前はいつも単独行動で隊の規律を乱す。
 その言葉も聞き慣れている。
 だが、隊の規律を守って、他の大切なものを守れないほうがリイにとっては辛かった。
 膝の上で、猫が大きな欠伸をする。
 首には可愛らしいピンクのリボン。きっと誰かの飼い猫だったに違いない。この近辺の住民が避難する際に、猫だけ置き去りにされたか、はぐれたか――いずれにせよ、取り残されていた。
 リイは出撃前に猫の存在に気付き、そしてキメラが狙っていることに気付き、ナイトフォーゲルを降りて走ったのだ。
「だが、後悔などしていない」
 猫の額を指先で撫で、リイは言葉を漏らす。
 たかが猫ごときと、上官は言った。
 だがリイには放っておけなかった。
 きっとこれが、一輪の花であっても同じだっただろう。気付いてしまえば、体が勝手に動く。
 何もせずに後悔するのは‥‥もう、ごめんだ。

「誰もいない街というのは、不気味だな」
 夜が明け、朝靄に揺れる街を見てリイは息を吐く。
 この街に入り込んだキメラ達はある程度排除した。住民の避難もとうに――猫を除き――終わっており、これから最終確認だ。猫は街外れに築いた拠点に預け、そこから住民の避難場所へと送ってもらう。
 まだ多数のキメラ達がどこかに潜んでいるはずだ。新たなキメラが来る可能性も否定できない。
 それらの徹底排除と、街の被害状況をまとめるのが今日の任務だ。任務遂行にはこの部隊員だけでは足りず、拠点からも能力者達が派遣されている。
「リイ、今日は単独行動はするんじゃないぞ」
 上官が低く唸る。しかしリイは答えなかった。
 軽く周囲を見渡せば、キメラの爪によって壁が抉られた建物や、激しい戦闘の末にその原形を留めていない路地などが簡単に視界に入る。小さな建物などは崩壊寸前で危険な状態のものもあった。
 もしあそこに誰かが残されていたら、キメラに見つかるのが先か、建物の崩壊に巻き込まれるのが先かといったところだろうか。
 半ば上官に監視されながら、リイは街の中を進む。時折、キメラと戦闘するような音が聞こえるのは、どこかで仲間達が戦っているのだろう。実際、リイも途中で何度か軽い戦闘をこなした。
 街の中央部を抜け、北端の界隈に差し掛かった時、リイの耳が何かを捉えた。
「‥‥え?」
 立ち止まり、音の出所を捜す。
「おい、リイ。どうした、何やってるんだ。進むぞ」
「‥‥しっ!」
 上官の声を強引に遮り、耳を澄ます。

 ――、――。
 ‥‥ぁ‥‥て‥‥。

「‥‥聞こえる‥‥」
 微かに、歌が。これは女性の声だろうか。どこかから、くぐもった声。
「歌が、聞こえる。どこかにまだ誰かがいる」
「馬鹿な、避難した住民達からの聞き取り調査や事後調査では、もう誰もここに残されていないはずだ」
 どうやら上官には聞こえないらしい。無理もない、リイの聴力は覚醒によって他の能力者の数倍にまで引き上げられるのだから。
「キメラ襲撃でパニックに陥った住民が、果たして正確な報告をできるとでもお思いか。自分の家族や親しい友人を確認するだけで精一杯ではないのか」
「しかし、何度もこの界隈の建物は確認した!」
「倒壊した建物の、地下。建物ではない、どこか。可能性はいくらでもある。ましてや、キメラ襲撃に怯えて救いを求めることさえできなかったとしたら? 気を失っていたとしたら? そしてやっと声が出せるようになって、歌うことで助けを求めているのだとしたら? いや、もしかしたら最期だと覚悟を決めて、祈りの歌でも神に捧げているかもしれないじゃないか。ああ、考えたらキリがない」
 リイは淡々と言葉を連ね、その間も声に耳を傾ける。
 女性だと思っていたが、しかし少し幼いような気がする。
 喪った妹と同じ、十五、六くらいの少女――かも、しれない。
「まだ間に合う‥‥」
 呟き、リイは必死に声を辿る。辿りながら、胸に去来するどす黒い予感。
 リイの耳にこの声が届くということは、キメラ達の耳にも――。
「いけない‥‥っ!」
 ハッとし、リイがその表情を変えた刹那。
『隠れていたキメラ達が一斉にそちらへと向かって駆け出した!』
 無線で、そう連絡が入った。しかも複数、各ブロックから次々に。
 数は不明で、獣型や鳥型、虫型の他にも多種確認されている。サイズも数メートルから数センチのものまで様々だ。
 そうしている間にも、歌声は続く。ゆるやかに、手の届く場所にある空へと吸い寄せられるように。
「なんだと! しかし一体何に向かって!」
 上官は困惑気味だ。しかし、考えられるのはリイの耳に届いているという歌声――。
 頬を引き攣らせながら、上官はリイへと視線を移した。こうなると、頼みの綱はリイの耳のみ。彼女の耳が捉える声を辿れば、いずれは誰の耳にも聞こえるようになるだろう。
「今回は単独行動とは言わせない」
 リイは上官へとそう吐き捨て、共に「歌声」の主を救う能力者を伴って駆けだした。恐らく、「歌声」に辿り着くまでにもキメラの襲撃を受ける可能性があるだろう。
 キメラ達が「歌声」に辿り着くのが早いか、リイ達が早いか――。
 一刻の猶予も、ない。

●参加者一覧

流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP
周藤 惠(gb2118
19歳・♀・EP
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
Kody(gc3498
30歳・♂・GP

●リプレイ本文

 風は冷たく、ちりちりと感じる若干の頭痛でここが高山地帯であることを思い知らされる。
 皆の装備はそれなりに防寒がなされているが、頬に刺さる冷たさは消えやしない。
「さて、頼りはリイの耳だけだし、間に合ってくれると良いんだけど‥‥って、今から弱気になってちゃダメだな。とりあえず、急ごう。んで、絶対助け出す‥‥!」
 ジン・レイカー(gb5813)はアレクサンドラ・リイの視線の先を見る。その向こうに、歌声の主がいるはずだ。
「でも、何で歌ってるんだ? 普通に助けを呼べば良いのに‥‥。何か理由があるのかな‥‥?」
「歌‥‥ですか‥‥どのような思いがあるのか‥‥」
 救いを求めてか、祈りを捧げてか――。
 ドッグ・ラブラード(gb2486)はまだ聞こえぬ歌を探しながら覚醒を終える。そして、GooDLuckとともに祈りを。
「死者に安息を、生者に希望を‥‥ってなぁ!」
「‥‥さあ、希望を歌声に乗せるために、行こうか」
 ドッグの言葉に頷き、リイは皆を伴って駆けだした。

 ただ、駆ける。
 頼りになるのはリイの耳だけだが、彼女の耳に頼り切るだけではなく、ドッグも五感を澄ませ、彼女ができるだけ足を止めずにすむよう配慮する。
「一本芯の通った女性ってのはカッコイイですねッ」
 草壁 賢之(ga7033)は先頭のリイに声をかけた。リイは「そうか?」と振り返らずに返す。
 賢之も反骨精神は旺盛な方で、上の者などと度々ぶつかることはある。だが、実際に我を貫き通すことはなかなかできないものだ。
「うしッ、買い物に付き合ってるとでも思って、思いっきり振り回されてみるとしますかッ」
 賢之はリイの後ろ姿を見ながら、左掌に右拳を打ち付ける。
「一本芯の通った、いい音だ」
 リイが呟く。賢之は口角を上げてもう一度拳を打ち付けると、空を仰ぎ見た。そこには何かを探すように旋回する鳥型が複数。
 今はまだ会話の余裕があるが、視界に入るキメラの数も増えてきている。
「このまま、順調に行けるといいが」
 Kody(gc3498)もまた、鳥型キメラを見ながら言う。
「歌声が聞こえた時の様子や方角に‥‥変化はないでしょうか?」
 流 星之丞(ga1928)の問いにリイは頷く。
「近付くにつれてはっきり聞こえるようになってきている」
「ずっと歌い続けているのですね。‥‥歌声でしか、その存在を伝えられない何かの事情があるのでしょうか? ‥‥なんにしても、急がなくては」
 そこに助けられる人がいるなら、放っておくことは出来ない。
 ――僕の力は、きっとこういう時のための物です。
 星之丞は声に出さずに呟く。
「‥‥ただ‥‥心配、なのは‥‥歌を使う、キメラ‥‥とか‥‥」
 隣を駆ける周藤 惠(gb2118)が、ぽつりと漏らす。
「キメラ‥‥」
 賢之も思案する。
 思えば、まだ誰も歌声が要救助者だとは言っていない。歌声を耳にしているリイでさえ。
 要救助者なら、無事でいればそれでいい。だが、今回は熱血漢を譲って、一歩引いて考えられるようにしておく必要がありそうだ。賢之の表情は先程とは一転して引き締められる。
「でも」と前置きして、惠が続ける。
「ひ、一人でも‥‥助けられる、可能性が‥‥あるの、なら」
 そのために力を尽くす価値はあると、惠は信じていた。彼女と共に、リイの傍を駆けるクラリア・レスタント(gb4258)も頷く。
「声は大事。失ったからこそ分かる。それが救いを求める声なら、きっと応えてあげないと」
 かつて「言葉」を失ったことのあるクラリアだからこそ、「歌声」に対する気持ちは大きい。
 皆が口々に語る中、杠葉 凛生(gb6638)はじっと押し黙って何かを考えている。もしかしたら、何らかの答えを見つけているのでは――リイは、そう直感する。
「‥‥何か、気になることでも?」
 リイが問う。彼が抱えているジャッキとロープが、疾走する振動で揺れる。凛生はリイに対して独り言のように言葉を紡ぐ。
「こんな状況で歌う、か。恐怖で気でもふれたのでなければ‥‥赤子や小動物をあやしているのか‥‥それとも」
 その言葉に、リイは思わず立ち止まりそうになるが、足に無理矢理言うことを聞かせ、駆け続ける。凛生はそのまま続けた。
「しかし隠れていたキメラが、わざわざ姿を現してまで襲撃するのは‥‥歌声自体にキメラを誘う何かがあるのか」
「誘う‥‥」
 リイが漏らす。その時、誰の耳にも歌声が届くようになった。思いのほか大きな声で歌っているようだ。
「近付いてきた‥‥か」
 ジンが進行方向を見据えつつ、周囲へと気を配る。何が起こるか全く見当がつかないからだ。キメラの襲撃で倒壊しかけている建造物が、時折ちりちりと嫌な音を立てて瓦礫をこぼす。
 それらを見極め、迂回して進むべきだというのは凛生の弁。
 戦闘になった際に、振動や流れ弾での倒壊の可能性があるからだ。自分達が生き埋めになっては意味がない。急がば回れ、それこそが最良の道だ。
 何度か迂回し、確実に歌声との距離を縮めていく。他の部隊へも、こちらの状況を無線で随時伝える。
「調査報告が無かったということは、家族も友もいない‥‥孤児か?」
 庭先に小さな人形が落ちている家屋を通過した時、凛生がまた口を開く。
「野良猫と同じ‥‥居ても居なくても、存在を気づいてもらえない‥‥か」
 自らの存在を主張しているのか。
 自分はここにいる、と。
 たとえ相手がキメラであっても――気づいてほしいと。
 凛生の連なる呟きに、ついにリイが足を止めた。ほんの一瞬だけ振り返り、凛生の双眸を見据える。
「どうした?」
 凛生の問いにリイは答えず、再び背を向けて駆け出した。
「礼を言う」
 ただ一言、そう漏らして。
「一斉にキメラが走り出したということは、奴らはその歌声を感じているのだと思いますので、キメラが取り囲んでいる場所を探し出すことで、歌声の主を見つけ出せないでしょうか?」
 と、星之丞。
「今まで襲われていなかったのは、見つかりにくく侵入が困難な場所にいるからに違い有りません‥‥取り囲まれていたとしても、まだ間に合うはずです」
 先程の凛生の言葉を確信へと変える一言。
 歌声の主が何者なのかはわからないが、キメラに襲われない「理由」が確かにあるはずだ。たとえ歌声の主がキメラであったとしても。そして、他に何らかの存在もあるに違いない。それは確実に――人間だ。
 目指す場所へと近付くにつれて、皆はその歌声が優しいものであることに気づく。
「‥‥心が落ち着くような声ですね」
 クラリアが微かに表情を緩める。
 赤子や小動物をあやしているのか――凛生の言葉が思い出された。

 同じ方角へと疾走するキメラ達は、やがてこちらに気づき始める。もちろん脇目もふらずに進むものも少なくないが、何割かは目の前の「獲物」へと照準を変えた。
 それらと交差する瞬間が否応なしに迫る。
「ほ、本当は‥‥倒さなきゃ、なんですけど‥‥」
 しかし今は時間が惜しい。撃破より突破を重視すべきだ。
 惠は前方より迫る獣と、空より迫る翼をざっと確認する。数は多いが突破できないほどではなさそうだ。
「路地からもこっちを窺ってる連中がいるか」
 そう言うのは、探査の眼とGooDLuckにて警戒を続けていた凛生。
「戦闘の、騒音‥‥大きい、ですけど‥‥その、大丈夫‥‥ですか?」
 惠がリイに囁く。
「大丈夫だ。ここまで近付けば、声を逃すことはない」
 リイは前方を見つめて答えた。そうしている間にも、キメラ達は迫り来る。
「キメラが邪魔だな‥‥突っ切るぞ!」
 合図となる言葉はジン。すぐにクラリアが呼応した。
「行きます! 止まらないで走って!」
 そう言うや否や、前方から迫る獣達へと一気に間合いを詰める。
「邪魔! 今は黙って伏せ!」
 クラリアは重心を落とした。そのまま瞬きする間に、地表すれすれを薙いでいく。
「抉れ! ディオメデス!」
 三枚の刃が、中央を駆ける最も大きな獣の脚を絡め取り、抉り込んだ。重心を下段に置いたまま軸足を回転させ、真横から迫る獣へと再び刃を薙ぐ。
 続く、Kody。クラリア同様に間合いを詰め、彼女の大鎌を回避して飛び込んでくる敵へと砕天を撃ち込んで突き飛ばす。
 その隙に、後続の者達が抜けていく。しかし獣の群れは遠くからでも爪を伸ばし、牙を剥き、それが体に届けばぴりぴりと裂けるような痛みが走る。しかし止まらず、進む。
「こっちゃ急いでんだ! 道を開けろぉ!」
 ドッグの蛇剋が、絡みつく爪の主の首元へとカウンター気味に突き立てられる。
 帰路のことを考えれば止めも刺したいが、目的地への急行が優先だ。
 歌声は、泣き声かもしれないのだから。
 なお追いすがる獣に対し、星之丞の持つ十字の大剣が軌跡を描く。その脚を全て薙ぎ払うかのように。
 続けざまに薙ぐ大剣、クラリアの大鎌も揺れ、Kodyの砕天が突き出される。吹っ飛ばされた個体が激突して近くの塀が崩れたが、構ってはいられない。
「邪魔はさせません‥‥」
 星之丞が左奥歯を噛む。他の者達が完全に抜けたのを確認すると、三人はその脚力でもって合流した。
 獣を抜けても、空からは鳥の群れ。しかし鳥達が降下する前にリイが叫んだ。
「正面の廃屋にいる!」
 すぐさま救助態勢へとシフトする星之丞、惠、ドッグ、そして、リイ。
「使え!」
 凛生がジャッキとロープをリイに押しつけ、SMGを構える。それに呼応するように賢之が背中合わせに立ち、ブラッディローズと、盾から持ち替えたS−01を空に向ける。
 二人の周囲を固めるのは、ジン、クラリア、Kody。クラリアはシルフィードと盾に装備を替えた。
 そして――凛生と賢之が引き金を引く。

 その間にも、リイ達による捜索は進められる。
 廃屋は既に崩れ落ち、瓦礫の山が築かれていた。四人は全神経を研ぎ澄まして透き通った歌声を辿る。
 探査の眼を使う惠は相手がキメラであることも視野に入れ、警戒態勢を保ち続けていた。
「に、逃げ遅れた、人なら‥‥救助は、当然ですが‥‥罠の、可能性も‥‥ないとは、断言出来ません‥‥から、その‥‥」
「いい判断だ」
 リイは頷く。
「地下室らしき扉がある!」
 廃屋の裏手に回ったドッグが叫ぶ。駆けつければそこには瓦礫の隙間から見え隠れする扉。地面に作られたその扉から、歌声は聞こえていた。
「安心してください、もう大丈夫ですから」
 星之丞が声をかけながら、豪力発現で力を上げて瓦礫をどかしていく。ドッグもまた、次々に瓦礫を持ち上げる。
 彼等の力で辛うじて持ち上がる大きな瓦礫の下に、惠とリイがジャッキを差し入れ、その補助に回る。
 ほどなくして姿を現す地下への扉。ドッグが扉を開け、中を覗き込む。階段の下で蠢く、二つの影。そのうち小さな影がこちらを見ると、歌声が止まった。
「あー、面は悪いが‥‥敵じゃない‥‥。絶対、絶対大丈夫‥‥根拠はないが‥‥助けるよ」
 そう言って、ドッグは水を渡す。小さな影は恐る恐る水を受け取り――。
「助けて‥‥!」
 はっきりと、叫ぶ。それは少女の声。

「この先取り込み中だ‥‥勘弁してくれ」
「ここで墜ちてもらう」
 賢之の双銃が、凛生のSMGが、彼等の力を乗せて空を制して翼を奪う。降下しているはずなのに受けた銃弾で舞い上がる鳥達は、やがて重力に従って墜ちていく。
 それでもなお、二人が空へ放つ力を抜けてくる存在は、複数の刃の抱擁を受けることとなる。
「舞え! シルフィード!」
 かぎ爪をかわし、クラリアは透き通る曲刀を舞い踊らせる。
 ジンの隼風が貫いた翼を中空で押し留め、Kodyの砕天が瞬即撃で地に叩き落としていく。
 空の群れを半数以上墜とした時、新たなキメラの群れが這いずり出てきた。これまでの鳥や獣とは違い、蛇などといった爬虫類型や、虫型などだ。
 ――しかし同時に他の部隊が到着し、戦闘に加わった。

「魂は空を巡り、大地へ還る。星は、またあなたを生むでしょう。願わくば、来世があなたにとって優しい世界でありますように」
 大きな波が去り、戦闘が終わる。地に伏したキメラへと、クラリアが祈りを捧げる。
 まだ敵影はあるが、一旦は落ち着きを得た。五人は廃屋の裏手へと向かった。
「どうッスか?」
 賢之が声をかけると、リイが「担架を二つ頼む」と無線で救護班に連絡しているところだった。
「二つ‥‥か」
 口角を上げた凛生が地下を覗き込むと、星之丞とドッグに背負われて要救助者が上がってくるところだった。
 星之丞の背には青年が、ドッグの背には少女が。二人とも無傷だが、青年の意識はほとんどない。一方、少女は意識があるものの、疲労の色が濃かった。
 少女の話によれば二人は兄妹で、両親の死後、他の街から流れてきたのだそうだ。体の弱い兄と、人付き合いの苦手な妹。仕事も少なく、家もなく――この廃屋の地下でひっそりと暮らしていたのだという。
 だがキメラの襲撃で崩れた廃屋の瓦礫によって地上に出ることもできず、ずっとここにいたのだそうだ。
 惠が青年の容態を看る。男性は苦手だが、治療のためならと必死だ。
 呼吸が浅い。もう少し遅かったら危険だったかもしれない。蘇生術を施し、彼の様子をじっと窺う。やがて呼吸が深くなってくると、惠は少女へと笑いかけた。
「えっと、もう‥‥大丈夫、ですから‥‥安心して、下さい‥‥です」
「ありがとうございます‥‥! 兄さん、兄さん‥‥っ!」
 少女は青年に縋り付き、何度も声をかけた。
「この力、望んで手に入れたわけではありませんが、今はとてもありがたく感じます」
 彼等の姿に、星之丞が微笑を漏らす。
「ほら、これ使いな」
 凛生が二人に防寒シートと、新たな水を渡す。シートにくるまれた青年の表情がふっと緩んだ。
「なんで歌ってたんだろ? 悲鳴をあげるでなく。助けを叫ぶでなく‥‥」
 ドッグが微かに首を傾げると、ジンが思い切って少女に訊いてみた。
「そういえば、歌ってたみたいだけど。どうして?」
 その問いに、少女は兄を見て頷く。
「兄は外で何が起こったのか知らないんです。耳が悪くて、外の音に気付かないんです。もし私の口が『助けて』って動いてしまえば、兄は心配して無理をしてしまう。そんなこと‥‥させられないから」
 だから、安心させるために歌っていた――そう、少女は笑む。
「安心させるために‥‥」
 クラリアは少女を真っ直ぐ見据えた。
「歌っていればきっと空に届いて‥‥あなた達のような素敵な方達を呼んでくれるって‥‥信じていたから」
 来てくれて、ありがとう。
 歌を聞いてくれて、ありがとう。
 少女は何度もそう言って、皆の顔を瞼に焼き付けた。
 やがて担架が到着し、二人は医療班の待機する拠点へと運ばれていく。
「歌声が聞こえる」
 遠ざかる歌声にKodyは目を細めた。
「‥‥優しい歌声だ」
 賢之もまた、目を細める。
 どこまでも響くその歌声は、手を伸ばせば届くような空へと吸い込まれていった――。