タイトル:【HD】小熊召喚計画マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/28 23:19

●オープニング本文



「最終兵器の‥‥小熊‥‥ですの?」
 お屋敷の庭園で、巨大な熊のぬいぐるみ「くまちゃん3号」の頭上に寝転がるお嬢様――エカテリーナ・ダニエルは、書物庫で見つけた何やら怪しげな文献に夢中になっていた。
 その文献によると、異世界「ウィスタリア」には「小熊」という最終兵器が存在し、その強大な力を持って世界を征服しようとしたという。二度に渡る征服計画は何故か失敗に終わっているらしいが、小熊は今もウィスタリアに存在し、次の機会を虎視眈々と狙っているそうなのだ。
「‥‥もしこの小熊をこちらの世界に召喚できたら‥‥そして味方にすることができたら‥‥バグアなんてあっというまに‥‥」
 お嬢様は文献をさらに読み進め、小熊を召喚する方法がないか調べ始めた。難しい内容が多いが、執事にも手伝ってもらって進めていく。
「ありましたわ、ひつじ!」
「しつじ、です。お嬢様」
「どっちでもいいじゃない! とにかく、小熊を召喚する方法がありましたわ! 早速実行しましょう。そして小熊を『くまちゃん4号』と命名し、バグアから地球を守るのです――!」
 お嬢様は鼻息荒く起き上がり、早速召喚術を試すべく準備を始めた。

「ず、どーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
 可愛らしい雄叫び(?)と共に魔法陣から現れたのは、赤毛ツインテールの少女。お嬢様は目を白黒させて少女を見つめた。
「わ、わたくしが召喚したのは‥‥最終兵器な‥‥小熊のはず‥‥」
「え? 小熊? うん、あたしが小熊だよ?」
 にっこり。少女は屈託のない笑みを浮かべる。
「世界征服とか、最終兵器とか‥‥そんなふうには見えませんわ」
「ううん、大丈夫。あたし、機械化したり巨大化したりできるから!」
 少女はそう言って、お嬢様に色々と語り始めた。
 少女の名はララ・トランヴァース。いつもは普通の女の子で、思春期に突入したばかりの十二歳。それが、異世界で世界征服するために怪しい薬で機械化したり巨大化したりできるようになったらしい。
 しかも、世界征服の理由というのがちょっと変わっている。
「世界の基準をひんぬーにしようと思って」
 ぺったんこのララは恥ずかしそうに笑う。しかしお嬢様にはちょっと難しかった。まだ胸のサイズを気にするような年頃じゃないからだ。
「‥‥え、ええと、とりあえず、この世界のことを説明しますわね」
 お嬢様は気を取り直して、地球のことやバグアのことを説明する。そして味方となって、地球を救って欲しいことも。しかしララは、「そんなのつまんない」と首を横に振った。
「ばぐあっていう悪者やっつける前に、地球征服しちゃだめかなぁ? ウィスタリアだとなかなか征服できなくてっ。こっちの世界ならもしかして‥‥って思ったんだけど」
「だ、駄目ですわ、そんなの!」
「どうして? 地球征服したら、ばぐあやっつけてあげるから!」
「‥‥そ、それなら‥‥いいですわ‥‥。その代わり、あなたは『くまちゃん4号』になるんですのよ?」
 暫く考えた末に、お嬢様は決断を下す。とりあえず小熊と一緒に世界征服をすることにした。
「うん、いいよ! うわーい、楽しみだなぁ。ここには口うるさいお父さんもいないし!」 
 小熊は超ご機嫌。にっこにっこと笑い、世界征服に思いを馳せる。
 これより数時間後、全世界に「小熊襲来」の報が流れた――。



「ヘレナ! すぐに避難するんだ! これからこの付近は戦場になる!」
 ジェフリート・レスターは修道院に駆け込むや否や、そう叫んだ。
「ええ、知っております。異世界から来た最終兵器との戦いが始まるのでしょう?」
 シスター・ヘレナは妙に落ち着き払った表情で頷いた。
「だったら、避難する準備を――」
「いいえ、ジェフ様。私にはやるべきことがあるのです」
 言いながら、ヘレナはジェフを地下室へと連れて行く。
「異世界の最終兵器については、私も存じ上げております。そして、それを止める唯一の手段である『熊』なる存在があることも」
「熊‥‥?」
「ええ。それを今から召喚します。この地下室には、古より召喚のための魔法陣があるのです。‥‥パンドラの箱のように、最後には希望が‥‥出てくるはずです」
 そうしてヘレナは、地下室の扉を開けた。

「うひゃあ、鉄の猪だぁ‥‥っ! い、いや、これは車‥‥か?」
 召喚した赤毛の「熊」は、ジェフの車を見て腰を抜かした。そして携帯電話を見て「小さな箱の中で誰かが喋っている!」とお約束の反応。
「いや‥‥ティベルか、これは。‥‥どっちも似たようなものは俺の世界にもあるが‥‥これは凄すぎる‥‥」
 熊は呆然とし、ジェフとヘレナを見つめた。
 この熊にしか見えない男は、オールヴィル・トランヴァースというらしい。世界征服に乗り出した小熊の父親で、どう見ても四十五歳にしか見えないが、実際は三十二歳の子持ちやもめなのだという。
 異世界の「ブリーダー」という、こちらでいう能力者達を纏める「ギルド長」なるものをしており、それなりに偉い人らしい。「でも中間管理職だ」とはヴィルの弁。
「能力者の頂点に立つのなら、小熊を止めるような凄い力を持っているんだろう?」
 ジェフが問うと、ヴィルは「いいや?」と首を横に振った。
 途端にがっくりと項垂れてぶつぶつ文句をこぼし始めるヘレナ。
「ちょっとどういうことなのよ勘弁してよオッサン」
 口調まで変わってしまっている。しかしヴィルはにやりと笑い、懐から何やら小瓶を取り出した。
「だが、娘の機械化と巨大化を解除する薬を持ってるぞ?」
「それを早く言ってよ、この馬鹿熊――!」
 すぱーんっ!
 目が見えないはずのヘレナが、超高速でヴィルを張り倒す。
「と、とにかく‥‥この人をUPC軍に急遽設置された地球防衛本部に連れていくよ‥‥うん」
 ジェフはヘレナの様子に頬を引き攣らせながら、ヴィルを担ぎ起こした。


「ええええっ!? 世界征服軍と地球防衛軍!? なんですか、それ‥‥っ」
 オペレーターのユナ・カワサキは思わずお茶を吹き出し、書類の束を濡らしてしまう。
 どうやら、傭兵達は征服軍と防衛軍に分かれ始めたらしいのだ。どちらも最終目標はバグア討伐であり、だったら将来性(?)のあるほうに賭けようということのようだ。
「ど、どうなっちゃうんでしょう、この世界‥‥って、え? 私にそれらを見届けろって? え、ちょっと、何を言うんですか‥‥っ!?」
 ユナは上司からの突然の指令にもう一度お茶を吹き出し、端末をショートさせた。


 こうして、しょうもない戦いが始まる――。




※このシナリオはハロウィンドリームシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。

●参加者一覧

/ 終夜・無月(ga3084) / 潮彩 ろまん(ga3425) / なつき(ga5710) / 緋沼 京夜(ga6138) / 草壁 賢之(ga7033) / 百地・悠季(ga8270) / 紅 アリカ(ga8708) / 音影 一葉(ga9077) / 白虎(ga9191) / まひる(ga9244) / ジェイ・ガーランド(ga9899) / シヴァー・JS(gb1398) / 澄野・絣(gb3855) / 萩野  樹(gb4907) / 夢姫(gb5094) / ソーニャ(gb5824) / 黒瀬 レオ(gb9668) / ソウマ(gc0505) / 御鑑 藍(gc1485) / カイト(gc2342) / フィン・ファルスト(gc2637) / 桃代 龍牙(gc4290) / 龍乃 陽一(gc4336) / リック・オルコット(gc4548) / エシック・ランカスター(gc4778

●リプレイ本文

 巨大小熊は楽しげに世界を見渡していた。
「小熊でももとは人間なんですよね。やり辛いな」
 とは、防衛軍のエシック・ランカスター(gc4778)の弁。それとは対照的なのが、同じ防衛軍のリック・オルコット(gc4548)。
「うへぇ、何て馬鹿らしい‥‥だが仕事だからな。報酬分は働くさね」
 そのどちらも素直な感想であり、彼等と同様の感覚を抱く者も多いはずだ。
 ――が。
「何ですと――!?」
 その声は主に防衛軍陣営から聞こえてくる。
 少女はKVからの攻撃を片手で受け止めて「くすぐったい♪」と笑っているのだ。
 小熊――ララ・トランヴァース、恐るべし。

「‥‥夢を見たのよ。肩に金色の妖精を乗せた剣闘士風の男性が私に何かを伝えようとしてる夢を」
 紅 アリカ(ga8708)は夢を追う。
「‥‥『俺達の世界の人間が、其方の世界に飛ばされたらしい。厄介事を起こす前に何とかして止めてほしい』‥‥そんな感じのことを言ってるように見えたわね‥‥」
 そして男と共に行動していた「親友」は、夫を思い出させるような男だった。
「‥‥そういえば‥‥どこで何を‥‥」
 アリカは夫の姿がここにないことに気付いた。

「これは‥‥」
 珍奇なバグアの仕業かと、自宅にいたジェイ・ガーランド(ga9899)は窓の外の光景に眉を寄せる。
「‥‥とりあえず、中継で御座いますね。放送枠のタイトルは‥‥」
 どこで何を――そう、アリカの夫は自宅でストリーミング配信の準備を始めていた。

 草壁 賢之(ga7033)はぶつぶつ呟いている。
「ギルド長? うん、ギルド長でいいよね」
 名前で呼ぶより、これが一番しっくりくる気がしたのだ。
「ん? 何だ?」
 熊――オールヴィル・トランヴァースが首を傾げる。
「いや、何でもないですよ。それより、薬を少し分けてもらってもいいですか?」
 賢之の申し出に熊はあっさりと頷いて薬を渡す。これが赤毛の熊ではなく、おねーさんが胸元から分けてくれるのならば勇気百倍なのだが――ま、目を瞑ろう。
「‥‥いや、バグアどうにかしてくれるなら、別にいいかなとか思ったんだけど」
 などと言っている賢之には、防衛軍所属の大きな理由がある。
「ひんぬー基準だけは許せん。なぜなら俺の彼女がきょぬーだからだ」
 ぐっと拳を握る。しかし周囲からの視線を感じ、慌てて取り繕う。
「ぁ、いや、これ言ったら後ですっごい怒られるからオフレコで、ッて、何カメラ撮ってんのちょっとやめてッ!?」
 各種中継やら野次馬達やら記録用やら。ありとあらゆるカメラが賢之に向けられていた。
「賢之、出るッ!」
 愛機に飛び乗り、逃げるように出撃する賢之。さっきの台詞はしっかりと記録に残ってしまっているのは言うまでもない。
 
「まったく‥‥妙な夢を見るもんだ。良からぬことの前触れか?」
 自宅で起床したシヴァー・JS(gb1398)は、寝起きが悪いようで重い頭を振っていた。
 それは、家族のために誰にも何も告げず旅に出た自分が、目的を果たすことなく力尽きてしまう夢だ。
 シヴァーは遅めの朝食を用意してテレビをつけた。
『ひんぬー基準だけは許せん。なぜなら俺の彼女がきょぬーだからだ』
 そんな声と共にでかでかと映し出される巨大小熊。
「‥‥」
 ぷちん。テレビを消した。そしてもう一度つける。
 やっぱり小熊がいる。
 ぷちん。
 眼鏡を拭いて、もう一回。
 そこにシリアスなんてものはない。シヴァーはがっくりと項垂れた――その刹那。
 ぼしゅんっ!
 テレビが嫌な音を立てて、ショートした。
「こんな時に‥‥っ」
 シヴァーは呆然とした。パソコンは使えないので、情報源はテレビだけだ。一体どうなる、シヴァーのお茶の間!

「悪い宇宙人から世界の平和を取り戻すため、くまちゃん4号で正義の世界征服をするね!」
 潮彩 ろまん(ga3425)は征服軍本陣でエカテリーナ・ダニエルに抱きつく。
「ところで、新しいくまちゃんどこ?」
「あそこですわ」
 お嬢様が指差す先を見て、ろまんは呆然とする。
「‥‥ふわもこじゃない」
 ずがーん。
 ふわもこを想像していたろまんにはショックが大きかった。しかしすぐに気を取り直し、小熊に笑いかける。
「ボク、潮彩ろまん、よろしくね。一緒に世界征服して、悪い宇宙人をやっつけようね」
「よろしくね、ろまんお姉ちゃん!」
 小熊はろまんとお嬢様をツインテールの間にぽふんと乗せる。
 その直後、フィン・ファルスト(gc2637)が上空から翼竜で降下した。
「ねえねえララちゃん、あたしと会ったことってないよね? 何だか初めてじゃない気がするんだよね、こういうの」
 唸るフィン。夢の中で『たまには征服する側で行こう』と言われた気がするのだ。小熊は意味深に笑う。
「ま、いっか。一緒に張り切っちゃおう、ララちゃん!」
「うんっ!」
 フィンと小熊は悪戯っぽく笑い合った。
 小熊の足元から見上げるのは黒瀬 レオ(gb9668)。
「‥‥『僕がララちゃんを守るんだ』‥‥ね」
 ――夢を、見た気がする。
 自分にそっくりなやつが、そう言っていた。
 命に代えても守らなければという瞳で。
 自分にはできないし、わからないから――彼が、羨ましかった。
「仕方ないなぁ‥‥その役目、今日だけ僕が代わってあげるよ」
 そしてレオは翼竜に騎乗し、小熊の目の前まで浮上した。
「や。ララちゃんこんにちは」
「‥‥っ」
 小熊はレオを見た瞬間、息を呑む。
「‥‥夢でね、僕に似たやつが君を護れってうるさくて、さ」
「そ‥‥か。‥‥、‥‥ありがとう」
 小熊は少しだけ頬を染めて、満面の笑みを浮かべた。
 御鑑 藍(gc1485)が翼竜にてレオの隣に飛来する。小熊に夢のような懐かしい感じを抱きつつ。
 レオと藍は黒スーツとサングラスに身を包み、翼竜の上から黒スーツをばらまいていく。征服軍の面々が袖を通すのを確認すると、レオが高々と宣言した。
「よーし! やろーども! 今日も派手にぶちかまそうか!」
 そして空に響く唱和――。
「我等が小熊のために!」
 びしっ!

「何か聞こえましたね」
 澄野・絣(gb3855)は首を傾げる。ユナ・カワサキに会いに来たはずが、奇妙なことに巻き込まれつつあるようだ。
「それよりユナさん、私の親友の一人をご紹介したいのです」
 絣は周囲の騒ぎをよそにユナを引っ張っていく。その視線の先にいるのは百地・悠季(ga8270)。
 絣とユナとすれ違った萩野 樹(gb4907)は彼方を見つめていた。
「巨大な熊で、世界征服があるのか。何か慌ただしいな‥‥」
 生中継があるようだし、そっちに行ってみるか。まあ、とりあえず手伝いでもしよう。そんな樹が追うのは、先程すれ違った二人。
 絣とユナは悠季と合流していた。
「時節柄ハロウィンだとは言え、こういう状況はあんまりよねえ」
 悠季は二人の前に弁当を広げていく。
 鶏おこわ、ローストビーフ、コーンスロー、和風煮物一揃い、サーモンとワカメのマリネ。ごまときなこのおはぎと焼きプリン。緑茶と紅茶もあり、量も充分用意されている。
 ――唄って踊って楽しもうよね〜♪
「ん? なに今の電波。‥‥ここは無視して、あたし自身が納得いく行動あるのみよね。と、いうことで、一緒に観戦しましょ」
 突如降ってきた電波も華麗にスルーし、悠季は笑った。
「ええ、観戦しましょう。‥‥ユナさん、こちら悠季さんです」
 絣から悠季を紹介され、ユナは「初めまして」と頭を下げる。
「絣がお世話になったみたいだけど、今回はよろしくね。‥‥まあ、観戦だから解説は任せるわよ」
「わ、私より中継のほうがいいですよっ!?」
 ユナは大慌てで各種中継を見るための準備を始めた。
 悠季と絣は弁当を頬張って待っている。まだ準備は整わない。機械が苦手なユナは苦戦中だ。
「お手伝いしましょうか」
 樹が後ろから声を掛けた。
「わっ、ありがとうございます!」
「あ。よかったら、どうぞ」
 樹は手伝いながら餅を差し出した。赤くて幸福になれそうだ、なんとなく。
「これでテレビ中継からストリーミング配信まで、全て確認できますよ」
 セッティングが終わると、樹はお弁当を摘む三人にモニターを見せた。
『特撮か冗談以外の何にも見えないことと存じますが、残念ながら事実で御座います。生主のJJで御座います』
 ストリーミング配信でJJなる人物の声が響く。イェーガー・ジェイの頭文字だが、それを知るのは本人のみだ。
「ええと、『【大』‥‥重いわね、止まっちゃった。‥‥あ、動いた。『ならぬ】世界征服軍vs地球防衛軍【THE大幼女】』?」
 悠季が一文字ずつ表示されるタイトルを読み上げる。
「幼女と言っても、十二歳‥‥微妙なお年頃ですね」
 ユナが資料を確認した。
「年齢で言えば、悠季さんの方がユナさんに近いですねー」
 絣はおこわを頬張って考える。
「私、二人より年上ですけど、身長一番低いですね‥‥」
「え、ええとっ!」
 わたわたするユナ。しかし悠季は余裕の笑みで絣にお茶を渡す。
「世界の危機なはずなのに、ここだけ平和‥‥だなぁ」
 三人の様子を眺めていた樹は餅を頬張った。その時、桃代 龍牙(gc4290)が通りかかる。
「おしふ粉はいらんかね〜」
 そう言って、龍牙は「お汁粉状の何か」を見せてくれた。
「‥‥夢を見たんだ」
 おしふ粉を見せながら、龍牙は語る。
「緑の妖精が俺に向かって話しかけるんだ。『ヴぃーくんだけ楽しそうなことしてずるい』とか『研究所の辺りで素敵な豆拾った』とか『でも煮ても堅くて駄目だった』とか。無性に懐かしい気がして‥‥目が覚めると豆の蔓を握りしめてた」
 そして成長した蔓から採れたという、七色でケミカルカラーに輝く豆を皆に見せる。
「胸にこみ上げるものがあった。これは料理人としての矜持なのか。この有罪確定に怪しい豆を圧力鍋で煮たら‥‥できちゃったんだよなぁ」
 呟く龍牙はわくわくした表情になる。
「中に南瓜もち入れて試食したら、青緑の陽炎の羽根とか生えたんだが‥‥これを、戦ってる皆にも食べさせなきゃいかん。最終目標は‥‥」
 小熊――そう言いたげに視線を小熊へ向ける。
「が、頑張ってきてくださいね」
 ユナが言うと、龍牙は笑顔で立ち去った。

「ベアキャッチ☆プ(自粛)!」
 きらーん!
 声を揃え、藍とレオは変身した。
 藍は蒼色、レオは赤色。それぞれにかっこよく、レオの性別はこの際二の次だ。
「なんで僕までこんな格好‥‥なのかな?」
「気にしないでください」
 困惑気味に首を傾げるレオだが、藍は彼の肩を軽く叩くのみに留めた。

 征服軍のなつき(ga5710)は小熊を見つめていた。
 世界なんて、正直、どうなろうが興味ない。自分には関係の無いことだから。
 ――ただ‥‥奇跡のような世界で、彼等は生きているのね。
 何となく、わかる。
 魔法のある、奇跡のような世界――彼女達の世界のことを、知りたいと思った。
「‥‥我らが、小熊のために」
 そして、配布された黒スーツに身を包んだ。
 そんななつきをこっそり見守る黒き影。
「なつきを守るためなら悪鬼になろう」
 それは緋沼 京夜(ga6138)だ。彼がここにいることをなつきは知らない。だから正体を隠して見守ることにした。そう、黒い熊の着ぐるみ姿で――。
 それを選んだ理由は自分でもわからないが、なぜかその方がなつきの傍にいるのに相応しい気がしたのだ。
 世界征服にも興味はない。彼女が征服軍に行くと虫の知らせがあったので、守るためにここにいるのだ。
 それに、「シェイドって何ですか?」という知識程度でシェイドに突っ込んでいった前例がある彼女を放っておくのも危険だ。
「必ず守ってみせる」
 黒熊は、ぐっと拳を握った。

 ――優しそうなお父さん。
 小熊への愛情が沢山伝わってくる。ちょっとだけ羨ましい。防衛軍の夢姫(gb5094)は熊を見つめていた。
「ララも、お前さんくらい大人しそうだったらなぁ」
 熊はにかっと笑い、夢姫の髪をわしゃわしゃ撫でる。
「‥‥っ」
 大きな手の感触に、夢姫はハッとした。
 パパ熊さんのためにも、被害が大きくなる前に止めないと――!
 できれば戦いたくないが、力による征服は止めなくてはならない。
「行ってきます! 小熊さんによじ登って、お話してきますね!」
「よじ登るって‥‥。大人しそうな子だと思ったのに」
 夢姫みたいな娘も欲しかったなーなんて密かに思っていた熊は、がっくりと肩を落とした。

 防衛軍は本格的に動き出す。
 次々に出撃態勢に入る者達。まひる(ga9244)もその一人だ。動機はどうあれ、争いや強行手段は好まない。平和的、早期解決のために思考する。
「まひるじゃないか、お前も来てたのか」
 まひるの思考を邪魔するかのように、熊が話しかけてきた。
 熊とは初対面だが、もしかしたら彼の世界に自分そっくりな存在がいるのかもしれない。まひるは少し悪戯心を起こした。
「うん。ボスより少し早く、ね」
 ボス――なんとなく出た言葉だ。
「そうか‥‥って、お前まひるじゃねぇな。手首に鉄のリングつけてねぇ。間違えてすまんなぁ」
 熊がまひるの両手を見て苦笑する。
「いいよ。でも私も『まひる』ってんだ」
「‥‥え?」
「よし、準備完了。出撃しよう!」
 にっと笑い、まひるは熊を引き摺ってディアブロに搭乗した。
「俺も!? ‥‥と、先客か?」
 サブシートに押し込められた熊は、先客がいたことに気付く。ソウマ(gc0505)だ。
「どうも。僕もご一緒します」
「よろしく。すまんな、うちの娘が‥‥」
「‥‥あいにくこの世界のことを他の世界の人に任せる程、無責任ではいられないんですよ」
 ソウマは肩を竦めて言う。ほどなく、まひるがディアブロを発進させた。
 まひる機とほぼ同時に出撃し、地上を駆けるもう一機のディアブロ。それはカイト(gc2342)の『鋼鉄の子狼』だ。
「異世界からの侵略者というやつか‥‥燃えるな」
 何か違うような気もするが、カイトはひたすら燃えたぎる心で駆け抜ける。

 野戦病院に運び込まれてくるのは野次馬ばかりだった。しかも観戦していて転んだとか、そんな理由で。不思議なことに戦闘による怪我人は出ていなかい。
「世界を貧ぬーにだなんて、胸にトラウマあるなら魔法で巨ぬーにすればいいのに。自分じゃなくて貧ぬーの子が好きなのかな」
 青いメカ猫を連れて視察していたソーニャ(gb5824)は首を傾げる。しかしすぐにハッとした。
「そう‥‥か。さすが小熊様。深い洞察力、感服いたしました。‥‥小熊様の思い、世界に知らしめ、無益な戦いを終わらせねば――!」
 そしてソーニャは悟りを開いたように頷いた。

『接敵なう』
 ジェイの動画にコメントが寄せられると同時に映し出されるKVの編隊。
「アレはもしかしなくても、KVで御座いますね。何やら見覚えのある機体がいるやもしれませんが、見かけても全力で見なかったことと致します」
 ジェイの実況が続く。見覚えがあるのはシュテルン『黒鳥(ブラックバード)』。妻の機体だ。全力で見なかったことにして、実況再開。

「接敵なう」とコメントした直後、賢之は頬を引き攣らせる。小熊に接近したと思ったら、すり抜けてしまったのだ。幻影だろうか。
「101人ララちゃん、ゴー!」
 響き渡る声はフィン。翼竜の上から蜃気楼の小熊を大量に発生させていた。
「ふははは、どれが本物かわかるかな!?」
「蜃気楼なら近付けばわかるはず‥‥!」
 賢之が手近な「小熊」に接近する――が。
「あれ? 旋回した‥‥?」
 気付けば賢之機は小熊に「背」を向けていた。
「思い通りにはさせませんよ?」
 別の翼竜からなつきの声が響く。混乱させる唄を賢之に叩き込んだのだ。
 だが幻影や魔法はそれだけに留まらない。上空に二種類の映像が投影される。
 一つは、ろまんとお嬢様。
 インパクトが大事ってことで、ろまんの魔法で二人を空に大写しにして防衛軍に降伏勧告だ。
「くまちゃん4号の力があれば、悪い宇宙人をやっつけて世界が平和になるんだ‥‥だからみんな、大人しく降伏してくまちゃん達に協力するんだっ! じゃないとこうだもん」
 ずぎょーんっ!
 小熊の目から発せられたレーザーが、無人のビルを破壊する。
 続いてもう一つの映像が動く。そちらはソーニャ。
 投影されるソーニャは、猫耳に肉球付きブーツ、尻尾付きワンピース、尻尾ふりふりの「ソーにゃん」となっていた。
「防衛軍及び世界の民に告げる。速やかに小熊様に恭順なさい」
 ソーにゃんは全世界に向けて演説開始。
「巨ぬー主義が何を生み出したか! 貧ぬー格差を生み、欲望は巨大さを求め留まる所を知らない。巨ぬーを求めては争いは終わらない。ささやかさを分かちあおうではありませんか!」
 響き渡る演説。だが、アリカには通用しなかった。
「‥‥邪魔するなら容赦はしないわ。舞い踊れ‥‥『黒羽の舞(ブラックバード・ダンス)』!」
 舞うように放たれていくK―02は周囲の大気を揺らし、幻影を消す。そして小熊に着弾、さらに追撃のフェザーミサイルも軌跡を追う。
 しかし小熊は掌で全て受け止め、「ちくちくする」と笑っている。
「‥‥これで終わり、だと思った? 舞いはまだ終わってないわよ‥‥」
 アリカ機は垂直離着陸にて陸戦形態『黒騎士(ブラックナイト)』へと移行し、カイト機、エシックのリンクス、リックのグロームを始めとする陸戦部隊と合流した。
 エシック機とアリカ機が進路を確保するべく動く。
 アリカ機はスラスターライフルとハイ・ディフェンダーを駆使して先頭を駆け、エシック機がPM―1にて援護射撃を続ける。エシックは敵の妨害ポイントや配置を地図から予測し、動きのイメージをした上での進軍だ。
 二人の切り開いた道を進むべく、残りの部隊がリックの指揮の下で動き始めた。
 地表にはフィンが設置した魔法のトラップがあり、踏むことで爆炎があがる。だがそれでも突き進む。一部の者達はアフロになっているが気にしない。
 そんなアフロ達に、屋台を引っ張ってきた龍牙がおしふ粉を飲ませる。彼の通った場所には、羽が生えたりぬいぐるみになったりした能力者達が呆然と座りこんでいた。
 リックは相手をビルで囲まれた地形に誘い込むように動き、包囲殲滅戦を仕掛けていく。
 対戦車砲を使えば、逃げ場のない相手は動きを止めた。しかしそこに小熊の巨大な手が現れて攻撃を全て受け止めていく。
「ところがぎっちょん!」
 リック機は手近な高層ビルをよじ登って小熊の肩に乗り移ると、斜め四十五度から頭を狙った。
「叩けば治る、それがプチロフさね!」

 ずごんっ!

「直らない!」
 シヴァーは痛む手を振って叫んだ。何度テレビを叩いたことか。
「中継を見せてくれ‥‥っ!」
 そしてまたテレビを叩き始めた。

「悪いね、これも仕事でね‥‥って、治らない‥‥っ!?」
 そりゃそうだ、小熊はプチロフ製ではないのだから。
「ちょうどそこが痒かったの、ありがとう!」
 小熊は嬉しそうにリック機を掴むと、「お礼だよ」とリボンで飾って地上に降ろした。ちゃっかりと燃料を抜き去って。
「‥‥やるな、小熊‥‥」

 終夜・無月(ga3084)は小熊の近くに陣取っていた。
「先ずは小手調べ‥‥」
 敵陣に向けて片手を翳す。現れた魔法陣は、月と狼の紋章の周囲に文字の羅列が円状に並ぶ鮮やかなものだ。そこから、絶え間なく光弾が放たれていく。それはどこか優しい月光だ。敵機は辛うじてそこを抜けてくる。
「是は如何かな‥‥」
 更に輝きを増した魔法陣の外周に新たな文字の羅列が並び、光の束が雨となって敵機へと降り注いだ。

「さてさて、最終兵器な幼女はこんな兵器に耐えられる‥‥かなッ?」
 賢之がレーザーガトリング砲を発射しようとした瞬間、「わっ!」と真後ろから声をかけられた。
「えっ!?」
 振り返っても誰もいない。どうやらフィンの魔法のようだ。続けざまに竜巻が襲い掛かり、賢之機が放った攻撃を包み込んでいく。
「ああ、こんなに色々魔法使える‥‥イイ気分〜♪」
 うっとりと頬を染めて立ち上がるフィン。
「我等が小熊のために! ‥‥ああ、何だか言うとすごくスッとする〜」
 フィンは満たされた気持ちになっていた。その真横を抜け、賢之機に迫るのは龍乃 陽一(gc4336)の騎乗する翼竜。
「え、また俺!?」
 まひる機もすぐ近くを飛行しているというのに。しかしまひる機には「キョウ運」の持ち主のソウマが同乗しているせいか、不思議と征服軍の標的にならなかった。
「世界征服って‥‥一度はしてみたいじゃないですか‥‥ロマンですよロマン、えぇ」
 陽一は雷撃を乱射。テンション高い乱射はなかなか当たらないが気にしない。
「勝てばよかろうなのだ〜‥‥です!!」
 陽一の高笑いが空に響く。賢之機は回避しながら再び攻撃のタイミングを待つ。今度こそ――と思った瞬間。
 怪しげなしっとのオーラが周囲を漂い始めた。
「誰かがしっとに燃える時〜しっと団はやって来る〜♪」
 そう、しっと団だ。しかも総帥が現れた。
「小熊ちゃんには巨乳のお姉さんに対する超強力な『しっとの波動』を感じたのだ」
 翼竜の上の白虎(ga9191)は気合い充分だ。しかしその裏には野望もある。
「世界の基準をひんぬーに――同じ真っ平らなら、僕のような男の娘のほうが属性が多いだけ有利に決まっている。全世界に僕を萌えさせるという、こちらの極秘計画に利用させてもらおう‥‥!」
 まあ、そんな野望だ。
 白虎はゲーム機のコントローラーにコマンドを入力、小熊を操作する。
「KVから優先して落とせにゃー☆」
「了解っ!」
 実際はコマンド入力には何の意味もないが、小熊はツインテールカッターなども繰り出して敵を翻弄する。
「お次は、しっと心を破壊エネルギーの塊に変換した魔法だにゃ!」
「わかったにゃ!」
 小熊は滾るしっと心を収束してエネルギー砲を作り上げる。胸の大きな女性が搭乗する機体には、自動追尾してしまうしっとっぷり。そして巻き込まれたKVの搭乗者達にしっと心が芽生え、しっと団総帥に従うべく寝返ってしまう。
「かっこいいよね、機械の鳥さんって」
 続いて小熊は賢之機を引っ掴んで観察。
「な、何を‥‥ッ!」
「でも、こうしたらもっとかっこよくなるよ?」
 小熊は賢之機をレースでデコレーション。
「うん、これでよし♪」
 地面に下ろし、小熊は満足顔。飛行不能になった機体から出てきた賢之は、涙目で生身参戦を決めた。分けてもらった薬を片手に、とにかく小熊を止めるために進むのだ。

『大幼女はどうやらメカ幼女でもある様子』
「ふむふむ」
 おやつを頬張り、悠季が実況に耳を傾ける。
『コメントには力をこめんと。>>34の方、君子危うきに近寄らずと昔から申しまして、要するに近寄る気は全く御座いません』
 実況はコメントへの返信もこまめだ。
「‥‥絣さん、どうしたんです?」
 ユナは絣の様子がおかしいことに気付いた。絣は横笛を握りしめて震えている。
 元々、ユナに笛の演奏を聞いてもらうために来たというのに、変なことに巻き込まれてしまった絣はいっぱいいっぱいだ。
「‥‥ユナさん、笛を聞いてください」
 ついに絣が現実逃避気味に横笛を奏で始めれば、ユナはオロオロとして絣の演奏を聞き続ける。
「いい曲ですね‥‥」
 この状況をユルく見守る樹が、熱いお茶をすすった。

「ベアハンター☆サンレーザー!」
 びしゅんっ!
 藍は光線を放ちつつ、熊の位置を確認してまひる機を見据える。
 熊を狩らなければならない気がする。気が付いたら翡翠の着ぐるみに変身してるし、これは運命だろうか。
 変身と言えば、地上ではソーニャも「青いメカ猫少女」に変身し、ポシェットから魔法の便利アイテムを取り出していた。
「貧ぬークリーム〜」
 ぱららぱー!
 そして生身参戦をしている防衛軍の女性能力者達を捕まえ、塗りたくっていく。
 むにゅ、無乳と揉めば、巨ぬーがぺったんこだ。
「大きさによる差別も肩こりも汗の心配もない、安らかな世界がここにある!」
 再び演説を始めるソーニャ。
「さぁ皆の者、このクリームで‥‥って、あれ?」
 会心の演説だったのだが、一部からの抵抗が激しくなり始めた。
「いでよ、巨大猫娘ロボ!」
 ソーニャはロボを召喚して乗り込み、適当に暴れてみる。しかし防衛軍の激しい抵抗で押され始めると逃げ出した。
「バカぁ、負けたんじゃないからね。ちょっと用事思い出しただけなんだから!」
 その言葉を残して――。
 ソーニャの背を見送るのは龍牙。彼の屋台は小熊の足元に到着していた。
 そして小熊に向かって声を張り上げる。
「よく聞いてほしい。ここに、あげてよせるぶr」
 そこまで言った瞬間、小熊に凄まじい勢いで睨まれた。
「あたしにはあげる肉もよせる肉もないんだからっ!」
「‥‥それはすまなかった」
 龍牙の説得は、切なくも撃沈した。

 再び上空、まひる機が小熊の頭上に到達した。
 まひる、ソウマ、熊はパラシュートで脱出し、小熊の頭に降りて肩を目指す。だが、突然小熊の身体が揺れ始めた。
「くすぐったいっ」
 足を踏み鳴らして笑う小熊。足元に到着した夢姫が足をよじ登り始めたのだ。
「あ‥‥っ!?」
 注意していたものの、思いがけない不意打ちにソウマが足を滑らせる。だが幸いにも何かに受け止められた。
「うわっ、真っ暗で何も見えない‥‥ここはどこだ?」
 もぞもぞと這い出てみると、小熊のパーカーのフードの中だった。
「キョウ運にしては平凡ですね」
 首を傾げるソウマは、これこそがキョウ運であることを知らない。もし服の中にでも落ちていたら、大変なことになっていただろう。色んな意味で。
 ついに小熊の肩に到着したまひるが説得を始めた。
「志は見事というしかない、私も似た様なもんだ。だけど、強硬手段で作られた平和は、虐げられた者を押し潰しただけのもの。それに何より、このままだとララ本人が今後どんな目にあうかわからない」
 まひるは穏やかな声で続ける。
「熊が薬を持っている‥‥まずはその大層目立つ体を収めよう‥‥? それだけであんたに襲い掛かる危機はぐぐっと下がるんだ‥‥ね?」
 その言葉に、小熊は少し嬉しそうな笑みを返す。
「――あたし達の世界でもね、大きな戦争があったんだ」
 そして、ぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「沢山のものを失って、もう二度と逢えなくなってしまったひと達もいる。‥‥泣いて、泣いて、でもみんなで前を見て、未来に向かって進んでる。まだ戦争の余韻は残っているけれど、かつては敵だったひととも手を繋いで、ゆっくり、ゆっくり進んでる」
 小熊は全ての者達の顔を見つめていく。
「あたしは、みんなの笑顔を守りたいんだ。そして笑顔が見たいんだ――」
「それは、どういう」
 どういう意味で、どうしてこの行動に繋がったのか、まひるは問おうとした。だが小熊は「内緒」と言い、こんこんと両手首を打ち合わせる。どこかで見たことがある仕草に、まひるは息を呑んだ。
「まだまだ、あたしの世界征服は終わらないよっ」
 小熊はにっと笑う。しかしまひるだってこのまま終われやしない。
「あ、ララ、鼻毛もぶっとくなってるよ?」
 まひるの言葉に小熊は一瞬だけ動揺する。その隙をついて、ソウマが口を目指して移動を開始した。
「まさか一寸法師を現実で演じることになるとは思いませんでしたよ。ですが、主役ですからね。しっかりと活躍するとしましょうか」
 不敵な笑みを浮かべ、ソウマは進む。
 しかし、なつきも動いていた。
 小熊の口に試作型ピンポイントフィールドを装備させると、口の中へ滑り込もうとする。万一、薬が放り込まれてしまった際に回収できるように。
 隠れて見守っていた京夜がハラハラする。しかも、なつきの動きを阻止しようとする防衛軍の者達もいるようだ。
「く‥‥っ、ボルカニック・クマーボム!」
 その叫びと共に、巨大な魔石を投げつける。
 とりあえず爆破。まず爆破。もいっちょ爆破。爆破とは言っても吹っ飛ぶだけで傷はつかない、優しい魔法だ。
「あ。そうだ。‥‥娘を持つ父親が一番怖れるものって、何ですか?」
 なつきは熊に視線を移し、魔法を発動させた。
「む、娘は嫁にやらんぞ!」
 途端に顔面蒼白になる熊。
「それでは黒瀬さん、ララさんの唇、守ってくださいね」
 そう言い残して、なつきは小熊の体内へと姿を消す。
「え、ちょっ!?」
 なつきのややこしい言葉に慌てるレオは、その瞬間に凄まじい殺気を感じ取る。
「貴様‥‥腹の立つ顔してやがる‥‥ララから離れやがれ」
 物凄い形相の熊がレオに近付く。
「‥‥いや、えーと‥‥何で僕、この人の前に来るとビビるんだよっ!」
「むすめはわたさん」
「ラ‥‥ララちゃんは僕が守」
 すぱこーんっ!
 凄まじい勢いで振り抜かれるハリセンが、レオの側頭部にクリティカルヒット。
「むすめはわたさんーーーっ!!」
 完全に目が据わっている。その時、二人の間に割って入る影があった。藍だ。
 手には複数の鋼糸と、二振りの小太刀。そして熊を見据える鋭い眼光。
「――やべぇ」
 思わず後ずさる熊。藍は間合いを詰めて背後に回り込み、ジャーマンスープレックス。そして垂直落下式DDTへと流れていく。
 ずごーんっ。
 脳天から小熊の肩に落ちた熊は「やっぱり‥‥」と唸った。
「あれ? なぜプロレス技に?」
 藍は首を傾げた。これも着ぐるみのせいだろうか。まあいい。このまま熊を征服軍陣営に輸送しよう。熊を引っ掴み、藍は翼竜で地上を目指す。
「ボスは連れ去られたけど、小熊の口に薬を放り込むのは諦めないよ」
 まひるはソウマと共に、再び口を目指す。これさえ放り込めれば――!

 地上では激しい攻防戦が繰り広げられていた。
「よく来ましたね‥‥では戦いを始めましょうか‥‥」
 無月は魔法を抜けてきた機体と対峙する。大剣を魔法陣の中から引き抜き、構える。そして光の線を引きながら接近戦をしかけようとした‥‥その刹那。
「よけてくださいっ!」
 上空から声が降ってきた。同時に熊も降ってきて地面に激突した。
「あいたた‥‥」
「暴れるから落ちるんですよ」
 翼竜の上で藍が溜息を漏らす。
「くそ‥‥っ、しかし俺は逃げ切ってみせる!」
「‥‥貴方には‥‥本気が出せそうです‥‥」
「へ?」
 逃げようとした熊は、突然向けられた剣に目を丸くする。無月は対峙していた機体から熊へとその照準を変えていた。
 最強と言われる熊に興味がある無月。熊は彼から何かを感じ取って大剣を構えた。
 無月の大剣が光を帯びる。
「さあ、始めようじゃねぇか」
 熊が言うと同時に、双方が地を蹴った。
 その隙に、カイト機とエシック機が小熊の足元で攪乱を始めた。
 エシック機はテールアンカーで機体を固定し、短距離リニア砲とスナイパーライフルを片手に持って攻撃を始めた。
 カイト機はヴィカラーラを叩き込んでいく。しかし二機の攻撃にも小熊はくすぐったそうに何度も足踏みを始めた。
 カイト機はそこから逃れるように、そして翻弄するように細かく動き回る。
「近寄れば、突く! 離れれば撃つがな?」
 しかしそのうちに小熊の動きが激しくなり――。
「危ない‥‥!」
 エシックが叫ぶ。
「ぬかった‥‥!? ヤバイ!」
 プチッ!
 カイト機はあえなく踏み潰されてしまった――ように、見えた。
「あ、危なかった‥‥」
 幸いにも小熊のブーツの土踏まず部分だったらしく、カイトは事なきを得た。

 かっきーん!
「また打ち返された!」
 まひるとソウマが眉を寄せる。
 小熊の口に放り込もうとした薬は、白虎のハンマーで打ち返されていく。打ち返された薬は陽一の翼竜に当たった。
 バランスを崩して急降下する翼竜だが、陽一はハイテンションだ。
「ふふ、この僕が墜ちるわけがないでしょう‥‥!」
 ――このテンションが墜ちる日は来るのだろうか。
 地に激突する直前に翼竜はバランスを立て直し、再び浮上した。危機一髪だ。
「ほら、墜ちるわけがないのです‥‥! ちょっとだけ、びっくりしましたが!」
 まあ、それが素直な感想だろう。
 さらに白虎は小熊のしっと心をも煽る。
「あっちにもお胸の大きいお姉さんがいるぞ!」
 その言葉で小熊は気付いてしまった。ここにいる女性達は皆「ひんぬー」とはほど遠いことに。
「‥‥みんな、いいなぁ」
 じとーんと皆を見渡せば、そのタイミングで肩に到着したのは夢姫。
「戦うつもりはないの。お話しよう?」
 夢姫は小熊の耳元でしっと心を宥めるように囁き始めた。
「わたしは、無理矢理あなたを止めるつもりはないよ。強引に、力ずくで相手に強制したら、不満が残っちゃうよね? ひんぬーを強制しても地下組織ができると思うんだ」
 夢姫は頑張って説得を続ける。
「‥‥だから、ね‥‥? それに、人の命は戻らないんだよ。素敵なパパ‥‥大切にしてあげて」
 その言葉に小熊がそっと地上を見れば、無月と熊が戦っていた。強い相手と戦っている父はどこか楽しそうだ。その時、レオも小熊の耳元へと移動する。
「‥‥ララちゃんは、いつまでもここにいて大丈夫? 帰りを待っている人‥‥いないの?」
「待っている、人」
「君を一番大事に想っている人が、他にいるんじゃないかなって思ったんだ」
 父親ではなく――他の、誰か。小熊はゆっくりと首肯した。
 まひるや夢姫、そしてレオの言葉が心に深く染みこんでくる。
「‥‥なつきお姉ちゃん、もういいよ。出てきて」
 小熊はすっきりした表情になると、体内のなつきを外に出す。そしてまひるとソウマに笑顔を向けた。
「おくすり、ちょうだい?」

 小熊は元の姿に戻り、周囲には防衛軍と征服軍が集まっていた。
「何はともあれ‥‥ずっと戦争を続けるのが目的とかじゃなくてよかったな‥‥」
 カイトはとりあえずほっと一息つく。
「まあ、何にせよ仕事終わりのウォッカは格別さね」
 リックはスキットルに入れたウォッカをあおった。
「‥‥貴女、違う世界に来てまでこんな騒ぎを起こすなんて、何を考えているのかしら? それじゃあいつまで経っても本当の大人にはなれないわよ」
 アリカが小熊に軽くお説教を始める。小熊はアリカに抱きつく形で意思表示をした。
「‥‥貴方も、自分の子供が悪いことをしたならちゃんと怒らないと同じことを繰り返すわよ。そうならないためにもきちんと躾けるのが務めじゃなくて?」
 そして熊にもアリカは言葉を投げる。熊は「その通りだな」と強く頷いた。
 小熊はゆっくりと、皆の顔を見渡していく。
「無月さん、ろまんさん、なつきさん、京‥‥黒熊さん、賢之さん、アリカさん、白虎さん、まひるさん、夢姫さん、ソーニャさん、レオさん、ソウマさん、藍さん、カイトさん、フィンさん、陽一さん、リックさん、エシックさん。‥‥みんなのこと、覚えたよ」
 ここにはいないが、自分達のことを見ていた悠季、絣、樹、ジェイ、シヴァー、龍牙のことも小熊は気付いていた。
 この世界で出会った人達の顔を、名前を、笑顔を――しっかりと記憶に焼き付ける。
「何だか会えて凄く嬉しかったよ。本当に‥‥本当にね。いつかまた、会おう。それが夢の中でも」
 まひるが言うと、小熊は強く頷き返した。
「送還の魔法陣ができましたわ」
 お嬢様が魔法陣の完成を告げると、小熊は一人でそこに乗る。召喚主が送り返さなければならないので、熊はまた別での送還となる。
「今度はあたし達の世界にも遊びに来てね!」
 小熊はそう言って、皆に手を振る。
 ふいに、レオがその手を引き寄せて小熊を強く抱き締めた。
「れお‥‥さん」
「‥‥いつか、成長した君に会えることを、願っているよ――」
「‥‥はい」
「‥‥さ。気を付けて、お帰り」
 安心した笑顔で頷く小熊。レオはそっと離れると笑顔で手を振る。
 魔法陣と共に、小熊がふわりと消えていった。

「さ、今度は熊を送り返す準備をしないと」
 誰かがそう言って、熊を車に乗せようとする。
 その時、なつきが挙動不審なことに誰もが気付いた。
「どうしたの?」
「‥‥ずっと、熊の着ぐるみに追い回されているような気がして」
 防衛軍の人間だろうか。しかし戦いは終わっている。だったらなぜ‥‥?
「‥‥私、熊に狙われてる?」
 その直後、元防衛軍陣営から複数の悲鳴と阿鼻叫喚の爆音が上がった。
「熊鍋にしてくれるわっ! ボルカニック・クマーブレス!」
 ずごーん!
 黒熊の口から魔法がぶっ放された。
 ――熊に、向かって。
 なつきの言う「熊」は京夜のことなのだが、彼は激しく勘違いしていた。
「カレーが食べたくなってきました‥‥」
 そう言って、なつきはその場を後にする――クマーブレスに巻き込まれた賢之をぎゅるりと踏んで。

「まあ、こんなものよね」
「そうですね」
「疲れました‥‥」
 悠季と絣、ユナは弁当を片付け始める。樹は機材の片付けだ。
『これにて中継を終わりたいと思います。ああ、もうどーでもいいから呑みに行けと神からの命令電波が。あとで嫁が帰ったら二人で行ってきます。行かないと大変なことになりそうで御座いますゆえ』
 半ばヤケクソ気味なJJの言葉を最後に、ストリーミング配信は終了した。

 ずごんっ!
「やっと直った!」
 シヴァーは狂喜する。テレビを叩き続けて、手の感覚が消えてしまっている。
「よし、これで中継が見られる‥‥って、え?」
『今日の土壇場クッキングー♪』
「‥‥終わってるよ‥‥」
 シヴァーはがっくりと肩を落とし、やたらと明るいテーマソングを涙目で聴き続けた。