●リプレイ本文
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「‥‥わくわく動物王国。人類の、故郷」
アグレアーブル(
ga0095)は出発点の様子を記録に収めていく。
以前上陸した際の撤退戦から、進攻に転じたことを好ましく感じていた。
「動物とかいっぱい見られるかな!?」
アグレアーブルの言葉に反応しつつ、ドッグ・ラブラード(
gb2486)が地図を確認する。
「‥‥や、人類発祥の地アフリカを取り戻すという使命感に燃えてます。はい」
アレクサンドラ・リイがちらりと見れば、ドッグは慌てて取り繕う。
「大きな犠牲を払って手に入れた大地、確実に仕事をこなすとしますかね」
五十嵐 八九十(
gb7911)は皆と挨拶をかわしていく。
「長旅になりますが、よろしくお願いしますよ」
「よろしく」
頷くリイ。そこに笑顔で入るのは黒木 敬介(
gc5024)だ。
「初めまして、よろしく。愛称はサンディ? それとも仕事中は」
そこまで言った途端にリイに睨まれ、続きが言い出せない。内心では「きつめの美人さんだ。突っ張ってるとこもかわいいね。食べちゃいたい」などと、どーしよーもないことを考えていたりするのだが。
「愛称はサーシャだが‥‥リイ、でいい」
「わかったよ、リイだね。‥‥と、おねーさん、美人だね。この仕事から帰ったら俺と一晩どう?」
今度は御剣 薙(
gc2904)にロックオンする敬介。微笑みつつ真っ直ぐ見つめて口説く。
「ルート周辺の調査と安全確保か、地味だけど重要な任務だね。これからの戦いにも影響するし、仕事はきっちりこなさないとね」
薙はと言えば、敬介を無視して自分に言い聞かせるように呟いている。
AU―KVのタイヤをオフロード用に調整すると、ルートの最終確認と事前行動の最終打ち合わせを始めた八九十の元へ向かう。それでも敬介は言い寄る。そのうちに薙も限界が来たのか、派手に肘を突き出した。
「‥‥しつこい」
「う、ぐっ!?」
鳩尾に肘が入った敬介は涙目になるが、すぐに立ち直ってアグレアーブルにロックオン。懲りない男だ。
「お互いを知るためにディナーでもどう?」
そう言われたアグレアーブルは溜息を漏らす。
――ナンパ? これだから男は面倒臭い。簡単な男に興味はない。
そう言いたげに、ぴとりとリイに貼り付いた。
「私、綺麗なお姉さんの方がいいわ」
実際、リイの性質に好意を持てたのは嘘ではない。傭兵の中でも古参に分類されだした昨今、年上の女性は安心するのだ。リイも妹のことを思い出して心地よさを感じている。
「そ、そっかー。うん、わかった。今回は諦めるよ」
敬介はあっさりと諦めて笑みを浮かべた。
「よう。今度は単独行動しないのか?」
杠葉 凛生(
gb6638)が茶化す。だがリイは凛生を見つめるだけだ。凛生は苦笑する。
「手の届くとどくところに、逼迫した命がないから、か」
前に会った時には、強迫観念にも似た、命に対する執着を感じた。自分と同じように過去に縛られ、痛みに囚われているのだろうか――凛生はそう考える。
「これだけ積めばいいだろうか」
輸送車にランタン等を積んでいた沙玖(
gc4538)に呼ばれると、リイは確認に向かう。
「ああ、大丈夫だろう」
「そろそろ出発‥‥か?」
沙玖が時間を確認すると、最終確認を終えた八九十が「いつでも行けますよ」と頷く。その時、リイは遠くを見るムーグ・リード(
gc0402)に気付いた。
「どうした」
「‥‥トテモ、長く、感じ、マシタ、ガ‥‥」
その言葉には、深い感慨が込められていた。
この国の復興を生涯の目標として傭兵を続けているムーグは、大規模でやっと「ここまで来た」実感を持ってから、再びこの地に来ることを心待ちにしていたのだ。
アフリカを母と共に出ておよそ十年。
大規模から今まで、数ヶ月‥‥楽しみだ。
「少しずつ、取り戻そう」
リイはムーグを見上げて言うと、皆を各車輌に促した。
その直後、アグレアーブルがムーグを観察し始める。車に収まるのか気になるのだ。
「キリンがいるのは、もっと南?」
何かを連想して呟いていると、ムーグは車の屋根によじ登った。景色を眺めながら行くつもりらしい。
バイクで先行偵察する八九十、敬介、薙以外の全員が車輌に乗り込むと、一行は南に向けて出発する。
陽はまだ顔を出したばかりで、これからゆるやかに天頂へと昇っていく。
目指すはテベサ、そしてルディエフ。
それから再びこのアンナーバへと。
長くもあり、短くもある道を進む
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アンナーバから少し離れるだけで景色はがらりと変わる。
「んー、見渡す限りの広大な自然‥‥、一杯引っ掛けたいところですけどね」
先行する八九十は言葉を漏らす。街がないわけではないが、農場であったと思われる土地や、アトラス山脈に属する山々が視界の端を流れていく。
八九十は道路の舗装状況や周囲の観察、定時連絡を密にすると共に、ルート途中の町などで住民と軽く接触し、最適なルートやバグアの勢力状況などの聞き込みも続ける。
「キメラの姿はなし、と‥‥」
薙が呟く。これまでに得られた情報は、全て記録してある。多少はキメラの目撃情報があるが、大体が夜間に集中していた。
「軍属の人は大変だね。こんな僻地の任務もあってさ」
敬介は後方の三車輌を振り返る。先頭のA車でハンドルを握るリイが敬介を睨み返した。
「どうしたんですか?」
助手席のドッグはリイの険しい眼差しに気付き、双眼鏡で周囲を確認して首を傾げた。とりあえず今見た路面の状態や道順を筆記し、再び双眼鏡を覗き込む。
「気にするな。‥‥ずっと双眼鏡を覗いているな?」
「や、何が出るかわかりませんからね。夜間は暗視スコープでしっかり確認しますよ。運転もしますから」
「頼りにしている」
ドッグの笑顔に、リイは頷いた。
C車の屋根ではムーグが流れる景色を目で追っていく。
――似たような景色は傭兵になってから何度も見たが、やはり、違う。
そんな想いを抱きながら。
「野生動物‥‥は、あまり見当たらないわね」
車中ではアグレアーブルが記録を続けていた。足跡や轍等は街の近くならちらほらと見受けられるのだが。
中央を走るB車では沙玖と凛生がマッピングを続けていた。沙玖は広範囲に視線を走らせ、小さなポイントも逃さない。
「道路の破損箇所はあるが、代替ルートが必要なほどでもなさそうだ」
凛生も細かく書き記す。二人はキメラの住処やバグア関連施設がないか、キメラも含めた動植物の生態系までもカバーする。
そして特に大きなトラブルもなく、一行はやがてテベサに到着した。
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テベサの空港は使われてはおらず、街にもそれほど活気は見られない。バグアが襲来する前には活気のある街だったのかもしれないが。
「夜間にキメラの目撃情報があるね」
敬介が空港の見取図に印を書き込む。皆での聞き込みの結果、住民達からはキメラの情報と、競合地域という情勢が及ぼす各種の不安などが聞こえてきた。
ムーグが少し難しい表情をしている。
(‥‥私がアフリカから逃れた後も、ずっと暮らしていた人達。私とは違い、地獄をより身近に生きてきたのだろう)
――自分だけが地獄から逃れたことの悔恨が胸を焼く。
(‥‥だから、かな。闘っているのは)
ムーグが大きく吐息を漏らした時、薙が合流した。
「格納庫は損傷も少なく、キメラが潜んでいる様子もありません。それから‥‥」
AU―KVで調査していた薙は、次々に報告する。
「それから‥‥滑走路が少し抉れ、管制塔に破損、電気系統も駄目‥‥等々」
ドッグはそれら全てを書き留めた。
「命の危険は、キメラが運ぶだけじゃないですからね」
「そうだな」
リイはドッグに同意した。
「破損箇所さえ修復すれば使えそうか?」
「いけそうです」
凛生が言うと、八九十とリイが頷く。その様子に、沙玖もまた頷いた。
空港を最も気に掛けていた沙玖は、滑走路の状況、建物や電気系統などの状態、キメラに占拠されていないか、どの程度の戦力で奪還可能か、罠は無いか――それらを誰よりも細かく確認していたのだ。占拠されていないことに、安堵する。
「そろそろ‥‥進みましょうか」
一通りの調査が終わったと踏んだアグレアーブルが、皆を促した。
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チュニジアに――ルディエフに入ったのは、陽が沈みかけた頃だった。
完全に陽が落ちるまではここで軽い休憩だ。
皆から少し離れた場所で、アグレアーブルは携帯を使って風景を撮影していた。離れて暮らす元同居人達にあとで送るのだ。
「依頼用か?」
凛生の声に、アグレアーブルは不機嫌な顔になる。
「撮ってやろうか」
凛生が申し出るが、アグレアーブルは迷っていた。だが、迷っているうちに取り上げられてしまう。
「風景もいいが、お前さんの元気な姿を送ってやるのも、悪くないぜ」
「‥‥あ」
さすがにその申し出は断りたい。元同居人達が自分の写真を喜びそうで気に入らない。しかし凛生はあっという間に彼女の顔を撮ると、携帯を返して皆の元へ戻っていく。
アグレアーブルは小さく溜息を漏らした。
「‥‥彼ラ、ノ、悩ミ、ハ、解消、サレソウ、デス、カ?」
ムーグがリイに問う。一軍人には答えにくいことだが、リイは「解消したい」と頷いた。ムーグは謝罪と詫びを告げる。
「‥‥アフリカ、ハ、私、ニ、トッテ、ハ、特別、ナ、土地、ナノデ‥‥」
そう言って、景色を軽く見渡した。
「アフリカとかしんどいよね。仕事でなかったら俺は来てないよ」
今度は敬介がリイに言う。
「‥‥そうだな、私も同じかもしれない。妹が生きていれば別だったかもしれないが」
リイの言葉に、敬介は微かに眉を寄せた。
「妹?」
「この土地に、何かあるのか?」
凛生もまた、問う。
「‥‥リイ、サン、ハ、何故、軍人、ニ?」
そしてムーグが言葉を引き継いだ。
「‥‥何年も前に死んだ妹がいる。頭の良い子でね、十六で大学の研究室に籍を置いて、遺伝子工学を専攻していた。人類の起源であるアフリカに憧れている‥‥と言っていたけれど、もうひとつ違う理由もあるらしい。それについては教えてくれなかった」
リイはそこで一息つく。
「‥‥だから私は軍人に、そして能力者になった。アフリカを取り戻して‥‥妹を連れてきてやりたい」
そう、遺影でも形見でもなんでもいいから、この大陸に――。
「‥‥妹さん、一体‥‥どんな理由があったんだろうね」
敬介はそれまでの軽い調子から一転し、穏やかな声色を放つ。両親と妹のために家を出てきた自分にとって、リイの想いは共有しうるものだった。
「広い青い空が、見たかったのかもな」
夕空を見上げ、呟く凛生。
死者はもう、何も応えてはくれない。亡き人に捕らわれた‥‥籠の中の鳥といったところか。
凛生は、自嘲気味に思う。
「青い空に、青い鳥は映えるだろうか」
リイはそれだけ言うと、口を噤んだ。
「あと少しで‥‥陽が落ちる」
薙が目を細めて落ち行く陽を見つめる。
「そろそろ行きますか」
八九十が立ち上がって準備を始めれば、次に立ち上がったのは沙玖。
夜間のほうがキメラは活発だろう。こちらの夜目が利かない分、昼以上に注意が必要だ――沙玖はつらつら思考する。
ほどなくして陽が完全に落ち、微かなオレンジの余韻が空の果てに残るのみとなった。
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昼間は何もなかった道は、ただ暗くなっただけで脅威が増す。
「もうすぐ空港‥‥か」
敬介の表情に微かに緊張の色が見える。ほどなくして、闇の中に空港が見えてきた。
「‥‥いる」
八九十の後ろで探査の眼を使っていた凛生が、光る無数の何かを捉える。恐らくキメラの目だろう。
「こちら呑み助、前方にキメラらしき存在を発見しました、指示があればどうぞっと」
「数は不明、少なくはありません」
八九十と薙が無線連絡を入れなると、間髪入れずリイからの応答があった。
『――このまま突っ込む』
狼だかハイエナだか――とにかく犬科の動物の姿だと思われるキメラの群れは、涎を垂らして一行を出迎えた。各車輌ひとりずつ護衛を残し、皆は覚醒して徐々に敵影に接近する。
「‥‥ムーグ」
アグレアーブルの声に、ムーグは身を屈めて両手に彼女を乗せ、頭上高く掲げた。
「何を遊んでるんだ、お前ら」
凛生が溜息混じりに言うが、アグレアーブルは気に留めずにキメラの群れを確認した。
ボスがいる様子はない。特に統制が取れているわけではない。その旨と配置を皆に伝え、戦闘開始だ。
敵は待ちきれないと言わんばかりに、牙を剥き出しにして一斉に飛びかかってくる。
「ふっ、浅はかだな。貴様らの底が知れるというのもだ! この俺が相手をしてやろう!」
沙玖はスナイパーからの援護を受けながら、忍刀「颯颯」を敵の喉元へと薙いでいく。銃弾が抉り込んだ部位から皮膚を裂かれた敵は悲鳴を上げた。
それに続くのは敬介のカミツレ。倒れた敵を乗り越えて迫る存在に、その刀身を一閃させる。
「アレを狙うわ。凛生、援護」
アグレアーブルが駆ける。凛生はすぐさま援護射撃を行い、敵の足を止めていく。そこに振り抜かるのは、アグレアーブルの刹那の爪。遠心力と共にぶちこまれた敵は、そのまま真横に吹っ飛んでいく。
迫る弾幕をすり抜けて車輌を狙う敵達。そこに追いすがるように駆け抜けるのは、ムーグのケルベロスと番天印から放たれる銃弾達と、ドッグ。
「この速度ならぁ!」
ドッグは自身の出しうる全速度を持って敵に最接近、一気にそのエリュマントスをねじ込んでいく。
「苦しむ暇は与えんよ!」
命を嬲る趣味はない。言葉の通り敵は苦しむことなく沈黙していく。
AU―KVに身を包んだ薙は、エネルギーガンで牽制しつつ接近すると、その脚を軽やかに舞わせていく。体を捻り、回し込んだかと思えば――すぐに体勢を整えて突くように蹴る。彼女の脚に翻弄され、敵達は次々に吹っ飛ばされていく。
「ここはもう俺達の庭なんだよッ!!」
八九十は制圧射撃による援護を受けると、敵が怯んだ隙を見逃さなかった。駆け抜け、スティングェンドと砂錐の爪の応酬で、敵の身体に幾筋もの傷を刻んでいく。そこに援護に入ったリイも剣を薙ぎ、さらに戦闘は続けられた。
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「これで全部、かな」
敬介は周囲を見渡し、キメラの影がないことを確認する。空港には静寂が戻っていた。
「そのようですね」
ドッグは敵の安らぎを祈り、覚醒を解く。
「‥‥あまり時間のロスはありませんでしたね」
「戦闘による破損もなさそうだ」
薙と沙玖が頷く。
「この先にもキメラは出ますかね」
八九十は言いながら、バイクにまたがった。
「出たら対処するまでだ」
今度は車輌に乗り込む凛生。
「じゃあ、行きましょう。まだ先は長いわ」
アグレアーブルはリイと共にアンナーバの方角を見つめる。
「到着、スル、頃、ニハ‥‥、朝焼ケ、ガ、見ラレル、デショウ、カ――」
目を細め、ムーグはルディエフで見た夕焼けを思い起こす。
そして一行は、再びアンナーバへと進み始めた――。