●リプレイ本文
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静かに流れゆく砂には、決して変化は見られない。
ひたすらにこの地を去ろうとする者達と、彼らを見送る者達と、そして天地を征く者達のみが、その変化を知っていた。
「篠崎公司、イェーガーです。妻の美影と一緒の参加となります」
「篠崎美影です。夫共々宜しくお願いしますね」
篠崎 公司(
ga2413)、篠崎 美影(
ga2512)夫妻は仲間に告げながらも、すぐにそれぞれのなすべきことを始めていた。公司は空、美影は地上にて。
「晴天、ですね」
公司は呟く。出撃前のミーティングで確認した通りの天候に、微かに安堵する。地上で活動する仲間や撤退を続ける小隊をも確認するように、ウーフー2『フェンリル01』にて空から見下ろし、今回の作戦方針や連携を反芻する。
「‥‥撤退支援か。本来なら地上でEQ狩りをするのが一番の早道なんだろうが、さすがにそんなに簡単にはさせてもらえねえな。まあ、仕方ない。空の邪魔者を片付けて陸の支援にまわることにしようぜ」
威龍(
ga3859)はウーフー2『如龍』の強化型ジャミング中和装置を起動させる。
「飲み込まれるなんて経験、誰だってしたくはないでしょうしね、さっさと片付けて味方の憂いを断ってあげましょう」
威龍に同意するように言うのは、スピリットゴースト『ケーニッヒゴースト』のヨハン・クルーゲ(
gc3635)。「まったくだ」と威龍が返す。
「ここで時間をかけるとな‥‥」
地上班にも、そして撤退中の小隊にも大きな影響を及ぼすだろう。片柳 晴城 (
gc0475)は、シラヌイS2のコクピットから見える青と砂色の世界に目を細める。
「アースクエイクの追撃に加えて上空は中型HWとは、随分念入りだな‥‥。いずれにせよ事態は急を要するようだ。急ごう」
白鐘剣一郎(
ga0184)はシュテルン・G『流星皇』を駆る。まだ視界に入らないHWをいつでも迎撃できるよう、意識を集中させた。
地上ではスカイスクレイパーに搭乗する美影が、地殻変化計測器をドッグ・ラブラード(
gb2486)、ファサード(
gb3864)、レベッカ・マーエン(
gb4204)と共に設置していた。
「KVも戦闘も苦手なのですが」
ファサードは少しとほほとしながらも、小隊の位置と無事を確認する。そして砂漠迷彩を施した骸龍『プロフェッサー』にて計測器を二つ設置し始めた。それを宥めるように、美影が言う。
「対EQの必須装置ですからね。しっかりしとかないと‥‥。それに、こういう作業は協力して行う方が良いですから」
「外は結構寒そうだな。撤退してる連中は大丈夫か?」
計五個の計測器が設置され終わると、レベッカの竜牙がゆるりと周囲を見渡した。
彼方に確認できる、小隊の影。見る限りでは防寒対策はなされているようで、そういった点では大丈夫そうだ。
カイト(
gc2342)はそれぞれの計測器の位置を把握する。EQがどこから来るのか、今は全く見当がつかない。
「そういえば、スピリットゴーストの初陣‥‥なんだな、これが」
スピリットゴーストのコクピットで若干の感慨にふける。この初陣で慣れることができればとカイトは思う。
「さて、観測を始めます」
ファサードがEQ対策としてハードディフェンダーを横に構え、データを観測し始めた。他の三機もそれに続く。
「一人でも多く、一瞬でも長く。そのために、お命頂戴するぜミミズさんよぉ!」
S−01HSC『Garm』の脚部で砂を踏みつけるドッグ。その時、空戦班がHW達とエンゲージした。
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果てに現れた五つの点は、一瞬後にはその形を見せつけてくる。
この空と砂しかないフィールドでは、遮蔽物もなければレーダーなど確認する必要もない。嫌でも目視できてしまう。
「予定通りに行こう。地上は頼むぞ」
剣一郎が地上に通信を送ると、空戦班全機が先頭のHWに照準を合わせた。
「何事も最初が肝心ですからね、手厚く歓迎してあげましょうか!」
「ペガサス、エンゲージオフェンシブ!」
ヨハンと剣一郎が叫ぶと同時に、ヨハン機が4連キャノン砲二連射、そこに剣一郎機のスラスターライフルと公司機のUK−11AAMが追従してHWへと降り注ぐ。
「まだまだあっ!」
威龍機は強化ジャミング集束装置を発動、後方よりスナイパーライフルの軌跡を吸い込ませていく。そのまま突進し、プラズマリボルバーを流し入れた。
「消耗は避けたいんだけどな」
そう言いながら超伝導アクチュエータ及び超伝導AECを発動させた晴城は、G放電装置で敵機の行動抑制を狙う。そして集中砲火の爆炎に紛れるように後退しようとした敵機にバルカン、さらには公司機のスナイパーライフルが吸い込まれていく。
「その機動は予測済みです」
公司の言葉が終わる前に、先頭の一機は砂に沈んだ。
ほぼ時を同じくして、地上班にも動きがあった。
「‥‥います。現在二体。位置は」
「包囲南東及び南、それぞれ距離三百に感あり!!」
観測を続けていたファサードと美影が僚機に告げる。ドッグ及びレベッカも同様の観測結果を得ていた。今のところ、EQは二体のようだ。計測器から得られる情報から出現ポイントを予測していく。
「あのあたり、か?」
レベッカ機が二体のEQが交差すると思われる地点を指差す。そこを半包囲する形で、地上班のKVは動き始めた。移動の度に砂が巻き上がる。時折視界を妨げるほどに舞い上げられる様を見ていると、ここが砂漠なのだと思い知らされる。
内心は自分のところに来て欲しくないとは思いながらも、ファサードは冷静にEQの「浮上」タイミングを計る。
「‥‥出てきます。カウントゼロで。3、2、1‥‥0!」
その刹那、砂が一気に盛り上がり――。
「しまった――!」
誰かが叫ぶ。
うねる二つの巨体は、髪を振り乱すようにその全身に砂を伴って姿を現す。大量に舞い上げられた砂はKVの頭上から降り注ぎ、コクピットからの視界を一瞬だけ奪った。
「出てきたか‥‥。まだだ! まだ潜るな!! 攻撃が外れるからな!!!」
最初に反応したのは、砂の被害が少なかったカイト機。再びEQが沈もうとするのいち早く察知し、ファルコン・スナイプを発動させて4連キャノン砲をぶちこんでいく。
「EQ一体、再潜行! 一体は潜行阻止!」
カイトはすぐさま僚機に状況を伝えていく。狙撃を受けた個体と、再び潜る個体と、身をよじって暴れくねる二体は再び砂を巻き上げ、視界を奪い去る。
「ゆっくりと移動しているようです! ‥‥いえ、また出てきます!」
ファサードが叫ぶ。その時、もう一体の「尾」が薙ぎ払われた。その尾は弧を描き、ファサード機と美影機を巻き込み――。
「――あぁ‥‥っ!」
「‥‥っ、‥‥な、に‥‥っ!?」
鈍い衝撃を感じた瞬間、ファサードと美影は自機が張り飛ばされたことを悟る。もうもうと立ち上る砂煙が、二機の上に降り積もる。そして、ずぶずぶと沈みゆく機体。
EQが地下を進むことで緩んでいた地盤が崩れ始めたのだ。砂漠ゆえの、脆さ。咄嗟にレベッカ機とカイト機が二機を引き摺り上げにかかる。足場はかなり悪い。だが、このまま沈んでしまえば潜行するEQに食われてしまう。
その直後、潜行の個体が二機のすぐ傍に迫っているのを察知したドックが、予測地点へと照準を合わせた。
「足もとから覗くなんて、マナーがなってねぇなぁ!」
短距離リニア砲からの砲撃は砂を抉る。EQの口が剥き出しになり、再びそこに砂が流れ落ちていく。そこを狙うのは、美影機の救出が完了したレベッカ機。
「オフェンス・アクセラレータ発動、内側から焼いてやるのダー」
グレネードランチャーが口の中に飲み込まれていけば、EQは砂中でびくりとその巨体を蠢かせる。さらに対戦車砲で追撃、敵の動きを抑え込んでいく。敵は攻撃を受けながら強引にずるりと這い出て、「餌」を物色し始めた。
カイト機によって、砂の棺からファサード機も抜け出す。先程「尾」を薙いだ個体は再び攻撃を仕掛けるが、今度は不意を衝かれなかった美影機、回避オプションを発動させてかわしきった。
「決め手に欠けるのがこの子の泣き所です。でもそう簡単には当たってあげませんよ!!」
言いながら、牽制の射撃を繰り返す。その間にも砂は流れ、舞い上がり――地上班のKV達を悉く翻弄していく。
上空を見れば、三機目のHWが撃墜された瞬間だった。
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「砂が凄い」
落ち行くHWを目で追った公司は、地上の砂煙に目を細めた。戦況はどうなっているのか。優勢なのか、劣勢なのか。
スナイパーライフルで敵機を僚機の斜線上へと誘導しながら、公司は地上の様子を気にかけ始める。それは空戦班の誰もが同じだった。
地上からの要請はない。要請はないが――それがそのまま優勢に繋がるわけではない。
「悪いがいつまでも構ってはいられない。早々に退場願おうか」
剣一郎の声がワントーン下がる。
「この流星皇、簡単に捉えられると思うな!」
僚機が攻撃する隙を作るべく、剣一郎機は残りのHWへと単騎斬り込んでいく。ヨハン機からの援護射撃による妨害もあり、その動きを敵機は捕捉できなかった。
回避する間もなく剣翼で脇を抉られた一機は、そのままバランスを崩したように見せかけて離脱を計る。だが、そこを貫いてゆくのは威龍機のロケット弾と、晴城機のバルカンだ。
再び剣一郎機が駆け抜け、離脱を計った一機は砂漠に墜ちていく。
「あと、一機」
五人が同時に呟く。全機、その照準を最後のHWへと向けた――。
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「撃退完了。地上はどうなっている?」
剣一郎が高度を下げ、地上班の様子を目視で確認しようとする。相変わらず砂塵が凄い。
「続いてるな‥‥EQ二体、相変わらず動いてるようだ」
威龍もゆるやかに機首を下に向けていく。砂塵の向こう、巨体がうねる様が確認できる。思ったより地上は苦戦しているようだ。敵が強いのか、それともこの砂塵のせいなのか。
「‥‥存外、でかいな。速いのか?」
EQの頭部から尾まで順に確認する晴城。陸戦形態のKV達が小さく見えるような気がする。その時、地上班の美影機から公司に、そして空戦班全員に通信が入った。
『対地狙撃支援を願います‥‥!』
「フェンリル01了解。これより支援狙撃を開始します」
公司はすぐに狙撃体勢に入る。そして砂塵の隙間から見えるEQの背部――突出しているブレードの付け根へと狙撃を開始した。
インパクトの衝撃と爆風で、地上からの砂塵が相殺されるかのように晴れていく。一気に視界が広がることで、地上班が態勢を立て直しやすくなる。そのまま威龍からロケット弾が撃ち込まれ、公司機がダメージを与えた個体を引き裂いていく。
その隙に、対地狙撃をする剣一郎機と晴城機が着陸、陸戦形態への移行を始める。砂漠への着陸はかなり厳しいが、しかし二機は比較的安定した地盤へと降り立ったようだ。びくびくと脈打ち、もだえるEQとの距離を詰める。
晴城機はレーザーライフルで狙撃を続け、敵の機動速度を観測した。
「行ける‥‥!」
そう判断した瞬間、晴城機は敵を引きつけ、アクチュエータとブーストで脇へと回り込むと、メアリオンの軌跡を閃かせた。
「ここまでだ、沈め!」
最後の力で「上体」を持ち上げることで露出した腹部に、剣一郎機の獅子王が抉り込まれる。そして、この個体は沈黙した。
「お待たせしてすみません、援護に加わります」
ヨハン機は低空へと降下し、もう一体のEQをその射程内に収める。
「これだけ大きいと外しようがありませんね、っと」
ファルコン・スナイプを発動、4連キャノンの連射で地上班の再攻撃の隙を作り上げていく。直後、威龍機も着陸し、援護狙撃を開始する。ようやく足場も安定してきたのか、地上班の動きが規則性のあるものになってきた。
形勢が逆転したと判断したのか、EQが再び潜行を試みる。しかしレベッカがそれを阻止した。
「仕切りなおさせるか、一気に畳み込む」
そして発動するオフェンス・アクセラレータは、試作型クロムライフルに乗せられ、そのまま対戦車砲のコンボへと流れ込む。潜行のタイミングを完全に奪われたEQは猛り狂うようにその巨体を波打たせ、なりふり構わず暴れ始めた。
「暴れるな! そろそろ大人しくするんだ!」
カイトは叫び、大きく開け放たれた敵の喉の奥深くへとショルダーキャノンからの礫を流し込む。
「そのまま続けてください! EQは完全にこの二体以外いないようです!」
射撃と観測を続けるファサードが全機に告げる。EQの尾が再び狙いを定めてくるが、もうそれほど強い攻撃ではなかった。ハード・ディフェンダーで凌ぎきる。
「このまま一気に行きましょう」
美影機もまた、射撃による牽制を続け、EQに移動の隙を与えない。逃げられないと悟った敵は、最も近くにいたドッグ機に照準を合わせにかかる。よたよたと、しかし確実にその口を広げてドッグを呑み込もうと、砂の上を滑り来る。
「来やがったな! こっちも全力で‥‥!」
ドッグ機はブーストとブレス・ノウ、そしてアグレッシヴ・ファングを発動させると、一気に距離を詰め、敵の口中へとグレネードランチャーを飲み込ませていく。追い撃ちと言わんばかりのリニア砲も連なり続いた。
「内臓から燃えやがれえぇぇ!!」
そしてドッグは進行の勢いそのままに斜め前方に転身、爆撃の衝撃を回避する。
その間にも、美影機、ファサード機からの狙撃は続き、レベッカ機、カイト機もまた砲撃を繰り返していく。やがて、EQは砂地を滑ることをやめ、微かに波打っていた全身もそのうちに緩やかに静寂を纏った。
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「終わったようですね‥‥」
「何とか護りきれたか。皆、お疲れ様だ」
ファサードが言えば、剣一郎が全機に労いの言葉をかける。
「小隊は無事に撤退が完了したようです」
確認に出ていたカイト機が告げる。
「一安心、か」
晴城は小隊がいた方角を見やり、溜息を漏らす。ヨハンは「大きな損傷はなさそうですね」と僚機を見渡していく。
小隊の撤退が完了したのは、EQが沈黙した数分後だった。とは言え、広いという言葉では片付けられない砂漠では、まだどこかにEQがいて他の小隊を狙っている可能性も否定できない。もっとも、この付近は完全に安全であるということは確認済みだが。
「大丈夫か?」
公司が空から美影に通信を送れば、美影機が「大丈夫」と軽く手を振る。
「砂まみれになったか‥‥」
レベッカ機が全身を振り、砂を払い落としていく。
「まだ、少し砂が舞ってるな」
威龍が舞い上がっては散ってゆく砂を目で追う。それはゆるやかにEQやHW達を包みこんでいく。
ドッグは若干の警戒を残しつつ、横たわるふたつの巨体を見つめた。
「‥‥こいつらもちゃんと、土に還るのかね?」
還るのであれば――ドッグはそこに祈りを残す。
明日とはいかないまでも、きっと数日もすればこの巨体は砂に埋もれてしまうだろう。
誰が埋葬するわけでもないが、それを墓とするかのように――。
砂漠に、再び静寂が戻った。