タイトル:【RAL】青の制縛マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/02 23:12

●オープニング本文


 ウルシ・サンズ少将が、「直接少将にお話があるそうで」と呼び出された通信室。
 そのディスプレイ越しに、七十を超えた老将――ブライアン・ミツルギ准将の顔が映し出される。
「生きとったかの、嬢ちゃん」
「もうそんな呼び方される立場じゃねェよ、ジ――じゃねえ、ミツルギ准将」
 暗に階級で呼べと言っているのに自分がしないのもどうかと考え、ウルシは即座に言い直した。言葉遣いがアレなのは、お互い性分なのでこの際スルーだ。
「いきなり通信寄越すたぁ珍しいな。何があった?」
 言った途端、ブライアンの表情が僅かに険しいものになった。
「これを」彼が短く告げた後、別のディスプレイに御剣艦から送信されたと思しき画像データが表示される。
 それは、海沿いのどこかの都市の望遠写真だった。
 そうと分かったのは、手前下部に海が、そこから陸に入ると低い建物が続いていたのが色で分かったからだが――その都市の中に二つ、やけに高さのある建物があった。
「この都市がどうした」
「‥‥お前さんも、アニヒレーターの存在くらいは聞いたことがあるじゃろう?」
 その問いに首肯を返すと同時に、この写真を送ってきた意味をウルシは察した。
 モロッコの先端――ジブラルタル海峡に近いところにあった、バグアの砲台。以前に大規模作戦の最中破壊されはしたが、同じアフリカである以上、作り直されててもおかしくはない。
 それらしき建物が二つあるのは、どちらかがダミーか、或いは両方本物か――そこまではミツルギ側も分からないという。
 ただ分かっていることは、この都市がアルジェ――アルジェリアという国の首都だった街であること。
 そして推測出来ることは、建造の狙いは地中海越しの国かチュニジアであることと――まだ発射されていない以上、建造中の可能性が高い、ということだ。
「‥‥今度は打たれる前に潰しとけ、ってことか」
 ウルシの言葉に今度はブライアンが肯きを返し、
「周りには邪魔がうろついとるが、その露払いもついでに、な」
 回線越しに、二人の表情に同時に強気の色が浮かんだ。



 アルジェリアのテベサ空港にて整備の任務に就いていたアレクサンドラ・リイは、上官からの突然の呼び出しに少し戸惑っていた。
 いつも気難しい顔をしている上官だが、今日はさらにひどい。何かを言いかけてはやめ、言いかけてはやめの繰り返しで、なかなか本題を切り出さない。
「‥‥用がないのなら、任務に戻ります」
「待て待てっ! ‥‥あー‥‥その、お前の妹は‥‥確か」
 突然、妹の話を切り出され、リイは眉を寄せた。上官は妹の死因を知る数少ない存在だ。その上官がこうして口にするからには、何かあるのだろうか。
 どす黒い不安が、リイの中に去来する。
「‥‥故郷がバグアの襲撃に遭った際に、殺されました」
 ゆっくりと確認するように告げ、無意識にロケットペンダントを弄る。
「そこに写真が入っていたな。一度見せてもらったが‥‥可愛い子だった」
「はい」
「‥‥その写真は、お前の妹で間違いないんだな?」
「何が言いたいのですか」
「‥‥これを見ろ」
 そう言って上官は分厚い紙の束をリイに渡す。
 それは、アルジェで決行される作戦の概要を記したものだった。概要には何カ所か付箋が貼られており、リイは訝りながらも確認していく。
 付箋の箇所は、アルジェ東部でワーム群及びキメラの群れを率いていると思われる存在についての報告ばかりだ。それを読み込むうちに、リイの身体が小刻みに震え始める。
「有り得ない、そんな、まさか」
「‥‥妹の遺体は、見つかっているのか?」
「‥‥いいえ‥‥。でも私の目の前で‥‥確かに」
「その存在の名前もわからないし、ひとつの可能性でしかないが‥‥どうする、行くか? 行くならここの任務は他の者に任せる」
「行きます。行って、その存在をこの目で探します」
 リイはそれだけ言うと、資料を上官に突き返して飛び出していった。



「綺麗ね‥‥」
 少女はうっとりと海を眺めた。地中海から流れ込む湾の青さに目を細める。 そして愛機である青きタロスをも仰ぎ見て「あなたも綺麗」と微笑むと、再び海に視線を戻した。
「人間達はこの景色を奪いに来るのかしら‥‥? こんな綺麗なもの、渡したくないなぁ」
 そう言って、少女は面白く無さそうに口を尖らせる。肩に留まっている青い鳥を指先で撫で、「さ、お行きなさい」と空に解放した。
「‥‥そのうちに人間達がきて、ここは戦場になるの。危険だからどこか遠くに行っててね。あとでちゃんと戻ってきてくれなきゃいやよ?」
 小さく小首を傾げ、空の果てへ飛び去る鳥へと言葉を投げる。
「ここは人間達には絶対に渡さないんだから。だって私‥‥海が大好きだもの!」
 くすりと笑い、この地域に集まっていたワーム類やキメラ達を見渡していく。
「いっぱい、壊そうね。侵攻してくる人間も、ナイトフォーゲルも。手加減なんてしちゃだめだよ? 壊れていく様は、とっても綺麗だろうなぁ‥‥」
 でも、私のこの子には敵わないけれど――そう独りごち、少女は愛機に搭乗した。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
時任 絃也(ga0983
27歳・♂・FC
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

 ――その青は、空と同化する。

「怪我を負っての参加とは、あるまじき失態だな」
 先の依頼で負った傷が癒えていない時任 絃也(ga0983)は、R−1改のコクピットで苦笑する。だが痛みは気力でねじ伏せ、行動の不利を傷のせいにしてしまうつもりはない。
「痛みのお陰か、感覚が研ぎ澄まされている気がします。戦闘機動にどこまで耐えられるか、少々不安ではありますが‥‥ま、痛んでいる間は大丈夫でしょう」
 ディアブロの飯島 修司(ga7951)が絃也機に告げる。
「怪我人同士、無茶は控えよう」
 絃也機からの応答に、修司は無言で頷いた。
「たとえどんな痛みでも、それは『生きている証』ですからな。――軍曹も、そう思いませんか?」
「‥‥生きている証、か」
 通信機越しに届く修司の声に、アレクサンドラ・リイは無意識に反応する。
 何を、生きている証とするのか。
 たとえば――ヨリシロは、何をその証とするのだろう。
「どうかした‥‥? リイさん?」
 港へ向かおうとしていたアグレアーブル(ga0095)のリヴァイアサンが振り返る。
「‥‥なんでも、ない」
 リイはそう言うが、尋常ではない様子であるのは伝わる。アグレアーブルは眉を寄せた。
 リイを自覚以上に気に入っていたのか、自分の知らないことで平常心ではない様子が面白くない。だが、それ以上問うことはできなかった。
 いつかリイから話してくれると信じて、再び機体を港へと向ける。覚醒で伸びた髪をクリップで纏め直し、海を見つめた。
「アルジェの青‥‥海」
 この国に来てから、やたらと青がつきまとう。
「今回‥‥東部侵攻の他に、何かあるのか」
 ムーグ・リード(gc0402)と共に地図で各種位置関係を確認していた杠葉 凛生(gb6638)は、リイを盗み見る。
 空港整備からの急な配置換え、それにボリビアの時に似た、心が逸るような様子。人命救助ではなく戦闘依頼だというのに、なぜ――。
 それと同様のことを、黒木 敬介(gc5024)も感じていた。
「こういう仕事は、そこまで得意そうに見えなかったけど‥‥?」
 リイが敢えて生身の行動を選んだ理由が気になっていた。心配していないと言えば嘘になる。敬介は視界の端にリイを入れたまま、ムーグに歩み寄った。
「彼女のこと、頼んでもいいかな。子供が大人を心配するってのもなんだけど、死んでほしくないからさ‥‥」
 身を屈めるムーグの耳元で声を潜める敬介。「それに、デートにまだ誘ってもないしね」と付け加え、本音と建て前が交差する。
「ワカリ、マシ、タ」
 強く頷くムーグは、敬介と同様の懸念を抱いていた。
 リイと鳥を見たときのことを思い出す。
 ――リイがなくしたのは妹だけではない。
 一緒になくしたもの。
 ここでそれを求めているのは、自分も同じなのだとムーグは気付いていた。
 ――アフリカの復興。それは必要だが、充分ではない。
 ゆるりとリイを見やれば、彼女はぼんやりと空を眺めていた。
 そのとき、アルジェ港にて索敵を行っていたアグレアーブル機から、海中の敵反応がないことが伝えられる。
「さぁ、お仕事と行くかぁ!」
 機械剣「莫邪宝剣」を軽く振り、ドッグ・ラブラード(gb2486)がアルジェの街を見据える。
「コールサイン『Dame Angel』、アルジェ東部へ侵攻。只管戦い抜くわね」
 アンジェラ・D.S.(gb3967)のリンクス『アルテミス』が、機盾「リコポリス」を地に打ち付ける。それを合図とするかのように、全軍出撃――。

「空‥‥!」
 合流したアグレアーブル機は天を仰ぎ見る。
「向こうから丸見えだね」
 敬介のアンジェリカは空を確認する余裕なく、ゴーレムのサーベルを紙一重で回避する。
「空から全て破壊するつもりかしら」
 対峙するゴーレム部隊を押し返すようにスナイパーライフルを放つアンジェラ機は、視界の端で爆炎が上がるのを見た。
 螺旋を描くように低空を駆け、HW達と共に手当たり次第に建造物を破壊していく青きタロス。
 放たれる光の筋はKVをも墜としていく。その圧倒的な力や機動性、そして一切の躊躇のない攻撃に誰もが息を呑んだ。
 地上ではゴーレム部隊が重き腕を薙げば、Rex−Canonやタートルワームから放たれるプロトン砲がKV部隊の進路を阻む。天と地を征くキメラ達は、手負いの者達に止めを刺すべく牙を剥く。
 市街地への空からの爆撃、海を背にする東部は「退路」が確保し辛いこと、他にも複数の要素が複雑に絡み合い、圧倒的不利な状況を作り上げる。
 それらに対する警戒が甘かったのだろうか。しかし誰もがひたすら戦うしかない。
「可能な範囲で生身の者達の位置の確認を」
 絃也が電子戦機に通信を送る。だが、得られた回答に思わず苦笑する。五割近くが瓦礫の下と思われるからだ。それでも能力者というだけあって、息のある者は多いが。
「有人機と思われるワーム類は、全てタロスの動きに合わせて動いているようです」
 修司は絃也と同様にして、部隊の交戦位置、交戦中の敵戦力、損耗度について可能な限りのデータを得ていた。それらのデータから興味深いものを導き出す。
 同時に空戦部隊から支援要請が入るが、どこから湧いて出るのか、TWやRex−Canonが五機を取り囲んで壁を作り上げる。
「簡単に空には行かせてもらえない‥‥か」
 敬介が呟く。その直後、遠方を舞っていたタロスが降下を始めた。

「この距離なら! もらったぁ!」
 キメラ達を薙ぐのは、ドッグの機械剣。傘を利用した防御からのカウンターは、確実に敵の急所を捕らえる。
 敵影が落ち着くと、ドッグは崩れた石壁を見て頬を引き攣らせた。
「‥‥ひでぇ有様だな、しかし」
 先程まで他の生身部隊がいたのか、まだ鮮やかな赤を保つ手形が大地や瓦礫に点在し、硝煙の匂いの残る銃が散乱している。
「アルジェの街は海から見るのが美しい‥‥が」
 瓦礫の影を歩き、探査の眼で警戒を続ける凛生は微かに溜息を漏らす。アニヒレーターを確認しようと遠方を見るが、ビルが見えるだけで何も情報は得られない。
 ちらりとリイを見れば、彼女は元来た道をじっと見据えている。
「何か聞こえるのか」
「妹が、私を殺しに来る」
 その言葉に、皆は息を呑む。
「‥‥あのタロスのパイロットは妹だ」
「死んだはずだろう」
 そう言いながらも、凛生の胸はざわついていた。
 信じられない、信じたくない――もしタロスのパイロットが妹であるなら、リイも、二度‥‥大切な存在を失う苦痛を味わうことになってしまう。
「‥‥だが、私にはわかる」
 何かを求めるように腕を伸ばしてリイは駆けだす。しかしその腕を掴んで強引に止めるのはムーグ。
「私ハ‥‥行キ、マス」
 リイと共に。彼女がそう望むのであれば。
「‥‥狩リ、ノ、時間、DEATH」
 今は以前より前を向ける。この自責の念と、向き合いながら。
 リイには、万の感謝を。
「‥‥今度は私の番です」
 それは、ムーグの故国の言葉。リイには意味がわからなかったが、しかし感情は伝わる。
 その時、堆く積まれた瓦礫の向こうから目を焼くほどの青が姿を現した。

「まったく、分厚い壁ね」
 アンジェラ機から放たれるGPShの弾幕は、タートルワームの「壁」に吸い込まれていく。続けてアンジェラ機は壁の中で最も弱体化したと思われる目標を選定、亀裂の入った装甲部分に横合いから次の一手をぶち込んでいく。
 そこに生じた隙を突き、アグレアーブル機がエンヴィー・クロックを起動。
「‥‥十秒で引き込む」
 その通信の先は修司機。彼とは幾度も同じ空を飛び、信頼は篤い。ディアボリックハンマーをTWの脚部に抉り込んで退避すると、応じるように流れゆくのは修司機のレーザー砲。
 続けざまに絃也機と敬介機から押し込まれる狙撃で、標的のTWは隣の個体を巻き込んで派手に横転する。
 その時、敬介機に生身班からの通信が入った。
「‥‥リィ、さん?」

 少女は、青いワンピースを揺らしてタロスから舞い降りた。
「お初、お目にかかる。俺はドッグ・ラブラードというしがない傭兵だ。‥‥さて、あんたの名は教えてもらえるかい」
 ドッグがKV班の合流までの時間稼ぎにと、無線のスイッチを入れて声をかけていく。しかしその言葉が終わると同時に、少女の桜色の爪がドッグの腹部を抉った。
「‥‥ぐ、ぅ‥‥っ」
 呻き、膝をつくドッグは、リイが駆け寄るのを手で制す。
「私はヴィクトリア。ここの指揮を任されてるの」
「バグアのお偉いさんってわけだ‥‥。なんでこんな‥‥エリア南部外れの、寂れた場所に‥‥いるんだ?」
 ドッグは激痛に耐えながら、必死に続ける。
「お姉様がいらしてたから」
 ヴィクトリアがくすりと笑うと、リイは表情を強張らせた。
「耳を貸すな‥‥あれは、妹の皮を被った違う生き物だ」
 凛生が言うが、リイは反応しない。
「‥‥今ハ、彼女、ノ、青、シカ、見エナイ、デショウ」
 それはリイの根幹なのだから。ムーグの言葉に、凛生も頷く。
「青? 綺麗でしょう、この子の青!」
 ヴィクトリアはうっとりと愛機を見上げる。
「青いタロスか。綺麗だな、実に綺麗だ。だが、美しくないなぁ! ちっぽけな小鳥のほうが、何倍美しいか! わからねぇか!」
 口の中に血の味がするが、ドッグは構わず叫んだ。リイはドッグの言葉で我に返る。
「小鳥‥‥! そうだ、ヴィクトリア、お前の」
「ごちゃごちゃうるさいわ、お姉様」
 ヴィクトリアがリイの言葉を遮った瞬間、少女の腕が薙がれ、リイの視界が赤く染まる。
「‥‥耳を、貸すな‥‥よ」
 掠れるような凛生の声。嬉々として爪を薙ぐ妹と、抉られていく凛生。彼は必死にリイへと言葉を紡ぐ。
「‥‥俺は妻を守れず‥‥妻の姿をしたバグアの命をこの手で奪った」
 バグアとはいえ、姿は妹のもの。
 妹から――身体に受けた傷は癒えるが、心に刻まれた傷は消えない。
 凛生の絞り出すようなその言葉に、リイは何が起こったのか全て理解した。
「お姉様なんて庇ってどうするの?」
「ヴィクトリア‥‥っ!」
 一瞬、リイの顔に憎悪が浮かぶ。その刹那――。
 彼らとタロスの間に滑り込んできたのは、五機のKV。その姿にリイは安堵で崩れ落ちる。それを支えたのはムーグ。
「連レテ、行キ、マス」
 ムーグは言うと、リイを抱えて瞬天速で退避を始めた。それを阻止すべくヴィクトリアがタロスに搭乗し、プロトン砲を放出しようとする。すかさずアグレアーブル機がハンマーを振りあげた。
 すぐ近くに凛生とドッグがいるが、彼等なら上手く退避するだろうと信頼し、遠慮無くタロスの脇腹にぶち込んでいく。それによってタロスの攻撃は派手に狙いを逸らし、その衝撃波がムーグとリイを包み込む。それでも、ムーグはリイを抱えたまま走り抜けていく。
 凛生とドッグはその隙に退避、ドッグによる練成治療を続けながらも癒しきれない傷を抱えて安全圏を目指す。つい、と敬介機がそれを追った。
 続いてタロスに打ち込まれるのは、リンクス・スナイプを発動した上でのアンジェラ機による狙撃。そこにタロスを支援するべく、数体のゴーレムが現れる。
「どいてもらうわ」
 アンジェラ機のGPShが弾幕を張り、ゴーレム達を牽制――以上の威圧感を放つ。それを抜けて飛び込んでくる個体には、ライト・ディフェンダーを薙ぎ入れていく。
 絃也機と修司機は共に地を蹴り、同方向からタロスへ攻撃を仕掛けていく。一瞬先に抜けたのは絃也機。アグレッシヴ・ファングを付与したデモンズ・オブ・ラウンドを薙ぎ込めば、タロスはそれを回避しつつハルバードを絃也機へと向けた。
「させませんよ‥‥っ!」
 時間差でその懐に潜り込むのは修司機のレーザー砲だ。回避しきれず腹で受けたタロスは倒れる気配を見せない。それどころかハルバートを引いてしまう。
「なん‥‥だと?」
 不可解な行動に絃也が眉を寄せると、タロスは空に向かって軽く腕を薙いだ。
 その直後、空と陸の全ての敵が引き潮のように姿を消していく。タロスに控えているゴーレムさえも。
「一体、何が」
 アグレアーブルが呟けば、タロスはハルバードを薙ぎ払う。絃也機と修司機がそれによって突き飛ばされた隙に、タロスは空へ――。

 ――こんなに長く足留めされるなんて思わなかったなぁ。
 おかげで侵攻部隊が態勢を立て直し始めちゃった。せっかくこっちが勝ってたのに、このままじゃ不利になっちゃいそう。
 ‥‥仕方ないから、帰る。まだ別のお仕事もあるしね。

 ヴィクトリアの呟きは誰の耳にも届かない。
 しかしタロスが足留めされたことによる敵陣営の統制の乱れを突いて、侵攻部隊が態勢を立て直し始めていたのは事実だった。
「敵が‥‥退いていく?」
 ドッグが遠方の空を見て呟く。
 彼等の身体が少しでも癒えるよう休まずに警戒を続けていた敬介は、機体から降りて皆の様子を確認し始める。そこにKV班が状況を伝えに駆けつけ、機体から次々に降りていく。
「そろそろ限界だったから、お荷物になる前に退くつもりだったが」
 絃也は苦笑する。タロスとの対峙が敵の退避に繋がったことは、複雑な感じがした。
 リイは俯いたまま、誰の顔も見ることができない。
 妹によって深き傷を負った者、傷を抱えながらもタロスと戦ってくれた者、皆に危険を冒させてしまったこと――全ての感情が渦巻いているのだ。
 凛生は荒い息を吐きながら、リイと同様に苦痛に満ちた顔になる。恐らく妻のことを考えているのだろう。それを見抜いたのか、敬介が誰に言うでもなく言葉を漏らす。
「それが生きてる理由なら、俺は止めない」
 その言葉は、二人を抉る。生きてる理由――それについて、二人が告げたわけではない。だが、彼は気付いているのだろう。
 ――二人が抱く、バグアに対する深き憎悪と悔恨に。
「惰性で心の傷を忘れるぐらいなら、死んだほうがマシだ」
 若さが現れた言葉。特に父親くらいの年齢の凛生に対しては、どっしりと構えていて欲しいのだ。
「思イ、ノ、丘、ハ‥‥越エラレ、マス。‥‥世界、ノ、彩り、ハ、貴方達、ヲ、救イ、マス」
 ムーグはリイの頭をそっと撫で、そして凛生を見る。
 今は泣いても、悩んでもいい。
「‥‥一ツ、ズツ、トリモドシ、マショウ」
 アフリカも、無くしたものも――。
 その言葉にリイは顔を上げる。その時、アグレアーブルに強く抱きしめられた。
 彼女はリイの耳元で囁く。
「‥‥帰ったら、話を聞かせて」
「アグレアーブル‥‥」
「貴女自身が、気持ちを整理する為にも、先へ進むためにも。‥‥ここは白の街だから、最初から」
 その言葉に、リイは小さく頷いた。
「‥‥まずは治療を進めましょう。皆さん、傷だらけだ」
 自分も重体の身だが、新たに深い傷を負っている生身の四人を見て、修司が柔らかく笑む。
「勝ったのか、負けたのか……。でも‥‥きっと、そのどちらでもないのね」
 アンジェラは言いながら、敵影が消えていった西の空の果てを見る。
 ――ほんの少しだけ、青に朱が混じっていた。