●リプレイ本文
「曇り空って、嫌い」
ヴィクトリアは空を仰ぎ見て、頬を膨らませる。
「ひどく冷たい青い空も、燃えるような蒼い月も、全て隠してしまうんだもの」
灰色の空は、低く重く垂れ込める。今にも泣き出しそうなほどに。
アレクサンドラ・リイは「生前」のヴィクトリアの写真を皆に配る。そこにはヴィクトリアと、左側にリイと同じ年頃の男性が写っていた。
「ヴィクトリアの隣にいるのは、エドワード・バート。うちの執事の息子で、私とは幼馴染みだ。‥‥バグアの襲撃に遭った時に、彼も行方不明になった」
リイは誰に問われたわけではないが、写真の男について意味深に言う。
「ヴィクトリアと共に、男が目撃されているという話だったな」
杠葉 凛生(
gb6638)が問うと、リイは無言で頷く。
UNKNOWN(
ga4276)が「現在の状況は判らないけど、ね」と言い添えて、二十年ほど前のブリーダの地図をコピーしたものを配布していく。そう、バグアの侵攻を受ける前の姿を。そして、それぞれの侵入経路や合流地点等を説明し、「私は中央に『砦』を作っているよ」と笑む。
彼と共に行動をするジャック・ジェリア(
gc0672)が言葉を引き継ぐかのように頷き、どのポイントから動くべきかを地図で何度も確認している。
UNKNOWNは双眼鏡で遠方に見えるブリーダの市街地を確認した。
「風光明媚なところだったが‥‥」
形を保ったまま残っている建造物も少なくはないが、あまりにも静かだ。
不気味なまでの静寂と緊迫感に包まれたブリーダは、静かにその両腕を広げて一同を招き入れようとしていた。
(こういう人って、親戚思い出すから苦手なんだよな。隙がなくて。嫌いじゃないけどね)
黒木 敬介(
gc5024)はアルヴァイム(
ga5051)を見てそう感じていた。その視線を受けているアルヴァイムは眼差しを街へと向けている。
彼らがいるのは中心部よりやや外れた、郊外と言える場所。
これから、付近在住の行商を装って「街に紛れる」のだ。アルヴァイムが纏っているボロローブの奥には、敬介から預かった装備品が隠されている。敬介が持つのは、アーミーナイフと小型超機械αのみで、彼も現地住民に近い服装を身に纏っていた。
「始めよう」
そう言って、アルヴァイムはジーザリオのスペアキーを敬介に渡す。
「まずは、車輌調達、かな」
敬介は地図を確認し、まずは軍の人間がいるポイントを訪ねた。
ブリーダ県に駐留している軍の者の話によると、ヴィクトリア達は市街地から外に出た様子はないという。最初は北部で目撃されていたが徐々に南下し、現在は中心部よりやや南で目撃されているようだ。
敬介は技師から車輌の盗み方を教わっていた。住人に成りすますために、現地の車輌を盗むのだ。アルヴァイムは事前に自費で調達した乾物を確認する。
二人はここで必要な準備を終えると、改めて市街地へと向かっていった。
アルヴァイムと敬介が得た情報を元に、皆は市街地南部で行動を開始していた。
「この広い町の中から、たった一人を探す‥‥か」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は周囲を見渡し、ヴィクトリアの写真を確認した。
「目立つ格好みたいだけど、それなりに大変だな」
「少しでも情報が得られるといいんですが」
頬に詰め物をしたドッグ・ラブラード(
gb2486)は、普段の穏やかな表情とは打って変わって目をつり上げ気味にしていた。
「地道に行きましょう‥‥」
ロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)は緊張気味に呟く。
三人はこれから末端のバグアを装って住民とのコミュニケーションを図るのだ。
「なるべく戦闘をしないで解決できればいいな‥‥」
しかし、それが容易ではないことはロゼアにもわかっている。ヴィクトリアに顔が知られているドッグが変装するという意味と、そこにある危険も。
「不可解な行動‥‥。現状では目的が見えないな」
須佐 武流(
ga1461)はヴィクトリアが取っている行動について、事前情報を反芻するように思い出す。
「うまく情報収集できるといいが」
武流は雑誌記者を装い、最初の接触を試みるべく移動を開始した。
ヒューイ・焔(
ga8434)のジーザリオは、激しく揺れる。
裏路地を抜ける車体は、その不安定な大地に時折ハンドルを取られそうになった。
「酷いもんだ‥‥」
焔が駆けるブロックは瓦礫が多く、ジーザリオだからこそ走ることができると言ってもいい。
「ヴィクトリアの使っている車両によっては‥‥裏路地はあまり来ないかもしれないな」
だとすれば、裏路地で住民と接触しているのは配下の者達になるのではないだろうか。焔はハンドルを握り直し、思考した。
「コールサイン『Dame Angel』、現地にて目標バクアを捜索しその行為を阻害、並びに付近住民への攻撃に対処して出来うる限りの被害を食い止めることにするわよ」
アンジェラ・D.S.(
gb3967)は行動開始の旨を仲間へと無線で伝える。
ゆったりめのローブや、ターバンとスカーフを用い、現地住民に見えるように佇まいを整える。
「思ったより‥‥酷い有様ね」
カフェでもあればお茶の種類で入手ルートを想定し、周辺付近の貿易状況も考慮できるのだが――それは無理なようだ。
それでも、露店のようなものはあるだろう。アンジェラは露店を求めて歩いた。
ブリーダの民に扮したレイミア(
gb4209)はゆるりと歩く。
住民達は誰もが怯え、見知らぬ存在から距離を置く。中には鋭い視線を向けてくる者もおり、そういった者は無線機を手にしていた。
「‥‥強化人間とは違うようですが」
もしかしたら、協力するように脅されているのだろうか。一抹の不安が過ぎる。この状況を、レイミアは管制を務めるソーニャ(
gb5824)と春夏秋冬 立花(
gc3009)に伝えた。
街の中心部で、ブリーダまでの移動に使った車輌を拠点として駐車していたソーニャと立花は、レイミアからの通信に頷く。
バグアの支配圏から脱して間もない街。とはいえ、まだ完全な人類圏ではなく、競合地域という非常に危うい位置にいる。
なにもない悲惨な街。
強化人間にも洗脳されていない者はいた。
彼らはなんのために戦ったのか。
近しい者を人質に取られて――?
しかし、生きていても悲惨な生活。それでも生きていて欲しくて必死に戦ったのだろうか――。
「‥‥あら、目にゴミでも入ったかな?」
ソーニャは軽く目を擦った。手首が湿る。
「その中で楽しんでるヤツがいるんだよね」
湿った手首を見つめ、呟く。
立花はこれまでに入った情報を軽く纏める。皆との連絡に使う暗号を書いた暗号表と地図を画板に挟み、とんとんと指で叩く。
「まだ目撃情報はありませんね」
「でも、あれほどぶっ飛んだ容姿してれば、嫌でも目につく」
美人という意味でも、服装でも――。
「そうですね。情報を、待ちましょう」
立花が頷いた。
「‥‥あとで返すよ」
敬介は比較的状態のいい車輌を発見すると、手際よくそれを「入手」する。ジーザリオは隠してきた。
アルヴァイムはこの付近に潜んでいる軍の偵察員と接触を図る。生活圏における住民の様子や精神的な活力、話題などを収集するのだ。
「ヴィクトリアばかりですね」
得られた情報はヴィクトリアばかりだ。彼女の不穏な動きは、住民達の精神をがんじがらめにしているらしい。アルヴァイムは目に付いた住民に歩み寄ると、乾物はいらないかと声をかける。しかし、誰も首を縦には振らなかった。警戒心が強いのだろう。
敬介はあくまでも自分はここの住民であるという態度を崩さず、人々の噂に聞き耳を立てていく。
「どこにも逃げ場なんてないよ」
「連中は南下している。北はどうだろう」
「でも北の者達はあいつらに何か渡したあとだ」
「仲間になっている可能性だってあるな」
耳に付いたのは、逃げようと相談する者達の会話だった。猜疑心の欠片のようなものが見え隠れしており、敬介は眉を寄せる。
だが、自分が髪などのサンプルを渡すようなことになったら――。
(怖いな‥‥。流石に。‥‥つっても、他の住人と同じ恐怖だ)
自分の身体の一部がバグアに渡る。その恐怖は、どれほどのものなのだろうか。
「世話になる、よろしく」
リイはジーザリオの車内で朧 幸乃(
ga3078)と凛生、そしてムーグ・リード(
gc0402)に改めて告げる。
これから五人は、ヴィクトリアの青きタロスを目指して行動するのだ。
「中立、染まらない灰色、か‥‥私は好きだけど、な‥‥」
幸乃は窓の外を流れる景色を目で追う。
「けど、コウモリみたいにフラフラと行き交って、強すぎる力を加えてしまえば、どちらかに傾く‥‥脆い均衡‥‥」
その言葉の通り、この街は脆く危うい状況にあるようにさえ思えた。
「‥‥私はあくまで依頼を受けただけの傭兵‥‥」
口の中で、呟く。そこにあらゆる意味を込めて。
ジーザリオからやや離れた位置をバイクで併走しているアレックス(
gb3735)は、タクティカルゴーグルの望遠機能をフルに使い、周辺への警戒を続けていた。
ジーザリオ助手席の凛生は、探査の眼で強襲への警戒を強める。
ヴィクトリアがなぜここに滞在しているのか。そして住民との接触の目的は――。
「まさかキメラ等へ流用しているんじゃないだろうな」
ぽつりと漏らす。
「‥‥止めマショウ」
ハンドルを握るムーグが言う。想起されるのは搾取や収集、そして破壊。目的が不明なそれらは限りなく黒に近いグレー。しかし、ヴィクトリアが何をしようと、止めるだけだ。
「お姉様達、来ているみたい」
ヴィクトリアがくつくつと笑う。
「傭兵達の通信は傍受しますか?」
「妨害程度でいいわ。‥‥可愛いお友達がみんな教えてくれるし」
エドワードの問いに答えながら、ブーツの踵で男の後頭部を踏みつけた。
「このおじさま、さっきまで抵抗してたのに‥‥家族を盾にされた途端にこうやって地に伏して従ってくれちゃった」
無線機を男の手に握らせ、ヴィクトリアは笑む。
「おじさま、ですか。あなたはバリウス様のこともおじさまと」
「別にいいでしょ?」
ヴィクトリアは男から足を離すと、曇天にも関わらず日傘をさして歩き始めた。
「強化人間は結構あちこちに散ってるのか‥‥」
焔はこれまでに得られた情報を整理する。住民達はなかなか情報をくれなかったが、根気よく話し込めば少しずつ漏らしてくれる。
強化人間は目撃情報も多いが、ヴィクトリアについては目撃情報は得られたものの現在の居場所は特定できそうにない。
「次、行くか‥‥」
焔は移動を開始する。
アンジェラがいるブロックはそれほど派手ではない露店が並んでいた。
「この人形を買っていったのね?」
問うと、「店主」の少女は頷く。
その人形は少女の手作りらしく、寄せ集めのボロ布などで綺麗に作られていた。ヴィクトリアはそれを買ったのだそうだ。
先のアニヒレーターにおける作戦の報告によると、ヴィクトリアはぬいぐるみを使った攻撃をしていたはずだ。まさかここで買った人形も使うのだろうか――。
「ありがとう、これいただくわね。いくらかしら?」
アンジェラは菓子を手に取る。しかし少女は首を振った。
「お姉ちゃん‥‥変装してるけど、傭兵でしょう? お金はいらない。‥‥アフリカをバグアから解放してくれれば、それでいい」
「‥‥反応を返してはもらえない、か」
ジャックは苦笑する。笑顔で住民との接触を試みるが、近づいただけで逃げていってしまうのだ。
しかし、少し離れた場所で探査の眼を使用し、強化人間のフリをして住民との接触を図るUNKNOWNは、住民との接触に成功していた。余程恐怖が大きいのだろう。
「もう採取されたかね?」
そう問いかければ、初老の男は目を逸らして頷く。
「そうか。誰に‥‥いつ、何を?」
「小柄なアジア系の男に‥‥一時間ほどまえに、血液を」
「奴か‥‥。点数稼ぎか」
UNKNOWNは舌打ちをし、再度問う。
「で、奴は他にも採取していったかい? どの方向へ行ったかわかるかい?」
そして得られた情報は、人々が渡しているのは血液や髪、皮膚など身体の一部であることと、強化人間達は南へ行ったという情報だった。
「南‥‥か」
UNKNOWNは地図を確認する。郊外に大きな公園があった。そこに何かあるのだろうか。
ジャックは愛想を振りまき続けた。そのうちに、子供達が興味を示し始める。
「怖いお兄ちゃん達ね、『ぶるーばーどのごえいにいく』って言ってたよ。交代なんだって」
話によると、この界隈にいた強化人間達は移動を始めたらしい。交代ということは、その前に護衛をしていた者達がいたということだ。
ほどなくして、UNKNOWNが合流した。双方が得た情報を確認していく。
「ここらが限界か」
UNKNOWNが言う。この界隈で得られる情報は一通り揃ったと言ってもいいだろう。
二人は得られた情報を管制へと流すと、拠点を作るべく移動を始めた。
「ヴィクトリアに合流したいんだが、見かけていないか」
凛生は遅れてきた強化人間として、住民と接触していた。他にも、いつもどこから来てどこへ帰って行くのか、ワーム等の離着陸を目撃していないかなども問う。
「南‥‥」
相手はそう答えた。ワームの離着陸についてはわからないそうだ。
「彼女、ハ、‥‥ドノヨウ、ナ‥‥性質ナノ、デショウ、カ」
ムーグはヴィクトリアのことをリイに問う。
「無邪気。興味のあるもの、欲しいものは‥‥何をしてでも手に入れる。だが、そこに悪意はない」
皆に配った写真を見つめるリイ。その視線の先はヴィクトリアではなく、エドワードに向けられていた。
「リイサン、モ‥‥」
何かを奪われたのか――そう問おうとして、ムーグは口を噤む。
「‥‥昔の話だ」
呟き、リイは写真を破り捨てた。
「タロスを破壊するのは‥‥嫌な予感がする」
リイは呟く。
「嫌な予感だと?」
情報を纏めるために、一旦合流した凛生が眉を寄せる。
「また前のように‥‥妹の手によって誰かが深い傷を負うのではと思うと怖い」
「お前が責任を感じることじゃない‥‥アレは、バグアだ。バグアを止めるのが傭兵の仕事だ。怪我など大したことじゃない‥‥」
気休めにならないのは承知の上で凛生が言う。しかしリイは首を横に振った。
「向こうは、こちらの動きを知っても隠れる気はないでしょうね」
ソーニャは皆の現在位置を確認する。現時点で本格的な行動を開始していないのは、最も離れたポイントへと向かっている二組だ。調査場所を次々に指示し、捜査網を効率的に絞り込むためにも、彼らの行動開始が待たれるところだった。
その間にも、他の者達からの情報は常時入ってくる。
「こっちの地区はまだ何も目撃情報がないわね、これからかな」
「ええ。ここでこの時間で目撃されて、今までの経緯から次現れるところは‥‥やっぱりここ、ですよね。でも‥‥これ、もしかして」
立花は皆の調査結果を元に、目撃情報を地図に書き込んでいく。だが、ある事実に気づいたのだ。
「目撃された時間から、まだ目撃されていない空白部分などを照らし合わせてみると、目撃情報から予測する次の出現ポイントに矛盾が生じるんです」
「どうして」
立花から見せられたデータに、ソーニャは絶句する。ヴィクトリアの目撃情報は住民から得られたものばかりだが、矛盾するということは――。
「目撃情報の中にフェイクがあるのでは」
立花が呟く。
「‥‥ぐずぐずしてる暇はなさそう、だね」
ソーニャは運転席に移動する。立花もまた頷き、仲間への通信を開始した。できれば住民と仲良くなっておきたかったが、この状況では難しそうだ。
「アンノウさん、ジャックさん。戦闘が発生『します』。援護お願いします。ポイントは――」
立花は通信を送り、予告する。戦闘が発生する場所――それは、未だ行動を開始していない二組が向かう場所だろう。ヴィクトリア達がこちらを見ているのであれば、当然。
「皆さん、より近いほうに移動してください。それから次は‥‥、‥‥電波、妨害されています‥‥」
武流やドッグ達には接敵の危機を伝えようとし、相手の無線と連絡がつかないことに気がついた。
「見出しは‥‥『街中で謎の行動を取る一団。首領と思われる女の目的とは!?』、かな」
武流は独りごちる。
「少し話が聞きたいんだけど、いいかな」
極道の端に腰掛けていた若い男に声をかけると、男は周囲の視線を気にするようにして頷く。
「この女と接触しなかったか?」
見せるのはヴィクトリアの写真。男は首を横に振るが、別の存在と接触して皮膚を渡したと言う。
「何に使うのかは聞いていないか?」
「‥‥精神の支配。それから、何かを調べると言っていた。意味はわからない」
男は神経質に周囲を気にかけながら言った。
その後も調査を進めるが、ヴィクトリア目撃の報は得られなかった。ただ、身体の一部を渡した者達の怯えかたが尋常ではないことが気にかかる。
「もう少し範囲を広げるか――いや‥‥その前に暴れる必要があるか」
武流は自分を取り囲む気配に気がついた。
「‥‥数は‥‥八、か」
数名が接近戦を仕掛けてきた。撃ちつけられるトンファーを腕で押し返して回避すると、武流はローキックを流し入れた。
スコルは敵の臑を砕き、引き続き中段へと休むことなく入っていく。背後を取った敵へは回し蹴りで応戦、そのまま間合いを離した敵は銃を構えるが、武流のミスティックTから発生した電磁波でダメージを受け、引き金を引くタイミングを完全に逃してしまう。
「まだまだ‥‥っ!」
武流はミスティックTをグラスホッパーに切り替えて跳躍すると、真燕貫突にて連続した攻撃を背後の敵へ薙ぎ入れる。攻撃を終えた脚が地に着いた直後、武流は動きを止めた。
建物の影や裏路地、その至る所から「視線」を感じる。まだ強化人間達が集まってきているらしい。
「さすがに‥‥分が悪い」
しかもまだ自分と対峙する敵もいる。逃げ切れるだろうか。しかし躊躇している暇はなかった。武流は照明銃を空に放ち、上体を低くして走り出す。
同時に追いすがる敵の打撃や、狙撃の雨が武流の身体を掠めていく。顔を腕で覆い、各種装甲で全身を守りながら駆けるが、ダメージは否応なしに蓄積していく。
これまでか――武流がそう思った瞬間、誰かに腕を掴まれて近くの建物に引きずり込まれた。
「あとは任せろ」
声の主はジャック。敵が近づく足音がするが、その足を止めていくのは隣の建物の屋上から攻撃を開始したUNKNOWNと、彼らよりやや遅れて駆けつけたアンジェラ――既に普段の様相に戻った――による背後からの狙撃だった。
「美人との交渉は歓迎しよう。だが‥‥美人ではない者達はお断りかな」
UNKNOWNは「LH」と書いた褌を見やすいように手近な柱に縛り、眼下の敵影を見据える。
「よーし、踊ろう」
そして再びエネルギーキャノンによる攻撃を開始、受ける傷は練成治療で癒し、決して倒れることなくしぶとく、そして激しく敵の注意を引きつける。彼の死角から攻撃を加えようと移動を開始する者もいるが、それらは全てジャックによって阻止されていく。
曲がり角にて待ち伏せすべく定位置を定めたジャックは、射程内に入った敵を屋内に引き込み、近距離での戦闘を開始する。スコールとアーミーナイフ、それらを有効に使い分け、流れ弾などによる周辺住民への影響を最小限に抑え込む。
近距離から薙ぎ入れられる打撃攻撃には不屈の盾で耐え、相手の足止めと制圧射撃を交えて確実に敵を引きつけていく。
「隙だらけよ」
UNKNOWNに意識を奪われていた者達には、アンジェラのアサルトライフルによる洗礼が。彼女を止めようと動く存在からの攻撃にも屈することなく、洗礼は続く。
だが――強化人間達は突然、その攻撃の手を止めた。あとから駆けつけてきた男によってもたらされた情報に何やら囁きあい、顔色を変えて頷きあう。
そして戦う意思がないかのように軽く手を挙げると、彼らは一斉に退避を始めた。
「‥‥行動を起こす前に、遭遇‥‥か」
ユーリは視線を走らせる。ロゼアも、そしてドッグも同様に。
住民とのコミュニケーションを取ろうとした矢先の出来事に、緊張は高まる。
「最悪の当たり籤を引いてしまったようですね」
ロゼアが呟く。
日傘を閉じて、笑顔で歩み寄ってくる少女――ヴィクトリア。やや後ろに控える男は、リイからもらった写真に写っていた男と瓜二つ――エドワードだ。
「ごきげんよう、皆様。私はプロトスクエア、青龍のヴィクトリア。‥‥そちらの方はアルジェでお会いしたわね。その後、傷はどうかしら?」
ヴィクトリアは笑む。ドッグは変装が軽く見破られていたことに苦笑した。
「お、お久しぶり、デス‥‥ヴィクトリア‥‥さま」
未だ痛む傷を手で押さえ、ドッグは頬を引き攣らせた。ロゼアはその隙にとヴィクトリア発見の報を無線で送ろうとしたが――。
「通じない‥‥っ!」
「簡単には連絡を取らせやしないんだから」
くつくつと笑むヴィクトリア。しかしドッグは少しでも時間を稼ごうとヴィクトリアに語りかける。
その際には彼女達にバレないように、後ろ手で無線をオンにし、指で数回ノック。ヴィクトリア発見の合図だ。諦めたフリをして、無線を捨てる。電波妨害がされている状況でうまくいくかはわからないが、一瞬でも仲間に繋がればそれでいい。
「え、ええと、立ち話もなんですし‥‥公園にでも」
公園という言葉に、ヴィクトリアは険しい表情になった。
「何を企んでいるの」
「い、いえ、何も。女性を立たせておくのは失礼ですから」
「そんなことはどうだっていいの。公園は嫌よ。ここじゃ駄目?」
「なぜ公園がお嫌なのですか?」
「どうだっていいでしょうっ! それより、お姉様はどこ」
「え、ええと、色々とお察しの通りかもしれませんが、あの人達の居場所は知りません」
「どうして?」
「あ、あの人達は乱暴ですから‥‥」
言ったあと、内心で謝り倒すドッグ。しかしどうあってもタロス捜索のことを知られるわけにはいかない。
その間にも、ロゼアとユーリは仲間への通信を試み続ける。ドッグが捨てた無線機もまた、オンになったままだ。繋がっては途切れ、途切れては繋がる。繋がった瞬間に有効な情報が伝わればいいのだが。
「言わないつもりならいい」
ヴィクトリア抱えていた人形の一体を軽く放り投げた。
それは地に落ちた瞬間に爆発する。その爆風に吹き飛ばされ、三人は背後の壁に激しく身体を打ち付けた。
「あなたは色々と知ってそうだから、あとまわし」
そんな言葉がドッグの耳に届いた瞬間、ユーリとロゼアの悲鳴がそこに重なる。
「こ、これくらい、で‥‥っ」
唸りながら立ち上がるロゼアは、大腿部に深々とナイフが突き立てられていた。その眼前でナイフを構えて笑むエドワード。しかしロゼアとてそのままやられているわけではない。
ナイフの軌跡を抜けてエドワードと距離を取ると、銃口を彼の足下へと向けてエドワードを一瞬足止めする。その隙に間合いを詰めたユーリがウリエルを脇腹へと薙ぎ入れる。
「遅い」
エドワードはユーリの剣を受け流して奪うと一閃させた。逆に脇腹を抉られたユーリは地に落ち、そのままエドワードは刀身をロゼアの脚部へと投擲する。
ドッグは――動くことができない。人形を腹部に押しつけられているのだ。
「お姉様達は、どこ」
「‥‥小鳥には、わからないようなところですよ」
ドッグの言葉に辛うじて意識を保っていたユーリとロゼアが反応する。ドッグは閃光手榴弾のピンを抜いていたのだ。
「――あっ」
ヴィクトリアが小さく声を上げたが、もう遅かった。
「次は、ゆっくり語り合おうぜ!」
閃光の中、ドッグの言葉が響く。
ドッグはロゼアとユーリを安全な場所まで運ぼうとするが、人手が足りない。しかし、ユーリを抱きかかえる男が現れた。途切れ途切れの通信を受け止めた焔だ。
「そこに車を止めてあるから、急ごう」
焔が言うと、ドッグは頷きながら傷の深いロゼアに練成治療を施して背負う。
「逃がさないんだから‥‥っ!」
ヒステリックに叫ぶヴィクトリア。その直後、次々に爆炎があがる。人形を手当たり次第投げているようだ。投げ尽くすと今度はヴィクトリア自身が間合いを詰めてきた。
「全員、ここで死んじゃえばいいの」
髪飾りのひとつを外して焔の肩に押しつける。焔は咄嗟にハミングバードで斬りつけるが、ヴィクトリアは後方に飛び退った。そのタイミングで到着したレイミアにユーリを託すと、焔は瞬天速で追いすがる。そして幾度となく斬りつけ、猛撃にてヴィクトリアの急所を狙う。
しかしカミツレの刃は彼女に届く前にエドワードの腕に絡みつく。腕で刃を受け止めたまま、エドワードは焔の肩に押しつけられた髪飾りに火をつけた。
小さな爆発、それは焔の肩を抉り抜く。
「すぐに治療を!」
レイミアが焔に練成治療を施していくが、なかなか傷は塞がらなかった。その時、強化人間らしき男が現れてヴィクトリアに駆け寄り、何かを耳打ちする。
「‥‥なんですって?」
顔色を変えるヴィクトリア。
「ここで遊んでいる暇はなさそう。‥‥見逃してあげる」
そう言って傭兵達を一瞥すると、ヴィクトリアはエドワードを伴って彼らの前から消えていった。
「受け取ってもらえない‥‥か」
行商を装った幸乃は手の中の香水や板チョコを見つめ、溜息を漏らす。住民達は彼女が差し出すものを一切受け取ろうとはしないのだ。「見知らぬ存在」に警戒しているだろうか。
離れた路地に、アレックスが待機している。安心感を背に受けつつの行動だが――こうも住民達が頑なであることに、一抹の不安を覚えなくもない。
次に彼女は路肩で子供を遊ばせている母親に近づいて写真を見せ、ヴィクトリア達や住民以外の人物がよくいる場所や出入りする場所、不審な明かりや音について問う。しかし大した情報は得られず、幸乃は吐息を漏らした。
その時、アレックスに動きがあった。ソーニャと立花から通信が入ったのだろう。険しい顔つきでムーグ達の元へ向かっていく。幸乃もその様子からただごとではないと悟り、踵を返した。
「ヴィクトリアが出現したようですね」
物陰でアルヴァイムが仲間からの無線連絡を受ける。敬介もそれを聞いて表情を一瞬引き締めた。
情報によると、彼女達はこちらの方角に向かっているらしい。この界隈には住民が比較的多く、もしここで遭遇すれば危険だが――しかし、これまでの接触でRALという作戦における功績の一部を交えて語り、人類側への希望もある程度は抱かせることができていた。何かあった時には、住民はこちらの指示に従うはずだ。
ほどなくして、この界隈に似つかわしくない車輌が走り抜ける。
後部座席には――ヴィクトリア。
「ヴィクトリア‥‥っ!」
敬介が思わず叫ぶと、その声が聞こえたのか車輌が停止する。窓からヴィクトリアが顔を出した。その険しい表情に、敬介もアルヴァイムも身構える。アルヴァイムは援助の手を敬介に使うが――。
「今はあなた達に関わってる暇はないの。ごめんあそばせ」
ヴィクトリアがそう言い捨てると、車は再び発進する。その様に敬介は苦笑した。
少しでもヴィクトリアの顔を見ておきたかった。
話す声をもっと聞いておきたかった。
人格は心理学でもトレースできる。彼女をプロファイルすることが今後彼女を追跡する時に役に立つはず、そう考えていたのだ。
しかし一瞬の邂逅でもある程度のことは掴める。敬介は先ほどのヴィクトリアの表情と言葉を、脳裏に深く焼き付けた。
「ヴィクトリアは公園という言葉に反応をしていた。そして南に強化人間が向かったという情報からも、確実にこの公園に何かがあると思っていいらしい」
アレックスは言う。
ドッグ達の無線から得られた情報と、各種情報から予測されるタロスのポイントを管制から知らされてすぐに、彼らは市街から南下した位置にある公園に移動していた。
公園を少し奥に進めば、何かに警戒するような強化人間達を発見することができた。その更に奥、木々の合間に見え隠れするのは紛れもなく――。
幸乃はいつでも攻性操作を行えるように意識を集中する。
凛生は隠密潜行と探査の眼を用いて、見張りの確認とヴィクトリアの来襲に警戒を強める。
そしてムーグは車輌を適当に離れた場所に。タロス破壊後に放置するためだ。それを利用されないようにアレックスが細工しようとした時、強化人間達がこちらに気がついた。
「細工している暇はないか」
アレックスは距離を詰めてくる敵影と向き直る。
ブリーダがどうなのか、ヨリシロが何を考え企んでいるのか。
細かいことはどうでもいい。
「それはきちんとその物語に関わっている人間が気にすることだ。俺はただ、ダチに頼まれたことを果たすのみ」
そして愛騎に跨ると、強化人間達を突破するべくスタートを切った。
パイドロスから発生する衝撃波と共に、アレックスは突っ込んでいく。
――目的は、タロスの破壊。
「‥‥何せその為だけに、呼び付けられたからな!」
パイドロスの「翼」が強化人間達を包み込んでいく。はじき飛ばされ、地に倒れる敵達。開いた道に、幸乃が続く。強化人間達に強襲を仕掛ける凛生とムーグ。リイも剣を薙ぎ、敵の足を止めていく。
先頭を駆け抜けるアレックスは、タロスとの距離を確実に縮めていった。しかし、あと僅かというところでバイクごと左方に薙ぎ倒されてしまう。
全身に伝わる激しい衝撃と、激痛。どこかから血の流れる感触があり――そこでやっと、アレックスは何かに攻撃されたことを悟った。
「アレックスさん‥‥っ」
幸乃が駆け寄って練成治療を開始する。なぜタロスの元へ向かわないのかとアレックスの目が語るが、すぐに意味を悟った。
「‥‥まさか、そんな」
幸乃以外の全員が同時に呟く。タロスの周囲に、ゴーレムが五体配置されていたのだ。
「大事なブルーバードをひとりぼっちにしておくはずがないでしょう?」
激しい怒りが込められた声が響く。皆の後方にヴィクトリアが憤怒の表情で立っていた。そして、隣には――。
「エドワード‥‥!」
叫ぶ、リイ。エドワードはにこりと笑み、リイを見つめる。
凛生が制圧射撃を行うが、それも滑り込んできたゴーレムによって受け止められてしまう。そして、腕を薙ぐゴーレム。敵機の持つ刃が、皆を掠めて弧を描く。
特に幸乃は位置が悪かったのか、背から夥しいまでの血を流して意識を失った。
「ここまでか‥‥っ」
凛生が唸る。
「‥‥二人はアルジェへ向かえ。アニヒレーターを‥‥頼む」
リイは呟き、立ち上がる。
「リイ、サン‥‥何を」
ムーグが引き留めようとするが、しかしリイは駆けだした。凛生が咄嗟に照明銃をヴィクトリアに向けて放つ。
「何、するのよぅ‥‥っ」
突然のことにヴィクトリアは目を閉じ、その隙にリイはジーザリオの運転席に滑り込んだ。
「ゆるさないんだから」
視力の戻ってきたヴィクトリアが、ムーグと凛生を睨み据える。
薙ぎ払われようとする、ヴィクトリアの腕。
スローモーションのように、彼らの眼前に割り込むジーザリオ。
運転席から飛び降りたリイは、血まみれの手でヴィクトリアの腕を掴む。エドワードがナイフをリイへと閃かせる。
――行け。
彼女の唇がそう叫ぶが、
ムーグは一瞬躊躇うが、しかしすぐに身体を引きずって運転席に乗り込む。凛生もまた、同様に。その直後、ジーザリオはスタートを切った。
バックミラー、映るのはエドワードに背を斬られて倒れるリイの姿。血まみれのハンドルと、血の手形が付いたレフトウインドウ。
二人は振り返ることなく北へと向かう。
行き先は首都アルジェ。
――アニヒレーターを破壊するために。
そしてすれ違うのは――駆けつけてきた仲間達の乗る車輌。
新たにヴィクトリア達と対峙する者達はしかし、その力を揮うことなく標的を失う。
――ヴィクトリア達が撤退を開始したのだ。
「もう、こんな場所‥‥いらない。面白くないんだもの」
ヴィクトリアの呟きは、降り出した雨の音にかき消されていった。
傷は深いが、アルジェに到着するまでにはいくらか癒えるだろう。凛生は窓から身を乗り出して後方を確認する。
アレックスは、幸乃は、そしてリイは――。
ムーグはただじっと前方を見つめ、ひたすらにハンドルを握って思考する。
――リイが為したいこと。それを見据えないままでは何も変わらない。
まず必要なのは、決断と意思。
タロスを破壊することはできなかったが――しかし。
リイはこれからどうするのだろうかと、ムーグは思いを巡らせる。
そして、助手席の凛生のことも――。
彼はアフリカで共に関わってきた戦友だ。
しかし死に場所を求めているようでもあり、それは生の香りに欠け、孤独だと思う。
もし彼が、生きる目的を得たならば――再び生を歩めるのだろうか。
「‥‥凛生サン。共に、アフリカ、ヲ、復興シマセン、カ?」
その言葉に、凛生は息を呑む。
自分のことを、思いやっての言葉。前に敬介に指摘された、生きる意味――それを変えることはないだろう。
だが、差し伸べられた手を振り払う理由は見つからない。
「アフリカ復興か‥‥それも、いいかもしれんな。お前も、狡い手を使うようになったもんだな‥‥有難う、な」
一瞬だけ表情を緩める凛生とムーグ。しかし二人はすぐに険しい顔つきに戻り、前方を睨み据える。
アフリカ復興のために、まずは――アニヒレーターの破壊を。
全ては始まったばかりだ。
街で無人の建物を使い、皆は治療を進めていた。アレックスとロゼアはようやく意識を取り戻し、何が起こったのかを皆から聞かされる。
ヴィクトリア達と対峙したドッグや焔、ユーリは、彼女達の戦闘についてを語る。
練成治療による早い処置で重傷を免れた者や一命を取り留めた者は、それぞれがここで身体を休めていた。
「精神の支配とか言っていた」
武流が呟く。
「‥‥ヴィクトリアに渡したものは、戻ってきていないですからね。恐怖だけは続くでしょう」
アルヴァイムは頷いた。
レイミアや立花、アンジェラは彼らの手当てに回り、ハエーハエースゲェーもその手伝いをする。
幸乃は未だ目を覚まさないが、峠は越した。意識が戻るのも時間の問題だろう。自身も負傷しているリイはしかし、幸乃の傍から離れようとしなかった。
「‥‥リィ、さん」
敬介が隣に座る。リイは答えない。
「‥‥ヴィクトリアとの二度目の邂逅‥‥リィさんは、どう感じた?」
敬介は遠慮せずに続ける。
「わから、ない」
リイは淡々と言葉を紡ぐ。それ以上彼女は妹について語ろうとはしない。ただ――。
「力が、欲しい。ヴィクトリアを殺せるほどの」
ひどく低い声で呟いた。
「もし可能なら、今回の詳細な報告を‥‥軍で集団心理などを研究する部署へまわしてくれないかな」
そう言って、敬介はリイから離れていく。
「リィさん自身の意思はどうあれ、俺達はあの女を追い詰める以外のことはできないんだよな‥‥」
戦う前になるべく決着をつけたいが――果たして。
敬介と入れ違いに、ソーニャが振り返ることのないリイの背に言葉を投げた。
「姉妹‥‥ね。‥‥ボクとしては、アレクサンドラの方が好み。ストイックないい子ぶりがちょっと無理してるって感じで、母性本能がくすぐられちゃう。いい子いい子したいなぁ」
立花ちゃんも好みだよと付け加え、ソーニャは部屋の一角で皆の負傷具合をまとめている立花を見る。そしてまたリイの背に視線を戻した。
「ヨリシロって、罪作りだよね」
言いながら歩み寄り、隣に座る。
「ヴィクトリア――彼女は死んだ。それを認めないと、死んだ彼女はひとりぼっちだ。‥‥わかってても心は揺れるよね。望みのない希望にすがりたくなる。でも、それは裏切りじゃないよ」
その言葉にリイはゆるりと顔を上げ、ソーニャをじっと見つめた。
「天国の彼女に愛していると言えばいい。彼女は今も貴女とともにあり、その頬に口づけをしてるよ。――こんな、風にね」
ソーニャはそっと唇を寄せ、リイの頬に口づける。一瞬の温もりに、リイは目を見張った。
「いいこ、いいこ」
ソーニャの手が、リイの髪を何度も撫でる。リイは何も言わないが、しかしその表情は明らかに緩み始めていた。
やがて、握っていた幸乃の手が次第に熱を帯びてくる。睫が揺れ、ゆっくりとその瞼が開いていった。
「‥‥やみそうもない、か」
UNKNOWNと共に街の様子を確認していたジャックは空を仰ぎ見て呟く。
「暫く‥‥降り続くだろうな」
UNKNOWNは意味深に言うと、紫煙をくゆらせた。
――面白くないわ。
本当に、本当に。
お姉様が逃がしたあの二人‥‥アルジェに向かったのね。
‥‥邪魔、してあげるんだから。
私のブルーバードをいじめようとした、罰。
存分に受け取りなさい。
そして北へと、金の獣が、無数の異形が。
雨のヴェールをくぐり、走り抜けていった――。