●リプレイ本文
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「さあ、ウジダ攻略の礎を築くとしよう」
医療コンテナをクノスペ『エクスプローラー』から切り離し、ハンフリー(
gc3092)はコクピットから空を仰ぎ見る。
そこには、薄曇りの空を駆け抜ける五機のKV。そしてKV達より高空を旋回するのは、小型のHW四機と、タロス二機。
「つまりこっちは‥‥」
鷹代 由稀(
ga1601)が目視で空港を確認する。もっとも、数は確認するまでもない。陸で対峙するのはゴーレム二機であることは空の状況から明らかだ。
そのゴーレム達の初期位置は管制塔の手前。こちらに気づいているようで、由稀のガンスリンガー『ジェイナス』はゴーレムの「顔」にじっと見つめられている。
「ウジダ攻略の足がかりとなる拠点の確保、後の味方のためにも必ず成功させましょう」
ヨハン・クルーゲ(
gc3635)もまた、オウガ『Blaue Vision』のコクピットから空を仰ぐ。そのとき、高空での旋回を続けていた敵機が降下を開始した。瞬きをしている間に、空戦班は空で絡まり合う。
「戦闘開始を確認、ではこちらも始めましょう」
ヨハンはゆるりと視線を下ろした。
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先行していた空戦班は地上にいた敵機の目を完全に惹きつけていた。HW達よりやや後方に位置取るタロスのうち一機は、元々は地上におり、五機のKVが空港上空に現れたことで空へとポジションを変更していたのだ。
「さて‥‥『ゲイル』の名は伊達ではないってこと、お見せします」
ブーストで敵機との距離を詰めた周防 誠(
ga7131)のワイバーン『ゲイルII』。
「まずは小手調べっと‥‥」
射程に入ったHW二機をロックオン、K−02の発射とともにゲイルIIは再加速をかけた。夥しい数のミサイルと共に駆けゆく機体は、HW達の腹を掠めるようにして背後をとる。着弾の衝撃を背後に感じながらブーストで急旋回、そして再びHWをロックオン。
「‥‥そして、こいつが本命!」
爆炎が消える前に吸い込まれていく、二撃目のK−02。それを追尾するように抜けるのは住吉(
gc6879)のノーヴィ・ロジーナのMM−20から放たれるミサイル群。
回避する隙さえなく前後から無数に撃ち込まれたHW達は悲鳴をあげるように落下してゆく。
誠はその落下点を目視で確認した。大丈夫、滑走路や施設のないポイントだ。そのまま機体を上昇させ、次の攻撃態勢に入る。
それを見届けた桂木 一馬(
gc1844)は、二時の方向、やや高度を来るタロス・Aに照準を合わせた。
「あまり好き勝手動かれると面倒なんでな。付き合ってもらうぞ」
オーバーブーストAでブーストをかけるフェニックス『燕頷虎頸』の、黒きDM−10による牽制をタロス・Bは敢えて真正面から受け止める。続けざまに今度はオーバーブーストBで距離を詰めてくる一馬機の、再度の攻撃を待つ。
こちらの出方を窺っているのか、それとも他の思惑があるのか。それは一馬には窺い知ることはできないが、しかし躊躇うことはない。敵機がフリストの射程に入った瞬間に戦乙女が震える。敵機がそれを回避するのを見る前に、一馬機は上昇して距離を取った。
タロス・Bが一馬機を追尾しようとしたとき、何かが左脇腹に抉り込む。その攻撃に、タロス・Bはもちろんだが、常に全KVの射程外から様子を見ていたタロス・Aも一瞬だけ反応する。
――M−12強化型帯電粒子加速砲。
放ったのは、サーシャ・クライン(
gc6636)のディアマントシュタオプ『エメラルドサイクロン』。EBシステムを乗せたそれは、タロス・Bを警戒させた。
「初のKV戦かぁ‥‥、初依頼の時もそうだったけどやっぱ緊張するなぁ」
サーシャはチャージ完了を待つため、愛機を少し後方へと下げる。タロス・Bは警戒を強め、行動に出ない。
「何にしてもあたし達の初陣だよ。しっかり飾ろうね、エメラルドサイクロン」
愛機にそう告げるサーシャの眼差しは自信に満ちている。
動かないタロスとは対照的に、残りのHW二機はKV達を翻弄すべく散開した。
「防衛強化される前に‥‥奪還、ですね。――右翼、引き受けます」
御鑑 藍(
gc1485)の声が空戦班全機に響く。下がるサーシャ機と交差するように斜めに抜ける藍のシラヌイ。左翼へと流れるのは住吉機だ。
「モロッコと言えば名物料理クスクスです。せっかく此処まで来たのですから本場の味を味わいたいものですね〜」
今はそれができなくとも――いつかこの大陸が平和になったとき、それが実現するのであれば。
住吉は左翼を見据える。直後、両翼のHWと二機が交差する。藍機の真スラスターライフル、住吉機の20mm小型ガトリング砲、それぞれが着弾、黒い尾を引きながらしかしHW達は旋回、二機への攻撃態勢に入る。
そのとき、地上班にも動きがあった。
「地上班交戦開始を目視で確認しました」
地上班も先手を取った。苦戦するような状況は見受けられないことを、藍は空のKV達に告げる。
それまで戦況を見ているだけだったタロス・Aがゆるりと高度を下げ始めたが、その動きは空戦班の全機で捕捉されていた。
地上へ攻撃する様子を見せれば――いつでも、反応できるだろう。
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「一気に突っ込んで流れを掴むわよっ!!」
由稀機がDFバレットファストとブーストを併用、共にハンフリー機とヨハン機もブーストで駆ける。
空から降る爆音に乗るかのように滑り征く三機はゴーレムをロックオン、そのまま由稀機がアハトを放つ。
軌跡が左のゴーレム・Aに吸い込まれ、続けざまに照準を変更、若干距離を詰め始めた右のゴーレム・Bへと再度流れ行く軌跡。それぞれに脚部が弾け、一瞬だけ崩れたバランスに大きな隙が生じる。
そのまま由稀は空へと意識を飛ばす。タロス・Aが徐々に高度を下げてきているのだ。明らかに陸への攻撃タイミングを計っている。
「来るなら来なさいよ」
由稀が口角を上げれば、ジェイナスの左を抜けていくのはやや後方に位置するヨハン機の真クロムライフルから放たれた三発。ほぼ同時にゴーレム・Aの脇腹を掠めて抉る。
牽制には充分すぎるほどの攻撃に、ゴーレム達は完全に守りの体勢に入った。
ヨハンは微かに眉を寄せる。できれば空港への被害は最小限に抑えたいところだが、管制塔の手前で迎撃態勢を取るゴーレム達への攻撃で若干の被害が出るかもしれない。しかし、それは懸念で終わった。
ハンフリー機からの牽制射撃が、ゴーレム・Aを捉えた。先ほどの由稀機で弾けた脚部を更に砕きにかかれば、ゴーレム・Aはまだ自由の利く片脚でハンフリー――パイロットの死角へと飛び退る。
ゴーレム・Bにも同様の攻撃を仕掛けると、敵機はやはり距離を取った。管制塔との距離が開く。この位置なら管制塔を始めとした施設は、戦闘の直接的な衝撃から守られるだろう。
ゴーレム達が管制塔を気に掛ける。その様子から、どうやら指揮官のような存在がそこにいるに違いない。だったら、管制塔に傷をつけるような行動は敵もしないはずだ。そういった意味でも、施設は守られたと言ってもいい。
管制塔の裏手に、情報外の小型HWが確認できた。それが出てくる気配がないところを見ると、恐らくは退避用でしかないのだろう。自分は安全なところで見物し、危なくなったら逃げ出すような指揮官に違いない。
「現地人は‥‥いなさそうだ」
ハンフリーが目視で管制塔及び周辺施設をざっと確認する。
「いるなら、この状況になった時点で盾にしてもおかしくないはず」
由稀が変わらず空のタロス・Aを照準に入れたまま頷く。
三機の初撃は地上の流れをこちらへと向けた。このまま――勢いを貫く。
「では、しばらく一緒に踊ってもらいますよ」
ヨハンがゴーレム達に向かって吐き出した言葉を合図にするかのように、三機は再び動き出した。
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攻撃に転じる余裕を与えられない両翼は半ば強引に藍機、住吉機との距離を縮め始めた。
「体当たりしようというのでしょうか」
藍の言葉通り、両翼は黒煙を引きずりながら旋回、死角から迫る。互いの死角をカバーするように飛行していた藍機と住吉機には意味のないことだった。
互いに迫るHWへと、今度はミサイルを放出する二機。HW達は必死にそれを回避、しかし追いすがるように再び撃ち込まれていく。
撃墜まであと少し、誰の目にもそう写っていた。そのとき、地上へと向いていたタロス・AがHW達を後方に従えるように間合いに入り込む。距離の近い住吉は警戒を強めた。
HWへの攻撃はこのタロスによって阻止されてしまうだろう。タロス・Bはサーシャ機が引きつけているが、この状況下ではタロス・Aと対峙しているあいだにHWが体勢を立て直す可能性も否めない
「どう動きましょうかね〜」
しかし左方から放たれた連続のエニセイに気づき、住吉は、そして藍は小さく頷いた。エニセイはHWと、そしてタロス・Bに着弾する。
「HW全機撃墜、タロスに集中しましょう。援護します」
響くのは誠の声と、HWが墜落する鈍い音。その頃にはサーシャ機もチャージを終えてタロス・Bとの間合いの調節を始めていた。
タロス達はHWが全機撃墜されたことで動きを変える。タロス・Aは再び地上へと意識を逸らし、タロス・BはKV達を撃墜するべく砲撃体勢に入った。
「HBフォルム、機動。‥‥風よ、我が身に纏いて力となれ‥‥」
サーシャは攻撃に備え、放たれたプロトン砲をかわしきる。そしてすぐに攻撃に転じた。
「そう簡単には落ちないよ。これでも食らえー! EBシステム機動、システムオールグリーン! 帯電粒子加速砲チャージ完了っ、行っけぇぇえーーーーっ!!」
サーシャ機から帯電粒子加速砲が走り抜ける。――直後、弾けながら落下してゆく仲間を気に掛けることなく、タロス・Aが急降下を開始した。
空戦班全KVの意識が地上へと向く。
「地上の状況はゴーレムと交戦中、戦況はこちらに有利に動いています」
地上班の動向を確認した藍機が告げる。それを受け、一馬が頷く。
「そう簡単に逃がさねぇよ」
降下するタロスの背へと、127mm2連装ロケット弾ランチャーを放出した。完全にがら空きになっている背への攻撃は外しようがない。
二発のロケット弾は迷うことなく吸い込まれていく。
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守りの体勢だったゴーレム達は、管制塔から引き離されたことで攻撃に転じた。両機とも片脚に損傷があるとは言え、動きはそれほど鈍くはない。
ゴーレム・Aはハンフリー機との間合いを詰めた。ハンフリー機は機槍「ユスティティア」を構えて敵機の動きを受け止めにかかる。無理をする必要はない。倒されないことを重視し、この愛機の力を見せつける。
「輸送ばかりが、クノスペの能ではないぞ?」
愛機の腕に響く、サーベルの衝撃。そのまま槍をサーベルに沿って滑らせ、柄で跳ね上げる。一瞬だけ腹部が無防備になった敵機の腹部に槍先を押し込み、抉る。一歩下がって間合いを広く取り、次の動作に備えた。
空から、ゴーレム・Bへと降り注ぐ雨。住吉機のMM−20だ。ヨハン機へと砲撃を開始しようとしていたゴーレム・Bは完全にタイミングを狂わされ、動きを止める。そこを見逃すヨハンではない。
「その隙、刈り取らせてもらいますよ!」
落下してくるタロスへと意識を払いつつ、しかし照準はゴーレムへと。練鎌「リビティナ」の柄を強く握り、緑の大鎌を薙ぎ入れて沈黙へと誘う。その瞬間を待っていたかのように、落下するタロスが着陸態勢に入った。
先ほど背に受けた、一馬機による二発のロケット弾。ダメージは皆無ではないが着陸後に戦闘をする余力は充分にあるとでも言いたげに、ひたすらに地上を目指す。一機でもKVを潰しておきたいのだろう。
「その動き‥‥隙だらけですよ」
誠機のスナイパーライフルD−02ががら空きの背へとぶち込まれれば、地上からも弾幕が張られる。
「ちゃっちゃと片付けちゃいましょうか。乱れ撃つわよぉぉぉぉっ!!」
常時起動されているDFバレットファスト、由稀機からの絶え間ない狙撃はタロスの視界を覆い尽くす。そして頭部へと――アハト。
機能を停止したタロスは重力に従って落下する。落下ポイントの損傷は免れないが許容範囲内だ。
そしてタロスが地に接触すると同時に、ハンフリー機のF・I・ナックルが懐に入り込んだゴーレムの胸元で閃光を放った。
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「終わった‥‥ようですね」
藍機は、敵機墜落現場以外に損傷がないか確認する。
「人間はやっぱりいなさそうだな」
空港の外周をゆるりと旋回するハンフリー機。ふと、視界の端に飛び去ろうとするHWを発見する。管制塔の裏手にいた機体だ。
HWは最高速で高空へ飛び去り、あっというまに視界からも消えてしまった。誰も追おうとはしない。空港の制圧がなされた以上、ここを離れて追うのは逆に危険だ。
「‥‥や、やったぁ。どうにか落ちずに済んだよ‥‥」
操縦桿を握る手から力を抜き、サーシャは吐息を漏らす。他のKV達も無事なようだ。
「やっぱりみんなすごいな。あたしもエメラルドサイクロンも、もっと強くなんないと‥‥」
仲間達を羨望の眼差しで見つめるサーシャ。――だが、自分がタロスに恐怖を与えていたことを、彼女は知らない。
空から改めて見る周辺の状況に、住吉は眉を寄せる。
「オリーブやブドウなどの果樹栽培とその集散地として有名な場所と聞いていたのですが、見る影もないですね〜」
どこにも果樹栽培をしていたような面影はない。だが、果樹栽培でもそれ以外でもなんだっていい。再びこの大地で農耕が行われる日が来るのだと思いたい。そしてそれは近い将来であってほしいものだ。
「医療コンテナはこのままここに置いておこう」
ハンフリーは開戦前に切り離したコンテナを見て言う。幸いと言うべきかはわからないが、空港に人間の姿はなく医療コンテナを使うような事態にもなっていない。だが、作戦は続く。次はウジダの街を攻略するのだ。
そのために――このコンテナを、置いていく。
「この空港が拠点として機能し、ウジダ奪還後もその機能を活かしていけるといいですが」
ヨハンは頷き、医療コンテナと、損傷のない施設を交互に見る。
今、管制塔などには誠と由稀が入っている。施設内部の完全制圧のために。
「無駄な殺生は無しでいきましょう。何か情報が得られるかもしれませんし」
誠と由稀は、先ほど飛び去ったHWの主がいたと思われる管制塔を上へと駆けていく。他にもバグアがいるかもしれないからだ。
逃げる際に機械類などを壊されると面倒だ。迅速な対応が要求される。しかし管制塔は静かで、何かが破壊されたような気配もない。そして、バグアや人間の気配すらも。
「‥‥とりあえずHWが向かった方角くらいは、ここにある計器類でも確認できそうかな」
由稀が計器類を確認する。どうやらHWは西方へと向かったようだ。そこに何があるのかはわからないが――これは情報として報告できるだろう。
HWが飛び去ったと思われる西の空ではゆるやかに陽が傾き、空港を、そしてウジダの街を朱色に照らし始めた。